ダーク・ファンタジー小説

Re: 叛逆の燈火 ( No.134 )
日時: 2022/12/15 22:24
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 次の日。
 俺達は昨日の話も含め、今後の計画を決める会議を開いた。
 俺達の事を整理すると――。

 今いるこの領地……メリューヌ領地は、スティライア王国の、ル・フェアリオ王国国境付近に位置する、最も帝国に近い場所にある。俺達はメリューヌ領主……「マーク・メリューヌ」の居城を現在拠点にしている。前までの拠点は、あの死霊術師ネクロマンサー……マギリエルの放った合成魔物キマイラによって壊滅した。残っていた人員諸共……。
 何をしようにも、裏をかこうとも、奴らは俺達の動きを読むように、確実にこちらを出し抜いていく。それはもう、嘲笑うようにな。今までは本当に幸運が重なっただけ。こっちに致命傷は与えられて生き残ってはいるものの、こっちからの攻撃は奴らにとって、かすり傷程度だ。こんな事で本当に奴らに勝てるのか? ……師匠が濁流にのみ込まれたあの日。傭兵団……いや、この同盟の士気は著しく下がっていた。そりゃあそうだ。師匠だってこの同盟の大事な戦力で、存在自体が希望となっている人も大勢いた。俺だってその一人だ。そんな師匠が死んだと知らされたなら。当然の結果だろう。
 だけど、ここ1か月で失ったものは大きくとも、得たものだってその分大きい。まずはシビルばあさん。この会議で、友人である団長、デコイさん、先代と同じく親しくしていたエスティア公が説明してくれた。ばあさんの正体は「パメラ・メガリ・アルクトス」。俺は知らないけど、過去にあった「ナインズヴァルプルギス」の第七位「メラムプース=ザ・セヴン・メガリ・アルクトス」の養子であり弟子なんだとか。それになんと、ラケルや母さん、帝国先代皇帝である父さんの親友であり、帝国を離れた後は持ち前のドライブで団長やラケルや他友人の領主たちや、スティライア国王と連絡を取っていたそうだ。で、ラケルから生前指示があったようで。

「もし僕が死んだら、僕の代わりにアレンを助けてあげてほしいな」

 と言われたので、遺言を果たす為に、老体に鞭打ってここまで来たんだと。
 そして今、得意技である未来予知を使って、この同盟を確実に有利な方向にもっていく。と自信満々に語っていた。普段の口調や様子からは全然想像つかねーけど。とりあえずばあさんのおかげで、クーゴ兄ちゃんは死なずに済んだし、傭兵団だって犠牲者を出したものの、生き残る事が出来た。

「しかし、云千もいた義賊団を失ったのはかなり痛手じゃなぁ。相手は理すら超越する魔法の使い手もおるし、その他にも厄介なエネミーが勢ぞろいだぞい。年齢もあるが、儂のドライブや予知能力を以てしても、出し抜く事はほぼできんじゃろて」

 ばあさんがらしくない弱音を吐く。

「あの、魔法と言うのは、それほどまでに強力なのですか?」

 姫さんが恐る恐る手を挙げて、ばあさんに尋ねると、彼女は頷いて団長の脇腹を小突く。説明しろと言わんばかりに。

「魔法ってのはな……本当に世界の概念すら無視するような代物だ。その力は、もう何百何千何万何億にも遡る程の過去。女神エターナルの使者である、調停者エンブリオが人類に与え、当たり前にあるようなものだったんだ。だけど、今の俺達と魔王のように人類は争い、愚かにも調停者に与えられた力を向けたんだ。調停者は絶望しながら、この世から追放され、人類は一度魔法で絶滅した。……そんな話をバーバラ……いや、あの魔女から聞いたんだ」

 なんというか、スケールのでかすぎる話だなあと、俺は思っていると。エルはまた考え事をしているのか、俯いていた。その後、カズマサが腕を組んで首を傾げる。

「絶滅したのに、魔法が使える人間が存在するのでござるか?」
「ああ。ある意味先天性の病みたいなものだよ。こっちじゃ文献に載っていたり、詳しい事は王族なんかが知ってる話だが……そういや東郷武国では魔法の存在はどういうものなんだ?」

 団長の問いには、シャオ兄ちゃんが答えてくれた。

「魔法……は、多分「神術」の事やんな。前にも言うたやろ、東郷武国ではいろんな神サマを信じとる。「神」を自分の中に憑依させる「術」。本当に一握りの人間くらいしかできんくてな。それに該当するんは……ああ、姫サンのそれが一応「神術」や言うて、首長から直接聞いたんよ」
「えっ!?」

 シャオ兄ちゃんの言葉に、姫さんが思わず声を出してシャオ兄ちゃんの方を見た。

「わ、私の巫術が、神術だったのですか!?」
「誤解せんといてな。あんさんの母様が神術使いだったんや。それを何割か受け継いで、姫サンの力になってるだけや」
「母上の……」

 姫さんが胸に手を当てて俯くと、カズマサは感動したように「すごいでござるなぁ」と言っている。

「……だいぶ話が脱線したな」

 と、エスティア公が咳ばらいをした後にそうつぶやく。

「つまり、魔女がいる限りは我らに勝ち目はないと?」

 続けてそうばあさんに尋ねる。

「勝てない事はないぞ。アレンがいる限りな」
「えっ」

 ばあさんが俺を指さすので、思わず間抜けな声が出る。

「アレンの力は魔法のように、理を超越する力。我々が持つオーラを貫通する事ができる。無論、魔王に唯一勝てるのは、アレンしかおらん。断言するぞ」

 ばあさんがそう言い放つと、ヘクトが手を挙げた。

「だったらアレンさん一人で魔王に立ち向かえるよう、お膳立てすればいいという事ですか?」
「そりゃ、アレン一人でもいいんじゃないかなとか、そう思う時期が、私にもありました」

 ばあさんは咳ばらいをしながら続ける。

「よいか。戦争っちゅーのは一人でやるものではない。ましてや少人数で勝てるわけもない。どんな精鋭部隊とて、1000人が10万人に勝てるわけがないじゃろ?」
「極端すぎますが、まあそうですね」

