ダーク・ファンタジー小説

Re: 叛逆の燈火 ( No.144 )
日時: 2022/12/25 13:29
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 聞かれた質問それは、多分誰にもわからないし、誰も答えることはできない。そんなん、俺にだってわからないよ。

「わかるわけないだろ。そんなの……」
「うん、そうだね。じゃ、質問を変えるよ」

 セイリオはそう言うと、今度は先ほどまでのにっこり顔が消えて、真顔になっていた。

「ソフィアが今、全てを反省して、全てを投げ捨てて謝罪して来たら、君は戦いをやめて、戦争は終わると思う?」

 ……そんなん。

「無理だ。そういう段階はもうとっくに終わってる事くらいお前だってわかるだろ。犠牲者もたくさん出て、ソフィアだって、帝国だって、俺達だってたくさんの命を奪った。今更、止まらないし止まれないだろ」

 としか答えられなかった。
 仮に……ソフィアが。突然、これまでの事を謝罪して、反省して、全世界に向かって頭を下げたって。ソフィアを憎んでる奴はこの世界に多い。即座に首を刎ねて、見せしめに玉座の上に叩きつけるだろう。それ程までに、皆……魔王ソフィアのせいで苦しんで、失って、悲しんで、やり場のない怒りと憎悪でいっぱいいっぱいなんだ。
 逆に、帝国だって、今ソフィアが戦いをやめたとしても、止まらないだろう。あっち側には、アストリアを始めとした、悪人が虎の威を借りて、好き放題してる連中だっているはず。そいつらの内の誰かが、第二の魔王になるだろう。
 この戦いは、多くの人間を巻き込みすぎた。今更、止まる事も、止める事だって出来ない。

 そういう旨をセイリオに伝えると、すごく悲しそうな顔をしていた。

「そうだね……それもそうだ。彼女は血を浴びすぎた。純白だったはずのソフィアは、今や血に濡れた玉座の上で、自分の憎悪だけで世界を動かしている。自分が受けた痛み、そして悲しみを、身をもって理解させるためにね」
「わかってるなら、もういいだろ。こんな話、意味ない」
「……そうだけどさ」

 まだ何か言いたげにセイリオは目を動かしている。

「じゃあ、もう一つ聞かせて。君は、この戦いをどう終わらせたい?」
「……」

 俺は奴を睨む。

「ソフィアを殺して終わらせる」
「実の姉なのに?」
「実の姉だからだよ」

 俺は間髪入れずそう答える。
 実の姉っていうのが、本当に気に入らないよ。でも、もう、帝国の皇族で生き残ってるのは、俺とソフィアだけ。俺、ずっと考えてたけど。俺達は血が繋がってるだけの他人……俺はそう思い込んでたけど、よくよく考えてみりゃあ。他人じゃないんだ。姉弟なんだ。しかも、皇族。だから、皇族として、何より姉弟として。「落とし前」はつけなきゃならない。姉の不始末は、弟の俺がつけないと。それが、俺の今まで手にかけてきた命、そして……失ってきた者達への鎮魂となる……はずだ。

「……そうか、君は。死者の為に戦っているのか」
「いや、今まで失われてきた全ての魂の為だ」

 俺がそう言うと、セイリオは納得したように頷く。すると、また質問を変えてきた。

「じゃあ、君は今、正しい事をしていると。そう思っているのかい?」
「正しい?」

 俺は一瞬意味が解らなくて、聞き返してしまった。
 俺のやってることは、正しいのだろうか。「正義」って言葉は嫌いで仕方なかったけど、やってることの「正しさ」を考えた事はなかった。自分のやってる事を正当化するつもりなんてないし、ましてやそれが、何を以て「正しい」と言うのかも、わからない。

「正しさってなんなんだ? 誰かの為に何かをする事は、それは「正義」になるのか?」
「それは、僕にもわからない。ましてや、ソフィアにもわからないだろうし、神にすらわからないだろうね」
「わかんないものを俺に聞くなよ」
「……ごめん」

 セイリオが頭を下げる。

「だけど、今の世間から見れば、君達が正義なのか。それとも魔王ソフィアが正義なのか? 君達は誰かの為に革命を成そうとしているが、それが本当に最善の方法なのか。ソフィアが全てを作り直して新しい世界を生み出すことが、それが本当に正義なのか」
「何が言いたいんだよ?」

