ダーク・ファンタジー小説

Re: 叛逆の燈火 ( No.25 )
日時: 2022/08/29 22:09
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 それから7年の月日が流れる。
 7年っていうのはあっという間で、俺はあの頃よりも背が伸びたし、筋肉もついた。師匠のおかげで剣術もそこそこ。並の剣士なら余裕だ。あとは、右腕の力にあまり頼るんじゃないと、エルには何度も叱られてる。俺も右腕に頼らないようにしているつもりなんだが……やはり未だに右腕から聞こえてくる声は小さくなるどころか、俺が帝国軍の連中を見かける度、戦闘する度に、声が大きくなってきている気がする。「奴らを憎め、殺せ、滅ぼせ」ってさ。その声に身を委ねたらきっと、俺は……帝国の連中を民間人諸共滅ぼしてしまうかもしれない。だけど、時々思うんだ。帝国のあの悪魔皇帝――いや、今は「魔王」なんて呼ばれてるあの白い悪魔「ソフィア」をあそこまで好き勝手にやらせてた、この大陸全土の奴らでさえ、憎くてたまらない。ってさ。

「着替えは済んだか」

 部屋の中で鏡を見ながら身なりを整えていた俺に、ドアを開けてずかずかと入ってきた赤髪の少女――エルが声をかけてきた。初めて出会ったあの時から、全然変わらない。まるで仮面でもつけているのかってくらい、張り付いている無表情。それも相変わらずで、赤い瞳を俺に向けていた。

「ああ、済んだよ。もう行くって?」

 俺が腰のベルトを締めると、エルは頷いた。

「だから呼びに来た。アルテアが、次はスティライア王国に向けて出発すると言っていたぞ」
「スティライア王国……なんで今更?」
「なんでも国王との正式な同盟が決まったそうだ。まあ、秘密裏だが」
「ふーん」

 俺はなんとなく口にした。

「強力な協力の同盟って……か」
「……ふぅ」

 エルはなぜか俺を心底呆れたような眼差しを送ってくる。……俺が悪いんだろうけど、なんかムカつく。

「下らん事を言ってないで、早く出てこい。皆待っているぞ」
「わかってるよ、うるせえな」

 俺はやり場のない苛立ちをどこへぶつけるわけでもなく、部屋を出る事にした。





―――





 ま、とりあえずスティライアへ向かうアルテア傭兵団の面々。数は7年経ったというのにほぼ変わらず。確か、団長が勧誘したっていうカウガールとカウボーイの姉ちゃん兄ちゃんは別行動してるって話だし。ま、いつ協力してくれんのかは知らねえんだけど。俺の背が低いからって、いっつも子供扱いしやがる。正直苦手な部類だ。
 だけど、そういった協力者ってのは、本当にありがたくて助かるもので。この7年間はずっとソフィア達帝国軍との小競り合いが続くだけで、決定的な打撃は未だ与えられていない。でも、なんつったかな……「からめてぇ」? だっけ?

「「カラミティ・ジェニー」ね。噂の賞金稼ぎ。所謂バウンティハンター」

 隣にいた師匠がそう言いながら微笑んでる。

「そうそう、それ。結構強いんだよな。俺も敵わねえし、帝国の連中をドカンとやっつけてたしな。あと、兄ちゃんはなんだっけ……なんかちょっとキザっぽくて、あとちょっと獣っぽい」
「さっきからなんか悪口ばっかりじゃない? 本人に聞かれたら拳骨されちゃうわよ」

 俺の物覚えの悪さに師匠が呆れてしまって肩をすくめている。そんな会話に、緑髪の兄ちゃん――モーゼス兄ちゃんが割って入ってくる。

「いやはや、この前なんかアレン君ってばさ、ゴンッていい音鳴らしながら倒れたよね。あれはちょっと面白かったわよ~」
「面白がんなよ……」

 モーゼス兄ちゃんはケラケラ笑いながら、自身の感想を述べる。

「でもあの人も強いわよね。お兄さんホントびっくりしちゃった」

 頬に両手を当てて女の人っぽくくねくねくねらせる。……モーゼス兄ちゃんって驚いたりテンション上がったりすると、なんか女の人みたいな口調と仕草になるんだよなぁ。

 ま、そんな話で盛り上がっている中、俺はふと思い出したことがあった。

「あ、そういや、スティライア王国といやあ、あの王様の娘の王女……あいつ苦手なんだよなぁ」
「ん、そんなこと言ったらまた不敬罪よん?」

 俺の発言にモーゼス兄ちゃんが自分の口に指を当てる。いや、わかってんだけどさ……
 「不敬罪とは何をしたのだ?」と、俺に向かって首を傾げるエル。俺は肩をすくめて答えた。

「ほら、以前に王城に行ったろ、同盟のお願いにさ。そしたらその時、俺に向かって「ソフィアでしょ?」なんて言ってきやがんの。ムカつくったらありゃしねえ」
「それはアレンさんが魔王のそっくりさんだからなのでは?」

 ずっと黙って本を読みながら俺達の隣で歩いてたヘクトが、本に視線を集中させながら言ってくる。……俺とあの魔王が一緒の顔ってのも本当に腹立つな。俺、あんな奴の弟だったなんて、本当にさぁ……!

