ダーク・ファンタジー小説

Re: 叛逆の燈火 ( No.1 )
日時: 2022/08/01 23:52
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Hyf7mfn5)


 その日はいつものように、穏やかに日差しが俺達を照らす日だった。静かに、だけど優しく撫でる春の風。それに、風が運んできてくれる花の香り。何の花かはシスターは教えてくれなかった……いや、教えてくれたけど覚えてなかったのかもしれない。とにかく、その花の香りが鼻をくすぐる。俺はその花の香りが大好きだった。
 俺は今、目の前を走る桃色の髪の妹の「エレノア」と、俺にしがみつく灰色の髪の弟「ルゥ」と、そしてちょっと先を先導するシスターと一緒に、近所の森まで来ている。シスターが、「ジャムを作るからベリー摘みに行きましょう」だなんて言うからさ……。仕方なくシスターについてきたわけだ。

「アレン、エレノア、ルゥ。疲れてない? お茶があるから休憩にしましょうか?」

 シスターがそんな事を言いながらこちらを振り向いている。俺やエレノアはまださほど疲れていないが、弟のルゥは元々身体が弱い。顔色を悪くしている。

「休憩するか。俺も疲れたしさ」
「にーちゃ、おやすみするの? エレゥも!」

 俺が休憩すると口にした途端、エレノアが両手を振り上げてぴょんぴょんと跳ねだした。その顔は満面の笑みだ。ルゥの方を見やると、困惑しているような顔をしてこっちを見ている。

「休憩するの?」
「ああ。お前もつらいだろ」
「う、ううん。まだ大丈夫……大丈夫だもん」

 ルゥは強がっているのか、首を横に振って全力で否定する。……なんで休憩するぞつってんのに強がってるんだか。

「ルゥ、ここで休憩しないと、あと森も山も峠だってたーっくさん歩かないとよ? 辛いわよ~。そこまで休憩しないわよ~?」

 シスターがこちらに歩み寄り、ルゥに目線を合わせるようにしゃがみ込んで、そんな事を言う。脅しだろうけど、ルゥは本気にしたのかぎょっと目を見開いて驚き、首を横に振った。

「きゅ、休憩します!」
「よろしい。それじゃ、お茶にしましょうか」

 シスターは満足げに頷くと、ルゥの手を引く。

「エレノア、アレン。シートを引くの、手伝ってくれる?」
「うん! エレゥ、やるー!」

 シスターの頼みにエレノアはぴょんぴょん跳ねる。元気な奴だな、俺にも分けてほしいぜ。なんて思いながら、シスターとエレノアと一緒にシートを広げた。穏やかな風を受けてシートが広がっていく。
 森の開けた場所にシートを引いて、俺達はその上に座り込む。シスターが持ってきていたバスケットの布を取り払い、中からお茶の入ったボトルと人数分の木製コップ。それに人数分のお菓子を取り出した。

「皆、時間はたっぷりあるから、ゆっくりしましょうね」

 シスターはコップにお茶を淹れると、それぞれに手渡す。喉が渇いていたから、俺は受け取った後に口にする。エレノアもルゥも、同じようにお茶を飲んでいた。エレノアは「おいしー!」と笑みを浮かべ、ルゥは無言で頷いて俺を見る。

「兄さん、美味しいよね」

 俺は頷いてルゥの頭を撫でた。


 温かい日差しが俺達を照らし、穏やかな日がゆっくりと時間をかけて流れていく。そんな、とてもありきたりで、だけどそれは尊いもので……
 今思えば、まるで、夢のようだった。

Re: 叛逆の燈火 ( No.2 )
日時: 2022/08/04 23:27
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Hyf7mfn5)

 それから数週間。それまでは、いつまでもこの時間が続くって信じてた。
 その日、俺はシスターに頼まれて、近所の川まで水を汲みにでかけていた。理由はなんてことない、俺がルゥを泣かしてしまったからだ。
 普段は喧嘩もしなかったけど、俺がちょっとしたイタズラで、寝起きのルゥの首筋に水をかけてやったらあいつ、泣いちゃったんだよな。それでシスターに怒られて、バツとして水汲みの刑にされたってわけさ。まあ、俺も悪かったって思ってるけどさ……。

 水を汲むためのバケツを両手に近所の川までやってくる。普段は動物が水を飲んだり浴びたりしてる光景や、たまに魔物がいたりするが、今日は静かなもんだった。雲一つない空。吸い込まれそうな青い空を眺めながら、さらさらと静かに流れる川にバケツを放り込む。ついでに小魚でもとれたら、シスターが料理してくれないかなぁ。なんて思いながら、バケツを引っ張り上げる。子供の俺じゃ水がたっぷり入ったバケツはかなりの重さだ。もう一つのバケツを同じように放り込んで引っ張り上げて、両手にバケツを持つ。一つだけでも重いのに、二つだと指がちぎれそうだ。

「シスターめ……。水なら近くの井戸にあるのによお。って、井戸から汲み上げたらバツになんねーよなぁ」

 俺は誰に話しかけるわけでもなく、そんな独り言を空に向かってつぶやく。そして、見晴らしのいい平原を歩いていた。
 だからこそ、なのだろうか。

 帰り際、目の前の丘の上にある修道院がごうごうと燃え上がっていたんだ。

「な、なんだよあれ!?」

 俺は思わず声を上げて叫ぶ。いてもたってもいられず、無造作にバケツを放り出して修道院に向かって走り出した。
 最初は他の修道院だろうかなんて楽観的な事を考えたが、あれは……見間違えるはずない! シスターやエレノア、ルゥがいるはずの修道院だ!

「シスター! エレノア、ルゥ!」

 俺はシスター達の名前を呼ぶ。燃え盛る修道院。近づくにつれ濃くなる木の焦げる臭い。そこに混じる、血の焼ける臭い……。炎上した修道院が、それは現実であると証明するように、赤く。ただ赤く、音を立てて炎に飲み込まれていた。

「な、んだよ、これ……なんなんだよこれ!?」

 俺はふと気が付く。炎の傍らに倒れている人影。……シスターだ。

「おい、大丈夫かシスター! シス――」

 俺はシスターに気が付くと、すぐさま駆け寄ってその身体を抱き起こす。

 ゴロン。という音がしそうなくらい、綺麗に何かが落ちた。俺の目に映るそれ。……なんだろうか。一瞬理解できなかった。

「……えっ?」

 俺の口から間の抜けた声がこぼれる。だって、それは……シスターの首――

「う、うわああああぁぁぁっ!」

 俺は思わず叫んで後退った。シスターが、なんで、なんで!?
 混乱して思考がまとまらない。何が何でこんなんになっちまったんだ!


「まだ生きている奴がいるじゃねェか」

 不意に背後から声が聞こえる。エレノアでもない、ルゥでもない。聞いたことのない低い声。一体誰だ? 錯乱した俺は、ただ後ろを振り返るしかできなかった。
 だがその瞬間、俺の右肩に何か違和感を感じた。違和感……それは次第に燃え盛るような熱を帯びていく。それに、何か落ちたような音も聞こえたぞ?
 なんだよ、これ。熱い……いや、これは。痛みだ。俺の右腕に何か……。そう考えながら右腕の方を見やる。あるはずのものがない。

「なに、が……」

 すぐそばに落ちているそれの断面図が妙な生々しさを感じる、まるで玩具のようにも見えた。その映像をようやく停止しかけていた脳が、それが何かを理解し始めた。その認めがたい事実と同時に、俺の右肩に強烈な痛みが襲う。まるで、熱した鉄板をそのまま押し付けたような痛み。そんな味わったことのない痛みに俺は思わず絶叫した。


