ダーク・ファンタジー小説

Re: 叛逆の燈火 ( No.32 )
日時: 2022/09/08 23:36
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 スティライア王国を後にした俺達は、次なる目的地――フォートレス王国へ向かう。
 7年前にも来たことはあった。俺とエレノア、それにルゥ。そしてシスターと一緒に暮らしていた修道院……跡。そこがあった場所。それに、バロン達が眠るあの墓場。
 あと、思い出したくはねえけど、あの白い悪魔と初めて出会った、クルーガー公の領地の中心街――今は領地は捨てられて廃墟になってるが。
 向かっている場所はそこじゃないけど、「途中で修道院跡に行きたいから寄ってくれ」と、団長に言ったら了承してくれた。この7年間、一度も戻ってないけど、きっと荒れ果ててんだろうな。なんて思いながら、俺は空を仰ぐ。本日は快晴なり。雲一つない空だ。

「アレン、どうした。置いていかれるぞ?」
「……なあ、エル」

 俺は空を見上げながら彼女に問う。

「死んだ奴はどうなるんだ?」

 そんな、誰に聞いても答えはてんでバラバラの質問に、エルはあからさまなため息をついた。

「我が知るわけもないだろう。そんなこの世の全知を手にする学者でも答えられぬ事を」
「だよな」
「どうした、今まで幾多の血を浴びたお前も、流石に死ぬのは怖いのか」
「怖いに決まってるだろ。7年前のあの日からずっと、死ぬのは怖いと思ってる」
「自分は殺しているのに、殺される事が怖いのか。それは些か――」
「卑怯だし、道理じゃない。わかってる。自覚してるんだよ、そんなことは。だけど、俺はあの悪魔が生きている限りは死ねないし、あいつを殺すまでは死にたくない」

 俺がまた憎しみに顔を歪めている。その顔を見たであろうエルは無言だった。

「シスターがさ、「人は死んだら神の御許にいく」って言ってたんだよ」

 俺はずっと同じ姿勢をしていたので、流石に疲れてきた。楽な姿勢になって、エルの方を見る。エルも、俺の方をじぃっと見つめ返してきた。

「神なんかいるはずねえよな。いたら、なんであの時、シスターが死んじまったんだろうな」
「それは、偶然という偶然が重なったせいだろう。お前の話と皆の話を照らし合わせれば、だが」
「偶然、か。それすらも神サマが示し合わせたってのか。とことんムカつくぜ」
「神の存在は、いわば宗教の商売道具。人間の妄想の産物だと我は思っている」

 エルは「おいていかれるぞ」と、前を示し、歩き始める。俺もエルに歩幅を合わせて歩み進める。エルが歩きながら語り始めた。

「全ての事象は、何か因果があり、それが結果となる。例えば、お前のその足元の石。つまづくと転んでしまうだろう」
「ん、確かに」
「石を踏み越えれば転ばずに済み、怪我もしない、無傷だ。だが、それに気が付かなければ、お前は躓いて転び、何かしらの怪我をする可能性がある。もしかしたら、打ちどころが悪く、一生立てぬ事もあり得る。これが因果だ」

 話が見えてこねえな……

「それがなんだよ」
「神を信仰する者は、因果を神の定めた道程だと言う。先ほど言ったように、石に躓く事も。それに、平穏を過ごしていた者が、突如死ぬ事も」

 ……シスターが自分が死ぬことも神の定めた道程だって言いたいのか? シスターが、自分の死すら神の示し合わせだってのか!?
 ふざけんじゃねえよ、だったら――

「じゃあ俺は神なんか絶対信じねえよ。そんな話聞いたら猶更、神がシスターを殺したようなもんじゃねえか」
「それならそれでいい。神を崇めようと、拒絶しようと。お前がそう思うのならそうなのだろうな。我には関係のない話だ。」

 エルはそう言いながら、歩みを早める。

「遅れるぞ」
「わかってるよ……」

 俺はそう答え、少し遠く離れている団員たちの背を追う。
 その間にも俺は考えていた。

 エレノア、ルゥが帝国にさらわれて消息不明なのも、シスターが死んじまったのも。全部あの悪魔が悪い。あの悪魔が、俺達にあいつを嗾けてこなけりゃ、誰も傷つかずに……いや。

 ――あいつが生まれてきたから全部狂ったんじゃねえのか?