「やめろよ、それだけでも腹立つっつーのに……」

 俺は苛立ちを隠せず、あの時の腹立つ出来事を思い出していた。

Re: 叛逆の燈火 ( No.26 )
日時: 2022/08/28 22:06
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 それは確か先月の事。団長がスティライア王国の王様に謁見を申し込んで、謁見の間に……は通されず、会議室に通された。流石に全員は大所帯なんで、団長と副長、見学兼護衛でモーゼス兄ちゃんと俺。師匠は別にやる事があるらしいから、なぜか俺が選ばれた。いや、いいんだけどさ。
 会議室は奥に綺麗な大きな窓――兄ちゃんから聞いたけど、ステンドグラスっていうらしいな。とにかくそれがあって、白い服着た女の人が逆さになって、地上を眺めている絵が描いてある。神サマなんか信じていない俺でも、神々しさを感じる。
 でも確か、今ってソフィアの奴が神への信仰を規制して、教団も解散になったって聞いたけど。ステンドグラスはセーフなのかね。と、団長に聞いてみると、

「流石に城を建て替えるか、壊さない限りこれは変えられんだろう。これが信仰の証になるわけでもあるまいし」

 と言った。いや、確かに。冷血非道の人でなしでも、壁に穴開けるのは面倒だったんかもな。なーんて考えてると、隣にも副長がやってきて、ステンドグラスを一緒に眺めてた。もちろん、手に持つ酒の入った水筒を口にしながら。

「ま、こういった物が壊されなくて良かったよ。ヒトに罪はあっても、モノには罪はねえしな」

 彼女がカカカカッと笑いながらぐいーっと酒を飲む。酒クセエ。

 俺達がステンドグラスに夢中になっていると、会議室の扉が開く。中から金髪の青年? いや、団長よりは若い壮年の男の人が中へと入る。白を基調とした高そうなローブを身に着けてるな。隣にはそれまた金髪の、俺くらいの女の子が。……身長も俺くらい……いや、俺より低いな。服もこれまた高そうなドレス。顔は隣のオッサンと同じくらい整ってて、美男美女って感じ。……ま、顔の右半分が火傷を負ってるのか、肌が爛れてる。例えるなら……そう、火傷顔フライフェイス。昔読んでた本に載ってた主人公の顔みたいだ。――ってあれ、女の子が俺の顔を見て驚いてる。なんだろう?
 二人の背後には護衛の人かな。鈍く反射する銀色の鎧を着た人が二人の後をついていた。

「待たせて悪いね、お客人。どうぞ、かけてくれ」

 オッサンがそう言うと、団長も「では遠慮なく」と言い、俺達にも座るよう顎をしゃくる。副長は団長の隣に、俺はモーゼス兄ちゃんが座るのを見届けて、隣に座った。
 俺達が座ったのを確認すると、オッサンは奥の椅子に腰かける。その隣に、女の子も。……ってか女の子、部屋に入ってきてから俺の顔をじろじろ見やがって。なんなんだよ。

「さて、アルテア。久しいね、7年ぶりかな?」
「ええ。もうその位になりますね」

 オッサンと団長が互いに笑いあう。そしてオッサンは俺達の顔を見る。

「ああ、はじめましてだね、諸君。私は「ウォーレン・アリア・スティライア」、スティライア王国の国王だよ。そしてこちらは、娘の「エイリス」」

 王女様……てか、エイリスはオッサ……じゃない。王様に紹介されて、軽く頭を下げる。頭を上げた後も、じーっと俺を見てる。本当になんなんだよ、居心地悪ぃ。

「で、アルテア、それに団員の諸君。今回は同盟を結びたいと言っていたね」
「ええ。打倒帝国……いや、「魔王ソフィア」の討伐。あれを倒さねば、この大陸全土の人間は……これから先も悪政による支配を強いられることでしょう」
「ふむ……」

 団長の言葉に、王様は何かを言おうと口を開こうとする。
 だけど、突如隣のエイリスがバンッと強くテーブルを叩いて、その場をバネが跳ね起きるみたいに立ち上がった。

「ソフィアを悪く言わないでください! そこにソフィア本人がいるというのに!」

 エイリスは俺をビシリと指さしながら高らかに叫ぶ。
 ……はあ?
 俺はと言うと、彼女の言葉に目が点になる。なんというか、俺は男だぞ!? というか、白い女と同じ顔ってだけでもムカつくのに、勘違いされるなんて!

「ふ、ふざけんな! 俺は――」
「いいのよソフィア。こんな人たちの言う事は気にしなくて。全てはあなたの事を気づけなかった私が悪いのだから……」
「人の話聞けよ!」

 なんなんだよこいつ……勝手に話を進めやがって!

「ソフィアでしょう? だってあなた――」
「俺とあんな悪魔を一緒にすんな!」

 俺は思わずその場を立ち上がって叫んでしまった。
 ……その場がしんと静まり返る。俺ははっと我に返って周りを見ると、皆俺に注目していた。……しまった、王様とか王女様に逆らったら「不敬罪」になるって、シスターが言ってたのに! 師匠とも、問題は起こさず黙ってるって約束してたのに! と後悔が頭の中でぐるぐるする。すると、モーゼス兄ちゃんが俺の服をつかんで、無理やり座らせた後、立ち上がる。