 ヘクトは納得する。

「じゃあ、どうすってんだ? どうやって俺達は帝国に勝つことができる?」

 副長は手に持っているボトルの中身を、口に入れながらそう尋ねた。当然の疑問。帝国に勝てなきゃ、最後は皆仲良く冷たい泥の中だ。

「儂らが勝つための……「策」は、ある。」

 ばあさんは、再び口を開いた。

Re: 叛逆の燈火 ( No.135 )
日時: 2022/12/15 23:07
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 ばあさんの策とは、まず帝国に向かっているという、スティライア王国の王女「エイリス」姫を救う。ばあさんが見える範囲では、姫を救うか否かで俺達の運命が変わるんだという。……久しぶりに聞いた名前に、俺は「うげっ」と声を出した。
 あの姫さんの事が嫌いだから。
 なんて思っていると、姫さんが俺の服の裾を引っ張った。

「なんて声出してるの。誰かを助ける時に出す声じゃないわ」
「……」

 俺はフードを深く被って、姫さんから顔を逸らす。姫さんは「どうしたの?」と聞いてくるが、俺は無視をした。

「姫さん、そいつがなんで「お姫様」が嫌いか、わかるか?」

 副長がふと姫さんに向かってそう尋ねると、姫さんは「いいえ」と答える。そりゃそうだ。だって、言ってねえし。副長、俺の方を見ると、頭をぐしゃぐしゃと掻きまわした。

「同族嫌悪だよ、結局」
「半分当たってるけど、半分違うよ」

 同族嫌悪……いや、それもある。俺自身が皇族ってのも、もちろん理由だ。姉とも思ってねえけど、ソフィアも俺の姉で、皇女で。あいつも自分のワガママをごり押して、世界を苦しめてる。
 まあ、それもあるけど……王女様ってのは無駄にプライドが高くて、すぐに決めつけて、上から目線でモノを言う。そういうところが嫌いだ。あの人――エイリスも俺の話を聞かず、俺をソフィアソフィアと連呼して、話を聞かない。で、知らない事は知らない。知りもしない。世間知らずで、その立場に胡坐をかいてふんぞり返ってる。……これのどこを好きになれってんだよ。
 俺がそう言い終わると、姫さんの方を見る。

「俺、世間知らずって嫌いだ。知ろうとしない、知らない事を知らないままでへらへら笑う奴って、昔の俺みたいで。知ろうとしないで、閉じこもってる奴と同じじゃないか」

 ラケルに会うまでは、俺も何も知らない子供だった。クラテルに食われそうになりながら、怯えて、逃げて、知らないままでいようとしていた。

「同族嫌悪って言われちゃ、それでおしまいだよ。実際、俺、自分と同じような人間の上に立って、優越感に浸ろうとしていたかもしれない。そんな自分も嫌いだ。嫌な人間じゃないか」

 「そんなことは」と言う姫さんの方に振り向いて、俺は彼女の瞳を見据えた。

彼女エイリスが、あんたみたいな人だったら、きっと……俺はあんたにひどい事を言わずに済んだかもな……」

 俺がそうため息交じりに言うと、突然、俺の頬に衝撃が走った。パアンと乾いた音が鳴り響き、俺は何かに叩かれたような痛みを感じて、頬に手を当てる。
 目の前には、怒ったように目を吊り上げて、唇を尖らせる姫さんの顔があった。本気で怒っている事はわかるんだけど、なんで怒っているかは理解できなかった。なんで、怒ってるんだ?

「このアホ。アホレン! あなたやっぱ何もわかってない! 私の事……まだ「チサト」じゃなくて、「お姫様」のカテゴリで見てるんじゃないっ! 最低。昨日のエイトとの会話を聞いて、「この人って中身はとても繊細なんだな」って思ってたけど、違うわ。あんたは繊細じゃない。自分の嫌いなものを受け入れようともしない! ましてやそれを見下してる! それは繊細じゃなくて、「傲慢」よ。このクソガキ!」

 姫さんの口から「クソガキ」と言葉が出たので、カズマサとシャオ兄ちゃんが驚いて、姫さんを落ち着かせようと宥めるが……

「あー、もう。あんたなんか私も嫌いよ。この……タコ! 一生引きこもってなさいよッ!」

 そう言い放つと、会議室から勢いよく飛び出していく姫さん。




 しん。読んで文字の如く静寂に包まれた会議室。皆顔を見合わせて、この状況をどうすればいいのかわからないでいるみたいだ。

「……ま、僕も概ねチサトさんに同意しますよ」

 ヘクトが会議室のその静寂を破るように、そう声を出す。

「……俺が間違ってるのか?」
「間違っちゃいないですよ。人間誰しも、嫌いなものや好きなもの。十人十色ですよ」
「じゃあ、なんで姫さんは出て行った?」
「それは自分で考えるべきッスよ」

 そこにスカイ兄ちゃんが口を挟む。

「アレン君、チサトちゃんってどんな人カナ?」

 突然の問いに、俺は少し言い淀んでから、答えを言う。

「えーっと、気の強いお姫様?」

 その答えに対して、ヘクトは深いため息をつき、スカイ兄ちゃんは頭を抱えて困り顔。……意味が解らない。

「……「クソガキ」」

 と、副長が腕を組んでそうぼそりと言った。

Re: 叛逆の燈火 ( No.136 )
日時: 2022/12/18 22:05
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 その後、カズマサに宥められた姫さんが、会議室に戻ってくる。だけど、俺の方へ顔を向けないどころか、俺の事を無視している。……関係修復はあとにしよう。今は、王女様を追いかける事が先決だ。と、ばあさんが、テーブルの上に地図を置いて説明していた。
 既に王女様は帝国の国境を越え、城へ赴いている頃だろう。と。

「魔王は……お主を亡き者にしようと、あの手この手をなんだって使うじゃろな」
「……ん、まあ。そうだろうな」
「わかっておるなら話が早い」

 ばあさんが肩をすくめると、クーゴ兄ちゃんが手を挙げた。

「しかし、シビルさん。オレも経験したからわかるんだがな。正直、あのこの世のものとは思えんあの力は、まさに魔王の称号にふさわしいものだったぜ。どういう風にして、魔王に勝つってんだ?」

 クーゴ兄ちゃんは自分の経験したことを語りつつ、そう言うと。

「魔王に勝つには王女様の力も必要なんじゃよな~」

 ばあさんがそう言いながら顎を撫でた。

「どちらにせよ、王女を救う事で、スティライア国王にも恩を売る事ができる。俺は賛成だな」

 と、団長も頷いた。あんまり言い方は良くないが……でも、それが最善の選択なら。とも思う。
 正直、今はなどんな些細なものでも、どんな細い糸でも、縋れるものはなんだって縋りたい状況だ。だから、ばあさんの言う通りにしてどんな結果になるかはわからないけど、今より一歩でも多く進めるのなら、進むしかない。それ程までに、追い詰められている状況だ。

