ダーク・ファンタジー小説
- Re: 叛逆の燈火 ( No.113 )
- 日時: 2022/11/23 19:41
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
ある日。修道院の外に出て俺は空を仰ぎながら背伸びをした。朝の小鳥の囀りってのは、聞いてるとなんとなく「朝だ~」って気分になるよなぁ。俺はそう思いながら、空に流れる雲を見ていると……
背後から忍び寄る影に腰を抱きつかれる。「うおっ」と声が出て振り返ると、妹のエレノアがぎゅっと俺に抱き着いて、顔を上げてこっちを見ていた。
「おはよ、にーちゃ!」
エレノアが「えへへ」と歯を見せながら、にっこりしながら俺に言い放った。明るく、兄の俺からしてもかわいらしいと思える声と表情。その後に俺に向かって歩み寄ってくる弟のルゥ。ルゥもエレノアと同じように俺に抱き着いてきた。
「おはよう、兄さん」
二人が朝の挨拶をしてくるもんだから。俺は二人の頭をわしゃわしゃと掻きまわし、笑いながら二人に挨拶を返す。
「おはよう、二人とも。今日もいい日になるといいよな!」
いつもと同じ朝だ。そうやって挨拶が済むと、俺達は修道院の掃除や、俺達の衣服の洗濯、街への買い物なんかを2人一組になってやる事を、シスターに頼まれる。
俺達が暮らす修道院は、他の街にある修道院とかとは違ってかなり小さいらしい。修道院っていうのは、聖職者が修行するための施設だから、大きいのは当たり前なんだけど。この修道院は、街はずれの平原にあるもんだし、元々最近できたばかりなので、そこまで大きくはないらしい。……とは言っても、俺達4人しかいないから、それでも結構な広さなんだけどな。
そんな広さの修道院を毎日掃除となると、結構キツい。特に、神様の彫像ってのを綺麗に磨く時は、シスターは結構うるさい。適当にやる事を許してくれない。手を抜こうものなら、拳骨を食らわせて、綺麗になるまで夕食の時間が延びてしまう。俺も見た事もない神様の為なんかに――って思って、手を抜いて拳骨を食らった後、夕食の時間がのびのびになった時に、二度と手を抜かないと反省した。……正直、神様の彫像を綺麗に磨くと、肉をちょっと多く盛ってくれるから、頑張って綺麗にしてるんだよな。
まあ、そんな毎日修道院の掃除とか、洗濯とか、買い物とか。ぶっちゃけ毎日やると疲れる。だから、週に1度は休みの日を設けて、一日遊んだり出かけたりする日がある。
今日はまさにその休みの日。シスターは洗った後の洗濯物を籠に入れて、俺達の近くまで歩み寄ってきた。
「今日はいいお天気になりそうね。あまり遠くに行っちゃダメだけど、3人でおでかけしてもいいわよ」
それを聞いて、エレノアは両手を挙げてニコニコ笑いながら、ぴょんぴょんと跳ねた。
「ほんと? シスターもくる?」
「もちろん。3人一緒だけど、何かあったら怖いじゃない?」
「わぁい!」
ルゥもそれに安心したのか、胸をなでおろした。
「あ、でも、どこにいくの?」
首を傾げながら、ルゥはシスターを見ると、シスターは考え込みながら森の方を見る。
「ん~。じゃあ、森にしましょう。大丈夫、何かあっても私が守るから」
「えぇ、女に守られるなんて――」
俺が顔をしかめながらそう言おうとすると、シスターは俺の額に指を押し当てる。
「女である前に、私は保護者よ? 保護者は皆を守る役目があるの。それが責任よ」
「だったら俺、皆の兄ちゃんだ。シスターだって「お兄ちゃんなんだから皆を守りなさい」って言ってるじゃん」
俺がフンとふんぞり返り、どや顔でシスターの顔を見ると……シスターはふふっと笑った。
