ダーク・ファンタジー小説

Re: 叛逆の燈火 ( No.130 )
日時: 2022/12/11 23:06
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 既に外は真っ暗で、帰ってきてからはもう、本当に無気力になっていた。
 皆が心配して声をかけて来てくれたけど、なんだか返事する気も起きなくて、代わりにエルが全部説明してくれたみたいだ。皆、師匠の死を理解し、悲しんだと同時に帝国への憎しみが強くなった。……でも、なんだろう。今まで「死」っていうものを何度も経験してきたはずなのに。それに直面して、涙を流して、弔って。だけど、師匠っていうとても身近で、いるのが当たり前だった人で、そういう人が死んじゃって、もう二度と会う事は出来ない。そう理解すると……何もかもがわからなくなる。シスターが死んだ時も感じてた、訳の分からない虚無感……。
 俺達のやってきた事って、誰かを救うため。大切なモノを取り戻す為。そういった理由なのに……ここ最近はもう奪われて奪われて、奪われ続けて……取り戻したものより、奪われたものの方が多すぎる。まるで、胸にぽっかりと大きな穴が開いたみたいに、何もかも感じなくなってる。これからの事を考える前に……今どうしたらいいのかがわからない。
 俺、本当に弱いままなんだ。7年前からブラッドの襲撃に遭ったあの時から、全然変わってない……。

 俺は、部屋を真っ暗にしてベッドに座って、膝を抱えて小さくなっていた。なんか、疲れた。
 夜のしんとした空気と静寂の中で、自分の呼吸の音だけが耳に入ってくる。


<……それほどまでに、大切な人だったのか>

 突如耳に入る、低い声。今じゃ恐ろしいとも思わないけど、前は本当に怖いと感じていた。エイトの声だ。

「ああ。7年前から俺に剣や大切な事をなんでも教えてくれて、尊敬する人で、大切な人でさ」

 俺がそう答えると、エイトは「そうか」と一言。

<以前の私も、お前の様に大切な人がいた>
「エイトにも?」

 突然、エイトはそんな事を言いだす。確か前に、人間に裏切られたから信じられない。そう言ってた気がするな。

<ああ。お前よりは下だが……毎日私の下に供物を持ってきて、笑顔を向けてくれる少女だった。その少女は……巫女で。巫女という職業を全うする為に、私の相手をしてくれていたのだ>

 巫女……よくわかんねえや。

「巫女って?」
「シスターという女が、それに近い職業だ」
「……へえ」

 そうなんだ。と思いながら、エイトの話を聞く。

 エイトはかつて……本当にそれも最近。30年くらい前の本当に最近まで、東郷武国で「龍脈」という、国々に土地の「龍力」というエネルギーを行き渡らせる役目を担っていたらしく、8本の首を各地に伸ばしている……神様のような存在だったらしい。それまでは本当に人間達ともうまくいっていて、関係も良好で。エイト自身も人間が大好きだった。だから、役目を全うして、人間達の役に立てるよう努めていた。
 だけど、30年前に東郷武国の首長が代わった直後に、エイトを邪神だと唱え、愚かにもそれを信じた皆がエイトを攻撃してきた。それまで、関係が良好だったはずの人間からの突然の行動に、エイトは始めこそ彼らに反撃することなく、それを静観していたんだって。だって、その時の――それも、エイトに毎日供物を届けてくれた巫女が、率先して庇ってくれて、エイトは自分達を守る神様である事を訴えたんだ。
 ……必死の訴えは、人々に届かなかった。巫女はエイトの目の前で無数の槍に貫かれて、エイトの目の前で息絶えた。最後まで、彼女はエイトの名前を呼んで、「申し訳ありません」と一言謝罪を残したんだと。
 エイトはそれをきっかけに、巫女を殺した東郷武国を憎しみ、人々を苦しめる邪竜となったんだって。そこから、十数年前までエイトは人間達を苦しめ、巫女の受けた痛みを理解させようとしたんだ。そんなことしたって、巫女は生き返らない。そう理解しつつも、人間達を許せそうになかった。
 だけど、エイトを倒そうとする巫女が現れた。……姫さんのお母さんかもしれない人らしい。その人の命を賭けた巫術……あ、ドライブか。それを受けて、呆気なく敗北した。……だけど、エイトはただでは死なぬとばかりに、彼女のお腹にいた赤ちゃん……つまりは姫さんの中に憑りついて、その子が生まれた瞬間に、身体を乗っ取って国を滅ぼそうと考えた。

