ダーク・ファンタジー小説
- Re: 叛逆の燈火 ( No.164 )
- 日時: 2023/01/14 22:27
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
……感じる。アレンが目を覚ました。
私は椅子に座って居眠りしていたみたいだ。夢をみていたようで、そう。――アレンがあのお姫様に手を引いてもらって、闇の中から出ていく夢。
やっぱり、あいつには仲間がいるから、どんなに絶望の淵に立たされても、這い上がる。仲間という希望、希望の光に照らされた星。その星も、自ら光を放って、道標となる。……つくづく、腹が立つ。
あいつには……あいつだけ。あいつの周りに、なぜああも人が集まっていくんだろう。
「羨ましい」
私はそうぽつりとつぶやいた。
本心だ。心の底から、あいつの事を羨ましいと思っている。
「羨ましい」
一度思うと、止まらなくなる。
ほんのちょっと前まで、仲間なんていらない。私が信じる私の大切な人が、私の傍にいてくれるだけで、とても嬉しい。満足していた。
……でも、最近はよくわからなくなってきた。一人でいると、寂しくて、寒くて。
バーバラやネク、セイリオが近くにいるはずなのに、とても遠く感じる。それどころか、私の中に何かどす黒い大きな何かが、私を食らおうと近づいて、どんどん自分自身が遠くなっていっているような感覚すらする。
「……私はどうしたら」
どうしたらいいのか。当然だけど、誰も答えてはくれない。
「……セイリオ」
私が彼の名を呼ぶと、いつも彼は微笑みながら出てくる。
――はずだけど、最近はセイリオの声も、ネクの声も聞こえにくくなってきた。なにか、雑音に阻まれて声が良く聞こえないんだ。
<そりゃあそうよ。あなたは、元々ひとり。7年前のあの頃から、ずっと>
私の声が頭に響く。
<でも、それはあなたが招いた結果でしょ。それとも、今更。ひとりは嫌だ、なーんて言うのかしら?>
その声を聞くたびに、視界が黒く染まっていくような気がする。……私はその声を否定しなかった。
「ひとりか……私はあの日からずっと一人だった。なんだか、今は」
今は……
「空虚」
虚しい。とても。
「空虚に感じる」
何もかもが空虚。
<……そう。何もかもを否定して、奪って、好き放題している魔王の台詞とは思えないわね>
「でも、「世界の人間達から何もかも奪ってやる」って思っているわ。今も。で、好き勝手に奪ったりしてたらいつの間にか、私の周りには好き勝手な連中だけが残った。もちろん、私に殺されたくないとか、国の為の下らない義務感だけで残ってる連中もいる」
好き勝手にやってたツケが回ってきたっていうのもある。
あちこち壊して奪って、それで反抗してくれば、即座に潰す。……それがいつの間にか、人類を消滅させるに変わっていて。
「この思いは、本当に私の物なのだろうか?」
とさえ疑問に持っていた。
ああ、だけど一つだけ私の思いが、空虚な心の中に残ってた。
「アレンを殺す」
あの忌まわしい星の光が、どうも目障りで、邪魔で。消してしまいたい。
<それはずっと変わってないわね>
「あの時、お姫様の邪魔さえ入らなければ、確実に消せていた」
<ま、アレンを消したら、人類共を消滅させるなんて、簡単にできるわ>
頭に響く声は、きっと私の本心だろう。だからそれに従おう。私の心に。
私は立ち上がり、暗い自室のドアに歩み寄る。
「傭兵団は、アレンを聖者として祭り上げて、本格的に革命を起こすみたい。バーバラがそう言ってた。だから、こちらも歓迎してあげましょう」
<そうね。あなたはこの城で待っているといい。疲れ切ったアレンに止めを刺す。その方が楽できるわ>
「もとより、そのつもりよ」
私は部屋から出る。足元に、誰かがいた形跡があった。
<……だけど、アストリア。あいつだけは早めに始末しておかなきゃね。きっと邪魔になる>
「そうね」
私はそれだけ短く呟くと、玉座に向かって歩き出した。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.165 )
- 日時: 2023/01/14 23:15
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
玉座に座ると、眼下には私の言葉を待つ兵士達が、規律よく並んで立っていた。私の隣にはバーバラが。珍しくマギリエルの姿もある。……私が呼んだんだから、彼女がここにいるのは当然か。私は無表情で、それを眺める。彼らは、帝国の何を守る為に、ここに戦うのだろうかと、ふと思う。
この国は、皇帝が――いえ、父上が死没した時から、もう意味を成していない。それどころか、守るべきモノなんか、もう既に滅んでいる。それでも、彼らは何を守ろうとしているのか。さっさとこの国を捨てて、アレンの味方になってくれた方が、私もこんな風に考えなくていい。障害なく彼らを塵に変えられる。
そう考えながら、私は口を開いた。
「アレン・ミーティアが、この国を目指し、進軍を開始するようです」
