ダーク・ファンタジー小説
- Re: 叛逆の燈火 ( No.103 )
- 日時: 2022/11/14 20:30
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
今日の天気は大雨。滝のように振る雨が俺達を叩きつけるように降り注ぐ。こんな天気を選んだ敵の指揮官は、賢明なんだろうな。雨は体力を奪う。……それは敵も味方も関係ないんだが。そうなると、数の多い勢力が確実に勝つ。座学が苦手な俺でもわかる。そうなると、戦略と戦力の優れた方が勝つって事くらい。だから、ばあさんは罠を張り、敵の戦力を少しでも削ぎ落し、こちらの体力が温存できるように罠術を張ったんだってさ。ちなみにこれはばあさんの力ではなく、ばあさんの長年の積み重ねと経験によるものらしく、やろうと思えばだれでもできる事だと。俺はそんな話を聞きながら、とりあえず生返事で返す。ばあさんは気にしていない様子だったのか、続けて作戦を俺に伝えてくれた。
俺とエルはばあさんの指示に従い、城の裏口から脱出した後、敵の指揮官がいる、城を囲うように聳え立つ山。そこに入る。なんでも、指揮官――アストリアは自分の手を汚さずに、戦わずして勝つという戦略が得意らしく。自分は安全な場所で指示を出しているんだとさ。で、安全かつ城の様子が見えるその山の中腹に、アストリアがいるらしいから、両脇から攻めて、奴を無力化する……という、たった二人でやるには一見無謀にも思える計画。その説明を受けると、ばあさんは俺の肩を叩いた。
「お前の中にいるラケルもアシュレイも、そしてグラディウス……いや、クラテルも。そしてエルも。皆が力になってくれたのだろう? ならば、問題ない。持てる全ての力を行使せよ。そうすれば、百人力であると、私はそう思うよ」
……別の誰かが彼女に入り込んだみたいに、いつものふざけた口調と表情が無く、真剣そのもののばあさん。俺は一瞬だけ言葉に詰まり、何も言えなかったが……すぐにいつもの調子に戻る。
「じゃ、頼んだぞ。せいぜい儂に楽をさせよ~?」
「あ、う、うん」
俺が返事に戸惑いながらも、俺達はその場で分かれた。
いや、分かれようと俺が走り出すのを呼び止められ、俺はばあさんから何か投げられた物を受け取る。よく見るとそれは、キラリと光る十字架。……俺がシスターに返した十字架のアクセサリーだ。なんでばあさんが持ってるんだ?
「そいつがお主の元に戻りたいと言っておったわ。余計なお世話だと思うが、連れて行ってやるとよい。じゃあな」
ばあさんが俺に向かって手を振ると、すぐに俺のいる反対方向へ走り去っていった。俺が呼び止めようとしても聞かないふり。
「……ったく、お節介なばあさんだな。わざわざあそこから持ち出したのか?」
俺はそれだけ呟きながら、ばあさんの後ろ姿を見送る事もなく、自分の向かう方向へ駆け出す。文句は後で言う事にしよう。俺はそう思い、エルを見る。エルは俺の目配せに気が付くと、俺の手に握られた。敵の指揮官が潜んでいる割には、中腹に近づけど一人もいない。……おかしい。なんで指揮官のくせに、護衛とか付けてねえんだ? ……よほど自分の腕に自信があるのか、それとも、一人を好んでいるのか。何にせよ、油断できない。
俺が周囲に注意を払いながら走っていると、エルが唐突に声を上げる。
『アレン、熱源が接近している。避けろ!』
エルの怒声に近い叫びに、俺も接近してくる熱に気づいて、瞬時に背中に意識を集中して、背後に飛び込んだ。俺が空を舞うと同時に、地面がごおっと音を立てて火柱を上げる。
「……ヤマタノオロチの炎?」
<奴はエルが食った。奴の力を使えるのは、俺達だけだと思っていたが。……いや>
「まさか、姫さん?」
俺がそうクラテルに尋ねると同時に、飛んでいる俺に向かって十文字に重なった風の刃が、俺に向かって銃弾の如く飛んできた。俺がそれを避けても、2弾目、3弾目と次々と俺を打ち落とそうと飛んでくる。
だけど、背後に集まる力が弱まっていくような違和感を感じた。高度が下がって地面が近くなる。
『これ以上の飛翔は危険だ、アレン』
「……くそっ、応急処置じゃこんなもんか」
倦怠感を感じる。俺は地上に着地すると同時に、白く閃く物が俺に近づくのを感じた。俺は思わず右腕で白い物を受け止める。それはカズマサやシャオ兄ちゃんも使っている、「カタナ」というものだ。切れ味は俺たちが普段使う剣より良く、細身で軽い。俺の腕に深く食い込んで血液が迸る。
そのカタナの持ち主の顔を見た。やはりというか、カタナを握っていたのは、東郷武国の首長の娘であるチサト姫。その人だった。あの時から容姿はほとんど変わっていない。……変わったとすれば、目に光を宿していない。どこか虚ろだ。何かにまた操られているのか? 俺は思わず自分の今考えている事を口に出していた。
「おい、姫さん! お前、やっと解放されたってのにまた誰かに操られてんのかよ!?」
「……」
姫さんは無言だ。いや、聞こえてないのかもしれない。心ここにあらず。そういった感じだ。
姫さんが俺の右腕を斬り落とそうと力を入れているので、俺は影を姫さんのカタナに伸ばし、固定する。右腕の痛みはないが、痺れているかのように電気が走っている感覚がある。尚もカタナを振り下ろそうとするので、俺は固定している影でカタナをへし折った。カタナに力を込めていた姫さんは、反動でその場に前のめりになる。
すかさず俺は姫さんの頬に向かって、自分の力任せに拳を入れた。パァンと音が響くと、姫さんは後退ってよろめきながら一歩下がる。
……気絶するくらいには力を入れたはずだけど、全然平気そう。それどころか、すくっと立ち上がると、俺に向かって手をかざす。彼女の背後には、青い影がぼうっと浮かび上がっていた。青い影は蛇みたいな形だ。それが何なのかはわからないが、姫さんの味方であるという事は、言われなくたって分かる。「俺、ここで死ぬかもな」という直感だけは感じ取っていた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.104 )
- 日時: 2022/11/15 20:56
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
<あれはエルや俺と同じ存在。精霊だ。俺達とは違って、意思はない。奴の力の一部みたいなものだ>
クラテルが静かに青い影について教えてくれた。よく見ると、姫さんの瞳が緑色に光ってる。あの青い影が彼女に宿っているのか? 俺は姫さんに気を取られている隙に、足元からボコリと音がする。気づいた時には足元から植物や蔦が顔を出して、どんどん成長して俺の下半身を拘束し始めていた。
「なんだ!?」
『アレン、焼き払え!』
俺は言われた通りに炎を纏わせた右腕を振り回し、成長する植物を焼き払う。大雨だからか、じゅわじゅわと炎が音を出しながらも、植物を焼いていく。
『下だけに気を取られるな!』
エルの叫びに俺は反応し、一瞬だけ影の翼を羽ばたかせ、俺に向かって地面を抉りながら飛び出してくる岩石の槍を避ける。まるで手品だ。俺は右手に転がり、素早く立ち上がる。俺の方に水流が襲ってきた。それには避けきれず、身体が水流に吹き飛ばされ、近くの壁に埋まり込む程に叩きつけられる。ただでさえ、あのザリガニ野郎との戦いの傷がまだ癒えてねえのに、休息する間もなく戦わせるとか。
「……ばあさん、マジ俺を殺す気かよ!?」
と、この場にいないばあさんに向かって恨み節を吐いた。そうでもしないと、一瞬でも気を抜いたら意識が飛んでしまう。疲労感と治りきっていない傷の痛み。それらが俺の身体を針のように刺して、戦闘に集中できない!