 その後は、その子が生まれる前に、お母さんが姫さんに何か術式とかを施して、エイトを封じたんだろうな。……エイトの話は理解した。大切な人を失った悲しみで、人間達に憎悪を抱いていたんだ。エイトも、きっと。俺と同じように、信じていた人を失う悲しみで、心がぽっかりと穴が開いていたんだ。

<同情など不要だ、アレン。同情の為にこんな話をしているわけではないからな>

 エイトは俺の考えを読むかのように、そう言った。

「同情なんかしてねえよ。ただ……お前も人間が好きだったんだな」
<好きだ。人間には可能性がある。そして、手を取り合い、互いを支え合う心がある。私は、そういった人間の温かさが大好きなのだ>
「……今もか?」

 俺の問いに、エイトは少し黙ってから、声を響かせる。

<裏切られ、傷つけられようと……私はやはり、人間が好きなようだ。嫌い嫌いなどと言っても……人間ヒトの温かさを知っているから、心から嫌悪するなど、できはしない>

 ……エイトの答えを聞いて、俺はなんだか嬉しいと感じた。

「俺も、お前の事、嫌いじゃない」
<……>

 エイトはなぜか黙り込んでしまった。……なんかちょっと恥ずかしいじゃねえか!

Re: 叛逆の燈火 ( No.131 )
日時: 2022/12/12 22:32
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 エイトが自分からあの部屋から出てきた事に、ちょっと驚いた。

「お前、あの部屋から出てきて大丈夫なのか?」
<代わりにクラテルがあの部屋にいる。奴らの相手をしているから、ほっぽり出してきた>
「クラテル、怒りそうだな……」

 俺は文句を言いながら、ラケルと母さんの相手をしてるのクラテルを想像しながら、「ははっ」と笑う。と、同時に、雲の間から月光が漏れ出て、部屋を照らし始めた。青白い光が窓から入り込んでくる。部屋の月灯りのおかげで、部屋の中が見えるようになった。
 目の前に姫さんがいる事にもやっと気が付いた。

「どわあぁぁっ!?」
「きゃあああっ!?」

 お互い部屋から漏れ出るくらい大きな悲鳴を上げたせいだろうか、姫さんはベッドから滑り落ち、俺も同じように床に背中から落ちて背中を打ってしまった。いてえ!

「な、なんなんですか……もう!」
「い、いや! こっちの台詞だよ、なんであんた……ここにいるんだ!?」

 俺は姫さんを拒絶して、ひどい言葉まで浴びせたのに……なんでこの子は俺の近くにいるんだか……。俺の疑問に、姫さんは服をぱんぱんと叩きながら立ち上がり、俺に手を伸ばした。

「……エルさん、でしたっけ。あの子が私に、「アレンと仲良くなってくれ」と頼み込んできましたので。でも、部屋に来てみれば、あなたは落ち込んでて、どう声をかけたらいいかわからず。あなたと、ヤマタノオロチの会話を聞いていました」

 姫さんの手を取ると、彼女は俺を引っ張り上げる。細い腕は、きっと押しただけでぽきりと折れてしまいそうに細い。だけど、意外と力は強かった。
 ……聞き流してたけど、この人、エイトの声が聞こえるんだな。

「エイトの声が聞こえるのか、あんた」
「「エイト」と言うのですね。ええ、私も多少なりとも関りがありますから、これが昔父上が言っていた「魂の繋がり」というものでしょうか……それとも、あなたが特殊なのか。それはわかりません」
「……よくしゃべるなぁ」