「うあぁぁぁぁあああああああ!! 腕が……ああぁぁっ!!!」

 今更気づいたが、腕からは絶えず赤くドロッとした液体が流れて広がる。血液だ。俺の……

「やっべぇ! 超痛そうじゃあん、なあなあ、いてえかよ? どうなんだよ!? やっぱいてえんだろうなぁ! あはははははっ!」

 腕があった場所から血液が流れ出るのを必死に抑えていると、頭上から楽しそうに笑う男の声が。見上げると、顔は良く見えないが、血のように真っ赤な髪の男が歯を見せながら、多分笑っている。

「おーおー、すっげえ血ぃ出てるぜ! ねえねえ、死んじまう? 死んじゃうのかお前! 死んじゃいそうな今の気持ち、教えてくれよ!」

 男はそう笑いながら必死に抑えている手を足で踏みつけてくる。痛みでまた悲鳴を上げると、その度に面白そうにまた大声で笑っていた。俺の顔は多分、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってると思う。そんな顔を見て、やはり男は笑っている。

「そのぐっちゃぐちゃの顔、たまんねえなぁ……」

 俺はやっと、痛みに耐えながら喉から声を絞り出す。

「お前、一体何なんだよ! エレノアを、ルゥを、どこに……」
「ああ、あのガキ二人か? 帝国の連中が連れてったぜ。なんでもキマイラの人体実験に必要なんだとさ」

 興味なさげに応える男。
 人体実験……!?

「ま、お前は知らなくてもいいんだよ、もう死ぬからさ?」

 男はそう笑うと、手に持っていた赤い何かを俺の顔に振り下ろす。その瞬間、右目の視界が黒くなった。黒くなった、というより……見えない? 何が起きたんだ? そう考えていると、今度は右目に右腕と同じような激しい熱が襲う。

「あ、あ゛あ゛あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 再び絶叫。もう喉も痛くて仕方がない。右目も、右腕も痛い。痛みが全身を覆っているような感覚だ……。

「お前の右目、綺麗だからもらってくな~♪」

 男はそう言い残し、踵を返して去っていく。俺は去っていく男に向かって残った左手を伸ばした。

「ひゅぅ……ひゅぅ……ま、て……待てぇ……」

 口から出るのは息が流れる空気の音。もう声も出ない。背後で燃え盛る修道院が、大きな音を立てながら崩れ落ちていく。俺の意識もそこで途絶えた。


 ああ、これが夢だったら。こんなのが悪い夢だったなら……。
 そう思いながら。






 ―――






 肌を刺すような雨に打たれ、目を開ける。

「……いきて、る、のか……」

 そう口にすると、再び強烈な痛みが腕と目に走る。焼けつくような痛みがまだそこに残留しているんだ。身を起こそうにも、重石を何個も縛り付けられたように身体が重たく、その場をうつ伏せになっている以外何もできない。

 シスター……

 エレノア、ルゥ……

 なんでこんなことになったんだ……
 俺は顔を歪ませてその場で歯を食いしばる。涙が流れているのか、それとも雨に打たれているのか。

 立ち上がることもできない。いや、気力もない。

「ち、くしょう……畜生……ちくしょおおおおおおおおおっ!!!」

 俺はもう涙を流しながら喉を掻っ切る勢いで叫ぶしかなかった。雨の音にかき消されていく俺の絶叫。泣き叫ぶしかできない、自分の無力さに絶望の二文字が思い浮かぶ。

 その時、俺の目の前に誰かが近寄ってくる。……誰だろう?
 俺は見上げると、赤い髪の女の子のような人物が俺の目の前に立って、俺を見下ろしていた。敵か?
 俺が女の子顔を見ていると、彼女は口を開く。



「お前……生きたいか?」

 彼女がそう言う。声はなんというか、しわがれた老人のように低い。俺が訳も分からず彼女の顔を見ていると、続けてくる。

「ならば我に従うといい、お前に力を与えよう」

 彼女はそう言い終えると、俺の目の前でしゃがみ込んで、俺の目を見つめてきた。俺は、彼女の問いに無意識に答える。



「ああ、ほしい。あいつらから奪われたものを取り戻せるなら、なんだってほしい」


Re: 叛逆の燈火 ( No.3 )
日時: 2022/08/22 22:20
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 次に目を覚ましたのは、どこかの小屋のベッドの上だった。
 あんなに痛かった腕や目は、まるで何もなかったかのように綺麗さっぱりなくなっている。俺は体を起こしてみる。どこかの小屋……かと思ったけど、個室のようだ。ベッドとテーブルとイス、それに窓から差してくる陽の光以外は何もない、殺風景な部屋だ。
 いや、ベッドの傍らで椅子に座っている赤い髪の女の子以外は、ごく普通の部屋って言えるだろう。
 この女の子、変なフリフリの服に、青い竜のツノが頭から生えてるな。それに顔……どことなく、ルゥに似てるような。なんて考えてると、女の子もこっちを見ている。起き上がった俺に向かって

「気分はどうだ?」

 と尋ねてくる。
 その声はしわがれていて、まるで老人だ。見た目は女の子なのに。

「あ、ああ。そこそこかな」

 俺はそう答えた後、思考を巡らせていた。
 修道院が焼け落ち、シスターが殺され、エレノアとルゥはさらわれた。……全部夢だったんじゃないか。なんて思いもしたが、俺の右腕をふと見てみる。光を吸い込むような漆黒に、まるで赤い雷が走ったような模様が浮き出ていて、気持ち悪い見た目の腕だ。……見ていて不安になる。

「なん、だよ……これ」
「我の腕を移植した。それに、お前の右目も」
「右目も?」

 俺は右目に手を当てる。確かに右目がある。鏡が見たいな……そう思いながら俺はキョロキョロと周りを見回した。

「何をしている?」
「鏡がどっかにねえかなと思ってな」
「顔は問題ない。違和感のないようにしたからな」
「どういう意味だよ」

 女の子の答えに俺は尋ねる。違和感のないようにって、どういう事だろう?

「どういう意味も、そのままの意味だ」

 ダメだ、答えになってない。

「わけわかんねえ。わかるように言えよ」
「……ふぅ」

 露骨にため息ついてやがる。
 俺がどうしたもんかと頭を抱えていると、部屋のドアが開いた。ドアの向こうから姿を現したのは、黒い服を来たオッサンだった。絵本で見たユニコーンみたいな太いツノと、紫色の長い髪が特徴的だ。……獣人か。背が高くて天井まで届きそうだ。大男じゃん。

「起きたか、坊主」

 オッサンは太い声で俺に尋ねる。安堵したような表情だ。

「……ああ。ってか、オッサン誰だよ」

 俺はぶっきらぼうに尋ねる。オッサンは困ったように笑い、俺に近づいてきた。

「俺はアルテア。「アルテア・エクエス」。エクエス傭兵団の団長をやってる。お前さんは?」
「……アレン。「アレン・ミーティア」」

 俺がそう答えると、オッサンは目を細めた。

「そうか、アレン。お前が無事でよかったよ」

 オッサンの答えに、俺ははっと気が付いた。シスター達の事を確認しねえと! あれは悪い夢だったのかもしれない。夢だったに違いない! そう思った。

「そ、それより! 俺はなんでここにいるんだ? シスターとか、エレノアは、ルゥは!? オッサン、なんか知ってんだろ!?」

 俺が急に畳みかけるように質問するもんだから、流石のオッサンもたじろいでいた。俺の問いには、赤髪の女の子が答える。

「現実逃避をするな。修道院は燃え尽き、シスターとやらは首を落とされ、エレノアとルゥとやらは帝国軍に連れ去られた。目にした事実は、真実であり、決して幻想などではない。前を向け、受け入れろ」

 彼女が諭すようにそう言うと、俺もその現実を受け入れる他ないようだった。……夢だったら。俺も死んでいれば。なんて後ろ向きな考えが脳裏を巡る。そして俺はその場で項垂れて顔をベッドに突っ伏した。

