ダーク・ファンタジー小説
- Re: 叛逆の燈火 ( No.148 )
- 日時: 2022/12/29 22:55
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
私達は無事帝国から脱出し、メリューヌ領まで戻ってくる事が出来た。だけど、私は城門で限界が来て、気を失ってしまったらしい。次に目覚めた時はベッドの上だった。
私はすぐさまシーツを乱暴に取り払って、起き上がる。
「アレン!」
私は、ずっと心配だった彼の名を呼ぶ。
でも、彼の代わりに静かに答えたのは、私を見ていた赤髪の彼女――エルだった。
「アレンは今眠っている。……いや、厳密には。心の闇の中に閉じこもっている」
「……え?」
エルは表情を全く変えず、そう淡々と言うもんだから、私は聞き返した。
「どういうこと? 心の闇って……」
「誰しも、心の闇を持っている。お前もそうだろう、チサト」
私は静かに頷く。確かに、私も経験がある。だけど、その時は……アレンが救ってくれた。だけど、今はそのアレンが……
「アレンは……、アレンの心は。あの時、エレノアとルゥを自らの手で殺めた事によって、完全に壊れてしまったのだ」
「エレノアとルゥ……あの妖怪の事?」
「そう。あの二人を取り戻す為に、アレンはこの傭兵団に入ったのだ。だが……取り戻すどころか、失う事になって。チサトに一時は救われたとはいえ、心は不安定だったのだ。脆く、いつ砕けてもおかしくはなかった」
エレノアとルゥ。カズマサから聞いた、アレンの弟妹。私を守ってくれた時に、アレンは自分の危険を顧みず、二人を自分の手で殺めてしまった。
アレン……私なんかの為に。謝らなきゃ……ちゃんと。
「エル、アレンはどこ?」
「こっちだ」
エルは私の意図を理解するかのように、部屋に案内してくれた。
廊下で、エルの後ろ姿を見ながら、ついていく。
「……エル、あなたは一体何者なの?」
私は、以前から気になっていたことを尋ねてみた。いや、部屋に行くまで無言もちょっと息が詰まるし、ね。エルは振り向きもせず応えてくれる。
「我も最近知った。「神竜グラディウス」の存在そのものと、「アシュレイ」の魔力によって精錬された、武器である事を」
「武器……」
「様々な事があった。ここにくるまで。たくさんの命が失われ、憎悪が憎悪を呼び、ぶつかり、食い合う。そんな事ばかりだった」
エルがそうぽつりとつぶやく。
「チサト。お前から見て、アレンはどう映っている?」
「……どういう意味?」
私は突然そんな事を聞かれても、すぐには答えられない。私から見た、アレン?
「そのままの意味だ。チサトの目から見て、アレンはどのような人物なのか? と」
「ああ」
私は頷いて、自分の目から映ったアレンを口に出した。
「ぶっきらぼうで、粗暴で、感情的で、頭悪いし、すぐ怒るし、デリカシーもない。ほんっと、子供っぽい」
でも……
「でもね。真っ直ぐで、いつも目の前の事に一生懸命で、絶対諦めないし、何より……優しい心を持ってる。そんな感じかな」
私はふふっと笑い、アレンの印象を語った。エルは相変わらずこっちを見ない。でも、少し嬉しそうな印象だ。
「そうか」
その一言がちょっと上ずってたから。
―――
アレンのいる部屋の前まで来ると、エルがドアを3回ノックする。中から、モーゼスさんの声がした。
「ど~ぞ~」
その声を聞いて、エルはドアを開ける。中には、副長さんとスカイさん、ヘクト君にあと団長さんも。……そういや団長さんはここに残ってたんだったわ。怪我も治りきってないからって。でも、逆に良かったかもしれない。そう考えながら、部屋を見回す。私が眠っていたベッドと同じく、白い骨組みのベッド。アレンはそこで真っ青な顔で眠っている。私が入ってくるなり、皆がこっちを見ていた。神妙な面持ち。そんな彼らは、アレンの眠るベッドを囲んでいる。
「チサトちゃん、良かった。起きたみたいね」
モーゼスさんはそう言って、笑みを浮かべたけど、すぐに暗い顔に戻る。
「……アレンは」
私がそう尋ねると、団長さんが首を振る。
「一向に目覚める気配がない。医者が言うには、身体は問題なく回復しているが、精神的には……」
そこまで聞いたら理解できた。エルの言う通り、アレンは心の闇に閉じこもっているんだ。
「……なあ、デコイさん。何か方法はねえのか?」
副長さんがそう言うと、彼女の肩に乗っていたぬいぐるみの座敷童……じゃなくって、デコイさんが腕を組んで頷く。
「ある。ま、ボクの魂を使えばなんとかなるよ」
「……デコイさんの魂?」
ヘクト君がそう聞くと、デコイさんが頷く。
「ボク、ラケルの魂の一部だからね。ラケルの力を使う事ができるんだ。ただ、そうすると、ボク自身は消える。囮としての役目が終わるんだ」
「……そうか」
団長さんがそう言うと、スカイさんはおろおろとし始める。
「ぐ、具体的にはどんな風にアレン君を助けるんスか?」
「うん。今から説明するよ」
デコイさんは説明を始める。
まず、デコイさんの力でアレンの心に通路を作る。そして、アレンの心の闇に入り込んで、彼を探し出して連れ戻す。……という、説明だけならすごく簡単そうに聞こえた。
――だけど。
「心の闇に入り込むってことは、本人の心持次第では、かなり危険だよ。文字通り、いばらの道さ。だって、心の闇に閉じこもるってことは、他人を拒絶して引き籠っているようなものだもの。もしかしたら、入った人が二度と帰ってこれなくなるかも、ね」
デコイさんがそう言い終わると、私は即座に挙手をした。
「デコイさん、私がその役目を担います」
「……えぇ!?」
スカイさんが声を上げる。それに続いてか、ヘクト君も首を振り、我も我もと二人が口々に言いだす。
「いや、チサトちゃん……いいんスか!? なんなら俺が行くッス。女の子にそんな危険な真似、させられないッスから!」
「いや、僕が行きます。アレンさんを連れ戻すなど、僕なら簡単です」
「……ちょっと待って! 定員は1人だよ」
「ぬえぇ!?」
デコイさんの補足に、スカイさんが驚いて口を開こうとするが、私はそれを制する。
「私に任せてください。私は、アレンに救ってもらいましたから。今度は私がアレンを救う番。大丈夫、アレンにガツンと言って、連れて帰ってきますから。安心してください」
そう言うと、スカイさんもヘクト君も黙りこくる。
「本当は、傭兵団の誰かが行くべきなんだが……」
「団長さん、私に行かせてください」
「お前さんは客人だぞ、一応」
「もう、ぐだぐだ言ってる場合じゃないんですよ!」
団長さんが尚も食い下がろうとするけど、副長さんが「まあいいじゃねえか」と言いながら、私に近づいて肩に手を置く。
「絶対連れ戻してくれるんだな?」
「はい!」
「すまんな、本当に、俺らがやるべき事――」