 だとしたら、あいつはとんだ疫病神じゃん。

「エル、神はいるよ」
「……どうしたのだ、急に」

 エルは相も変わらず無表情なんだが、驚いた様子だった。

「神、信じてもいいかもな。まあ、そいつは俺がぶっ殺してやるんだけど」
「ああ、そうだな。神がここにももう一人いたよ」

 エルは「死神がな」と付け加える。

Re: 叛逆の燈火 ( No.33 )
日時: 2022/09/08 23:38
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 団長は、俺に少し時間をくれた。修道院を見てくる時間。半日くらいなら自由にしてていいって。俺はお言葉に甘えさせてもらう事にした。丘の上の修道院は、周りにはベリーみたいな甘い木の実がある森とか、一本の小川とか、山と平原があるくらい。街の外れにある、ぽつんとした静かな場所に佇んでいた。シスターと……確か俺が5歳くらいだと思う。その時にぼんやりだけど覚えてる、緑色の髪のお兄さんがいた。多分、それがモーゼス兄ちゃんなんだろうな。いつも頭を撫でてくれてた……ような記憶があるようなないような。5歳の頃なんか、流石にはっきりと覚えてねえよ。
 モーゼス兄ちゃんは、生まれたばかりの俺を連れて修道院まで逃げ込んでいたんだってさ。で、ほとぼりが冷めた頃に団長と副長に会ってたんだとか。その時は、偽名を使ってたらしい。
 ま、そんな事はいいか。俺は一人丘を目指す。
 そういや、7年前のあの時も、こんな穏やかで雲一つない、吸い込まれそうな青空だった。

「何の因果なんだか」

 俺はぼそりとつぶやく。

「なあ、エル。なんでお前はついてきてんだよ」

 後ろを振り向かずに、後ろにエルがいるだろうと感じ取って、声をかける。
 ……というか、エルがどこにいるのか、わかる。右腕と右目がエルの物だからか? エルはこの腕と目は我の物だとか言ってたから、原理はわかんねえけど、少なからず俺達は繋がっているのかもしれない。

「我の勝手だ。我の行きたい場所に、偶然お前がいただけの話」
「屁理屈だな」
「我がいる事に、なにか問題でもあるのか?」
「別に」

 俺達は互いの顔を見ずに会話をしている。ていうか、俺が面倒なだけなんだけどな。

 しばらく無言のまま歩いていると、陽はもう既に十二時の方向にあって、地上を温かく照らしていた。見えてきた、修道院……跡。
 近づけば近づくほど、7年前のあの日と変わらない風貌のそれは、見るも無残なものだった。瓦礫の山と放置されて剥き出しになった木の破片。それらにツタやら雑草やら。訳の分からない植物が巻き付いて離れなかった。ずっと放置されていたからか、もうあの時の修道院の姿は、当たり前だけど見る影もない。
 俺はそこへと足を踏み入れる。小さな石ころに砂利、それらを踏むたびに音がした。

「こっちが、俺の部屋で。こっちがエレノアとルゥの部屋でさ」

 俺は誰も聞いていないというのに、口を開く。完全に独り言だ。

「んで、この暖炉の前でシスターに絵本を読んでもらってた。俺もエレノアもルゥも、それが毎日の楽しみでさ」

 あの頃の光景が目に浮かぶ。シスターが暖炉の前で腰かけて、膝に絵本を置いて開くと、いつも同じ事を俺達に言うんだ。

 ――今日のお話も、面白いのよ。

 ってさ。
 俺はシスターの前で本を覗き込んで、エレノアは寝転がってシスターの読み聞かせを聞き、ルゥはというと、シスターの後ろから声を聞いている。
 最初は絵本なんか子供っぽいとか思ってたけど、絵本の世界は驚くほど熱中したんだ。勇者が魔王を倒す話、お姫様を助けて結婚して幸せになる話、悪魔と天使の話。他にもたくさんあったけど……
 俺がそう考えながら、本棚だったものに目をやる。本棚は元々木製だったけど、半分くらい黒くなっていて朽ちている。中に入っていた本も落ちている本だったものも、表紙も中身もぐちゃぐちゃになって、とても中身を見る事はできないだろう。