 だんだんイライラしてきた。俺のやり方を否定してるわけでもないし、かといって、ソフィアを肯定してるわけでもない。どっちつかずのセイリオに、だんだん腹が立ってくる。

「この世界にとって、全て新しく作り替える事と、全てを守る事。どっちが正義何だろうか? そう思ってね」
「……それは」

 俺みたいなちっぽけな存在が、そんなんわかるはずもねえよ……。
 だけど、俺は、これだけは言いたい。その言いたかったことを、セイリオにぶつけた。

「わかんねえ。でも、これだけはわかる。誰かを踏みにじって、誰かを悲しませてまで作り変えた世界なんか、絶対誰も幸せになれない。平穏に暮らしている人を守れないで、世界を作り替えるなんて、そんなもんはただの独り善がりだ」

「……理解しました」

 セイリオが突然無機質な声……いや、ソフィアだ。ソフィアが目を覚ましたんだ。突如、表情が氷の様に冷めきって、笑みが凍り付いた。俺は後退る。

「では、セイリオとのお話はここで終わりにしましょうか。次は私の番です」

 ソフィアがそう言い放つと、手を天井に掲げる。光が集まり、白い剣が手に握られた。俺は今一人。……あいつ、丸腰の俺を始末するつもりだ! 俺はナイフを抜いて握り締める。

「アレン、答えなさい。ここで女神エターナルの御許へ逝くか、このお姫様を守って死ぬか。どちらを望みますか?」

 奴は、エイリス姫に剣を向けながら、無表情に問いかける。一気に状況が緊迫し、俺も胸が痛くなるほど、鼓動が激しくなった。

「ま、待てよ! 話がしたいんじゃなかったのか!?」
「……私ではなく、セイリオが、ね。ですが、お話など、私はそんなつもりはない。問答など、今更我らの間には不要の物でしょう」

 ……もちろん、そうだ。こいつと話をしたって、状況が良くなるはずもない。

「あと、私だけに気を取られてはいけませんよ」

 奴がふっと笑う。……え、どういう――
 と俺がそう考えるより前に、何か重い物がずしっとのしかかってきた。そのせいで、俺は地に伏せた。何かに押さえつけられるように。頭が何かに握られ、強い力で地面に擦り付けられる。

「エレノア、ルゥ。頭を押さえつけて固定して。悪者はやっつけないとね」
「お前ひとりだけじゃ、なかったのか……!?」
「おめでたいわね、アレン」

 ソフィアは顔を近づけて、俺の瞳を睨み据える。

「私はあなたの存在が邪魔なの。いかなる方法を使い、嘘をついて、欺いてでも。あなたを殺してやりたいほど、憎んでるのよ。本当は、エレノアとルゥに、頭を引き千切らせようと思ったんだけど、それじゃ面白くない。だから……」

 奴が剣を握り、天高く振り上げた。

「私の手でやる。それで終わり」

 俺がもがこうと抵抗しようにも、それ以上の強い力で固定され、その振り下ろされる剣から逃れることはできない。もう、今度こそ。ダメだ。俺は目の前に白い刃が迫ってくるのを、ただ見ているしかできなかった。

Re: 叛逆の燈火 ( No.145 )
日時: 2022/12/25 22:12
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


「"白虎"、行って!」

 その叫びと共に何かが突き刺さる音、そして、エレノアとルゥのうめき声が耳に入ったと同時に、俺を押さえつける力が弱まった。俺は素早く体を転がせて、エレノアとルゥの腹辺りに思いっきり蹴りを入れた。突然何かが腕を貫いて、思いっきり蹴りを入れたら、流石の二人も動けないようだ。俺は蹴りを入れた勢いままに、身体を翻して奴らから離れたところで着地する。
 今の声、もしかして――
 そう思ってそっちに顔を向けると、息を切らした様子の姫さんがいた。

「姫さん、お前……なんで!?」
「私が勝手についてきただけよ。私も、魔王に用事があったから」
「ふぅん」

 姫さんに答えたのは、俺じゃなく、ソフィア。

「お久しぶりね、魔王」
「……そうですね。あのまま引き籠って、中にいる蛇に食われて死んだかと思ってましたが、生きていたんですか。しぶといですね」
「ええ、打たれ強さは母譲りなもので」