「大丈夫です。私は、誰に頼まれるとかじゃない。自分の意思で行くんですから。もし帰ってこれなくなっても、自分の責任です」
副長さんが眉をひそめ、「ありがとう」ともう一度頭を下げる。
「じゃあ、ちーちゃん。こっちきて」
デコイさんが私に向かって手招きをする。「ちーちゃん」……? ま、いいか。私は手招きに応じて、デコイさんに近づいた。すると、彼は眠っているアレンの脇まで来るよう促し、私はベッドの脇にしゃがみ込む。デコイさんがアレンの手を示すと、次の指示を出す。
「手を握って」
デコイさんに言われるがまま、私はアレンの手を両手で握った。冷たい。……おかしいな、眠っているだけなのに。
「目を閉じて。僕がいいって言うまで、目を開けないで」
デコイさんがそう言うと、私は瞼を閉じた。瞼の下の暗闇が広がる。だけどすぐに、白い光が浮かび、私を照らしてくれているようだった。不思議。光なんか見えないはずなのに。
「ボクについてきて」
光がそう言うので、私は暗闇の中を歩き始めた。進んでも景色は真っ暗なまま。おかしいな、目を閉じてるのに、ちゃんと自分の身体は言われるがまま歩いていた。光に導かれるまま。だけど、やがて、光は弱くなる。その時、デコイさんの声が響き渡った。
「……目を開けて」
弱弱しくなる声に従い、私は言われた通り目を開ける。
――そこは。平原の草がさらさらと流れ、優しい風が頬を撫で、青い空が頭上に広がる。東郷武国にはない景色に、私は驚いた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.149 )
- 日時: 2022/12/30 22:04
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
「ここは?」
私が思わず声を出すと、光がそれに答えてくれた。デコイさんの声で。
「アレンの心の闇の中。アレンは、ここにいるよ」
「アレンの心、の闇? ……ここが」
私はそう口に出た。こんなに綺麗な場所が、心の闇の中なのかはかなり疑問だ。……と声に出そうとすると、光がすーっと消えていく。私は思わず「デコイさん!?」と彼の名を叫ぶと。
「僕はここまでだ。ちーちゃん、アレンを助けてあげ――」
デコイさんがそれだけ言い残して、光が消えてしまう。……デコイさんの魂が消えたのか。よくわからないけど……彼には感謝しなくては。アレンを連れ戻す好機を与えてくれたのだから。
私は一歩踏み出す。
周囲は平原が広がっていて、近くには森。そして遠くには山々。穏やかな風が、花の香りを運んできてくれていた。春の温かい空気と花の香りが身を包み、自分まで穏やかな気分になる。
ここ……どこなんだろう。私は周囲を見渡した。近くに流れていた小川に近づくと、静かに流れていく様子が見える。水の中には、小魚が数匹泳ぐのが見えた。
川を眺めていると、近くでばしゃっと水に何かを入れ込む音がする。音の方を見やると、金髪の子供がバケツを、乱暴に川に入れ込んでいた様子が目に入った。なんだかため息をつきながら、面倒くさそうにしている。
私は彼に近づく。なんとなく、誰かに似ているからだ。
「こんにちは」
「うおっ!?」
彼は驚いて私の方を見る。
金髪、青い瞳、白いシャツ。まるで、アレンがちいさくなったみたいな容姿……いや、アレンかも。顔が似てる。
「何してるの?」
「え? ああ……「シスター」にさ、怒られて、バツとしてバケツに水を汲んでこいって言われたんだよ」
「バケツに?」
彼はそう言いながら、木のバケツに水を汲んで、たっぷり水が入ったそれを片手で引き上げる。そして、もう一個の方も本当に面倒くさそうに汲み上げた。重そうだな……。
「ねえ、君。私も手伝おうか?」
「は?」
彼は警戒しながらそう返してくる。
「い、いらねーよ。知らない人に関わるなって……えっと。し、シスターが言ってたんだ」
なんか口ごもって私から離れようとしている。……人見知りなのかな。ま、いいか。ちょっと強引だけど、私も手伝おう。
「いいじゃない、減るわよ、少なくともあなたの負担が」
「よ、よせよ」
「こういう時はお姉さんに頼ればいいのよ」
私はそう言いながら、バケツを奪い取る。……結構重いな。と思ってると、彼が戸惑ったような顔で私を見てくる。
「姉ちゃん、顔が強張ってるぞ。やっぱ重いんだろ?」
「へーきへーき。で、君の家はどこ?」
「ん……ついてきてよ」
彼がそう言いながら、前に進む。私もそれについていった。
平原を歩きながら、空や周りの景色を見る。親子の魔物が歩いていたり、動物が小川で水を飲んだり、小鳥や、鳥の魔物が空を飛んだり。そんな平和そのものな景色が目に映る。穏やかで、ここがとても闇の中とは思えない。……むしろ、居心地が良い。
私達が歩いていると、私は彼に話しかけた。ずっと無言だったから。
「君、名前は?」
「ん」
短く答えると、彼は顔をしかめる。
「シスターが言ってたぞ。他人に名前を聞く時は、まず自分からだって」
うっ。確かに。私は落ち込んで俯くと、あははっと隣から笑い声が聞こえる。
アレンは笑いながら名前を答えてくれた。
「姉ちゃん、面白い奴だなぁ。まあいいや、減るもんじゃねえし。……アレン。「アレン・ミーティア」だよ、俺。姉ちゃんは?」
アレン……やっぱりアレンだ。なんで子供の姿になってるんだろう? そう思いながらも、ここで黙ったら怪しまれる。そう思って、私は答えた。
「チサトよ」
「チサト? なんか変な名前」
アレンがそう笑いかけた。変とは失礼な。ま、子供だから仕方ないかな? とは思いつつも、私の考えてる事が顔に出ていたみたいで、アレンは笑っていた。
「ははっ、悪い。あんたの反応が見たかったんだ。いい名前だと思う。とても、温かい気持ちになれる、いい名前だよな」
アレンがそう言うと、私もなんだか嬉しかった。彼からそんな言葉が出るなんて。なーんて思った。
「チサト姉ちゃんはなんでこんな何もないとこにいるんだ?」
「……うーん」
私は唸りながら顔をしかめる。自分でもわかる程、眉間にしわが寄っていたと思う。そんな私の顔を見て、アレンは首を傾げた。
「迷ったの。道に」
「えっ?」
私が答えると、アレンもぽかんとした顔をしながら私の顔を見る。
「私、すっごい方向音痴で。人を探して旅してたんだけど、いつの間にかここまで来ちゃって」
「へ、え。どんな人?」
アレンがそう聞いてくるので、私はまたもやうーんと唸る。
「うーん、まあ、そうだなぁ。私を救ってくれた人、かな」
私がにこりと笑うと、アレンは一瞬戸惑った顔をしていた。けど、すぐににこりと笑う。
「へえ、そいつ。見つかるといいな」
……目の前にいるんだけどね。とは言えない。