「王女様を助けに行くのはいいですが、誰を向かわせるのですか?」

 姫さんがそう首を傾げると、ばあさんは俺と姫さんを指さす。

「お主ら二人と、他傭兵団の諸兄姉」
「はあ!?」

 俺と姫さんは同時に声を上げ、俺の顔を見た姫さんがバツの悪そうな顔でこっちを見る。

「こんな人と一緒とか……」
「……」

 俺も同じような顔をしてる事が自分でもわかる。歯ぎしりをしながら、ばあさんに文句を言おうとしたんだけど、ばあさんはそれを制止した。

「気持ちはわかる。……じゃが、魔王に一泡吹かせられる奴が、お主と姫殿くらいしかおらんのも現状。お主と姫殿の次点で、アルテアかフィリドラかクーゴじゃが、この3人を失ったら完全に負け確じゃし。まあ、死ぬとは思わんが、死ぬんじゃないぞ♪」
「軽すぎるんだよ!」

 俺が反論しても、ばあさんは口笛を吹きながらそっぽを向いてしまう。ああ、もうこれは何を言っても無駄だな。そう察した。

「……で、傭兵団の面々が帝国に向かう間。俺達はどこへ?」
「フォートレス王国に向かう。国王に謁見するから、ついてこい」

 ばあさんが、クーゴ兄ちゃんの肩を掴むと、「せいぜいか弱い老婆を守る盾となれ?」といやらしい笑みを浮かべていた。クーゴ兄ちゃんはというと、その顔を見るなり、とても嫌そうな顔で半目になっていた。

「じゃ、出発はいつにするんスか?」

 スカイ兄ちゃんがそう尋ねると、団長が答える。

「明朝だ。王女殿が帝国の国境を越えたという事は、急がねばならん……が、まだ準備ができていない奴もいる。特に、アレン。お前はチサトとなんとか仲直りしろ。命令だ」
「えぇ……」

 俺は声を上げると、姫さんがこっちを見るや

「こんな小さい男と仲良くなるとか、ありえませんね! 私はヘクト君と組みます!」
「……」

 姫さんがヘクトの手を引くと、何か言いたげにヘクトは俺の顔を見るが、そのまま姫さんは、会議室を後にして出て行ってしまった。モーゼス兄ちゃんがその後、「あらあら」と言って、俺の肩にぽんと手を置きながら。

「俺と組む?」
「……」

 俺もヘクトと同じように無言で俯く。

「面倒だなぁ、ガキ共ってさ」

 先ほどまで無言だった副長がそう言い、ボトルの中身を口にしていた。

Re: 叛逆の燈火 ( No.137 )
日時: 2022/12/17 23:51
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


「お姫様、気分はどう?」

 私の胸を踏みつけて、見下ろしてくる彼女の顔――ソフィアの口元が歪み、笑いながらそう問いかけてきた。
 良い訳がないじゃない。そう答えようにも、さらに強く踏みつけて、私が呻き声を上げる度に、楽しそうに笑っていた。

「苦しそうね。そりゃあそうか。私が踏みつけているんだもの」

 ソフィアが嘲笑い、私の様子を伺っていた。
 ――私の鎧は砕け、肌が露出し、生傷だらけの身体を見ながら、どうしてこうなったのかを考えた。私は、ただソフィアと話し合おうと思って、父の反対を押し退けてここまできただけ……それがいけなかったの? でも、東郷武国もル・フェアリオ王国も壊滅し、戦死者が多数出たと聞いて、私はいても立ってもいられなくなって、ソフィアと話し合おうと思って、それで……! その結果が、兵を蹂躙され、私もこんな風にされてる。

「あなたの顔半分、素敵なお化粧ね。とても素敵よ。アハハハッ!」

 ソフィアは笑いながら私を指さしていた。ソフィアの笑い声は久しぶりに聞いた。……だけど、昔のような無邪気な笑い声じゃない。他人を嘲笑う、下品な笑い声。

 どうしてこんな事になってしまったんだろうか。

 私はそればかりを考えて、ソフィアに反撃するなんてことができなかった。それをソフィアもわかっているのだろう。私を見下ろして、傍に落ちている、鉄製のロングソードを指さして言い放った。

「あなたがここに来た理由を当ててあげましょうか。どうせ、私と話がしたいとかでしょう。で、その剣は万が一の時の戦うためのもの。そうよね?」

 私の考えが当てられ、私は目を見開いて彼女の顔を見る以外できない。彼女は突然怒りの表情を見せる。白い姿なのに、瞳だけが赤く、鋭い。それが私を冷たく睨みつけていた。

「マヌケな顔。今更話し合いなんか通じると思っているの? どれだけお花畑なの。そんな段階はとっくの昔に終わってるのよ。あなたが引き籠ってうじうじしている間にね。これは戦争。どちらかが死ぬか、あるいはどちらも死ぬか。そうしなければ終わらない。私を止めるには、私を殺す以外できないわ。やってみる?」

 私から足を離し、ソフィアは一歩後退って、両手を広げて見せる。まるで、自分を殺せと言わんばかりに。
 ……私はよろよろと立ち上がり、落ちているロングソードを手に取る。でも、動けなかった。ソフィアは私を見て、馬鹿にするように吹き出す。

「あなた、ふざけてる? 今が恐怖を終わらせるチャンスだって言ってるのよ。その剣で、私のどこかしらを斬って、殺しなさい。そうすれば、全てが終わるわ。本当の、全てが」

 挑発するような笑み。そして、言葉。私は震える手で、その場に硬直していた。

「できない……私達は、親友でしょ?」

 私はそう言った。目からは熱いものが流れ出る。ソフィアは親友で、昔は仲が良くて、一緒にいて、それで、それで……!