「……修道院にもう少し早くたどり着いていれば、シスターの命を救えたかもしれないし、お前さんの大切な者を守れたやもしれん。すまない……」

 今更謝られても俺だって困る……これからどうすればいいのか。道を示してくれていたシスターはもういないし、エレノアとルゥは帝国の連中に連れ去られた。
 そういや、なんで帝国軍の連中があんな辺鄙な場所に来てたんだろうな。

「……なんで帝国の連中は修道院を襲ったんだ?」

 俺は顔を上げてオッサンに尋ねる。オッサンはというと、苦虫を噛み潰したような顔で答えた。

「「子供狩り」ってのは知ってるか?」
「は?」

 俺は首をかしげる。

「帝国に所属する「魔女ゴーテル」は、孤児の子供を各地から集めて、非人道的な人体実験を行っているらしい。……なんでも、子供を二人以上合成させて、強力なキマイラを作るため。だとかな」
「……なんだよそれ。そんなことの為に、エレノアとルゥが連れ去られたってのか?」
「ああ。帝国の皇帝が「ソフィア」って悪魔に代わって以来、手下の魔女ゴーテルは、この大陸の人間を恐怖で縛り付ける為に、様々なモノを作っている。それは、非人道的な人体兵器にまで至っているんだ」

 ……なんだよそれ。なんなんだよ!

「そんなことして、なんで誰も止めねえんだよ!」
「止められる人間は皆死んだよ。ソフィアが悪魔を召喚してから、あいつを止められる人間は誰一人いなくなった」

 悪魔が何だってんだよ。そいつを止めなきゃ、俺みたいな人間が増えていく一方じゃないか。そいつのせいで、今もどこかで悲しんでいる人間がたくさんいるし、増えてるってことじゃないか!

「オッサン、今すぐ帝国に乗り込んで、そいつを止めないと! でなきゃ、まだ殺される人間が増えるって事だろ!」
「無理だ、帝国の勢力はこの大陸一だぞ。それに、各国も帝国に屈服している。今はまだ動く時ではない」
「はあ? そんなこと言ってらんねえだろうが! だったら俺一人で行くよ! エレノアとルゥを取り戻さないと――」
「落ち着け」

 オッサンと俺の間に割って入ったのは、女の子だった。先ほどから黙って聞いていたと思ってたら、突然大声で俺達を黙らせる。

「アレン。お前は冷静になれ。感情を昂らせ、冷静にモノを考えられなくなっている」
「俺は冷静だ」

 俺が苛立ちを抑えながらそう口にすると、彼女は首を横に振る。 

「アレン……お前の気持ちはわかる。大切な者の安否が気になるのは人間だれしもそうだ。だが、お前のような小僧に何ができよう? 一人で行けば、必ず死ぬ。そうなれば、シスターとやらも、エレノアとルゥとやらも、悲しむだろうし、何よりそれは犬死だ。それでも行くのなら、我は止めぬよ。面倒だからな」

 彼女の言い分に、俺は少し頭が冷えた。確かに、俺一人じゃどうしようもない。でも、このまま指をくわえて見ているだけなんて……

「アレン。お前の気持ちは痛い程わかるよ。俺も大切な家族を帝国の連中に殺されたからな。……だからこそだ。まずは俺達と行動しよう。独りで行動するよりはマシだ」
「つーか、傭兵団みたいな小さい連中で何ができんだよ」

 俺はなんだか素直に慣れなくて皮肉めいた事を言ってみる。オッサンは笑い飛ばすと、俺の頭をわしゃわしゃとかきまぜた。

「今は小さいが、同士が集まればなんとかなるはずだ。先ほど言ったろう。今はまだ動く時じゃない。だがいずれは、革命を起こそうと思う。その為には、お前の力も必要だ」
「俺、戦闘経験ねえんだけど」

 俺は今まで戦った事はない。ずっと、シスターが守ってくれたから……。

「そんな事、今から戦えるようになりゃいいだけじゃないか」

 オッサンはそう笑うと、俺の背中を叩く。いてえ……力強すぎだっつーの。

「ま、今日はゆっくり休むといいさ。明日からまた移動するからな。寝てるもいいし、出てきて外の空気吸うのもいいもんだぞ。引きこもってると、気が滅入っちまうからな」

 オッサンがそう言い終えると、すくっと立ち上がり、部屋を出ようとする。

「オッサン……」
「オッサンはやめろ、今から団長と呼べ。でねえと、鼻の穴から指ツッコんで奥歯ガタガタ言わせてやるからな」
「……こえぇ」

 俺が何も言えなくなると、オッサ……団長は部屋を出て行った。

Re: 叛逆の燈火 ( No.4 )
日時: 2022/08/22 22:16
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 俺はふと女の子の方を見る。ツノを生やした女の子……でも顔は、ルゥの物だ。でも髪の色や目の色は全然違う。それに変なフリフリは着ていない。それに声も違う。顔つきだけ同じだけど全部違う。

「お前、名前なんてんだ?」

 俺が女の子に尋ねると、彼女は首を傾げた。

「名前? 我にそんなものはない」
「あ、そう」

 俺はそう答えると、女の子の方を見る。華奢な見た目だなぁ。

「お前、何者なんだよ」
「我もそれはわからん。ただ、お前が我を強く望んだから、我は生まれた……」
「意味わかんねえ」

 俺、お前なんか知らないし、強く望んだってなんなんだよ一体。

「じゃあ、俺の腕や目は? 移植したって、なんかその、魔法みたいなもんなのか?」
「マホウ……は知らぬ」
「知らない事だらけじゃん」
「知らぬ事は知らぬし、知っていることは万事一切合切天地明察有象無象神羅万象なんでも知っている」

 そう言うと、彼女は俺を見る。表情は変わらないが、多分「どうだ」と言わんばかりなんだろう。

「なんだそれ、当たり前だろうが。それに意外によくしゃべるんだな、お前」
「我は喋る事が好きなようだ。言葉を口にするのが楽しいと感じている」
「なんか客観的にモノを言うんだな」

 つくづく変な奴。本当に何者なんだ?

「まあ、いいや。それにしても名前無いと不便だな。なんか呼んでほしい名前とかねえの?」

 俺が女の子に顔を近づけると、彼女は鼻を鳴らして腕を組む。……右腕がないからか、左腕で自分の胸を抱いているポーズになっているが。

「ないな。我は我だ」
「じゃあ俺が付けてやるよ」

 俺がそう言うと、女の子はこちらを見つめ返してくる。

「ほお、我が気に入る名前をつけようというのか?」
「なんでそんなに上から目線なんだよお前は」
「早くしろ」

 彼女は急かしてくる。名前をつける……つったのはいいけど、別に思いつかねえなぁ。でも、顔はルゥ、全体的な雰囲気はなんとなくエレノアに近いかもしれない。だったら……。
 俺は腕を組んでしばらく悩み、顔を上げた。

「"エル"」
「エル……か」

 彼女は初めて表情を変えた。どことなく口元が緩んでいるような気がする。

「では、我の名はエルだ。エルと呼ぶがいい」

 エルがそう言うと、なぜか名前を連呼している。よっぽど嬉しかったんだな。と俺はちょっとにやついていた。

「何がおかしい」
「なんか子犬が名前を付けてもらって喜んでるみてえで、かわいいなぁと思ってさ」
「莫迦な。子犬とは」

 エルが少しむくれているような感じがした。こいつ、表情がないかと思ったら、意外に感情豊かなんだな。そう考えながら、思わず吹き出す。

「……アレン。一つ言っておくが」
「なんだよ」

 エルは思い出したかのように俺の顔を見る。そして、右腕を指し示しながら口を開いた。

「その腕と右目は我の物だが、我もその右腕と右目がどんな副作用をもたらすのかは、知らない。……そもそも、我も生まれて間もない。だから、その腕と目はどのような影響を及ぼすのかは全くの未知のものなのだ」
「どういうことだ? この腕、それに目は、そんなに危険なものなのか?」

 エルは頷く。

「その目と腕の力を、決して自分の物と思うな。でなければ……人という器が壊れ、お前は人ではなくなるかもしれぬ」
「わけわかんねえよ。お前は人間じゃねえってのか?」
「我はヒトではない。それだけはわかる」

 エルの言葉には何か、真剣さが伝わってくるような気がする。怖えな。そんなものが俺の体の一部になったってのかよ?