「じゃあ私は皆のお姉さんね? お姉さんは皆を守らないといけないから」
「え、シスターってお姉さんって歳じゃ――」
ゴツン。
シスターに拳骨され、俺はたんこぶのできた頭を押さえながら、その場に蹲った。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.114 )
- 日時: 2022/11/24 23:06
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
俺達はでかける準備を終え、大きなバスケットを持ったシスターの後をついていく。シスターは子供の俺達よりも強くて、魔物なんか簡単に蹴散らす。魔物ってのは、力っていう魂の力が暴走して、異形に変わってしまった、人間や動物、それに植物とかの成れの果てだってシスターが言ってた。魔物は生物を見つけると襲い掛かってきて、捕食するんだって。魂を取り込むためとか、なんとかって本に書いてあったのを教えてもらった。魔物については、まだはっきりした事は解明できてないらしく、対策と言えば、傭兵や騎士なんかに頼るしかない。俺も、早く魔物なんかに負けない大人の男になって、シスターやエレノア、ルゥを守ってやりたい。それが、「兄ちゃん」としての使命だと思う。
さて、森の奥へ進んでいると、ルゥの顔色が悪くなってきた。こいつはこの中で一番の病弱。限界かなと思いつつ、ルゥに声をかける。
「おい、ルゥ。大丈夫か?」
ルゥははっとしたように顔を上げ、首を振った。
「へ、へいきだよ! 兄さんとか、エレノアとか。あとシスターは?」
「ん?」
声をかけられたエレノアもシスターも振り向いて、ルゥを見る。
「エレゥ、へーき! にーちゃは?」
「俺も平気だよ。シスターはどうなんだ?」
「私もまだ元気よ。……ルゥ、疲れたのなら、休憩しましょうか?」
シスターがルゥの目の前でしゃがみ込み、視線を合わせて、優しく柔らかく尋ねる。ルゥがシスターと目が合うと、顔を真っ赤にして首を大きく振った。
「だ、大丈夫! まだ歩けるから!」
……こいつは意地っ張りで頑固なとこがある。だけど、人の好意は素直に受けられないもんかね。そう思うと、俺はルゥの前で背中を向けた。
「ほら」
「えっ」
ルゥが戸惑っている声が聞こえる。……察しが悪い奴だな。
「おぶってやる。乗れよ」
「え、でも……」
ルゥは未だに戸惑っているみたいなので、俺はルゥの方を見た。
「俺はお兄ちゃんだぞ。お前は弟。お兄ちゃんに甘えるのは弟の特権だぞ。早く乗れよ」
「……え、ぅ」
なかなか乗ろうとしないので、俺は一歩ルゥに近づいてやる。そうすると、ルゥは諦めたのか。素直に俺の背中に乗っかった。俺はルゥが乗った事を確認して、立ち上がる。……以外に軽いな、こいつ。俺はそう思いながら、皆に「行こうぜ」と言った。
「ええ、そうね」
「ルゥ、これであんしんだね!」
エレノアがルゥの隣に合わせて歩いて、そうにっこり笑うと、ルゥは小さく頷いた。
―――
しばらく歩くと、谷底にかかる橋が見えてきた。谷の真下はゆったりと流れる渓流。……だったんだけど、この前の大雨で水量が増えていて、濁流が勢いよく下流まで流れていってる。橋は木製だけど、俺達がその上を歩いても問題なさそうだ。それなりに頑丈そう。橋の向こう側には、俺達の目的地であるベリーの森がある。
俺達は一人ずつ橋を渡った。まずはエレノア。スキップをしながら向こう側まで歩いて行った。エレノアはある意味強いな。恐れを知らない。