「……つまらない」

 ソフィアは吐き捨てる。

「親友なら私が止まるとでも? そういう段階はもうとっくのとうに過ぎ去ったのよ。本当に腹が立つわね。いい子ちゃんぶっても、状況はさらに悪くなるだけ。それも察せない?」

 ソフィアの言葉に、胸にぐさりぐさりと突き刺さるように痛みが走る。ソフィア……本当に変わってしまった。本当に、昔のソフィアはもういないんだ……。悲しくて涙がまた零れた。
 だけど、彼女は私の姿を見ても、同情どころか、軽蔑するように冷たく突き刺さる視線を送るだけだ。

「泣く体力はあるけど、私を殺す勇気もない。か。本当につまらない。アレンですら、私を殺す意思を見せて、私を何度でも追い詰めていたというのに……ああ、アレンと比べれば、あなたなんか羽虫程度だけどね」

 またソフィアは挑発するように笑う。私は何度も侮辱されて、弾かれるように、剣を構えてソフィアに突進した。

 ――だけど、ソフィアは剣を握り締めて、私の動きを止める。まるで強い力に固定されるように、私がどんなに力を入れても、剣が微動だにしなかった。

「なんで!?」
「これがあなたとの差。お姫様、あなたでは私に勝つどころか、私が最大限に譲歩しても、私に傷つける事も出来ない。理解したかしら?」

 ソフィアがそう言うと、握っていた純白の剣を、私の身体へと斬りつけた。お腹が剣で鎧ごと切り裂かれ、私の身体がぱっくり割れたようになった。

「あ……!」

 大量に吹き出す、赤い液体。それを冷静な顔でソフィアは浴びて真っ赤になる。こんなに血が噴き出たら、私……死ぬかも。そう直感した。

「お姫様、あなたはまだ死なない。安心しなさい。あなたにはまだ仕事がある」

 ソフィアは私の顔を覗き込んで、そう言った後、私は眠り込むように瞼が重くなっていった。

Re: 叛逆の燈火 ( No.138 )
日時: 2022/12/18 23:06
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 次の日の朝。俺達は帝国に向かうため、スティライア王国の広大な森を歩いている。木漏れ日が木々の隙間から俺達を照らしていた。この森は帝国へ向かうための街道になっていて、草はところどころ生えているものの、石が敷き詰められていて、森の中だというのにとても歩きやすい。
 ところで、姫さんとの関係はと言うと……まあ、仲良くなれとは言われたけど……無理だ。姫さんに話しかけようと何度も声をかけたけど、いない者扱いするように、俺と目を合わせようともしない。で、宣言通りヘクトとずっと一緒にいる。俺はと言うと、モーゼス兄ちゃんとスカイ兄ちゃんが両脇にいて、なんか同情してくれてる。

「うーん。まあ、難しいオトシゴロって奴ッスね。アレン君もモノをはっきり言うタイプッスから、お互いぶつかり合っちゃうのも無理ないッス」

 スカイ兄ちゃんはそう言いながら、俺の頭をぽんぽん叩いた。

「子供扱いすんなよ!」
「俺より年下なんスから、子供ッス」

 スカイ兄ちゃんがそう言いながら、尚も頭をぽんぽん叩く。

「まあ、今更言う事なんかないんだけど。アレンだって子供扱いされるのが嫌じゃない? それと同じで、チサトちゃんだって、お姫様扱いが嫌なのよ」

 そう諭すように俺ににっこり笑いかけるモーゼス兄ちゃん。……確かに、俺はまだお姫様として、姫さんを見ているかもしれない。
 でも、だって。なんかわからねえけど、苦手意識が俺の中であるんだ。苦手なものを好きになるなんて、結構難しいんだぞ。いや、これがいけないのか? でも……。
 俺は頭の中で思考を巡らせて、どう姫さんに接すればいいのか、余計にわけわかんなくなって、両手で頭をぽかぽかと叩く。
 すると、副長が近づいてきた。

「頭が悪いお前に、すぐに答えが出るわけがねえや。子供は子供らしく、感情的でいろ」

 副長はそう言い放つと、いつものように、手に持っているボトルの中身を口にした。

「だから、子供扱い――」
「大人だったら、そう喚いたりしてんな。だからお前は子供なんだ」

 副長の言葉に、「うっ」と声を漏らす俺。言い返せず、俯いた。

「アレンは、チサトちゃんとどうしたいの?」

 俺がしょんぼりしているのを見かねたのか、モーゼス兄ちゃんが優しく聞いてくる。

「……わかんねえ。でも、このままじゃダメな気がする。だって、居心地悪いし……」

 そう曖昧な答えを出すしかない。
 本心だと、姫さんと仲良くなりたい。だって、あの子は……俺が拒絶しても手を握ろうと追いかけてきてくれた。だから、その思いに応えたい……けど。俺の中でまだ、あの子を拒絶してる何かがある。それの正体は何なのかはわからない。本当にどうしたらいいんだろうか。なんて、俺はそう思う。

「わかんねえや……」
「やっぱ子供ガキだな、お前は。どんなに背伸びしたって、ガキのままだ」
「……」

 副長はついに背中を向けたまま、俺の前を歩く。

「悩み多きは若い証拠よ、アレン」

 モーゼス兄ちゃんがそう言ってくれた。……でも、さ。

「やっぱ俺、成長しきれてねえや。子供のままだよ。皆が言う通りさ。すぐ感情的になって、嫌いなものに寄り添えない。それどころか、拒絶する。こんなんじゃ、ダメなのはわかってんだけど……」

 そう、今考えている事を口にした。

「嫌いなものは嫌いなままで、何が悪いんスか?」

 そうスカイ兄ちゃんがきょとんとした顔で俺に尋ねる。

「……ダメだろ」
「いやいや。人間誰しも、苦手なものや嫌いなもの。たくさんあるッス。俺も、ピーマン苦手ッスよ。それって悪いッスかね?」
「そんな事はない、けど……」
「でしょ。じゃあ、いいじゃないッスか。チサトちゃんが苦手なら無理に好きにならなくたって」
「一緒に戦う仲間だろ……苦手なままじゃ……」
「じゃあ、利用すればいいッス」

 スカイ兄ちゃんがそう笑いかける。

「苦手なら苦手で、その人を利用するカンジでいけばいいッス。それなら好きにならなくて済むし、悪いオトナのやり方ッスよ~」

 そう邪悪な笑みを浮かべる兄ちゃんを、モーゼス兄ちゃんが脳天にチョップを軽く食らわせた。

「ハイハイ、イケない事は教えちゃダメよ~? まあ、でも。苦手なら苦手なりに、付き合い方も考えていけばいいわ。無理に仲良くなろうとして空回りしても、関係が悪化するだけ。だったらちょっとずつ、互いに歩み寄っていけば、いつかお互い良好な関係になれる……かもね」
「かもかよ」