『死ぬのはアストリアとやらを倒してからにしろ』
「無茶、言うぜ」
『ああ。実際無茶でもしなければ、お前は確実にここで死ぬ。生きたければ死ぬ気で抵抗しろ』
「……ったく、わかってるよ!」
俺は地面に剣を突き立て、杖代わりに身体を支える。……その隙を逃さず、姫さんはこちらに向かって駆け出し、突進する勢いで近づいてくる。手には炎を纏ったカタナ。さっきへし折ったけど、力で刃を作ってんのか。背後には炎の鳥のような赤い影。……あれ、どうにかできないか?
俺は近づいてくる姫さんに向かって影を伸ばす。影が彼女を捕まえようと伸びるが、姫さんは軽々と避け、俺に確実に肉薄した。俺の目の前に炎の刃。頭を斬り落とすつもりだ!
だけど、俺は咄嗟にしゃがんで振り下ろされるカタナを避ける。その後すぐに自分の影に手を当てた。影が大きく口を開け、姫さんに食らいつく。いや、食らいつく瞬間に姫さんが掌に光を纏わせて、影を掻き消しやがった。
<微弱だが、やはりヤマタノオロチの力を使えるようだ>
クラテルの声が響き渡る。その光る掌から銃弾のように閃光を放つ。なんとか斬り落とすも、光弾が俺の身体をかすめて、そこから傷ができる。赤い線から血が迸って、折角癒えていた傷が広がる。
姫さんは俺を殺す事に躊躇が無い。……いや、命令を聞いて動かされているだけなんだ。まずは動きを止めて、姫さんを説得しよう。その為には――。
「ちょっと大人しくしてろ……!」
俺は剣を両手でつかみ、姫さんの胸に向かって突き出す。剣の刃から黒い玉が無数に飛び出し射出。姫さんの身体の至るところに命中した。命中したところで、姫さんの表情は無表情のまま。……だけど、身体が崩れ落ちた。やっぱり、姫さんに影毒に対する耐性は皆無のようだ。痙攣しながら俺を倒そうと起き上がろうと腕を立てようともがいている。
『まるで糸で動かされている傀儡のようだ。……意識が飛んでいても不思議ではないのだが』
エルが静かにそう言うと、姫さんの肌が、影毒を受けた部分が黒く変色していって広がっていく。まるで、浸食していくように。姫さんの口から「うぅ、ぐ、うっ」とうめき声が聞こえる。
「もう動くな、降参してくれ!」
俺の言葉も届かないようだ。尚も俺に向かって力を使って、殺そうと手をかざす。……だけど、影毒は魂すら浸食する毒だ。その毒に犯されれば、魂の顕現であるドライブを使おうにも、毒に犯されて使う事ができないし、オーラだって切れる。姫さんはそれならばと立ち上がろうと腕を立てている。やはり立ち上がれない様子だ。すぐに身体の重みで地面に伏せた。俺と姫さんの目が合う。虚ろな目が俺に狙いを定め、尚も俺を殺そうともがいていた。
『……おい、無力化に成功したが。どうする? このままでは恐らく雨に打たれ続けて体力を失い、死に至るぞ』
エルの言葉に、「わかってるよ」と返事した後、俺は姫さんの肩に腕を回し、彼女を半ば引き摺るように移動した。向かう先は、目の前にある洞穴。最終的にこの中に閉じ込める予定だったが、影毒に耐性がないおかげでここを使わずに済んだ。
『……この者。何かに糸のようなものを付けているな』
エルが何かに気づいた様子。……糸? 洞穴について、姫さんを座らせると、姫さんは目を開けたままだらりと壁にもたれかかっていた。本当に人形みたいだ。俺はそう思いながら姫さんをじっくり見ていると、何か糸ようなものが姫さんの首の根本から伸びている事に気づいた。エルがそれを見ると、俺に向かって言い放った。
『この糸を切れ。チサトがこのようになっている原因はこれだ』
そんな簡単に行くもんか。と思いはするが、他にできる事は無さそうだし。
俺はそれを聞いて、「わかった」と答えると、剣でその糸を引っ張り上げ、そのまま切り上げる。プツンと音と同時に、姫さんがだらりと力を無くし、その場に崩れ落ちた。本当に、糸の切れた人形のように。切れた糸はその場で消滅し、最初から何もなかったよう。外では雨がザーザーと音を立てているのみだ。
案外呆気なく終わったけれど、これで何とかなったみたいだ。
「……とりあえず、姫さんはもう大丈夫か?」
『恐らく。……さ、早く行こう。チサトはここで休ませてやろう』
「毒を取り除いてからな」
俺がそう言うと、剣先を姫さんに向けた。姫さんの肌に広がる黒い毒が小さくなっていき、剣に吸い取られていくように、黒い塊が剣に集まって消えていく。毒が消え去ると、さっきまで苦しそうに肩で息をしていた姫さんの呼吸が安定した。「これで大丈夫か」。俺はそうつぶやくと、黒衣を脱いで姫さんに被せてやる。
「これで寒さを凌いでくれ、ちょっと行ってくるから」
俺はそれだけ言い残すと、洞穴を飛び出した。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.105 )
- 日時: 2022/11/16 18:51
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
雨は容赦なく俺達を叩きつける。地面はぬかるんで走りにくいが、前に進むしかない俺は走り続ける。エルはアストリアの居場所が解ると言い、道案内をしてくれた。とはいえ、木々が少ない岩肌がむき出しになっている断崖絶壁。その下は俺達のいた城が見える。その城の外側では黒い煙が何本も上がっていた。……恐らく、ばあさんの罠術が発動したんだろう。そのおかげで籠城が成功しているようだ。城側はそこまで被害が無いようにも見える。だけど、そんなの時間稼ぎに過ぎない。俺とばあさんがアストリアを倒さない限りは、奴らも止まらない。
走っている途中で、エルはある推測を語る。
『チサトは新たな技術の実験台にされた。チサトだけでなく、兵士もその技術の実験に使われているのだとしたら、兵士はどんなに傷をつけられても、倒れようとも。攻撃の手を止めないだろう。毒を受けて尚も立ち上がろうとしていたチサトがそのいい証拠だ』
そんな胸糞悪い技術を使って、そこまでして他人から奪うのか。
「まあ、なんとも思わないんだけどな。あいつらがどうなろうが、知ったこっちゃねえ」
『……そう言うと思っていた。奴らは物量で攻めるだろう。そうなれば、いずれ限界が来る。手早く済ませよう』
「ああ」
俺が返事をすると、エルが「この上にいる」と教えてくれる。言われた通りに坂を、バシャバシャと音を立てながら駆け上る。途中、水溜まりを踏んで大きく水しぶきが迸った。そのせいで若干走りにくくなったが、前へ前へと足を止めず進み続ける。
やがて、黒い金属の塊が目に入る。……ばあさんの言う通りだ。黒い鎧が雨を受けて濡れている。マントが雨で重くなっているのか、水を滴らせていた。顔は兜をかぶっているせいで見えない。だが、直感でわかる、決して弱くはない。むしろ、そんじょそこらの奴らよりは確実に強い。その事だけはわかる。
「こいつが――」
俺は言い終わらない内に剣を大きく振って、奴に向かって俺の二回りも大きい風の刃を奴に向かって射出した。雨と風を切り裂きながら奴に真っ直ぐ進む。だが、その風の刃は奴の直前で破壊される。……桃色と灰色の髪がなびく。ツギハギの身体を起こし、風の刃を叩き消した奴はすくっと立ち上がった。
「エレノア、ルゥ……邪魔すんなよ!」
俺は迷いながらもそうきつく叫ぶ。二人は不思議そうに首を傾げていた。
「兄さん、なんでおこってるの?」
そんな二人に鎧は囁く。
「奴は敵に操られている。君達が救ってやれば、きっと元に戻るよ」
「……うん。にーちゃは僕が戻すよ」
相変わらず二人の声が混ざり合ったような音を口にする。……それだけで俺はまともに動くことはできない。やっぱり、まだ二人と戦うなんてできねえ。