アレンがどうして子供になって、しかもこうして水を汲んで家に戻ろうとしているんだろう? と私は疑問に思う。シスターって人に会えば、わかるんだろうか。私は様々な疑問を巡らせながら、アレンについて行く。
アレンが「あそこだ」と指さした。
指し示されたそこは、少し古ぼけた石造りの建物。メリューヌ領の城下町にもあった、「しゅうどういん」という場所によく似ている。まあ、あそこよりは小さめなんだけど。
「チサト姉ちゃん、ありがとな」
「いえいえ。あそこに運べばいいんでしょう?」
私がそう言うと、アレンは頷いた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.150 )
- 日時: 2022/12/31 22:34
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
アレンが扉を開けると、黒い服をきた、緑の髪の女の人が彼を出迎える。年齢は私の一回り上ぐらいだろうか。でも、とても穏やかで、お淑やかで、同じ女としてなんかちょっと、悔しいと感じるくらいには、美人だ。
「おかえりなさい……あら、その方は?」
彼女が私の顔を見ながら、アレンに尋ねる。
「チサト姉ちゃん。さっき会ったんだ」
「あら、そうなの。いらっしゃいませ、チサトさん。どうぞ上がって」
彼女は、アレンを中に入れると、私に手招きして迎え入れてくれる。お言葉に甘えて中に入ると、石造りの内装と、並ぶ木の長いす。それと、目を奪われるような美しい有翼の女性の彫像が、中央にあった。私がぼーっとしながらそれを見ていると、アレンが私の名を呼ぶ。
「おい、姉ちゃん。早く来いよ、こっちこっち」
招かれるがまま、彼について行く。
黒服のお姉さんも、私が来るのを待っていてくれていた。
「すみません、あの子を手伝ってくれたんですよね。ありがとうございます。もしかして、あの子、変な事とか失礼な事を言いませんでしたか?」
彼女が困ったような顔をして、おろおろしていたので、私は首を振る。
「いいえ、人見知りかと思いましたが、意外によく話してくれてましたよ」
私は笑顔でそう言うと、お姉さんは「そうでしたか」と笑っていた。
「あ。私は「レーナシャニィ・クレイセント」。気軽に「シスターレナ」とお呼びください」
レナさんがそう言うと、はっと気が付いたように私の腕にあるバケツを見る。
「あの、申し訳ありません……重かったですよね?」
「へ? ああ、これ。忘れてました」
私がそう笑いながら、レナさんにバケツを渡す。レナさんは「ごめんなさい」と謝りながら、それを受け取って、顔を赤らめていた。
私達は歩きながら、話を始めた。
「アレンから、バケツを2杯水を汲ませてると聞いたのですが」
「それですか。今朝、アレンが弟に悪戯をしたもんですから……」
「どんな悪戯を?」
「……もう子供っぽいんです。眠っていた「ルゥ」の顔に毛虫を乗せて驚かせて、「ルゥ」が過呼吸になったものですから……いつもより厳しく叱りつけてしまって。その、お恥ずかしいですけれど」
なんて子供っぽい……私は呆れて肩をすくめた。
「「ルゥ」と、いうのは?」
「アレンの弟です。……厳密には、義弟なのですが」
「……あの、妹さんの方もいらっしゃるんですか?」
「え? ええ。妹は「エレノア」。……アレンから聞いたのですね」
私はそう言われて、「ええ、まあ」と曖昧に答える。
……「エレノア」と「ルゥ」。彼が取り戻したがっていた人は、弟妹。どんな子なのかな。私は混ざり合って一つになった二人しか見た事が無い。だから、生きていた頃の姿を想像する事しかできない。
「お夕食、一緒に食べていきませんか?」
レナさんはそう言って、見えてきたドアを開きながら、こちらを見る。
「え、ですが――」
「この辺、夜になると周囲に何もないから真っ暗ですし、最近じゃ賞金首の魔物が出没したりで、一人じゃ危ないですよ。見たところ、武器も持たないし、結構お若い感じですし。……事情は分かりかねますが、アレンの事が気になっている様子ですし」
「……」
見透かされてる!? ……この人、一体……
レナさんは私の考えている事を把握しているかのように、言い当てるもんだから、ドキリと心臓が跳ね上がった感覚がする。
「あ、あの。レナさん。あなたは心が読めたりするのですか?」
「えっ!? あ、いえ……ただ。私はシスターという、神に仕える身でありまして、この修道院のお客様の悩みや抱えているものを理解して、悩みを解決したり、導いたりする仕事をしておりまして。それで、なんとなくですが、他人様の事を見た目だけでその方が抱えているものを把握できるんです。……こういった考えも、傲慢だと思うのですけれど」
レナさんがそう言うと、私は首を振る。
「いえ、そんな事はありませんよ。ちょっと驚きましたけど。他人の事をよく見てて、すごいと思います」
私は、自分が少し恥ずかしかった。
私も、神の力を扱う、巫女という仕事に務めていたから。……でも、その時の私はやっぱり若かったのかもしれない。自分の事で精いっぱいで、他人の事を考える余裕なんかなかった。他人の悩みを聞いても的外れな事を言っていたかもしれないと、今思えばそう思ってしまう。「姫」っていう立場で、上からあーだこーだ言って、父上も困らせていたんだと思うと。あ~、やだなぁ。本当は皆、私の事鬱陶しいとか思ってるかもしれない。
なんて思ってると、レナさんは私の手を取る。
「チサトさん、そうやって卑屈になるのはいけませんよ。自分を追い込むことは確かに大切な事ではあります。ですが、追い込む事と卑屈になる事は全く違います。どうか、自分を大切にしてあげてください。「自分」を守れるのは、「自分」だけですよ」
レナさんは、私の目を見ながらそう言うと、にこりと笑った。
「……で、お夕食、召し上がります?」
そのまま、先ほどの質問を聞いてくるもんだから。
「……い、いただきます」
と、答える事しかできなかった。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.151 )
- 日時: 2023/01/01 22:08
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
レナさんが招くまま、部屋に上がらせてもらうと。そこは少し広めの部屋だった。木のテーブルと椅子が4つ。レナさんが入った途端に、二人の子供が駆け寄ってきた。桃色の髪の女の子と、灰色の髪の男の子。……最近どこかで見たことある組み合わせだと思っていたら、思い出した。――エレノアとルゥ。アレンが、あの妖怪に呼びかけていた名前だ。と言う事は……二人がアレンの大切な弟妹。
二人は、私に気が付いて、エレノアちゃんの方は私に近づいて、にっこりと笑顔を見せてくれた。ルゥ君はというと、レナさんの陰に隠れてしまう。
「おねーちゃ、だぁれ?」