 姫さんはそう答えると、俺を見る。

「アレン、早くエルを呼んで。何してるの?」
「あ、くそ、頭になかった……」

 俺はそう答えると、背後から「呼んだか?」と声がする。エルが俺の影から這い出てきたんだ。

「呼んだ、早く武器になってくれ」
「承知した」

 俺が剣を握り、構えると、ソフィアは顔を歪め、憎悪に満ちた表情でこちらを睨んできた。

「なぜあなたの周りにだけ、そうやって人が集まるの……本当に忌々しい。忌々しい輝きを放つ極星だわ!」

 何言ってるんだ? こいつ……
 俺は一瞬、呆気にとられたが。こいつの戯言に付き合ってる暇はない。俺は姫さんに目配せする。

「姫さん、今だけでいい。力を貸してほしい……ダメか?」
「嫌」

 姫さんは俺の方を見る。俺はやっぱり拒絶されたと思ったが、その後すぐに前を向く。

「今だけじゃない、これからもずっと。あなたに力を貸すわ。私達は仲間だから」

 そう言った後、姫さんの瞳の色が真っ赤に染まった。

「あと、さっきはごめんなさい。引っ叩いたりして。これからは、あなたの事をもっと知る。もっと知りたい。あなたも、私をもっと知ってほしい。今から、私達は友達よ。いいわね?」

 言い放った後、背中に赤い翼を生やしてソフィア達に突進する姫さん。熱気と共に突撃する姿を見て、俺も後に続いた。
 ソフィアは、突進する姫さんを斬ろうと剣を振るが、俺は姫さんの影に潜り込んで素早く前に出た。そして、ソフィアの剣を受け止める。ガキィンと金属音が鳴り響き、姫さんはソフィアの前に出た。

「土の拳!」

 岩の握りこぶしを右手に纏わせ、ソフィアの左頬に向かって入れてやる。ソフィアは吹っ飛んで壁に激突し、天井から瓦礫が落ちて埋まった。こんなんで終わるわけがねえ。俺は剣を構えて素早く、瓦礫の山に突撃した。
 予想通り、瓦礫の山は爆発四散し、瓦礫が吹き飛ぶと同時に、俺に向かって剣を振り上げるソフィア。

「小癪な……!」
「こん、のォッ!」

 大したダメージではない事はわかる。だから、なるべく致命傷を与えようと俺は、剣を振った。
 ソフィアは、俺の剣を受け止めた後、しゃがみ込んで地面に手を当てる。

浄化ネメシス!」

 ソフィアを中心に床に白い魔方陣が浮かび、そこから白い光の剣が何本も射出した。受け止められず、俺はその剣を受けてしまう。だけど、かすり傷だ。赤い線ができる程度で済んだ。

「こんにゃろ……!」

 俺は右腕を変形させ、ソフィアの身体目掛け勢いのまま振り上げた。ソフィアの上半身に引っかき傷を負わせ、服が爪で引き裂かれたような傷と共に、赤く滲む。だが、浅い! ソフィアは顔色変えず、俺に向かって剣を振り下ろした。俺はそれを避けた。避けたはずだが。

紋章クレスト……」

 その言葉と共に青い紋章が、斬撃に沿って射出する。それが俺の服や体を食いこんで貫くもんだから、激痛が走る。……こいつ、前よりも強くなってやがる。
 紋章が引っ込み、俺はふらつくも、地面を踏みしめて前を見る。奴はまだ余裕綽々と言った感じで、俺を見下ろしていた。……俺は息を切らしながら、右腕を握り締める。

「まだ終わりじゃねえぞ!」

 俺は、右腕を握りしめたまま、ソフィアへ突進する。右手に炎を纏いながら。

「手品のようですね」

 ソフィアは冷たく言い放ち、拳を受け止める。剣で。

「ああ、これ。あの蛇の力ですか。……で、残りカスはあの子が。多少の繋がりはあるという事ですか」

 感心したように頷くソフィア。……そういや、姫さんの封印はこいつが破ったって言ってたな。俺はそう悟り、剣を握る片腕を横に振った。線を描くように、空間ごと斬られていく。ソフィアは素早くその剣を受け止めたが、すーっと通り抜け、ソフィアの身体に剣が食い込んでいく。

