ダーク・ファンタジー小説
- Re: 叛逆の燈火 ( No.15 )
- 日時: 2022/08/22 22:38
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
私が「恐怖政治」を始めてから早数か月。私とバーバラは、幾多の命を蹂躙した。私がバーバラを解放してから協力者を得て……ま、一方的に従わせたんだけど。とにかく、バーバラの開発した「術式」を応用した、魂と魂を繋げて一つに融合させる、「合成魔物」の生成。それのおかげで半月も経たずに「ル・フェアリオ王国」、「フォートレス王国」、「スティライア王国」を屈服させることができた。あとは「東郷武国」だけだけど、あの国は今「篭国」をしていて、なかなか手古摺っているのよね。……煩わしいけど、それも時間の問題かしら。
「……黒い右手を持つ少年?」
私はバーバラの話を聞いて、彼女の言葉を繰り返す。私は今、謁見の間で命からがら逃げてきたという女兵士の話を聞いている。
「ええ、あれは……魔法。に近い何か。おそらく、ネクと同等のモノでしょう」
バーバラがそう言ってため息をつく。私は表情もなく、その部下が記した報告書を受け取り、内容を読んでいく。私が近衛騎士から解任した「アルテア・エクエス」と「フィリドラ・ソレイズ」。彼らが新たに傭兵団を結成したらしく、事もあろうか革命を起こそうというらしい。そして、軍を呼び込んで始末しようとしたが、謎の力によって暴走した少年に返り討ちに遭った。と。ちなみに、村人はほぼ殲滅し、傭兵も一人始末したとのこと。
私は報告した女兵士を見下ろし、腕を組んで、口を開いた。
「で、あなたは一人でおめおめと逃げてきたというのですか。危険だという少年を野放しにして。仲間は皆死んだというのに、随分無責任な人ですね」
私の冷たい言葉に、彼女は慌てて顔を上げた。無礼な人ね、面を上げろなんて誰も言ってないのに。
「し、しかし! 奴は私の分身をいとも簡単に――」
「いとも簡単にとは、こういう事でしょうか?」
私は彼女の言葉通りにしてあげた。隣にいたネクが彼女に向かって手をかざす。すると、ベキベキと音を立てながら彼女の腕が変形していく。ああ、血も流れてる。謁見の間を汚さないでほしいものだわ。
「あ゛ああああぁぁぁぁッ!!」
「報告ありがとうございました。もう消えていいですよ」
私が冷たく言い放つと、彼女は絶望に染まった表情で「まって」と叫ぶも、ネクは止まらない。彼女の身体はバキバキと音を立てながら捻じれ、上半身と下半身が切れてしまった。もう少し耐えてくれてもよかったのに。なんて、考える私も相当狂ってきてるのかしら。
私はネクの頭を撫でる。彼女は嬉しそうだ。
「黒い腕を持つ少年、私も気になる事が」
「……気になる事?」
バーバラの言葉に、私は彼女の方に顔を向けた。
「いえ……申し訳ありません。今は話すべきではありませんね。忘れてください」
バーバラはそう言うと、女兵士の亡骸に手をかざす。突然それが発火し、灰も残さず燃やし尽くす。お掃除ご苦労様。あとは焦げ跡と血を掃除させましょうか。私は使用人に命じ、それを綺麗に片付けさせる。
……それにしても。バーバラは何を言おうとしていたのかしら。気になるけれど、彼女の様子からして、話してくれなさそうね。彼女の口から言いたくなった時に聞けばいいかしらね。
「それより、バーバラ。アルテアとフィリドラの傭兵団ですが――」
「ああ、あの元近衛騎士ですね。いかがいたしましょう?」
私は少し考える。彼らに恨みはない。むしろ……育ててもらった恩がある。傭兵団なんか所詮烏合の衆。今は脅威になりえないはず。今は捨ておけばいいかしら。我ながら甘いけれど。
「捨ておきなさい。所詮は烏合の衆です」
私の考えを彼女に伝えると、バーバラは頭を垂れた。
「仰せのままに」
……全く。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.16 )
- 日時: 2022/08/16 22:54
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
バロンが死んで数か月が経った。俺は今、バロンやあの時殺された人たちの墓の前にいる。近くの谷が見渡せる絶景が拝める、断崖絶壁の上。そこに彼らの墓を作った。
俺の着ている黒衣が風でなびく。黒い腕は俺の希望で黒いベルトできつく巻いた。そうでもしねえと、いつ暴走するかわかんねえ。腕からは、俺が帝国を憎む度に疼いて、しかも声が聞こえてくるようになった。「奴らを滅ぼせ」って。
団長も副長も師匠も口を揃えて、「右腕は危険だ」って言いやがる。そりゃそうだろ。この腕はドライブ……いや、魂すら浸食する猛毒と、光をも飲み込む影を操れる事がわかってきた。……まだ底知れない力があるかもしれない。俺だってわかる。この腕は、俺の憎悪すらも食い物にしているって。戦う時こそ、冷静にならなきゃいけないんだがな。
でも、やっぱり、あいつの事が脳に焼き付いて離れねえ。それに、エレノアにルゥも……。子供狩りとか言う、ふざけた理由で、なんでシスターが死ななきゃなんねえんだよ。ああ、思い出しただけで腸が煮えくり返りそうだ……。
「憎悪の感情はお前の為にならんぞ」
俺の背後で声がする。しわがれた老人の声……エルだ。
「……わかってるよ」
俺は振り返らずに答える。
「まあ、少しは精神的にも成長したようだな。まだまだだが」
「るせえな」
「レベッカがお前を探しているようだぞ」
エルの方を振り返ると、エルは林の方を指さす。牛の獣人の姉ちゃん――師匠が俺が振り返るのを見て手を振っているのが分かった。
「行くぞ」
エルは師匠の方に向かって歩き出す。俺は静かに頷いて、それについていった。