 俺は兄ちゃんの言葉に「ぷっ」と吹き出すが、まあ……でも。参考程度に考えるか。

Re: 叛逆の燈火 ( No.139 )
日時: 2022/12/19 22:28
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 アレン達が背後で何か話している。……多分、私の事だろう。そりゃあそうだ。だって、私が原因なんだし。
 はあ……。私もアレンの事、言えないのに。

 私も、アレンを最初見た時。……いや、正直今も、彼の事を好きになる事ができない。苦手だ。だって、父を殺した魔王の顔にそっくりだから。でも、性格は全くの正反対なのよね。アレンは誰かの為に常に一生懸命で、傷ついてああやって苦悩する。自分の事は二の次で。付き合いは短くても、そういう人だって、話を聞いたり、実際見たりしてわかった。優しい人なんだって。

 そんな事を隣に歩きながら本を読むヘクト君に、吐露していると。ヘクト君は心底面倒くさそうに、目だけこちらに向けてくる。

「アレンさんもそうですが、チサトさん。あなたも相当不器用で面倒な人ですね。悩むくらいならぶつければいいでしょう」

 正論だ。
 私は「うぐっ」と声を出して俯く。

「それができたら、どれだけ楽か」
「じゃあ楽になればいいですよ」
「……無理」
「なんでです?」

 ヘクト君が目を丸くしながらこっちを凝視してくる。黒い髪と黒い服に映える赤い瞳が、こちらを捉えて離さない。

「だって、頬引っ叩いて、すごい事言ったんだもん。……アレンの涙を知ってるはずなのに、突き放すような言い方しちゃったし……」

 私が項垂れながらそう言って、深いため息をつく。

「羨ましいですね。僕はそういったものを感じる事ができないので、とても羨ましいと思います」
「えっ?」

 ヘクト君がさらっと重要な事を言っていたもんだから、私はヘクト君に顔を向けた。相変わらず彼は本を読みながら歩いている。

「どういうこと? 感じられないって――」
「言葉の通り。僕は、7年前から何かが欠如したように、何かを感じることができなくなってしまいました。……これは傭兵団の皆さんにしか話してませんけどね」

 ヘクト君はそういうと、ちらりとこちらを見る。

「チサトさんは、食べ物を食べるとおいしいと感じますか?」
「え? そりゃあ、もちろん」
「じゃあ、ほっぺをつねると、痛いですか?」
「そりゃあね」

 ヘクト君の言いたい事は少しだけわかったような気がした。私の考えている答えを、ヘクト君が口にする。

「僕の故郷は帝国軍の襲撃によって、崩壊しました。パパとママを目の前で殺され、その時の記憶が無くなったようです。僕はその瞬間から何かが壊れたように、何も感じることができなくなってしまったんですよね。何が起きたのか、なんでこうなってしまったのか。よくわかりません」

 ヘクト君が本を閉じると、脇に抱え込んで、続けた。

「この傭兵団に拾われてから、食事は味を感じず、受けた痛みも感じない。それに、なんだか何をされても何も感じなくなってしまったんです。全てを失ったはずなのに、悲しくも無く、怒りも湧いてこない。傭兵団の皆さんや、イルミナル領が消えたあの時も、ずっと一緒に仲良くしていただいたレーチェさんの死も。悲しいと感じられない。虚無感だけが残っています」

 彼は出会った時から、どことなく、年齢の割に大人っぽいなとは思っていたけど。何も感じていないから、そんな態度にならざるを得ないのだろう。
 そういえば食事の時も淡々としていたし、怪我をしても顔色一つ変えなかった。彼の両親が目の前で亡くなった瞬間に、感情そのものが壊れたのか、それとも別の理由があるのか。
 一つだけわかる事がある。ヘクト君は、両親を亡くした事も、仲間を失った事も、悲しいと感じられなくなってしまったのは。とても寂しい事だと思う。

「ああ、でもですね」

 ヘクト君は少し笑みを浮かべた……のかも。口元を綻ばせてる。

「アレンさんと一緒にいると、なんだか、冷たかった心が、とても温かく感じるんです。不思議ですよね、アレンさんは子供っぽくて、感情的で、すぐ怒鳴るし、すぐ泣くし、そのくせ見栄っ張りで、よく笑って」

 彼は心なしか楽しそうにアレンの事を話していた。彼にとって、きっとアレンは、大切なお兄ちゃんなんだろう。ヘクト君が止まらず口にする彼の姿は、「ちょっぴりかっこ悪いけど大切なお兄ちゃん」だ。
 ヘクト君の話を聞いててわかる。彼にとっても、アレンは道を示してくれる「星」であることを。

「……チサトさんは、やはり、アレンさんが嫌いですか?」

 ヘクト君がこちらを見据える。

「……わかんない。嫌いじゃないと思う。でも、なんだろう……」

 私が言い淀んでいると、ヘクト君がまた本を開く。

「嫌いならそれでいいと思います。嫌いなものを好きになる事なんてできません。ですが……アレンさんは、どんくさいですが、誠実で。誰かの為に必死になれる人です。それだけはわかってください」

 彼が、顔を見せずにそう言いながら、前へと歩いて行った。

Re: 叛逆の燈火 ( No.140 )
日時: 2022/12/22 22:11
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 森を抜けたところだろうか。
 俺の頭に突然痛みが走った。……なんだこれ!? 俺は立っていられなくなり、その場にしゃがみ込んだ。周りの皆は俺の様子に慌てて、声をかけてくれるが、何を言っているのかよく聞こえない。
 その代わり……聞き覚えのある声が響く。忘れもしない、あの女の声……ソフィアだ。

<こんにちは、アレン。貴様が私の国に来ている事はもう把握していますよ。何をしにきたかもね>

 ひどい頭痛と共に、ソフィアの声がわんわん響いて聞こえる。その声が周りの音を掻き消しているかのようだ。

「な、んだ……てめえ……ソフィア……!」
<いえ、伝えたい事がありましてね>

 ソフィアの声は上機嫌だ。声が弾んでる。
 ……いや、わかりきってる。俺達もそのためにここまで来たんだ。期待通りに、ソフィアは答えてくれた。

<エイリス王女殿下をこっちで預かってるのです。引き取っていただけませんか? ……いえ、そちらに、優秀な占い師さんがいるようですので、既に把握しているとは思います>
「だったら、解ってんじゃねえか。俺達の目的が……!」
<ええ。まあ、多人数で押しかけられても困りますから。……アレン。一人で来なさい>
「……なっ!?」