そう考えていると、突然俺は落ちるような浮遊感を覚える。――いや、クラテルが代わってくれたんだ。不安と同時に、ほっとした。二人と戦う覚悟は、まだ俺にないから。俺はクラテルと交代し、クラテルの見る世界を覗き込んでいる。あのブラッドスパイクと戦っていた時と全く同じだ。
「だったら、俺を殺してみろ。殺せるもんならな」
クラテルがそう吠える。このタイミングで代わってくれた事に、今回ばかりは感謝するしかない。
<クラテル、すまねえ……こんな役回りばっか>
「黙ってろ、集中できねえ」
クラテルが小声でそうつぶやくと、エレノアとルゥが首を傾げていた。
「だぁれ、あなた? 兄さんじゃない」
エレノアとルゥが突然代わって出てきたクラテルに気づいたようだ。気づいた途端、二人の顔にどんどん陰りが落ちてきて、今まで見せた事のない憎悪と嫌悪感に満ちた表情で、キッと俺達を見る。
「……なるほど、グラディウス。お前か」
「俺はアレンだ。「アレン・ミーティア」。覚えとけ、クソババア」
クラテルも怒りの表情を……いや、これは憎悪に満ちた感情。
「にーちゃの身体、返せ。悪者!」
エレノアとルゥも怒りで目を吊り上げている。……が、黒鎧がそれを制止した。
「少しだけお話をさせてくれないか、エレノア、ルゥ」
「……」
エレノアとルゥは素直に奴の言う事を聞いて一歩下がる。シスターに「大人の言う事を聞くように」と教えられたからだろう。素直なところは変わって無いようだ。
そんな二人を制止していた奴が声を出す。
「改めて名乗ろう。私は「アストリア・ベルフォーダー」。帝国元老院の一人である。貴様の名は?」
アストリアの自己紹介に、「ハン」と一言笑うクラテル。
「さっき名乗ったろうが。「アレン・ミーティア」。てめえの無い脳みそでちゃんと覚えておけよ年増が」
クラテルはわざと挑発するように、悪態をつく。……まあ普通の人なら怒り狂って攻撃でもしてくるんだろうが。アストリアは残念ながら普通の人じゃない。そんな安い挑発にいちいち構ってる暇はないのか、スルーして話を進めていた。
「では、アレン君と呼ばせてもらおう」
「気色悪い奴」
俺もそう思う。俺達に構わず、アストリアは俺達に手を伸ばした。そして、俺達も予想しなかった事を口にしたんだ。
「単刀直入に言おう、アレン君。……私に下れ」
は? ……こいつ、何を言ってやがんだ?
- Re: 叛逆の燈火 ( No.106 )
- 日時: 2022/11/17 20:30
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
なんだこいつ。一体何を言い出し始めたかと思ったら。「私に下れ」だ?
俺が押し黙っているのを良いことに、奴はベラベラと聞かれてもない事を話し始める。
「私は君の能力を買っているのだよ。君は知力も戦闘力も圧倒的だ。その力を蹂躙され、地を這う事しかできぬ愚民の為に使うのは、些か勿体無いと。そう思うのだがね。これから搾取され、死んでいく民を守る為に使うのではなく、大陸を支配し上に立つ、我々の大いなる計画の為に使うべきだ」
……その大いなる計画とやらが、何かは知らねえけど。お前、他人を見下せるほど、上にいるのかよ。俺はそう考えていると、アレンが怒りの感情で奴を睨んでいるのが解った。――気持ちは痛いほどわかる。こんな他人を道具にして、独善傲慢な奴に従うとか。天地がひっくり返っても、ありえない。こんな奴はヒトの上に立つ資格すらねえ。
「……何様なんだよ。お前は人の上に立てる程の高さに立ってんのか?」
俺は思ったままの事を口にした。
「てめえ、カティーアなんだよな」
「カティーア」と名前を出すと、奴は突然声を荒げて怒り出した。奴がなんで怒ってるのかはわかんねえけど、正体を隠しているのか。捨てたのか。どうでもいいんだが、こうも簡単に怒ってくれたのは予想外だし、からかい甲斐がある。
「その名はとうに捨てた。私はアストリア・ベルフォーダーだ!」
「俺はお前の事を知ってる。メラムプースの身体を冷凍保存して、何らかの理由で魂を移し替えて。若返って。他人の身体を盗んで迄、やりたい事ってなんなんだ?」
お前の事はなんだって知ってるよ。アレンの中のラケルの魂に触れた事で、カティーアがメラムプースの身体に魂を入れて、先代ザ・ワンの技術を使って若返ったという事を知った。
奴……カティーアによって俺は。俺と言う存在は、玩具のように継ぎ接ぎの身体にされたんだ。まあ、そのせいで人間を恨んでいたが……そんなもんは無駄だとラケルとアシュレイが教えてくれた。実際無駄だ。だったら、こんな事になった原因である奴を恨んでぶっ殺した方が、すっげえ楽だ。
カティーアは何もかも盗んで自分の物にする小悪党だ。小物だが、小物なりに小賢しい真似をする。だから、今ここでぶっ殺して終わらせてやる。
「答えなくていいよ。聞きたくもねえ。お前の事なんか、小物としか思ってねえからな」
俺がそう言い終わると同時に、奴の所まで地面を蹴り、駆け出した。奴の表情は当然見えないが、恐らく怒り狂ってるんだろう。当然だ、奴は馬鹿にされる事を嫌う。あえて挑発したんだからな。
「エレノア、ルゥ! 奴を殺せ!」
ガキ二人が俺に向かって赤い魔物の拳を振り下ろす。俺は、影から蛇を伸ばし、奴らの拳を絡めとって思いっきり崖下に投げ捨ててやった。――いや、身体を翻して、綺麗に地面に着地する。雨でぬかるんだ地面がズサァと音を立てて、捲り上がっていた。
「黙ってろ!」
俺は影を使って泥を掬い上げると、奴らの顔に向かって泥を投げつけてやる。流石にそれは予想外だったのか、泥は奴らの顔に命中し、うめき声を上げていた。目に泥が入ったようで、動きを止めて顔を伏せている。
よし、これでカティーア――いや、アストリアに集中できる。俺はそう思いながら、剣を握って奴に肉薄した。俺は首元を狙い、剣を振る。ガキンと鋭く鉄と鉄がこすり合う音が響き渡る。奴は首元への攻撃を、手に持っていたダガーナイフで剣を受け止めていたんだ。
「なかなかに素早い動きだな。流石は「神竜」と呼ばれるだけはある」
「俺はもう神竜じゃねえよ、クソババア」
俺は右手に炎を纏わせ、ダガーナイフを素早く握りしめた。高熱でナイフは溶け始める。刃はなくなって鉄の焦げる臭いが鼻についた。その事に気づいたアストリアは、咄嗟に頭を下へひっこめ、後退る。間髪入れず、俺は炎を纏わせた右手で奴の鎧に手を伸ばした。
グシャリ。と、肉を貫く鈍い音が響く。
俺の右手の甲を、波打った剣……フランベルジュが貫いていたんだ。痛みはない。だけど、動きを止めるには十分だ。奴は俺の顔に向かってダガーナイフを投げてきやがった。
寸前で避けたが、顔をダガーナイフが掠め、頬に痛みが走る。けど、隙を見せるわけにはいかねえ。俺は左手にある剣を横に振った。剣は奴を両断――するはずもなく、横っ腹の直前でまたダガーナイフで受け止められた。
「返してもらうぞ」
奴はそう言った瞬間、俺の右手に刺さっていたフランベルジュを抜き取り、俺の身体を斬る。肩から血が吹き出し、あの血トゲ野郎と戦った時の傷が開いたのか、激痛が身体を支配した。
「ぐっ……ああぁぁぁぁぁっ!!」
声を出さずにはいられなかった。雨で傷口から血がドクドクと絶えず流れていく。
……こんな奴、俺が万全の状態なら――
俺が体を起こそうとすると、アストリアが自分の斬った肩を足踏みする。念入りにグリグリと回し、その度に脈打った激痛が身体を走り抜ける。その度に俺は悲鳴を上げていた。
「この程度とは、拍子抜けだな。さっきまでの威勢はどうした?」
下品に高笑いを上げるアストリア。もう勝った気でいるんだろう。勝ち誇ったように俺を蹂躙する。俺は憎悪でどうにかなりそうだった。視界が黒く染まっていく。……ああ、こいつを殺さないと。こいつは、絶対に楽に死なせない。殺してやる。……殺す!