師匠の元まで歩み寄ると、師匠はいつものように微笑んでいる。師匠の微笑みは、なんだか安心するものがあるな。
「毎日来てるのね。バロンもきっと喜んでるわ」
「別に、ちょっとしか一緒にいなかったから、何の感情も湧かねえよ」
「そう。そろそろ戻りましょう。団長がすぐ出発するって」
「……わかった」
俺はおもむろに黒衣のフードを深く被る。師匠がそれを確認して、俺の前を歩いた。俺達はそれについていく。林の中はそこまで木々が密集していないので、ある程度の陽の光が木々の隙間から漏れている。
「そういや、師匠はいつからこの傭兵団にいんの?」
俺はなんとなく尋ねた。本当になんとなく気になったからつい聞いてしまった。
「私は弟の為に働きに出てたの。そこで偶然、団長とフィリドラに会ってね。それで、事務兼団員として勧誘されたワケ。まあ、団長はともかく、フィリドラは事務的な仕事がどうも苦手みたいで、ね」
師匠が思い出したかのようにくすくすと笑う。鈴みたいだ。
「師匠に弟がいたのか」
「ええ。あなたぐらいの子がね。病弱で、今は教会に預けてるの」
師匠の表情が少し強張る。
「あの子の薬を買うためにお金を稼いでるわけね。幸い、傭兵稼業って結構稼ぎがいいから、毎月必要額を教会に渡せてるからいいんだけどね」
「ふぅん」と俺は返事をする。この人も「お姉さん」だったのか。それに、弟の為に毎日必死になってる。
「私達、似てるわね。アレン」
「……そうか?」
「もう。そこは、そうだな! って言いなさいな。いい男の秘訣よ」
師匠は困ったように笑う。……そんなものかな? ま、いいか。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.17 )
- 日時: 2022/08/18 22:26
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
そして俺達は、次の拠点となる街へと出発した。出発する前、エルに何度も「忘れ物はないか」とか聞かれてたけど……。
「あると思うかよ」
と答えると、無言で頷くエル。まあ、そんなこんなで俺達は最小限の荷物で出発したわけだ。十数人程度の集団だから、荷物も万が一のための携帯食料と、緊急用の天幕ぐらいだ。それに、近くの街まではそこまで時間もとらないだろうって団長も言ってた。
俺は皆についていきながら、あの村での出来事を思いふける。あそこで起こった事は、俺にとってはこれからも忘れられるようなものじゃないだろうな。はあ……。こんな短期間で、ただ修道院でのほほんと暮らしてた頃から、随分変わっちまったな。
「アレン、早くしろよ。夕方までに次の街に着きたい」
団長の声が響いてくる。副長は水筒の中身を口にしながら、「ま、いいじゃねえか」と笑っていた。俺はというと、「わかってるよ」と返事をして、皆を追いかける。
そうこうしているうちに、目的地の街へとたどりついた。……あれ、ここ。
「シスターと来たことがある」
俺がそうつぶやくと、エルは首を傾げた。
「お前の言っていた「シスターときた街」というのが、ここか」
「よく覚えてんな……ああ。ここの近所に多分、今は焼け野原になってる修道院があるはずだぜ」
「そうか」
俺とエルが話をしていると、団長が戻ってきたようだ。宿の手配をしていたらしい。1週間、ここで滞在するって言ってる。1週間か。
俺は街を見渡す。眼前に広がる市場。それに、買い物客やらで人がいっぱいだ。すると、師匠が近づいてきた。
「アレン、夕食までちょっと時間あるし、買い物に付き合ってよ」
「えぇ」
俺は思わず声を上げる。シスターもそうだったけど、買い物をすると、大体俺が荷物持ちなんだよなぁ。男の子だからってさ。
「なーに。別に変なところ行こうってわけじゃないわよ。エルもいいでしょ、一緒に買い物♪」
「我はいいぞ、カイモノとやらが気になる」
「エルはいいらしいわよ、アレン。どうする?」
くそっ、俺に断る権利ねーじゃんか!
「わかったよ、付き合うだけな」
俺はできるだけ「別に俺は行きたくないけどな」という意思表示の為に、嫌そうに答える。すると、師匠はパンっと音を立てて手を合わせ、ニコニコと笑った。
「それじゃあ行きましょうか。うふふ、こういう街は1か月ぶりだから、今の内にいろいろ買っておかないとねっ!」
「げぇ、俺やっぱ行かね――」
「だーめっ。一度言った言葉くらい、ちゃーんと貫き通さなきゃ!」
「……ちぇっ」
俺は舌打ちをする。エルはと言うと、普段の無表情は変わらないんだが、心なしか目を輝かせているような気がする。あいつ、初対面から思ってたけど、結構わかりやすいんだよなぁ。
「おい、アレン。いくぞ、レベッカとカイモノとやらをするのだ」
「お、おい、待てったら!」
二人がせかせかと歩いていくんで、俺も走って二人の後を追った。
―――
ま、男が荷物持ちになるのはもはや宿命なのかってくらい、俺は師匠とエルの荷物を両手に抱えている。内容は、武器を研ぐための砥石や研磨剤だったり、非常食用の干し肉やら干し芋、とにかく長持ちする乾物だったり、水の入ったボトルや、多分副長が飲むものであろう酒の入った大瓶。あとは、日用品とか。まあ、女の子が好みそうなものとは無縁の品々だ。
ただ、俺一人がそれを持つには少々筋力不足っていうか……重い。早く帰りたい。
「なあ、師匠~。帰ろうぜ~!」
「ん? ああ、あともうちょっとね」
「えぇ……」
俺はため息をつきつつ、持っている荷物を落とさないように抱えていた。腕が疲れてきた。
エルはと言うと、隣で俺の様子を見ている。手伝え! と言いたいところだが、エルは片腕。持てるモノなんてたかが知れてる。畜生、本当にしんどい!