「申し訳ありません。この子はまだ若造なもので。私の監督不行き届きが原因です。大目に見てやってください」

 兄ちゃんが謝罪を述べて、王様とエイリスに頭を下げた。
 王様はというと、エイリスを窘めてから、こちらを見る。

「えぇっと、君。名前は?」

 唐突に俺は声をかけられたので、驚く。

「え、っとぉ、アレンです。「アレン・ミーティア」」

 俺はたじろぎつつも、名を名乗る。声が緊張で上ずってしまった。

「アレン……そうか、君が」

 ぼそりとつぶやくもんだから、王様の声が聞こえなかった。俺は首を傾げて、「あ、あの」と言うが、王様がそれを遮る。

「すまなかったね、うちの娘が無礼を。ここは私に免じて、許しては頂けないだろうか」
「え? あ、いや……それは別に大丈夫です。おれ……いや、私も失礼な事言っちゃって……」

 俺は慌てて頭を下げながら、慣れない敬語を使って二人に謝罪を述べる。よかった、不敬罪は免れたようだ。
 その後は団長と王様は何事もなく同盟の話へ移ったわけで、難しい話をしてた。半分も理解できなかったけど、まあ、お互い協力するって事は間違いねえな。それはそれでいい。
 だけど、エイリスの方は俺の顔をずっと睨んでいた。納得していない様子だ。……だけど、俺はあの悪魔とは違う。血がつながってるだけの、赤の他人だ。俺が奴と同じ血が流れてるってだけでも腸煮えくり返りそうだっつーに。ましてや勘違いされるなんて。
 本当にムカつく話だ。

Re: 叛逆の燈火 ( No.27 )
日時: 2022/08/29 22:06
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 俺達は話が終わったので早々に帰る事にした。まあ、長居は長話はあっちも迷惑だろうしな。外はもうすっかり夕陽が俺達を照らし、空も茜色になっている。そんな夕陽をバックに、城門の前でエルがこちらを見ていた。エルは何故か「待っている」と言ってついてこなかったけど。まあ、終わった事だし、いいか。俺はエルに手を振ろうと左手を挙げようとした。
 ――と思ったら、左腕をがしりと背後の誰かに捕まれる。小さい手だ。俺は驚いて思わず後ろを振り返ると、金髪の女の子。白いドレスを着た子……ああ、王女様。エイリスか。

「な、なんだよ、王女様」

 俺がぶっきらぼうに彼女に声をかける。

「あの、少し話ができませんか?」

 はぁ? 少なくとも俺は話す必要も。というか話もしたくねえんだけど!?
 助けを求めるように俺はモーゼス兄ちゃんや団長と副長、そしてエルに無言で目をやる。だが、団長はなんか微笑んでるし、副長は酒を飲みながらニヤニヤこっち見てる。モーゼス兄ちゃんは「あら~」なんて言って両手を頬に当てて、エルはそっぽを向いた。お、お前ら……! という目を送るが。まあ、なんだ。俺は見捨てられてしまったわけである。

 ま、そんなわけで、王女様に引っ張られて、中庭に来ていた。中庭は噴水を囲うように、石造りの通路があって、花やらなんやらの植物の植えてある花壇とかが彩りを飾っていた。俺達は噴水の前まで歩み寄る。俺はというと王女様を不満げに見ていたんだが、彼女はそんな俺の様子もお構いなしだった。

「ねえ、あなた。ソフィアでしょ?」
「いや、だから違います」

 俺は彼女の問いに即答した。さっき否定したばっかでしょうが! と言いたいがぐっとこらえる。今は俺一人。もし無礼を働いたら、俺はきっと首を切られて傭兵団を強制退団なんてことになりかねない。そんなことしたら俺の人生は終わる。物理的に。なんとしても、失礼のないようにしねえと!

「嘘。だったらなんで同じ顔してるの? ソフィアに姉弟はいないはずよ」

 ……なんも知らねえのか、このお姫様は。俺はそう思いながら俯く。

「知らないですよ。おっ……私は先ほども名乗ったでしょう。「アレン・ミーティア」だって。ソフィアなんて奴、知りません」
「ソフィア、ごめんなさい。私……あなたの事を本当に何も知らなくって。あなたが苦しんでいたのに、私は気づかずに……この傷だって、その報いだって事は理解してるし――」

 こいつ、マジで話聞かねえ!

「だーかーらっ!」

 俺はエイリスがまくしたてるように喋り続けるので、ついに大声を出してしまった。

「俺はソフィアなんかじゃねえ! 俺は、アレンだ! シスターに名前をもらったし、シスターやエレノア、ルゥと一緒に暮らしてたんだ! あんな悪魔知らないし、顔が似てるってだけで俺をあんな奴と同列にすんじゃねえッ!」

 もう無我夢中だった。ソフィアなんかと一緒にされて……俺はもう腹が立って腹が立って仕方ない! もう不敬罪で首を斬られたって構わない。だけど、あんな悪魔と同じように扱われるくらいなら……俺は否定し続けて死んだっていい。
 俺はエイリスの瞳を睨み据えた。まるで宝石のように真っ青な瞳がうるんで、俺の顔を映している。彼女が何も言わなくなったから、俺は踵を返した。

「……すみません、また無礼を。今度こそ消えます。もう二度と顔を見る事は無いと思います」

 俺は彼女の顔すら見ずにその場を立ち去ろうと一歩踏み出す。
 だけど背後から「待って!」と声をかけられた。俺は思わず足を止める。……別に話を聞かないでそのまま立ち去りゃあ良かったのにな。