エレノアちゃんがそう尋ねてくる。私は、その場にしゃがみ込んで、彼女に目線を合わせた。
「はじめまして。私はチサト。アレンに案内してもらってきたのよ」
「ちさとねーちゃ。おぼえた!」
エレノアちゃんが元気よく私の名前を呼んでくれた。かわいいなぁ、やっぱり小さい子は無邪気で、元気がいいや。
「あ、あの。チサトお姉ちゃん……よろしく、おねがいします……」
レナさんの陰に隠れながら、ルゥ君がそう控えめに言う。彼は引っ込み思案なのかも。仲良くなるのに時間がかかりそうだなぁ。
「よろしくね。そういえば、二人の名前は?」
私は初対面。名前は知ってるけど、一応聞いておかないとね。
「ん、エレゥ、「エレノア・シャムロック」!」
「ぼ、ぼく……「ルゥ」です。「ルゥ・ハンナ」」
二人がそう答えてくれたので、私はエレノアちゃんの頭を撫でる。
「エレノアちゃんにルゥ君、か。覚えたよ」
ルゥ君は私が手を近づけると、びくりと体を震わせて、レナさんの陰に完全に隠れてしまった。……ちょっとショックだなぁ。レナさんは、「気にしないでね」と小声で言ってくれて、少し嬉しかったけど、やっぱり悲しい。
そうこうしてる内に、アレンが部屋に入ってくる。
「んあ、ルゥ。相変わらず人見知りしてんのか」
「……っ」
ルゥ君が泣きそうな顔で、アレンに小走りで近づく。
「チサト姉ちゃん。ルゥはさ、病弱だし人見知りなんだけど、根はすごく甘えたがりで優しい奴なんだ。仲良くしてやってくれよ」
アレンがそう言いながら、ルゥ君の頭を撫でる。
「で、シスター。今日のメシは?」
アレンがそう言いながら、レナさんの方を見ると。彼女は腰に手を当てて、アレンの額を指で小突いた。
「アレン。お客様がいるんだから、はしたない真似しないの。……薪割を全部終わらせたら、教えてあげます」
「え~~~~っ!!!」
アレンが大きな声を上げて、げんなりとする。すかさずレナさんは叱りつけようとするが――
「もう、お客様の前で――」
「わかったよ、やるやる。今日は薪割の気分だし」
そう言って、すぐさま部屋に置いてあった斧を手に取って、外に出ようとした。
「待って、アレン。私も手伝ってもいい?」
「え?」
私が呼び止めると、アレンが驚いたように振り返る。
「チサトさん、あなたはお客様なのに……」
「いえ、私だけ何もしないのは、なんだか神様に叱られそうな気がします。なので、アレンを手伝わせてください!」
「まあ!」
レナさんは感動したように目を輝かせ、笑顔で私に近づいて両手を握った。
「なんと信心深い方なのでしょう! 素晴らしいですわ! あなたはきっと、女神エターナルに祝福される事でしょう!」
鼻息荒く、すごく嬉しそうにペラペラと語るレナさん。アレンは私の服の裾を引っ張り、ついてこいと指で示す。私も、申し訳なさを感じつつ、アレンについて行くことにした。
―――
外で、ちょうどよくあった切り株の上で、薪を割る私達。私は普段は力仕事をしない方なので、薪を割ろうにも、なかなか綺麗に割る事が出来ず、四苦八苦している。一方、アレンはもう私から見ればプロ並みで、要領よくどんどん割っていく。スコーン、スコーンと心地よい音と共に、薪がどんどんできていった。
「流石、アレンね」
「当たり前。ほぼ毎日やってるからな」
アレンはふふんとどや顔を見せながら、私にそう得意げに語る。
「すごいな……アレンは」
「……なあ、姉ちゃん」
私が感心しながら彼を見ていると、アレンはおもむろに手を止め、私の方を見る。
「ん?」
私は首を傾げた。
「姉ちゃんってさ。どこの人? まあ、聞いてもわかんねえけどさ」
アレンは笑顔でそう聞いてくる。
「東郷武国ってとこ。素敵な国よ、四季があって」
「四季……すげえな。この辺もあるにはあるけど、雪が降るくらいしか感じられないんだよな」
彼はとても楽しそうに笑う。その後は、しばらく私についての質問をされて、私はそれに答えながら、会話がどんどん弾んでいった。他愛のない会話。本当に、自分が今彼を追ってここに来ている事を忘れてしまうくらい、とても楽しいひと時だった。
「なあ、姉ちゃん」
だけど、次に聞かれた質問で、私は――
「――なんで、ここまで来てんだよ、お前」
アレンが突然、低い声……いや、私が知っているアレンの声で、そう聞いてくる。
一気に現実に引き戻された気分だった。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.152 )
- 日時: 2023/01/02 23:27
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
「ど、どうしたのアレン。何を言って――」
「他人の心の中にまできて、何がしてえんだよ! 俺は、もうどこにも行きたくない。ここでシスター達と静かに暮らしてたいんだ。帰ってくれ」
アレンが鋭く私を睨み、手に持っている斧を私に向ける。……突然の事に驚いたけど。いや、私はすぐに悟った。
この空間は、アレンが望んだ世界で、ずっとずっと、いつまでも。時が止まったように、レナさんやエレノアちゃん、ルゥ君と一緒に暮らしていけるように、彼にとっての都合のいい、アレンの「妄想」だ。……だけど、ここにずっといたら、きっとアレンは今のまま前に進めない。私は、できるだけ冷静に、彼に語り掛けた。
「アレン、私はあなたを迎えに来ただけ。目を覚ましてよ、皆待ってるわ」
「……俺が戻ったところでさ、エレノアやルゥは生き返るのか? シスターは? 誰もいないだろ、あの世界に!」
アレンはそう声が張り裂けんばかりに叫ぶと、その声に呼応したように、周囲の世界が崩れ始める。ガラスの破片が落ちて行くように、バラバラと音を立てながら。
彼は俯いたまま、涙を堪えるように声が震えている。
「俺は、もういやだ。戦っても、誰も救えやしない。誰も守る事もできない。俺がやってることに、意味なんてなかった。もう、たくさんだ……帰れ、姫さん。俺は……この闇の中で死ぬよ」
「待って!」
アレンが踵を返して、目の前の闇の中へ消えていく。私は手を伸ばし、必死に追いかけようとすると、地面から黒いイバラが大量に飛び出して、道を塞ぐ。前に進もうにも、イバラが邪魔してアレンを追う事も出来ない。
「アレン! アレン、死ぬなんて言わないで!」
必死に叫んでも、声が届く事も無い。……このままじゃ、アレンが、本当に死んじゃうかもしれない。どうしたらいいんだろう……? 私はなんとか乗り越えようとするも、イバラに触れようと手を伸ばした。
だけど、バチィと弾ける音が響き、黒い稲妻が走って私は尻もちをつく。……黒いイバラ。そして、稲妻。きっと、アレンは他人が心の中まで来るのを拒絶しているんだ。だけど、さっきまで普通通りだったのに。どうしてなんだろう?
