ダーク・ファンタジー小説

Re: 知らぬ合間に異世界転生 ( No.6 )
日時: 2022/08/12 15:53
名前: 襲い夜行進 (ID: hDVRZYXV)

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「はぁー……」

 朝日が世界を光で包み込んでいる時間。
 少年はため息をつきながら、多くの食材が並ぶ市場を練り歩いていた。そこでは既にたくさんの人間が物を売買したり、楽しそうにお喋りをしたりして、街を賑わせている。

 ここには、昨日見たような大雪の影も形もなかった。もしかしたら全部夢だったのではないか、そう思えてしまうほどに。

 ──どうして、今俺はこの世界に生きてるんだろう。

 何も分からない。これからどうするべきなのかも。ただここに『いる』だけだ。
 少年はまたため息をつき、空を見上げる。

 空は青白く染まっている。それが当たり前であるかのように。
 だが、少年にはかすかな不自然さと孤独が感じられた。なんで、こんなにも切ないんだろう。
 そんな思いばかり胸の中に溜まっていき、何もかも壊してしまいたくなる。
  
 酒場では、一人一人に話しかけてみたものの、結局誰一人として少年の言葉は通じず、皆から憐れみの目を向けられた。同情の印に、数枚コインをくれた男もいた。それが本当に同情によるものかは、知るよしもないが。
 
「それにしても、腹減ったな」

 腹をさすりながら、周りに置かれた食材を確認してみる。少年のいる辺りでは果物が多く売られていた。
 リンゴやレモンなど、意外にも、少年の知るものが少なくない。
 それでも大半は見たことのないものだ。
 トゲに刺々しさが増した赤い果実や、紫と緑の二色で彩られる小さな実。星の形をしたものなんかもある。

 少年は右手に持ったコインの袋を強く握りしめ、早速リンゴを買いに向かう。
 これらのコインがこの世界のお金として機能することは、酒場で宿代を払ったときに確認済みだ。そのときは身振り手振りを駆使してなんとか支払えた、はずだ。とはいえ、どのみちあの酒場に戻ることになるだろう。

 袋にはまだたくさんコインが入っている。

「雪の中から助けてくれて、酒場で寝させてくれて、服も金もくれて……本当に感謝しかねえな」

 改めて、少年は彼を救った誰かに心の中で礼を述べる。
 すると、少年の脳裏にとある名案が走った。

「そうか! これを目的にすればいいんだ!」

 命の恩人を見つけて、たとえ言葉が通じなくても、必ず感謝を伝える。
 これが少年の異世界での最初の目的となった。

 自分が今生きている意味を見出だせたことで、ようやく全身の神経が和らぎ、緊張が流れ落ちていくのを感じる。

 そう、まるで雪どけのように。

 その後、少年は無事リンゴを二つ手に入れ、思いきり初の異世界の味を味わった。
 歯触りが良く、さっぱりとした甘みが口中に広がって、どこか懐かしさも感じられる。

「うめぇ!」

 少年はすぐに二つとも完食して、愉悦の余韻に浸っていた。

「これなら、異世界ここでも生きていけそうだな」
 
 少年は希望を胸に、リンゴの芯を高らかに空に上げる。
 さあ、異世界新生活の始まりだ。


 そして、異世界での目覚めから三日目……

「○?」
「なに言ってんのか全然わかんねええええぇえええええ!!」

 少年は市場の中心で叫び、膝から崩れ落ちていた。

 ──第一編『異世界での目覚め』完。