「あなた……先ほどから「あいつとは違う」と、そう仰ってましたよね。では、あなたはソフィアの何なのですか?」
「敵です」

 俺は振り向かずにそう答える。

「敵……?」
「はい。あいつは俺から大切なモノを何度も奪いました。……俺だけじゃない、全ての大陸で暮らす人間から、「自由」を奪った。だから、あいつは生きてちゃいけない。あいつは、報いを受けなきゃいけない。だから、俺が――」

 俺がそこまで言うと、目だけを彼女に向ける。

「いや、いいや。……王女様。あなたもその顔の傷、あいつにやられたんでしょ。あいつを恨んだりしてないんですか? あんな奴、死ねばいい。いや、死ぬよりひどい目に遭わせてやりたい。そんなこととか考えた事ないんですか?」

 彼女の反応を見ないように、俺はそのまま歩みを進める。

「……失礼いたしました」

Re: 叛逆の燈火 ( No.28 )
日時: 2022/08/29 22:53
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 ……なんてことがあったのを皆に聞かせてると、モーゼス兄ちゃんが「あらあらそんなことが!?」なんて驚いてた。ったく、二度と顔を合わせねえつったのに、また王城に行くのか……。憂鬱だなぁ。俺はそう思いながらあからさまな深い溜息を吐く。

「アレン、どうするの? 行きたくないのなら、別に私が代わりに行くわよ。代わりに頼みたい事があるんだけどね」
「頼みたい事?」

 師匠の言葉に俺は首を傾げた。なんだろう、頼みたい事ってのは?

「うん、まあなんてことはない、指定の場所で待ち合わせてるんだけど。ヘクト君とモーゼス君。それに他の面々と一緒にこの場所に来てほしいっていう依頼なの」
「誰からの依頼なんですか?」

 ヘクトが本を閉じて脇に挟んで師匠を見上げている。師匠は頷きながら答えた。

「それがスティライアの人らしいの。結構な上玉だから、アレン君。失礼のないようにね?」
「――って、なんで俺だけだよ!」
「王女様にも手を上げかけたんだから、危ういじゃない」
「上げてねーよ!」

 俺は思わず叫ぶが、ヘクトがやれやれと肩をすくめる。

「うるさい人ですね。そういう短気な人が危ういというんです」
「全くだ」

 エルが同調している。……ぐうの音も出ねえ……!

「ま、お兄さんもいるし。だいじょーぶよ」

 モーゼス兄ちゃんはそう言いながら俺の背中をバンバンと叩く。大笑いしながら。
 ま、まあ……そういう事なら大丈夫か、な。俺は頬を指でポリポリと掻きながら納得することにした。




―――




 まあ、そんなわけで、俺達は王都の外れにある鬱蒼とした森へと来ていた。俺とモーゼス兄ちゃん、それにヘクトとエル。その他数名の団員達。数名程度で、依頼の指定の場所を目指している。……不気味だ。魔物の声も聞こえるし、足元はツタやら木の根っこでギッチリ敷き詰められてて、だいぶ歩きづらい。多分この中で一番体力のないヘクトも、足元の悪いこの森を歩くのはきついらしく、息が上がっていた。

「ヘクト君、大丈夫?」
「へーき、です……」

 ヘクトはそんなことを言いながらも息切れしていた。ホント世話の焼けるやつだな。

「ちょっと休憩しようぜ、俺も疲れたしよ」
「あらあら。アレン君もお休みする? じゃあ俺も~♪」

 俺が休憩すると口にした瞬間、モーゼス兄ちゃんが手を叩いてにっこりと笑った。兄ちゃんの満面の笑みは、自然と安心感が出てくる。ヘクトの方を見やると、困惑しているようにこっちを見ていた。

「休憩するんですか?」
「ああ。お前もつらいだろ」
「い、いえ。まだ歩けますよ」

 ヘクトは強がっているのか、首を大きく横に振って全力で否定する。……なんか、ルゥを思い出すな。あいつも休憩するつってんのに強がってたな。ま、こういう奴は大抵――

「休憩しねえと、この先ずーっと休憩しねえぞ」
「……っ!」

 驚いて目を見開くヘクト。すると、無言で隣に座った。やぱ休憩したいんじゃねえか。俺は笑みを浮かべた。

「あら、アレン君が笑うなんて、久しぶりかもね」
「……そ、そうか?」
「うん。もう数年は戦いに身を投じていたせいかしらね。あんま笑ってなかったわよ」

 モーゼス兄ちゃんがおもむろにバッグからコップを人数分取り出し、ボトルの中身をコップに注いで、ニコニコと笑っている。注がれた飲み物を皆に渡しながら、モーゼス兄ちゃんは続けた。

「戦い続けていたり、誰かを守る為とは言え、血を浴び続けていたら……笑うに笑えなくなるわいな。そりゃあそうさ、誰かを傷つけても笑うなんてできないわね。でもさ……笑顔を忘れてしまったら、もうそれはヒトではなく、怪物になってしまうわよ。表情あってこその人間ね」

 兄ちゃんが笑いながら一人一人にコップを渡す。
 笑顔を忘れてしまえばそれは怪物……あいつ、ソフィアはどうなんだろうな。俺はふと考える。

 奴は大多数の人間を手にかけ、幾多の血を浴びて、殺戮の中でそれでも笑っていられるんだろうか。氷のように冷たい無表情で、一体何を考えてるんだか。……いや、俺も同じか。俺も自分の身を守る為、取り戻す為に血を浴びているんだから。