「……!?」

 これにはソフィアも驚いたようで、自分の傷口をおさえ、後ずさりした。

「……無の力」

 ソフィアがそうつぶやくと、俺の方へ顔を上げる。

「ヤマタノオロチ。私が解放させてあげたというのに、その男に加担するというのですか?」

 ああ、俺に向かって言ってるわけじゃないみたいだ。俺の中にいるエイトに語り掛けている。俺はソフィアに向かって剣を向けた。

「こいつはちょっと前まで敵だったけど、今は俺の中にいる。快く手も貸してくれてる。悪いか?」
「……まあ、所詮は魔物。女一人すら満足に魂を食らう事も出来ない、小物だったという事ですね」

 ソフィアがそう言いながら、再び立ち上がる。剣を振り、足元の魔方陣から、無数の光の剣が飛び出して、ソフィアの周りを整列して宙に浮かんでいた。

<……そういう貴様は、斯様な男一人殺せぬ小物ではないか>

 エイトの声が脳内で響き、俺もそれには同感だと思いながら頷く。俺みたいなちっぽけな存在すら、自由にできない小物は……お前の方じゃないか。

Re: 叛逆の燈火 ( No.146 )
日時: 2022/12/26 22:49
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


方陣ソーサリー

 ソフィアがそう静かにつぶやくと、奴の周りに浮かんでいた白い剣が一斉に俺に向かって射出した。まるで矢のように、俺を確実に狙いを定めてくる。1本目を身体を翻して避けるもまた2本目、続けて3本目。その後の数本を避けたと思いきや、その隙をついてソフィアが急接近してきていた。

「舐めんなよ……ッ!」

 俺がそう叫んだと同時に、背後に意識を集中させる。その間にもソフィアは、俺の方へ近づいてくる。タイミングを見計らい、俺は右腕に力を込めた。握りこぶしが黒と金が混ざり合って大きくなっていく。
 ソフィアが俺を斬ろうと剣を振る瞬間、俺は見計らって、一瞬。そのソフィアの無防備になる一瞬をついて、右腕を振り上げた。

「おらァッ!」

 ソフィアはまともにそれを喰らい、再び吹っ飛んだ。壁に叩きつけ、また城の壁が崩れていく。光が差し込んだ。壁が崩れて、外の光が中に入ってきたんだ。

「ひ、かり……」

 ソフィアは陽の光を浴びた瞬間、怯んだような気がした。今が好機か!?

「畳みかけるぞ」

 自分に言い聞かせるように、剣を握り、ソフィアに迫った。

 ――けど、横から衝撃が走る。俺はソフィアを見失って水たまりの中に落ちた。幸い、この部屋の水たまりは浅かったけれど……。俺は水たまりの中で思い出した。エレノアとルゥ。あの二人がこの場にいたんだ。
 二人の方を見ると、右手に姫さんの首根っこを握りしめて、俺の方へと近づいてくる。のっしのっしと音が出そうなくらい、ゆっくりと。だが、それをソフィアが制止し、瓦礫から身体を起こした。


「あなた達を連れてきて本当に良かったわ」

 ソフィアがそう言うと、エレノアとルゥに近づく。そして、二人の頭を優しく撫でた。

「エレノア、ルゥ。そのお姫様は、お兄ちゃんを騙して、悪者にした悪魔なの。退治しましょう。私も協力するから」
「なにいって――」
「わかったよ、おねーちゃ」

 俺は立ち上がろうと身体を起こすが、その瞬間、ジャラジャラと音と共に、俺は再び水たまりの中に押し付けられた。身体が何かに縛られて動かない。自分の身体を見ると、周囲の魔方陣から現れていた鎖が、身体に巻き付いて縛り付けていたんだ。

「なんだ、これ……!?」
「そこで見てなさい。そして、己の弱さを知れ」

 ソフィアが俺を嘲笑し、エレノアとルゥは姫さんの腕を掴んで、彼女をぶら下げていた。姫さんは気絶しているのか、うんともすんとも言わない。

「おい、姫さん! 起きろ、起きろよ!」

 俺は絶叫する。姫さんが起きたところで、何かできるわけでもないかもしれないが、それでもこのままじゃ、エレノアとルゥに殺されちまうよ!