次にルゥ……いや、俺達は最後にしてもらった。だから、次はシスター。シスターも問題なく向こう側まで渡りきると、振り向いて俺達に手を振った。
「ルゥ、しっかり捕まってろ。怖かったら目を瞑ってろよ」
「……っ」
ルゥは顔を伏せてしまったようだ。俺の背中にルゥの心臓音と荒い呼吸が伝わってくる。両手が使えない今は、慎重に進まないとな。俺が橋に一歩踏み入れると、ギシリと軋んだ音が響き渡る。……頑丈だけど、木である以上は軋んだ音は仕方ない。だけど、その軋んだ音が耳に入ったのか、ルゥが俺にしがみついている手の力が、一歩進む毎に強くなっていく。ぎゅうっと俺の服が掴まれて、俺はルゥに怖い思いをさせないために、声をかけた。
「大丈夫だ、ルゥ。俺がいるからさ」
気休め程度なのはわかってるけど……でも、そう声をかけてやると、ルゥがほんの少しだけ力を緩める。身体が震えているのか、小刻みの振動も伝わってくるけどな。
「アレン、こっちに向かって走ってきて!」
突如、向こう側にいたシスターが、慌てたような怒声を俺達に浴びせた。突然の事に、俺は「えっ」と声が出る。エレノアも慌てているのか、なんだかじっとしていられず、その場で足踏みをしている。……様子がおかしい。後ろに何かがいるのか? なんて考えてると、ギシギシと明らかに何かがこっちに近づいてくるような音が背後から聞こえた。
どんどん近づいてくるもんだから、俺は思わず振り返ると――
「グルアアアアアァァァァァァッ!」
咆哮。獣のものだ。振り返ると、そこにそいつがいた。
黒いオーラを放つ、大きな狼。……大きいっていうか、俺の一回りも二回りも大きな狼が、俺達を見下ろしている。俺は前しか見てなくて、しかも背中にルゥを背負ってるもんだから、全然気づかなかった。すでに目の前にそいつが現れて、突然の事に俺は動く事も出来なかったんだ。
「わ、あ……あっ……!」
ルゥが怯えて声も出せないようだ。俺も突然の事に、目を剥いてそいつを見てるしかできなかった。……何もできなかったんだ。
スローモーションっていう言葉を聞いたことがある。世界が……何もかもがゆっくりに見える現象だって、シスターから聞いたことがある。まさにそれが今目の前で怒っていた。奴が前足を振り上げて、俺に向かって鋭い爪を振り下ろそうとする瞬間が。とてもゆっくりと、ゆっくりと俺の目に映っていたんだ。
――次の瞬間には、俺とルゥは、橋の外に身を投げ出されていた。何が起きたんだろう。俺の身体もルゥの身体も、傷一つなかったんだけど……。何もかもがゆっくりに見えるけど、俺が最後に見たのは、橋が壊れて破片と一緒に落ちてくる奴の姿と、ルゥの姿だった。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.115 )
- 日時: 2022/11/25 23:05
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
俺はうっすらと瞼を開く。……どうやら気絶していたらしく、俺はガバっと体を起こした。周りを見ると、どこかの洞窟のようで、岩壁と冷たい土の上で寝ていたようだ。俺の隣には、ルゥが寝転がっている。怪我一つなく、顔色もいい。すやすやと眠っているもんだから、逆に不安になってしまう。俺は慌ててルゥを起こそうとすると、入り口から足音が聞こえた。
シスター? 俺はそう思いながら、近づいてくる人影を凝視する。
「起きたか」
と、その人は俺達に声をかけながら、姿を現した。両腕に結構な量の木の枝を抱えている。……誰だ? 俺は知らない人が突然洞窟の中まで入ってきたもんだから、どういう顔をすればいいのかわからない。