「ま、それはいいや。今日はあのオッサンもゆっくり休めつってるし、お言葉に甘えてゆっくりするついでに出かけようぜ」
「休むのに出かけるのか?」
「外が気にならないのか? 俺は気になるよ。それにまだ昼だしな」
「そういう事なら、我も同行しよう。外出というのは、心躍るものだ」

 エルは心なしか嬉しそうだ。
 俺はベッドから飛び起き、部屋のドアに近づいた。

Re: 叛逆の燈火 ( No.5 )
日時: 2022/08/05 23:45
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Hyf7mfn5)


 外に出ると、団長、その隣の赤い髪の姉ちゃん、それに服装や人種や性別年齢はてんでバラバラの人達がいた。部屋から出る俺はそんな人たちの注目を浴びる。

「起きたか」

 団長がそう言うと、姉ちゃんと一緒に俺に近づく。近づいてくると、団長程ではないけど背が俺より一回りも二回りもデカい。俺を見下ろしてくるもんだから、デカさがより際立ってるのか? 赤い長い髪と瞳が蛇っぽい。竜人か? それより、なんか酒臭いな、この姉ちゃん……。

「お前が「アレン」か。なんか右腕と右目が変な事になってんな」

 姉ちゃんは俺の全身を見てからそう言う。俺、そんなに変な見た目なのか?

「俺は「フィリドラ・ソレイズ」。このエクエス傭兵団の副団長みたいなもんさ。ま、事務的な仕事は"レベッカ"に任せっきりだけどな」

 カッカッカと笑い飛ばすフィリドラのねーちゃん。名前を呼ばれたからか、黒くて長い髪の牛の姉ちゃんがこっちに歩み寄ってくる。フィリドラ姉ちゃんよりは背は低いし、身軽そうな見た目だ。額から2本の角が生えてる。それに穏やかそうな見た目だなぁ。

「うふっ、まあそれもまた仲間の務めって奴じゃないかしら。ああ、私は「レベッカ・リジア」。ヨロシクね、アレン君♪」

 レベッカの姉ちゃんは笑みを浮かべて、俺に手を差し伸べる。握手を求めてるようだ。俺は頷きながらその手を握った。

「右手……なんだか、嫌なカンジね」

 レベッカ姉ちゃんはぼそっとつぶやく。俺もそう思う。
 フィリドラ姉ちゃんが俺に自己紹介をした事を皮切りに、傭兵団のみんなが次々に名前を名乗り出し、レベッカ姉ちゃんみたいに握手を求めてくる。俺もそれにこたえるが、エルはというと、首を振りながら握手に応じない。……いや、応じられないんだ。

「我の右手は今、アレンの物だ」
「あら、そうなの?」

 エルの答えに、レベッカ姉ちゃんは「ふぅん」と興味深そうに見つめている。

「あ、アレン君。これからヨロシクね」

 大体みんなの顔と名前を憶えてきたころ、最後に黒髪の男の子が俺に声をかける。帽子と服装からして、所謂吟遊詩人と言った感じだな。声も綺麗だけどなんか消え入りそうな感じだ。

「ああ、よろしく。……えーっと」
「ば、「バロン・ブラギアス」。吟遊詩人だよ」
「バロン、よろしくな」

 バロンは「えへへ」と言った後、皆と同じように俺と握手を交わした。その様子を見ていた団長が俺に近づいてくる。

「バロンは14歳。傭兵団では一番お前と年が近いはずさ。仲良くしてやってくれな」

 へえ、俺の5歳上なんだ。そう聞くと、なんだかバロンに親近感みたいなのが湧いてくる。

「あと、剣はレベッカから教えてもらえ。いいな、レベッカ」
「了解ちゃん。任せてちょうだいな」

 レベッカ姉ちゃんが俺に剣を教えてくれるのか。……言っちゃ悪いけど、姉ちゃんみたいに細っこい人が剣を振れるのか? 俺がそんな心配そうな目で姉ちゃんを見上げていると、それを察したかのように、姉ちゃんは俺の目を見てふふんと笑う。

「アレン君、そんな目で私を見てるけど、これでも私はこの傭兵団の中では一番の腕利きよ。未経験のアレン君でも、きっと私並……いいえ、私以上の剣士になれるわ。あなた次第だけどね」

 姉ちゃんの言葉に、俺は「本当か?」と疑問を抱いた。
 でも……まあ、何もしないより、教えてもらって自分のモノにできりゃ……早くエレノアとルゥを取り戻せるかもしれねえ。

「姉ちゃん、俺――」
「師匠と呼びなさいな。今からは私の弟子になるんだから」
「え、あ、し、師匠!」

 師匠と呼ぶと、姉ちゃんは満足げに笑う。……なんだかこそばゆいな。

「よし、傭兵団の紹介も終わった事だし、ちょっと村でも散策するか。アレン、ついてこい」

 団長が俺を手招きすると、フィリドラ姉ちゃんの方に向かって手を振った。

「てことでフィリドラ、少し出てくる。その間なんかあったら対応してくれ」
「あいよ」

 姉ちゃんは二つ返事で答える。
 そのすぐ後、バロンは「ぼ、僕もついてく!」と団長に走り寄ってきた。団長は笑い飛ばす。

「いいぞバロン。ついでに買い物でもするか、荷物持ち頼むぞ」
「う、うん。僕、頑張る」

 バロンは両腕を振り上げる。なんというか、バロンは頑張り屋なのか? なんとなく、気弱なところがルゥに似ている気がした。

Re: 叛逆の燈火 ( No.6 )
日時: 2022/08/06 23:05
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Hyf7mfn5)


 俺と団長とバロン、そしてエルは村へと出てきていた。村と言っても活気はあるし、人もいる。俺も修道院にいたころはたまにだけど、ちょっと歩いた先に街があった。そこもかなり人がいたけど、そこに比べると少ない。
 村には広い田畑があった。農具を使うオジサンやオバサンが、汗を流しながら忙しそうに畑を耕している様子が見える。……シスターやエレノア、ルゥと一緒に畑で野菜を作ってた時を思い出すな。今年も野菜を育てる予定だったんだけどな。俺がそう暗い顔をしていると、エルが俺の顔を覗き込んでくる。

「どうした、アレン。浮かない顔だな」
「え? いや、俺も畑で野菜を作ってたんだけどさ」
「野菜……何を作っていた?」
「え、トマトとかトウモロコシとか、あとナスとかパプリカやピーマンとかも――って聞いてねえ」

 俺が話している途中で、エルは畑の方を見ていた。聞いてるのか聞いてないのかわからないが、そっちに興味を持ってかれたみたいだ。

「聞いていた。とにかく野菜を育て、それで自給自足していたのだろう」
「もちろん、それだけじゃ足りねえから、近くの街まで麦とか肉とか買いに来てたよ。なんて街かは忘れたけど」
「ちゃんと食べていたのか、お前」
「食べてたよ」

 エルは俺の身体を見るや、首を振る。

「年頃の子供にしては痩せている。これから戦う力を得ようというのだ。もっと体を鍛え、筋肉をつけろ。でなければ、弟妹を取り戻そうなど、夢のまた夢物語という奴だ」
「う、っせーな。わかってるよ言われなくても」

 俺達がそんなやり取りをしていると、俺とエルの間に団長が声をかけてくる。

「エルの言う通りだな、アレン。食事は身体を作る為に必要な事だ。今夜は豪勢にしてやるから、食べて飲んで寝て、明日から訓練を重ねりゃいい!」
「そりゃわかってるけどよ……隣にいるバロンも俺と同じくらい細いだろ」
「ん、僕……?」

