ダーク・ファンタジー小説
- Re: 叛逆の燈火 ( No.185 )
- 日時: 2023/02/04 23:16
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
そこから数日歩いて、やっと帝国の国境にある要塞が見えてきた。あと、怪我人を運んでいた傭兵団の皆が途中で追いついて合流して、俺達は要塞の前にある森で息をひそめていた。ジェニー姉ちゃんが望遠鏡を持っていたので、それを覗き込んで、随時状況を報告してくれた。
「要塞に、鎌を持った女の子がいるわね。あれは多分、「エルメルス」じゃないかしら」
「エルメルス……ああ、あのカタブツ野郎の子供かな。ちょっと貸せ」
副長が望遠鏡を受け取って覗き込むと、頷きながら声を出した。
「おぉ、やっぱあの法官の制服に、人形みてーな面。あいつそっくりじゃねえか~。つーか、法官がこんな要塞までご苦労なこったな」
「ちょっと見せてください」
副長の隣にヘクトが現れて手を伸ばす。副長は、「ほれ」と渡すと、ヘクトも望遠鏡を覗き込んだ。
「隣に、赤いバンダナの人がいますよ」
「バンダナ?」
俺が首を傾げてヘクトの方を見ると、ヘクトは頷く。
「ええ、前にチサトさんを連れ去った、帽子被ったお兄さんです。なんというか、傭兵っぽい人。僕、あの人に蹴られたんで覚えてます」
ヘクトが淡々と言って、俺に望遠鏡を渡してきた。
俺は渡されるまま望遠鏡を覗き込んでみると、確かに、黒髪の鎌女と、茶色帽子のバンダナ野郎が見えた。……ん?
「どうしたの、アレン。何か見えた?」
隣にいたチサトが俺に向かってそう尋ねてくるが、俺は答えられなかった。……あの兄ちゃん、見たことがある。それも、昔の話だけど。でも、あの時はすごく優しそうっていうか、少なくとも、あんな怖い顔をしてる兄ちゃんじゃなかった。俺はそう思いながらもう一度覗き込んだ。
「……ちょっと見せて」
チサトがそういうので、俺は素直に渡して、地面を見ながら考え込む。
名前は思い出せないけど……確か、俺がまだ修道院で平和に暮らしてた頃、シスターとエレノアとルゥの4人で出かけて、川に落ちるところを助けてくれた人だ。……ったと思う。
その時、飯も作ってくれて、俺達を退屈させないように話もしてくれてたような……もうほとんど覚えてないけど、優しくしてくれた事だけは覚えてる。
「ねえ、結構人数がいるみたいだけど。傭兵もいるし、帝国軍もいる。このまま正面突破は絶対ありえないですよ、どうするんですか?」
チサトはそう言いながら、要塞の周囲を見回しているようで。
「どうするんでござるか?」
カズマサも団長の方を見て、そう聞いてきた。団長は腕を組みながら顎を撫でている。団長が悩んでいる時にする癖だ。
とはいえ、簡単に答えは出ねえ。だって、こっちはせいぜい十数人。……まあ、正面突破をしようものなら、一瞬で片がつくよな。俺は頭を抱えた。
「……いや、簡単な事だ」
その場にいる全員が腕を組んで悩んでいると、スペルビアが人差し指を立てて、そう言った。皆がそれに注目し、スペルビアが腕を組んで頷く。
「まあ、夜襲は鉄則だが、あの要塞は実は抜け道が二つあってな。一つは地下水道、一つは近くの遺跡から繋がる抜け道だ」
「ああ、それか」
団長が頷いた。
「それは確か、どっちも塞がれたはずだろう、俺が塞いだから覚えているぞ」
「いや、確かに塞がれたが、どちらも簡単に壊れるぞ」
「馬鹿な」
スペルビアの答えに、団長は驚いた。
「術式も組んで、魔女でない限りは簡単に壊れないはず……」
「いや、壊せる人ならここに三人くらい揃ってるじゃないか、団長」
副長が何かを思い出したように、俺と団長を指さす。
術式による結界、か。確かに、力じゃ壊せないけど、俺には魂を貫くエルの力が。団長には、魔女に造ってもらったっていう槍がある。あとチサトもエイトの力を借りれば、術式を簡単に壊す事も容易じゃないかな。うん、それなら問題ない。
と思い始めたが、そこでモーゼス兄ちゃんが口を挟んだ。
「まだ問題があってよ、スペルビアちゃん。壊すとなると、地鳴りか何かが起きて、確実に場所がバレるわ。その時点で、隠密行動に意味がなくなって、袋叩き似合うのも時間の問題になるでしょうね。どうするの?」
確かに、術式による結界なんか壊したら、必ず何かが起きて居場所がバレるだろう。それに、一本道なら前から、そして後ろから挟み撃ちに遭って……ああ、うん。考えたくない。
「……あの、それじゃあ」
チサトがそう言うと、皆の視線がそっちに集まる。
「私が囮になるのはどうでしょう。私、アレン程ではありませんが、空を飛べますし、エイトがいるし、何とかなります。多分」
「私は気が進まないが」
「私は気が進むけど」
エイトが眉をひそめて心配そうにおろおろとしているが、チサトはばっさりと切る。……お転婆な子だなぁ。と思いつつ、俺は考える。
「空を飛んで、奇襲でもするってのか? でも、お前……」
「アレン、大丈夫よ。私だって強いんだから!」
いや、そういう事じゃなくって……
「でもさぁ……」
「なんなら、ヘクト君についてもらうわ。この子だったら、敵に位置を知られずに潜むことができるし」
と、チサトはヘクトの肩をつかむと、ヘクトは心なしか顔を紅潮させた。
確かに、ヘクトの力は「ファントムステップ」。他者に気づかれる事なく素早く行動ができる、いわば「無意識」に潜む力だ。こいつが故郷の街が全滅したというのに、一人生き残っていたのは、無意識に潜んで身を守っていたからだろう。それに、こいつ自身も身体は弱いけど、傭兵団で誰よりも速く動けて、誰よりも賢いし、心配はいらないかもしれない。
……ヘクトなら大丈夫そうだな。と俺が頷いた。
「ヘクト、チサトを守れよ」
「言われずとも。僕も男ですから、女の人を守るのは当然ですよ」
ヘクトはそう言いながら、どこか誇らし気だ。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.186 )
- 日時: 2023/02/05 22:59
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
で、早速作戦会議が始まった。陽が沈む前にやらないと、灯りを付けたら確実に居場所がバレる。だから、まだ陽が高いうちに作戦を練って、次の日の日が昇らない内に決行する。という大まかな流れは決まった。
俺達の目的は、要塞を制圧することじゃない。突破することだ。チサトが暴れまわっている隙に要塞の機能を掌握するってのもアリではあるが、少人数ではまあまず無理だろう。俺達は伝説の勇者でもなんでもない。俺だって、チサトだって、囲まれたら終わりだ。
じゃあ、どうするのか?
「たった十数人程度なら、突破は楽じゃないができるだろう」
副長がそういいながらボトルを口にする。
「しかし、それを奴さんらは許してくれるんやろうか?」
シャオ兄ちゃんがジェニー姉ちゃんの望遠鏡で、要塞の様子を観察しながら、ため息をつく。カズマサも同じようにため息をつきながら、腕を組んで空を仰ぐ。
「しかし、どの道進むしかないでござるよ。ここ以外に道はないのでござろう」
「ないわねぇ。あっても、同じように国境の砦やら要塞やら。それらに兵士が配置されているでしょうね」
「むむ、手薄なところは――」
「ここ」
やっぱりここを指さすモーゼス兄ちゃん。
「ま、突破するならするで、敵を一時的に機能停止させないといけなくなるし。やっぱり制圧の方が楽じゃないかしら」
「ジェニーちゃんはもうちょっと賢い方だと思っておりましたがね」
ジェニー姉ちゃんの提案に、思いっきり小馬鹿にしたように、わざとらしくため息をついてみるディルク兄ちゃん。
「なによ! じゃあ他に何か考えがあるって言うの!?」
「まあチサトちゃんが囮になって攪乱している間に、抜け道から内部に侵入まではいいが、騎士の数は絶対的にあっちの方が上だ。何か罠とかでも仕掛けるか、逆に要塞の機能を使って奴らを掌握する的な感じじゃないと、まあ全滅するわなぁ」
確かに。人数が極端に少ない今、要塞の機能を利用して内部を攪乱させたりしないと、突破すらできなさそうだなぁ。
そこで、副長が思い出したかのように、指を鳴らした。
「あの要塞は確か、俺が作った侵入者撃退機能があってな。俺が抜けてからは知らんが、まだあるとすればそれを使えば、少人数でも突破できそうだぜ」
「侵入者撃退機能~?」
俺は首を傾げて副長を見ると、副長はにやりと笑う。
「俺もまだ若かった。先代皇帝陛下に頼み込んで1年かけて作り上げたんだ。あの要塞、こっからじゃ良く見えんが、こういう構造になってるんだが……」
団長が地面に指で絵を描き始めた。
遺跡を貫くように作られた塁壁。なんでも、侵入者撃退機能っていうのは、この遺跡を参考に作ったらしく、壁の上に、対魔物用のバリスタ、投石用の砲台なんかを設置しているらしい。さらに、侵入者に入られてもいい様に、様々なトラップが副長の手によって仕掛けられたんだって。
その全容を知るのは、もちろん現在では副長のみ。副長からすればこの要塞は自分の身体の一部みたいなもんだ……と鼻を高くしてどや顔を見せているんだが……
「なんでそれをさっき言わなかった……」
と、団長は呆れて項垂れた。
「聞かれなかったからだ」
と、涼しい顔の副長。
「しかし、あの要塞の警邏を任されたことがあったが、あの要塞の全容は半分もわからなかった。まさか、フィリドラ殿が改造していたとはな……」
「ああ、ぶっちゃけ……今日ほど帝国の騎士でよかった~なんて思った事はねえな。マジで」
副長はケラケラ笑いながらまたボトルを口にした。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.187 )
- 日時: 2023/02/06 22:09
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
副長が言うには、トラップの制御装置は自分しか把握していないとのこと。制御装置のカギも、遺跡の中に隠しているんだってさ。……なんでこうも誰にも言わずに、そういう大事な事を隠すんかなぁ。と、頭の中でぼやいていたはずなのに、顔を見て察したのか、副長が大笑いした。
「俺、先代皇帝とラケルとは酒を飲む程度の仲だったんだが、魔王様の事は無茶苦茶嫌いになったから、腹いせに引き継ぎ報告をせず離反しちゃってさ。でも、よくこの要塞を使おうと思ったな。俺だったら放棄するぞ」
「この場所は、君達の様な反逆者や魔物達を迎え撃つのにうってつけなんだ。バリスタや投石が使えるだけだったら、十分すぎる設備だしな」
副長の疑問に、スペルビアが答えてくれる。
その後は組み分けをする事になったんだが、陽も傾き始めて、視界が赤く染まっていく。副長が人数分の石を地面にならべ、石を二つ拾って、地面に描かれた見取り図の……遺跡側に落とした。
「俺とアレン。遺跡側でカギを回収するよ。あとの全員は、地下水道から回ってくれ」
「ん、そんなんでいいのか?」
俺が首を傾げると、副長は頷いた。
「いや、隠し場所がすごい場所でな……」
「は?」
俺がそう声を出すと、副長がなんだか苦虫を噛み潰したような顔をして俯く。いや、何があるのかすっげえ気になんだけど!?