くすんだ色の金髪と、釣り目の碧眼で見下ろしてくる、ちょっと怖い顔の兄ちゃん。首元にはなんかトレードマークっぽい赤い布が巻いてある。俺より背が高いし、体格も細身だけど筋肉がついている。それに、背中には大きな麻袋を背負っている。きっと傭兵なんだろう。腰にナイフを二丁下げているからな。
兄ちゃんは俺達の目の前まで来て腰を下ろすと、木の枝を両腕から下ろすと、ズボンのポケットから紙屑と黒い石を取り出した。
「今、また雨が降り出したんだ。雨が止むまで、ここで火に当たって待っていよう。いやあ、よかった。雨が降り出す前だったから、枝も火打石も濡れずに済んだ。間一髪って奴だなぁ」
兄ちゃんがそう言いながら、紙屑を木の枝の山の上に置いて、黒い石を打つ。まるで流れ作業のように手慣れている。
カッカッと音が鳴った後、火花が散って火が灯った。黒い石は、多分火打石。シスターがいっつも使ってるのを見てるし。
「腹減ってるか?」
兄ちゃんが俺の方を見て、背負っていた麻袋を地面に下して、中身を取り出す。干し肉やイモ、それに乾燥ミルクやら干しキノコ。鍋も取り出し始めた。
「何その麻袋。……もしかして魔法の袋って奴?」
やっと出た言葉がそれだった。いや、自分でもなんでそんな言葉が出たのかよくわからん。兄ちゃんは当然吹き出して、大きく口を開けて笑った。
「なわけないだろ。単純に、傭兵だから大荷物なだけだ。傭兵は何かと野宿が多いから」
兄ちゃんが「ひひひ」と笑い、涙を浮かべながら、俺にそう言いながら、鍋にどんどん干し肉や干しキノコ、乾燥ミルクをどんどん入れていき、水の入った大きなボトルも取り出して、水を鍋の中へドボドボと注いでいく。木の板の上で芋を腰のナイフを使って刻んでいき、鍋に入れてからパチパチと燃える火の上に鍋を乗せる黒い金属の台を置いて、鍋の中を取り出した木のスプーンで混ぜ始めた。
「あとはじっくりと煮込むだけだ。その間、ちょっと話でもするか」
と、かなりフランクな態度で俺の方を見ながら、そう言った。
……そういや、この兄ちゃん。一体何者なんだろうか。今更警戒してる。
「兄ちゃんは一体誰なんだ? そもそも、俺達は――」
「ああ、すまん」
兄ちゃんが頬を掻きながらバツの悪そうな顔をした後、俺に頭を下げたんだ。「えっ」とつぶやいた後、俺はどういう顔をすればいいのかわからず、兄ちゃんを見つめる。
「魔物がお前達にすごい勢いで迫ってるのを見てさ、急いで何とかしないとって思って――」
兄ちゃんが話す内容はこうだ。
あの狼の魔物は兄ちゃんが追っていた魔物らしくて、この近辺を荒らす事で賞金も賭けられていたんだって。兄ちゃんは傷を負わせながらあの渓流に追い詰めてたんだけど、運悪くシスター達がいて、最後に橋を渡っていた俺達に襲い掛かったんだと。橋を渡りきるのに俺達が邪魔だったのか。それとも、俺達を人質にするつもりだったのか。どちらにせよ、放置していたら一般人に……ましてや子供に危害が加えられたら……兄ちゃんは咄嗟に橋を武器で壊して、落下する俺とルゥを受け止めたって……そんな話を聞かされても、いまいちピンと来ねえや。
「どうやって受け止めて、それでこんな洞窟にいるわけ?」
俺がそう尋ねると、兄ちゃんは「うーん」と頬に手を当てる。
「ロープを橋の支柱に引っ掛けて、ロープの端をつかんでさ。それでブランコの要領でお前らを受け止めたんだ。……あ、真似はするなよ? 俺が特別な訓練を受けてるからできてることだから」
兄ちゃんがそう釘を刺してくるので……いや、別にやらねえよ!