「アレン、エレノアとルゥはまだ生きていると、そう思うのか?」

 唐突にエルはそう尋ねてきた。

「なんだよ、藪から棒に」
「答えろ」

 エルは強く尋ねる。そんなの、決まってるさ。

「生きてる。絶対」
「そうか、ならいい」

 エルはそう言うと、俺から目を離して周囲をキョロキョロと見回していた。

「なんでそんな事聞くんだよ」

 俺が近くの瓦礫に腰かけて、エルに聞く。
 エルはその質問が予想通りだったのか、特に何の反応もせず、俺の方をくるりと振り向いた。

「帝国軍に連行されて消息不明。普通であれば、生きている保障は無いと思うのだが」

 彼女の言葉に、俺は俯く。

「生きてるって信じたいんだよ。「子供狩り」はまだ横行されてて、子供と魔物を合わせて生まれた産物バケモノを初めて見た瞬間から、俺は思ったんだよ――」

 俺は頭を抱えた。また嫌な事を一つ思い出した。そうだ、数年前になるけど、昨日の出来事のように脳に焼き付いて離れない。あいつらがそれを嗾けて、あいつらが放った一言一言も全て鮮明に覚えてる。俺は迷いながらもそれを倒す事は出来たんだけど……。
 今思い出しただけでも吐き気がする! あんな……あんな、モノが……!

「子供と魔物の複数の魂と部位を掛け合わせて生まれた、合成魔物キマイラ。あんなのにエレノアとルゥがなっているわけねえって! そう思いたいんだよッ!!」

 俺は、この7年間で1度、合成魔物キマイラと戦ったことがある。それは、帝国軍の襲撃に遭った、同盟の貴族の邸宅での出来事。そこにいた奴らの一人が「新兵器」だとか言ってたけど、命を弄ぶようなあんなモノ……!
 思い出すだけで、身震いする。怒りと悲しみでどうにかなりそうになる。
 悲痛に歪んだ子供の顔、腕は魔物で、でも部分部分は子供のもので、身体は魔物のものだけど……全部つぎはぎで、肉が露出してて――
 俺は思わず口元をおさえる。喉元まで酸っぱいモノがこみあげてくる。当たり前だ。あんな所業……あんな事を平気でやってのける、あの女もその下でふんぞり返ってる連中だって悪魔だ。あの子達をあんな目に遭わせても平気でいられる帝国の連中も、人間じゃねえ。狂ってるんだよあいつら!

「落ち着け」

 エルが憎しみに呑まれようとする俺に向かって、いつも言う言葉。その言葉を聞くだけで、俺は憎しみがすっと消え失せる。不思議だ。

「ごめん」

 俺はそのままの体勢でつぶやくと、エルは無言だった。その後もしばらく。

Re: 叛逆の燈火 ( No.34 )
日時: 2022/09/04 23:40
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 あの日、もう数年前。覚えてないけど、俺が10歳より上の時の話だ。フォートレス王国の貴族の邸宅に、俺たちは来ていた。その貴族の階級は伯爵で、しかも女だった。名前は「マリアフィールド・フォン・エスティア」。紺色の長い髪と、金色の瞳の整った顔立ちのお姉さん。服装は男性が着るような白いローブを羽織っている。先代が隠居したので、伯爵家を継いだばかりらしい。代々女系当主だって師匠が教えてくれた。
 ま、マリア姉ちゃんのところへは、もちろん同盟の話をしに来ている。先代が既に同盟を結んでいてくれていたけど、改めてという感じらしい。
 先代から話を聞いていたマリア姉ちゃんは、二つ返事で同盟を結んでくれた。話がスムーズに進んでくれて助かるな。俺とモーゼス兄ちゃんに師匠はほっと胸に手を撫でおろした。

「ま、これから先お互い大変だけど、よろしく頼むよ。まだ未熟だが、母に負けず期待に応えさせてもらうからね」
「こちらこそ、あなたの力は、これからの糧になります」

 団長とマリア姉ちゃんが固く握手を交わし、俺達はそれを見届けた。

 だけど、平和だった時間はそこで終わる。
 突如、応接室に騎士の兄ちゃんが、慌てた様子でドアを蹴破るかのように入ってくる。尋常じゃない様子に、マリア姉ちゃんは「どうした!?」と驚いて声を上げる。

「帝国の連中が、街を……街を襲っているのです! それに、魔女も――」
「魔女!? ゴーテルか?」
「いえ、ゴーテル卿ではなく……死の魔女――死霊術師ネクロマンサーだと思われます」

 ……ネクロマンサー? ってなんだ?
 いやそんなことより、そんな奴らが街を襲ってるなら、早く行かねえと!