「……チサト」
私が立ち上がろうとすると、頭上から低い声がする。アレンの声じゃない。すごく怖いと感じていた、あの声。
「……ヤマタノオロチ、いえ。「エイト」?」
その姿を見るのは初めてだ。私と同じ顔、だけど、黒い髪とそれに映える鮮血のような赤く鋭い瞳、それと白い肌、そして、身に纏う黒。中性的な顔と華奢な身体では、性別は判断できないけど……多分、エイトだろうと思う。エイトは、私に手を差し伸べた。
「立て、アレンを追うのだろう?」
「……あなた、なぜここに――」
「私は、エルに食われ、アレンの中にいる。それだけの事だ」
エイトがそう言うと、私の手を取って引っ張り上げながら、黒いイバラを指さす。
「アレンの心は壊れている。……だが、その心を修復するためには、チサト。お前の力が必要だ」
「……」
私……いや、できるかな? じゃない。やらなきゃ。アレンは、私を救ってくれた、それだけでいいのよ理由なんて!
「うん、だよね。私、ここまで来たんだもの」
「私を使うといい。この空間でなら、私もエルと似たような事ができる」
「え?」
エイトがそう言うと、しゅるしゅると音を立てながら私に握られ、光すら反射しない闇。漆黒の長刀となった。私の身長位の長さだ。……私に扱いきれるのだろうか? と、不安に感じると、エイトの声がする。
『そう心配せずとも、お前の魂の波長に私が合わせよう。使い方を知らずとも、簡単に扱えよう』
……とはいえ、不安である事に変わりないんだけどね……。
『おあつらえ向きに、目の前にイバラが道を塞いでいるだろう。それで試し斬りでもすればよい』
と、エイトがそう言うので、私は長刀を握りしめた。不思議と手になじんで、まるでずっと使ってきたような感覚すらする。抜刀し、目の前のイバラを斬るように、剣を振る。
目の前のイバラは、剣でなぞられるように、どんどん斬れていった。イバラは紙のように切り裂かれ、消滅していく。……驚いた。ほとんど力を込めていないのに、簡単に道が開けた。
『私とて、エルにもクラテルにも負けぬよ。なんせ、元邪竜なのだからな』
「……ええ、すごいわ。あなたが敵じゃなくて良かった」
『チサト』
エイトが唐突に私の名を呼ぶ。
……どうかしたのだろうか?
「どうしたの?」
『私は、お前にも、お前の暮らしていた国も、お前の母も、奪った張本人だ。許してくれとは言わぬ。死んで詫びようとも思わぬ、だが――』
「ああ、もうその話。面倒だしいいわ」
私は、エイトの言葉を遮って、前に進もうと一歩踏み出す。
『……だが、しかし』
「もう、過ぎた事をごちゃごちゃ言いたくないわ。割り切るしかないのよ、前に進むためにはね。今は味方でいてくれるでしょ?」
『当然だ……私はもう、居場所がないのだから』
「じゃあ、いいわよ。許すとか許さないとか、そんな柵は蹴っ飛ばしてあげる」
私がそう言うと、エイトはなんだか戸惑っている様子だった。
『……お前も、少し前まで私に怯えて縮こまっているような、少女だと思っていたが。変わったな』
「変わるきっかけをくれたのは、アレンよ。アレンがいなかったらきっと、私は今でもあの闇の中で、震えていた「お姫様」だった。今度は私がアレンを闇の中から引き上げる番だわ」
『ふっ』
エイトが私の言葉を聞いた途端に、笑いだす。
『よかろう、ならば私もこの世界にいる今だけ、お前に従う。共に、アレンを救おう』
なんて、頼もしい事も言ってくれるじゃない。……あの恐ろしいと感じていた邪竜は、こんなにも頼もしい相棒になるなんて。ホント、誰が予想できたかしら。
「頼りにしてるわ、エイト」
私は、黒い長刀に指をなぞらせた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.153 )
- 日時: 2023/01/03 23:26
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
イバラはきっと、アレンが他人を拒絶しているから出てきたんだろうけど。こんなにもあっさりと斬れたってことは……もしかしたら、アレンも助けてほしいと、そう望んでいるのかもしれない。それとも、別の理由があるのかもしれない。
何にせよ、今は考えるのはやめて、アレンを探そう。
私は闇の中を歩く。さっきまで平和な平原を歩いていたのに、打って変わって真っ暗で寒い場所に変わっていた。前に進んでるのか、どこに向かって歩いているのか。歩いていると思い込んでいるだけなのか……。よくわからない。
無言で歩いていると、突如光が見えた。それに向かって歩いてみると、光の中に映っていた何かの幻が目に入る。
中にはさっきの小さいアレンの姿があった。黒髪の少年を抱えて涙を流している。少年はアレンより少し大きい年齢で、目を見開いて恐怖におびえ切った表情で事切れていた。アレンの周囲には、黒い鎧……多分帝国軍の連中だろう。彼らが血を流して倒れている。
――幻から音が聞こえた。アレンの声だ。
<俺……弱いんだ。弱いから、シスターもバロンも皆も守れなかった。誰一人救えやしない。もう、いやだ……>
そこで光が消え去る。
だけど、別の場所で光がぼうっと現れた。私は急いでそこに近づく。さっきと同じように幻が見えた。
今度は、魔王――いえ、ソフィアを踏みつけて、身体の半分を黒く染めたアレンが、天を仰いで高笑いを上げている。ソフィアは動いていない。さっきみたいに、アレンの声がする。
<この力さえあれば、シスターも、エレノアもルゥも、バロンも! 師匠も! 取り戻せる! 貴様を殺せばあああああっ!!>
私と会う前のアレンは、こんなにも苦しそうな声を上げていたのか。……私は、なんとも言えず呆然と、アレンがソフィアを嬲っているのを黙って見ていた。