<クラテル……!>
「ちょっと……黙ってろ、アレン」
――嘲笑するように俺を見下す奴に向かって。俺は獣の咆哮のような叫び声を上げた。
「調子に、乗るなよ。……クソババアッ!」
俺の咆哮に怯みもしない。俺は奴の足を掴もうと右手を伸ばす。
その手を、奴は手に持っていたフランベルジュで地面に縫い付ける。痛みはない。だが、屈辱だ。ああ……だが、調子に乗るのもここまでだ。俺の視界が黒く染まり、奴を殺せと本能が叫ぶ。ああ、どうせ周りには誰もいない。暴れさせてもらうか。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.107 )
- 日時: 2022/11/18 19:18
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
「……アレン」
私はそう呟くようにその悍ましい光景を呆然と見ていた。
私は、あの合成魔物の子供と戦闘をしていた。……のだが、奴は突然何かに呼ばれたように後ろに振り向いて、そちらに飛んで行ってしまったのだ。私はすぐに追いかけたのだが。悲しいかな、年齢と体力が気持ちに全然追いつかない。走ろうとすると、動機と息切れが身体を襲ってまともに走る事も敵わない。……自分の年齢がもう若くはない事は重々自覚しているし、実際、師匠も同い年くらいにはほとんど走る事どころか、歩く事さえも無かった。
私が雨に打たれつつ、身体を引き摺っていると、その光景が目に入った。
アレンの身体が、半分黒く染まっており、アストリアをまるで玩具のように振り回し、地面に叩きつけて滑らせ、投げ捨てる。滑っていた奴の身体は血と泥が混ざり合ったものが、べったりとまとわりついていた。アレンは高笑いを上げて、アストリアの顔を踏みつけ、奴を見下ろして。
「立場が逆転したな。ハハハッ、なんか言えよ。……何かさ、俺に、言えって!」
影で奴の身体を拘束して、反撃を許さず、一方的に奴の顔を殴る。兜なんかとっくのとうに砕けていて、奴の顔半分が露出していた。そこを重点的にアレンは殴り続けている。恨みつらみを晴らすかのように、何度も。何度も。見るに堪えないその光景を、誰も止める者がいないからか、アレンは止まる事もなく、拳が赤く染まっていても構わず振り下ろし続けている。高笑いと鈍い音と雨の音だけがその場を支配してる、異様な光景だ。
はっとして私は周りを見た。崖の近くであの子がアレンの様子を見ている。……いや、見ているだけじゃない。怯えている。怯えて、頭を抱えて震えて蹲っているのだ。恐らく、憎悪に染まって暴れる彼が怖いのだろう。……むしろ、これはこれで邪魔が入らず好機だ。
私はアレンの名を呼んだ。
「アレン! おい、アレンッ!!」
私の声が聞こえたのか、アレンは声を出したこちらに振り向く。
「ああ、誰かと思えば。胡散臭いババアじゃねえか。お前、一向に来ねえから死んだか逃げたかと思ったぜ」
ゲラゲラ笑いながら、アストリアを地面に叩きつけ、その上で踏みつけている。念入りに、念入りに足をグリグリと回しながら。その度に奴がうめき声を上げていた。
「今こいつを始末してる。こいつを殺せば、万事解決だ」
私は見てられんと、奴にずかずかと近づき、奴の腕をつかんだ。
「やめないか!」
「……な、んだよ。お前が言い出したんだろ。こいつを殺せば帝国軍も止まるって!」
顔が黒く染まりながらも、アレンは私の怒りを目の当たりにして、戸惑い、たじろいでいる。いや、戸惑ってくれるだけまだ理性が残っていてくれてよかった。……だが、ラケル。アシュレイ。お前達がお膳立てしてくれたというのに、憎悪は完全には消えなかったよ。彼の憎悪は想像以上に根深いようだ。
「やめろと言っているのだ。お前は……アストリアと同じ事をやっているのだぞ? 冷静になれ。憎悪に呑まれるな!」
私の言葉に苛立ったようで、アストリアに足を振り落とす。振り下ろされた足が命中すると、彼女はくぐもったうめき声を上げた。
「なんなんだよ、お前。こんな奴生きてても百害あっても一利もねえよ! だったら今この場でぶっ殺せば、何もかも終わるんだ!」
「お前は、その姿を見ている家族が目に入らないのか? エレノアとルゥはあんなにも怯えているというのに!」
「……っ!?」
アレンははっとしたような顔をして、アストリアから足を離す。瞳の色が青くなり、黒く染まっていた身体も元に戻っていく。そしてエレノアとルゥの存在に気づいて、ひどく戸惑ったように後退った。……良かった、何とか元に戻ったようだ。私は安心して、腕を離す。
「いい子だ――」
私は微笑んで、彼の頭を撫でてやる。
ん? ……なんだか首に違和感を感じるな。私は首筋に手を当てる。
ぬるりとした感触。べとりとしたまだ温かい液体が首筋を濡らしているみたいだな。アレンが目を剥いて、驚愕の表情で私を見ている。私も自分の手を目の前で広げて、それを見る。
赤い。――赤くてべっとりと。それが自分の血であると気づいた時には、私はその場で崩れ落ちていたようだった。灰色の雲に覆われた空から、滝のように降る雨が目の前に広がるのみ。何か叫び声が聞こえてくる。そして、怒声が響き渡っていた。
一体何が起きたのだろうか。……確認しようにも、身体も動かず、声も出ない。瞼もどんどん重くなっていく。
……アレン? 何をしている? どこにいる? 返事を――
私は必死に手を伸ばすが、身体がどんどん冷えてくる。……死。それを悟った瞬間、なんだか今までの事が脳裏を駆け巡った。
私は昔から少し先の未来を予測できる洞察力があった。それはもう、まるで占いを当てるかのように。そのおかげで最初の内は皆が私を持ち上げた。「神の子」だと。……だが、偶然なのか必然なのか。その内私の住んでいた村では様々な悪い事が起き始めた。ヒトは、悪い事が重なると、何かのせいにしたがる。その時は、私が標的となった。
「この悪魔、村から出ていけ」
そう言われて、私は追放された。……両親は我関せずで、私に見向きもしなかったな。
まあ当然、私のような「はぐれ者」はどこへ行こうとも疎まれる。そんなのはわかっている。私は生き残るために何だってやった。他人から奪う事も、傷つけることだって。生き残るためには仕方なかった。……だけど、そんな最中で出会った「メラムプース・メガリ・アルクトス」という、おばあさん。私に手を差し伸べ、私を拾ってくれた。
私の能力を高く買ってくれて、十分すぎる衣食住を与えてくれた。……その代わり、彼女の下で座学と修行に半ば強制で励んでいた。「いずれは私の跡を継いでもらう」。といわれながら、私は師匠の後を一所懸命に追っていたんだ。
師匠……あんたには本当に世話になった。世話になったからこそ、恩を返したかったのに。なんで冤罪を受け入れて逝っちまうんだ。
そんな思い出したくもない過去と共に、私が関わってきた全ての人間の顔が、走馬灯のように流れていって、私の涙腺を刺激する。
ラケルの顔、アシュレイの顔、レア陛下の顔、孤児だった私に優しくしてくれ、時には冗談を言い合い、からかい合い、共に杯を交わした、友人たちの顔。そして……私を拾ってくれた師匠の顔。それらを思い出す度に、寂しいという感情が私の中を支配した。
「まだ何も、成せていないというのに!」
私は、同時に悔しいという思いで、誰に向かって言うのでもなく、虚空に向かって、怒声を上げた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.108 )
- 日時: 2022/11/19 14:53