「アレンは情けないな。その程度の荷物で音を上げるなど」
「じゃあ、お前が持つか?」
「我が持てるもの等たかが知れているだろう」
「わかってるっつーの」
「わかってるなら口にするな」
「……」
あーダメだ、こいつに口喧嘩とかで勝てる気がしねえ。
俺が師匠が早く帰ってこないかと思って、師匠の方を見ると……俺の目に黒い影が目に入った。……見間違いか? 黒く光る、あのぎらついた鎧。見間違いだといいんだが。行く先々で帝国の連中に会うとか、流石にねーよ。うん。
俺は見間違いだと思って、別の場所に目をやった。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.18 )
- 日時: 2022/08/22 22:42
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
宿に入って、割り当てられた部屋に入る。まあ少ない部屋を十数人で分けるって感じだから、3人くらいと相部屋になるのは当たり前だよな……。俺がそう思いながら、部屋に既に入ってくつろいでいた、俺より年下の「ヘクト」と、にっこり笑った緑髪の兄ちゃんの「モーゼス」兄ちゃんが、俺を見る。
「あら、アレン君。こっちへいらっしゃいな」
モーゼス兄ちゃんがそう言うと、ベッドを叩いている。こっちに座れと示しているんだろうな。ヘクトはというと、本を読み始めた。俺が座ると、兄ちゃんは満足げに笑い、俺の頭をぽんぽんと叩く。痛くはないけど、なんか……腹立つな。
モーゼス兄ちゃんの名前は「モーゼス・クレイセント」、師匠と同じく傭兵団の古株で、昔は教団騎士をやっていたんだとか。だけど、教団は帝国の悪魔皇帝に潰されたから、仕方なく便利屋をやろうとしてたら、傭兵団に誘われたんだとか。……教団ってのはよくわかんねえけど、シスターも神サマに祈ろうとか毎週やってたし、多分教団の人なんだろうな。……ってか、神サマってのは本当にいんのかよ? って考えてながらずーっとぽんぽんと叩かれて、いい加減ウザくなってきた。
「やめろよ兄ちゃん。痛くねえけどムカつく」
「あーらら、お気に召さなかった?」
兄ちゃんは俺に手を振り払われるも、相変わらずのにっこり笑顔。なんだか大人の余裕というのが感じられる。
「ちょっと静かに。本に集中できません」
向かい側のベッドに座るヘクトが、こっちを睨む。
こいつ、「ヘクト・レターニャ」は、1週間前に滅んでいた村で蹲って倒れているところを保護した、俺より2歳年下のヤツだ。魔法に憧れて、魔法の勉強をするために毎日本を読み漁ってるせいか、なんか言う事が理屈っぽくて苦手なんだよな……。
「あらら、怒られちゃった。ま、俺達の事は気にしないで、読書、続けてちょーよ」
「言われなくても、今読んでますよ」
ヘクトは本を読み続けている。
「何の本なんだ?」
俺は尋ねてみると、ヘクトは目だけこちらに向けて「何の本でもいいじゃないですか」と一言。……こういうタイプは苦手だぜ……。
だけど、エルが近づいてヘクトの隣に座り、彼の読む本を一緒に見始める。
「ふむ。マホウ……とは、理の外にある力。所謂、万物を凌駕するものというわけか。そして、魂に干渉し、つけた傷跡は修復に時間がかかると。マホウの傷を治せるのは、「治癒魔法」という、万物を修復させる力のみ。本当に存在するのだろうか?」
エルの一言に、ヘクトはエルの方を見て大きく頷いた。
「もちろん、少数ながら魔法を使うヒトは存在します。例えば、帝国の魔女と呼ばれる、宰相ゴーテル卿! 彼女は万能属性といって、治癒魔法は扱う事はできませんが、この世に存在する全ての属性を司る魔法を行使することができるんです。しかも、学校の教科書にも載る人物ですよ。その功績は、己の魔法を応用し、誰でも魔法に似た技術を扱えるようになれる「術式」の開発。そして、機械や一部武器などの要となっている「星霊石」の精錬……そのほかにもありますが、そこは端折ります。とにかくですね――」
「ストーップストーップ、ヘクト君」
突然ヘクトが早口で語り始めた為、流石にまずいと兄ちゃんが止めに入る。良かった、結構眠くてキツかったし……。
「とにかく魔法はすごいって事ね」
「ええ。僕も魔法を使う素質があれば、ゴーテル卿のような素晴らしい人の右腕になれるよう努力していたのですが」
ヘクトは残念そうに肩を落とした。
「今や彼女は帝国の悪魔の手下と成り下がってしまいました。……素晴らしい人なのに、なぜ皇帝なんかに下ってしまったのか。本当に惜しい話です」
ヘクトはその後も淡々と、帝国の悪口に近いような話を続け、俺はいつの間にか眠ってしまったようだ。気が付くと、窓から明るい日差しが入ってきていた。
「おはよ、アレン君」
「おはようございます、アレンさん。僕の話の途中で寝てしまうなど、言語道断です。この恨みは忘れませんから」
……やっぱこいつ好きになれねえや。俺のヘクトへの評価はそれだった。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.19 )
- 日時: 2022/08/20 22:34
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
私達は今、フォートレス王国の「ロンディーネ・クルーガー」公爵が統治する、クルーガー領へとやってきていた。本来ならば、わざわざ私が出向く迄もないんだけど……彼には父上が生きていた頃に世話になっていたし。私自身で「けじめ」をつけるのも、道理って奴だと思ったからだわ。
「この領地の領主である「クルーガー公」は、密かに帝国への謀反を企てていると、密偵の報告がありました。いかがいたしますか?」
「……当然のことを。あの男に私に牙を向ける事の無意味さを教えて差し上げるのですよ」
私はバーバラの問いに、即答する。悪い芽はさっさと間引きするに限るわ。だけど、一度だけ慈悲も与えてもいいかもしれないわね。どんな反応をするのか……もしかしたら、命乞いでもしてくれるのかしら。なんて考えていた。
「ねえ、なにするつもりなの?」
ネクが私に尋ねてくる。ネクはわかっていない様子だ。
クルーガー公には一人娘がいる。そりゃあもう、目に入れても痛くない程のかわいい娘さん。そいつを使えば、面白い結果になりそうだわ。……もし、従わなかったとしても別に問題ではない。捻じ伏せればいい、いつものように。
私達は騎士達を引き連れ、クルーガー公のいる居城へ出向いた。私の姿を見るや、即座に公の元まで案内される。白を基調とした、上品な白亜。廊下は歩きやすいよう、絨毯が敷かれている。そこをしばらく歩くと、応接室へと通された。中には長い波打ったような黒髪を持つ壮年の男……「ロンディーネ・クルーガー」が向かい合ったソファの前で、私達を迎え入れる。彼は私を向かい側のソファに座るよう促した。お言葉に甘えましょうか。私はそう意思表示し、彼の向かい側に座る。公が、近くの使用人に手で合図し、私にお茶を持ってこさせていた。ま、使用人が私達の目の前にカップを置く迄、私達は無言だったのだけれど。
長い沈黙を破るように、公は口を開いた。
「陛下……突然の御訪問、驚きましたぞ。いかがされたのですかな?」
とぼけちゃって。ま、当然か。反逆しようって人間が、「陛下、あなたを今ここで殺します」なんて口にするわけがない。そんなマヌケも見た事もない。我ながら笑ってしまうわ。
とはいえ、私もポーカーフェイスは慣れたもの。私は、カップの中身を口にする。……毒でも入ってるかと思ったけど、普通の粗茶ね。私はカップで口元を隠しながら、彼に向かって一言。
「いえ。面白い噂を聞きましてね」
「面白い噂ですか」
「ええ。あなたが謀反を企てているという」
かすかに彼の眉が動く。にらめっこは苦手みたいね。
「なるほど。……ですが見ての通り、我々はこうして陛下を招き入れ、この部屋にいる者といえば、私の使用人二人、そして、ゴーテル卿とあなたの妹君だけではありませぬか。それでも信用ならぬと?」