「……遺跡に伏兵がいる可能性とか、そういうのは考えない?」
ジェニー姉ちゃんがそう尋ねると、副長は笑い飛ばした。
「まあいるだろうな。そして、この会話も聞かれている可能性もある。敵側には筒抜けじゃないかな」
「……あっ」
チサトが周囲を見回しながら慌てていた。
「……冗談だよ」
と、副長は「にひひ」と笑う。
「フィリドラ、心臓に悪い冗談はよせ」
「だがよ、あっちは魔女がいるんだから、大体筒抜けじゃないか? で、敢えて誘い込もうと作戦を練っているかもしれねえ。魔法使いに俺達ゃ勝てないのさ。それはもう、魔法を作った奴に文句を言ってくれ」
「で、筒抜けとわかっていながら、どう勝つってんだ?」
ディルク兄ちゃんあそう尋ねると、副長はニヤニヤ笑っていた。
「まあ、当日のお楽しみだ。俺が戦場をかき乱す、「トリックスター」になってやるよ」
そして、俺に肩を組んで寄りかかりながら、俺の頬を人差し指でつんつんつついてきた。
「明日は頼むぜ、アレン。お前と俺で、戦場に華を咲かせようじゃねえか」
「……酒臭い」
俺は、言いたい事はあるんだが、副長がどう動くのかわかんねえし、もう……そう答えるしかできなかった。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.188 )
- 日時: 2023/02/07 22:38
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
翌朝……つっても日が昇りきらない早朝に、副長に起こされる。いつもは蹴飛ばされるもんだが、今日は肩を揺すられる程度だった。多分、騒ぎにならないように副長も気を使っているんだろう。俺が目を開けると、口に冷たい水の入ったボトルを突っ込まれる。
「飲んで目ぇ覚めたら、さっさと行くぞ」
副長がそれだけ言うと、ついてこいと言わんばかりに、手を振った。俺はずっと俺を見守っていたエルに、行くぞと言うと、エルは無言で頷く。朝は音がよく響く。だから、エルはあまり声を出さないように注意しているんだろう。
俺は挨拶もままならず、副長について行くと、俺の名を呼ぶ声に振り返る。チサトだ。
「……もういくの?」
「もちろん。お前も頑張れよ」
俺が笑いかけると、チサトは何故か微妙な顔をしている。心配事がある時にする顔だ。
「ねえ、アレン。無事に戻ってきてよ、ちゃんと」
「……ああ、それは約束する。心配はいらない、だからお前もちゃんとやれよ」
「……うん」
チサトは短く返事をした後、俺は忍び足でその場から走り去った。すぐに副長に追いつくと、副長は朝の、それも寝起きだというのに、酒を飲んでいた。確実に酒だ、においでわかる。
「アレン」
前を向いたまま俺に向かって手を伸ばす。その手には、くしゃくしゃになった紙が握られていたので、俺は受け取ってその紙を伸ばして見る。中身は、副長からの指示だった。
これから遺跡に向かう。俺は関係のない話をするから、お前もそれに合わせろ。いいな?
俺は副長の伸ばしてきた手に、返事を書く。「うん」と。
副長が満足げに頷くと、声を出し始めた。
「ヒトって目を閉じると目が潰れるようになったら、ずっと目を開けなくちゃいけなくなるだろ?」
「ん? え、うん」
唐突の意味不明な問いかけに、俺は戸惑いつつ答えた。
「ずっと目を開けてたらさ、目が乾いて開けられなくなっちまうだろ。だから俺は考えた。目を開けていたいなら、目薬を買えばいい。目薬を使えば、目を開けっ放しでも潤いっぱなしだ。ナイスアイデアだと思わんか?」
「そうだな、じゃあ目薬が爆売れしちまう」
「ああ、それだと目薬が品切れになっちまうな。だったら買い占めて、高値で売っちまえば、みんな喜ぶし、俺達は大金持ちで、全員winwinだと思わんか?」
……いや、それって。
「そもそも目を閉じたって目は潰れねえよ」
「あら、そうなのか? アレンってばあったまいいなぁ~」
副長は笑いながら、俺に手を伸ばす。その手には例のごとく、神が握られている。その紙にはまた指示が書いてあった。
カギの場所は実は、だいぶ地下深くにあってな、遺跡の守護者2体の守る、宝部屋の中にあるんだ。その道のりがめちゃくちゃ複雑なんだ。だからお前と俺で協力して、団長達が起きる前に終わらせて、団長達が地下水道側の結界にたどり着いた瞬間に、俺達も結界にたどり着くって寸法だ。わかったか?
……いやいやいや。いくらなんでもツッコミどころが多すぎるぞ。道のりが複雑なのに、団長達が起きる前に終わらせて、あっちにたどり着いたころに目的地に行くって……そんなん、神様に愛されてなきゃ無理だろ!
と一人でツッコミつつも、俺の頭はやけに冴えていた。そして、エルを見る。
<なあ、エル>
<どうした?>
<っ!?>
いや、冗談半分でやってみたが、頭で考えた声がエルに届くなんて……と思ってエルを見ていると、エルが俺の疑問に答えてくれた。
<お前と我は繋がっているんだから、こう言う事ができても何ら不思議ではない。で、我に何か用なのだろう?>
もっともらしい事を言う。だけど、いいや。都合がいい。
<お前、影があればこっちに戻れるだろ? あっちに戻って団長の様子を逐一報告してくれないか?>
<武器はどうするのだ?>
エルが当然そう聞いてくるので、俺は腰に固定してある短剣を、服を翻して見せた。
<師匠の短剣がある。大抵の魔物くらい、俺一人でも……いや、俺とクラテル、あと副長でなんとかなるさ>
<承知した>
エルはなんだか安心したように、俺の影に潜り込んでしまった。そして、前を向いて副長の手に返事を書いた。「わかった」とね。
「アレン、ある日雨が降ってきた時、さ。俺はそのまま出かけたんだよ、用事があったからな。なぜかわかるか?」
「さあ、なんで?」
副長がにやにやと笑っているのが、背を向けていてもよく分かる。
「その日の昨日は、水浴びしてなかったんだよ」
「ふーん、それ、帝国流のジョークか?」
「よくわかったな」
副長はまた笑い飛ばした。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.189 )
- 日時: 2023/02/08 22:22
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
遺跡にたどり着くと、そこはまさに「遺跡」といった見た目だった。石造りの建物、どれくらいの年月が経っているのかはわからないが、植物が生え放題の荒れ放題。外見は今にも崩れそうな、オンボロなんだけど……副長は迷わず入り口らしき穴を見つけ、そこにずんずん進んでいく。
「……」
副長も俺も終始無言だった。副長が、口元に指を立てて、「しゃべるな」と合図をしてきたからだ。……まあ、副長の言いたい事もわかる。俺が起きてからなんだか、何か、こう……"まとわりつくような視線"を感じ続けているからだ。昨日副長が言っていたのは、あながち冗談じゃなさそうだ。
こうも無言だと、いざって時に副長に合わせられるか、不安だなぁ。
そう思いながら周囲を見渡す。中も外見と同じくオンボロな石造りの建物って感じ。だけど、それは入り口周辺だけで、中へ進んでいくと綺麗なもんだった。不思議と魔物も少なく、副長も俺も楽に倒す事が出来た。いや、副長が終始炎のオーラを放っているおかげで、弱い魔物が怖気づいて逃げていくんだ。大丈夫なんだろうかと思いながら副長を見やると、相変わらず酒を飲んでる。……心配はいらなさそうだな。
俺達は無言で、襲い掛かってくる魔物を倒しながら、進んでいく。俺は、倒した魔物を埋めて手を合わせ、神の御許へ見送った。副長はそれを静かに見守り、表情を見ると、柔らかく感じる。
だいぶ奥まで進んだかと思うと、副長が声を出した。
「もう喋っていいぞ」
そういうもんだから、俺は大きくため息をついて、「ふあああ」と我ながら情けない声を出してしまう。
「なんだよ、その情けない声」
「だって、ずっと緊張しっぱなしだったもんよ~」
俺がそう言うと、目だけを動かして、周囲の気配を確認する。
あのまとわりついた視線を感じなくなった。……多分あれは、誰かの力だろうと思うけど、一体誰の……。
「今朝起きた時から感じてた視線、あれはエルメルスの力だよ。アイツは親譲りの、他人の情報を覗き込めるって力を持ってる。罪が視えるっていうのは、その一部でな。いやぁ、親子揃って何でもかんでも見透かしたような目で見るから、マジしんどかったぜ。オチオチ酒も飲めんかったし」
「だからあんな小芝居してたのかよ……」
俺は肩をすくめた。
「で、アイツの力は結構広範囲でな、まあ、俺達が隠れていたことも承知の上だろ。……いや、報告はもう魔女に済ませてあるかもな。その上で、だ。俺達を泳がせてるんだろうぜ。制御装置のカギを奪うためにさ」
「なんだよそれ、卑怯な連中だな、相変わらず」
「戦争なんて、卑怯でナンボだろ。だから、俺も細心の注意を払った。あとは……そうだな。視線が消えたって事は、俺達を視る必要がなくなったって事で……」
俺は腕を組んで頷く。
「刺客を俺達に差し向けてる?」
「賢いね。流石アレンきゅん」
「アレン、きゅ……?」
副長が「がははは」と大きな声で笑った。
「ま、俺とお前なら大丈夫だよ。できない事はねえ」
「……ああ」
副長が期待してくれている。俺はそれを感じ取り、すごく誇らしく思えた。副長はちょっと前まで、俺の事を子供扱いしてたけど、俺の事をちゃんと見てくれていた。それがとても嬉しかった。
「なぁに照れてやがる」
「照れてない、けど。嬉しいんだ、副長がやっと俺を認めてくれたみたいでさ」
俺がそう言うと、副長はまた大笑いした。
「……ま、ちょっと前まで小さい子供だと思ってたさ。でも……やっぱさぁ。成長するんだなぁ、子供だって大人になるんだなあって」
「副長、何泣いてんだよ」
「いや、俺、意外と涙もろいんだよ」
副長がなんだか情緒不安定になってきてるみたいで、俺は心配していたが、すぐに副長は涙を引っ込め、前を指さした。
「あれだ。あの土人形2体。あれが見えるだろ」
そう言われて前を見ると、そこには大きな扉。その前に扉を塞ぐように、手に持っているハルバードと大剣を交差させた、背中に翼の生やした巨漢の石像2体。それに近づいていくと、天井まで見上げる程の広い空間に出た。道中の魔物は大した事はなかったけど、目の前の石像に、俺は本能的に危険を感じ取った。
「何アレ。すごく……不気味な感じの」
「アレは、俺が作ったんだ」
「……へぇ」
俺は感心して何も考えず返事をして、しばしの静寂。
「へ、えっ!?」
ワンテンポ遅れて俺は副長を見ると、副長は腕を組んだ。
「いや、セキュリティを考えて、俺の力を練りながら半年かけてできたのが、あの石像なんだよな。なんか、こう……地下にいるのに天使みたいな姿の守護者ってのをイメージしてさ。で、焼き上げてできちゃったんだよね。思えば、俺も若かったわ。若さゆえの過ちという奴か……」
そんな事言ってるけど、普通にすごいと思う。と、俺は呆れて声も出なかった。
「あ、やべ。ちょっと喋りすぎたな」
副長がそう言った瞬間、奴らが、石をこすり合わせる音を立てながら、動き始めたんだ!
- Re: 叛逆の燈火 ( No.190 )
- 日時: 2023/02/09 23:00
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
目の前のガーゴイルは、俺達を敵と認識したようで、手に持っている武器を振り回した。ハルバードと大剣が大きな音を立てながら振り下ろされる! 俺達はそれを避け、ガーゴイル達の懐に入った。ヒビだらけの石像だっていうのに、武器を振り下ろしてもものともしない。……力を練り上げて作ったんだから、当然といえば当然か。俺も似たような事ができる……試したことないけど。
「副長、あんたが作ったんならさ、あんたの制御下におくとか……そういうのできねえのか!?」
「できたらもうやってる!」
俺の質問に、逆ギレした感じで怒鳴りつけてくるので、そりゃあそうだと納得するしかなかった。右のガーゴイルがハルバードを横振りする。俺は首を引っ込めた。あやうく、首が飛ぶところだった……!
