ダーク・ファンタジー小説
- Re: 叛逆の燈火 ( No.11 )
- 日時: 2022/08/22 22:34
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
暗い部屋。扉には閂で開けられないように塞き止めてある。……でもそれも時間の問題だ。扉はドンドンと大きな音を立てながら破られようとしている。あいつら……ずっと前から「バーバラ」を封印してたんだ! 遠征だったなんて嘘ばっかり。それを信じていた私自身も能天気だった! そして私の味方を消して行って……。今日は私の番。私を消せば、帝国はあいつらのものなのだものね。何も知らない昨日までの私を叩いてやりたい。でも、そんなことはできない。
「ゴホッ、ゴホッ」
私の口から血の混じった咳が出てくる。床に血がボタボタと落ちて行く。口が血の味でいっぱいだ。
……私が馬鹿だった。あいつら、私の食事に少しずつ毒を盛ってたんだわ。父上もこうやって同じように……! 金髪だった髪は毒で白くなっていった。瞳も毒の影響で、青から血のように赤くって。まるでウサギみたい。身体もどんどん弱くなっていって、今は人より体力がない。ああ、本当に。こんなになるまであいつらを信じていた馬鹿な自分もあいつらも、こういった内部事情を知ろうともしない無能な部下も、明日も平和だと信じ込んでのうのうと暮らす愚民達も!
全てが憎い。憎い、憎い憎い。
「陛下、もう観念してくださいよぉ」
ねっとりと奴らの気持ち悪い声が聞こえてくる。
観念? なんで、どうして私が?
「もっと早くできんのかっ」
外の奴らの声が聞こえる。やっぱり木の扉じゃすぐに破られちゃう。
……早く、この状況を何とかしなきゃ……。殺される! こんな場所で、惨めに……父上のようになんかなりたくないっ!
私はどうすればいいかあたふたと周りを見る。
そういえば、ここは書庫だったわ。無我夢中だったけど、偶然にもこんな場所に。……もう一つ思い出した。バーバラと一緒に、「悪魔を召喚する方法」が書いてある本をこの辺りに隠してたんだっけ……。
私は悪魔を召喚する方法の書いてある本を、隠し場所から取り出し、急いで開く。悪魔を召喚する方法は簡単だった。私は自分の吐いた血を指で掬う。……今できる事ならなんでもしないと。悪魔でもいい、なんなら魂でもなんでも売る。だから、お願い!
「助けて……! 私はまだ死にたくないの、全てを破滅させるような……こんな腐りきった世界へ叛逆する力を私に頂戴ッ!!」
私がそう叫びながら、手を合わせて握り締める。強く、血が滲むくらい力強く。
それと同時に書庫唯一の扉が破られた。間に合わなかった……。私は絶望し、書庫にぞろぞろと入ってくる奴らを、絶望の表情で見る。
「陛下、お戯れはここまでですよ」
私が一番信頼していた宰相が私の前に出てきて、そうにやりと笑う。
「い、や……誰か……誰か!」
宰相に腕をつかまれ、私は恐怖で涙がこぼれる。殺される! 父上のように――
その瞬間、私が自分の血で描いた、床の「魔法陣」が眩い光を放つ。その場にいる全員が、その光に注目した。私も。