「で、さ。橋の向こう側におばさんと小さい女の子がいたろ? どうしたんだよ」
「おばさん? ……いやそれは見てない。綺麗なシスターのお姉さんはいたけどな」
「……で、どうしたんだ?」
兄ちゃんに尋ねると、「うーん」と声を出して考え込んでしまった。
「いや、すまん。知らん」
「えぇっ!?」
「すまん……橋の向こう側には着地しなかったんだ。だけど、橋はあそこだけじゃないし、ちょっと歩けば別の道もある。橋は壊したし、あのお姉さんは強そうだし。……多分無事だ」
「た、多分って……」
無責任だなぁと思いつつも、まあ、しょうがねえか。結果そうなっちゃったんだし、兄ちゃんを責めたって何かが変わるわけでもない。心配だけど……シスターがいればエレノアは大丈夫だ。俺よりもっともっと強いしな。それより、結構ザーザー降ってるんだろうか。雨の音が洞窟内にも響き渡ってる。シスターとエレノア、大丈夫なのかな? と、半分心配だけど、半分は大丈夫だって信じてる。……だって、シスターは、いつだって俺達を迎えに来てくれるし。
俺はどういった顔をしたらいいのかわからない。こういう時、どうしたらいいんだろう。そう思っているのを察したのか、兄ちゃんは俺の背中をバンっと叩いた。
「ま、今は腹ごしらえだ。俺特製のミルクスープを食って温まろうぜ」
と、まだ途中のスープはぐつぐつ音を立てながら、煮立っている。いい香りも周囲を包んだ。鼻をくすぐられ、俺の腹の虫は思わずぐぅ~と鳴き始める。……そういや、昼はシスターの弁当を食べるはずだったんだけど、結局お預けになっちまった。
スープのいい香りに誘われて、ルゥが目を覚ましたのか、むくりと起き上がる。
「ん、ん……ぅ……にいさ、ん……?」
寝起きなのか、口も回っていない。そんなルゥに呆れつつ、俺はルゥの頭を撫でた。ルゥはというと、目をこすってまだ眠気が取れてない。瞼も重いのか、うつらうつらと船を漕いでいる。
「あ、そういや……」
俺は、一つ大事な事を思い出し、兄ちゃんの方を見る。
「あんた、名前は?」
「ん。そういや名乗ってなかったか」
兄ちゃんがそう言いつつ、鍋を回して、
「俺は……ま、今は「キャス」って呼んでくれ。なんせ、名前が長いもんだから」
と、キャス兄ちゃんはにかっと笑った。
「そうなんだ。キャス兄ちゃん。俺は「アレン」。よろしくな」
本当は、人に名前を尋ねる時はまず自分から。……って、シスターが言ってたんだけど。いいよ、別にさ。次は気を付ければいいし。
キャス兄ちゃんはそんな事お構いなしに、袋から木の器を取り出す。その中にスプーンで掬ったスープを入れて、器をルゥに差し出した。小さいスプーンも添えて。
「ま、まずは食え。腹が減っては戦はできぬ。だぞ♪」
と、笑顔を見せていた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.116 )
- 日時: 2022/11/27 16:36
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
スープを飲みながら、キャス兄ちゃんは色んな事を教えてくれた。兄ちゃんはなんでも、帝国出身の傭兵で、大陸を旅している傭兵なんだって。俺くらいの時には、もう既に旅をしていて、大陸の色んな場所や人に出会ってきた。だから、帝国や他国についても教えてくれた。今はまだ仮初だけど、平和ではあり、税金もそこまで重くないし、そこそこの仕事もあるから、生活はできている。ってさ。
お金かぁ……そういや、シスターは何をして俺達を何不自由もなく生活させてくれてるんだろう?