「ええ。私……他人は信用していませんから」
「ふむ、それは正しい判断です」
私の言葉を肯定する公。ま、その余裕がいつまでもつか。
「公、私は一応あなたの事を一目置いていたのですよ。あなたは過去に父上を補佐した宰相の一人でしたから」
「やめてください。今は違います。こんな辺境の土地に追いやられ、寂しく余生を過ごしている」
「あなたには、愛する妻、そして一人娘がいらっしゃいます。それは大変幸福な事ですね」
「……妻は昨年亡くなりました。今は一人娘だけです」
「それはご愁傷様。まあ、それはいいとして」
私の意図が読めないのか、公は怪訝な顔をする。そりゃそうだ。傍から見ればただ世間話をしに来ているような会話だ。
「何が仰りたいのですか?」
流石に突っ込んできたわね。私はその言葉に反応するように、カップをテーブルに置く。カタンと音が鳴り響いた。
「あなたの娘、「アイリス・クルーガー」は今、どこにいると思いますか?」
私がそう問うと、公は「は?」と本当に笑ってしまいそうな間抜けな声を出す。
「娘は今、騎士団の兵舎で訓練をしていると思いますが。それが何か?」
「本当に、訓練している最中だと思う?」
私は質問で質問を返す。私は指を組んでその上に顔を乗せる。ま、ここまで言えば、今がどういう状況か……サルでもわかるわ。
「――貴様!」
ようやく状況を理解できたのか、公は声を荒げて立ち上がる。テーブルが音を立ててひっくり返り、公が私の喉元に剣先を突きつける。……とんだ親バカね、娘の危機と知れば例え皇帝相手だろうが、剣を向ける。愚かだわ。本当に、本当に……
「愚かな男」
私はくすりと笑う。私は彼を見上げる形となり、彼の表情は憎悪で満ちて歪んでいた。怒りと殺意……それが交じり合ってる顔。
「娘はどこだ!?」
「大丈夫ですよ、娘さんをちょっと借りに来ただけですから。最も……あなたが謀反なんて馬鹿な事を考えなければ、今頃娘さんは幸せにお父様と一緒にいられたんですが……」
私はそう答え、彼が向ける剣を握る。手からは血が滲む。今更血が流れたって、たいして変わらない。
「皇帝たる私に無礼な真似を。『跪きなさい』」
そう言い放つと、ネクが拳を振り上げ、一気に振り下ろす。彼の身体が何か重石に叩き潰されたように、圧し潰されていた。ミチミチと音が鳴り、彼も床に突っ伏し、口から真っ赤な血を吐き出した。
「ぐ、ぅ……ぎっ……貴様……!」
彼はまだ反抗的な目で私を見る。……手加減してあげてたのに、まだ睨む元気があるみたいね。……ま、いいわ。どうせ公は私の道には必要のない人間。ここで片づけてしまうか。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.20 )
- 日時: 2022/08/22 22:50
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
その刹那、バーバラは私の脇へ瞬時に割って入った。
「陛下ッ!」
バーバラの怒号と同時に部屋の窓が壁ごと耳障りな音を立てながら破壊される。その拍子にネクは公へかけていた重力を解き、バーバラは光の壁を私の前に貼った。砂埃が立ち込め、奥から姿を現したのは……
私が近衛騎士から解任したはずの「アルテア・エクエス」だ。相変わらずの巨体。銀色の鎧が光を反射し、のっそりと一歩前に出る。紫の長い髪を揺らし、宝石のような翠色の瞳をこちらに向けた。……いや、厳密には、公の方を見ていたのか。
「ロンド公。お助けが必要でありましたかな?」
アルテアがそう笑いながら彼に向かって言い放つ。
「馬鹿な……。この通り、私は心配されるほど年老いちゃいないし怪我もしていない。貴殿こそ、些か遅いのではないか? 私はもう少しで殺されるところだったぞ。それに、壁を壊しおってからに。これは報酬を減らさせてもらう他ないな」
「そりゃあ申し訳ない。では、今からご期待に添いますので、何卒ご勘弁を」
アルテアの目が私に向けられると、持っていた太い槍を私達に向ける。
アルテア……元近衛騎士であるあなたが、私にその槍を向けるだなんてね。その槍……「プログレス・リターナ」は、父上から賜った物なのでしょう? 父上への忠誠の証だと。バーバラに術式を施してもらった、特別な長槍なのでしょう?
私が口を開こうとすると、バーバラがそれを制する。
「アルテア……その槍を陛下に向ける事が、どういう意味なのかわかっているの?」
彼はバーバラの姿を見やると、少々驚いたように目を見開く。
「ゴーテル卿……!? 行方不明だったと報告を受けていたが――」
「この通り、私は地獄の底から舞い戻ってきたわ。陛下の望みを叶える為にね」
バーバラの言葉に、アルテアは怒りを露にする。
「……貴様こそ、陛下が今まで何をしていて、それを解って言っているのか!?」
「ええ。全て目にし、時には私も加担した。だけど、それがこの子の望みなら、私は叶えなければならない。それが、亡き皇后の願いでもあるのよ!」
「ふざけやがって……亡き皇后があんな……っ! ……あのような虐殺を望んでいると思っているのか!」
「それでも、私はこの子の唯一の味方でいなければならない。この子の心の拠り所でなくてはいけないのよ! その為なら、世界を敵に回してもいい。あんたなんかには死んでもわからないのよッ!」
バーバラがそう言い終わり、手に炎の魔力を集め、アルテアに投げつけた。炎がまるで銃弾のように速く飛ぶ。アルテアはそれをぼーっと見ているわけでもなく、手に持っている槍を構え、その火炎弾ごと貫き、バーバラへと突進した。アルテアが叫ぶ。
「フィリドラ! ロンド公を避難させろ!」
気が付かなかったが、背後には赤髪の女――「フィリドラ・ソレイズ」が控えていて、ロンド公を脇に抱えてアルテアの背後を素早く抜けて行った。そういえば気づかなかったけど、ロンド公の使用人二人も見当たらない。……クルーガー公、それにアルテア。最初から私が来ることを予見していたとでも? いえ、半分当たりで、半分不正解みたいね。娘の件は本当に気づいていなかったようなのだから。
「陛下に逆らうなら、あんたも燃やし尽くしてあげるわ!」
「やれるもんならな……俺のしぶとさは、あんたも知ってるだろうよ!」
「ほざけ!」
アルテアとバーバラが槍と魔法の打ち合いをしている。加勢しないと……バーバラが皆が恐れる魔女だからといって、アルテア相手なら手古摺るはずだわ。
そう思い、私はアルテアに向かって手をかざそうとした。
「――やらせない!」
私の目の前に一瞬で肉薄した黒い影が迫った。黒い長い波打った髪をなびかせて私の目の前で剣を振り下ろす女剣士……。私は、瞬時に「ネク!」と叫ぶ。ネクは私の前に立ちはだかり、光に包まれる。私はそれを手にとって女剣士の剣を受け止めた。
「っ!? なに、それ……女の子が剣に……エルと同じ!?」
女剣士が叫びながら後退する。私は無表情で手に持ったネクに纏わりつく光を払うように振った。光が取り払われると、光を反射する程の光沢がある白銀色の両手剣が姿を現す。穢れのないその剣を初めて見た時は、私もその美しさに目を奪われたものだわ。
「ネク、あの女をまず殺す。次はアルテアよ。わかってるわね」
『うん』
私の言葉に元気よく返事をするネク。いい子ね。
私は彼女を真っ二つにしようと、両手剣を思い切り横に振る。光の斬撃が弧を描き、銃弾のように放たれた。
だけど、彼女はそれを身体を捻らせてひらりと躱し、残像が見える程の素早い動きで私の懐へと迫る。……スピード系のドライブか。厄介だけど、敵ではないわ。
私は彼女の動きを読み、懐に入る瞬間に横へ剣を振った。
「きゃあ……っ!」
彼女は悲鳴を上げる。そのはずだ。私が彼女を斬ったのだから。でも傷は浅いみたい。仕方ない、私はまだ両手剣に慣れていない。……というより、戦闘経験が皆無だしね。
女剣士の傷は胸から横腹にかけての浅傷。でも、十分よ。私のドライブ能力はネクと同じく、オーラ……いえ、魂に直接干渉できる。バーバラの魔法と全く同じ性質を持つ!