 ……もう戻れそうにないな。

 俺は俯いた後、握り拳を作って自分の額に当てる。

「……悩むのは良い事だ。それは人間の特権だぞ」

 エルが俺の隣に座る。コップを片手に。

「取り戻す為、守る為。誰かの為に戦うのは、感情を持つ人間くらいだ。誰かを憎み、誰かを慈しむ。我にはない感情モノだ」
「なんだよ、羨ましいのか?」

 エルは俺の問いに首を傾げる。

「羨む……それも我にはないモノだな」
「ないものだらけだな」
「我はまだ生まれて7年程しか経ってない。経験も乏しい。だが……」

 エルが俺の顔を見た。真っ赤な瞳が俺を見据える。

「お前と邂逅した事は、我にとっての糧ではあるな」
「素直に嬉しいっていえよ」
「……うれしい」

 エルがぼそりとつぶやいた。

「うれしいか。我は、多分うれしいのだろうな。こうして話をするのも、こうして茶を飲むのも、皆と一緒にいるのも。我はうれしいと感じているのだろう」
「お前はホント他人事みたいに言うよな。7年前のあの時からさ」

 よくわかんねーけど、こいつは誰かといると嬉しいようだ。ま、俺も同じだけどな。

Re: 叛逆の燈火 ( No.29 )
日時: 2022/08/31 18:48
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 で、休憩も終わったわけで、俺達は再び出発した。
 足場は悪いが、今は進むしかない。森の奥へ行くごとに、どんどん暗くなっていく。今、本当に昼間なんだよな? ってくらい暗い。ダジャレじゃねえぞ。
 俺達、こんな昼間でも日の当たらない森に入ってて大丈夫なのかね。なんて俺が何気なく呟くと、一緒についてきてた団員の空色の髪の兄ちゃんが返事をした。彼は「スカイ・ムー」。

「大丈夫ッスよ、アレン。俺の風読みのドライブが目的地から入り口まで案内してくれるから、俺がいる限り迷って骨太郎にはなったりしないッスから」
「ほ、骨太郎ってなんだよ……」
「あ、ほら、指定の場所ッスよ。意外と深いところまで来たもんスね」

 スカイ兄ちゃんが目的地らしき場所を指さす。
 そこは森の開けた場所で、光も届かない木々の中……だけどそこには、招かざる奴らの気配がした。木々の隙間からこちらを覗き込んでる。しかも一人や二人じゃねえ。俺達より明らかに多い。俺がモーゼス兄ちゃんに目配せすると、兄ちゃんも察したように頷く。

「アレンさんの知り合いですか?」

 ヘクトがこんな状況だというのに冗談を口にする。……俺は首を振った。

「んなわけない」
「でしょうね。この依頼……それ自体が罠でしょうね」

 ヘクトの言う通りだろうな。
 奴らは一体何者か――という疑問は、すぐに奴ら自身が解消してくれた。


「エクエス傭兵団……いや、「アレン・ミーティア」。皇帝陛下の御為に、貴様らはここで滅ぼしてくれる」

 木々の間から太い声が響き渡る。その声を合図に、足元に風を切るように何かが閃く。地面には一瞬前までにはいなかった1本の矢が地面に刺さっている。いや、1本だけじゃねえ! 木々の間から俺達を囲うように絶妙に配置された奴らが、弓、石弓を使ってこっちに矢を放ってきた。
 皆なんとか避けるものの、肩にかすったり、足や顔、脇腹なんかに矢が掠って赤い線が浮かぶ。……これじゃあ格好の的じゃねえか!

「アレン君、伏せて!」

 モーゼス兄ちゃんがそう叫ぶと、手に持っていたワイヤー……いや、ペンデュラムだ。それを垂らし、次の瞬間に弧を描くように振り回す。
 振られたそれがビュンッと風を切り、放たれた矢が全て真っ二つとなって地面に落ちた。
 ……モーゼス兄ちゃんのドライブ、「クレスルナ・アーツ」。ペンデュラムを振ると、一瞬だけだが空間を切り裂く事ができる。って聞いた。一瞬だけでも矢を全部落とせたのは好機だ。

「皆、ついてこい!」

 スカイ兄ちゃんが叫ぶと、俺とエルを除いた団員全員が兄ちゃんの指さす場所を目指して走り出す。俺はと言うと、皆が走るのを見届け、その場にしゃがみ込む。そして自分の影に手を当てた。

「アレンさん!?」
「ちょっと、アレン君!」

 背後からヘクトと兄ちゃんの声が聞こえてくる。俺は、背後の団員達が巻き込まれないように目の前に影を伸ばした。奴ら……いや、この辺一帯を自分の影で覆いつくし、木々に隠れている全員を影で取り囲んだ。一つの箱に、あいつらと俺、そしてエルだけが収まるように。影は大蛇のように口を開けて、俺達諸共奴らを飲み込んだ。

 周囲は真っ暗。光すらない空間。もちろん、俺も奴らも互いの顔すら見えないはずだ。光のない、漆黒だけが支配する空間では、目は役に立たない。エルは察したように剣となって、俺の手の中に握られる。
 奴らはざわめくが、俺が一人である事に気づいたのか、すぐにそのざわめきが静かになる。奴らの一人がせせら笑った。