 バロンを指さすと、彼はびくっと体を震わせ俺を見る。

「バロンは俺達みたいな戦士じゃないからいいんだよ、適材適所だ」
「ちぇっ、俺もぎんゆーしじんになりたいぜ」

 俺が冗談交じりに言うと、エルは表情と声音を変えずに俺に突っ込んでくる。

「お前の頭では無理だな」
「なっ……お前、俺がバカだって――」
「違うのか?」
「くっ……確かに座学は苦手だけどよ……」
「座学も子供の内にやるべきだ、我も付き合うぞ」

 エルの言葉に何も言い返さず、そっぽを向くと、団長が立ち止まる。

「行きつけの店だ。ちょっと待ってな」

 団長がそう言うと、店の中へと入っていった。
 残された俺とエルとバロン。バロンは困ったように「ま、待ってよ?」と一言。俺も頷いて、その場で待つことにした。だけど、なんか待ってるのにも飽きてきたし、バロンと会話することにした。バロンの事をもっと知りたいしな。

「バロン、お前はいつから傭兵団に?」
「ぼ、僕……その、ちょっと前からかな……」
「なんでこの傭兵団に入ってきたんだよ」
「え、っとぉ……僕の街が帝国軍に襲われて、それでっ、それで団長に助けられてって感じ、かな……」
「俺と同じ感じか。……じゃあさ、赤い髪の男、知らないか? 変な赤い剣を持ってるやつ」
「えっと、わかんない。僕、隠れてたから……」

 なんだ、街が襲われたからてっきりアイツもバロンを……とも思ったんだけどな。

「アレン、「赤い奴」とは?」

 エルが俺の方を見て赤い奴について聞いてくる。

「俺の腕と目を持って行った奴だよ。すげえ怖い奴で、俺の姿を見て笑ってたんだ……」
「腕と目を……?」

 バロンは俺の話を聞いて、ぎょっとしたように縮こまる。

「その、なんだか嫌な感じのする腕……エルちゃんのだって言ってたよね」
「ああ、そうだ」

 俺の代わりにエルが答える。

「エルちゃんは何者なの?」
「知らぬ」

 エルは即答した。まあ、俺にも知らんとか言ってたしな。

「でも、この黒い腕……きっと良くないものだよ。なんだか、怖い」

 バロンが俯きながらそう言うと、エルもそれに頷く。

「我もそう思う。今は腕の形をしているが、いつどうなるかはわからん」
「……この腕、一体――」

 俺が腕を見ていると、突然村の入り口の方で悲鳴が聞こえた。それに、何か血の臭い……血の臭い!?

「まさか!」

 俺はバロンが引き止める声が耳に入る前に、悲鳴の聞こえる場所へと駆け出した。急いで、なるべく急いで!

Re: 叛逆の燈火 ( No.7 )
日時: 2022/08/08 00:25
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Hyf7mfn5)


 俺の目に入ったのは、村人が黒い鎧の奴らに襲われている、まさにその瞬間だった。俺はすかさず足元に落ちていた棒を手に取って、倒れこんでいるじいちゃんを襲う鎧のヤツの背後を狙った。
 コンッと軽い音が鳴り響くだけで、棒は折れる。背後に何かが当たったと気づいた鎧野郎は、俺の方を振り向くと、今度は俺に剣を振り下ろす。俺はその剣を間一髪で避けた。これでいい、じいちゃんがその間に逃げてくれたなら――
 そう思いながらじいちゃんの方を見ると、倒れこんでいたじいちゃんから赤い水たまりが広がっているのが目に入った。俺の血の気が引く……。
 いや、じいちゃんだけじゃない。周りから甲高い悲鳴と、肉を切る音がする。耳に入ってくる。この鎧野郎は何が目的で――
 俺が目の前に気を取られている隙に、俺の腹に衝撃が入った。鎧野郎が俺の腹に向かって蹴りを入れてきたんだ!

「ごぼぉ」

 腕を斬られた時の痛みほどじゃない。だけど、胃の中のモノがこみあげてくる、気持ち悪い。まだ昼飯食ってないはずなのに、俺の口からドボドボ音を立てて何かを吐き出す。クソッ、腹が……。

「こんのガキがぁ……」

 俺が必死に口元を抑えながら、鎧野郎を見ると、奴は俺に剣を振り下ろそうとしていた。

「アレン!」

 その時、背後から声がする。団長だ。団長は目の前の鎧野郎を手に持っている槍で貫いた。空を斬る音と風が俺の目の前を通り、赤いモノが舞い踊って地面に落ちる。

「アレン、お前は下がっていろ。俺がやる」

 団長は槍についた血糊を払って、一人鎧野郎たちの前に立ちふさがる。団長の目の前には、村人達が鎧野郎達に捕まっていたり、まさに首を斬り落とされていたり、赤と泥が混ざり合って直視できない光景が広がっている。団長は怒りで震えていた。

「貴様ら……! これも皇帝の意志なのか!?」

 団長がそう叫んで槍を握り、前へと突撃しようと構えた。
 だが――

「おおっと、動くなよ!」

 目の前の鎧野郎がそう言って後ろの方を指さす。後ろの方で子供の悲鳴がした。振り向くと、黒い帽子を被った黒い服の女が、いつの間にか子供の喉元に太いニードルを当てているのが見えた。……あれは、バロン?

「バ、ロン!? おい、なぜお前が? 団員を連れて来いと言ったはずだ!」
「あ、うぅ……」

 バロンは答えようにも、女が喉元に立てているニードルが怖くて動けないのだろう。

「その女はお前ら傭兵団に紛れ込んで情報を流していたんだ。気づかなかっただろ?」
「……ふふっ」

 鎧野郎の紹介に、女はせせら笑う。スパイって事か。なんだよそれ……!

「貴様ら……!」
「動くなよ、その黒髪のガキを五体満足で助けたいのならな」
「……」

 鎧野郎が地面に指をさす。「武器を捨てろ」って事だろ。団長は従わざるを得なかった。構えていた武器を地面に捨てる。ゴトンという金属音が鳴り響き、槍が地面に転がった。その後、「伏せろ」と言われて、無抵抗に従う団長。
 悔しい……俺に力がねえから……!

「さて、まずはさっきやられた奴のお返しをしねえとなぁ」

 鎧野郎がそう言うと、団長の持っていた槍を手に取る。かなりの重量があるのか、重たそうにしていた。鎧野郎は、槍をの切っ先を団長の方に向ける。そして、振り下ろした。
 鎧の砕ける音、そして肉を貫くような嫌な音。そんな音達が俺の耳に入ってくる。

「ぐおおぉぉぉぉーーーっ!!」

 団長が悲鳴を上げた。吹き出す血液。団長の着こんでいる鎧を赤く染めていく。
 だが、一回では終わらなかった。鎧野郎が槍を抜いては刺し、抜いては刺し、抜いては刺し。何度も、何度も何度もそれをつづけた。鎧野郎達はそれを見て笑い転げている。
 俺は歯を食いしばりながら、涙を流し、その場で団長が傷つく姿を見せられている。多分、バロンも同じように震えているんだろう。

 クソッ、クソクソクソクソッ!!
 俺に力さえありゃあ……あんな奴ら……!
 あいつらが憎い! 憎い憎い憎い!!