私の言葉に、その事を知らない兵士はざわめき、なんとなく察していた兵士からも声やため息が漏れる。当然の反応か。
「皆さん、アレン・ミーティアとそれに与する烏合の衆から、死力を尽くし、この城を守りなさい。逃げたい者は逃げればいい。その代わり、"この世から"という意味にもなりますが」
私がそう冷たく言い放つと、ざわめきが強くなる。私は有言実行する。その事は、彼らもよく知っている。私を裏切った者が今までどうなったか、私は何度も彼らに見せつけてきたもの。
私を裏切って、暗殺しようとしてきた者も、私に喧嘩を売ってきた者も、何百何千という大軍で押し寄せてきた時も。私は一人残らず塵にした。
この期に及んで、私を裏切るというのなら、私に同調して好き勝手してきた報いを受けるべきだわ。まあ、どうせ。私は人間を一人残らず滅ぼすつもりだから、順番が後になるだけだけど。
「あなた達は守るだけでいい。あっちから出向いてくれるのですから、相応の歓迎の準備をするように。それでは、最後の一人になるまで、武器を握り続けてくれることを期待していますよ」
私はそうせせら笑う。
もちろん、最後の一人は私になるのだろう。……それとも、私以外の誰か? どちらにせよ、皆死ぬのは間違いない。
どんな理由で何を守るのか。そんなのは知りもしないけれど、せいぜい最期まで生にかじりついて、人間らしく醜く朽ち果てればいい。
「バーバラ、マギリエル。話があります。後ほど、会議室に来てください」
私は、バーバラ、そしてマギリエルに耳打ちをして、彼女たちを呼び出した。その後、アストリアの方を見る。アストリアは腕を組んでこちらを覗き込んでいた。
やはり、奴は生理的に受け付けない。寒気もする。私の視線に気づいたのか、奴はこちらに歩み寄ってきた。
「……何の用ですか?」
「いいえ、死力を尽くせなどと、半ば脅迫に近い命令であると、そう思いましてね」
「脅迫ですよ」
私は即答する。
「皇帝の為に死ねとでもいえば良かったですか?」
「……ふっ。あなたは、未だ幼いですね。7年前から何も変わっておられない」
アストリアは挑発するように笑う。いつものやり方だ。そうやって神経を逆撫でするように言えば、私が冷静さを欠いて、奴の思い通り動くとでも思っているのか。……何にせよ、思い通りに動くつもりは――。いや。そうか。思い通りに動くつもりはないと、そう考えること自体、奴の掌で踊らされているのかもしれない。
「……そうですね。私はまだ十六。皇帝としては幼いと思います」
「……」
アストリアは無言で私を睨み始めた。思い通りの返答ではないのだろう。
「アストリア、あなたは城で待機です。あなたにはやってもらいたい事がありますので」
「それは、"命令"ですか?」
アストリアがそう尋ねてくるので、私は答えてあげた。
「いいえ、"指示"です」
私の答えに、奴は満足気に笑う。……意外と扱いやすいのね、こいつ。
「承知いたしました」
私に頭を垂れ、踵を返して離れていく。ま、どうせ奴は私の指示を無視し、アレンの下へ直接出向くだろう。命令ではないから。……次にアレンを殺せなかったら、その時は本当に奴を殺してやろう。どうやって始末するか。その時に考えるか。
できるだけ、奴がアレンが見せたような、絶望の色に染まった表情を見せてくれるように、奴の期待を裏切るような方法で。
私は今から楽しみにしながら、バーバラとマリギエルを呼び出した会議室へ向かう。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.166 )
- 日時: 2023/01/15 04:36
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
バーバラとマギリエルが待つ、会議室へと赴く。二人が待っていたが、やはりマギリエルは私の顔を見ると、露骨に嫌そうな顔をしていた。……まあ、今となってはどうでもいいか。私の期待通りに動いてくれれば、後はなんだっていい。好きにすればいいんだから。
「陛下、お待ちしておりましたわ」
バーバラがそう首を垂れると、マギリエルももちろん同じく頭を下げる。私は「頭を上げなさい」と一言。
「二人に来てもらったのは他でもない。全ての合成魔物を投入しなさい」
「承知しました。あのアレンという小僧を消耗させるには、十分すぎるくらいの数がいます故、陛下の手を煩わせるまでもないでしょうな」
マギリエルがククッと笑う。だけど、私は首を振った。
「その程度で止まるような雑魚ではありませんよ、あいつは。例え、全てを一斉に嗾けようとも、奴は立ち止る事などありません。油断や慢心は、敗因となりえる。慎みなさい」
私がそう指摘すると、やはり明らかに不機嫌そうな顔をする。だけど、バーバラがマギリエルを宥めた。
「陛下の言う通りね、マギー。あなたは少し慢心するところがある。今後は気を付けなさい。特に、アレン達と対峙する時は、ね」
「……バーバラ、君がそう言うのなら」
彼女はバーバラに友人以上の感情を抱いているのだろう。傍から見ても、そう理解できる。……まあ、理解できるだけだわ。