光が消え去り、また別の場所に光が現れる。そこに近づくと、やっぱり幻が見えた。
そこには、バラバラになった肉塊を傍らに、アレンが頭を抱えて地面に突っ伏している姿がある。悲痛な声で泣き叫んでいた。
<俺……誰も殺したくない。誰も傷つけたくない! なんで、俺……戦わないといけねえんだよ!? あの日まで、平和だったじゃんかっ!>
やっぱり、アレンは優しい人だ。この戦いが無ければ、普通の男の子として過ごしていた事だろう。……だけど、彼がこうなってしまったのは、一体――
私の疑問に答えるように、光が消え去り、また別の場所に光がぼうっと現れる。
近づいて覗いてみると、アレンの右腕が赤い髪の男に斬り落とされた瞬間の幻だった。血が飛び散り、アレンは恐怖に染まった表情で悲鳴を上げた。
傍らには、黒い服の女性――レナさんの変わり果てた姿が。首が転がっていて、胴体から離れている。……レナさんはやっぱり、殺されて。いや、修道院が襲われたのをきっかけに、アレンの人生は狂ってしまったんだろう。
無気力なアレンの声が聞こえてくる。
<もう、疲れた。シスターの為に頑張ったんだよ、俺。……頑張ったんだよ、何もかも取り戻す為に>
光が消え去って。だけど、また別の場所に光が現れた。
その光を覗き込むと幻が見える。
桃色の髪の少年が、眩い光を放って、アレンや団長さん達を残して全てを消滅させる、そんな幻だ。桃色の髪の少年……あれ、どこかで見た事があると思ったら。デコイさんにそっくりだ。
すぐに理解した。彼がデコイさんを作った「ラケル」さんって人。ラケルさんは、アレンに弱弱しく声をかける。
<……君は人形ではないけど、君は間違いなく心を持った人間だよ。それを忘れないように。いいね?>
……どういう意味なんだろう? 私は首を傾げる。
「そのまんまの意味だよ」
その疑問に答えるように、背後から声が聞こえた。驚いて振り返ると、さっきまで幻で見えていた、ラケルさんその人が立っていたのだ。
桃色の髪、青い真ん丸な瞳。白い羽織を着こんだ、私より背の小さな少年だった。……彼が、アレンが何度も口にしていた子か。でも、なんで? アレンやみんなからは、ラケルさんは自分の領地ごと、光と消えたって聞いていたけど。
……心を読むように、彼は口を開いた。
「君の考えている事を当ててあげるよ。「なぜ、僕がここにいるのか?」でしょ。僕は最後のアレでアレンに入り込んで、彼の中にいるだけさ」
彼はニコニコしながら、胸に手を当てる。
「はじめまして、チサトちゃん。僕は「ラケル」。「ラケル・イルミナル」。元イルミナル領主だよ。ヨロシクね♪」
ラケルさんはぺこりと頭を下げると、すぐに頭を上げて私の手を取って、ぶんぶん振った。
「は、はあ。よろしくおねがいします……」
「エイト、道案内ご苦労様」
ラケルさんはニコニコ笑いながら、私の腰に下げているエイトにそう言う。
『大した事はしておらぬぞ』
「いーの、ここに来てもらう事に意味があったんだから」
ラケルさんがそう言って、私の方を見る。
「ねえ、チサトちゃん。アレンは今、この「闇の森」の中……もっともっと奥深くにいるんだけど。そこはね、もう、アレンの心の深淵みたいなとこだからさ……すごく危ない場所なんだ」
「危ない場所?」
……大体は予想はつく、けど。でも、一応聞いておかないと。
ラケルさんは頷く。
「アレンは今、自分の心の中に誰かが入ってくる事を強く拒絶している。その深淵には、元々心の中にいた僕やエイト、それに「クラテル」や「アシュレイ」ですら入る事もできないんだ。心の闇が作り出した影が襲い掛かってきて、侵入者を殺してでも拒絶してくる。そんな危険な場所になってる。容赦も慈悲もないよ」
ラケルさんの言いたい事はわかる。「それでも行くのか?」って聞きたいんでしょう。
もう、ここまで来て今更怖気づいて逃げ出すなんて、できるわけもないし、できたとしてもやるわけない。行くしかないわ。何より、アレンの為だもの。私は迷わず、答えた。
「そんな話を聞いたところで、私の考えも答えも決まってる。行きますよ、深淵に」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、ラケルさんはにこりと笑みを浮かべた。
「だよね。期待通りだよ、君は。ふふっ、じゃあ案内してあげるよ。ついておいで」
ラケルさんがそう言った後、踵を返して歩き出すので、私もそれについていく。闇の中を歩いていると、少しづつなのだけど……なんだか寒くなっていくのを感じた。指先から心臓に近づくように凍てついてくる。それでも、私達は進み続けた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.154 )
- 日時: 2023/01/04 22:48
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
闇の中を進んでいると、徐々に闇が晴れてきた。闇が晴れてきて、黒い氷柱が侵入者を拒むように鋭く剥き出しになっている、同じく黒い氷に覆われた洞窟の壁や床が見えてきた。そこまでくると、流石に身体の芯まで凍り付くぐらいの寒さを感じて、身体が固くなってしまうんじゃないかってくらい。こんなにも凍てついているというのに、ラケルさんはなぜか涼しい顔でこっちを手招きしていた。
「君はまだ生きているからね。寒いのも無理はないさ」
「……ん? どういうことですか?」
私の疑問に、ラケルさんは頷いて答えてくれた。
「僕らは生身の身体が無いから、寒さを感じることはできない。でもね……君はまだ生きている。この辺が冷えるって事は、死に近づいている証拠なんだ」
「……え?」
ますますよくわからない。つまりは、どういう事なんだろう?