ハルバードは隣にいたガーゴイルに武器を、思いっきり当てたのか、ゴチンと重い音が唸る。だけど、ハルバードに当たったというのに、隣のガーゴイルは特に何も問題ないといった様子で、再び俺達に向けて、大剣を振り下ろした。
「同士討ちの線はナシか……!」
大剣を避け、俺は背後へ身体を翻し、着地と同時に自分の影に手を当てた。影を大きく伸ばし、鋭く刺々しい黒い槍を射出する。勢いよく撃ち込まれたが、その影を大剣のガーゴイルが切り払った。
「ダメだ、エルがいねえと全然力が出せねえ!」
俺は歯を食いしばりながら、迫るガーゴイルの大剣を、飛翔して回避。だけど、やっぱりエルがいないから、一瞬で影の翼が消える。そんな落ちてくる俺を目掛けて、ガーゴイルがハルバードを振った。
「やべ――!」
俺が叫んで思わず目を瞑る。
「そのまま飛べ!」
副長の絶叫が耳に入ったので、俺は背中に意識を集中して、そこからさらに上に飛翔する。すると、地上の方から、ボォという空気の揺れと、空気を焼くような熱気と臭い、そして爆発音が轟いた。俺は天井に着地した地上を見下ろすと、ガーゴイル達を包む爆炎が目に入る。
副長の炎ではこんな炎を出すことはできない。……じゃあ。
「アルコールか!?」
副長がいつも酒を飲んでいるのは、体内の「命の炎」を絶やさないでもあるって聞いたことがある。それもあるけど、副長はアルコールを駆使して戦闘時の自分の炎の熱量と火力を爆発的に上げているらしい。それが、これか。
「アレン、まだ油断すんじゃねえぞ。こいつらは、俺が作ったんだからな!」
副長がそう叫ぶと同時に、俺の背中の翼が消え、地上へ落ちて行く。ガーゴイル二体はまだまだ元気そうだった。……いや、表面が焦げている。流石にさっきの爆炎で一部が焼き焦げたみたいだ。俺は、短剣を振りかぶり、ハルバードの方を狙い、黒く焦げた部分を武器を振り下ろした。
「はあぁぁっ!!」
一直線を描くように、短剣に体重を乗せ、ハルバードを叩き切る。俺は着地した後、頭上を見上げた。土がバラバラと降ってくる。ハルバードが砕け散ったんだ。ガーゴイルは武器を失う。
「よし、あといった――」
「油断するなつってるだろ!」
副長が俺の身体に手を回すと、その場から転がるように、飛んで逃げ出した。俺がいた場所に、武器が振り下ろされる。大剣の方かと思ったけど、違った。
あれは、さっき叩き切ったはずのハルバードだった。それが、焼き焦げた跡なんかなかったかのように、新品同然で復活しているのを、理解した。
「えぇ!? あれ、壊したはずじゃ――」
「あいつらは中心部に埋め込んだ星霊石が無事である限り、ああやって再生することができる。俺がそう設定したからな!」
副長は俺を放すと、俺は地面に叩きつけられる。
星霊石は、所謂オーパーツ。この世界にぶつかったっていう、星の欠片がいろんな環境の条件で精錬されて、掘り起こされた、「無限の可能性を秘めた石」だって、シスターから聞いたことがある。武器やアクセサリー、さらには力の増強や、果ては今稼働している機械の動力にもなっている、まさに世界の要ともいえる代物だ。
それが埋め込まれているってことは、それを砕けばいいのはわかった。でも……
「ごほっ……じゃ、じゃあどうすんだ!? その星霊石って、どこにあんだよ!?」
「忘れた」
「……マジ使えねえ」
「じゃあ手あたり次第ぶっ壊せばいいだろ!」
「副長って頭悪いだろ」
「理屈で動くガキとはちげーんだよ」
「んだと!?」
「ほーらそうやって怒る、すぐ怒る~」
俺達がそんな下らないやり取りをしている隙に、やはりガーゴイル2体が迫ってくる。俺と副長は同時に武器を手に取った。
「ま、今は目の前のこれを片付けてからだ。話はその後!」
「わかったよ!」
俺はそう叫んで、短剣を強く握りしめる。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.191 )
- 日時: 2023/02/10 23:26
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
奴らの動きはまるで生身の人間かってくらい、自然で、俊敏だ。油断したら、トマトみたいに潰されてしまいそうだ。……そういやトマトって、ケチャップにするとそんなに美味しく感じないよなぁ。
と、変な事を考えている事を、副長が心を読むように突っ込まれた。
「おい、余計な事を考えてんな!」
「わ、悪い!」
俺は短剣を握り締め、奴らの足を狙った。少し傷を与え、俺はその場から素早く逃げる。そして、奴らが武器を振った瞬間に、別の個所を狙い、傷をつけた。
それを繰り返すうちに、奴らの足が傷だらけになっていく。奴らが動くたびに、ミシミシと音が鳴り、砂埃が噴出されて舞う。
「動きが鈍くなってきたな」
副長は、俺のやりたい事を察したように、地面に持っているボトルを投げ捨て、持っている酒を振りまいた。
「アレン、隙を作る。あとは好きにやれ!」
副長はそう叫びながら、炎を纏う剣を撒かれた酒に向かって深く突き立てた。と、同時に凄まじい爆炎が足元に広がり、俺は一瞬宙へと飛ぶ。背中の翼は一瞬だけだが、十分だ。ガーゴイル達は足元が崩され、背中から倒れる。だけど、星霊石のおかげで奴らの足は再生していく。
でも、この瞬間を待っていた!
俺はハルバードのガーゴイルの顔に向かって、空から剣を振り下ろして突き立てた。深く突き刺さり、ガーゴイルの目に埋め込まれていた青いサファイアが、砕け散る。パリンと音が鳴ると同時に、ガーゴイルが崩れて、ただの土塊へと戻っていった。
安心する暇も無く、背後から大剣が襲い掛かってくる。風を切る音。俺は対応が遅れて、大剣が襲ってくるのをぼうっと見ていた。
<ぼさっとすんじゃねえ!>
クラテルの叫びと同時に、俺の身体に浮遊感を感じた。一瞬、クラテルが身体に入れ替わり、すぐに自分の足が地面につく。
片割れを失ったせいか、ガーゴイルは絶えず大剣を右往左往させ、さっきみたいに足元に近づくこともできない。
「アレン、さっきの作戦は悪くはなかったが、俺はもう酒切れで、今ある残ってるオーラを節約しなけりゃいけなくなった。二度目はもうできんぞ」
「だよな。ボトルを投げ捨ててたし。次はどうする?」
「星霊石を探して、一発で終わらせる以外ないだろ」
簡単に言ってくれる。
俺はそう思いながらも、なんだかやれるような気がしてならなかった。なぜなら、今迫ってくるガーゴイルの胸に、大きく輝くルビーが見えたからだ。今までなんで気づかなかったんだとか、そういうのは、俺もそう思う。多分、図体がでかくて、俊敏な動きに翻弄されていたんだろう。いや、ホント。
俺は脳内でそう言い訳してると、クラテルが呆れたように言った。
<確かに、目の前にあんなでかいモノがあるのに、なんで気づかなかったんだろうな>
も、もういいだろ。
俺は、また振り下ろされる大剣を転がって避けた。だけど、副長が振り下ろされる剣の真下にいるのが目に入り、俺は副長の名を叫んだ。
バァンと破裂するような音と共に、大剣がぶるぶると震えている。副長が大剣の下で、剣を受け止めていたんだ。
「うるせえ、早く星霊石を壊せ!」
そう言われたんで、俺は短剣を握り、奴に近づこうとするが、奴がこちらを向く。……こいつ、作られた存在だけど、馬鹿ではないみたいだ。俺はそう思いながら、奴の胸に向かって人差し指を向ける。
指先に意識を集中し、俺の持っている力を、そこに集約させた。黒い玉が浮かび上がり、大きくなっていく。それにつれ、奴との距離も縮んでいき、奴の大剣の範囲にはいったところで、奴は大剣を振り下ろした。
だが――
「射出!」
俺の方が一歩早かった。
俺の指先から、黒い一閃が奴の胸のルビーに向かって発射され、奴の胸を貫く。黒い一閃を射出する反動で、俺は一歩後退った。シュンっと音と共に、ガーゴイルのルビーごと上半身が消し飛び、遺跡にも穴が開いて、外の光が漏れてくる。もう、朝日が昇っていたのか、とのんきに考えていた。
ただの土塊になったガーゴイルを見て、俺は深く息を吐いて、その場に座り込んで項垂れる。
「どうだ、クラテル……俺もなかなかやるだろ」
俺はそう彼に言ってやると、珍しく
<……ああ、本当に>
クラテルはそう言って、俺を認めるように、驚きの声を漏らしていた。
「アレン、お疲れさん。土壇場でよくあんなのが使えたな」
副長が近づいてきて、俺は副長を見上げて頷いた。
「……ああ、もうなんか、無意識だった」
「随分疲れているな。帰りもあるんだから、こんなとこでへばるなよ」
「……うん、大丈夫。少し休憩すればさ」
「いや、休憩してる暇はねえ」
副長がそう言うと、奥の扉を指さした。
俺は頷いて、扉に近づいて、副長と二人でその扉を開いた。ズゴゴと岩がこすり合うような音と共に、扉がゆっくりと開く。中には、金銀財宝――ではなく、翠色の宝石が台座の上にあるだけだった。……これが、俺達の求めていた、
「制御装置のカギ?」
「おう。これがそうさ」
副長がそう言いながら、カギをズボンのポケットにしまう。
「これをはめこむだけで、あの要塞の100%を掌握できる。つまりは、俺達が要塞を自由にできるってわけだ」
「そうなんだ。では……君達を殺して、それを奪う事にしよう」
扉の向こうから突如、少年の声が聞こえたかと思うと、炎の柱が扉を溶かしながらこちらに噴き出してくる。熱気と火炎が眼前に迫った。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.192 )
- 日時: 2023/02/14 22:49
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
俺達はとっさに伏せてそれをやり過ごした。だが、扉の残骸を砕いて、何かが突進してきた。そのスピードに、団長はありったけの炎を纏って、目の前に迫る何かから身を守ろうとしたが、そいつの突進で、壁まで吹き飛ばされ、小さい悲鳴を残して壁に縫い付けられた。
「副長!?」
「よそ見しない!」
俺が副長に振り向こうとすると、目の前まで迫ってきた男が、剣を振り下ろす。俺は短剣で受け止めたが、短剣にヒビが入り始めた。
「君、アレン・ミーティアだろ? はじめまして。俺は「シラベ・ホウライ」。あっちは「ユキ」。無礼を承知で申し訳ないが、帝国の為に死んでもらえないかな!?」
「な、なに、を……!」
淡々と作業的に、目の前の男は早口気味に言い放つもんだから、俺は影に手を当てた。影から鞭のように蛇がうねり、シラベを叩きつける。シラベはそれに驚いて、素早く後退った。さっきの攻撃で大半のオーラを消費したもんだから、大したことはできないけど、敵を追っ払うくらいの事なら簡単だ。
同時に、副長も「オラァ!」と咆哮を上げて、ユキとかいう女を蹴り飛ばした。ユキは扉の外まで吹っ飛び、地面を滑る。
「ユキ!」
シラベはユキに近づくと、すぐにユキは上体を起こした。
「問題ありません」
淡々と、機械的に、無機質な声でそう言う。……あいつ、生きてないな。魂は入ってるけど。
二人が立ちあがって、ようやく二人の姿がまともによく見えた。
シラベは黒髪の所々に赤い髪が流れた、見た目は俺くらいの少年。白装束を羽織る、華奢な人物だ。多分、さっきの炎の柱は、シラベの力だろう。
で、隣のユキは、水色の髪で、額からは氷の様な青い角を2本生やしている。服装は、シラベと同じく白装束。だけど、ユキの方は変な術式の絵が描かれた布を顔に被せているせいで、顔が良く見えない。
一つ分かった事がある。シラベもユキも、確実に今の消耗している俺達を確実に蹂躙できる。それを理解しているからこそ、俺達にあえて消耗させてカギを回収させて、そこを狙う。まあ、敵を消耗させてそこを討つっていうのが、一番賢くて楽に事が運ぶからな。
だけど、シラベは俺の持つ短剣を指さしながら、俺達に言い放った。
「アレン、それとフィリドラ。君達には大人しく投降してもらいたい。そうすれば、仲間に危害は加えない。君達の戦力では、この戦争では勝てない。君の短剣もそうだ。もうひびが入って、攻撃をしたり防いだだけで折れてしまうだろうさ。もう、無益な戦いはやめた方がいい。君達は、いたずらに血を流すのを、もう見たくないはずだろ?」
さっきの奇襲とは打って変わって、俺達を説得するつもりか?