 姫さんがマシンガンのようにまくし立てるもんだから、まともな感想が言えず、首を縦に振るしかできない。姫さんはふぅっと息を吐くと、もう一度俺の目を見つめてきた。

「アレンさん。私とお友達になってください。そしたら、仲良くなれます」
「……お前も友達作るの下手かよ」
「うるさいですよ。部下や従者はいても、友達はいませんでした。あと、あなたが先に言ったんですから、責任とって友達になってください」
「ああ、もう……面倒くせえ奴だなぁ!」
「面倒? 面倒なのはお互い様でしょう?」

 なんかエルがもう一人増えたんじゃないかってくらい、ああいえばこういう。そういう小うるさい奴だなぁ。

<娘>

 エイトが俺の中から姫さんに声をかけた。……姫さんは聞こえてるんだろう。気が付いて、「はい」と返す。

<私の事が憎いか?>
「……いいえ。あなたの話を先ほど盗み聞ぎしましたので、とくには。そういう事情があって、私の中にいたんだなぁって思ってます」
「盗み聞きをしたなんて堂々と……」

 いや、俺は黙ってるか。

<私は、お前の母を殺したも同然。それでも、か?>

 エイトが少し声を低くして、もう一度姫さんに尋ねる。……だけど、姫さんは首を振った。

「あなたが大切な人を殺されて、私達を憎んだように、私は事情も知らずあなたを一方的に憎みました。……ですが、あなたが……「人間が好き」と言ってくれた時、考えましたよ。一方的な憎しみは、何も生まない。むしろ、魔王のようになってしまう事。一人で抱え込んで自分が崩壊してしまう事……」

 「それに」と、姫さんは俺を指さす。

「アレンさんに言われた事を、もう一度考えました。責任の重さ。誰かを救う事は、その誰かの命を背負う事だって事。それに、昔父上が言っていた……国を背負う意味。無責任になんでも抱え込むという事は、他の誰かに責任を押し付ける事にもなる。感情だけで動くのは、子供のやる事だって。そう考えました」

 姫さんはそれだけ言い終えると、一呼吸終え、再び口を開く。

「つまり! 一人で抱え込むくらいなら、二人、三人。四人! 皆に頼って重みを分ければいい。それが責任だと気づきました。なので、"アレン"!」

 姫さんが真っ直ぐ俺の瞳を見据え、俺の左腕をぎゅっと握りしめた。


「私とお友達になってください。あなたの背負う重みを少しでも分けてください。そうすれば、あなたの背負う悲しみや苦しみ。それに、エイトの憎しみを少しでも軽くできる……と、思います」

 姫さんの言葉に、俺は……瞳から熱いものがこぼれ始めた。なぜかわからない。でも、俺は……仲間がいてくれるっていう当たり前の事が、とても尊いもので、とても幸福な事なんだ。……その当たり前がすごく嬉しいって思って、姫さんが、俺を追いかけてきて、手を握ってくれたことに。

 俺は、すごく嬉しいと。すごく温かい気持ちになれた。

 俺は人前だっていうのに、涙を止めることができず、声を上げて泣いた。泣き続けて、姫さんは子供をあやすように、俺の背中を摩ったり、ぽんぽんと叩いたり。俺は、それに甘えて情けなく涙を流し続けた。よくわかんねえけど……シスターの事や死んでいった皆の事。それと、師匠の事。それらが全部どーんっと、うまく言い表せない感情ものが押し寄せてきて、止めどなく涙があふれて仕方なかった。
 弱い自分が嫌だったけど、強くなったら誰かの為に涙を流す事もできなくなるなら……俺は弱くてもいい。子供のままでもいい。みっともなくたって、情けなくてもいい。涙を流す事を忘れてしまったら、それこそ、人間ヒトでなくなってしまう。

 ――だから、今……今だけは。泣いたっていいよな。

Re: 叛逆の燈火 ( No.132 )
日時: 2022/12/13 22:43
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 どれくらい泣いたんだろう……
 俺は、涙を自分の服の裾で拭い、姫さんから顔を逸らす。