「悪者、やっつける」

 二人がそう言うと、空いてる手で握りこぶしを作り、腹に入れ込んだ。同時に、姫さんが目を覚まし、口から血と吐しゃ物を吐き出す。地面に落ちて、びちゃびちゃと音を立てながら。2発目は胸だ。姫さんがゴホッと、明らかにおかしな咳をする。口からは血が噴き出した。

「やめろ! やめろよ!」

 俺は、もがきながら姫さんに手を伸ばす。
 動かない。……動けない。

 その間にも二人の拳が姫さんの身体に入り、もう見るに堪えない姿になっている。内出血で青くなり、見ていて痛々しい姿だ。だけど、まだなお二人の拳は止まらない。
 
 動かないと……今、動かなきゃ……姫さんが……!

 ソフィアが、もがいている俺を見て、満面の笑みを浮かべていた。心の底から楽しそうに笑う彼女を見たのは、今日で初めてだ。そんな笑顔を見せつけようと、奴は俺の髪を掴んで、自分の顔に近づける。

「ねえ、今どんな気分? 悔しい? 悲しい? 憎い? 辛い? でも、それは貴様が無力だからいけないの。ちゃんと見届けなさいな」

 ソフィアが俺の顔を姫さんの方へ向ける。もう、虫の息だ。俺にだってわかる。エレノアとルゥは、トドメとばかりに、握りこぶしを、強く。強く握った。


「悪者、これで終わり」


 終わる。このままだと……本当に終わる!
 動かなきゃ。動いて、なんとかしないと。しなくちゃ……!

 また失ってしまう。友達だって言ってくれた人を。俺の事を受け入れてくれた人を……また失う!


「や、めろ……!」

 やめろ!

「やめろおおおおおおおおおぉぉぉっ!!!」


 俺は絶叫したと同時に鎖を引き千切り、剣を構えながらエレノアとルゥに急接近した。その後の事は頭が真っ白になって、何も覚えてない。本当に。




――――



―――



――



 俺は気が付くと、エレノアとルゥの胸に、自分の持つ剣を、深く。深く突き刺していた。二人の混ざり合った血が、どくどくと流れ、俺の手に触れている。
 温かい。まだ、生きているんだ。
 エレノアとルゥは、目を見開いて、俺を見ていた。

「……にー、ちゃ。どう……して……」

 エレノアとルゥの混ざり合った顔。そして、赤と青の瞳から涙が溢れ、ボロボロと零れて。胸から流れている血と混ざりあって地面に落ちて行く。そりゃあ、もう。ぼたぼたと。

「にい、さん……。なんで……? どう、して……?」

 ただひたすら二人は聞いてくる。「なんで?」「どうして?」って。
 俺は答えられないまま、二人が涙をためながら瞳をゆっくりと閉じていく。エレノアとルゥはその場に崩れ落ちた。



「うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっっっ!!!!」


 俺は二人の崩れ落ちた姿を見ながら、叫ぶことしかできない。


 もう、いやだ! なんでこんな事になったんだ……っ!
 俺達はただ、平和に暮らしていただけじゃないか! あの修道院で、ずっと……!

Re: 叛逆の燈火 ( No.147 )
日時: 2022/12/27 23:54
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 あの妖怪が、アレンに向かって疑問の声を、弱弱しく上げながらアレンに手を伸ばす。だけど、崩れ落ちて動かなくなってしまった。……アレンの事を「兄さん」と呼んでいた。そして、アレンが泣け叫ぶ姿。きっと、あの子は、アレンの大切な人で、ずっと取り戻したかった人なんだろう。シャオから聞いた話だから、事情は詳しくは知らない。でも、大切な人をまた一人失ってしまったんだ。
 私は体を起こそうとするも、さっきまで身体を殴られていたせいか、思うように動かない。どうにかしないと……!
 突っ伏して泣き叫ぶアレンに、魔王が近づく。

「その姿が見たかったのよ、アレン」

 そう言い放つと、魔王はあろうことかアレンに向かって蹴りを入れた。彼は力なく転がり、だらんと糸の切れた人形のように倒れていた。目は虚空を見ている。

「絶望して、声も出なくなった? 笑えるわね」

 魔王がそうせせら笑うと、剣先をアレンに向ける。
 ダメ! アレンを守らなきゃ……!
 私はその意志だけで体を動かす。あちこちが痛むどころか、すごく気持ち悪い。意識を保つだけで精いっぱいだ。だけど、今動かないと、アレンが死んじゃう。せっかく、やっとできた友達。そして、皆に……いいえ。私にとっての「導きの星」……! 今失うわけにはいかないっ!