その魔法陣の光が消え失せると、銀色の髪の幼女がその場に立っていた。……目はなんだか光を映しておらず虚ろで。でも口元はゆるく笑っているようで。灰色のワンピースを着ていて……普通じゃないのは、幼女の頭から竜の翼のような白い羽と、スカートからは太い竜の白い尻尾が生えていた。
「なんだ、この子供は?」
奴らの一人がそうつぶやく。
「ねえ、わたしをよんだのはだあれ?」
皆が沈黙する中で、その流れを断ち切るように、幼女がそう尋ねる。私と目が合った。私のボロボロの姿に、幼女は何も聞かず頷き、笑みを浮かべる。
「あなたね。おねがいをかなえてあげる」
幼女が手をかざした。私の手をつかんでいる奴に向かって。
ボシュッという何かが潰れる音が頭上からする。見上げると、血の雨が降ってきた。身体は医師が存在せず崩れ落ちていき、目の前の宰相は首のない死体と化した。
そのおぞましい様子に、私を除いた皆が動揺をはじめ、口々に叫ぶ。
「みんな、にがさないよ」
幼女がそう言うと、同じようにして皆に向かって手をかざした。そこからは阿鼻叫喚と地獄絵図のようだった。幼女の見えない力によって、ある者は宰相と同じく首が潰れ、ある者は捻じれて血液が絞り出され、ある者は四肢がありえない方向に曲がり、ある者は首だけになり……まともな神経ならその様子を間近で見ているだけで気がおかしくなるだろうけど。
……私は呆然とその場にいる全員が動かなくなるまで、へたり込んでみていた。私もきっと、おかしくなってるのかもしれない。
「よーいしょっと。おわりっ!」
幼女は全員死んだ事を念入りに確認していると、笑みを浮かべて私に近づいてくる。銀色の綺麗な髪や、かわいらしい黄色の花飾り、灰色の服が真っ赤な返り血でべったりと汚れている。顔も返り血を浴びて真っ赤に染まっているが、彼女は気にしている様子はなかった。
「どう? わたし、ちゃんとおねがいかなえたでしょ?」
褒めてと言わんばかりに私の両手を握り、無邪気な笑みで私を見つめる。
「あ……うん。……すごいね」
私は状況がつかめておらず、頭が真っ白のままだ。
「えへへ。あなた、おなまえは?」
幼女が尋ねてくる。
「わ、わたし……ソフィア。「ソフィア・アルゼリオン」」
「ソフィアちゃん! かわいいね」
私の名前を聞いて、彼女はにこりと目を細めた。笑顔は血で汚れていても、無垢でかわいらしい。
「じゃあソフィアちゃん、わたしのなまえをつけて。わたし、うまれたばかりでなまえがないの」
「え?」
「はやくはやく」
彼女が唐突にそんなことを言う。名前を付けろって……急にそんなこと――
私がそんな事を考えながら周りを見ると、私が彼女を呼ぶ為に開いてた本のある文字が目に入る。私はその文字を短くして、彼女の目を見て口にした。
「――「ネク」」
「「ネク」?」
「どう?」
「……うん、いいなまえ! じゃあわたし、ネクにするー!」
ネクはまた無邪気に笑った。
無邪気に小躍りするネクを見ながら、私はある考えが脳裏に浮かぶ。
「……ネクの力は、使える。この世界を支配する為に」
私は、この時、本当に悪魔に成り下がってしまったのかもしれない。でもいいの。父上も平等主義だなんて甘い考えを持っていたから殺されたんだ。だから……私は私のやり方で帝国を、ううん、愚民共が蔓延るこの美しい世界を守らなきゃ。
憎まれてもいい。恨まれてもいい。力で捻じ伏せればいいんだから。ネクを使って……!