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
ばあさんの首筋に多量の血が吹き出す。雨で薄汚れていたしろい服が、赤に染まっていき、雨で地面を流れていく。最初の内は目を開けていたが、どんどん閉じていき、触れていた肌の温度がどんどん冷めていく。傍に落ちていたのは、アストリアの短剣。奴が投げたんだ。
それを理解した瞬間、俺は身体の底から憎悪の黒い炎が燃え上がるように、熱がこみあげてくるのを感じた。その熱にはじかれるように、こうなった原因である奴に飛び掛かった。
「アストリア、てめえ……!」
俺は叫びながら、血と泥が顔にべっとりと塗られたアストリアの胸ぐらをつかみ、奴をブンブンと揺らす。奴は力なく笑い、武器を地面に全て落としていた。まだ意識はあるのか、とても小さな反応はある。
「は、はは……わた、し……をにくめ……アレン……!」
奴の瞳が俺を捉えた。力は無くったって、尚も見下すように。余裕が無く怒り狂う俺を嘲笑うように。
……ああ、そうかよ。お前はやっぱりここで殺さないと。こんな奴、生きてる価値なんかない。
「そうかよ、死ね……!」
こいつは腐ってる。だから、こいつの傍にいる奴はどんどん腐っていく。腐った果実が、他の果実を腐らせていくように、こいつは……悪影響を周りに及ぼしていく。病原菌だ。こいつは生きてちゃダメな奴だ。
俺は明確な殺意を以て、奴の首に力を入れる。顔はボコボコに歪んでいても尚、俺を見下すような瞳で俺を見据えていた。……気に入らない! 力が入るたびに「かひゅ」という空気の音が、奴の喉から出てくる。息の根を止めるっていうのは、こういう事か? さっさとこいつの首を潰せばいいのに、俺はまだ躊躇しているのか……奴の首を握っている手が震え始める。怖いのかもしれない。
俺が、俺自身が。俺自身の手で、他人を殺すのが。
――俺が躊躇している間に、俺の身体に衝撃が走った。……岩の拳が俺を殴打したんだ。俺は自分の一回りも大きいその拳に吹き飛ばされ、岩盤に叩きつけられる。
「があっ……!」
悲鳴が思ったよりも声にならなかった。俺はすぐに顔を上げると、大きな三角帽子を被った、青い髪の女が、腕を組んで俺を見下ろしていた。……魔女だ。
「あんな重症を負ったのに、死んでいなかったのね。ま、あそこで死ぬ程度の人間が、陛下を瀕死まで追い詰めるわけないか」
魔女は俺を見下ろしながら一瞥し、鼻で笑いながらそう言い放った。そして、近くに転がっているアストリアのマントをつかみ、顔を覗き込む。
「いい眺めね、アストリア。一応上司に当たるわけだから、助けに来てあげたわ」
「……ゴーテル、か」
「ええ。まあ、陛下があなたを死なせるなと仰せだったから、個人的にはあなたを見殺しにしたいところだけど。……命令だから、助けに来てあげたわ。良かったわね」
「……」
魔女がそう言うと、もう一度俺の方へ向き直り、見下ろす。
「それじゃあね、アレン。また会いましょう。ああ、"パメラ"の事は安心なさい。応急処置程度はしてあげたから。……次は仲良く話でもしたいわね。個人的に、だけど」
その言葉を残して、魔女とアストリア……そしてエレノアとルゥは光に包まれて消えてしまった。
あとに残されたのは、俺とばあさんのみ。俺は身体を引き摺りながらも、慌ててばあさんに近づくと、首筋の傷が塞がっていた。応急処置程度だったが、眠っているように仰向けに倒れている。……誰かがばあさんを手当てしてくれたようだった。
「アレン」
隣から声が聞こえる。エルが元の姿に戻って、俺の名前を呼んでくれたようだ。
「山を下りよう。任務は完遂した。……城の方の怒号も消えている。帝国軍は撤退したようだぞ」
「……あ、ああ。わかった。急いで降りるよ」
エルの言葉に頷く。確かに、雨はまだ止みそうにない。……むしろ、まだまだ荒れそうだ。
ばあさんを背負う。意外と軽い。いや、それはどうでもいい。ばあさんの体温が低い。急いで戻らないと。ばあさんを背負いながら、麓の城まで駆け出した。
「アレン……チサトをどうする?」
アレンは走っている俺を呼び止めように、突然声を出した。……ああ、そうだ。ひと段落したら連れ帰ろうと思っていたんだ。俺は、姫さんのいる洞穴までそのまま走り続けた。洞穴に誰かが侵入した形跡はなく、俺の上着を被った姫さんが眠っていた。その事に安心感を覚える。
……さて、どうするか。俺一人じゃ、二人を抱えて下山なんかできない。
「どうしよう。俺一人じゃ、二人を抱えられない……」
弱気な発言に、エルは首を傾げる。
「可能だぞ」
「は? マジで!?」
エルのあっさりとした回答に、俺は思わずエルを見る。
「お前の力なら、影を実体化させる事も可能だ」
エルがそう言うと、「影に意識を集中させろ」と言うので、俺は自分の足元に意識を集中させる。「もう一人の自分」をイメージしながら。
すると、しゅるしゅると音を立てながら、俺の目の前に、俺と瓜二つの姿がそこに現れた。無表情で瞳は赤く。俺の中で見ていたクラテルの姿そのものだった。
もう一人の俺は、俺の言葉を待たずに姫さんを腕に抱える。
「お、おい。勝手に動くんだけど?」
「お前の意思に従っているだけだ。それより、早く戻らなければ、この影も、お前が空を飛ぶ時と同様に体力を消費して具現しているぞ」
「……それ、最初に言えよ」
「聞かれなかった」
相変わらずの返事に、俺は急いで戻る事にした。ぬかるんだ地面を滑りながらも、山肌を下りていく。なるべくこけないように注意を払いながら。城が見えてきた! 俺はそう思いながら、最後まで気を抜かずに走っていた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.109 )
- 日時: 2022/11/19 15:44
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
俺はベッドで横になっているばあさんを椅子に腰かけて見つめている。医者が言うには、失血はひどいが、治療が間に合って何とか無事だ。とのことで、俺は安心して気が抜けたのか、身体に突然力が入らなくなり、意識はあるのに床に崩れ落ちてしまった。
「君も相当無茶をしている。今は休みなさい」
医者がそうは言うんだけど、俺はどうしてもばあさんの傍にいたい。と言ったら、椅子だけ用意してくれた。何かあったらすぐに呼びなさいと、言い残して。
姫さんの方は、外傷だけで特に問題なく、じきに目を覚ますだろう。と言っていたので、俺が付きっきらなくても大丈夫だろうさ。
ばあさんが眠るその部屋では、ばあさんと俺のみ。エルは姫さんの方を見てくると言い残して出て行ったんだ。予想通り、外の雨はどんどん荒れて来ていて、窓ガラスに大量の雨粒が降り注いで、流れ続けている。外は真っ暗だ。稲妻が走って、一瞬周囲が光ったかと思うと、ゴロゴロと雷鳴が鳴る。それ以外の音は、部屋の中にある時計の針が時間を刻んでいるくらいか。
そういや、時計ってフォートレス王国のナントカっていう人が開発した、今の時間を教えてくれる優れものなんだってさ。普及したのは50年以上前だって聞いたけど。……でも、時計なんて傭兵団じゃ、団長かモーゼス兄ちゃんくらいしか持ってないし、宿屋でたまに飾ってあるのを見るくらいだな。時間なんて今は気にしてられないし、日が昇ったら起きて、日が沈んだら早めに用事を済ませて寝る。それくらいだよなぁ。
って一人で考えていると、背後から声が聞こえてきた。
「時間にズボラなのは良くないね」
一瞬、ラケルかと思ったけど、振り向いたらデコイさんだった。……あれ、デコイさん。今までどこに行ってたんだ?