……それに仲間に危害は加えない、って。団長達を捕まえたような口ぶりだな。……俺は、副長に目配せし、副長にシラベと対話してもらった。
「無益な戦い……それを仕掛けたのは、帝国側だろ?」
「……それは、そうだが……」
二人が話を始めた隙に、俺はエルに問いかける。
<エル……!>
<どうした、アレン>
<団長達は無事か?>
<ああ>
良かった。それと、エルは続ける。
<お前の放った黒い閃光が空を貫いたのが見えたのでな、アルテア達は既に動いている。そちらは、大丈夫なのか?>
エルの問いに、俺は答えた。
<ちょっとヤバい。エル、加勢に来てくれ。だけど……俺の合図があるまでは、姿を出さないでくれ。本気でヤバいからさ……>
<……承知した>
俺とエルの会話が終わると、シラベがこちらを見る。
「アレン、誰と話していたの?」
どきりと心臓が飛び跳ねそうになる。……こいつ、勘が鋭いのか?
「考え事してたんだよ、そっちのねーちゃん、ゾンビみたいに身体と魂が不安定だからさ。……どうせマギリエルの作った人形なんだろ――」
「ユキを人形呼ばわりするなッ!」
俺の言葉を遮るように絶叫するシラベ。怒りで顔が真っ赤になり、今にも飛び掛かりそうな殺気と、憎悪に満ちた顔へと、一瞬で変貌させた。
「彼女は生きているんだ、こうして、大地に立ってる! それで十分だろ!? ユキは人間なんだ、生きてるんだ。人形じゃない!」
俺は驚いて固まっていた。冷静そうな彼があんなにも激昂するって事は……理解できる。死を受け止められていないんだ。
「……だが、死人に魂を入れて、無理やりつなぎとめても、それは人間じゃない。ゾンビなんだよ。しかも、その術式の書かれた布がないと、魂を繋ぎ留められないんだたら……それは人間じゃねえんだよ」
副長がユキを指さして、冷たくも現実を突きつける。シラベはそれを聞いてプルプルと震えた。身体から炎が噴き出し、怒りで周りに熱気が放たれているのか、肌に熱を感じる。
「……違う。ユキは、ここにいる。彼女は人間なんだ、生きている、人間なんだぁぁぁーっ!!」
シラベの張り裂けんばかりの絶叫と共に、彼の剣が副長を襲った。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.193 )
- 日時: 2023/02/14 22:50
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
奴が目の前まで肉薄してくる。俺は短剣で奴の突撃を受け止めるが、そのまま壁まで奴諸共吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。そのまま圧し潰そうと、シラベは力を強める。
「ユキ……その女を殺せ。君を、「人形」などと呼んだ報いを受けさせろ!」
さっきまでの冷静さが完全になくなって、余裕もない。文字通り烈火の如く怒り狂っているんだ。短剣がミシリと音を立てて、ヒビが深くなっていく。師匠、ごめん。あんたの短剣は、ここで役目を終えそうだ。と俺は先に天にいるだろう師匠に謝罪する。熱気と奴の力が強くなっていき、俺は壁にめり込んでいった。
そろそろ身体が痛くなってきた。まださっきまでの戦いの疲労も、傷も癒えてねえってのに。まったく、今日は厄日じゃないかなぁ。と、思いつつ、短剣がついに音を立てて砕けた。奴の剣が俺の喉元まで迫る。
「――エル!」
俺は叫ぶと、エルが俺の影から現れ、瞬時に剣となって奴の剣を受け止めた。ガキンと鋭い金属音が響き、俺は右手を変形させ、奴に向かって力強い握り拳を一発くれてやった。
ドゴォと鈍い音が鳴り、シラベは吹っ飛んで地面を転がった。
今が好機! そう考え、俺は背中に意識を集中させて、翼を広げ、奴に迫った。
「シラベ!」
横からユキの声がするが、その直後にガキンと音が鳴り響く。
「アレン、さっさとやれ!」
俺は目の前に集中し、シラベに迫るスピードと勢いのまま、奴に向かって剣を振り下ろした。でも、やはり、奴も戦いに慣れている。俺の剣をすぐに手に持っている剣で弾き、俺は軌道が逸れた。俺は構わず、その場に着地し、地面を蹴り飛ばして、再び奴に向かって剣を振った。
「でぇい!」
「ふっ!」
シラベは剣を滑らせ、俺の斬撃をやり過ごすと、俺の眼前に人差し指を突き出した。
「貫け」
その一言と共に、指先から炎の一閃が放たれた。まるで、一本の黄色の線。まずい、これを受けたら――俺は土壇場で剣でそれを防ぎ、右手を伸ばして奴の突き出された腕をつかんだ。閃光は剣が受け止め、吸収していき、俺のつかんだ奴の腕は、じゅうっと音を立て始めた。
「あっガアアああああぁぁっ!!」
奴は悲鳴を上げ、右手から白い煙みたいなのが上がる。奴の腕を溶かしてるんだ! シラベは涙を両目に浮かべながら、俺に向かって剣を振った。右手を戻し、咄嗟に俺はシラベから離れる。奴の左腕は赤い肉がむき出しになり、ただれていた。まるで、酸で溶かしたような。
「くっ、き、君は……っ!」
「恨むなよ、シラベ。戦争は何やっても許される。だからお前らは……消耗した俺達に襲い掛かったんだろ? だったら、その傷も「名誉」だよ。俺達を殺せば、その傷も「よく受けた」って褒め讃えられんじゃねえか?」
俺はわざと皮肉っぽく吐き捨てるように言うと、シラベの周囲から肌が焼けるような熱気を感じた。目の前が真っ赤になってるんじゃないかってくらい、俺に怒り……それを通り越して殺意になってるんじゃないかってくらい、憎悪の感情と表情で俺を睨んでいた。
「だったら君を殺す。君達を殺し、君達の首はこの要塞の門の上に飾って、君達の死を晒し上げてやる!」
シラベはそう言い放つと、肉がむき出しになった左手を強く握りしめる。その腕には火炎が纏わりつき、俺に向かって突き出した。その瞬間、一本の太い熱線が俺に向かって放たれ、俺の後ろの壁を吹き飛ばした。熱線の通った後は、炎が残り、チラチラと燃えている。
「君のような強い力でなくとも、似たような事はできるんだ!」
「……そうかよ!」
俺は二発目の熱線を避け、影の刃と手に持っている剣を振り、まるでハサミで断ち切るように奴に向かって剣を振った。だけど、シラベはそれをひらりと飛び上がって避ける。俺の剣の上に乗り、俺に向かって人差し指を突き出した。さっきと同じだ!
俺は顔を逸らして、迫ってくる熱線を避け、素早くしゃがみ、影に手を当てた。影の顎が俺達に喰らいつこうと口を開く。シラベはそれを見て逃げようとするが、想定内。俺は影を触手のように伸ばし、奴を拘束した。
「逃さねえぞ!」
影の顎はバクンと俺達を食らう。その後は光が無く、真っ暗な空間に閉じ込められた。
「これで逃げられねえ、覚悟しろよ!」
シラベは慌てる事も無く、炎をぼうっと浮かべた。それで、周囲の様子がすこしばかりは見える。俺がどこにいるかも、奴が今どこにいるかも。
「これで勝てるつもりなの?」
「勝てるなんて思ってねえよ。だが……俺に有利なのは――」
「本当にそうかな?」
シラベはにやりと笑う。ぼうっと浮かぶ光に照らされて映る、奴の笑みは、一層不気味に感じて、俺は背筋が凍った。
「なに?」
「まあ、こういうのも持ってんだよね。中身は……」
奴の手には、一本のボトル。
「ガス」
それだけ言うと、シラベはボトルに火を近づけた。俺ははっとして、影を戻そうとしたが、遅かった。熱されたボトルは勢いよく弾けると共に、影諸共吹き飛ばす程の爆炎で俺達を巻き込んだ。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.194 )
- 日時: 2023/02/15 22:03
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
何が起きたかわからねえけど、体中が痛い。焼けるように痛い……。だけど、体中が痛くてたまらないのに、頭は冷え切ってるように妙に冷静だ。
……火傷だ。体中が痛いのは、さっきシラベが影の中で、可燃性ガスの入ったボトルを燃やして、狭い空間の中でそれを爆発させたんだ。俺は痛みに耐えながら、上体を起こす。火傷だらけなのは、シラベも同じだった。捨て身の自爆でも、俺を殺せなかった事を心底悔しがっている。そんな目で見ていた。
『アレン、無事か?』
「ああ、こちとらこの程度の爆発以上に、たくさん苦汁をなめさせられたんだ。こんな火傷程度で、止まれるかよ……!」
俺はそう言いつつも、ふらふらと立ち上がる。火傷だらけだけど、見た目ほどひどい物じゃない。咄嗟に影を自分に纏わせて正解だったな。
シラベも立ち上がる。奴も服も体中も焦げていてボロボロだ。だけど、まだこの殺し合いは終わってねえ。奴もそれを理解しているのだろう、剣を握って俺の方に向かって駆け出した。俺もそれに合わせて、奴に迫る。互いに剣を振り合い、キィンと音を鳴らしながら剣同士がぶつかり合う。
「しぶといな、君も! 早く……早く死ねよ!」
「生憎、俺は止まる気はねえよ。お前らの大将をぶっ潰さねえ限り、俺は何度でも立ち上がってやる!」
奴の身体の動きが鈍い。多分、オーラが切れかかってるんだろう。それは俺も一緒だ。だから、オーラ切れになって動けなくなる前に……こいつをやる!
「切り払え!」
俺は奴の剣を弾き飛ばし、影に手を当てた。影から三本の爪が飛び出し、シラベを切り裂こうと襲い掛かった。もちろん、奴もその爪を剣で切り裂いていき、俺の足元に指をびしっと指した。
「炎の棺……!」
その瞬間、俺の足元から炎の柱が立ち上ってきた。熱気と身を焦がすような痛み、肌が焼ける臭い。それらを一斉に身に受ける。だけど、この程度の炎だったら……!
俺は右腕を変形させて、自分の足元に拳を叩きつけた。右腕で炎を握りつぶして、炎を消す。ジュウと音が鳴り、炎が消えるとシラベは流石に驚いて後退ったようだ。だが、俺はそれを逃さなかった。俺は奴に素早く迫り、頭を右腕で握って奴を壁に叩きつけた。やられたお返しだ!
べしゃりと、潰れるような音と共に、シラベは悲鳴を上げる。シラベは壁からずれ落ちると、血に塗れた顔を上げて、俺を睨んでいた。
<今だ、アレン!>
クラテルの絶叫が脳内に響く。俺もそれに頷いて、右腕を戻し、剣を両手で握った。
「おりゃあぁぁぁーっ!!」
奴にトドメを刺す一撃。ここでやらなきゃ、きっと……こいつは副長も、他の皆も殺す。だったら、ここでこいつを止めないと。でなきゃ……こいつは止まらない。俺は絶叫と共に奴に向かって握られた剣を突き刺した。
だけど、その一撃は……。
さっきまで副長と戦っていたはずのユキが、シラベの前に両手を広げ、立ちふさがっていた。突然目の前に現れたもんだから、俺も対応なんかできるはずもない。勢いよく突き出された剣は、ユキの胸に深く突き刺さった。
ユキは顔を覆っていた布が焼かれて、半分以上顔が露になっていた。瞳は光を映す、まるで青い宝石のような色と輝き。その瞳が俺を真っ直ぐ見据えて、俺の剣が彼女の胸を貫いていた。
「ゆ、き……!?」
シラベは、突然の事に理解が追い付かないようだ。……俺も、驚いて固まっていた。時が止まったような静寂が流れる。その静寂の中で、ユキは崩れ落ちる。赤い水たまりを作りながら、目だけをシラベに向けて、微笑んでいた。
「……しら、べ……しら……べ……」
彼女はシラベに向かって手を伸ばし、奴が生きている事に安心したのか、安堵の表情で静かに瞼を閉じた。眠りにつくように。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.195 )
- 日時: 2023/02/15 22:14
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
シラベは涙を流しながらユキに近づいて、彼女を抱き寄せて、必死に肩を揺らしている。でも、誰が見てももう、彼女は生きていない。……元々、魂と体の結びつきが弱かったんだ。致命傷を受ければ、すぐに魂が抜けちまうような、脆い存在だったんだ。
「……そいつの魂はもうない。お前だって理解してるんだろ?」
俺が彼女を突き刺した剣を奴に向ける。
「死を受け入れなかったから、お前はこうして二度も死を悲しむことになる」
俺がそうだったように。
そう、無感情に言い放った。いや、装ってたんだ。
「……黙れ。君に何が解るんだ。俺は……俺は、全部失って。ユキだけでも取り戻したいと思って、あの女に魂を売ったんだ。今更引き下がれない。やり直せない。取り戻せない……すべて失ってしまった。俺は、もう何もかも失ってしまったんだよ!」
シラベは目に涙を浮かべ、感情的に声を出す度に、溢れていた涙がボロボロと、止めどなく瞳を閉じたユキに落ちて滴っていった。
……全てを失った、か。俺も、支えてくれる仲間がいなかったら、自暴自棄になってクラテルに身体を明け渡して、世界を敵に回していたのかもしれない。こいつと俺は似ているのかも。……だからって、同情はしないし、容赦もしない。何もかも失ったからって、他人から奪っていいはずがない。
俺は拳を握りしめた。強く、強く。
「だから、世界を壊すって? それは「やけになる」って言うんだよ、馬鹿!」
「何が悪い!? もう俺には、何も残されていない……やけを起こして、一体何が悪いって言うんだッ!?」
「自分が悲しいから、同じ思いを他人にさせようって魂胆が腐ってんだよ。だったら、同じ思いをさせないように、せめて動こうと思えないのか!?」
「ああ、思わないね。他人なんか知ったこっちゃない。ユキが死んでいるのに、いつも通り笑ってる奴らが憎い。いつも通り、日常。平和ボケして生きている連中なんか、皆死んじゃえばいいのさ!」
憎悪に満ちた表情と、奴から放たれる、肌を焼くような熱気。そして火の粉。怒りの感情がオーラに影響している証拠だ。
「みんな、みんな死んじゃえばいい! お前も、お前達も……! 遺跡諸共ッ!!」
シラベの天井まで突き抜ける、喉が張り裂けんばかりの絶叫と共に、奴は炎を放った。それは、今までのものとは比べ物にならない……劫火のようだ。それが暴発して、俺に襲い掛かる。
突如、俺は背中から引っ張られ、俺は引き摺られた。副長が、俺の服を引っ張ったかと思うと、俺を担いで、足元に炎を吹き出して、猛スピードで遺跡の出口まで吹っ飛んだ。……文字通り、炎の噴射を利用して、飛んでいるかのようだったんだ。遺跡全体が揺れる。さっきの爆炎で遺跡が崩れているんだ!