「まさか、貴様一人で我々をどうにかしようというのか?」

 当然のことを。

「当たり前だ。お前らなんか、俺一人で十分」
「舐められたものだ」

 カチャカチャと武器を手に取る音が聞こえる。視界が奪われてるっつーのに、俺の居場所がわかるみたいだな。すげーや。虫みてーだな。

「貴様は危険因子だ。ね」

 思わず吹き出しそうになるほどの三下のセリフだなぁ。……こいつら、皇帝――あの悪魔の何が良くて嬉々として従ってんだろうな。あんな悪魔に……!
 俺は苛立ちを覚え、右手をぎゅっと強く握りしめる。強く、強く。
 そんな殺意と同じくらいの苛立ちに反応してか、俺の右腕が変貌した。相変わらず、右腕からは声が聞こえる。だけど、エルが俺に向かって「呑まれるなよ」と一言。多分そのおかげで、右腕からの声が気にならなくなった。

「ごちゃごちゃうるせえよ、三下共が。もう二度と、お前達帝国に好き勝手させてたまるか。奪わせてたまるか!」

 俺がそう叫び、剣を構えた。
 視界は暗闇の中のはずなのに、あちらは真っ直ぐ俺に向かって襲い掛かってくる。だけど、あいつら……忘れてるのか?
 この箱の中は、いわば、俺の腹の中みたいなもんだってことをな!




―――




 影が晴れると、毒に侵食されて肌が黒ずんで、しかも身体が穴だらけの黒マントの奴らが倒れていた。傭兵団の皆はもう逃げているみたいだ。良かった。
 俺は彼らを見下ろす。こいつらの風貌からして、多分暗殺に特化した部隊なんだろう。だから弓とか石弓とか、今手元に落ちてるダガーとか持っていたってわけだし、闇の中でも俺の居場所がわかっていた。多分、訓練して視覚を奪われても動けるんだろうな。
 エルが剣の姿から元に戻り、奴らに近づく。リーダーっぽい男が近づいてくるエルを睨んだ。

「……我々が滅びようとも、陛下は止まらぬぞ」

 だろうな。
 ま、こいつらは下っ端だな。多分。てことはあの悪魔の痛手になるどころか、かすり傷一つも負わせられなさそうだ。役に立たねえな。俺はこいつらをどうしてやろうか、なんて考えたが……何もしないでおこうか。そう結論付けた。

「だから?」

 俺は近くの木の幹に腰かけて、興味なさそうに奴を眺める。毒は徐々に骨の髄まで浸食して、苦しんでいきながら死ぬんだろうな、奴らは。いい気味だ。

「……この、悪魔め」
「悪魔は俺じゃねえ。あのソフィアとかいう皇帝陛下様様だろうが」

 俺は頬杖をついて、彼らを嘲笑いながら吐き捨てた。我ながら、性格が悪いと思う。だけど、こうでもしないと……帝国こいつらは誰かの自由を、命を、何もかも平気で奪うんだ。だから俺がこいつらの自由を奪ったっていいだろ。

「見ててやるよ。お前らが毒で苦しみながら絶命してくれる様を」

 俺はそう肘をついて見下ろしていた。

「祈れよ、もしかしたら神様が助けてくれるかもな」

Re: 叛逆の燈火 ( No.30 )
日時: 2022/08/31 19:35
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 奴らの肉が溶けて、腐ったドブと血が混ざりあって吐きそうな臭いを発するまで、俺は見届けていた。あとは黒い布と腐肉が所々にへばりついた、赤が混じり合う白骨だけが残っている。
 ホント、このドライブ能力……「バイアスヴォイド」は便利なものだ。死体の後処理が楽で仕方ない。このドライブ、最初は自分も毒に侵されて何度も死にかけたけど、この7年間でやっと使いこなすことができた。魂も浸食する猛毒……ムカつく帝国の連中をぶっ殺すにはちょうどいい。
 さて、目の前の骨は魔物のエサにでもするとして……。

 「あー、どうするかな」

 奴らが骨になったのをじーっと眺めていたら、森の奥にいた事を忘れていた。スカイ兄ちゃんがいないと、森を抜けるのは一苦労だぞ……。って考えていたら、エルが突然歩き出す。

「おい、エル?」
「こちらだ」

 エルの歩みに合わせて、俺は彼女の背中を追う。まるで道が解るかのように、一切迷う事もなく、森を抜ける事が出来た。
 森の外は既に夕方。茜色の夕陽が景色を赤く染めあげている。
 傭兵団の面々が俺を待っていてくれていた。団長、副長にモーゼス兄ちゃん。それにヘクトにスカイ兄ちゃん……師匠を見ようとすると、突然抱きついてくる。師匠の香りが鼻につく。安心感のある匂いだ。

「もう、無茶して……ばかっ!」

 師匠が泣きそうな声で俺を抱きしめる。心配かけちまった。シスターも俺の帰りが遅いと、いっつも心配してこうして抱きしめてくれてたなぁ……なんて思い出す。

「……悪かったよ」

 俺はそう答えた。今はそれだけしか答えることができなかったんだ。
 そこに、団長が近づく。

「お前達を襲ったという、連中は?」
「今頃骨だけになってるよ」

 俺が森の方を見ながらそう答えた。……流石に奴らを嘲笑いながら見殺しにした。なんて言えるわけがない。隣にいるエルも、空気を読んでいるのかわからんけど、ずっと黙っていた。