「エクエス殿、急ぎではあるが――」
「承知しています。行くぞ、フィリドラ、モーゼス、アレン。レベッカは団員に知らせてこい!」
「わかったわ、アレン、無茶しないで頂戴ね」
「ああ」

 俺は短く返事をすると、団長たちと一緒に武器を手に取って、邸宅の外へと駆け出す。外へ近づけば近づくほど、金属が打ち合う鋭い音と、悲鳴や怒声が大きくなっていく。団長は閉まっている目の前の扉を蹴破ると、外の光景が目に入った。
 市民を追いかけまわす黒い鎧の帝国軍の奴ら。だけど、それを白い騎士達が、必死に守ろうと武器を振っている。
 俺は「エル!」と叫ぶと、不思議な事に俺の影からエルが這い出てできた。

「アレン、緊急事態だ。変な女が変なモノに街を襲わせている。しかもそいつはこちらに向かっているぞ」
「お、お前、影から出てくるってどういう――」
「我とお前は繋がっているという事で察しろ。そんなことより、早く我を握れ」
「あ、ああ!」

 エルの怒声に俺は戸惑いつつも、エルが俺の手の中に納まる。毒々しい見た目の両手剣。赤い瞳が目の前に視線を送る。

「変な女は恐らく指揮官だ。そこから叩くぞ」

 エルの言葉に俺は頷いて、団長に振り向いた。

「団長、ちょっと行ってくる」
「む、わかった。フィリドラ、ついて行ってやれ」
「ん、了解」

 副長が頷くと、その場を駆け出して、俺に近づくと背中をバンっと叩いた。

「早く行くぞ、アレン」
「ああ、わかってる!」

 俺と副長とエルの指示に従って街の中を走る。
 それより、なんで突然あいつらがここに……? それにネクロマンサーとか、変な奴って一体何なんだ? 俺はそんな事ばかりを考えながら、必死にそれらしいものを探す。
 だけど、探す必要はなかった。俺達の背後に何か強いドライブが近づいてくるのを、エルが察知したからだ。

「アレン、フィリドラ! 回避しろ!」

 俺達がそれをギリギリのところで回避する。姉ちゃんは身軽に飛び、建物を蹴った。俺はと言うと、咄嗟に振り向いて右手を変形させ、その力を握り締めて消し潰す。それが何なのかはわからなかったが、その答えは、目の前に来た奴が教えてくれるだろう。
 目の前の女の子は、手を叩きながらこちらに近づいてくる。数人の兵士を引き連れて。

「やるな、私の一撃を握りつぶすとは。普通の人間ならばそれに呑まれていたところだぞ」

 カツカツと音を鳴らしながらこちらへと歩み寄り、目の前で止まる。女は変な黒い帽子を被った白銀の髪だけど、毛先が青紫に変わってる。絵本で聞いた魔女って感じの見た目の女だ。帽子で顔が隠れてるから見えないけど、多分、見た目は俺くらいの年齢だな。

「アレン、こいつが変な奴を引き連れていた女だ」

 エルがそう言うと、特に目立ったような変わり者はいない。変な奴って何のことだ?
 俺達が奴らを睨みつけていると、女が口を開いた。

「はじめまして、「アレン・ミーティア」。私は「マギリエル・ダスピルクエット」。帝国技術参謀の一人だ」
「……キモいな。俺達初対面なのに、なんで俺の名前を知ってんだよ」

 俺が冷静になりながら彼女に尋ねると、彼女はふっと笑った。

「陛下と同じ顔をしているのだ。報告の通り、瓜二つですぐにわかったよ」
「そうかよ」

 俺は奴を睨む。腰にはカンテラか? 妖しい光を放つそれは、俺の中の何かが「危険だ」と警鐘を鳴らしてる。疑問を解消するように、エルは言う。

「奴のドライブは、闇属性の力を操るようだ。黒いモノが奴を渦巻いている。カンテラに魂を入れ、それを触媒に先ほどのようなエネルギー体を放つことができるようだ。あれに魂が入っている限りは、奴は無尽蔵にドライブを行使することができる」