「……ぐっ!」
遺跡の出口を目指す途中で、副長が突如炎の出が悪くなり、俺を担いだまま前のめりに倒れ込んだ。劫火が迫ってくる中、副長の顔色が悪くなっている。多分、オーラ切れとアルコール切れ。所謂ガス欠だ。俺はそれを瞬時に把握して、副長を急いで担いで、背中に意識を集中させた。
「はああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!」
気合を入れる為の叫び。俺の残っているオーラを全部込めて、俺達は助走をつけて駆け出す。スピードが出始め、俺はその瞬間に、文字通り全力投球で遺跡の出口に向かって飛んだ。弾丸のような速さで駆け抜けて、目の前に光が見えてきた。外の光だ!
俺は副長を担いだまま、出口から飛び出して勢いよく飛び出して、地面を転がる。と、同時に、遺跡の入り口から劫火が噴き出して、その後、遺跡が轟音を立てながら崩れていった。俺は息を切らし、そのまま空を仰いで倒れる。
「か、間一髪ぅ……」
「さ、さけ……」
俺と副長は弱弱しく声を出し、空を見上げる。まだ、朝日が昇って間もない。すぐに行動しないといけねえが、俺も副長もオーラ切れで動けない。……というか、遺跡が崩れた今、遺跡側の通り道も塞がれたって事じゃ。って考えると、「あー、どっすかな」と声を出して倒れたまま空を見上げるしかなかった。
いや、寝ている暇はないって!
俺は全身の力を込めて、重い体を起こして立ち上がる。気だるさとか疲労感とか、今感じて寝ていたら、俺達は何も成せないまま負ける! 俺はオーラが切れて重苦しい感覚がする身体を、自分の意志だけで突き動かして、副長を背負う。副長からは重力とオーラ切れによる脱力で、全体重が俺にのしかかってきた。俺自身もオーラが切れて、立てない。
背後にエルがついてきているが、エルも表情は変わらないものの、肩で息をしているのが分かる。俺達は限界を感じていた。
「副長、酒なら何でもいいのか!?」
「な……なんでもはダメだ……。度数が60を超えてないと……」
「そんな強い酒……」
俺は副長を引き摺りながら考えた。度数の高い酒……ああ、ちょっと心当たりがある。いや、憶測だし、希望的観測って奴なんだけど。俺はエルに顔を向けた。
「なあ、エル。お前……要塞の中から度数の高い酒を探してきてくれないか?」
「……構わぬ。しかし、お前は?」
「俺は、副長を引き摺って、なんとか間に合わせる。ついでに、団長が追い付いたら、事情を話してくれ。頼んだぞ」
エルは頷いて、俺の影に潜んで行ってしまった。
あとはエルを信じるしかない。頼んだぞ、エル。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.196 )
- 日時: 2023/02/15 22:56
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
我はアレンに頼まれ、影に潜んでアルテア達の下へ移動した。アルテアの影から顔を出して周りを見ると、まだ要塞の目の前の森の中のようだ。ちょうど、これから隠し通路の方へ突入するらしい。アルテアが我に気が付くと、驚愕の表情で我を凝視した。
「エル? アレン達は!?」
「無事だ、だが作戦に支障が生じた。遺跡が崩れ、作戦変更を余儀なくされるだろう。だが、アレンは、お前達には引き続きこのまま隠し通路に突入してほしいと、その旨を伝えろ。と。それだけだ。我は他に用事があるので、しばらくは戻ってはこれぬ」
「……わかった。ありがとう、エル」
我はその言葉を聞いたと同時に、影に潜み、要塞の中へと侵入した。その瞬間から、髪の先から足の爪の先まで嘗め回すように「視られている」感覚。それを感じ取り、寒気がして仕方がない。……だが、フィリドラの様子からして、すぐに戻って酒を飲ませてやらねば、フィリドラは回復できずに体内の生命力を消費し始め、燃焼するだろう。そうなれば、フィリドラは死ぬ。奴の「魂を炎に変換する」というのは、即ち、魂を燃料代わりに燃焼させているという事だ。我は、要塞内を影に潜みながら移動し、「度数の高い酒」とやらを探した。
こういうのは、アレン流に言わせてもらえば、酒樽の貯蔵庫にあるのが「鉄板」だろう。我は、酒樽のありそうな部屋を探し回った。途中で、鋼鉄の踏む足音が耳に入るので、その度に影に潜んでやり過ごした。我一人であれば、こんな隠密行動、フィリドラ流に言えば、「朝飯前」だな。我には感情が無いはずだが、胸に何か熱いものを感じる。きっと、我は誰かの役に立てることを「嬉しく」思い、この隠密行動が「楽しく」感じているのだろう。不思議だ。
……思えば、こうして一人で行動するのは初めてだ。しかも、自らの意志でアレンから離れ、誰かの為に何かを探す。という事を、武器である我がやるとは……。こうして、モノを考える事すら、本来あり得るはずのない事象だというのに。アレン……あの男や、アルテアや傭兵団の面々、そして彼らが救ってきた者達に触れて、我は……「意志」を持ち始めたのだろう。「誰かを救いたい」「誰かと一緒に笑いたい」そういった感情を。
あの夜にアレンから、「相棒」と呼ばれて、非常に「嬉しい」と感じた。だから、アレンに対して、「嬉しい」を返したい。とも思った。
……我ながら、このような考え事をしながら、行動しているとは。本当にあり得ない。
我はふと周りを見て回ると、地下への階段を見つけた。周囲を確認する。誰もいない。ならば、階段を下りてみるか。と、我は階段を下りた。階段を降りる度に暗く、冷たくなっていく。酒樽というのは、地下にあるものだ。地下は気温が上がらない。真夏の炎天下だろうと、地下の気温は変わらないもの。この階段の先にあるかどうかは定かではないが、他に地下の階段は見当たらなかったし、まずはここから探索するのもありだろう。我はそう思いながら地下の階段を下り切った。
ひやりとした冷たく湿った空気。石造りの無機質な通路。我はそのまま進む。進み続けると、何かを感じ取った。一つは、アルコールの入った樽。もう一つは、弱弱しく息をする子供の呼吸。我は、子供の方が気になったが、まずはアルコールだと思い、アルコールの方へ足を進めた。
個室を見つけたので、入ってみるとそこには酒樽が並んだ空間だ。我は、左腕で部屋の隅にあった酒瓶を見る。我の目には、それが度数が60以上の強い酒の入った瓶だと映り、それを拾い上げて服の中にしまった。さて、次は子供の方を見よう。我はそう思い、子供のいるであろう部屋を目指して歩いた。
……子供はいた。弱弱しく呼吸をし、うつ伏せになって、体力を温存する為に縮こまっている。名前とその者の情報が目に映る。
「ルーク・リジア」。年齢は、15歳。だが、15歳の男児にしては小さいが……ああ、レベッカの弟か。このような不衛生な場所で、恐らく少ないながらも食事を与えられてたが、それも次第になくなっていき、この地下牢の天井から滴る水を飲んで生きながらえていた、というところか。
「お前、「ルーク・リジア」か」
「……」
ルークが我の声に気が付いて、顔を上げる。我の顔を見ると、声を放り出すように、口から音を出した。
「……だ、れ……だ……」
「お前、レベッカの弟か。「レベッカ・リジア」の」
我がレベッカの名を出すと、それまで虚ろだったルークの瞳に、光が宿る。
「姉ちゃん、の……しり、あい、か!?」
「ああ」
「ね、えちゃんは!?」
我にしがみつく勢いで、体力も残っていないはずの身体を起こし、我につかみかかろうと迫る。我は頷いた。
「……真実だけを言うぞ、ルーク。レベッカは、お前の事を守りたい一心で、アレン達に一人挑んだが、アレンを殺す事ができず、身を投げて濁流にのみ込まれた。恐らく、生きてはいないだろう」
「……そ、そうか。ねえちゃんが……」
「アレンが憎くないのか?」
我は何故かルークが安堵したような顔をするので、無意識にそう尋ねたが、ルークは力なく笑った。
「全然……むしろ、姉ちゃんを止めてくれてよかった……よ……」
糸の切れた人形のように、ルークはその場に崩れ落ちて動かなくなった。いや、死んだのか。我は気絶するように逝ったルークに、アレンがしたように、手を合わせる。合わせる手はないが、形だけでも、彼が安らかに逝けるよう……見たこともない「神」に祈った。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.197 )
- 日時: 2023/02/16 23:57
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
彼を見送った後、我は風の音を耳にする。そこに近づくと、岩と術式で塞がれた道を発見した。それに触れると、バチっと稲妻が走る。痛みはないが、すぐに把握した。この岩が、件の抜け道を塞ぐものであると。我は、すぐさまアレンに連絡した。
<アレン>
<……うおっ!? エル……なんだよ?>
<岩で塞がれた抜け道を発見した。地下牢に続いているようだ>
<マジか! お前のいる場所は……結構近い。エル、その場でしばらく待っていてくれないか?>
<……承知した。我はできるだけ敵の目を惹きつけていよう>
<え? どういう――>
アレンと会話しているというのに、無粋な奴が邪魔に来たものだ。我の背後には、黒髪の女……「サリア・エルメルス」が、我の首元に鎌の刃を突きつけている。漆黒の刃を少し動かしただけで、我の首は飛ぶだろう。……まあ、我は人間ではないから、首が飛ぼうが死ぬ事はないのだが。
「アレン・ミーティアの武器。「エル」。ここで何をしているのです?」
「……先ほどまで我の事を視ていたのだろう。答える必要性を感じない」
「答えなさい」
「……」
全く、我が答えずとも、我の目的を理解している癖に。そして、泳がせていた癖に、なぜこうも聞きたがるものか。我が押し黙っていると、鎌の刃が首に触れる。……仕方がない、奴に合わせてやるとしよう。
「酒を探していた。強い酒だ」
「ほお。その酒が無ければ、仲間が死ぬから。ですよね?」
「そうだ」
こいつに嘘は通用しない。こいつは、全てが見えている。我の今考えている事も、恐らく把握しているはずだ。
「それで、我に何を要求する?」
「アレン達を誘導しなさい」
「誘導」
我はサリアの言葉を繰り返した。
「そう。「この道は危険だから、別の場所を」とでも言って、私の指定する場所に誘導すればいい。そうすれば――」
「断る」
我はサリアの要求を拒否した。
「なぜ?」
「我は、アレンの相棒であって、お前の手の者ではない」
「……」
ふむ。人形の様な者だと思っていたが、年頃の娘だな。我が拒否すれば拒否する程、顔色が変わっていく。
「首と胴体が離れますよ。いいんですか?」
「構わぬ。我は人間ではない。首と胴体が離れようと、何とでもなる」
「私は、あなたの行動や思想が読めるのです! あなたがこれからやろうとする事も、視えているんですよ!?」
「だからなんだ。それ程度の障害、我にとっては造作もない」
ついには、顔を真っ赤にさせて声を荒げた。
「ならば神の名の下、裁きを受けなさい、罪人っ!」
サリアが鎌を大きく振りかぶった。
ガキンと金属同士がぶつかり合う鋭い音が地下全体に鳴り響く。火花が散った。
我は迫る鎌の刃を、黒い竜の腕に変形させた左腕で受け止める。咄嗟の判断ではあったが、我は神竜そのもの。これくらいの事はできるだろうとは思っていた。
「っ!? 何ですか? そんなもの、報告になかった!」
サリアは珍しく目を剥いて、想定外の事に驚愕を隠せずにいるようだ。まあ、我も今日初めて出したのだから、我自身も驚いているよ。
「我とて、神竜。お前一人をどうにかする程度、造作もない」
「……馬鹿にして!」
サリアは鎌を振り回した。刃が四方八方から襲い掛かるが、我はそれを全て左腕で受け止めて、最期の一振りの刃を握る。鎌が固定され、サリアは悔し気に顔を歪めていた。
「な、なぜ……! 私は、今まで父上や母上の言う事をちゃんと聞いて、陛下の命令も滞りなく遂行して、自分の意志を封じてまで陛下の御為に従順になって、父上や母上の言う「立派な法官」になったはずなのに! こうして、要塞を任されるまでに出世もしたのに!」