「生きている人の魂が、長時間身体から離れると、時間をかける分だけ死に近づく。魂っていうのはね、生まれ持った身体でしか留まる事ができないんだよ。それこそ、そういう力か、魔法を使わない限りね」
……じゃあ。
「じゃあ、なんでラケルさんや、エイト、それに一緒にいるというクラテルさんやアシュレイさんは留まっていられるんですか?」
「そりゃあ、僕は死んでるし。アシュレイもね。クラテルは、アレンの半身だし、エイトも死んでるようなものだから」
『……それに、私は自分で言うのも何だが、力を持った魔物。身体が滅びようとも、魂は不滅だ』
「便利だよねぇ、魔物ってさ」
ラケルさんはクスクスと鈴のように笑う。
私達はそのまま前へと進み続けた。……分かれ道。左右の大穴が目の前にある。だけど、ラケルさんは「こっち」と指をさして案内してくれた。進んでいく毎に、鋭く突出している氷柱が増えている。これも、拒絶反応なのか。進み続けるしかないけど。
「チサトちゃんって、アレンの事、好き?」
ラケルさんが「うーん」と唸りながら、そう聞いてくる。
……ん。私はどう答えればいいんだろう。
「まだ苦手ですよ。魔王に顔が似ていますから……」
「ん。まあ、同じような理由でアレンも君のことが苦手だよ。まあ、アレンがお姫様が苦手な理由が、エイリス姫にあるらしいけど。僕は直接見た事ないから、何とも言えないや」
ラケルさんはそう言って、肩をすくめる。
「……でも、さ。正直アレンを見捨てないでくれてありがとう、チサトちゃん。アレンは、ね。必要だったんだよ、支えてくれる人がさ」
「……ラケルさんは、随分アレンに肩を持つんですね。どういった関係なんですか?」
私はそう気になった事を訪ねる。
「ん。まあ、甥っ子かな。僕の兄上の子だし」
「……ここは、飛び上がって驚いた方がいいでしょうか……」
「ははっ、いいよ別に。まあ、そう言う事だから。結構心配性なウサギちゃんなんだよ、ボク。なんせ、アレンの中に入り込んで色々手助けしちゃう程、過保護なんだよねえ」
ケラケラ笑いながらそう言うと、寂しそうな顔を見せる。
「本当はね、もっと生きてたかったよ。生きて、友人と一緒にティーパーティーしたかった。僕についてきてくれた従者たちと一緒に、毎日宴会でもして無礼講とかしたかった。アレンと一緒に背中を合わせて戦いたかった……あ、これ、内緒ね」
口元に人差し指を立てて、片目をかわいく瞑るラケルさん。その話を聞いて、エイトが深くため息をついた。
『お前はとんだ道化だな』
「……それが僕だよ。周りが落ち着いてるから、僕は心置きなくはしゃいでいられるんだ」
ラケルさんがそう言った後、前方を見て立ち止まった。
目の前の道は、氷柱が四方八方から、道を塞ぐように突出している。これじゃ前に進めない……と、思ったけど、ラケルさんはにこりと笑って、通路の脇に後退った。
「……チサトちゃん、僕の案内はここまでだ。ここからは深淵。一人で行けるかな?」
『……お前は来ないのか?』
ラケルさんが真顔になる。
「僕が行っても意味はない。チサトちゃんじゃないと」
「私……?」
「うん。僕は所詮死人。アシュレイも死人。クラテルだって、アレンを救う事は出来ない。でも、チサトちゃんは、第三者でもあり、今唯一彼を救う事の出来る"人間"は、チサトちゃんだけだよ……」
ラケルさんがそこまで言うと、私に向かって頭を下げた。
「どうか、お願いします。アレンを救ってあげて……」
そう言った瞬間、ラケルさんが光の粒になって消え去った。私が驚いて声を上げると、エイトが私に向かって言い放つ。
『案ずるな、奴は「あの部屋」に戻ったのだ。それより、時間が無い。お前もそろそろ戻らねば、二度と自分の身体に戻る事も叶わぬぞ』
「……いろいろ疑問もあるけど、わかった。行きましょう」
私は、長刀を握り、横に振る。黒い一閃が氷を砕き、道を開いた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.155 )
- 日時: 2023/01/05 22:01
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
奥へと進む毎に、氷柱の数がどんどん増えていく。それを薙ぎながら確実に奥へと進むと、地面壁天井から、黒い影が這い出てきた。影の形は靄がかかっているようにはっきりしない。そのくせ、鋭く赤い二つの目がギラリと光っているのははっきり見える。影たちは私を認識すると、即座に襲い掛かってきた。自身の影を変形させて、私を確実に仕留めようと両手を広げてみたり、爪を伸ばしたり、影を伸ばしたり。影たちは何か呻き声のような音を出している。口はないけど。
長刀を鞘から抜き、私は影たちを薙ぎ払うように、横へ斬る。
「……深淵に、アレンがいるのは確実ね」
影たちを斬り、私は前へと進む。
最初は何の音かわからなかった。だけど、斬っていくうちに影たちが放っている"声"。それがやっと聞き取る事が出来た。
「来るな」「こっちに来るな」「あっちいけ」
そう言っているんだ。
「アレン、一緒に帰りましょう」
私はそう口にする。口にしないと伝わらないから。だから、口にするんだ。
前へと進む。影がどんな形をとろうと、私が傷つこうとも、私は倒れない。怯みもしない。……アレンが苦しんでいるとわかっているから、私は前へ進んで、彼の手を取るんだ。
「だから、アレン」
アレンが目の前にいる。彼の姿は私が見てきた彼そのものであり、小さくなって、黒い氷の檻の中で俯いていた。だけど、私の存在に気が付くと、顔を上げる。瞳は虚空を見つめているように、焦点が合わない。光すらも映さない。そんなアレンの瞳を見据える。……ちょっと前までの私みたいだ。怯えて、縮こまった私。そんな私を、あなたは救ってくれたじゃない。だから私は――
そんな彼に向かって、私は手を差し伸べた。
「帰りましょう。私達の世界に」
アレンは、掠れた声を口から放り出す。
「……俺、さ」
彼の言葉を聞く。
「もう、無理だよ。もう、取り戻すものもいない。俺が殺したから。……もう、疲れた。いっぱい頑張ったんだ。皆を守るとか、助けたいとか。そう思ってたけど……そんなのおこがましいし、思い上がりだった。俺には、何も救えやしなかった。俺は……皆に持ち上げられて調子に乗ってただけの、ただの――」
「でも、私を救ってくれたでしょ。二度も」
私がそう言うと、アレンは驚いた表情で顔を上げる。
そして、私は氷を長刀で切り裂く。氷が砕け、破片が散らばり、私は氷の檻を開放したと同時に、アレンをぎゅっと抱きしめた。
「アレン、何度でも言うわ。私とお友達になってください。そのために、私はここまで来たの」
抱きしめたまま、ずっと言い続けている言葉。それを口にする。まだ返事ももらってないんだから、返事をもらえるまで何度だって言い続ける。
アレンが私の身体に手を触れ、泣き声を上げた。
「お、れ……俺……。俺さ……弱虫で、何も守れないちっぽけな奴で、頭も悪いし、甲斐性なしだけど……さ。こんな……っ、こんな俺でも、友達になってくれんのか……?」
肩に涙が触れるのを感じる。私は、アレンを強く抱きしめて