「……俺、本当はこんなに弱くて、ちっぽけで、何の力もない奴なんだよ」
「いいじゃない、私も同じよ。虚勢は張ってるけど、本当に弱くて、怯えて、縮こまって、小さくなって。でも、それは悪い事じゃない。それを認めるっていうのも、人間の強さだと私は思う」

 姫さんがそう笑顔を向けてくれた。

「姫さん――」
「チサトって呼んで、私もアレンって呼ぶから」
「……姫さん」
「もう、いいわ」

 俺は何故か名前で呼ぶのが恥ずかしくて、ついいつも通りにお姫様扱いしてしまう。もういいや。あだ名みたいな感じで。
 それはさておき、俺は気になっていたことを姫さんに尋ねた。

「姫さんのお母さんは……エイトに殺されたってどういう事だ?」
「ああ」

 姫さんはそう言うと、俺の腕を引いて、再びベッドの上に座る。俺も腕を引っ張られて、無理やり座らされた。月明かりに照らされる俺達。青白く照らされた姫さんの瞳と、俺の目が合う。姫さんの表情は、真剣そのものだった。

「私の中にヤマタノオロチ……いえ、エイトが封じ込められたっていう話。あれはね、私も母上から聞いた話だけど。母上の巫術のおかげで、私の中でエイトを眠らせることができた。もっといえば……母上の巫術を私に移し替えて、私の中で封印していた。ってとこかな。その後は、母上は徐々に身体が弱って、最後は亡くなった。……こんな話、私だって信じられないし信じたくない。でも、本当につい最近知ったのよ。それに辻褄だって合う。何も知らず、のうのうと生きてた自分が、本当に憎いし悔しいし。シャオだって、話すのを躊躇ってたんだけど。私が無理を言って聞いたの」

 シャオ兄ちゃん、本当に一体何者なんだろうか。一介の騎士にしては、いろんなことを知りすぎているような。そんな気がする。いや、それはあとで問い詰めればいいか。
 ……それより、姫さんのお母さんの話を聞いて、俺は、ラケルみたいな力だなと、思っていると、脳内にラケルの声が響いた。

<……なんだか似てるね、君とも>

 確かに。俺と姫さんは少し……いや、かなり似ている。そういう話で言えば、ソフィアとも変わらないんだろう。自分の中に自分じゃない何かを封じ込められて、何も知らず生きていた。
 でも、目的は違う。姫さんのお母さんは、姫さんを守る為に自分の魂を削ってまで、彼女に生きてほしいと願ったはずだ。俺達みたいに、利用される為じゃない。だけど――
 俺は、姫さんに対して、自分に近い物を感じた。何も知らず生きてきた。彼女も同じなんだと。

<私が、生きていれば……こんな世界には>

 母さんの声も頭の中で響く。とても悲しそうで、落ち込んだような声だ。
 ……今すぐあの部屋に乗り込んで「うるせえ、俺は今を生きてんだよ!」って怒鳴り散らしたい気持ちを抑え――ようと思ったけど、その気持ちを姫さんにぶつけた。

「でも、今はもういない。もう姫さんを苦しめる奴はいない。だったらあんたは自由だ」

 そう言ってやる。
 すると、姫さんは顔を上げて、胸に手を当てながら、俺の目をまた見つめてきた。

「……そうね。だったら自由にやらせてもらう。私は……魔王を倒し、自由を取り戻す。自由を取り戻して、その後は……この大陸に新たな国を作る。「聖者ミーティア」という人物が、この世界を救ってくれた事を、未来永劫語り継がれるよう、あなたの事を私の子供に。子供の子供に。そのまた子供に伝えていく!」

 姫さんがとんでもない事を言いだした。
 ……聖者ミーティアって。すっげえ恥ずかしいし、だせえ。なんかだせえ。

「……いや、それは勘弁してくれよ。第一、俺の右腕のせいで悪魔って呼ばれてるくらいだし……」
「うっさい、じゃあ悪魔をも味方にする聖者って事でいいじゃない。あなたは、皆の星なのよ?」