「デコイさん、お前、今までどこにいたんだ?」
「ん。そこの人パ……あ、違う。シビルさんの帽子の中にね」
デコイさんが「何かまずい事言っちゃった」という風に言葉を濁している。
「なんで、ばあさんと一緒なんだよ、お前」
「……ま、ボク自身は初対面なんだけど、ラケルの方がね……」
「ラケルが?」
なんだか煮え切らない様子のデコイさん。なんでこんなに言いづらそうにしてんだか。
「うん……ラケルとメラムプースさんが友人だったことは知ってる?」
「まあ、なんとなく」
「じゃあ、メラムプースさんとシビルさんが師弟関係だったことは?」
「知ってる」
そりゃ、クラテルがそう言ってたし。
「……もちろん、ラケルとシビルさんは友人関係だった。もちろん、君の父であるレア陛下とも、君の母であるアシュレイ皇后とも。あと、アルテアも。それから、君達が魔女って呼んでるバーバラ……いや、ゴーテル卿ともね」
「……ああ、そうか。だから魔女の奴、ばあさんに応急処置を。それに、ばあさんは俺達に手を貸してくれたのか」
デコイさんは頷く。
「君が疑ってかかるのは、まあわかるさ。実際胡散臭いし。アルテアは、説明できない状態だしね。ボクはシビルさんから口止めされてたし」
「なんで?」
俺がそう聞くと、デコイさんは目を閉じて肩をすくめた。
「昔っからそうなんだよ。嘘は言わないけど本当の事も言わないし、何か悪い事が起きたら全部自分一人で背負うような人なんだ。しかも、素直になれない意地っ張りな人でね。……こんな人に友達がいた事にも驚き桃の木山椒の木ってカンジ」
言葉を重ねる毎に、少しずつ声が沈んで行って、最後には涙声になるデコイさん。しょんぼりした顔で、ばあさんのベッドまで飛んで、ばあさんの枕元まで近寄る。
「この人は、言葉巧みだけど、言葉足らずで。天邪鬼でさ。悪い人じゃないんだよ。それだけはわかってあげて、アレン」
デコイさんが俺の方を見た。デコイさんが擁護する程に、ばあさんは信用に足る人なんだろう。
悪い人じゃない……ってのはわかる。悪い人だったら、俺に近づいて命がけで説教しようなんて思いもしないし、実際逃げずに向き合ってくれた。本気で叱ってくれたのも、俺を想っての事だ。きっと。
「……でも、今はまだ信用できない」
「そ、そうか。君が――」
俺の言葉にデコイさんは、声が落ち込んでいる。
「だけど」
俺はそれを遮った。
「それはまだばあさんとゆっくり話してないからだ。ばあさんと出会ってまだ数日しか経ってない。それで信じろってのは難しいって」
「……ふふ、それもそうだね」
デコイさんはそう言いながら、笑う。
まだ雨が降り続き、外で稲妻が走るたびに一瞬眩く光る。ばあさんはまだ目を覚ます気配がない。俺はばあさんが目を覚ますまで待っている。
……俺は、ばあさんの眠っているベッドを見ていたはずだけど、いつの間にか見覚えのある部屋に来ていた。
赤と黒を基調とした部屋と家具。ソファに座る3人の人物。……見覚えがあると思ったらここ。
そうか、また来ちまったのか。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.110 )
- 日時: 2022/11/21 00:56
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: k67I83SS)
またこの部屋に来てしまった。
テーブルの前に座る、ラケルと母さん、そして別の人がいる。黒い靄がかかっていて、よく見えない。その場だけ黒く切り抜かれたみたいになってら。俺がその黒い人を認識しようと、じぃっと見ていると、ラケルがこちらを読んで手招きをしていた。
「いつまでぼーっとしてんの。座りなよ」
ラケルも母さんも、黒い人なんかお構いなしにカップの中身を口にしてる。黒い人も同様に、出されたカップを口にしていた。
俺は招かれるままに、促されたソファに座る。
「……お前はアレンというのか」
低くてずしっと腹に来るような、恐ろしい声。聞き覚えがある。
「誰だよ、お前」
俺は目の前に置いてあったカップを口にした後、できるだけ冷静に、そう尋ねた。正直、黒い人に知り合いなんかいない。聞き覚えはあっても、多分知り合いでも何でもないんだろう。そう考えていると、黒い人が「フン」と鼻を鳴らした。
「私を忘れたとは言わせぬ。貴様に食われたせいで、私はこのような部屋に閉じ込められる羽目になったのだからな」
……あ、もしかして。
奴の言葉を聞いて、俺はやっと気が付いた。こいつは、ヤマタノオロチだ。
「じゃあ良かったじゃん。お前自身は消えてないんだからさ」
俺はニヤニヤ笑いながらそう煽ると、黒い人――基、ヤマタノオロチは思いっきりテーブルを拳で叩きつけた。ダァンと音がその部屋を鳴り響き、奴は声を荒げている。
「良かった? 良かっただと!? 貴様はこの部屋にいないからわからぬのだ!」
なんでこいつこんなに怒ってるんだよ。と、思っていたら、奴は聞かれてもいないのに、答えを次々と口にした。
「この部屋は狂っている……24時間365日年中無休で「てぃいぱあてぃい」なるものを開催し、休憩抜きで茶を振舞われて、おかしな遊戯に付き合わされ、毎日毎日毎日毎日毎日……もう付き合わされてる私が狂いそうだった……!」
奴が頭を抱えて項垂れて、泣き声を上げているので、なんとなく察した。クラテルがここにいない事を考えると、相当な毎日を過ごしていたんだなぁと。
「ひっどーい。だってそれくらいしかやる事ないよ? お茶飲んで、トランプやったり、すごろくとか人生ゲームとか、リドルとか、ルドードンジャラリバーシチェス将棋。思いつく遊びで君を歓迎してあげたのになんたる言い草だよ! どうせ君はこの部屋でこれから永遠に過ごさないとなんだから、早くなれちゃってよ!」
「私はそのような事を頼んだ覚えはない! 貴様と馴れあうなど、まっぴらごめんだ!」
「はあああぁぁぁぁ!? 言ったな? 君なんか、僕がこうしてつなぎとめてないと、すーぐ消えちゃうんだからね! いい? 後悔しても遅いんだからね! ぷーんっだっ!!」
「誰もたのんでおらぬだろうがッ!」
「いいから僕に感謝しろこの野郎!!」
ラケルが酔ったように大声を上げて、カップをぶんぶんと振り回して、訳の分からない事を喚き散らしている。母さんは「また始まった」と肩をすくめ、俺に耳打ちしてくれた。
「まあ、この部屋は時間が永遠に止まってるから、お茶飲みながら何かして遊ぶ以外、何もする事ないのよね」
「……恐るべし、ラケルーム」
俺は何と反応すればいいのかわからず、ぎゃあぎゃあ喚き散らす二人を見るしかなかった。