「その程度で済んでよかったわね。名も知らない、牛の剣士さん」
「くっ……! あなたも、魂に傷をつける事ができるようね……」
あなた"も"? 他にもいるのかしら。まあ、どうでもいいか。
「どうせあなたはここで死ぬ。いいえ、この領地は我々帝国が掌握します。私に従わぬ者がどうなるか……あなたもその身で痛感し、あの世の宰相達と共に知るといいわ」
私がそう言い放つと、剣を振り下ろした。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.21 )
- 日時: 2022/08/22 22:53
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
だけど突然、ネクが今までにない叫び声をあげた。
『ソフィアちゃん、あぶないのがちかづいてくる、よけてっ!!』
私も突然の事で女剣士へのトドメの一撃を逸らしてしまった。その隙を狙ってか、彼女は傷口を素早く抑えながら後退する。アルテアの方も槍でバーバラの火炎魔法を貫き、薙ぎ払った。バーバラが危ない!
「でありゃああぁぁぁっ!」
私がバーバラに気を取られていたからか、すぐに迫る黒い影には気が向いたなかった。魔物のような化け物の右手が、私を襲う。私はそれを回避したつもりだったけど、できてなかった。頬と胸に獣の爪で切り裂かれたように傷ができる。……それにこの傷。オーラごと引っかかれてる? こいつ……一体。
「師匠、団長! 無事か!?」
黒衣の少年が唐突に現れ、私の事を見向きもしない。腹が立つわね。
「待ってろ、こいつを――……っ!?」
彼は私の顔を見て目を剥いた。……私も彼の顔を見て、その場で硬直したわ。
……だって彼、私と同じ顔をしているんだもの……!
な、なにこれ。鏡? それとも幻覚? ……なによ、これ。なんなのよ!?
「顔が、同じ……!? クソ、気持ち悪い。お前は一体何なんだ!?」
彼も私の顔を見て憤怒している様子だ。それはこちらのセリフよ。なぜ貴様は私と同じ顔をしているの!?
「同じ顔が目の前にあるなんて、本当に気持ち悪い!」
私は脳裏に浮かんだ言葉をそのまま彼にぶつけた。訳が分からない! こいつ、一体何なの!?
―――
なんなんだよこいつ……! 俺と同じ顔してやがる!? 気持ち悪ぃ……「同じ顔が目の前にあるなんて気持ち悪い」? そりゃこっちのセリフだっつーの!
「エル、こいつ一体なんなんだよ!?」
『我に聞くな。だが、我もこいつの持つ武器に対しては、お前に同意する』
エルが俺に目を向けながら、ため息をつく。それを聞いた、あっち側から
『それはこっちもおなじだよ! わたし、あなたとあなたのもつぶき、きらーい!』
幼い女の子の声だ。……あの武器、しゃべんのか!? エルの友達か? ……ってなわけねえか。
「……貴様はここで殺すべきだわ。存在が許されない。私と同じ顔を持つなんて、虫唾が走る!」
こいつ……無表情だけど、なんだか心の底から怒ってるみたいだ。いや、嫌悪感? なんだろう、俺を拒絶してるって感じかもしれない。とにかく、そんな感情が伝わってくる。……だけど、その気持ち、わかるぜ。
「うるせえよ……俺も貴様は殺したくなるほどムカついて仕方ねえ……! 俺の顔で気色悪ぃ事言ってんじゃねえよッ!!」
俺はそう言ってエルを握り締める。エルも俺と同じ気持ちなのか、それとも別の意図があるのか……とにかく、いつものように諭してこなかった。と、思う。正直、ここからは周りの事は全然見えてなかった。
俺と奴は互いに剣を振る。剣同士がぶつかり合い、鋭い音と衝撃が走る。
「貴様は殺す……!」
俺が叫ぶと、右手で奴の身体を切り裂こうと振った。だが、奴はわざと俺に腕を捕まえさせ、俺の顔目掛けて、剣を槍のように突き刺す。俺は咄嗟に横へと顔を逸らした。だが、奴は剣をそのまま振り下ろそうとする。
「フン!」
「クソがっ!」
俺は掴んでいた腕を放し、咄嗟に転がる。
だけどすぐに立て直し、俺の影に手を当てた。
「喰ってやる!」
俺と奴を飲み込もうと、俺の影が大きく伸び、まるでそれは人の何倍もある大蛇が、獲物2匹を飲み込むように口を開いていた。だが簡単には飲み込まれまいと、奴も剣を両手で握り締め、光を放って影を切り裂く。
「跪け!」
奴が握り拳を力強く振り下ろす。その瞬間、俺の身体に重石が降ってきたかのような重みを感じた。いや、感じただけじゃない! まるで俺の一回りも二回りもでけえ岩が、俺の身体を圧し潰している感じだ! 俺は重みに耐えきれず、喉からドロッとしたものがこみ上げ、口から鉄臭いモノを吐きだす。血だ。クソ、このままじゃ……!
『好きにさせん』
エルの声と同時に、俺への重みが消えた。……サンキュ、エル。
『やっぱおまえ、きらい! だいっきらい!』
俺への拘束が解かれて、あっちの武器が心底お怒りのようだ。まあ、いいや。そういや、奴はさっきから表情が全く変わらない。そういうところも気持ち悪い!
俺は右腕を振り上げて、奴の頭を狙う。
「私に触れるな!」
奴はそう叫ぶと俺の右腕を薙ぎ払う。
だが、俺は全くひるまず、左手のエルを振り下ろした。ザシュッと、肉を斬る手応えと音が響く。奴も突然の事で目を白黒させていた。……やったのか!?