「お願い……「青龍」!」

 青龍の名を呼ぶ。私は足を踏ん張り、アレンに近づいた。突風が舞い込む勢いに、流石の魔王も後退る。だけど、顔色を変えない。私など、いつでも殺せる。そういった余裕の笑みだ。あの時……故郷で見たあの顔。それと全く同じだった。

「まだ動けたの、お姫様?」

 私は、魔王の前に立ちはだかるように立ち、両手で刀を構える。
 前はすごく怖かった。……今は違う。こんな子、全然怖くない。私が見た限り、この子こそなんだか子供っぽくて、我儘放題の子供じゃない。なんでこんな奴を怖がってたんだろう。そう思うと、不思議と身体に強い芯ができたように、地面に足を踏みしめて立つことができた。……虚勢かもしれないけどね。

「アレンは殺させない!」

 私がそう叫び、玄武を呼んだ。

「「玄武」!」

 水の力が私の構える刀に宿り、私は魔王に接近した。魔王を斬りつけようと刀を振る。……でも、動きが見えているように、ひらりと躱された。何度斬っても、届かない。

「あの時と全く変わってないわね。それとも、何かを待ってる?」
「「麒麟」!」

 私は麒麟を呼び、右手に力を宿らせた。岩が集まって拳骨ができる。私はそれを振り上げた。
 でも、それを片手で受け止められてしまう。予想通り、私じゃ魔王に勝てるはずがない。……そんなのわかってるのよ!

「お遊戯に付き合う暇はないんですよ」

 魔王が赤く冷たい瞳でこちらを睨む。

「お遊戯? 私は遊びのつもりなんかない。……「朱雀」!」

 次は岩が砕け、剣に炎を宿らせる。
 私はその剣を魔王に向かって突き刺した。当然、それもひらりと躱される。……いえ、それが狙いよ。

「四散!」

 剣に宿った炎が、四方に飛び散った。炎たちは意思があるかのように、魔王に向かって放たれる。魔王は当然、その炎たちも剣で斬り落とす。

「爆炎!」

 私は炎の矢に気を取られている隙に、剣に意識を集中させる。剣は突如爆発し、爆炎に魔王が巻き込まれた。部屋が揺れ、部屋が崩れ落ちる程の爆発力に、魔王も流石に驚いたようだ。
 むしろこれが狙いよ。私は椅子で眠り続けているエイリスさんの方へ駆け寄り、急いで背負う。白虎を呼んで、自分の身体に宿らせ、無理に突き動かす。本当は誰かを抱えて逃げるとか、できるはずはないけど、今全力で逃げないと、この城が崩れるか、魔王に殺される。


「エル!」
「既に退避している!」

 エルの名前を呼ぶと、エルの声がもう既に部屋の外から聞こえたので、私は迷わず入り口まで走った。アレンを片腕で器用に背負うエルも、それについてきてくれる。
 崩れる天井。この城……ちょっとの衝撃だけで崩れるようなボロボロ具合だったのが助かったわ。私は背後を気にせず、落ちてくる瓦礫に巻き込まれないように、全力で走る。全神経を集中させるくらい、全力で!

 私が先に出て、しばらくした後にエルが出てくる。外に出た瞬間に、城が轟音を立てながら崩れ落ちて行った。私はそれを振り向いてみていると、エルが言い放つ。

「ソフィアはまだ生きている。この場から逃げるぞ、今の我々では奴に勝てん」

 エルの言う通りだ。私は再び走り出した。
 エルに運ばれるアレンは、未だに力なくエルに身を委ねている。いや、動きたくないのかもしれない。……本当に絶望した人間は、動く事もままならなくなる。

「チサト」

 エルが走りながら、私の名を呼んだ。

「何?」
「アレンの魂が……いや、声が聞こえなくなってきている」

 え?

 ……私はその言葉の意味がよくわからなかった。

「どういうこと?」
「……」

 エルが答えない。
 どういう意味? 声が聞こえなくなってきているって。言葉通り? ……それとも。
 私達はそのまま、傭兵団が待機している地点まで走って戻る。その間、アレンは一言も声を出す事はなかった。