「バーバラとマギリエルには、帝都を守る要塞についてもらいます。あそこが、帝都の最後の砦。あそこさえ守り切れば、我々の勝利は確実です。……相手は元騎士団長、副長、教団騎士がいるのだから、要塞を必ず叩こうと攻めてくる。命の限り、何を犠牲にしてでも守るように」
私はそう二人に命じた。
「ハッ」
二人は力強く返答し、会議室から出ていく。
私は会議室を見回した。あの日、アスラとの戦闘で破壊しつくされたこの場所は、放置してあの時のままだ。私がそうさせている。理由なんて、あってないようなもの。別にここ、頻繁に使うわけでもないし、軍議なら私が参加せずとも、バーバラがなんとかする。……私が軍議に参加したって、畏縮してしまうし。
あとは、待つのみか。……古来より、魔王は勇者を城で待っているもの。まあ、ただ待つのも面白くないから、たまにちょっかいでも出してみるか。
特に、アストリア。あいつの動きには注意しないと。まあ、アレンに性懲りもなく喧嘩を売っているのなら。その時はまた笑い飛ばしてあげましょうか。
<随分楽しそうね>
私の声が脳裏に響く。
「そう見える?」
<ええ>
まあ実際、少しは楽しんでいるのかもしれない。
……楽しい? 楽しいってなんだったっけ。
唐突にそう考えると、今私は何をどう楽しんでいるのか、よくわからなくなってきた。また、心を襲ってくる虚無感。胸に手を当てる。
「楽しいって、なんだっけ……」
私がそうぽつりとつぶやくと。
<だいぶ、自分を見失って来てるわね、ソフィア>
「……」
どんどん、自分すら見えなくなってきてる。視界も黒く染まってきて、どんどん闇が広がっている。脳裏に響く、私の声も大きくなってる。
<大丈夫、あとは私がやってあげるから。私に身を委ねなさい>
「……あなたに身をゆだねる?」
私はよく理解ができないので、そう聞いた。
<何も心配はいらない。楽になれるわ。安心して眠ってるといい>
「……そうね。そうする」
私がそう答えると、浮遊感を感じて、自分が遠くなった気がした。
「ねむい」
すごく眠くなってきて。目を開けていられなくなってきた。疲れてるわけでも、まだ昼間で、夜でもないのに。彼女の言葉が理解できなくなって、認識すらもできなくなったけど、何か言葉を発している事はわかる。多分、「おやすみなさい」と言ってくれてるんだろう。子守歌にも聞こえてきている。
……ここは、彼女の言葉に甘えて、眠らせてもらおう。
私は、瞳を閉じた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.167 )
- 日時: 2023/01/15 22:59
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
それから数日が経って、予定通りスティライア王国の国王陛下が、メリューヌ領の居城へとやってきた。とは言っても、側近と護衛が数名。王国軍の本隊は、国境付近を守る要塞に駐屯させているらしい。いつ攻められても守れるように。って。
とはいえ、帝国には魔女がいるし、兵力だってまだ負けてる。状況は何一ついい方向とはいえない。むしろ負け戦の可能性だってある。と、陛下は言っていた。
俺達は現在、フォートレス王国の国王陛下がこちらに来るまでの間に、顔合わせ程度だけど、話し合いを開いている。傭兵団、メリューヌ公と側近のアサヒ。そして、国王陛下と王女様。あとは数人の重鎮。会議室に集まり、長机を囲っていた。まあ、王女様をどう扱うかって話だけなんだが。
「負け戦であれば、これ以上の犠牲を出さないために、降伏するべきでは」
王女様がそういう。
「殿下、そういうのは無しの方向でお願いします」
俺がきっぱりと言い放つと、やはり不満げな顔。……何度も説明してるんだがな。戦い抜きの、話し合いじゃ誰も止められない。血が流れるのは必至だって。ため息交じりにそう、わかってくれるように丁寧に、なるべく冷静に伝える。
「ですから、何度も言っているように! ソフィアもヒトです。ヒトである限り、話し合いで解決できるはずなんです」
「……人間じゃねえよ」
俺は、いい加減腹が立って、思わずぽつりとつぶやいてしまった。無意識に。
「はあ。殿下、もうやめましょうよそう言うの。今、あんたみたいな中途半端な考えで来られるのが、一番迷惑だし、一番邪魔なんだ」
もう嫌われてもいいか。いや、もう嫌われてるか。俺はそういうしかなかった。それに同調するのは、メリューヌ公の隣にいたアサヒだった。アサヒはぷっと吹き出しながら、肩をすくめる。
「……失礼、アレン殿と全くの同意見でござあます」
「控えなさい、アサヒ」
アサヒを諫めるが、メリューヌ公も頭を抱えていた。多分、アサヒが代弁してくれた事を考えていたのだろう。
「……うちの娘が、迷惑をかけたようだね、アレン君。そしてチサト君」
「いえ、ご迷惑なんて」
俺の隣にいたチサトが首を振る。
「でも、私もやはりエイリス様の御意見は、少々世間知らずにもほどがあると思っております」
「せけ――」