 俺は驚いて声が出た。一瞬痛みを忘れてしまうくらいに。

「どういうことだ!? 罠だろ、そんなの!」
<いいえ。私は皇帝です。下賎な傭兵団相手だろうと、約束は守りましょう。私が一人、ある場所で待っています。だから、貴様もそこに一人で来なさい。場所は……>
「……もし、俺が一人じゃなかったら?」

 俺はそう尋ねると、ソフィアは「ふふっ」と笑うと、ただ一言。

<エイリスを殺す>
「……友達じゃないのか? その子は、お前の事を慕っていたってのに」

 俺は思わず反論すると、突然ソフィアの声が低くなり、まるで怒っているかのように、怒声を上げた。

<友達? 友達だったら……私がこんなになるまでに止めてくれたはずよ。だけど、こいつはそうしなかった。友達って名乗ってる割には……私の傍にもいてくれなかったわ! それが友達? 笑わせないでっ!! 私を助けてくれなかったヤツなんか、友達じゃない。こいつは、私じゃなくて、私の立場にすり寄ってきていたのよ、気持ち悪い!>
「……!?」

 突然のヒステリックな声に、俺は驚いて声が出なかった。いつも、無機質で機械みたいな姿しか見た事なかったから、こんなに感情的になるのが、すごく……驚いたんだ。

<……とにかく、一人で来なさい。でなければ、お姫様の首がどうなるか。まあ、見捨てても構いませんよ。その程度の男だっただけの事ですからね>

 しばらくの沈黙の後、怒りを抑える震えた声で、それだけ言い終わると、ブツンという何かが切れる音と共に、頭痛が引いた。痛みから解放されると、俺はゆっくり立ち上がる。

 周りには、俺を心配してくれた皆が、口々に「大丈夫?」と声をかけてくれる。その中には、姫さんもいて。俺の顔を見ると、「あっ」とだけ声を出してそっぽを向いた。

「皆、ごめん……俺、魔王に呼ばれた」
「うえぇ!?」

 スカイ兄ちゃんが声を出して目を見開いた。

「ど、どゆコトッスか!?」
「今、ソフィアの奴が俺の頭に直接声をかけてきて……えっと、それで。エイリス姫を預かってるから一人で引き取りに来いって、さ。一人で来ないと、エイリス姫の命はない、って」

 俺の説明に、皆はざわつく。

「だ、だ、だいじょうぶなんスか……?」
「……アレンさん一人で? 罠ですよ、絶対」

 ヘクトがそう言いながら、俺の服の裾を握る。

「いや、罠だってのはわかってるが……でも、俺が来ないと、姫さんが……」
「ったく、面倒だなぁ」

 副長がそう言いながら、頭を掻きまわす。

「……そう言う事なら、俺達は何もできないけれど……でも……」

 モーゼス兄ちゃんも不安げに困り顔をしている。
 他の皆も、その話を聞いて心配そうだったり、不安げだったり。あまり良くない空気だ。でも、俺一人じゃなきゃ、あいつは確実にあのお姫様の命を奪うだろう。あいつに慈悲の心はない。……いや、人間の心も無いかもしれない。
 ヘクトの言う通り、罠だろう。それは理解してる。だけど一人で行かなかったら、お姫様の命は……クソッ、こういう時どうしたらいいんだよ……っ!



「アレン」

 そんな空気を破るかのように、俺の名を呼び、エルが近づいてくる。

「我はお前の半身のようなものだ。お前が呼べば……いや。お前の危機を察知すれば、我は、お前の傍に行こう」
「……エル、珍しいな。そんな事を言うなんて」

 俺がエルを見下ろしてそう言うと、エルもこちらの瞳を見つめ返してくる。

「我も、なぜそのような事を考えているのかは理解できぬ。……だが、我自身が、お前の力になりたいとそう思ったのだ。だから、安心しろ。一人ではないぞ、お前は」

 エルの口からそんな言葉が聞けるなんてな……。

「エルの言う通りね。俺達はアレンを信じてるわよ」
「ま、モーゼスと同意見だ。アレン、俺達は姫さんを救う事が目的だ。姫さんの生死を確認次第、帰還する。だから、必ず連れて帰ってこい。それまで待っているぞ」
「そうッスよ。アレン君、応援しかできないッスけど、アレン君は絶対負けないッス!」
「当然です。アレンさんが帰ってくるまで、僕は待ちますよ。夕飯までには帰ってきてください」

 エルがそう言った後は、モーゼス兄ちゃんも、副長もスカイ兄ちゃんもヘクトも。頷いたり、口々に同意してくれた。……まあ、当たり前だけど、姫さんは除いて。

「ごめん、ありがとう」

 俺はどういう顔をすればいいのかわからないけど、そう言うので精いっぱいだった。

Re: 叛逆の燈火 ( No.141 )
日時: 2022/12/21 23:15
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 皆が森で待機すると言ってくれたので、俺は一人……ソフィアの待つ、指定の場所へと向かって行った。正直、俺一人ならなんとかなる。だろうか? あいつは約束を守るとは言ってた。でも、あいつが約束を守るような奴かは怪しい……。
 いや、俺の中には頼れる仲間がたくさんいる。一人じゃない。俺は胸を握りこぶしでとんとんと叩いた。

<恥ずかしい事を言いやがる>

 ぶっきらぼうな態度で、面倒くさそうな声が脳内に響いた。クラテルだ。……なんか久しぶりな感じがする。

「なんだよ、悪いか?」
<悪くはない。ただ、青臭いなと思った>
「いいじゃないか。別に」
<……アレン>

 ん? なんだかこいつもいつになく声が沈んでる。どうしたんだ?