「で、俺……なんでここにいるわけ?」
俺はそうラケルに聞くと、ラケルが「おっと」と口にすると、自分の飲んでいたカップにお茶を注ぎつつ、俺の方を見た。
「まあ、君を呼んだのは他でもない。この子に名前を付けてあげてよ」
「……そういうの、ラケルの仕事じゃねえの?」
「いや、誰が決めたのそんな事」
ラケルが何か不味い物を口にしたというように、げんなりとしながら、俺を見ていた。
「ヤマタノオロチじゃダメなのかよ?」
「それはその子自身の名前じゃなくて、種族の名前みたいなもんだから。グラディウスもそうだったでしょ」
「そうだったでしょ……って。いや、知らねえし」
俺が首を振ると、ラケルがバンバンと両手でテーブルを叩き始めた。
「つべこべ言わずに名前を付けろつってんだよオラァン!」
「……か、母さん。この人、なんか変なもんでも……」
「通常運行よ、気にしないで」
母さんはもう、慣れているからか。それとも、呆れ果ててもう何も言えないせいか。なんとなく素っ気ない態度で肩をすくめる。
「名前を付けろ、だと? 私はそんなものを了承しておらぬ」
「でも、実際。名前って大事だよ。存在を確立するためのね。僕らは名前があるからここにいられる。名前っていうのは、一種の鎖みたいなものさ。君達魔物には不要の物だとしても、この部屋の制約ではそうなってます。だから、名前を受け入れなさい。君、消えかかってるんだから、その姿になってんだよ?」
「……チッ」
ヤマタノオロチが舌打ちをすると、俺の方を見る。
「貴様、アレンと言ったな。良い名はあるか?」
「え、そう急に言われても……」
「さっさと申せ。私の気に入る名を」
「なんで上から目線なんだよ」
鼻につく上から目線で腹が立つけど、ま、まあ。考えてやるか。と思って、脳裏に浮かんだ言葉をそのまま口にした。
「タイガーフェスティバル」
「却下に決まっているだろう!」
「ブフォオ」
俺が高らかに叫んだと同時にヤマタノオロチは立ち上がって怒り出すし、ラケルは飲んでいたものを吹き出して、大きく咳込んでいる。
「なんでダメなんだよ!?」
「それはダメよ、名前を呼ぶ度にラケルがこの部屋をお茶まみれにしちゃうから……!」
母さんも腹を抱えて笑うのを必死にこらえている。
……そういや昔、この名前を犬につけようとしたら、エレノアもルゥも同じように笑い始めて、シスターも同じ事言ってた気がする。いい名前だと思ったんだけど。
「えー、じゃあ……「ブラック」とか?」
「そのままではないか」
ヤマタノオロチはやっぱり怒って反論してきやがる。そのまんまだから覚えやすいと思ったのに。俺は次々と名前を出すも、その度に拒否されて、ラケルも母さんもだんだん渋い顔でこっちを見てくるようになった。
「……ラケル」
「あ、うん……」
母さんが痺れを切らしたのか、ラケルを見ると、ラケルもため息交じりに頷いた。
「じゃあ、「エイト」。これ以上反論したら怒るからね」
ラケルがそう宣言すると、ヤマタノオロチ――いや、「エイト」は黒い靄が消え始め、人の姿を現す。
漆黒の長く整った髪と金色の鋭い爬虫類のような瞳。中性的な容姿の人物。俺より背が高く、顔は赤い包帯のような布を巻き付けていた。……顔はどことなく、姫さんによく似ているような。服装は髪と同じく真っ黒だけど。
「わかった、その名で妥協しよう。長くなりそうだしな」
うんざりしたように、エイトはそう言った。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.111 )
- 日時: 2022/11/22 19:15
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
エイトの名前が決まったところで、俺は立ち上がる。
「じゃ、名前が決まったし、これで終わり――」
「待て待てマテイ!」
ラケルは慌てて俺の黒衣の裾をがしりと掴む。俺は引っ張られてバランスを崩し、座っていたソファにどかりと再び腰を落とした。俺は「なんだよ?」とラケルを見ていると、ラケルが裾を掴んでいた手を離す。
「いや、まだ話は終わってないんだよ。とりあえず、スコーンを用意してるから、ジャムを付けてどうぞ。ジャムは何が好き? マーマレードにイチゴ、ブルーベリーとかスカイベリーとかもあるね。ああ、あとアップルとか、レモンとかラ・リーベもあるし――」
「ジャムの種類多すぎるだろ! ……いや、ジャムなんてどうでもいいから、さっさと本題をだなあ!」
ペラペラジャムの種類を数えながら、どんどんテーブルの上に並べるラケルに横やり入れて、俺は早く本題に入るよう急かした。そうでもしないと、ハイテンションのラケルの話はマジで長い。
「むっ。ジャムの種類はまだあるのに。ま、いいか。じゃあお望み通り本題に移ろうか」
ラケルはアップルジャムの瓶を手に取ると、ふたを開け、スプーンを突っ込む。
「単刀直入に言わせてもらうけど。君、エイトの力が上手く使いこなせないみたいだね」
「……えっ」
俺は鳩が豆鉄砲を食ったように、口を開けてラケルを見る。……そんなつもりはなかった。むしろ、使いこなせてるもんだと思ってたけれど。
という考えを汲み取ったように、エイトは腕を組んで鼻を鳴らして、俺を嘲る。
「阿呆か。あの程度が私の全てだと思うな。私はこれでも、かつて東方地域を支配していた邪竜だぞ? あの程度は使えて当然。やはり、人間風情が身の丈に合わぬ力を有しても、たかが知れている。調子に乗るなよ、童よ」
くっ……! 反論できねえ。
俺は歯を食いしばり、エイトを睨むしかできない。
「その問題を解決する方法は、エイトと仲良くなる事くらいかしらね」
母さんが目の前のレモンジャムにスプーンを突っ込み、お茶の中に入れながらそうつぶやくように口にする。
仲良く……ああ、クラテルとそうしたようにこいつの事を認めるって事か。……こいつが素直に認めあうような性格かって聞かれると、それは――
「地を這うムシ程度の存在と、私が仲良くだと? ふざけるのもいい加減にせよ。私は人間風情と仲良くなる気など、毛頭ない」
こいつも上から目線でムカつくぜ……。ほんっと、魔物連中はなんでこんな傲慢で人を見下すような鼻につく態度の奴ばっかなんだよ! 俺はそう思い、エイトに指さす。
「お前、俺に負けたくせに調子に乗るなよ!」
「お前ではない。お前が持つ、エルという武器に負けたのだ」
「屁理屈ばっかこねやがって。小さい奴」
「何ッ!?」
流石に「小さい奴」と言えば、奴は挑発に乗ってくれた。怒りで思わずすくっと立ち上がる。
「私のどこが小さいというのだ!?」
「器」