「私もそう思うよ」
王女様が反論しようと声を上げるが、陛下がそれを遮り、頷く。
「この子は優しい。……いや、甘いんだ。「不殺の王女」と呼ばれて称えられる反面、「殺さずの弱者」の蔑称でも一部で蔑まれていた。自分を狙った刺客すら殺せない、むしろ許してしまう。覚悟が足りぬ「弱者」であると」
陛下の言葉に、王女様は首を振った。
「……血を流す事は、誰かの憎悪を煽る行為です。憎悪は憎悪を呼ぶ。それはアレン、あなたもわかっているのではありませんか?」
王女様は俺の方を見る。
「何もかもを奪われて、ソフィアに復讐したいと、一度でもそう思ったのでしょう?」
「ない」
俺はその質問に首を横に振った。
「ないよ、一度も。ただ……殺したいとは思った。それは、復讐とかじゃなくて、あいつを殺せば何もかも取り戻せると思い込んでたんだ。でも、なんか違うんだよな。今は」
俯きながら、今までの事を考える。
いろんな人に出会って、いろんな人から教えてもらって。いろんな事に悲しんだり、喜んだり。
「いろんな人が教えてくれた事、いろんな人がいる場所を、いろんな人を。守りたいから俺はソフィアを殺す。あいつは生きていちゃいけない。俺はそう思う」
生きていちゃいけない。あいつは、生きている限り、好き勝手に暴れる。誰かを悲しませる。だったら刺し違えてでも殺すしかない。
俺がそう言い切ると、王女様はやっぱり俯いた。
「やっぱあんた、どこかに逃げた方がいい」
俺は改めてそう言う。
「……嫌です、私だけ逃げるなど」
「戦えないだろ? 誰かを殺す覚悟もないだろ? ……守られるだけの、覚悟の無い「お姫様」がいても仕方ないんだよ」
「……っ!」
悔しそうに顔を歪める王女様。……そんな顔されようが、戦いに参加しない方がいいに決まってる。多少突き放す言い方をしないと、優しい言い方をしても理解してもらえない。
……王女様はついに押し黙って、沈黙が流れた。
「殿下、ここから少し離れた場所に、離宮がござあます。そこでこの戦いが終わるまで避難していただきくござあますわ」
「……エイリス、心苦しいのは理解している。だが、戦えない者が戦争に参加しても、犬死するか、無用な犠牲を払う可能性だってある。離宮で待機をしていなさい」
流石にそう父親に言われたら、頷く以外できなくなったようだ。しぶしぶ了承する王女様。
……王女様が言うように、話し合いで解決したいさ。そりゃあ。俺だってそう思う。だけど、話し合いじゃもう止まらないんだ、誰も。何度も話してる。理解できなくても、理解しないと。
「……気持ちはわかりますよ、殿下。私もついこの間まで、殿下と同じ考えでした」
チサトは、王女様の目を見て、口を開く。
「ですが、もう。双方は止まらないし、止まれません。殿下のような人間ばかりであれば、止まるでしょうが……そうはいきません。それに、あなた一人が騒いで、我儘を通そうとしても、皆雑音が鳴ってる程度にしか考えないでしょう。……皆、死ぬ覚悟でこの戦争に挑んでいます。殿下も、覚悟をお持ちください。持てないのであれば、離宮で戦争が終わるまで、静かにお待ちください」
チサトがそう言い終わると、王女様は泣き出してしまった。……やっぱり、泣きたい時に泣ける奴って、本当に羨ましい。多分、ここにいる全員が、この状況に泣きたいだろうに。
泣く気力があるなら、今後の戦い迄温存しておかないといけない。だから、泣きたいけど、泣けないんだ。……正直、しんどいよ。そういうの。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.168 )
- 日時: 2023/01/17 23:44
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
その後は王女様を離宮へ移すという結論で会議は一旦終了。というのも、本格的な会議は役者が揃わないとできない。と、アサヒが教えてくれた。
「そうか。ありがとう、教えてくれて」
「いえいえ。とんでもござあません」
アサヒが口元を緩ませる。しかし、王女様の入っていった部屋のドアを指さし、俺の方を見る。
「アレン殿、王女殿下をお見送りしたいのでござあましたら、あんの部屋にいらっしゃいますから、お話でもされてみてはどおござあます?」
いや、いいよそんなの。俺は首を振った。
「え、いいよ……何を話したらいいんだよ」
「女の子と喧嘩別れしたままでよろしいんでござあますの?」
アサヒが俺に顔を近づけて、じいっと見据える。顔が見えた。かなり幼い顔つき、金色の澄んだ瞳。幼いから性別は判断できないけど……まあ、それはいいか。とにかく、俺の顔をじいいいっと見つめてくるもんだから、背筋が凍ってドキっとした。
「いや、いいわけねえけど、さっ」
「意気地なし、小さい男、モロキュウでアボカドなピーマン野郎でござあますの?」
「はぁ!? ……すっげえムカつくッ!!」
どういう意味かはわからないけど、煽られてる事はよぉぉっく理解できた。怒りで顔が熱くなる。
くそっ、そこまで言われるんならわかったよ!