- Re: 叛逆の燈火 ( No.12 )
- 日時: 2022/08/22 22:32
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
「ソフィアちゃん、わたし……うまれたばかりであなたのことをまったくしらないの。おしえて?」
奴らの汚らわしい血で真っ赤に染まっているその部屋で、ネクが唐突にそう尋ねる。確かに、この子はこれから役に立ってもらわなきゃいけない。今までの事を知る必要があるわ。
「そうね……」
私は物心ついたあの頃の事を思い出しながら、ネクに語る。
―――
私が3歳の頃、私が覚えているのは乳母であるバーバラに、魔法の基礎やドライブの事。そして、私達の身体には必ずオーラと言う身を護るための魂の鎧がある事。魔法はドライブ……いえ、魂に直接干渉し、傷をつける事。その傷は治りが遅く、魔法は万物を凌駕する特別な力だって事。それを教わった。乳母である前に、バーバラは私のお母さまだわ。悩みも楽しみも、何もかも彼女と共有した。それほどまでに信用できる人だった。
もちろん、父上の事も尊敬していた。立派な方で、心優しく、部下の信頼も厚い。そんな人だ。父上はその時から「平等主義」を掲げていた。誰もが平等でいられるよう、いずれは帝国のシステム自体を撤廃していく予定だという。素晴らしい人だ……この方がいればきっと帝国の、いいえ、世界の未来は明るいものだと信じて疑わなかった。
……だからこそ、心優しい故に、そこに付け込まれたのでしょうね。
父が信頼する公家や、宰相一派の裏切りや謀反の意志を見抜けず、むしろ彼らはその信頼を逆手にとり、父上の喉元まで浸食していき、最終的に首を食いちぎったわけだ。
父が亡くなったのは今から3年前。私がまだ6歳の頃だ。そのころには、バーバラも遠征で姿を消していた。実際は違ったんだけど。
私の信頼する部下二人が、唯一心から信用できる人物だった。その二人も腹の中ではどう思ってるかなんてわかりっこないんだけどね。
「あなたは父上の後を継ぎ、皇帝にならねばならない」
父が亡くなった翌日に言われた言葉……今でも鮮明に覚えてる。
「ですがあなたは幼い。ですから今は玉座に座るだけでいい。それで皇帝の役目を果たせる」
あの時はわかってなかったけど。「傀儡になれ」と言っていたんでしょう。本当に、大人の言いなりにしかなっていなかった私自身が嫌い。バーバラの失踪も気づけなかった自分が忌々しい。何より、今まで腐った帝国を放置していた自分も、従うしか能のない愚民も、みんなみんな憎い!
私は父上のようにはならない。この腐った世界を変える為には――
「あなたの力がいるの、ネク」
「ん」
ネクの手を握り、私はネクの瞳をまじまじと見つめる。ネクは私の気持ちを汲み取ったように頷き、また笑みを浮かべた。
「うん、いいよ。わたしのちから、じゆうにつかって。ソフィアちゃんのためなら、なんでもするよ。わたしはそのためにうまれたんだから」
まただ。「その為」っていうのがよくわからない。……もしかして、私があなたを呼んだ時に叫んだ事を言ってるのかしら? ……私はふいに鼻で笑う。それなら、私には権利がある。この子の力を使って、まずは片っ端から支配していきましょう。
能天気に暮らしている愚かな民に恐怖を教えてあげなくては。
……その為にはまず、バーバラの力が必要だわ。早速行きましょう。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.13 )
- 日時: 2022/08/22 22:30
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
私はバーバラがいる場所を探ってみることにした。その時、話しかけてくる兵士が邪魔なので、見せしめとネクの力を試す為に、2、3人を始末した。そしたら皆私を畏怖するように見てきた。……それがあなた達の本性か。そんなものよね。昨日まで自分は素知らぬ振りして……そういや知らなかったのか。どちらにせよ、あなた達もあいつらと一緒だわ。
私がバーバラを探しながら城を歩いていると、私の目の前に男女の騎士が慌てた様子で私の目の前まで走ってきた。……「アルテア・エクエス」、それに「フィリドラ・ソレイズ」。私の近衛騎士であり、私の世話係で……私がこんなになるまで気づかなかった。いや、見て見ぬふりをしていたのかもしれない。
――こいつらも何考えているかわからないわ。