「どうしたんだよ、クラテル。なんか元気ねえな」
<いや、その……>

 いつも強気で、口を開けば喧嘩腰のクラテルが、今回はしおらしい。本当にどうしたんだ? 最近は全く出てこないから、あの部屋にいるかと思ってたけど。
 クラテルはしばしの沈黙の後、やっと声を出した。

<俺って、必要か?>

 ……は?
 俺は思わずそんな声が出た。まさかクラテルの口からそんな言葉が出てくるなんて。

「いや、突然どうしたんだ――」
<答えてくれ。お前にとってはどうでもいい事だろうが、俺にとっては、重要な事なんだ>
「……」

 俺は黙り込んだまま、前に進み続ける。指定された場所までまだ全然遠い。それは、少しの間ならクラテルと話してても問題はない。と言う事だ。
 そう思って、俺は口を開く。

「お前は必要だよ。そりゃあ、最初は憎かった。それに怖くて、嫌いだった。……でもさ、お前の事を知れば知るほど、好きになったよ。なんだかんだ、お前は俺に力を貸してくれて、俺の代わりに嫌な事を引き受けてくれようともしてくれた。そんな奴を必要ないとか必要とか。そんなん思わない。いてくれて嬉しいし、感謝もしてる……それじゃ、だめか?」

 俺は思った事をそのままクラテルに言ってやった。
 こいつは俺を食って乗っ取ろうとしていた敵。……でも、こいつも、居場所を求めていただけで。居場所を誰かから奪う事しか知らなかっただけだ。って、俺が解釈してる。クラテルからはもう、前みたいに悪意や敵意は感じない。だから、今はこいつを信じることができる。
 俺の言葉に、クラテルは戸惑った。

<……俺、そうやって他人からそういう言葉を聞いたのは初めてだ。どう言えばいいんだろうか。どうしたらいいんだろう?>

 えらく戸惑った声で、そう言う。

<俺は、お前の傍にいてもいいのか?>
「当たり前だろ」

 俺が即答すると、クラテルはまた押し黙ってしまった。


 しばらく沈黙が流れ、その静寂は、クラテルの笑い声で掻き消えた。

<ハハハハッ! なんだ、悩む必要なかったんだなぁ、俺>

 クラテルが続ける。

<俺、さ。どんどん仲間が集まってくるお前を見て、すごく寂しかったって言うか、俺の事を忘れられるのが怖かったんだ。正直言ってさ。だから、俺がお前の傍にいても大丈夫なのかって、すごく不安だった。……だけど、そんな風に羨ましがって、遠くから見てるのって、すごく、ダセエよな。ああ、よかった。お前にまた拒絶されるんじゃないかって、ずっと不安だったんだ>
「……なんか、お前って。俺にそっくりだな。そういう、抱え込むところとかさ」

 そう言うと、クラテルは照れながらも、声を弾ませていた。俺も、嬉しい時はこういう声を出す。やっぱ似てる。

<ああ、前まではうざいだけだと思ってたけど、今はそうじゃない。お前の傍にいられて、良かったって思える>

 クラテルがそう言った後、何かに気が付いたみたいで、俺に声をかけてきた。

<おい、ソフィアの奴が言っていた場所って、あれじゃないか? 今にも崩れそうな、古クセエ城だな>
「……廃城、か。最後は崩れそうだな」
<縁起でもねえ事言うんじゃねえよ>

 クラテルに鋭く突っ込まれながら、俺はその古城へと足を運んだ。崩れそうな城。何の植物かはわからないけど、様々な種類の蔦が、城壁に絡みついて、まるで植物の城みたいになってる。……中には問題なく入れそうだが。
 中は、絡まっている蔦が日光を遮って、とてもじゃないが、人が暮らせる場所じゃ、到底なかった。

Re: 叛逆の燈火 ( No.142 )
日時: 2022/12/22 22:52
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 ここが、件の城か。なんつーか、主を失って何十年も経ってるような。そんな古城だ。中は一応足場はある。まあ、足場も蔦やら木の根やらが絡まり合ってるし、水もしみだしてるのか、床が抜けて水たまり……いや、水たまりってレベルじゃない。その水たまりは井戸かってくらい、深い。とにかく、それができている。目の前に湖があったし、そこに半分くらい沈み込んでるんじゃないかな。

<おい、アレン。気を付けろ。お前は泳げないんだから、落ちたら溺れるぞ>

 クラテルが注意を促す。クラテルの言う通り、俺は泳いだことはない。修道院の近くにそういった深い川なんかはなかったし、傭兵団に入った後も、水の中には縁がない。
 そういや、獣人の中には、水の中で暮らす種類もいるらしい。俺はまだ見た事ないけどさ。でも、水の中で暮らすってどんな感じなんだろうか。
 俺が考え事をしていると、クラテルは痺れを切らしていたようで。

<早く行こうぜ、奥の方に誰かがいる。色が見える>
「……ソフィアだろ?」
<いや……わからん。複数いるみたいだ。色はそれぞれ違うようだが>
「便利なんだか、不便なんだか。よくわかんねーな」

 俺はそう悪態をつくと、クラテルはしゅんとしたように、<確かに、そうだな>と沈んだ声でつぶやく。……あれ、こんな繊細な奴だったか?
 クラテルの言う場所まで俺は歩く。途中、城に住み着く魔物をとりあえず、護身用のナイフを使って蹴散らしていきながら。師匠にもらったこのナイフ。毎日手入れは欠かさず、エルが近くにいない時や、敵の足止め程度には役に立つんだ。

<刃渡りはそこまで長くないから、人の動きは止められても、オーラを貫通できないから致命傷にはなりえない。貧弱な武器だな>
「それには同意。あくまで護身用だって」

 俺がそう言うと、丸っこいオタマジャクシみたいな魔物が、ぽよんぽよんと音を鳴らしながら、俺に突撃してくる。俺は、ナイフを握り、素早く魔物を斬った。その勢いに任せ、後ろにいた仲間も切り裂いていき、確実に全滅させる。背後を見ると、真っ二つに斬れた魔物の死骸が転がっていた。

 俺はそれを見ると、その魔物達を抱き上げて、柔らかい土が露出しているところまで歩く。俺がこれから、何をするのかわかっているクラテルは、ため息をついた。

<いっつも思うが、魔物相手にも人間と同じように埋めて弔うの、正直言って無駄じゃないか?>

 俺が魔物を埋葬する度に誰彼構わず、そう言われるけど……

「俺がそうしたいんだよ。魔物だって、元々動物で、命だ。命に差なんかない、色も無い。平等なんだよ。だから、こうして弔うんだ」
<……俺も、そう思ってくれてるのか?>
「当たり前だ。もちろん、エルやエイトも。俺の仲間だよ」

 俺がそう答えながら、土を掘り、魔物達を埋めていく。
 この世界では強い奴が勝つ。弱い奴は強い奴に媚びて生き残るか、気まぐれで殺されるか……何にせよ、強い奴は全てを自由にできる。弱い奴は従うしかない。おかしいとは思わないさ。それが今の世の理なんだからさ。
 だけど、誰だって皆何かを守る為に戦う。それに強いも弱いもない。ヒトも魔物も動物だって、何かを守る為に戦ってる。守る為に戦った人達、魔物達をこうして弔うのも、勝者の役割だと、俺は思ってる。
 俺がそんなことを言いながら、簡素な魔物達の墓に向かって、シスターの十字架を握りながら手を組んで、跪いて神に祈る。そして、シスターに教えてもらった祈りの言葉を、神に捧げた。