「わかった。わかったよ! 行ってくるよ、行けばいいんだろ!?」
「単純男……」
そのぼそっとした呟きもきこえるっつーの。でも、あいつなりに発破をかけてくれたってなら、素直にありがたい。
王女様とはもう二度と会えない気がするから、別れる前に仲直りでもしないとな。こんな気持ちじゃ、どうも、これからの戦に集中できる気がしねえしよ!
「あの部屋か?」
「ええ。御健闘を」
アサヒの言葉を無視した振りして、俺は歩く。というか、目の前だから別に健闘もクソもねえっつな。
そういうわけで、部屋のドアを開ける。
「……失礼します」
「あなた」
部屋に入ろうとドアを開けた先にいる王女様。ふくれっ面だ。……なんか怒ってる。なんでだ?
「あなたがどのような立場かは聞かない。でもね、女子の部屋にノックなしで入ってくるなど、どのような教育を受けたの?」
「……あっ」
俺は助けを求めるようにアサヒの方を見るが、いつの間にか逃げていて歩き去る後ろ姿が見えた。……もう遠い。ダメだ、助けは期待できない。
「いや、わざとではないんです。ちょっと、いっぱいいっぱいで」
「……はあ、まあいいわ。入って。私も話したい事があるの」
王女様は手招きする。招かれるままに部屋に入ると、そこはなんというか、すごく豪華な客室だった。俺が寝泊まりさせてもらってる部屋より、明らかに高値の素材のシーツやカーテン。天蓋っていうの? よく絵本で見たお姫様の寝るベッドの上についてるアレ。それに、赤いじゅうたんとかも、ふわふわしてて、踏み心地が全然違う。俺は部屋に驚いて固まっていたようだ。
王女様は怪訝そうな顔をする。
「他人の部屋を見回すなんて、趣味が悪いわよ」
「……わ、う、ごめん」
「いいわ。座って」
近くにあるソファを指さす。テーブルを挟んだ二つのソファ。俺は「ああ、はい」と返事して、手前に座り込む。
「王女様」
俺は彼女の顔を見る。
「王女様って、俺の事嫌いか?」
単刀直入に聞くもんだから、彼女の動きが止まった。
「……なんで?」
「なんとなく。俺、すごくひどい事ばかり言ってたし」
「そうね、ひどい事も言われて、ひどい扱いもされて、今も敬意を払われず、王女である私に向かって敬語も使わない。そんな人が好きになれるとでも?」
王女様は皮肉たっぷりにそういうもんなので、俺は真顔になった。
「いや、だってあんたが世間知らずすぎるからさ」
俺が包み隠さずそう言うと、王女様はがくりと肩を落とす。
「……そう、よね」
「悪かった……とは思うけどさ。でも、あんたはいいよな。安全な鳥籠の中でずっと過ごせるんだから」
「……鳥籠」
王女様は俯く。
「私は、その立場に甘んじていたのかもしれないわ」
そして、彼女はぽつりぽつりと、心情を語り出した。
「……「殺さずの弱者」と蔑まれていた事は理解していた。私は、自分を狙う刺客はもちろん、民を脅かす山賊すら、許していたのだから。だけど、そのせいでその山賊達は、他の村や自分より立場の弱い者達を狙い、搾取していたそうで。その山賊達は、私ではなく、お父様が処断したの。私は当然、何も知らずにお父様を批難した。「なぜ殺したのか」と。お父様は、「守るべきものの為だ」とだけ。その時は理解できませんでしたが……。今となってはわかります。皆、何かを守る為に、誰かから奪う事を。生きる為に。私は、与えられてばかりだったから、その事に気が付かなかった。ソフィアが、私を嫌っていた理由が分かったわ。私のような鳥籠の鳥が、心底腹が立って仕方なかったんだと思う……」
最後の方は嗚咽を混じらせて、涙をポロポロ流して、泣き出してしまう。俺は、無言で彼女の頭を撫でた。昔、ルゥが泣いていたら、よくこうして撫でながらあやしていたんだ。
「……俺は、さ。王女様なんて傲慢で世間知らずな奴だって思ってたよ。でも……あんたは、さ。自分の嫌なところに気づいて、向き合って強いなぁとも思う。俺も嫌な自分やそういう奴に向き合うのが嫌で仕方なかったんだけど、今は……向き合わないと分かり合えない事が理解できたんだ。あんたも、少しならわかるようになったんじゃね?」
俺がそう言うと、王女様はぐすりぐすりと、しゃくり上げている。
「……少し、だけ。私……は、きっと。あなたの言うお姫様のまま、成長できてなかったんだわ」
その後も、王女様は涙を流し続けた。
しばらくした後、お姫様が泣き止んで、顔をごしごしと拭っているのを静観し、真っ赤に腫れた顔を見て、俺は頭を深々と下げた。その勢いでテーブルに頭をぶつけるが、俺は構わず頭を伏せた。
「ごめん、今まで。あんたにひどい事ばっかり言って、当たり散らして。俺……さ、本当にガキだったんだ」
「……あの」
王女様は申し訳なさそうに声を出す。
「だ、大丈夫?」
「いや、それは今置いといてくれよ」
俺はなんか恥ずかしくなって、耳まで熱くなってきやがった。あぁ、もう。なんだかなぁ……!