サリアは突如叫び始め、でたらめに鎌を振り回している。……今までに挫折を味わった事がないからだろうか。それとも、初めて想定外の事が起きて、混乱しているのだろうか。彼女の中で信じていた信念が崩れ始めていた。その影響で、サリアは泣きわめきながら、当たり散らすように武器を大きく振り回している。
「なんでこんなところで、お前なんかに! 人間でもない、お前みたいな魔物なんかに、私が――」
「お前は、シャオが言うところの「いい子ちゃんタイプ」か」
「――!?」
サリアが目を見開いて硬直する。我の目の前に刃が迫るが、我は構わず続けた。
「ただ命令だけを聞いて、歯車になって、従うだけの自分を持たない人形。あるいは、無意識に嫌われたくないと思い込んで、両親やソフィアの言う事を守る、「いい子ちゃん」。お前の動きは読みやすい。なぜなら、自我を持たない「機械的な」動きだからな。だから、我程度でも、お前に勝つことができる」
図星を突かれたからか、さらに怒り狂うサリア。
「……調子に乗って!」
「ならば」
我は目の前に迫っていた鎌の刃を握った。バキリと音が鳴り、ヒビが入る。
「この脆い鎌で、どのようにして我に勝つというのだ?」
そう言い放った瞬間、鎌が砕けて床にバラバラと破片が落ちていく。
「自我のないお前は、機械のように武器を振り回して、機械のように誰かの言う事だけを聞いて生きていく。それは……人間と言えるのか?」
我がそう言った瞬間、サリアはその場に崩れ落ちて、両手をついて床に伏せた。
「……私は、ただ。陛下の意思は帝国の意思で、陛下の言う事は絶対って、教わったから。それに従う事は正しい事だって……」
「それがお前の正義か」
我がそう言った後、サリアがよろよろと立ち上がる。
「……そう。私の正義だった。でも、今は、よくわからない。あなたの言葉一つで、武器が壊された程度で、こんなにもよくわからなくなってしまうなんて。私は今まで、誰かの指示に従う事で、自我を保っていたんだと思う」
「……これからどうするのだ?」
「……」
サリアはついに押し黙って、項垂れていた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.198 )
- 日時: 2023/02/17 23:12
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
我は、サリアにある提案をする事にした。
「サリア・エルメルス。お前はこの戦場から離れるといい」
「……!」
サリアが我の顔を見上げ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。多分、このような状況でなければ、こいつはきっと怒り狂って我を殴りかかるだろう。……だが、そうしない。思うところがあるのだと、我は考える。
「お前に覚悟があるのなら、武器など壊れたところで戦い続けるのだろう。だが、そうしないのは、本音は戦いたくない。と、そう見える」
「そ、そのような事は……」
「人形のまま死にたいのか?」
「……」
意地悪がしたくて質問攻めにしているわけではないのだがな。我はため息をつく。
「今の、覚悟も何も固まっていない不安定な心では、遅かれ早かれ、折れて立ち上がれなくなる。ならばせめて、メリューヌ領まで我が送ってやろう。それが嫌で、裏切るのが怖いのであれば、帝国の目の届かぬ場所へ逃げるといい。生き残りたいのなら、そうするべきだ」
「……逃げる」
「自由になるという事だ。我らがそれを求めているように、お前も自由に生きればいい」
やはりまだ戸惑っているのか、完全に身体が縮こまっている。
「やはりここで死にたいのか」
「……」
我がそう聞いた後、サリアはすくっと立ち上がる。
「……まだ生きたい。私、この大陸の事を全く知らないから、旅をするのが夢だった。父上や母上の言う事を聞いて法官になれば、いつか資金を貯めて大陸の外に出る船を作って、新大陸を目指して旅をしたい。そう思ってたから」
「そうか」
我はそれだけ言うと、サリアの腕を握る。
「何を――」
「外に出るぞ」
我がそうサリアの腕を引っ張り、影に潜んで外に出る。もちろん、そこは要塞の前ではなく、なるだけ遠くの場所。おそらく、この大陸の最東端の森。海が見える崖に面した場所だった。
「な、何が!?」
当然サリアが驚いていた。我は、サリアが握っていた武器の柄に触れると、影が伸びて鎌が元に戻る。我の魂を吹き込んで、武器を修復したのだ。
「我ができるのはここまでだ。あとは、お前次第だが」
「エル、なぜここまでしてくれるんですか?」
サリアがそう尋ねてくるので、我は彼女の顔を見つめた。
「アレンならそうするからだ」
そう答える。
「……そう」
返答は簡素なものだ。まあ、いい。あとはサリア次第。ここからは、彼女の道だ。
「ありがとうございます、エル。私を、ここまで連れ出してくれて。あとは、一人で何とかします」
「……生きろ、お前もこの大陸を生きる「人間」だ」
我らはそこで別れた。その後、サリアはどうなったのかはわからぬが、生きていてほしいと、そう願う。
―――
我はその後すぐにアレンの影まで戻った。アレンはどうやら、遺跡側の抜け道を通っていたようだ。ぐったりしているフィリドラを背負っていたアレンは、岩肌だらけの道で、フィリドラを寝かせて、しばし休憩を取っていたようだった。
「……エル、良かった。戻ってきて。酒は?」
「これだな」
我が懐から酒瓶を取り出し、コルクを引き抜く。キュポンと小気味のいい音と共に、酒の独特の香りが漂った。我はフィリドラに近づいて、口に無理やり瓶の口を突っ込んだ。
「それ、大丈夫なのか?」
「問題ない」
我がそれだけ言うと、フィリドラはしばらく酒を飲み干して、目をカッと見開いた。
「この酒……まっず! おえぇ……!」
酒を半分以上飲み干して、瓶を掴んで口から放すと、盛大に咳き込み始める。だが、効果は抜群のようだった。魂の燃焼が止まり、乱れた波が穏やかな静寂を取り戻すように、フィリドラの魂は安定したようだ。
「元気になったようで良かった」
我がそう言うと、フィリドラの顔はげっそりしながらも、顔色は良かったので、これで安心だ。
「……ああ、迷惑かけたな、二人とも」
フィリドラはそう言って、我らの首に腕を回し、ガハハハといつものように笑い飛ばした。アレンは苦しそうに呻くが、我はとても嬉しいと感じていた。アレンも同じだ。フィリドラが生きていて、本当に良かった。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.199 )
- 日時: 2023/02/18 23:36
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
さて、休憩する間も惜しいくらい時間も押している。俺は、チサトに向かって意識を向けた。
<チサト、待たせた。派手にやってくれ>
<待ってたわ、アレン。少し予定より遅れたけれど、問題ないわ。派手にやるわよ>
<ああ、エイトも頼んだぞ>
<無論>
二人の返事を聞いて、俺は胸を撫でおろす。ちょうどエルも帰ってきて、武器になった。
『チサトがここいら一帯を水の結界で封じ込めるようだ。それが合図。いいな』
「了解」
俺は剣を握り、構える。いつも通りやればいいと考えているんだが、こういう畏まった場面じゃ、いつも通りにしようとしても、空回りするだけ。だったら、いつも通りとか考えず、ただ前に進む事だけを考えよう。俺はそう頷いた。
そういえばいつの間にか、あの嘗め回すように見られている感覚が嘘のように消えている。エルメルスってのがどこかにいなくなったのか、これも作戦なんだろうか。そう考えていると、エルが俺にしか聞こえない声で、声を出した。
『エルメルス、あの女は今はいない。余計な事を考えなくてもいいぞ』
「エル……なんでそれを?」
『二度は言わん』
エルが答えなくなったので、俺はふうっとため息をつき、目の前に集中した。考え事でもしないと、集中力が切れちゃうからな。と、思いつつも、チサトの合図を待った。
――と、その瞬間、息が詰まるような力の気配を感じた。この要塞を包むような、そして、空気すら遮断するような、強い力が要塞を覆う感覚を感じた。これが合図か。俺はそう考えながら、剣をぎゅっと握り締める。
「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
気合の絶叫。そして、前に突き出される剣。剣が岩にぶつかると、ボロボロ崩れていく。鈍器で叩いたように、崩れ落ちていって、抜け道が開いた。石造りの無機質な壁と床が見える。術式を破ったんだ。
「よし、次は内部へ侵入だ。ついでに酒もかっぱらっていくぞ!」
副長が俺の肩を叩いて、走り出した。俺も「ああ」と強く返して、副長に続いた。
鉄格子に覆われた牢屋には、誰のものかわからない骨や、比較的新しい亡骸が並んでいた。俺は立ち止ろうとするが、エルがそれを止める。
『お前には今やるべきことがある。それに集中しろ』
「……悪い」
素直に謝るしかできなかった。でも、全部終わったら、彼らも弔おう。それまでは、俺はやるべき事をやり遂げる。俺は後ろ髪を引かれる思いをしながら、走り続けた。
途中で副長が酒の貯蔵庫を見つけたようで、「先に行け」と言っていた。ので、俺は階段を上って要塞内部へ。外から漏れ出る光のおかげで明るく、5、6人が並んで歩いても余裕のありそうな廊下へ出た。床には、戦闘不能になって、血を流して倒れる黒い鎧の騎士達が崩れ落ちていた。遠くの方からは、戦闘中と思しき怒号もかすかに聞こえる。だけど、こんなのはまだ氷山の一角で。こんな奇襲も時間を掛ければ制圧されかねない。俺が走ろうとすると、背中を掴まれた。
「おい、どこ行くんだ。そっちじゃねえ」
副長だ。俺をつかんで向かうべき方向に引っ張る。
「こっちだ、制御装置のカギを嵌めて、要塞の罠を起動させる」
「わ、悪い。忘れてた」
「だろうな」
副長がそう言って、俺の前を走り出した。
「副長、酒は?」
「エルが持ってきたクソマズいのじゃなくて、ちゃんとした美味いのを選んで持ってきたさ。しかも、5回くらいぶちまけても余裕あるくらいには持ってきてる。これで心置きなく本気で戦えるってもんさ。ガハハハハハッ!」
まるで酔っ払いのように大きく笑い飛ばし、廊下を駆け抜ける。制御装置のある場所へ向けて走っていた俺達だが、その件の部屋っていうのがある扉。その目の前に、誰かが俺たちを待ち構えるように座り込んでいた。
そして、その人は俺達の存在を認めると共に、立ち上がった。
「待っていたぞ、反逆者。エルメルスも東郷の奴らも倒したようだが、俺はそうはいかん」
小さい時に会った事のある兄ちゃん。あの時より歳をとったけど、確かにあの時の兄ちゃんだった。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.200 )
- 日時: 2023/02/19 22:36
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
目の前には、副長くらいの背の高い男が立っていた。望遠鏡で覗き込んでた、あの男。目つきは鋭く、昔見たあの気さくな兄ちゃんのものではなかった。
「あんた、そこをどいてくれねえかな」
俺はなるべく穏便に済ませようと、そんな世迷言を言う。まあ、十中八九……
「通りたけりゃ、俺を殺せ」
そうなるか……。昔助けてもらった手前、戦う事はあんまりしたくなかったんだけど。と、俺はため息をついた。
「あんた、俺の事、覚えてない? 魔物に追いかけられて、俺とルゥを助けてくれたんだ。で、話したろ、いろいろ」
「覚えがないな」
「そうかよ」
説得なんかできるはずもない。俺は彼を見つめる。逆に、彼は何かを決意したかのように、鋭い瞳をしていた。
「すまんが、俺にはもう失う物はない。だから、ここでお前らを倒し、俺も死ぬことにする」
「……魔王を倒そうとか、そう思った事はないのか?」
「ない。俺じゃ、奴の化け物じみた力に勝てない。それどころか、俺はあいつに屈服したし、牙も爪もへし折られた。そんな俺に残された道はただ一つ、反逆者と心中する事だ」