「……まあ、いい。同盟の件は一先ず済んだよ。皆、これから宿に戻る。明日以降の予定は朝一に知らせるから、早く寝て早く起きるんだぞ」

 団長は俺の様子を見て、何かを察してくれたようだ。俺を含めた全員にそう声を張り上げて伝えた。皆頷き、王都へと歩き出す。師匠は俺から離れ、俺を見ていた。

「アレン、王女様から言伝をもらったわ。……「夜、皆が寝静まった時に門前で待っています」だそうよ」

 言伝を聞いて、俺は顔をしかめた。
 うげ、あの王女様にまた会うのかよ。……やだな。あいつ苦手なんだよ、俺。

「ことわ――」
「女の子の約束を無下にするのは、いい男のする事じゃないわ。行きなさいな」

 師匠が俺の言葉を遮ってぴしゃりと言い放つ。……畜生、拒否権ねえじゃねえか。

「わ、かったよ……」

 俺はそう答えるしかなかった。



―――



 というわけで、夜。皆が寝静まり、沈黙が暗闇を支配している。俺は皆寝ている事を確認すると、宿をこっそりと抜け出した。
 街は完全に寝静まっているのか、街灯の光だけが道を照らしているのみで、あとは天高くからの月光以外は、闇に包まれているわけだ。俺は王城へ向かう。俺の服は黒ずくめだから、闇の中だとあまり目立たない。こういうところは結構助かるもんだな。

 王城の城門の前へ到着すると、闇の中でも目立っている、月光に照らされた白。そして金髪。ああ、王女様がもう待っていた。俺は彼女に近づく。

「お待ちしておりました」

 王女様はそう言って、俺に会釈する。俺も釣られて同じ動きをした。
 ……俺は帰りたくて仕方ねえけどな。なんて思いながら。

「お待たせしました、王女様。こんな無礼者に一体何用でございまするか?」

 俺は嫌味たっぷりに尋ねると、王女様は首を振る。

「無礼を働いたのは私の方です。申し訳ありません、アレン」

 ……驚いた。王女様のくせに頭を下げるんだ。絵本に載ってたお姫様とかって、大抵自分が偉いなんて思ってて、平民を見下して威張ってるもんだと思ってたぜ。

「……それより、何ですか。こんなところに呼び出しておいて」

 俺は王女様の謝罪を無視する。もう二度と顔を見せるな! って言ってくれた方が楽だなぁと思って、わざと無礼な態度をとっているんだが。王女様は別になんてことはない。普通に接してきてくれる。

「正式に同盟を結び、来るべき時に進軍すると、お父様から聞き及びました」
「ああ。そうだな。同盟軍を集めて革命を起こし、帝国の悪魔を討つ。そうすればこの大陸は奴から解放されるんだ」
「……革命、ね」

 王女様はふうっとため息をつく。

「革命を起こすのは大層ご立派なお話ですけど、大陸に暮らす民を巻き込むのは頂けないわ」
「……はあ」

 俺は呆れて間の抜けた声が出る。「この女、やっぱり世間知らずのお姫様だな」と、そう思った。
 俺の様子に気が付いているのか、気づいていないのかはわからないけど、彼女は続ける。

「この国を憎しみで戦火に巻き込むつもり? ……帝国と争ってもし、万が一に負けたらどうするの! 苦しむのは罪のない民達よ!」
「でも、行動を起こさない限り、現状は変えられませんよ」
「だから、その行動が問題なのよ。話し合いで互いに譲り合うとか、そういった方法があるでしょ!? 革命なんて無謀よ。命が悪戯に失われるだけだわ!」

 王女様は俺にそう強く言い放つ。しんとした宵闇に響き渡る声で、誰かが起きないか心配だったけど、そんな心配よりも、目の前の女を、俺は冷めた表情でただ見ていた。
 ……やっぱりわかってねえな、このお姫様は。そう思いながら、俺は口を開く。

「で、お姫様は何をどうしたいんだ?」
「……え?」

 俺が尋ねると、お姫様は目を丸くする。……否定するのはいいけどさぁ。

「革命を否定して、戦火から国民を守りたいって考えは大層ご立派だと思いますけどね」

 俺は彼女の言葉をオウム返しする。俺は自分の言葉を並べているうちに、つい感情的になってしまった。止まらず彼女に本音をぶつける。

「じゃあ、それを否定するお前は何をどうしたいんだよ? 帝国に従って死ぬのか? あの悪魔に良い様に使われて、苦しみ喘ぐ大好きな国民達を生贄に、保身に入りたいってか?」
「ち、ちが――」
「違わねえよ、偽善者。中立を気取る奴は、自分の身を守る為にあーだこーだと理屈並べて、偉そうに言うけど行動はしない、結局何もしねえ。口だけは達者だな!」
「あ、う……」

 俺は何も言い返さなくなったお姫様を冷たく睨んだ後、大きくため息をついた。

「話し合い、譲り合い。そんな事はお前の父さんだってもうやってきたはずだろ。でも奴には届かなかった。だから傭兵団とこの国の同盟が結ばれたんだ。しかも、秘密裏でな。……そんなこともわかってなかったのかよ? 綺麗事並べる前に、周りを見ろっての」

 彼女は俯いた。彼女の頬が月灯りを反射する。涙か。泣かしちゃったな、師匠に怒られてしまう。なんてのんきな事を考えつつも、目の前のお姫様に腹が立って仕方なかった。

「話は終わりだ、お前みたいに何もしねえで、他人のフリして高みの見物を決め込んでる奴ってさぁ、心底腹が立つんだよな。口だけじゃなくて、手を動かせよ」

 俺は苛立ちながら強く言い放ち、踵を返してその場を立ち去った。
 クソッ。本当に腹が立つ……!
 