「当たり前じゃない。アレン……」
そう答えた。
「わかっ、た……ありがとう。"チサト"」
アレンが一層声を大きく上げて、涙を流しながら泣いていた。私はアレンの背中を摩る。冷たくない。ちゃんと彼の体温を感じる。そして、もっと嬉しい事に気が付いて、私は口に出した。
「やっと、名前で呼んでくれた」
- Re: 叛逆の燈火 ( No.156 )
- 日時: 2023/01/06 01:01
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
目を覚ますと、天井。
木製の天井だ。
暖炉の火がパチパチと音を鳴らしながら、燃えている。見るだけで安心する、そんな赤色だ。あれ、俺……どうしたんだっけ。起き上がろうとするが、痛みが走って動けなかった。だけど、ベッドのシーツがこすれる音がする。
……ベッドの上。俺、怪我したっけ。
「……俺、この光景を見た事がある」
俺がそうつぶやくと、誰かが俺に話しかけてくる。
「あら、アレン。起きたの?」
黒い服とベールに身を包み、ベールから緑色の前髪が覗くお姉さん。……ああ、シスターだ。何度でも見たはずだ、夢の中で。つい最近も。
「しす、た……」
「待って。今、リンゴの皮を剥いていたの。もう少しで終わるからね」
「ああ、そうか。思い出した」
記憶が朧げに蘇ってくる。……確か、魔物に襲われてたエレノアを守る為に、俺が前に出て、そこから痛みが全身を覆って、どんどん身体が冷たくなっていく感覚になったんだ。
そこからの記憶はないけど、確か、温かい光に包まれた気がする。気がするだけだけど。
……いや、待て。俺、やっぱりこの光景を見た事がある。どこで? 俺は包帯でぐるぐるに巻かれた腕で頭を抱え、次に言うべき事を思い出す。
「エレノアは? 無事か?」
俺はシスターの方を見て、弱弱しく尋ねる。自分の声がこんなにも弱弱しい事に、かなり驚いた。でも、今は大きな声は出せねえや。
シスターはふふっと微笑み、俺の頭を優しく撫でてくれる。
「安心して。エレノアは無事よ、あなたのおかげでね」
やっぱり……やっぱり見覚えがある。
「あなたも無事でよかった。もう、無茶して」
シスターが口をとがらせ、普段は悪戯しなきゃ温厚な彼女が、語気を強めて俺の額に、人差し指を押し付ける。……シスターは怒ると、いつも額に人差し指を当ててくる。
「心配かけてごめん」とつぶやくと、シスターは満足げに頷き、再びナイフを手に取ってリンゴの皮をめくる。シスターは料理上手で、手先も器用なんだよな。俺はベッドの脇の大きな窓の外を見る。雪が降ってる。昼は寒かったけど積もってなかった。
雪、か。
「雪、積もるかな」
俺がつぶやく。
「積もったら、雪だるまを作りましょう。ああ、でも、薪を半年分くらい作らないとね」
「半年分!?」
俺が驚いてシスターの方を見る。リンゴの皮がむけたのか、皿に盛りつけてこちらに持ってきていた。リンゴの皮がウサギの耳みたいに切れてるな。
「ええ。雪が積もったら森に行けなくなっちゃうからね。まだこれくらいなら森に行っても大丈夫よ。だから、手伝って頂戴ね」
シスターが悪戯っぽく笑ってる。……やだなぁ。
「もう、露骨に嫌そうな顔しなくてもいいじゃない。大丈夫よ、木を伐るのは私だし、皆は木を修道院に運ぶだけでいいからね」
「べ、別に嫌じゃねえよ。そんなん。俺だってできらぁ!」
俺はぷいっとそっぽを向く。木なんか俺でも伐れるっつーの。
シスターはそんな俺を見てまた笑っていた。なんだか、俺も釣られて笑ってしまう。シスターの笑い声って、なんだかその場が明るくなる魔法なのかな。俺達は笑いあっていた。
その笑い声を聞いてか、部屋に二つの影が入ってくる。エレノアとルゥだ。ピンクの髪を揺らしながら、エレノアは俺に抱き着くために突撃してきた。俺にしがみつくと、エレノアは泣き始めた。
「うえぇぇえええ! にーちゃ、にーちゃよかったああぁぁぁ!」
玉のような大粒の涙を流し、俺の着ている服に顔を押し付ける。ルゥもとてとてと歩み寄ってきて、俺に抱き着いた。
「兄さん、よかった。無事で……ふえぇぇぇん」
ルゥまで泣き出す。
しょうがねえ奴らだなぁ。俺はそう口に出しながら、二人の頭を撫でる。シスターがやってくれたみたいに。
「ごめんな、心配かけて。俺――」
その瞬間、目の前が音を立てながら崩れ落ちていく光景が目に入った。
エレノアとルゥがガラスのように砕け散っていき、突如二人が混ざり合った怪物の姿へと変わり、姫さんの腕を掴んで吊るし上げて。何度も、何度でも叩きつけている光景。そして、トドメを刺そうと、二人は拳を強く、強く握りしめ、ボコボコになった姫さんに拳を入れようと振り上げた。
「あ、あ……あ……!!」
その瞬間思い出した。
取り戻すと決めていた二人は、俺が無我夢中で突進して、心臓に向かって剣を深く突き刺したんだ。早く終わるように、苦しまずに済むようにって。
返り血を浴びて、俺の名を呼びながら崩れ落ちる二人を見ながら、俺は考えた。
俺は、あの頃を取り戻したかったのに。
叫び声をあげた。悲鳴を上げた。もう、喉が張り裂けてもいい。何もかも投げ出した。闇の中に一人でずっと、幸せな幻想を見ながら朽ち果てたかった。苦しいだけで救いなんかない。バロンも犠牲になった子供達もラケルもクルーガー公も師匠も……守る事ができなかったんだ。俺。
なあ、こんな苦しくてしんどい世界に生きていて、意味なんてあるのか……? もう、俺が生きている理由なんか――
<帰りましょう。私達の世界に>
俺の身体に温かいものが覆いかぶさる。
温かい。その覆いかぶさった何かを見ると、光があふれていた。眩しくないのに、強く感じる。光が俺を包んで、俺を抱きしめてくれた。温かくて、懐かしい香りがして……。自然と涙が溢れて止まらなかった。
「もう、無理だよ。もう、取り戻すものもいない。俺が殺したから。……もう、疲れた。いっぱい頑張ったんだ。皆を守るとか、助けたいとか。そう思ってたけど……そんなのおこがましいし、思い上がりだった。俺には、何も救えやしなかった。俺は……皆に持ち上げられて調子に乗ってただけの、ただの――」
そこまで言うと、その光は姿を徐々に現す。
……チサトだ。何度も拒絶したってのに、何度でも追ってくる。何度もかっこ悪いところを見せたのに、笑いもしないで、俺の手を握ってくれたり。
何度でも俺の傍に来てくれる、俺の大切な人だ。
「でも、私を救ってくれたでしょ。二度も」
俺の言葉を遮るように、そう言ってくれる彼女に触れる。ずっと欲しかった温もり。寒く、凍てついた身体を温めてくれるようだった。
「お、れ……俺……。俺さ……弱虫で、何も守れないちっぽけな奴で、頭も悪いし、甲斐性なしだけど……さ。こんな……っ、こんな俺でも、友達になってくれんのか……?」
そう声をしゃくり上げながら放り出す。
彼女は、ちゃんと俺の事を受け止めてくれた。
「当たり前じゃない。アレン……」
友達。……友達。初めての……。心まで温かく感じる。
「わかっ、た……ありがとう。"チサト"」
そう答えるしか、今はできなかった。だけど、心からそう思ったんだ。