「陛下……その姿。それに、その子供」
「こんにちは、アルテア、フィリドラ。今日は御日柄もよく――」
「陛下!」
アルテアは私の両肩をつかんで、大声で叫んだ。
「先ほどのアレは何なのですか! 兵士を……あんなっ、惨い仕打ち……」
「見せしめですよ」
「みせ、しめ……?」
私の言葉に二人は驚いているみたい。ま、当然の反応か
「ええ。私の道を塞いだのだから、当然の報いじゃないですか。ああ、そういえば。あなた達二人も私の道を塞いでいますね」
私の言葉に、ネクが手を動かそうとした瞬間、フィリドラが口を挟む。
「陛下……お言葉ですが」
彼女の言葉に私は思わずネクを制する。なぜそうしたのかはわからないけど。
「あなた、宰相一派と同じことしようとしていますよ。父上を死に追いやった悪魔と、同じ物に成り下がろうとしているんですよ、あなたは!」
……そんなの。
「言いたい事はそれだけですか? では、悪魔らしく命令させていただきましょう。消えなさい。私の気が変わらないうちに、この帝国から出て行きなさい」
私の表情、そして言葉に二人は何か言おうと口を開く。
「あなた達を今ここで近衛騎士から解任します、早く消えろ」
私が続けると、二人は無言でその場を立ち去った。それでいい。
「ソフィアちゃん、よかったの?」
「なにが?」
「あのふたり、はんげきしてくるかも」
「どうせ微々たるものよ。それより、バーバラを探しましょう。どうせこの城に隠して封印していることはわかっているわ」
私がそう言いながら歩き始めると、ネクは「うん」と頷いて私にとてとてといった足取りでついてきた。
……あの二人の言葉が胸に刺さるように残っている。二人は私に「宰相一派が父上を殺した。奴らは乳母のバーバラも封印し、今度は陛下自身の命も狙っている」と進言してくれたから。……だけど、やっぱり私の助けにはならなかった。でも命を助けて、この帝国から逃がしてあげるという、少しばかりのお礼をさせてもらうわ。一応、私を育ててくれた恩人でもあるから、ね。
……ごめんなさい、アルテア、フィリドラ。こんな事しかできない私を許してとは言わない。でも、せめて、私が大陸を支配するまではせめて幸せに生きていてほしい。
―――
ネクが感じ取った、バーバラの魂の色。それがあるのは城の地下深くらしい。宰相の部屋に隠し通路があった。部屋にある隠し通路の存在を見て、罪悪感でも湧かなかったのかしら? ……そんなものあるわけないか。
私は隠し通路の前に塞がる本棚をネクに破壊させた。奥に階段が続いており、それを降りていく。冷たい石の壁と階段。それに湿っていて息も詰まるようなどんよりとした空気。地下に行けば行くほど薄暗くなっていく。
どれくらい降りたかはわからないけど、やっとある空間にたどり着いた。広い部屋の中央、黒い光の鎖で繋がれた青い髪の女性が項垂れていた。……見間違えるはずがない、バーバラだわ!
「バーバラ!」
私が思わず名前を呼ぶも、彼女の反応はない。鎖を切らないと……。
「ネク、鎖を」
ネクに命じると、ネクはすかさず手をかざす。鎖が切れていき、鉄が切断される大きな音がその場を反響する。鎖が全て切れると、バーバラは前のめりになっていたため、その場でまるで糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「バーバラ! 起きて、バーバラ!」
私はバーバラの身体をゆすると、彼女の閉じていた瞳がゆっくりと開く。
「……そ、ふぃあ……」
か細い声に私は安心して涙をこぼす。ああ、こんなになるまで私……能天気に生きていた自分が嫌になる……!
「よかった、お母さまぁ……」
私は気が緩み、彼女を昔のように呼ぶ。そう、お母さま。私の本当のお母さまは、私を産んで死んだって父上が言ってたけど、いいの。今は私を親身になって育ててくれた目の前の……バーバラがお母さまだから。
「……ごめんなさいね、心配かけて」
バーバラが私の頭をそっと、優しく撫でる。ああ、久しぶりの感触だわ。よくこうやって撫でてもらっていた。
「綺麗な金髪だったのに、白くなっちゃって。それに、瞳も。赤くなってしまった。ごめんなさい、私はあなたを守る役目を、あなたのお母さまから賜っていたのに。肝心な時にあなたを守る事ができなくて……」
「いいのよ、バーバラ。あなたが無事ならそれで」