 俺は目の前の光景に耐えきれず、目の前を思わず駆け出す。

「やめろ!」

 だけど、俺なんかが大人の男にかなうはずもなかった。
 俺が無謀にも鎧野郎に立ち向かったって、俺は蹴り飛ばされて吹っ飛んで終わるだけだ。身体が宙を舞って、地面に背中から落ちる。蹴られた痛みも、背中の衝撃による痛みも相まって、俺は今度こそ動けなくなった。

 ――目の前が真っ暗に染まっていく。
 団長の悲鳴も、バロンの泣き叫ぶ声も聞こえなくなってくる。



「アレン」

 もうすべてが闇に包まれたような黒い中で、エルの声が耳元で響く。俺は声のする方を見ると、エルが立っていた。

「エル……!? お前、どこ行ってた!?」
「そんな些細な事はどうだっていい。今重要なのは――」

 エルは俺の目の前に立つと、あの時の……雨に打たれていた俺を見下ろしていたように。そう、あの時と同じように俺を見下ろした。

「お前は何故戦わない?」

 エルは俺に向かってそう尋ねてくる。

「……戦えねえだろ。俺には何もない」
「お前は望んだはずだ。戦う力が欲しいと」
「俺にはどうにもできねえよ」
「それはお前の意志が弱いからだ」
「じゃあ、どうしろってんだ!?」

 俺は声を張り上げて、エルを怒鳴りつける。エルは多分相も変わらず表情を変えずに俺を見下ろしているはずだ。

「俺にはもう何も出来ねえよ! 大人に……あいつらに勝てっこねえ! 村の人も団長もバロンも助けられねえ……俺なんかにあんな奴らをどうにかしようたって無理なんだよっ!!」

 俺の絶叫を聞いたエルは黙っていると、俺の右腕を指さす。

「だが、その力があれば、或いは……」
「右腕?」
「そう、それは可能性だ。お前が皆を救うための」
「可能性……」

 俺は右腕を見る。黒くて禍々しい。何か、脈打っている気がする。……目が覚めてからは気づかなかったけど、この腕。この腕さえあれば……!

「今一度、お前に聞くぞアレン。お前、生きたいか?」

 俺はその言葉を聞いて、腕をついて立ち上がる。そして、エルの顔……いや、目を見てエルの問いに答える。

「ああ」
「ならば我に従うといい、お前に力を与えよう」


「あいつらから奪われたものを取り戻せるなら、例え……悪魔にでもなったっていい。力をくれ!」

Re: 叛逆の燈火 ( No.8 )
日時: 2022/08/09 00:16
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Hyf7mfn5)


 俺は腕を強く握りしめる。その時、俺の右腕が変形した。赤くて、でも漆黒で、まるで化け物みたいな腕。それに生きてるみたいに、ドクンドクンって脈打ってやがる。だけど、この力さえあれば……!

「ガアアアアァァァッ!」

 俺は獣の咆哮に似た雄たけびを上げる。思えば、その声は俺の物だったのか、右腕に呑まれて別の奴に乗っ取られた俺があげたのか。そいつはわかんねえ。だが今はどうでもいい。俺は目の前の闇を右手で切り裂くように払う。闇が紙が裂けていくように晴れていき、一瞬眩しい太陽の光で白が視界を支配したと思ったら、目の前にはさっきまでの胸糞悪い光景が広がっていた。俺の姿を見た連中は、驚いている様子だ。
 次は俺がお前らを蹂躙する番だ。怯えろ。慄け。恐怖しろ。目の前の連中を団長がされたみたいにしてやる。

「な、んだこいつ!?」
「魔物か!?」
「おい、子供を――」

 俺はギャーギャー喚く鎧野郎に近づく。ちょっと走ったつもりだったけど、一瞬でそいつの目の前に距離を詰めていた。まあ、そんなことは今はどうでもいい。右手でそいつの頭を握る。ちょっと握っただけなのに、瞬く間に破裂しやがった。ぶしゃって変な音と共に、トンカチで叩いたリンゴみてえに簡単に潰れやがる。脆いな。

「なんだこいつ、人を串焼きみてえにするから、血は何色かと思ったけど、赤いんだ」

 俺は多分無表情でそんなことを言う。
 俺のそんな言葉と返り血を浴びながらあちらを睨むもんだから、奴らは腰を抜かしてビビってる。ああ、それより、団長は? バロンは無事なのか?
 俺は振り返ってバロンにニードルを立ててやがった女の方を振り向く。女も鎧野郎と同じように俺にビビってる。笑えるな……こんな奴らに団長は何度も何度も……何度も串刺しにされたのか!

「殺す……殺す殺す殺す」

 俺の口から憎悪の言葉が漏れて発せられる。
 俺は女に向かって駆け出し、右腕で女の身体をつかみ、地面にそのまま叩きつける。身体が簡単にぐにゃりと曲がった。人間ってこんなにも簡単に……簡単に骨が変形するんだなぁ……。血って意外と生温かいんだな。よく本で殺人鬼の話を見たけど、あいつらもこんな気持ちで人を殺していたんだろうか?

「全員殺す……全員……」

 俺の言葉なのかこれは?
 いや、いい。鎧野郎共は全員この場で滅ぼしてやる。



―――



 その後はまるで作業のようだった。逃げ惑う鎧野郎共を追いかけて、捕まえて、叩き潰して。あとは引きちぎった奴もいたな。それに真っ二つにもしてやった。
 もう動けるやつがいないと思って周りを見たら、周りは血の海だった。村人も、鎧野郎も、皆死んでる……。腕も化け物のものじゃなくて、元に戻ってる。


 ふと我に返ってその状況を脳が理解を始める。身体が冷えていく感覚に襲われた。

「ひ、ああぁぁ!?」

 俺は情けない悲鳴を上げて、その場で後退って腰を抜かす。生きてるやつがいない……そうだ、団長! それにバロン!

「団長! バロン!」

 俺が団長に呼びかけると、意識はあった。生きてる。
 それから、バロンに近づく。

「バロ……」

 バロンはうつ伏せになって動かない。俺は名前を呼びながら必死に身体をゆする。だけど、よくよく見てみると、バロンの首筋に赤い点みたいな跡がある。……ニードルで一突きされたんだ。確か、首筋には大事なのが通ってて、そこを突かれるだけで簡単に人間は死ぬって、シスターが言って……。バロンの顔は恐怖で歪んでいた。
 人っていうのは本当に脆い。簡単に死んじまう。俺は項垂れて、彼に対する懺悔の言葉を繰り返した。
 バロン……ごめん、守れなくて……。俺は唇を噛み、涙が出そうなのをこらえる。

「嘆いている暇はないぞ」

 そう囁くようにエルの声が耳元で響く。俺が驚いて声のする方を見ると、エルが立っていた。

「アルテアが虫の息だ。アレン、早く運んでやれ」

 エルは左手で団長を指し示す。

 ……そうだ、まだ団長が生きてる。急がなきゃ! 早く行かなきゃ! 俺はそう思考を巡らせる前に、身体が勝手に動く。
 団長の上半身を起こして、俺は背中に背負う。重い……でも、早く。早く戻らねえと……! 俺は団長を引き摺って、なるべく早く小屋に戻る。

Re: 叛逆の燈火 ( No.9 )
日時: 2022/08/11 22:18
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Hyf7mfn5)

 団長をなんとか連れ帰った後、何があったのかと団員の皆に根掘り葉掘り聞かれたけど、俺もよくわかってなかったから何も言えなかった。
 ただ……黒い鎧の奴らが急に村を襲ってきて、村人をどんどん斬っていって、団長を串刺しにして、バロンも……。そこまで言うと、師匠がそっと俺を抱き寄せて、頭を撫でてくれた。

「怖かったでしょう、辛かったでしょう。いいのよ、もう大丈夫だから」

 俺は無言で俯くしかなかった。正直、俺の右腕が化け物みたいになった時、俺じゃない俺が入り込んできて、ずっと目の前の奴らに向かって……「全員殺す」って叫んでいた記憶が焼き付いている。
 あれは、俺の意志だったんだろうか? 俺が、あんな恐ろしい言葉や思考で、あんな事を……。俺はふと右腕を見る。もうとっくに血糊も洗って落とした。黒々としたモノなのに、恐ろしくて仕方がなかった。それにバロンの事もあるし……かなり考えがぐっちゃぐちゃで、頭がおかしくなりそうだ。