「でも、この謝りたいって気持ちは本物だ。俺……あんたを傷つけてばかりで、詫びようにも謝罪してこうやって頭を打ち付ける事しか出来ねえ。だから、ごめん。ごめん……!」
俺はなりふり構わず、謝る事しかできなかった。顔も上げられない。痛みが額を襲ってくるが、構わなかった。この痛みで、少しでも自分の戒めになるなら、この痛みは絶対忘れられない。
「顔を上げて」
王女様がため息交じりにそう言った。
「ねえ、顔上げてって」
「……」
俺は素直に顔を上げると、王女様はぶふぅっと吹き出し、大笑いした。
「あっはははははっ! 何その顔!? あはははははっ!」
唐突に笑うもんだから、俺は「え?」としか声が出ず、彼女が落ち着くまで待つしかなかった。で、ひとしきり笑い終えた後、王女様はかわいらしい笑みを見せる。
「……ごめん、謝るべきはこっちよ。あなたを無神経な言葉で傷つけたり、危険な目に合わせたりしてたのに」
「いや――」
「私、離宮へ行くわ。迷惑ばかりかけてごめん」
「……こっちこそ」
俺は俯く。
「もう、笑顔で送ってほしいわ。私が素直になったんだから……」
「あ、うん……」
「アレン」
今度は真剣そのものの眼差しで、俺を見据える。
「ん」
「名前で呼んでくれない? 私の名前」
王女様はそう言うと、微笑んでくれた。こんな柔らかい微笑みは、多分初めてかも。この人、顔半分が火傷で覆われてるけど、綺麗な人だな。笑顔が素敵だったんだ。知らなかった。……つっても、顔をまじまじと見つめた事が無かったしな……。
「"エイリス"、元気でな」
俺がそう言うと、微笑みを崩さないまま、エイリスは二つの青い瞳から、涙をこぼした。
「……うん、ありがとう」
彼女はそれだけ口にする。震えた声で。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.169 )
- 日時: 2023/01/21 18:00
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
さらに数日後、フォートレス王国から国王陛下が城に来た。同時に、各領主達もメリューヌ領の居城に集まり、俺や傭兵団、そして各領主、フォートレス王国とスティライア王国、両国の陛下を交えての大規模な軍議が開かれた。今後の動きをどうしていくか。帝国の動きの予測など、ばあさんがある程度見える未来を皆に伝え、ばあさんの持つ水晶玉から映し出された幻影を使って、軍議を進めている。
俺もその軍議に参加し、団長と副長、ばあさんにフォローを入れてもらいつつ、作戦を提案し、練っていく。もちろん、そこにチサトやクーゴ兄ちゃんの姿もあった。
で、俺と傭兵団と、ジェニー姉ちゃんとディルク兄ちゃん。そして、チサト、カズマサ、シャオ兄ちゃんは、少人数で帝国の皇城に直接向かう手筈となったわけだ。まあ、そっちの方が助かる。俺は大人数での戦いにあんまり慣れてない。それに、大人数だと、知らない内に誰かを巻き込んでしまう事もある。人数を把握しておけば、思いっきり暴れられるしな。
「――以上で最終議会は終了でござあます。出発は明朝。アレン殿達は今夜でよろしいのですか?」
「ああ、今日は満月。視界は多少良好だ」
「……夜の奇襲は久しぶりだな」
副長がわくわくといった様子で、声色が弾んでいる。これから始まる戦いに胸を躍らせているんだろうか。……団長は肩をすくめる。
「遠足じゃないんだぞ、お前は緊張感を持て」
「やだなァ。団長は張り詰め過ぎんだよ」
軍議が終えて、各々去り始めている中、団長と副長が笑い合っていた。俺はその場を後にする。出発まであと数時間。何か腹に入れておかないと。そう思って、食堂へ向かう。
だが、廊下に出たところで、エルが俺の服の裾を引っ張った。
「アレン。話がしたい」
「……珍しいな」
エルが呼び止めて話がしたいなんて、普段はほとんどない。だから驚きつつもエルに引っ張られながら、バルコニーへと向かった。チサトと話していたあそこ。
そこに出ると、月灯りで照らされる街が見下ろせた。今日は星が輝く月夜。雲一つない空だった。青白い光に照らされ、エルも青白く見える。
「どうしたんだよ、改まって」
「アレン……我は、お前と一緒に居られて、幸福であった」
唐突にそういうエル。
「ほんと、どうしたんだ、今日は?」
「いや……こうしてゆっくり話せる機会など、もう来ないと思ったから、この際悔いの残らぬよう、話明かしたい。そう思ったのだ」
エルが少し考え込んで、また口を開いた。
「アレンは……この戦いが終わった後、どうしたい?」
「ん」
その質問に、俺は腕を組んで深く考え込んだ。
「……どうしたい、か。俺、その辺のこと考えてなかった」
「では、質問を変えよう。この戦いが終われば、世界は救われると思うか?」