<神は信じてねえんじゃねえのか?>

 クラテルがそう尋ねてくる。

「信じてない……ていうより、嫌いだよ。神は毎日祈りを捧げてたシスターを殺したからな」
<じゃあ、なんで、祈りを神に捧げてる? 矛盾してるぜ>

 クラテルの言う通り、確かに俺のやってることは、矛盾してる。でも……

「俺は別に天罰を下してくれてもいい、それだけの事をやったってのは、自覚してるさ。……俺はどうなってもいいよ、でも。誰かを守る為に戦った勇敢な魂を、神の御許に見送るのは、別に許してくれたっていいだろ」

 俺は恥ずかしくなって、頭を掻きまわした。
 なんつーか、改めてこんな事聞かれたこともねえから。

「もういいだろ、進もうぜ」

 俺はそう言って、恥ずかしさを誤魔化す為に、駆け出した。つーか、急いで奴のところに向かわねえと!

Re: 叛逆の燈火 ( No.143 )
日時: 2022/12/23 23:08
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


<そう慌てることはねえよ>

 クラテルが逸る俺にそう言ってくる。そう言いながら、あいつの事を気にしているようだった。だけど、進めば進むほどクラテルは何かに気が付いたようで、声を上げていた。

<近くなればなるほどわかってきた。ソフィアの奴……今は眠ってるよ>
「は?」
<会えばわかる。あっちは待ってくれてるみたいだ>

 どういう事なんだろう。あいつが眠ってるって……?
 俺は不安を覚える。と、同時にある事も思い出していた。ソフィアは俺と同じく、身体を神竜と半分繋ぎ合ってる。つまり、クラテルと同じような事が起きているのなら。
 クラテルの案内で奥へと進んでいく。誰かの気配を感じる。そう思いながら、俺の背よりも一回り位デカい扉の前で立ち止まった。クラテルが、ここだと一言だけ。俺は緊張しつつも、扉を思いっきり押し込んだ。
 いや、そのせいかどうかはわからんが、扉が軋む音と大きな音を奏でながら、前方に倒れ込んだ。扉としての機能はもうとっくに終わっていたんだろうか。倒れ込んだ後は、もちろん大きな音を立てて砕け散り、土埃を上げる。俺は思わず咳き込みながら、土埃が晴れていくのを待ち、前方を見やると。
 そこにソフィアがいた。……いや、厳密には、見た目はソフィアだ。穏やかな表情でこちらを見ている。土埃なんて気にしないで。

「待ってたよ」

 ソフィアの声……と、誰か別の人の声が混ざり合ってる。ソフィアの脇には、今にも崩れそうな椅子の上に、ボロボロの女の子が座り込んで眠っていた。……久しく見てなかったけど、覚えがある。エイリス王女様。傷があるが、命に別状はないようだ。呼吸が安定していて、穏やかな顔をしている。

「ごめんね、ソフィアはこの子があまり好きでないから、少々痛めつけてしまったようだ」

 ソフィアがそう穏やかな口調で俺に話しかけてくる。
 罠か? そう思い、手に握っているナイフを構えるが、ソフィアはそれを制止した。

「僕は君と話がしたいだけだ。ソフィアにそう頼み込んで、ここまで来てもらったんだよ。安心して、今はソフィアは眠っている。君がこの子を連れて帰るまで、安全だよ」
「……信用できねえよ」

 俺がそう言って、警戒を緩めずにいると、ソフィアは両手を広げた。

「これで、信用してくれる?」

 丸腰で、俺に向かって無防備に両手を広げるのには、流石の俺も驚いて一歩後退った。目的はわかんねえけど、敵意が無い事は理解できる。

「……」

 俺は無言でナイフを鞘に納めた。

「ありがとう、信用してくれて嬉しいよ」
「……あんた、誰だよ?」

 俺はまず、奴の名を聞くことにした。中身が違う事は、俺にでもわかる。互いに嫌悪し合う間柄、奴が俺に向かって穏やかな口調で、穏やかな表情で、上辺だけだとしても、そういった態度を見せる事なんか絶対にない。それだけはわかるさ。
 俺の質問に、奴が答える。

「僕は、セイリオ。ソフィアの中にいる神竜の魂と、ラケルの魂の欠片。そして、彼女の母であるアシュレイの魂が混ざり合って生まれたんだ」

 ……クラテルと同じような存在。なんだか、どこか懐かしい雰囲気だ。なんでだろう、こいつには一度もあってないし、今日初めて会ったはずなのに。
 すると、脳内でラケルの声がした。

<……兄上? 馬鹿な。兄上は死んだ……それに、魂はとっくに神の御許へ逝っているはず。なんで?>

 ひどく困惑している。こんなラケルは初めてだ。いつもはなんでもかんでも見透かしたようにしゃべるし、何よりおちゃらけているのに。

「ラケル、どういうことだ? あいつが兄上って……?」
<……>

 俺の質問に対して、ラケルが黙り込んでしまった。
 わかんないことだらけだ。このセイリオって奴は、一体何者なんだろうか? 俺のその疑問に答えるように、セイリオは笑みを浮かべる。

「僕は、ソフィアの強い思いと記憶から生まれたんだけど、"君達"の想っている人物とは関係のない存在さ。安心して」
<……やりづらいな、兄上と同じ声と似た魂。無関係とは思えないけど、うぅん……ああ、もう。意味わかんないよ>

 ラケルの声は落ち着いているようで、かなり取り乱している様子だ。いや、それはそれとして。大事な事があった。

「……あんた、ソフィアの身体を借りてまで、何がしたいんだよ?」

 俺がそう尋ねると、腕を組んで唸るセイリオ。

「うーん、さっき言ったよ。話がしたい。それだけさ」
「話って何だ? 重要か?」
「重要な事もあるし、重要でない事でもある」

 ……意味わからん。こいつ、本当に読めない、ラケルみたいだ。

「まあ、単刀直入に聞かせてもらうんだけどね」

 セイリオは俺の様子を無視して、口を開いた。


「このまま、ソフィアと皆。戦い続けた先に、何があるのかな?」