彼がそう言った後、すごく悲し気に顔を歪めた。死に場所を求めて、もう無気力になっている感じかな。でも、そんなのは関係ない。俺達は前に進まないといけないからな。
「お前がどう考えようと、さ。俺は前に進ませてもらうけど」
「そうしてくれ。ここで死ぬような奴に、魔王に勝てるとは思えん」
彼が腰から下げていた武器を手にする。
「はあ、頭が堅いな。だったらさ――」
副長がそう言い終わらない内に、背中に担いでいた大剣を握ると、奴に向かって振りかぶった。
「俺と踊ってくれよ!」
炎を纏いながら、副長が飛び掛かり、瞬時に奴はすぐさま二振りのナイフでそれを受け止めた。だけど、灼熱でその二振りのナイフは焼け溶けて、使い物にならなくなる。奴はそれならばと、鉈を取り出して、副長の一撃を滑らせて凌いだ。
「アレン、早くいけ。俺がこいつを引き受ける!」
「……! させんぞ!」
「お前は俺をエスコートしろ。炎と踊れるなんて、最高のワルツだろうが!」
副長の言う通り、俺は二人の脇をすり抜けて、奥へと走り出した。
結局兄ちゃんの名前、聞きそびれたけどいいか。俺は急いで制御装置のある部屋へと入る。中には仰々しい機械が鎮座していて、どれがどれかわからない。俺はキョロキョロ見回してみるが、それらしいものは全然見当たらない。どうすればいいんだ! と、頭を抱えたが、丸いくぼみが目に入った。ポケットに手を突っ込み、さっき手に入れたカギを手に取る。
サイズ的には、多分、ここにはめ込むのが正解なんだろうな。俺はそう思い、すぐさま丸いくぼみにカギをはめ込んだ。
ズゴゴゴと地鳴りと轟音。それらが要塞を包むように響き渡っていた。
「ナイスだ、アレン!」
背後から戦闘音と共に副長の声も聞こえる。
「副長!」
俺は外に出て、すぐさま戦闘中の副長に近づく。そして、副長が俺に向かって手を伸ばすと、俺はその掌を思いっきりバシッと叩いて、副長と入れ替わった。迫る鉈から、自分の持つ剣で受け止め、ガキィンと金属音が鳴り響く。金属がこすり合い、火花も散った。
「次は俺の番。覚悟しろよな!」
「……っ! ガキが、いっちょ前に!」
俺は、奴の鉈を押し返した。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.201 )
- 日時: 2023/02/20 22:59
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
一瞬後退るが、一瞬だけだった。奴は俊敏に俺の動きを読むように動き、俺の剣を弾き飛ばして、力で押してくる。俺と彼の体格では差があり、どうしても筋力では負ける。そりゃあそうだ、これが大人と子供の戦力差だ。でもな……。俺だって、子供のままじゃねえんだよ!
「でやああぁぁっ!」
俺は右腕を変形させて、床を殴りつける。床がひび割れて内側から黒い棘が勢いよく射出した。まるで蛇が這うようにぐねぐねと地面から棘が飛び出して、奴に襲い掛かる。だけど、奴は鉈を振り回して、黒い棘を真っ二つにした。その瞬間を狙い、俺は右腕の握りこぶしを奴に向かって振りかぶったんだ。
「ぶっ飛べ!」
渾身のフルスイング。真っ直ぐ奴に迫った。
奴がそれを鉈で受け止めて、静かに俺を睨みながら、言葉を口から出す。
「……鳴け」
その言葉の後すぐ、鉈が振動したかと思ったら、俺の右腕が切り刻まれた。痛みはねえ。でも、腕が裂傷で血だらけになってしまった。感覚もない。……エルがそれを見て、
『退避しろ』
と叫んだ瞬間、目の前に鉈を構えた奴が、目の前にまで肉薄してきていた。やべえと思った瞬間、奴が俺の額をがしりと掴んで、背後の壁に叩きつける。痛烈な衝撃と遅れてやってくる、全身を支配する激痛に、俺は思わず叫び声をあげた。
「小僧、死ぬ前に勉強させてやる。人体に直接衝撃を与えると、ヒトはどうなるか――いや、お前はヒトではなく、怪物だったな。まあ、怪物だろうが、衝撃を与えれば、まあ大抵は破裂する。良かったな、お前の存在はなかったものになる」
ギリギリと俺の頭が握りつぶされそうになる。だんだん力が加わって、奴の言葉を聞いて、心臓が張り裂けそうにドクンドクンと大きな音を立てた。
このままじゃ殺される……っ!
そう感じて、感じたことのない恐怖心が沸き上がり、抵抗もままならなくなった。
『アレンッ! 殺されるぞ!』
息が上がり、完全に動けなくなった。身体が言う事を聞かない。力を出そうにも、うまく力が入らず、もがくだけだった。奴の手から衝撃が少しずつ伝わってきて、俺は恐怖でいっぱいだった。
くそっ! こんな事、いつも経験してるはずなのに、なんで……!?
俺は逃れようにも、奴の力強い拘束にただもがくだけ。
「お前はよくやったよ、輝ける星だった。今日まではな」
その言葉を聞いた瞬間、ブツリと意識が途切れた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.202 )
- 日時: 2023/02/21 23:13
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
「いい加減その手を……放しやがれッ!」
俺は腹の底から叫び声を上げ、目の前の奴の腹を蹴り飛ばした。奴は、思わぬ抵抗に驚いたように後退る。
ったく、アレンの野郎。こんな奴にビビってんじゃねえよ、と思ったが、奴の力はちょいと厄介だな。心音の鼓動が、物質を破壊する音波を発生させる。しかも、音波を操って、触れた相手の恐怖心を煽って畏縮させる事もできる。アレンが恐怖心で動けなくなったのはそのせいだ。触れた奴の心理まで操れるなんて、まだまだ世界は広いもんだな。感心するよ。
俺は傷だらけの右腕を戻す。奴の衝撃のせいで右腕はしばらく使えそうにない。アレンにも引っ込んでもらった。怖くて動けなくなって死ぬなんざ、情けない事この上ないっつーの。だから、俺がアイツの代わりになってやる。
……今だけだ。俺はアレンじゃない。この戦いは、アレンが決着をつけなきゃ意味がないんだからな!
<……>
アレンが少し落ち着いたようで、冷静さを取り戻していた。まあ、そこで見てろ。まだまだ未熟なお前に、戦い方のお手本を見せてやるよ。
<……それ、前も言ってたろ>
うるせぇな、黙ってろ!
そういや、こいつの名前、「ショーン・レスター」か。レスター……どっかで見覚えが。
うーん、確か、宰相一派にそんな奴がいた気がするな。今はもう魔王に殺されてるだろうけど。まあ、その気になれば過去も視えるんだが、他人の事情なんざ、犬も食わない。詮索も趣味じゃねえし。
俺がショーンの顔を見ながら考え事をしていると、明らかに隙だらけだった俺を、あっちも見回していたようだった。
「……魂が変わった? いや、お前……「アレン・ミーティア」ではないな?」
勘が鋭いな。それとも、力のおかげか? まあ、いいか。こいつに話す事の程でもない。
「俺はアレンだよ、そういやあんたの名前聞いてなかったけど。なんて名前?」
俺は改めて名前を尋ねた。
「……「キャスティエル・ニルヴァーナ」」
「偽名は聞いてねえ」
俺が首を振ると、奴はふうっとため息をついた。
「……「ショーン・レスター」」
「ショーンか、覚えておく」
俺はそう言って、左手で握った剣をくるりと回し、再び握り直した。そして、奴に向かって突き出す。
「ぬんッ!」
ショーンはそれを容易く受け止めた。
「お前、さっき全部失ったから俺達を殺してお前も死ぬとか、そうほざいてたよな」
「ああ」
俺は武器を固定され、ショーンはそれを受け止めたまま、話が続く。
「死に場所がこんな辺鄙な場所でいいのか?」
「……どこだって変わらん。海で死のうとも、地中で生き埋めにされようとも、気持ちは晴れる事はない」
「ふぅん、何もかも諦めてるって感じだな」
俺がそう言うと、奴が頷く。
「お前、寂しいんだろ」
俺がそう言うと、奴の眉がピクリと動いた。
「何?」
「だってそうだろ? 心中って誰かと一緒に死ぬって事だ。つまりは、一人で寂しいから誰かを道連れにすれば寂しくない。ってか」
「……」
「パパ、ママ、寂しいようえぇんってか? 笑えるな――」
俺がわざとおどけた態度でからかってみせると、奴は今までの非じゃないくらいの速さで、鉈を振り回してきやがった。おお、怖い怖い。
「おしゃべりが過ぎるな、神竜」
「気づいてんじゃねえか」
「……貴様は必ず殺す」
「俺もそのつもりだよ。お前みたいな孤高を気取ってる奴、ほんっと虫唾が走るんだよな」
……ちょっと前までの俺みたいでさ。
ショーンの動きが明らかに、今までのものとは違って、速く、そして力強くなった。今までは手加減していたのか、それとも、別の理由が? いや、どうでもいい。やっと本気を出してくれたんなら、俺も心置きなく暴れられるってもんだ。
奴が俺を叩き切ろうと力任せに鉈を振り回す。それに合わせ、俺も剣で鉈を滑らせ、奴の隙を見つけては、足蹴りにした。バランスを崩し、倒れそうになっても、奴はすぐに立て直してさらに攻撃の手を緩めない。ガンガンと金属音が連続で鳴り響く。
「このッ!」
奴が俺の首を狙って鉈を振ったが、俺は身体を反らして、足元の影に手を当てた。影から槍が飛び出し、奴に向かって射出する。まるで銃弾の様な速さだが、奴はそれを一振りで叩き切った。俺はその瞬間に、奴の顎を蹴り飛ばしてやる。俺はくるりと回って、剣を握って、目を白黒させている奴に向かって剣を突き出した。
「ちィ!」
奴が立て直し、俺の剣を右腕を使って受け止める。奴の右腕を貫いた剣が動きを止め、俺は勢いを失った。
「もらった!」
ショーンはそう叫びながら、俺に向かって鉈を振った。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.203 )
- 日時: 2023/02/22 23:19
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
刹那。鉈が俺の首元へ迫ってくるのが、世界がとてもゆっくりに動くように見えた。俺は使い物にならない右腕で鉈から首を守る。右腕に鉈が食い込んで、鉈が深く腕の中に入った。痛みはない、が……すごく違和感がある。
「これで終わったと思ったか!?」
奴がそう口を開くと同時に、鉈から振動が伝わる。俺は驚いたが一瞬の内に右腕が切り離された。
ボトリと右腕が落ち、黒くどろりとした血液が、断面から流れ出る。……はあ、マジで面倒な奴が敵になったんだな。と、俺は右腕を戻す。右腕を失ったところで、問題はない。
「次は左腕をもらう!」
ショーンがそう叫んで鉈を振った。振動が伝わってくるのは、奴の力によるもの。音波を鉈に伝わせて、高速なノコギリみたいに切れ味が良くなってやがった。だから、右腕がいとも簡単に斬り落とせたんだ。
だけど、この程度で止まるような、ヤワな身体でも性格でもねえんだよ。
「とれるもんならな!」
俺はそう答え、右腕の断面から腕を再生させて、拳を握りしめ、左腕を狙うショーンの突撃に合わせた。奴が右腕の再生に驚いて目を見開いた瞬間に、俺は奴の右頬に力強い握りこぶしを打ち込んでやる。ショーンは盛大に吹っ飛び、壁を貫いて瓦礫の山の下敷きになった。
すぐに奴は瓦礫の下から這い上がって立ち上がる。ダメージはあるようだが、まだ戦えるようだ。面倒な……。
「……」
奴は頭から血が流れ、誰がどう見てもボロボロだ。つっても、俺もボロボロなんだけど。
「……ただでは死なん」
奴がやっと口を開いたと思ったら、そう言いだした。
「お前だけでも、道連れにする……!」
奴はそう言って、徐に腰から下げていたボトルの蓋を外し、それを一気に飲み干した。……銘柄、「トランペッター」。初めて見る。
ボトルの中身を飲み干した瞬間、奴の魂が燃え盛るような、そんな勢いを感じた。フィリドラみたいにアルコールを摂取して、生命維持をするタイプではなく。奴は……アルコールを摂取して力を強めるタイプのようだ。だが、それにはリスクが伴う。……フィリドラは、アルコールを摂取する事で命の炎を燃やし続けていた。こいつの場合は、命を燃やし尽くす程の力を増幅させている。燃え尽きた時、魂が灰になる――つまりは死って事だ。ボトルを飲み干したって事は、奴は死ぬ覚悟ができているんだ!