その質問にも、俺は深く考え込んで唸る。
「……世界を狂わせてる元凶を倒したからって、全てが戻ったり、うまくいくもんじゃねえってのは知ってる。でも、多少は良くなるはずだ。皆縛られる事なく、自由でいられる」
「魔王に賛同していた者は、そうは思わぬだろうな」
「そりゃあそうだろ、虎の威を借りる狐は、虎がいなけりゃ次の虎を探す。その繰り返しだ」
ソフィアが死んだら、きっと次の魔王が現れる。その魔王も、ソフィア程世界を憎んでなくとも、確実に悪い方向へもっていくだろう。それ程の影響を及ぼしたんだ。
「それが憎悪の連鎖。結局は、繰り返すんだ」
だが、エルは首を振る。
「ならば、お前のしてきた事は無駄だったことになる。そうではないのだろう?」
「もちろん」
俺は頷いた。
「この戦いが終わったら……きっと俺は生きていない。生きていたらいけないからな」
「生きていたらいけない者などいない」
「俺は人間じゃない。だから、ソフィアを道連れにしてやる。そういう責任がある」
俺はそう言うと、自分の掌を見つめる。何もないはずの掌に、何かツギハギのようなものが目に映る。……この身体も魂も、借り物だ。だから、いずれは返さないといけない。
「死が怖くないのか?」
「……怖いに決まってんだろ。だけど、終わらせるためには、怖がってちゃいけない」
俺がそう言うと、エルに力なく笑った。
「生きろとか、そういう事言うなよ」
「言わんさ。お前が決めた事ならば、我は口出しせぬ」
「……後ろの人はどうかな」
俺は背後に目をやる。少し扉が開いていて、人影が見えた。……多少のつながりが残ってんだから、チサトがそこにいる事くらいわかるっつの。
俺に見つかったからか、素直に扉を開けて俺達に近づくチサト。
「……死ぬなんて、簡単に言わないでよ。悟った顔しちゃって。急に大人になるの、やめてよ」
「そんなつもりはねえよ。でも……誰かが憎悪を受け止めなきゃいけないだろ。ソフィアを彼女らしく死なせてやるには、俺が全部受け止めないといけない……って、なんかよくわかんねえけど、俺の中でそう思っ――」
俺がそう言い終わる前に、チサトが俺に歩み寄って抱き着いてきた。ぎゅっと力強く抱きしめられ、俺は驚く声も上げられず、目を見開く事以外できない。
「……死んじゃやだ」
「チサ――」
「死んじゃやだ!」
一際大きな声を上げる。街まで響いて聞こえてるんじゃないかって思うくらい、大きな声で。
「生きてよ。生きて、この世界を立て直そう。アレンだって、この世界の人間なのよ? この世界に立っている人間なら、最期まで責任もって生きなさいよ! ヒトとして、責任とって、おじいちゃんになるまで生きて、生きて生きて、生きてなさいよっ!!」
もう何を言いたいのかはわからないけど、理解はできる。俺、生きててよかったなぁって思った。こうして俺に抱き着いて、死ぬことを叱ってくれる人がいて、素晴らしい仲間たちに出会えて。
……シスターやエレノアとルゥと、短かったけど幸せだったあの日々を過ごせて。
「ありがとう、俺……今が一番幸せだって思えるよ。そう言ってもらえてさ」
俺がそう言った後、チサトは小さく呟いた。
「……ばか」
- Re: 叛逆の燈火 ( No.170 )
- 日時: 2023/01/21 17:59
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
数時間経った後、俺達は出発した。俺達は所謂遊撃隊として本隊とは違う動きをする。
……この戦争は、強大な力を持つ帝国への「叛逆」だ。皆、俺が要だと言ってくれた。……俺はそんな大層なもんじゃないと思ってるけど、なぜか本当に関係のないフォートレス王国の一兵士さんが、俺に声をかけてくれて、「活躍は聞いております」と言ってくれた。なんでも、数年前の帝国の襲撃の時に助けてくれたと言ってくれた。……俺は覚えてないから、何とも言えず困惑してたけど、実際、嬉しかった。多分その時の俺は周りの見えてないガキだったはずだけど、その時の行動が間違ってなかった事が、すごく……
そんな事を思い出しながら夜道を進む。馬とか便利な移動手段はない。帝国迄の道を歩く。まあ、帝都迄歩いてざっと2週間程度だ。何事も無ければ。しかも、十数人という少人数だから、帝国の目もある程度誤魔化せる……はず。
とにかく。俺達は、この戦いに勝たなければならない。勝つための戦いだ。勝てなければ、皆死んじまうだろう。死ななくたって、死ぬほど苦しい思いをするのは間違いない。
「アレンさん、なんて顔してるんですか」
ヘクトが俺の顔を覗き込んで、相変わらずの真顔を向ける。
「……そりゃあ、こんな顔にもなるだろ。戦いが始まるんだからさ」
「緊張しすぎて顔が強張ってるっていってんですよ」