「……ごぼっ」
奴は静かに血を吐き出すした。血が床にビタビタッという音を立てながら広がる。奴の白い服も真っ赤な液体が広がっていく。俺の斬撃で服も赤と白のまだら模様になっていた。
「……貴様」
奴が憤怒と憎悪に満ちた表情を俺に向ける。
「殺す……殺す、貴様は絶対殺す……!」
憎悪の言葉を口に出す。その瞳は赤く、俺を捉えている。
俺に対する怒りと憎しみの感情を剥き出しにした奴が、俺との距離を詰め、剣を振った。その斬撃を見抜けず、俺は腹を斬られた。しかも、深い!
「があっ!」
俺は悲鳴を上げて、後ろへと倒れこんで仰向けになった。上半身だけ起こすも、俺は先ほどの圧し潰しと怒りの一撃によって、体力がかなり消耗していた。それに、激痛で上半身を建たせて奴を睨むのが精いっぱいだ……!
「しね……しねっ、しねっ、死ね!」
奴の剣が俺に襲い掛かる。俺は思わず目を瞑って顔を逸らした。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.22 )
- 日時: 2022/08/23 23:11
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
いつまで経っても痛みは襲ってこない。だけど、代わりに、温かい物が俺に覆いかぶさった。……瞼を開ける。黒い髪がさらさらと流れている。誰かの背中――
師匠!?
「し、しょう……師匠! なん、で!? 師匠、目を開け――」
師匠の肩をつかんで起こそうとする。だけど、手にはべっとりと赤いものがついていた。一瞬理解できなかった。
冷たくて、大量に溢れて、ずっと流れてて……
「な、ん、で……おい、嘘だろ……ししょう……!?」
俺が叫んでも目を閉じたまま開かない。嘘だろ、こんな……嘘だ……!
脳裏にシスターのあの姿が映る。高らかに嘲笑うあの赤い奴の声が響く。燃える修道院の前で、何もできずに呆然と見ていた、あいつの後ろ姿が目に浮かぶ。……いやだ、なんでだ。また俺が無力だから……!
「今度は貴様だ……」
耳障りな声が聞こえる。ああ、うぜえ。貴様のせいでこんな事になったんだろうが……!
貴様が! 貴様さえいなけりゃ! キサマガッ!!
「キサマガアアァァァァァァッ!!」
俺の意識はそこで途切れた。
―――
その瞬間、背中に衝撃……いや、壁を貫いて私は吹き飛ばされる。奴は右目が赤く、顔が……いや、身体の半分が黒く染まり、何かに侵食されているような見た目。背中からは漆黒の翼のようなモノを広げている。瞳は右目は真っ赤に染まり、こちらへの殺意を剥き出しにしている。禍々しい……彼の今の見た目は、そう。昔読んだ本に載っていた。「魔神」って名前だったかしら。
「ハハハハハハッ!」
突然奴は高笑いを上げた。まるで、気が触れておかしくなった狂人のような笑い方……今まで我を忘れていたけど、その笑い声を聞くだけで現実に引き戻された気分だわ。
「この力さえあれば、シスターも、エレノアもルゥも、バロンも! 師匠も! 取り戻せる! 貴様を殺せばあああああっ!!」
彼はそう言いながら瞬時に肉薄し、私の目の前に現れた。右手で私の身体をさも簡単そうに握り、私を床へと叩きつける。まるで、地面で卵を割るように。身体全体に衝撃と激痛が走り、私は口から血を吐き出す。床に穴が開き、瓦礫が飛び跳ねた。爆発したみたいに。
「あっけねえなァ、あっけねえよ! もっと抵抗してみろよ! アハハハハハハハッ!」
奴が高笑いを上げて私の頭を踏みつぶす。そのまま、頭を潰してしまおうと、力が込められる。
だが、私の眼前に氷の破片が飛び散る。……氷魔法。バーバラだわ。
「陛下ッ、今お救いします!」
「てめえも……こいつの仲間かよ。てめえもッ!」
奴の狙いがバーバラへと向けられる……ダメ、バーバラ!
「邪魔すんじゃねえよ、クソ野郎が!」
奴はバーバラの首をつかみ、私と同じように壁に叩きつけた。壁がガラガラと音を立てて崩れ落ちる。このままじゃ……!
バーバラに続いて、帝国軍の騎士達が私を守ろうとしたのか、それとも奴を止めようとしたのか。どちらにせよ、武器を手にこちらへと突進してくる。だけど、結果は目に見えていた。彼は右腕で騎士達を薙ぎ払い、追い打ちに自身の翼を伸ばして、そう、翼が蛇のように長く蠢いて、騎士達の四肢や腕に食らいつき、引きちぎった。なんて奴……!
でも、奴の狙いは再び私へと向いた。私の頭をつかみ、宙に浮く。首だけで体を支えているような形だ。……首がもげそう。奴はそのまま私を投げ飛ばす。壁に叩きつけられ、また壁が埃をまき散らしながら瓦礫を作っていく。私はされるがままだった。
「てめえから死んじまえよ、なあ!」
彼は再び私の頭をつかみ、ガンガンと何度も床に叩きつけた。叩きつけられるたびに、肌に亀裂ができてそこから血が噴き出す。次第にぐしゃりぐしゃりと潰れる音が鳴り響き、私の反応が薄くなる度に彼は激昂していた。
「ああ、うぜえうぜえうぜえ! 全員殺す、皆殺しにしねえと――」
奴がそう目を見開きながら叫んだ。凄まじい憎悪を感じる。まるで……そう、私が皆から裏切られて、怒りでどうにかなりそうだった、あの時みたいに。
「やめろ、アレン!」
だけど、狂いながら叫ぶ彼に向かってかけられた声が。アルテアだ。
「アレン、レベッカは生きている! だからもう鎮まれ!」
アレン……それが貴様の名前なのね。
アレンは首だけをアルテアの方に向けて、憎悪に満ちた目で睨んでいた。
「なんで止めるんだよ……こいつらは帝国軍だぞ。帝国軍なんか一人残らずぶっ殺しちまえばいいだろうがッ!」
「お前まで帝国の悪魔と同じムジナの穴に落ちるつもりか!?」
「うるせえ! うるせえうるせえ、邪魔すんじゃねえよ!」
言い争っている……今が逃げるチャンスかしら。
私がそう考えながら体を起こそうとする。ダメだ、骨を折ったのかしら。身体が動きやしないわ。……いいえ。この感覚は、多分……体を守るオーラが消えた。「オーラ切れ」ってところかしら。
「アレン、私は無事よ……お願いやめて!」
私が斬った牛の剣士さんの声が聞こえる。姿は見えないけど、よく無事だったわね。
「アレンさん!」
幼い子の声。男? それとも女?