 ……なんだよ、それ。誰かの命を使うって事か!?
 エルの説明に、マギリエルが一瞬驚いたような声を上げた。

「ほう、そこまで分かるとは、貴様……私のラボに来ないか?」
「スカウトされちまってるぞ、エル」

 彼女の言葉に、副長はカカカッと笑い、エルは不機嫌そうに目を細める。

「莫迦な、奴に使われるなど断固拒否だ」

 まあ予想していた通りの反応に、マギリエルはなんてことなさそうに肩をすくめる。

「なら、とりあえずアレンとそちらの女は殺し、エル。貴様を持ち帰って今後の糧としよう」

 奴は天に向かって右手をかざすと、黒い棍棒が手に握られ、それを目の前に振り下ろす。すると、黒い炎が棍棒に広がり、先端に長い刃を作り出した。鎌だ。でっけえ鎌……死神みたいだ。

「貴様らの悲鳴で、鎮魂歌レクイエムを奏でよう」

 マギリエルは三日月のように口元を歪め、ニィっと笑った。

Re: 叛逆の燈火 ( No.35 )
日時: 2022/09/04 23:28
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 マギリエルが身もよだつ様な不気味な笑みを見せると同時に、副長がまず動き出す。背負っていた赤い両手剣の柄を片手で握りしめた。

「だったらその口をそぎ落として、歌えないようにしてやるよ」

 副長は言い放ち、剣を構えて大きく振りかぶる。マギリエルを除く背後にいた騎士達が真っ二つに引き裂かれた。よく見ると、鎧の傷は熱で溶かされたかのような傷跡が残っている。マギリエルはというと、咄嗟に地面に手を当てて、土人形を作り出してそれを身代わりにしたようだ。

「おぉっと、やるじゃねえか! だが、まだまだ序の口だぜ?」

 副長はぴゅうっと口笛を吹きながら、軽々と両手剣を持ち直す。

「流石元近衛騎士。実力は未だ衰えずというところか」

 副長の放った斬撃の熱でボロボロになった土人形が、バラバラと崩れ落ちていく。
 副長のドライブ「ソウルブレイズ」は、魂であるオーラを炎と熱に変換して、放出するというドライブ。鎧程度の鋼鉄くらいなら溶かしてしまう事ができるらしい。だけど、オーラを炎なんかに変換するのは、かなりのリスクがある。オーラ切れを引き起こしやすい事が、副長の弱点だ。

「ちんまくてかわいい子は、お家に帰ってねんねしてな」

 副長がそう、挑発するように人差し指を立てる。副長のいつものやり方だ。敵を挑発し、判断力を鈍らせる。まあ、そういうのは単細胞くらいしか効果がねえんだけどさ。

「ふん、見え透いた挑発だ」

 マギリエルがそう言い、手に持っている大鎌をブンッと振る。彼女の周囲に黒い炎が浮かび上がった。大鎌を再び横に振ると、炎が俺達に向かって弾丸のように飛んでくる!

「うお!?」

 俺は驚いて声を上げながらそれを避け、副長はひらりと身軽に躱す。俺は足を踏みしめて、彼女に詰め寄って、右手でつかみ上げる。彼女の顔が見える。金色のぎらついた瞳だ。かなり強く握りしめているというのに、マギリエルは涼しそうな顔だ。

「貫け……!」

 俺の影が伸び、槍のようにマギリエルを襲う。だが、彼女はニィっと笑った。彼女の金色の瞳が妖しく光る。

「貫かれるのは貴様だ」

 マギリエルがそう言い終わる前に、俺の脇腹に違和感を感じた。マギリエルの落とした影から、黒い槍が数本、俺を貫いていた。だが、それは彼女も同じ。マギリエルも俺の影の槍を何本かその身に受けていた。

「ぐっ、くっそぉ!」

 俺は叫びながらも、握り締めているマギリエルを力任せに地面に叩きつけた。流石に彼女もそれには耐えられなかったんだろう。「ぐひっ」という短い悲鳴と共に、口から鮮血を吐き出した。
 副長がそこを狙い、握っていた剣を縦に振り下ろした。マギリエルは当然それを身軽に避け、副長の剣は地面に大きな穴を作る。ドゴォという音が響いた。

「死者よ、立ち上がれ」

 マギリエルがそう言い放つと、腰のカンテラに指をかざし、紫色の炎を数個取り出すと、周辺で真っ二つとなっていた騎士にその炎が灯る。
 不思議な事に、炎が灯った騎士たちの骸が、ゆらゆらと立ち上がった。おぼつかない足取り、だらんと垂れ下がった手には、武器が握り締められている。なんか、「ううぅ」とかいう唸り声を漏らしながら、こちらに向かってきていた。