そう考えているうちに、奴が目の前まで肉薄し、鉈を振った。速い! 避けたつもりだったが、右肩に傷を受けた。
「くっ!」
「次だ」
奴の宣言通り、次の斬撃が迫る。
上から、右から、左から。そして下から。俺に反撃の隙を与えず、目で追えない程の速さで刃が迫ってくる。しかも、それを避けられず、俺は全ての斬撃を身に受けていた。
「遅いぞ」
速さに対応できない俺に、奴は拳を握り締め、俺の腹に打ち込んできた。その重い一撃をまともに受けて、俺が奴にやったように、今度は俺が壁を貫いて吹っ飛んだ。ゴロゴロと転がってやっと止まったかと思ったら、吹っ飛んだ先の部屋に立てていた槍達が俺に落ちてくる。幸い、刃に当たらなかった。が、かなり重い槍だったので、背中からの衝撃に圧し潰された。
くそっ、限界か。人間の身体は柔くて困る。
そう思いながら、立ち上がろうにも、視界がぐるぐると回ってうまく立ち上がれない。
「お前を確実に殺す。手加減なんかしないぞ」
ショーンの声が近づいてきて、俺の頭を掴んで持ち上げる。身体が浮いて、宙吊りになりながら、奴を見下ろした。奴は鉈を構え、それを振る。左腕に。
ザシュッと音がしたかと思うと、左腕が床にボトリと音を立てて落ちやがった。……アレンなら、ここで叫び声を上げて、泣き出していただろう。が、俺は嫌に冷静だった。左腕、もう使い物にならないな。と、思いながらそれを眺めていたんだ。
「……叫び声を上げないのか?」
奴がそう尋ねてくる。
「アレンならそうした。俺は、生憎……そこまで感情的じゃねえから」
「そうか、ならば死ね」
左腕を斬ったその鉈で、次は俺の首を狙った。首を斬られれば、俺は死ぬ。アレンも……。
だけど、俺はにやりと口を吊り上げて笑った。
「――ッ!?」
ショーンは目を見開いて、俺を手放し、自分の身体を見下ろす。
――奴の心臓部分に、影の槍が貫いていたんだ。その後すぐにショーンは、「ごぼっ」と血をぼたりと口から零し、血の混じった咳をしながら、その場に崩れ落ちる。
異様な光景だった。俺の視界には、崩れ落ちて倒れているショーンと、俺が見えている。……ああ、これはただの影分身。咄嗟に思いついたかくし芸だったが、役に立ってよかった。影分身は溶けて、俺の影に戻ってくる。
俺はショーンに近づいて、奴に剣を向けた。
「お前、わかっててあの酒を飲んだみたいだが、あの酒は麻薬が含まれている。その麻薬は脳を活性化させるが、判断力を鈍らせる、致命的な欠点がある。そのせいで、普段なら影分身だって気づくところを気づかなかった。……それが敗因だよ」
俺がそう言ってやると、ショーンは俺の顔を見て――
「……ああ、そうだな。俺の負けだ」
その言葉と同時に、俺は奴の額に剣を突き立てた。
「じゃあな、ショーン・レスター。神の御許へ逝けるよう、祈ってる」
- Re: 叛逆の燈火 ( No.204 )
- 日時: 2023/02/23 22:24
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
身体の浮遊感がなくなり、元に戻ったと、拳を握りながら感覚を確認する。クラテルにまた助けてもらっちまった。と、そう思いながら、俺は副長のところに戻る事にした。その時、不意にショーンの姿をちらりと見る。仰向けに倒れ、心臓部分と額に穴が開いて、血が飛び散っていた。後で改めて埋葬しよう。そう思いながら、俺は駆け出した。
……副長の下に戻るまで、色々と思考を巡らせていた。ショーンは大切なモノを失くして、全部を諦めていた……けど、もしかしたらそういう人も、今後も戦う事になるだろう。正直嫌だと思った。だってさ、そういう無気力な人を相手にするのって、正直やりづらい。戦う意思があるなら、こっちもそれに応えてやる! って気持ちになるけど、無気力だとそれがないからな。気持ちの問題なんだけどさ。
「考えるだけ無駄だ」
俺の後ろについてくるエルが、そうばっさりと言いのける。
「相手の事を考えながら戦うのは、無駄だと、我は思うぞ」
「……わかってるけど」
「けど、なんだ?」
俺は立ち止った。
「ダメなのか? 相手の事を考えて戦うのは」
「自分の事だけ考えろ」
「……それは、そうなんだけど」
頭を掻きまわした。よくわかんなくって。
「戦争なんだから、相手を気遣うな、考えるな」って、ラケルにもクラテルにも、それにエルにも言われたことはあるけど、でも……やっぱり考えちまう。相手がどんな思いで戦っているのか。
自爆したシラベだって、多分ユキって奴の生命維持の為に戦わざるを得なかった。だから、ユキを失って悲しんで、生きる事を諦めてしまった。
ショーンは、詳しくは知らねえけど、全部失ったって言ってたから、きっともう生きる目的を見いだせなかったんだ。帝国に従ってたのは、いつか自分を殺してくれる人に出会えるかもしれない。だから戦争に進んで参加したのかも。
それらを考えると、当然剣を握る力も弱くなるし、戦いに集中もできないし、煽られた程度で畏縮しちまう。
「死者を想う気持ちはわかるが、死者に足を取られてはいかんぞ」
エルはそう言って、俺を見上げてきた。
「……死者は死者。もう我々のいる世界とは違う場所に逝ってしまっているのだ。お前が気にするほどの事ではない」
「……」
俺は答えられず、俯いたまま。
「行こう、フィリドラの下に」
エルは珍しく俺の腕を引いて、俺に走るよう促した。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.205 )
- 日時: 2023/02/24 23:10
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Z0yvExs9)
俺達は、要塞を突破するつもりだったが、わずか半日程度で制圧が完了した。というのも、副長が罠をフル活用して、帝国軍をの意表を突いた……というのもあるんだけど、元々彼らの士気が低かったのも大きい。指揮官の不在、統率がとれなくなった軍勢なんか、俺達十数人でもなんとかできる。
それと、同盟側にスペルビアがいた事も要因の一つみたいだ。この要塞は元々スペルビアの管轄。だからこそ、彼のかつての部下達が戦いを放棄してしまったんだ。もちろん、拘束してスペルビア本人が意思確認した後に、俺達側に寝返るよう説得するつもりだと。心強いや。
その日の夜、制圧した要塞で、俺達は束の間の休息をとる事にした。俺は、身体が疲れているのに、なぜか眠れなかったから、外に出て夜風に当たっている。隣にはエルがいて、俺は夜空に瞬く星屑たちを眺めながら、欠伸をした。
「寝るなら、ベッドに入れ」
「いや、眠いわけじゃない。疲れたんだ」
俺がそう言って、壁にもたれかかって座り込む。
そこに、副長が酒瓶を手にしながら、こっちに歩み寄ってきた。
「お、アレンめっけ。どうした、そんな辛気臭い顔してさ」
いつもの調子でニコニコしている副長。俺は、そんな副長を見てすごく安心できた。
「別に。星の数を数えてたよ」
「お前、いつからそんなロマンチストになったんだぁ?」
副長はケラケラ笑い、俺の隣にどかりと座る。
「まさか、今日死んだ奴らの事、考えてたのか?」
副長が俺と同じく星を見上げながら、いつもの調子でそういうもんだから、俺は驚いて副長を見た。
「なんで?」
「いや、お前がこうして夜風に当たりたいとか、一人になりたいとかっていう時は、大抵外でお悩み相談してるじゃんかよ」
……そりゃあ、そうだ。
「そりゃあ、さ。死んだ奴の事を忘れちゃいけないんだよ。だからこうして、さ。忘れないように星を眺めてんだ。死者は星になるって、師匠が言ってた。だから、星を眺めながら、祈るんだ。次に生を受ける時は、今より少しだけ幸せでありますようにってさ」
「さっすが、「聖者ミーティア」様は言う事も考える事も違いますなぁ」
「……茶化すならもういいよ」
俺がそっぽを向くと、副長は笑いながら肩をバシバシ叩いてきた。痛い。
「んだよ~、不貞腐れんなよ~。冗談冗談!」
ひとしきり笑い飛ばした後、副長はまた空を見上げる。
「まあ、俺も若い頃はそうやって青臭い事を考えたりしてたんだよなぁ。まあ、長くなっちまうけどさ」
「長くなるって……いいよ、俺目が冴えてるし。聞くよ、最期まで」
「……ま、酒のつまみにもならん話なんだが」
副長は語り出した。
「ま、昔の帝国騎士団も、今と変わらんよ。権力振りかざして、弱い者いじめして、搾取して、使えなくなるまで絞りつくす。そういった連中で溢れてたもんだ。まあ、当時の皇帝は厳格な人だったが、その下にいる宰相一派が本当に、腐りきったドブみてえに醜悪な連中で、それでいて頭が回るもんだからさ。……先代皇帝陛下でさえ、騎士団がそんな事をしてるなんて、思いもしなかったんだろうさ」
「……そういう連中も多いから、この戦いも――」
「魔王に便乗して悪さしてた奴らが多いんだろ。だから、俺達の邪魔をする。今までやってきた事を否定されたくないから」
もちろん、そんな連中だらけじゃない事はわかってる。スペルビアみたいに、こっちに寝返ってまで何かを変えたい人だっている事が、今日分かった。それに、生きる事を諦めてしまった人達、何かを守りたい人達、魔王が正しいと信じてやまない人達。いろんな人がいる。そういう人達の思いが混ざり合って、こんな大規模な戦争になってしまってんだって思うと……
「終着点はどこにあるんだろうな」
この戦いは、どうすれば決着がつくのか。
魔王が死んだところで変わりはしない。俺が死ねば魔王は圧政をつづけて、人々は苦しんだまま。じゃあ、何がどうなれば、終わりが見えてくるんだ? 俺達は、何のために――
「終着点、か」
副長がぽつりとつぶやく。
「そいつは、そこが来るまではわからんだろう」
「……」
「未来がどうなるか、わからんだろ?」
「うん」
俺は頷く。
「じゃあ、わからんままでいいさ。考えたところで、お前の無い頭じゃ答えなんか見つかんねえさ」
副長が俺の額を、軽く小突く。小さい衝撃、痛みが走った。
「……そう、だな」
俺は納得しきれていない顔をしていたと思う。でも、答えはいくら考えたって、わかるはずもない。だったら、進む以外、今は残されていない。と、思う。
その瞬間に、空には一筋の流星が流れて消えていった。