「アレン君、駄目だ、そんなものに身をゆだねては……!」
年上の男の声も聞こえる。皆必死にアレンに呼びかけている。……いや、目線を彼の方に向けると、皆彼の身体を抱いて、何とか止めようと必死みたいだ。
彼の仲間かしら。口々に叫んで、暴れるアレンを抑え込もうとしている。抵抗されて怪我まで負っているっていうのに、彼らは止まらない。大切な大切なお仲間がいるって事?
いいわね、恵まれてる人って。……私にはそんな人はいなかった。叱りつけてくれる人も、必死に呼びかけてくれる人も、寄り添ってくれる人も。バーバラとアルテア、それにフィリドラ以外にそんな人はいなかったわ。
ふと、私の目から熱い物がこみあげて零れる。
うらやましいなぁ……。
私はそう思いながら彼らから目を逸らす。これ以上見ていたら、きっと羨ましくて仕方なくなってくる。
そこにバーバラが近づき、私を軽々と抱き上げて、外に向かって叫んだ。
「撤退! 陛下が負傷されたわ、全軍撤退よ!」
……撤退。そうか、私は負けたのか。まあ、いいか。あんな化け物に勝てっこないし。私はバーバラの胸の中で瞼を閉じた。いや、それと同時に意識がぶつりと切れてしまったみたいだ。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.23 )
- 日時: 2022/08/24 22:43
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
俺は……一体。
目を覚ますと、いつぞやのように天井が眼前に広がる。……2度目か。俺がそう思い、上体を起こすと、身体全体に軋むような痛みが走った。
「いってぇ!」
「起きたか、アレン」
しわがれた老人の声……ああ、エルか。
「この莫迦者が。憎悪に身を委ねてどうする!」
痛みに苦しんでいる俺に向かって、エルは眉を寄せて怒っていた。珍しい。いっつも無表情だったから、そんな表情もできんだな。
「お前って怒るんだ」
「茶化すな。お前はもう少しで本当に化け物になるところだったのだぞ! 忠告したはずだろう、その右腕に呑まれれば、お前はお前でなくなるのだ!」
……確かに、師匠の亡骸を見てから、なんか俺……俺じゃない俺になってた気がする。よく覚えてねえけど……。
「なあ、師匠は?」
俺は師匠を守れなかったことに怒りと悲しみで頭ん中がいっぱいいっぱいだった。……師匠、俺なんかを守って――
「アレン、起きたかしら?」
タイミングよく部屋に入ってきたのは……えっ師匠!?
「ひぎあっ! 幽霊!?」
「誰が幽霊よ、足ついてるわよ!」
「えっ、師匠!? 死んだはずじゃ……」
「もう、勝手に殺さないで頂戴。私、素人相手に急所を外すくらいの芸当は得意なんだから。ふふっ」
師匠は悪戯っぽく笑うと、俺の寝ているベッドへと近づく。
「アレン、大丈夫だったの? その……あなたの姿が、あんな禍々しいものになってたから」
彼女の表情が一変、俺を心から心配するような声と態度と表情。……俺もそう思うよ。
あの時の俺、どうなっちまってたんだ?
という疑問を解消してくれるかのように、エルが咳ばらいをする。
「あれは、お前の憎悪がそうさせた。我の右腕は、持ち主に寄生して、負の感情を糧とし浸食する。いずれ、宿主の魂を食らいつくす為にな」
「うえぇ」
気持ち悪いな。なんだよそれ。あぶねーじゃん。
「元々の持ち主であるあなたは、一体何者なの?」
師匠が当然気になる事をエルに聞いてくれた。代弁ありがとうございます、師匠。
「知らん」
ま、当然の答えだった。
「でしょうね」
師匠も肩をすくめて苦笑いする。
いや、それよりも……
「師匠、大丈夫なのかよ。あいつに斬られただろ」
「ん」
師匠は短く声を出した後、両手を挙げてにっこり笑った。いつもの笑顔だ。
「この通り、無事よ。ま、オーラごと斬られたし、多分魂に直接干渉する斬撃だから、しばらくは養生しなきゃ、だけどね。所謂「オーラ切れ」って奴?」
「オーラぎれ?」
俺は聞いたことのない言葉を口にした。師匠ははっと気づいたように目を見開く。
「あ、そっか。「オーラ切れ」っていうのは、身体を守るオーラのバリアが消えた状態の事よ。滅多な事じゃならないんだけど、限界までドライブを使い続けたり、オーラに直接干渉するようなドライブの攻撃、魔法による攻撃を受けすぎたりするとね、オーラが消えてしまうのよ」
「オーラ切れになったらどうなるんだ?」
「まあ、ドライブが使えなくなるのはもちろん。身を護る鎧が消えるわけだから、丸裸ってわけ」
「ま、まる!?」
俺は多分顔が真っ赤になってると思う。丸裸だなんて……。俺がそういった反応を見せると、師匠は大笑いした。
「もう、ウブなんだから! 大丈夫よ、オーラ切れを起こしたら休めば元通りになるから。……ただ、魔法による傷は結構深いから、治りが遅くなるし、治る保証もないんだけどね」
「師匠は、治るのか?」
「当たり前じゃない。伊達に何年も剣士やってないわよ。だから安心して♪」
師匠が笑いながら、俺の頭を撫でる。……なんだか、こうしてもらうとすごく安心するな。
そう思っていると、エルが俺達の間に入ってくる。
「だが、アレン。今はそんな事はどうでもいいのだ。重要な事じゃない」
あ? なんだよ、改まって。
「あの白髪の女。……お前の顔にそっくりだったな」
……あいつの顔か。確かに気持ち悪かった。あいつは俺を拒絶してたけど、俺だってあんな奴……嫌いだし消えてほしい。本当に気持ち悪いぜ。
「……その事だけどね、アレン。団長がその事で話があるんですって」
「えっ?」
「ま、私も一足先に事情を聞いたわ。本当に驚いちゃって、今でも信じられなかったくらいだもの」
「な、なんなんだよ……」
信じられないような事実って一体……絵本とかでよくある、自分の影とかだったりしてな……ハッ、なわけねえか。我ながらしょうもない。
「団長を呼んできてくれよ、師匠。俺、この通り動かねえんだよ、身体」
俺がそう言うと、師匠は頷いて「ちょっと待っててね」と言い残して部屋を出ていく。……つーか気づかなかったけど、この白い壁に綺麗な床とか壁とか天井。それに無駄にデカい窓。……ここ、クルーガー公爵の居城じゃなかったっけ。よく見たら、ベッドも無駄に広くて、シーツの質もいい。あ、ダジャレじゃねえぞ。
「俺、こんな高そうなベッドで寝てていいのかよ……」
貧乏育ちの俺には敷居の高すぎる部屋だぜ。
「人間の価値観は我には理解できん。だが、良いのではないのか? アルテアもしばらくここに滞在すると言っていたし、お前が寝ている間、同盟も結んだようだぞ。ただ、この領地は捨てるらしいな」
え、聞いてねえよ。いつの間にそんなに話が動いてたんだ?