「ちっ、厄介だな!」

 俺は舌打ちをし、副長に目配せする。副長は頷くと、手に持っていた水筒の中身を飲み干して、それを投げ捨てて、両手で剣を構える。俺はと言うと、影に手を当てて黒い大蛇のような影をマギリエル達に向かって伸ばした。

「させんぞ!」

 その様子をぼうっと見ていたわけでもなく、マギリエルは大鎌を振りかぶり、刃が俺を襲う。だが、副長は俺の前に立ちはだかり、剣を振って鎌の刃を受け止めた。金属と金属の打ち合う音が鳴り響き、俺に時間を与えてくれた。

「喰われろ!」

 俺がそう叫び、影が騎士達を飲み込む。そして、影の大蛇が飲み込んだあと膨張したかと思えばすぐに元の影に戻っていく。
 よし、これで奴は残り一人になったな。

「ふむ、人形風情では止められんか」

 手札を失ったというのに、マギリエルはまだ余裕の笑みを浮かべている。……だけど、チャンスだ。一人ならなんとか行ける!

「お前もぶっ殺してやる」

 俺はまだ余裕綽々といったように、剣を握り締めて先端を彼女に力強く向けた。剣を向けられても、マギリエルは顔色一つ変えねえ。

「まあ待て。まだメインディッシュが残っているのだ。そう慌てる時間でもないぞ」

 メインディッシュ? 何を言ってんだこいつは……

Re: 叛逆の燈火 ( No.36 )
日時: 2022/09/07 00:18
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 マギリエルはくつくつと笑う。

「私がなぜこんな辺境の街まで来たと思う? 反逆者を粛清する為などと思っていたか?」
「違うのか?」

 俺の問いに、馬鹿にするように鼻で笑う。

「違うな。この街の人間はいわば、生贄に選ばれたのだよ。新兵器の試験にな……」
「新兵器、ねえ。なんだよそりゃあ。俺達を楽しませてくれるような芸のあるもんか?」

 副長が余裕の笑みを見せながらも、警戒して剣を強く握りしめている。
 新兵器……一体何なんだ? 俺も気になって仕方ない。

「慌てるな。新兵器とは、数年前……陛下が密かに研究していた、魂と魂の融合体。無垢な魂と、人体、そして魔物の身体を組み合わせたもの。そこに私が長年研究していた術式を刻み、数年の時を経てついに完成したのだ……!」

 マギリエルがそう言い放ち、空を仰ぐと、俺達の背後に何かが降ってきた。俺達は振り向く。
 それは、一言でいえば、化け物だった。
 血肉が露出する塊に、人間らしき顔がはりついているかと思えば、魔物の腕が伸びていたり、人間の足があったり、何もかもがぐちゃぐちゃになっている。うめき声のような音が、無数の口から漏れ出ていて、聞くだけで身の毛がよだつ……。なんなんだよこれ。なんなんだよ!

「さあ、子供達。次の食料は目の前の連中だ。残さず食らいつくせ!」

 マギリエルの声に反応した化け物は、咆哮を上げた。様々な口からは声が聞こえてくる。

「いたいよ……」
「コンドノアソビアイテハアナタ……?」
「あそんで……」
「おなかへったぁ……」
「オニイチャン、アソンデ……」

 無邪気な子供の声だ。耳に入ってきて、頭の中で響き渡る。俺はただ茫然とそれを見ていた。だけど、声がどんどん大きくなっていく。頭がおかしくなりそうだ……! まるで、エレノアとルゥが俺にしがみついて語りかけているような錯覚すらする。
 俺の様子を察したのか、マギリエルがふっと笑う。

「この子達は元人間だよ。さて、アレン・ミーティア、フィリドラ・ソレイズ。お前達は罪のない子供達を殺せるか?」

 子供……今更誰かを殺す事に躊躇いなんてねえよ。誰が相手だろうと、目の前の化け物は化け物なんだ。
 俺はそう考えながら、剣を握り締め、化け物の顔に向かって剣を振り下ろした――。
 いや、俺は剣を振り下ろせなかった。目の前の化け物が、「やめて、ころさないで」と言っただけなのに……! 違うのに、なぜかエレノアとルゥが脳裏に浮かんで、手を広げて仁王立ちしている幻すら見えた。

 ――違う……お前らを殺したいわけじゃねえ。違うんだ。俺は……!