バーバラは私の言葉に涙を流し、無言で私を抱きしめてくれる。変わらない、大好きな匂い。お母さまの匂いだわ。良かった、バーバラが生きていてくれて……本当に良かった。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.14 )
- 日時: 2022/08/19 00:45
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: KACJfN4D)
「ソフィア、今の帝国の状況はどうなっているの? 陛下は?」
バーバラは封印されている間の事は把握できていない様子だわ。当たり前か、こんな地下深くで封印されていたんだもの。説明しないとね。
私はバーバラに今まであった事を包み隠さずすべて話した。今、私が現皇帝である事、父上は奴らに殺され、私も殺されかけた事。ネクを喚んで奴らを粛清した事。……そして、これからやろうとしている事。きっとバーバラは私に同意してくれるはず。だって、彼女は私のやる事をなんだって肯定してくれて、私の望むことはなんでも叶えてくれたから。
バーバラは私の話を聞き終えた後、一瞬眉をひそめ、だけどすぐに穏やかな表情に戻った。
「そうね。それが"陛下"の望まれる事であれば、私は従いますわ」
バーバラは私に膝をつき、首を垂れる。……思った通り。あなたはやはり、私の自慢のお母さま。……本当は、こんな事に巻き込みたくもないけれど。だけど、今帝国を変える為には、バーバラ。あなたの力も必要なの。
「感謝します、バーバラ・ゴーテル=ヤーガ」
私はそう一言言うと、バーバラは満足げに微笑む。
「そうと決まれば、バーバラ、そのボロボロの服を早速着替えてちょうだい。私も、いつまでも血まみれのドレスなんか着たくないし」
「ええ、そうね。あなたの門出だもの。ふさわしい服を用意しなくちゃね」
バーバラは心なしか嬉しそうな声音だ。
だけどこの穏やかな空気はこの時で最後だわ。なぜなら、これからやろうとしている事は、皆の負の感情を全て受け止め、屍を踏み越えて行かねばならない。そういう道なのだから。
―――
私は翌日、帝都の人間をできるだけ城に集めるよう兵士に命じた。「重大な発表がある」とだけ伝え、暴力に訴えてでも従わせろと念を押した。皇帝の言葉を無視するなど、愚民のする事だ。愚民は蹂躙されても文句は言わせない。最底辺で這いつくばって生きているのだから、上の、ましてや皇帝の言葉に従うよう教育しなければ、ね。
城の門前に多くの人々が集まっている。こんなに群がってる様は、まるで蛆虫みたい。私の言葉に何を期待しているのかは知らないけど、私はバーバラの"魔法"で声を拡散してもらった。おそらく、これでこの帝都にいる全員に私の声が耳に入るはずだわ。
「お集りの皆様。本日もお日柄もよく、私の急な招集に足を運んでいただき、感謝いたします」
私の言葉に、皆が注目する。
「私は昨日、命を狙われました。あろうことか他でもない、信頼していた宰相達によって。ですが、私は天啓を授かりました。……それは声でもなく、私の隣にいる少女という形で、神は私に仰ったのです」
神なんてデタラメなんだけどね。でも、神なんかを信じる愚民共にはこれくらいがちょうどいい。神がどうのなんていえば、"教団"も私に従う他ない。逆らうようであれば――
私はネクに合図を送る。
「この帝国に蔓延る病巣を取り除き、腐りゆく前に帝国を、いいえ。世界を救えと!」
ネクは私の合図に呼応するように、門前の目の前にいる、赤ん坊の抱えた金髪の女性、そしてその周囲にいる何人かの民に向かって手をかざす。ネクの力によって、彼女たちの頭はまるで紙を丸め込むようにぐしゃぐしゃりと潰れていく。そして、破裂して赤い液体が周囲に、文字通り爆散した。
その光景を目の当たりにし、その場にいる全員がざわめき、動揺し、錯乱する。
「静粛に!」
私がピシャリと声を上げ、再び手を挙げた。
「静かにしない者は、順に粛清します」
その言葉に、皆恐怖して静寂が訪れる。畏怖の目。私に向けられるのはそれだ。……昨日の、私に向ける兵士たちと同じ目。
私は構わないで進める。
「今のは警告です。私に従わぬ者は、同じく死を意味する事肝に銘じておきなさい。私に意見する者、私の意に反する者。全て粛清対象です」
私は挙げていた手を天高くに掲げ、皆の耳に入るよう、一層声を張り上げた。
「覚えておきなさい、これは私の……世界への叛逆であることを!」
その時、皆が私に向ける視線、表情は、恐怖。
この日を境に、私の恐怖で全てを縛る、「恐怖政治」が始まったのだった。