 姫さんは頬を膨らませながらそう言うと……
 脳内でラケルと母さん、それにクラテルの馬鹿笑いが響いてきた。……あいつら、絶対泣かす。

「恥ずかしい事じゃないわよ。だって、あなた。今までに失ってきたものは確かに多いだろうけど、救ってきたものだってその分ある。私がそう。皆だってそう。だから、自信を持ちなさいよ。あなたはすごいのよ!」

 姫さんが俺の手を取って、そう強く、強く言い放つ。


 ――その瞬間、ドタドタと部屋の扉が開いた。
 ……傭兵団の皆や、その他カズマサやシャオ兄ちゃん。それに治療中のクーゴ兄ちゃんやばあさんや他の皆までいた。

「だ、誰だよ押したの!」
「いや、うちちゃうわよ!? カズでしょ!?」
「拙者、覗き見などという破廉恥な事はしておらんっ!」
「は、ハレンチって……何想像してんスか?」
「不潔ですね。離れてください」
「んなっ!?」
「ちょ、ちょっと黙れお前ら! アレンとチサト姫がこっち見てるだろ!」
「くそうっ、シャッターチャンス逃した! これをネタに坊やを脅せそうじゃったんに!!」

 皆口々に声を出して、わらわらとしている。

「な、何してんだよお前ら!」
「いやぁ、さっき叫び声が聞こえてねぇ」

 モーゼス兄ちゃんが「ははは」と誤魔化す様に笑い、副長も悪びれる様子もなく、がははと笑った。

「いーじゃん。若い二人がランデブーってか?」
「いや、それはない」

 俺が冷静に返すと、副長はつまらなさそうに口をとがらせる。

「しかし、「聖者ミーティア」って、何やら響きはええのう」

 ばあさんがそう言うと、俺に近づいた。

「いっそのこと、それを名乗って皆を導き、この同盟を建て直せばよいのではないか? 名付けて、「ミーティア同盟」!」

 びしりと指を差してくるばあさん。その自信たっぷりな態度と、言葉に、他の皆は口々に「いいんじゃないか」などと言いやがる始末。

「いいアイデアだと思う」

 と、団長が言い出した。

「どうせ、お前はこの同盟の要。だったらいっそのこと、お前を聖者として祭り上げて、縮こまってる連中の星になり、士気を高めりゃいい」

 ……おいおい、こんのおっさん! 無責任な事を!? 
 だけど、団長の言葉に皆同調し始めて、俺は首を振るもなんか押し切られてしまって、断れなかった。結局、その話は明日話し合う事にし、皆立ち上がってその場は解散となったわけだ。
 ――明日、もう一度断ろう。でないと、聖者ミーティアとか呼ばれる日にゃあ、恥ずかしくて死んじまう。
 そう思いながら、俺は立ち上がると……

「アレン」

 エルが俺の服の裾を引っ張った。さっきまで黙っていたけど、やっと口を開いたようだ。無表情をこっちに向ける。

「どうした、エル」
「顔がにやけてるぞ」

 ……うるさい。

Re: 叛逆の燈火 ( No.133 )
日時: 2022/12/13 23:20
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 いやぁ、傑作だね!
 「聖者ミーティア」……持ち上げられることが苦手な彼にぴったりな肩書じゃないかぁ!

 僕は笑い転げながらアレンの様子が見える部屋の外を覗き込んでいた。扉が全開になっており、そこからアレンがエルと話している声が聞こえる。僕とアシュレイ、それにクラテルは、ババ抜きで遊びながら、その様子を見ていたというわけ。
 クラテルが「お前の番だぞ」と言いながら、トランプ2枚を差し出してくる。