 俺が動きを止めたその隙を狙い、化け物が口から触手を伸ばし、鞭のようにしならせて、俺を叩きつける。

「がはっ」

 俺は地面に叩きのめされた。軽くやられたはずなのに、かなり重い一撃だ……なんだよこれ……!
 いや、それより、さっきから耳に化け物の声がぐわんぐわんって響いて、頭がおかしくなりそうだ。「オニイチャン」だとか、「ころさないで」「あそんで」ってずっとさっきから声が聞こえて仕方ねえ。

 やめてくれ……俺は、エレノアとルゥを殺したいわけじゃない……子供達を殺したいんじゃない。化け物を殺したいんだ。
 でも、俺のやろうとしてる事は……

 ――俺は、子供達を殺そうとしているのか?


『おい、アレン!』
「しっかりしろ!」

 副長とエルの声が聞こえてくる。……本当に副長とエルなのか? そんな事を考えていると、化け物から触手が伸び、副長を横から叩いた。叩いただけのはずなのに、副長は吹き飛ばされて家屋の壁に叩きつけられて穴が開き、ガラガラと落ちてきた瓦礫の下敷きになる。
 それだけじゃない、副長はそのままガンガンと地面や壁に何度も叩きつけられ、その度に血が飛び散っている。

「ふくちょ――!」
『アレン、避けろ!』

 エルの叫びにワンテンポ遅れて反応したが、俺はその攻撃に対応できなかった。触手が俺の身体を絡めとり、俺を地面に叩きつけた。俺は血の混じった嘔吐物をその場で吐きだし、咳き込む。だが、奴の攻撃は終わらない。建物に向かって力任せに叩きつけられたり、まるで玩具を乱暴に振り回す様に、建物を破壊しながら俺はブンブンとされるがままだった。
 痛みで意識が朦朧としてきたところで、俺は天を見上げる。

「ふ、くちょう……!」

 化け物が触手で絡めとった、気絶している副長を、大きな口を開けて放り込もうとしている。その光景だった。俺の手にはエルはいない。……多分振り回されている最中に手放したんだ。

「さあ、子供達。食事の時間だ。たっぷりとその小僧に見せてやれ……大好きな副長が目の前で食われる様をな!」
「やめろ……やめろ! やめろ!!」

 俺は副長に向かって左手を伸ばす。

 ――また、俺は守れないのか……奪われるのかよ!


 俺は多分、涙を流しながら副長を呼ぶ。
 身体がもう動かねえ……! でも今、動かさねえと……、副長が。副長が死んじまうよ! でも、あれは化け物で、でも、子供達で……だけど、エレノアとルゥは関係ねえのに……!
 
 ――俺は、どうすりゃあいいんだ?

 俺の鼓動が速くなる。右腕の声が大きくなっていく。「殺せ、滅ぼせ、消してしまえ」って。目の前もだんだん漆黒に染まっていく。鼓動が響くたびに、俺の意識が薄れていく気がした。でも、不思議と悪い気はしなかった。ああ、そうだ。簡単だ。呼びかけに応えて、あとは俺じゃない俺が全部壊しちまえばいい。声に全部委ねりゃあ、楽になれるはず。

 ――見たくない、聞きたくない。何も。


「呑まれるな、アレン」

 エルの声が聞こえる。はっとして顔を上げる。化け物の近くにエルが立っていた。
 エルは化け物に向かって手をかざしている。不思議な事に、化け物は動きを止めていた。……これ、もしかして毒に犯されてるのか? よくみると、身体のあちこちが黒ずんでいる。

「フィリドラは無事だ、案ずることはない」

 エルがそう言うと、副長を縛っていた触手が切れて、副長が地面に落ちる。……エル、何をしたんだ、お前……。

「え、る……」
「立て、アレン。我を握れ」

 エル……無茶言いやがる。身体はもうボロボロだってのに……。だけど、なぜだろう。エルの一言一言に、なぜか身体の気力が回復していく気がした。だけど、まだ恐怖が残ってる。足が震えている。

『アレン、子供達を解放してやるのだ。我を使うといい』
「……わかった」

 俺はひたすら何も考えず、目の前の化け物に向かって駆け出し、剣を突き刺す。肉を突き刺す感触……血も飛び散って、返り血を浴びる。化け物が傷を受けて、耳を劈くような悲鳴を上げた。上げたけど、俺は何も聞こえないふりをした。
 何も聞こえない。何も感じない。そう思い込みながら。

「オニイチャン ヤメテ」
「イタイヨ コワイヨ ヤダヨ」
「ひどい……」
「どうしてこんなことするの?」
「おにいちゃん、ひどい。ころさないで」

 うるせえ……うるせえ、うるせえ!