「どこへ行くの?」

 俺が師匠の下を離れると、彼女が心配そうに俺に声をかけてくれる。俺は振り向かずに、「団長のとこ」と一言だけ。


 後ろから足音が聞こえる。多分エルだろう。俺はエルの方を向きもしないで声をかけた。

「エル、あれは俺の意志だったのか? それとも、別の何かだったのか?」
「あれはお前でありお前ではない」
「どういうことだ?」
「お前の憎悪がああさせたのだ」

 俺の憎悪? 俺は思わずエルに振り向いた。相も変わらずの無表情がそこにある。

「憎悪って……んなアホな。」
「アホな話かはお前が一番よくわかっているはずだ。もう一人の自分が自分の身体で何かをしていた。という感覚に陥らなかったか?」
「……ん」

 俺が言葉に詰まっていると、エルは肩をすくめてため息をつき、俺を腕で指す。

「お前はまだその腕の恐ろしさが解っていない。理解しろ、その腕はお前の感情で暴走しかねん。まだお前が子供である限りは」
「が、ガキ扱いすんじゃ――」
「そういうところが子供だというのだ、莫迦者。感情的になるな、怒りや憎しみといった負の感情は、悪とは言わん。だが、物事が見えなくなり、大切なものを守るどころか、失いかねん。今日の暴走ぶりでは、近いうちにお前は人ならざる者と成り果てるだろうな」

 エルは痛いところをどんどんついてくる。
 カチンときて反論しようにも、多分エルには口喧嘩で勝てそうにもねえや。確かに、俺は年齢はもちろん、言動行動すべてがガキだ。シスターにも「あなたはお兄ちゃんなんだから、しっかりね」って言われて、頑張ってエレノアやルゥ、シスターも守れる男になってやるって思ってたけど……。

「う、ぐ……。確かに、そうだよな……俺は、どうしようもなくガキだ。すぐ怒ってすぐ諦めて……。シスターにも叱られてたってのに、そんなこともわかってねえガキだよ」
「わかっているならいい、あとは自覚だけだ。……そんなことを言っていたら、アルテアの部屋についたな。話はあとにしよう」

 エルがそう言うと、ノブを捻ってドアを開ける。部屋の中には、ベッドの上で包帯まみれになった団長が横たわっていた。ドアを開けて部屋に入ってくる俺達に、団長の隣にいるフィリドラ姉ちゃんが声をかけてくれた。

「エルと楽しそうだったな。何を話していた?」
「全然楽しくねえよ」
「それでも、誰かと話すことは楽しい事だ。どんな話題だろうとな」

 姉ちゃんは笑いながら、手に持っている水筒の中身を口にする。……多分酒だろう。匂いでもわかる。

「なあ、姉ちゃん」
「なんだ?」
「あの黒い鎧の奴らってなんだよ?」
「帝国軍だ。見た事ないのか?」

 姉ちゃんは首を傾げると、俺は首を振った。

「俺、ずっと修道院でシスターに守ってもらってたんだ。知らなかった」
「ま、知らないならこれから知ればいい。無知は罪だが、知る事と学ぶ事は人間にとっての糧だぞぉ?」

 姉ちゃんは豪快に笑い、また水筒の中身を口に入れる。

「いやはや、スパイが紛れ込んでたとは。俺も驚きだぜ」

 姉ちゃんがそうこぼし、水筒を強く握りしめる。顔はいつもと変わらない笑顔……いや、目が笑ってなかった。スパイが紛れ込んでいた事に、それに気づけなかった自分に腹を立てているんだろう。

「アレン、団長はな。帝国に反旗を翻すつもりだってのはわかるな?」
「あ、ああ。なんとなく。でもなんでだ?」

 俺の質問に、姉ちゃんの顔から表情が消え失せる。

「帝国騎士だったんだ、団長。俺もな。」
「……なんで、騎士のあんたらが革命だの反旗だのなんて――」
「今の帝国ってのは腐りきってるんだ。先代皇帝に毒を盛り、幼い皇女を皇帝に仕立て上げる、宰相一派のせいでな」

 宰相一派に……? 宰相ってたしか、皇帝を補佐する人の事だよな?

「なんでだ? なんでそいつらが仕えてるはずの皇帝を毒殺するんだ?」
「野心高い野郎共だったんだよ、あいつら。誰もが平等である事を掲げた先代皇帝が心底邪魔だったんだろうさ。それで、毒を盛られた皇帝を病死でもなんでも適当に理由をつけて、娘を皇帝に仕立て上げて、傀儡の皇帝として裏から操れば、帝国……いや、この大陸は奴らの好き勝手できるって寸法だよ」

 ……なんて奴らだ。何も知らない子供を利用して、好きかってしようなんて……!

「俺と団長はもちろん、その企みを見抜いて、今の皇帝にその事を伝えたんだ。俺と団長は一応あの子が生まれた頃から近衛騎士として、世話してたからな。……だが、そんな助言がとんでもない事を招いちまった」

 姉ちゃんが、苦虫を噛み潰したような顔をする。何か言いづらい事でもあるんだろうか?

「どうしたんだよ?」
「……やめにしよう、酒がまずくなる」
「なんでだ!? ここまできて――」
「っせーな、子供は寝ろ!」

 姉ちゃんが俺とエルを子猫をつまむようにして、部屋から放り投げる。いてえ……なんなんだよ一体! 俺がドアを叩いても、中からは何も返事がない。無視決め込みやがって……!

「畜生、行こうぜエル!」
「……そうだな」

 エルは考え事をしていたのか、返事が1拍程遅れる。こいつもどうしたんだろう? ま、いいか。

Re: 叛逆の燈火 ( No.10 )
日時: 2022/08/11 21:54
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Hyf7mfn5)

 その後は何事もなく、夜を迎えた。団長への晩飯は師匠が「フィリドラと会ったら気まずいだろうし」なんて気を使ってくれて、持って行ってくれたし。晩飯時には、傭兵団のみんながいろいろ気を使ってバロンや団長を一切話題に出さず、俺にいろいろ質問を投げかけてきた。「修道院ではどんな生活だったのか」、「好きな食べ物は」、「明日からの予定はどうするか」なんてとにかく無難なもの。まあ、それはそれで助かるんだけどさ。晩飯が終わった後は、部屋に案内された。小綺麗な小屋で、中は俺が目を覚ました部屋と同じような構造だった。俺はベッドに寝ころぶ。このまま眠ろうかと思った。
 ただ、その日は団長の事やバロンの事。それにフィリドラの姉ちゃんが気になる事を言うもんだから、寝つけなかったけど、姉ちゃんの言ってた事はとりあえず忘れることにした。今は団長の回復を待つしかねえしな。それに……バロンの事……守れなかった悔しさが今更涙になってこぼれる。

「クソッ、俺って本当に……」

 いや、とにかく今は寝るか。俺はベッドのシーツで涙を拭きとった。

「賢明な判断だ。お前は今は疲労困憊のはず。今は休め、我も楽できる」

 なんて言いながらエルは俺の寝ているベッドの脇で座っているだけで、寝ようともしない。部屋の明かりはもう月明かりだけ。青白い光に照らされる彼女は、なんだか神秘的な風貌な感じだ。