って事をキャス兄ちゃんに聞いてみると。
「修道院って、国や宗教機構から毎月補助金が出るらしいぞ。まあ、それでも微々たるものだが。多分お前らを食わせてやれるくらいはできてるんじゃないかな」
そんな話を聞いて、俺は毎月緑の髪の男の人が、シスターを訪ねてくるところを見ている。……その人が補助金を持ってきてくれるのかな? なんであれ、シスターのおかげで不自由なく暮らせているし、本当にシスターには感謝してもしきれない。何か恩返しでもできたらなぁ。……って無意識に口にしてたみたいだ。キャス兄ちゃんがそれを聞いて「がはは」と笑った。
「そんなん子供が気にするこたないよ。なんせ、シスターって人も、お前らを養う事が保護者の責任だし、それ以上にお前らが好きなんだから。子供がそんな事気にすんじゃねえや。そういうのは、自分で金を稼げるようになってからだぜ」
キャス兄ちゃんは、俺とルゥに手を伸ばして、ぽんぽん叩く。
「……確かに」
一理ある。いつか、シスターに絶対恩返しする。そう心に決め、スープを口の中に掻っ込んだ。
「……僕も、シスターを守れるくらい、おっきくなる!」
ルゥも眉を吊り上げて、キリッとした顔つきで言い放つと、キャス兄ちゃんが「おう!」と笑いながら親指を立てた。
「お前達の将来が楽しみだな。俺と肩を並べて戦う未来を、傭兵を続けながら待っててやるから。立派な傭兵になるんだぞ~」
そんなこんなで会話が弾み、スープを平らげると、俺は外をふと見る。雨は止み、陽の光が洞窟の入り口まで差し込んでいた。……これでシスターとエレノアを探せる。俺はそう思い、立ち上がろうとすると、キャス兄ちゃんが後片付けをささっと終わらせながら、俺に待ったをかけた。
「待て待て。俺も一緒に行くよ。さっきみたいな魔物がいたら、お前達を守れるからな」
「……僕達、お金は――」
「子供は大人に甘えるんだよ。あ、この場合の大人は、金を自分で稼げる人の事な」
と、兄ちゃんは麻袋を背負うと、俺達の先を歩き始めた。
確かに、兄ちゃんも結構若い。多分成人はしてないと思う。
兄ちゃんの先導についていく俺とルゥ。洞窟の外を出ると、空には虹がかかっていた。
「おお、幸先いいかもな。さて、行こうか」
と、兄ちゃんが俺達の前を歩き、森の中へ進んでいく。雨が止んだばかりで、地面がぬかるんでいる。足元がすごく悪く、ルゥは躓いては俺にぶつかりそうになった。
「ルゥ、大丈夫か?」
「へ、平気だよっ」
ルゥは強がりつつそう言うと、しっかり歩こうと必死に努めている。俺もルゥに歩幅を合わせ、こけてもフォローができるように隣を歩いていた。おぶるのはいつでもできる。……だけど、本人が無茶してない限りは、本人にやらせないと、優しさと甘やかしは違うんだから。――シスターならこう言うと思う。だから、ルゥの頑張りは見守ってやらないと。それがお兄ちゃんの務めだ。
そんな俺達を見守りつつ、前を歩いていた兄ちゃんは、感心していたのか、「ほほう」と声を出す。
「なんだよ?」
「いや、お前はその歳でもう兄ちゃんの自覚があるんだなぁ。って思ってさ」
「……悪いか?」
俺が不安げに尋ねると、兄ちゃんは「いーや」と首を振る。
「悪かないさ。むしろ、俺ってさ。弟みたいな奴がいたことあったから。なんか、アレンとはなんとなく、親近感がわくっていうか」
「弟みたいな奴?」
兄ちゃんが寂しそうに笑った。
「ああ。弟だけじゃない。兄や姉、妹。両親同然の仲間が、さ」
「……今は?」
「……」
キャス兄ちゃんは、俯きながら考え事をしているのか、無言になった。ルゥは俺の脇腹を小突くと、俺ははっとして慌てた。
「ご、ごめん! 聞いちゃまずかったよな?」
「いや。いいよ。俺はまだあいつらの事を割り切れていないらしい……でも、いつかは忘れずとも、割り切って現実を受け止められる日が来るはずだ」