「黙れよ、黙れぇ! 黙れえええぇぇぇぇぇぇッッ!!」

 俺は無我夢中で右腕を変形させ、化け物に向かって思い切り振り下ろした。

 ぐちゃり。そう音が鳴り響いて、化け物はさらに甲高い悲鳴を上げる。
 うるさい、うるさいうるさい! うるさい!!
 俺は静かになるまで右腕を振り回した。その度に何度も「やめて」とか「いたくしないで」って声が聞こえた。でもやめなかった。聞こえないふりをしたって、聞こえてくる。見ないふりをしたって、目に入る。

 ――全部投げ出して、暴走してた方が、楽だったかもしれない。



 化け物が沈黙した時には、もうマギリエルの姿はなく、俺は子供たちの亡骸の前で、涙を流していた。ずっと、ずっと。みっともなく。


 ――見ないふり、聞こえないふり、感じないふり。そんな事できるはずなかったんだ……。

Re: 叛逆の燈火 ( No.37 )
日時: 2022/09/10 17:14
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 あの時の事を思い出しながら、空を仰いだ。
 陽の光が責め立てるように照り付けてくる。あの時、俺は……子供達を殺す事を躊躇ってしまったんだ。理由は……エレノアとルゥに彼らを重ねたから。
 違う。そうじゃない。「化け物」だって事を、そう頭では考えても、身体が動かなかった。「痛い、やめて」なんて言われたら、できるはずがねえ。だってあの子達は、何もわからないままあんな姿になったんだ。そんな子達を、斬りたくない。
 俺は、悪魔になりきってると思ったけど、結局なりきってるだけのヒトだったんだ。

「お前は人間らしいな」

 エルがそうつぶやくように、俺に歩み寄る。

「ダメか?」
「いや」

 俺の問いにエルは首を振る。

「人間らしさを残しているという事は、人間である唯一の証明かもしれんぞ。ヒトの感情は、ヒトのみが持つモノだ」
「……ヒトのみが持つ? そういや、昔そんな事言ってた気がするな……」

 彼女の言い分はわかる。……そういう感情が残ってるからこそ、俺はあの時動けなかったのかもしれない。

「だけど、俺……もうあんなのと戦うのは嫌だ。声も聴きたくない。見たくない。……怖いから」

 俺は思わず本音を吐露する。……怖いなんて、他の人には言えねえけど。

「……我も同感だ。あんな醜いモノ、人が触れてはいけない領域だよ」

 エルも無表情で……いや、静かに、だけど。怒っているのかもしれない。表情に陰りがある。

「もう帰ろう。ここはもう何もない」

 俺は立ち上がり、ズボンに付いた砂や埃をパンパンと叩いて払う。再度、俺は周りを見回した。廃墟、瓦礫の山。そして崩れ落ちた家具達。金品とかは盗賊が持ち帰ったんだろう。そういう光物はとくに見当たらなかったけど……それはそれでいい。残ってたって誰も使うわけでもないしな。
 そして、俺はおもむろにある場所へと歩き出す。

「どうした?」

 当然、エルがそう尋ねてくる。

「シスターに挨拶しにな」

 俺はそれだけ答えると、崩れた修道院のすぐ近くにある、2本の木材を十字架のように重ねて作った物が聳え立つ――シスターの墓。それに近づいた。
 十字架の前に、ポケットに入れていたものを取り出し、それをそっと置く。

「シスター。俺、もう二度とここには戻らないから。これ、シスターの物だから、返すよ」

 俺が置いた物は、シスターが身に着けていた、銀色の十字架。シスターは不安があるといつも握っていた。俺もそうしていたけど……だけど、変わらないといけない気がする。これはシスターの形見ではあるけど、シスターの魂はもうそこにいない。だから、これを持っていたって、いつまでもシスターの影を追いかけているような気がしてならない。

「俺は今日、このために来たから。……じゃあな。ありがとう」

 俺はそれだけ言うと、立ち上がり、踵を返した。
 これで何か変わるわけでもないんだが……別に変りたいとかじゃない。いつまでもシスターに頼っているような気がしてたから、あれは返しておくべきなんだ。
 俺は、もっと強くならなきゃいけないから。