「貴様……食ってやる!」
エイトが飛び掛かりそうになったところを、ラケルが一睨みした。
「テーブルひっくり返したら、"怒るよ"?」
ドスのきいた低い声のラケルの言葉に何も言えず、素直にその場に座り込むエイト。俺もぞわりと背筋が凍って、調子に乗って煽るのはやめようと直感で思う。
ラケルは、エイトの様子に満足したように「うんうん」と頷いた。
「まあ、仲良くなってほしいのは本音だけど、無理そうだね。でもさぁ、せめて、手を組んでほしいな。アレンが死んだら、僕ら、この部屋ごと消滅するんだから」
ラケルが俺達を横目に、ジャムをお茶の中に入れて掻き混ぜている。さらっと言っていたが、エイトは流石に聞き逃さなかったみたいだ。
「聞いておらぬぞ!?」
「いや、察しが悪いな。当たり前じゃん、この部屋はアレンの精神空間の中に存在してるんだから。アレンが死んだら、僕も君も、アシュレイもクラテルだって消滅。終わり。君さあ、無念無念とか言ってたけど、無念なら猶更アレンと手を組めよ。って話さ。OK?」
ラケルがカップの中に突っ込んでいたスプーンで、びしりとエイトを指し示す。エイトは言い返そうにも何も思いつかないようで、黙って歯を食いしばっていた。
「……しかし、私は人間などに手を貸したりするのは……」
「うーわ、しょっぼいプライド」
俺は思わず声に出ていたようで、エイトは再び俺をキッと殺意を込めて睨む。
「でも実際そうね。敗北したのはあなたなんだから、安いプライドなんか捨てて、生き残るためになりふり構わず、アレンに協力すべきじゃない?」
「……チッ」
エイトは母さんの言葉を聞いて舌打ちをする。だけど、やっぱり納得してないみたいで、腕を組んで無言で悩むように俯き始めた。いや、何かを考えているみたいだ。静寂の時間がしばらく流れ、エイトが声を出すまで俺達は、奴の言葉を待っている。
やがて。
「アレンに協力する事が、とても重要な事は理解した。……理解はしたが」
エイトがしばらく考え込んでやっと、放り出した言葉がこれ。奴は続ける。
「今はこの部屋で考えさせてくれ。私は……人間が嫌いなのだ。人間は、私を利用した挙句、私が提示した条件を飲まずに、私を悪と決めつけ、私を討伐してしまおうと、私が作った武器をよもや私に向けたのだ。アレン……お前がかつて私を陥れたその人間達と違うと判断した時に、私は遺恨なくお前に力を貸すことを約束しよう」
エイトが今までとは違う、泣きそうな声でそうつぶやくと、顔を見せないように伏せていた。
……過去にこいつがどんな目に遭ったかは知らねえけど、まあ碌なもんじゃない事はわかった。「邪竜」なんて呼ばれてたけど、本当は違うかもしれねえし。こいつが嘘をついているかもしれない。……まあ、嘘をついてるようには見えねえけどな。でないと、あの時、「無念だ」なんて言葉を口にするはずがない。
「お前に何があったか知らない。……さっきはあんな風に煽って悪かった。ごめん」
俺は、素直にさっきの事を頭を下げて謝罪する。
俺、やっぱり言われっぱなしが嫌だし、なんとなく嫌いとかいう子供みたいな理由で、こいつの事を見てたかもしれない。……もしかしたら、こいつの演技かもしれない。けど、この部屋に来てまで、俺達を騙しても意味がない。こいつはもう、ここに永遠に留まるしかないんだから。
俺の謝罪に怪訝そうな声で、エイトは俺に尋ねてくる。
「その言葉も、上辺だけではあるまいな?」
「上辺だけじゃない事を、これから証明する。だから、この部屋で俺を見てろ。判断はお前に任せる」
俺は返事を聞かずに、ソファに腰を落ろした後、カップを手に取って一気にお茶を飲み干す。ゴクゴクと喉を通る、熱を持った液体が俺の腹の中まで到達し、身体が少し熱くなった。カップの中身を飲み干すと、勢いよくテーブルに置いて。
「ごちそうさまでした!」
- Re: 叛逆の燈火 ( No.112 )
- 日時: 2022/11/22 19:46
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
眠っていたようだ。俺が目を開けると、エルが目の前にいて俺を見下ろしている。俺の下半身にはブラウンの毛布が掛けられていて、とても温かかった。エルは俺の顔を覗き込んで、いつものしわがれた声を出した。
「五度目になるのか?」
「……今回はノーカンだよ」
「む。なら今回はナシだな」
意外に素直に頷いて、エルは外を指し示す。外は朝日が昇っているのか、陽の光が差し込んでいた。昨日の雨で霧が立っていて、その眼下に立ち込める朝霧を、陽の光が照らしている。
「俺、いつの間にか寝てたのか」
「ああ。よく、椅子で寝られるものだ。器用なのだな」
「……てっ!」
関節がギシギシと音を鳴らす。寝違えたのか、肩や首が痛い。……椅子で寝るのは良くないな。そう思いながら立ち上がる。背伸びをして、少しでも固くなっている身体を解そうと、軽く体を捻ったりした。
すると、眠っていたはずのばあさんと目が合う。彼女の灰色の瞳がこちらを捉えていた。
「おはよ、ばあさん」
「私は、生きているのか?」
「生きてるよ」
「……死にぞこなったか」
ばあさんがそう言ってそっぽを向く。
「喜べよおばあちゃん」
「お姉ちゃんと呼べ」
ばあさんはまた振り向いて、心なしか笑みを浮かべていた。そして、「私、生きているのか」とつぶやいた後、「生きている」と連呼しながら自分が生きていると理解し始め、瞳がうるんで、一筋の涙を流す。
「……そうか。私は……私……っ」
ついには声を出して泣きだした。
そんなばあさんの様子を、俺は静かに見守る。生きている事を喜んでいるのか。それとも、悲しんでいるのか。どっちかはわからない。……でも、生きててよかった。俺はそう思う。俺は無意識に声を出した。
「生きててくれてありがとう、ばあさん」
俺はばあさんに近づいて、頭をそっと撫でてやる。
あんなに嫌いだ嫌いだなんて思ってたけど、デコイさんの話と、あの部屋でエイトが言っていた事を聞いてから、ばあさんの事を少し信じようと思った。俺は、他人を理解しようとせず、自分から拒絶してばっかだ。解ろうともせず、他人を責めてばっかりだった。
――そんなの、子供のやる事だよ。まずは受け入れる事も覚えないといけない。受け入れてもらうために、俺自身が行動しないといけない。
俺の行動に、ばあさんは驚いていたが、すぐに恥ずかしそうに一言。
「すまない」
ばあさんがそれだけ呟くと、シーツの中に顔を隠した。
「すまないって何もしてねえだろ。そこはありがとうだ」
俺がそう指摘すると、とても小さい声で
「……ありがとう」
と放り出していた。