「ん」

 僕は迷わず右のカードを引くと、クラテルが目を剥いて「な、なんでだよ!?」と立ち上がって怒ってた。

「ぷくく~、クラテルはアレンと同じで、顔に出やすいんだよ~♪」

 僕が「ぷくく」と口元をおさえながらそう言ってあげると、クラテルがジョーカーのカードをテーブルに叩きつけ、カードを集めてまとめ始める。

「畜生、もう一度だ! もう一度!」
「うぷぷ。もう499連勝だよぉ。勝てるわけがない!」
「だったら、連勝を止めてやる。次は勝つ!」

 クラテルがそう怒りながら、カードを配り始めていた。

「あんた達もよくやるわ……アレンが大変だってのに」

 アシュレイが、いつものお茶を口にしながら、呆れつつそう口を開いた。半目でこっちを見てくる。……でも、ババ抜きに参加するみたいだ。

「ん、アレンなら大丈夫だよ。あんなに素敵な仲間がいるんだもの」

 僕はニコニコしながらカードを広げる。ジョーカーが配られていたようだ。僕は顔色変えず、カードのペアをテーブルに捨てていく。

「クラテルだって、アレンの事……もう大丈夫だって思ってるんでしょ? カティーア……じゃ、なかった。今はアストリアだっけ。あいつと剣を交えた後、一度も部屋を出てないじゃない」
「……悪いかよ」

 クラテルはそう言いながら、カードを捨てる。

「悪くない。ただ……どうしたのかなって」
「別に」
「んふふ。まあ、君もエイトみたいにいつでも外に出て、アレンを手伝ってあげたらいい。そうしなくてもいい。それが自由だ」
「俺は……」

 クラテルの手が止まった。彼も、アレンと共に生きてきた。認知はされてなくとも、彼もアレンのきょうだいみたいなものだ。

「俺は元々影みたいなもので、奴を乗っ取ろうとしてた。奴を食い殺して成り代わって、この大陸にのさばる人間を全部ぶっ殺す……そう思ってた」
「ま、それは聞いた」

 僕がそう言うと、ジャンケンを3人で始め、僕が勝利したので、クラテルにカードを差し出す。

「俺、多分、アレンが羨ましいんだよ。大切な人、仲間、友達。どんどん周りに人が集まってきて……同時に、大切な人を亡くして葛藤するあいつに、どう声をかけたらいいかとか。急に輝きを増しているあいつに、どう接したらいいのか……って考えたら。俺、あいつの傍にいてもいいのかなぁなんてさ」

 珍しく弱音を吐いてる。まあ、羨ましがってるのはわかるし、事実、アレンの周りには、星の輝きに吸い寄せられるように、皆が集まっている。極星を道標に迷宮から脱出しようとする、人々が。
 ふむ。クラテルも変わったもんだ。アレンを食い殺そうとしていた頃と全然違うじゃないか。まるで人間だ。彼も、心を持つ存在なんだな。いや、まあ、人間を憎む時点で、彼は心を持っているんだ。そんなのわかりきってる。
 ここはあえて意地悪してみるか。そう思い、僕はにやりと口元を吊り上げた。

「簡単。傍にいてあげなよ。彼の魂と繋がっているなら、離れられない運命だ。まさに運命共同体だね! なんなら、もう混ざり合って彼と一つになればいい! そしたら僕もアシュレイも楽できる!」
「どういう意味だ?」

 クラテルがキッと睨んでくる。僕は気にせず、2枚のカードをクラテルに差し出した。僕は、カードを交互に混ぜながら、クラテルに笑いかける。

「ん、例えば、さ。溶けたアイスとアイスが混じり合ったって、それがもう食べられなくなるってわけじゃないでしょ。紅茶と緑茶が混ざったって味がひどくなるだけで、二つの主張が消えるわけじゃない。現に、君達は魂が混ざり合ってるけど、どっちも死んでないじゃない。だったらさ」

 僕はカードを混ぜる手を止めて、クラテルの瞳を見据えた。

「彼と一つになる事で、1(アレン)+1(クラテル)=2になって、さらにパワーアップだ! ま。君達の魂の波長が完全に一致しないと無理だけどね。そこは互いの心が一つに合わさらないとだめだ。できる?」

 僕がそういいながら首を傾げると、クラテルが、カードを指でつかんでひょいと天井に掲げる。そのカードは、「ハートのエース」。



「あいつの事は、俺が一番よく知ってる」

 そう言い放った後、クラテルは、カードをテーブルに捨て、部屋を出ようと踵を返した。

「答えをくれてありがとな」

 そう言い残して、彼は部屋を出て行った。