「なんだそれ、聞いてねえ」
「そりゃそうだろう、お前は寝ていたのだから」
「ちなみに、俺……どれくらい寝てた?」
「今日で4日目になるところだった」
「そんなに……」
結構体の負担大きいな、この右腕……。
「アルテアが来たぞ」
エルは扉の方を指し示し、そう言った。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.24 )
- 日時: 2022/08/24 23:39
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
目を覚ますと、ベッドの脇で今にも泣きだしそうな顔のバーバラが、私をずっと見つめていた。バーバラの身体は傷だらけの包帯だらけ。ボロボロだった。だけど、私が目を覚ますのを確認すると、一気に涙をポロポロと流し、私を両手で抱きしめた。強く。
「ソフィア……! 良かった、目を覚ましてくれて……」
バーバラは涙をこらえながらも、目から止め処なく流れて落ちて行く。私はというと、そんなバーバラに、「心配かけてごめんなさい」と言う。その言葉を聞いた彼女は首を振って、私の目を見て強く言った。
「なぜ謝るの? 謝るべきは私よ! あなたを危険な目に遭わせて、あなたまで失ったら、私……私は、あなたのお母上やお父上に顔向けできないわ!」
……ありがとう、バーバラ。あなただけでも私の味方でいてくれて、本当に嬉しい。
そんな私達の様子を見て、隣に立っていたネクが口を開いた。
「ソフィアちゃん、よかったね。ずっとねつがひかなかったから、わたしもしんぱいしてたの」
ネクは微笑んだ。……わたしはネクの頭に手を伸ばし、優しく撫でた。傷だらけの腕。包帯に巻かれたそれは、自分で見ていても痛ましいものだ。撫でられたネクはというと、無邪気に笑みを浮かべていた。
「バーバラ、私はどれくらい眠っていたの?」
「今日で4日目になるところだったわ。すぐに食事を――」
「いいえ、必要ないわ」
私に気をきかせてくれたのだろうけど、今は必要とはしない。なぜなら、それより気になることがあったから。
「ねえ、ソフィアちゃん。わたし、きになってたけど」
「なあに?」
ネクは私に向かって首を傾げた。彼女は私も気になって仕方なかった事を代弁してくれる。
「あのきんぱつのくろいやつ、なんなの? ソフィアちゃんのかおとおなじかおしてた」
バーバラがそれを聞くと、少し悩んだ後、口を開いた。
「……冷静になって、聞いてくださる?」
彼女の言葉に、私は頷く。
―――
この国、「アルゼリオン帝国」では9年前に皇帝と皇后の間に双子が生まれた。双子の誕生に、両親である皇帝と皇后は手を取り合って喜び、双子の姉弟の誕生に周囲は祝福と歓喜に包まれていた。
姉には古代語で「永遠不滅」を意味する「ソフィア」、弟には古代語で「絶望からの再生」を意味する「アレン」と、それぞれ名をつける。二人がいつか皇帝となった時、支え合って生きて行けるように。そういった願いを込めて……。
だが、双子の子供たちは、宰相一派の目論みにより引き裂かれる。
彼らは、いずれ皇帝になるのならば、扱いやすい女の方がいい。と結論を出し、弟の方をさらったのだ。
その事をいち早く気づいた教団騎士である「モーゼス・クレイセント」は、宰相一派からアレンを奪還し、皇后の元へ帰そうとした。だが、彼らはむしろ好機であるとし、モーゼスを皇子を誘拐した極悪人として告発したのだった。
教団からも皇帝からも糾弾を受け、モーゼスは妹のいる修道院へ身を隠したのだった。
この真実を知るのは、現在ではバーバラとアルテア、フィリドラ、そしてこの騒動の中心人物であるモーゼスのみである。
アレンはその後、死んだものとされ、現在の帝国では闇に葬られている。
―――
……団長の話が終わると、ため息をつく。
俺はと言うと、そんな話を聞かされても、嫌に脳は冷え切っていた。嫌に冷静になれていたわけだ。
「ま、お前は皇子だったんだ。「アレン・アルゼリオン」。それがお前の本当の名だ」
「……ふぅん」
「まあ、俺も倒れていたお前を見て驚いたもんだ。モーゼスって悪党がアレン皇子をさらって殺した。なんて聞いていたからな。……隠すつもりはなかったんだが」
団長は俺の目を見る。
「で、あいつ……ソフィア様はお前の姉なんだ」
俺の反応を伺っているみたいだ。そういや、部屋の扉が少し空いてて、団員たちがこっちの様子を見てる。その中に、もちろんモーゼス兄ちゃんもいる。
「……で?」
まあ、俺の答えはそんな簡素なものだった。
「……え?」
団長はやはりというか、目を丸くした。そりゃそうだ。そんな壮大な話の後の感想がこれだもんな。俺は団長と同じようにため息をついた。
「だからなんだよ。俺は「アレン・ミーティア」。古代語で「再生の星」って意味らしい。それはシスターが名付けてくれたんだ。で、妹の「エレノア・シャムロック」。弟の「ルゥ・ハンナ」。母さんはシスターの「レーナシャニィ・クレイセント」だ。ソフィアなんて女、知らねーよ」
俺がそう言い放ち、団長やその隣にいる師匠、扉の奥の団員たちを見た。皆各々目を剥いたりと驚愕の表情を見せていた。……ただ一人、モーゼス兄ちゃんだけは、目頭を押さえているようで、俯いていた。
「……そうか。ならいい」
団長は驚愕の表情から一変、満足げに微笑み、俺の頭をかきまわした。初めて会った時みたいに。
「でも、あなたが敵に回しているのは、実の姉なのよ?」
一応という感じで、師匠が尋ねてくる。俺は半目で師匠を見つめ返した。
「しらねーよ。あんな物騒な姉貴なんか。つーか、血がつながってるだけの他人じゃねえか」
師匠がその言葉を聞いてどういう顔をすればいいのか困っているようだった。複雑そうな感じだ。
「つーかさぁ……」
「あの男が私の弟? 馬鹿言わないでください。私に弟などいません。私の家族は、父上とバーバラだけ」
私は迷いなくそう言い放った。バーバラは期待通りの私の返事に頷いた。
「アレンは――」
「ソフィアは――」
『敵だ、あれは生かしてはおけない』
少年と少女は、憎悪に満ちた瞳でそう口にした。まるで吐き捨てるように。