Re: 叛逆の燈火 ( No.31 )
日時: 2022/08/31 22:47
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 彼が背中を向けて立ち去っていくのを、私は黙って見ていた。……引き留めても、なんて言えばいいのか。
 彼と全く同じ言葉を、7年前にも言われたわ。信じていた親友に。いえ、厳密には親友"だった"。あの子の事を思い出すと、顔の傷が疼く。私は思わず顔右半分に手を当てた。

 ――偽善者が。自分が一番かわいいくせに

 あの子の言葉が脳内に蘇る。
 ……私は、私の考えは。あの子やアレンの言う通り、偽善なのかしら。

「でも、悪戯に命を奪う事は……」

 許されない行為だ。……それを曲げるつもりはない。




―――



 7年前、声が聞こえてきた。脳内にぐわんぐわんと響くような声。恐らく、こんな事ができるのは帝国の魔女である「ゴーテル卿」しかいない。そうお父様は言っていた。
 それに、この響き渡る声。聞き間違えたりしない。ソフィアだわ。
 感情のない声、だけど覇気があって声を聴いた者を捻じ伏せてやるという、強い意志を感じる声だ。
 数年くらい会っていないけど、なぜこんなにも変わってしまったのだろう?
 "世界への叛逆"? 何を言っているの、ソフィア……昔は「父上のような優しい皇帝になる」と言っていたじゃない、私と共に理想を語り合ったじゃない!

 数週間後、ソフィアがゴーテル卿と幼い女の子、そして黒い鎧を着こんだ騎士達――帝国軍を引き連れて謁見の間へと入ってきた。突如、お父様は帝国軍数名によって取り押さえられ、抵抗する間もなく地に伏せられた。

「陛下……ソフィア様! 一体、これは、どういうことですか!?」

 突然の事に、お父様も兵士も、私も動けない。いや、それだけじゃない。何か身体が見えないロープのようなもので縛られている感覚が、身体に纏わりついている。動こうにも身体が硬直して動けない。
 これが魔女の力? そんな事を考えていると、私もお父様のように抑えつけられる。無抵抗で地に伏せられた。

「そ、フィア! なぜこんなことをするの!? 私達、親友でしょ!?」

 私が必死に彼女に向かって叫ぶと、彼女はその言葉を聞いて冷たい目……まるで汚い物を見下ろすかのような表情で、私に歩み寄ってきた。ゆっくり。ゆっくりと。

「……親友。聞こえはいいですが、私にそんな無駄なモノは持ち合わせていません」
「……は?」

 私は思わず情けない程の腑抜けた声が口から漏れた。
 ……ねえ、ソフィア。なぜあなたはそんな顔で私を見るの? ねえ、私達、親友だと言ってくれたじゃない。ねえ、ソフィア!

「エイリス・スティライア。あなたは優しいお姫様だわ。誰も傷つけず、誰もが敬う美貌の持ち主。私もそれが誇りだった。……でも、あなたは私を助けてくれたりしなかった。知らなかった、気づかなかった。いいえ、もしかして、見てみぬふりでもしてた?」
「ちが――」

 私の言葉を遮るように彼女は続ける。

「どうせあなたは自分がかわいいの。他人なんかどうでもいい、そう思っている。あなたも……見てみぬふりして無関係を装う、愚かな人民達と同列だわ。それで私を信じてる、気にかけてただなんて……笑わせないで」

 彼女は表情を変えない。
 ねえ、ソフィア……私をそんな目で見ないで。ごめんなさい、私……
 私は思わず顔を伏せる。

「ソフィア……ごめんなさい、私、私……」
「よく見ておきなさい、ウォーレン。あなたの愛してやまないたった一人の愛娘が、傷物になる様をね」

 傷物……!?
 私は咄嗟に顔を上げ、ソフィアを見る。ソフィアの手には、いつからそこにあったんだろう。真っ赤に染まる、熱を発した鉄板。
 私は思わず慄いた。ひっという声が出て、身を引こうとまでしてしまう。動けないというのに。

「あなたは生贄よ。この国を従わせる為の。光栄に思いなさい」

 鉄板は私の右の顔に押し付けられる。一瞬、何をされたのかは理解できなかった。だけど、私の脳が、それを理解し始める。……熱い。

「ぎ、あ゛あ゛ああああああああああああアアアアアアアアアアアア……ッぁぁぁっ! 」

 痛い、痛い痛い! 痛みでどうにかなりそう! 痛いぃ、痛い痛い痛いッ!!

「ウォーレン、私に従わなければ、この程度では――」

 ソフィアの声がどんどん歪んでいく。私の意識が遠くなっていく。……なんで、なんで……なんでこんな事になったの? 私が、悪いの? 私が……




―――




 7年前のあの日の事を思い出すだけで、私は憎しみで震えそうになる。
 だけど、人を憎むのはいけない事。憎しみは憎しみしか生まない。って、亡くなったお母様が仰ってたもの。だから、お父様のやろうとしている事は、更なる憎悪を生む事になる。

 ――綺麗事並べる前に、周りを見ろっての

 彼の言葉も浮かぶ。
 だからと言って、殺し合いは……戦争は何も生まない。だからいけない事よ。

「お父様も、ソフィアも、アレンも間違ってる。誰も血を流さずに何とか平穏に済む方法があるわ、必ず!」

 私は、そう信じるしかない。彼らが何を言おうと、誰かが傷ついていい理由にはならない。
 そう思い、私は城内へと駆け出した。