兄ちゃんは顔を見せずにそう言った後、前の方に誰かがいる事に気づいた。
「あれ、シスターの姉ちゃんと妹ちゃんじゃないか?」
兄ちゃんが指をさすので、俺もルゥも指さす先を見る。
森の外だ。そこにシスターとエレノアの姿があり、俺達を見つけるなり、駆け寄ってきた。やっぱシスターは強いから、二人とも無事だった。ルゥは声を出しながら、シスターに急いで走り寄って抱きつく。俺もそれを追っていると、エレノアも近づいてきて、俺に抱きついた。ぎゅーっと力強く。俺とルゥとエレノアを包むように、シスターはしゃがんで、にこりと微笑んだ。
「ふえぇぇん! シスター……ごめんなさいぃぃ!!」
ルゥはシスターに会えてよっぽど嬉しかったのか、涙をボロボロ流してシスターに謝っている。
「無事でよかった、二人とも……」
シスターはそういってルゥの頭を撫でてやると、キャス兄ちゃんの方に顔を向けた。
「ありがとうございます。この子達を守ってくださって。……お礼は少ないですが――」
「待て待て。元はと言えば俺が魔物を追い詰めたせいで起きた事。民間人に危害を加えたとなれば……ましてや、教団の関係者になんかあったって言われたら、俺……評判がガタ落ちになって食いっぱぐれちまうよ。だから、今回はタダでいいよ」
「……いえ、そのような事をエターナルはお許しに――」
シスターが神の名を出そうとすると、頭を掻きむしりながら兄ちゃんが叫んだ。
「俺の信じてる神は、そんなケチくさい事言いません! てことで、この話は終わりだ。どうしてもっていうなら、次に傭兵を頼む時は、俺を用命してくれ。それでいいだろ?」
「え。ええ……そう言う事でしたら」
「よっしゃ。よろしく頼むよ。てことで、俺は賞金首を一応倒したって事で、街に帰るよ。修道院迄ついて行った方が?」
兄ちゃんがそう言うと、シスターは深々と頭を下げる。
「いえ。そこまでお世話になるわけには……本当に何から何まで。感謝いたします」
「わかった。じゃあ、アレン。ルゥ。また会える日まで」
シスターの返事を聞いて、キャス兄ちゃんは納得し、森の外へのしのしと歩いて行ってしまった。
帰り道、シスターとエレノアとルゥは手をつなぎながら、夕陽に照らされて帰路についていた。シスターとエレノアには、今日あった出来事を話すと、微笑みながら俺とルゥに「そうなのね」と頷き、微笑んでくれる。
そして、将来はシスターを守れるくらい強くなる。そうシスターに言ってやると――
「……ふふっ、楽しみにしてるわ。あなたが、どんな道を進もうとも。私はずっと……」
……そう言ったのに。俺は……
俺は銀色の十字架を掌に乗せながら、昔の事を想いふけっている。今なら、シスターを守れるかもしれないけど。シスターは、もういない。
守ると決めていた、エレノアとルゥも……。
感傷に浸ってる余裕も、暇も無い今。こうして一人になると、もっと早く強くなれば、シスターとエレノアとルゥを、守る事ができたはずなのに。そう考えて考えて、自分すら憎く感じる。意味のないことだって、わかってるんだけど……さ。
俺、まだ弱いんだ。だから、こうして自分一人で考えて、やり場のない怒りを感じて。……一際大きくため息をつきながら、十字架を握りしめた。
「アレン、そろそろ出発だ」
背後から、俺の相棒でもある人物の、しわがれた声が響き渡る。振り向くと、赤髪の少女とも少年ともとれる――エルが立っていた。
「……すぐ行く」
俺はそう一言。立ち上がり、エルの方へ歩いた。
「なあ、エル」
「なんだ?」
エルは立ち止り、俺の方を見て首を傾げる。
……エルに、「俺は弱いか?」と声を出そうとしたが、やめた。自覚してるんだ。俺がまだ未熟も未熟で、一人じゃ何もできない子供だってことを。そう考えると、聞く迄も無いと自分を納得させ、俺は首を振った。
「……いや、ごめん。なんでもない」
「そうか」
再び、俺達は歩き始めた。