ヘクトはそう言うと、スカイ兄ちゃんも俺の肩を組み、頬をつんつんとつつく。
「そうそう! 大丈夫ッス。なるようになれ、ッスよ?」
「そうは言ったって、なぁ!」
すると、背後にいたカズマサが笑い飛ばした。
「アレン殿、"りらっくす"でござるよ。張り詰め過ぎるといつか切れてしまう。拙者はこうして――」
「あら、カズマサちゃん。心拍数が異常なくらい速いわよ~?」
カズマサがそう指摘されて、思わず隣にいたモーゼス兄ちゃんを見る。
「なぬぅ!?」
「ウソ♪」
モーゼス兄ちゃんがそう頬に手を当てて、にこやかな笑みを浮かべたもんだから、反論するにできないでいるカズマサ。だけど、あの様子じゃ図星を突かれたんだろう。なんか胸に手を当てている。
「カズマサも緊張しとんの? ま、いよいよ本格的な戦争をおっぱじめようってんや。緊張せん方がおかしいんやで。なぁ?」
「ん、俺は緊張してないぞ?」
シャオ兄ちゃんが副長に向かって笑みを向けると、副長は相変わらずボトルを口にしながら、普段通りの様子でシャオ兄ちゃんを見つめ返す。
「おい、お前ら。少しは静かにできんのか?」
先頭を歩いていた団長が、こちらを見て呆れながらそう言ってくる。
「……ふう。すまんな、チサト。喧しい奴らで」
「いえ。賑やかでいいじゃないですか」
「まあ、それならいいんだが」
団長はそう笑った。釣られてチサトも笑う。
「いや、ホント賑やかね。いつ見ても」
その後ろを歩くジェニー姉ちゃんが笑った。
「アレン、お前結局寝てないのか?」
俺が欠伸をしたのを見終わって、ディルク兄ちゃんが声をかけてくる。俺は振り向いて頷くと、兄ちゃんは俺の頭をわしゃわしゃと掻きまわす。
「なんだお前、寝てないのか」
「寝れなかったんだよ……」
「おぶってやろうか?」
「いらね」
俺がそう短く言うと、兄ちゃんは肩をすくめてため息をついた。
しばらく歩くと、岬に出た。少し、空も明るくなる。俺達は、その岬でしばしの休憩を取った。海が見えるこの場所は、とても見晴らしがよくて、ずっと見てられる。俺は崖に近づいた。
「アレン、仮眠を取らなくていいのか?」
エルが隣迄きて、俺を見上げてくる。
「いや、朝日でも拝もうと思って。俺、寝坊助だから、朝日を見た事ないんだ」
「そうか」
エルがそう言うと、俺はその場に座り込む。そして、なんか歩いてきた疲れと、座り込んでたらなんだか眠くなって、欠伸をする。
「眠そうだな」
半目だった俺に、エルはそういう。
「そりゃな。昨日結局、寝てなかったし」
「莫迦者め」
「ははっ……」
俺は相変わらずのエルの言い分に、笑った。
なんか、眠くなって、その場で寝込む。仰向けになり、紫色に染まる空を見上げ、流れる雲を見つめる。
「今日から忙しくなるな」
俺は呟いた。
「ああ、とても忙しくなる。なんせ、強大な力を持つ魔王を討伐しようというのだ。しかも、この大陸全土を巻き込んだ。いわば「聖戦」。互いに譲れぬモノ、守りたいもの、全ての意思、思想が交じり合い……恐らく、後にも先にも。未来永劫に語り継がれるような戦いになりそうだ」
エルが空を見上げながら語る。……未来永劫か、想像もつかない。そんな遠い未来の事は考えられねえよ。
「今はわからずとも、いずれは語り継ぐものがいれば。幾千、幾万、幾億の未来の先も、お前の事は語り継がれる事だろう」
「そんな未来の先なんて、わかんねえ。そういうのより、明日のご飯を考えた方が有意義だよ」
「お前らしい答えだな」
エルはふっと笑い、口元を緩ませていた。
「アレン、今のお前なら我の言葉など不要か。これ以上は語らぬ。だが、これだけははっきり言っておくぞ」
エルは、俺が寝ころんでいる顔に覗き込んで、俺の瞳を見据えてくる。エルの赤い瞳に、俺の瞳の色が映っていた。二つの色が混ざり合って、今の空の色みたいになってる。
「生きるにしろ、死ぬにしろ。お前は……"人間"である事を忘れるな」
思わず俺はエルの瞳を逸らす。
「俺は人間じゃない……造り物だよ」
「いや」
だが、エルは無理やり俺の顔をがしりと掴んで、目を合わせようと顔を固定する。
「お前は人間だよ。少なくとも、人間としての感情を持ち、人間として生きている。この大地に立っている。そして、人間として、自分の意思を貫こうとしている。それは、人間にしかできない、"特別"な事なのだ」
……俺は何も答えず、口を開けてエルの目を見ていたのかもしれない。
「……さあ、顔を上げろ。間もなく、夜が明ける」
エルに言われるまま、体を起こして海を見ると……
美しい光が目に入った。海から顔を出す、太陽の光。それが俺達を照らし、これから始まる新たな幕開けを、祝福してくれているようだった。
「……最期まで足掻くよ、俺」
「我も、最期までお前に尽くそう」
「ああ、頼りにしてるよ。相棒」