「なあ、昼の続きなんだけどさ」
「まずはお前自身が強くならねばならん。肉体的にも、精神的にも」
「なんだよ精神的にって。昔の修行とかじゃあるまいし」

 俺は小馬鹿にしたようにいう。精神論なんて結局気持ち次第だろ。

「莫迦者が」

 エルはそんな俺を一喝してくる。

「また同じ話をさせるつもりか」
「うぐっ……」
「まあいい。今日は我も疲れた。明日からはレベッカに手取り足取り教えてもらえ。我も手伝おう」

 なんだよ、手伝うって……まさか

「剣にでもなるつもりかよ」
「……む、その発想は無かった。考えておくとしよう」
「……は?」

 エルの予想外の反応に俺は思わず声を出す。まさか、剣になるとか言わねえだろうな? ……そんな馬鹿な。いくら不思議人間でも、剣になるなんて。

 そういやこいつ、一向に寝ようとしないな。

「エル、寝ないのかよ」
「我に睡眠は必要ない」
「寝ないで疲れをどうやってとるんだよ」
「我は人間のように欲求や生命維持の為の行動は必要ないのだ」

 ふぅん、じゃあそう言う事ならほっとくか。





―――






 翌日、俺達は村の広場にいた。とりあえず、互いの力量を図るべく師匠との手合わせをする事となり、俺は剣を手に取る。剣と言っても、練習用だから木刀なんだけどさ。すると、俺の手に取った木刀を見てエルが首を振る。

「そんなモノで強くなるなど到底無理だな」
「いや、だって真剣なんか使ったら死んじまうだろ」

 俺がそうエルに言うと、エルの姿が突然黒い影に飲み込まれた。ずずずって音を立てながら、どんどん小さくなっていく。俺も周りの皆も驚いていると、黒い影が晴れ、そこには赤と青色が交じり合った、毒々しい見た目の両手剣が転がっている。剣には動く竜の瞳があり、俺を見つめた。

『我を使うといい』
「どぅあえ!? 剣が剣がしゃべった!?」

 俺は剣から声がしたので、驚いて背後に腰を抜かして尻もちをついた。

『おい、我だ。エルだ。驚くな』
「い、いや、剣がしゃべるもんだから驚くだろ普通!」
『我は普通ではないぞ』
「……確かに」

 俺は納得すると、その様子を見ていた師匠が近づいてきて、にっこりと笑う。

「エル、私は木刀を使うから、刃をどうにかできたりしない?」

 師匠の言葉に、エルは目だけを師匠に向けて、「構わん」と答えた。刃がどうなったのかはわからんけど、多分これで師匠が怪我する心配はないと思う。

「ま、最初だしね。力量がどれくらいか試すだけだから。全力で来てね。ああ、"ドライブ"の使用は禁止ね」
「どらいぶ……?」

 初めて聞く言葉だ。

「ああ、そうか。ドライブっていうのは、ざっくり言わせてもらうと、ある日突然目覚める特殊能力みたいなものよ。私のドライブは速さに関するもので、素早く動けたり、物を速く投げたり。とにかく他人より速く動けるって覚えて頂戴」

 師匠が説明したあと、エルは「ほお」と声を漏らす。

『そういえば今更気づいたが、レベッカ。お前のドライブとやらが見えるな。確かに、スピードに関する能力のようだ』
「わかるのか?」
『レベッカだけでない、他の傭兵団の皆も"見える"』
「へえ」

 師匠が感心するように目を細めた。傭兵団の皆も「すげえな」とか、口々に言う。

「じゃあ、俺は?」
『お前自身のドライブはない。いや、我と同化した事で、我自身の力である「毒」と「影」を自在に操ることができるようだな。誇りに思うといい』
「うえ、なんだそれ。気持ち悪」
『……』

 エルは俺を睨みつけてくる。師匠は「まあまあ」とエルを宥めた。

「じゃあ、アレン。エルを使うって事でいいわね?」
「ああ」

 俺の返事に頷く師匠。やっと手合わせに入れそうだ。






―――






 俺と師匠は互いにドライブを使わずに武器を打ち合う。俺は初めての戦闘だからか、振りは正直適当だし、師匠に剣をぶつけようと大きく振りかぶる。だが、俺の動きを読むように、師匠は剣を躱しては俺の身体に木刀を当てる。結構いてえ。っていうか、エルは両手剣だから結構振りが大きくなっちまうのも原因だから、余計に疲れる……!

「私、ドライブ使ってないけど、動きが遅いわね」

 師匠は俺を挑発するように言いながら、俺を確実に疲弊させようと木刀を身体に当ててくる。俺はどんどん息を切らしながらされるがままだ。
 エルはというと、俺がだんだん疲れてきているのに、何も言わなかった。

 まあ、その後10分も経たない内に俺が疲れてその場で仰向けになって倒れちまうんだけど。

「エルぅ~、なんで何も言わねえんだよ~」

 俺がエルに向かって文句を垂れると、エルはもう元の姿に戻って俺の隣にしゃがみ込んで、俺を見下ろしていた。

「助言が必要だったか?」
「べつにぃ。ただ、ずーっと黙ってされるがままだったじゃんよ」
「お前がな」

 もう言い返す気力もなかった。悔しいけど、戦った事なんか昨日のアレ以前、全くなかったからな……戦闘の訓練や実戦を経験した師匠に敵うはずもない。悔しいが、それだけは確実にわかる。

「初めての戦闘はどうだった?」

 師匠は俺の顔を覗き込んで、笑みを浮かべている。

「俺の無力さに悔しさでいっぱい」
「最初はそんなモノでしょ。いきなり私が負けたら、私は必要ないしね。ま、これでも飲んで休憩して、早速修行を始めましょう」

 師匠がそう言うと、俺の頬に何か冷たい物を当ててくる。瓶……白い瓶だ。

「それ、井戸で冷やしておいた牛乳よ。頑張りましょ♪」

 俺はそれを受け取ると、「ありがとう」と一言言って、瓶の中身を口に入れた。……生き返る気分だ。そう思いながら牛乳を飲み干す。


 その後は何事も起きることなく数日経って、団長が目を覚ます。何とか動けるまでには回復したようだ。すげえな、団長。てなわけで、団員は一ヶ所に集まって会議中だ。俺もそこにいる。

「……心配かけたな、皆」

 団長の言葉に皆は様々な反応を見せるが、各々嬉しそうだったり喜んでいたり。信頼されてんだなぁと俺は思った。

「俺が寝ている間に、何か変わったことはなかったか?」
「特に。帝国軍の追撃でも来るかと思ったけどね」

 師匠がそう答える。

「だが、今日中に移動することにしよう。あっちには魔女がいる」
「いつか言ってた、皇帝ソフィアの手下だっけか」

 俺は思わず疑問を口にする。確か、そんな事言ってたっけ。

「ああ。「バーバラ・ゴーテル=ヤーガ」。奴は魔法が使える。俺達の居場所を割り当てるなど簡単だろう」
「……だったら結構マズい状況なんじゃねえの?」
「その通りだ」

 俺の質問に団長は頷く。じゃあ早く動かないと……。

「バーバラ。あいつは現皇帝を溺愛してる奴でな。皇帝の邪魔になると判断したものは容赦なく処刑する」

 フィリドラの姉ちゃんがため息をつきながらそう言う。

「ここ数日静かだったのは気持ち悪いが、急いで移動した方がいいな」

 姉ちゃんの言葉に、皆頷く。団長は「すぐ支度しろ」というと、皆行動を始めた。

「バーバラ……というのは、あの日遠くでこちらを見ていた奴の事か?」

 エルがふとそんなことを口にする。

「は? なんだよ、何の話だよ」
「帝国軍が攻めてきた日、遠くからこちらの様子を伺っていたカカシがいた。先ほど、魔女は魔法が使えると言っていたな。そのカカシは様々な色を持っていた……つまりは、そのカカシは、そのバーバラとかいう魔女ではないか?」
「……見てやがったって事かよ」
「そうだな。こっちの動きは筒抜けだったという事だ」
「その後は?」
「お前が暴走していたころはずっと見ていたが、お前が正気に戻ったころは消えていた」

 エルが淡々と答える。……魔女が直接俺達、いや、傭兵団を観察してたって事かよ。

「魔女、そいつとはどこかで確実に会いそうだな」

 俺は誰に言うでもなく、そうつぶやいた。