ダーク・ファンタジー小説

Re: 叛逆の燈火 ( No.38 )
日時: 2022/09/07 19:35
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 あの日からもう、7年の時が過ぎた。私ももう16歳。あの宣言の日から、世界は変わった。私に対する皆の視線ががらりと。畏怖、憎悪、媚、殺意。それらの視線が私に集中している。
 いいのよ。それでいい。どうせあなた達は"そう"なんだから。
 私はあれから宣言通り、恐怖で人々を縛る政治を続けている。それに便乗する奴もいるし、それに反発する奴ももちろんいる。ま、反抗的な人は即座に死んでもらうんだけど。無理にでも従わせないといけないのよ、こいつらは。人間なんかちょっと甘やかしただけで、すぐに堕落するんだから。
 好き勝手に生きてきて、誰かが悲しむ事に見てみぬふり。聞こえないふり。感じないふり。

 そんな自分勝手に生きてきた奴らを、正しい道へと導いているの。この私がね。


 私は、自室の窓から雲一つない空を見上げながら、ある事を考えていた。
 「合成魔物キマイラ」の開発。
 バーバラの部下である「マギリエル・ダスピルクエット」のおかげで……数年前、やっと一匹目の完全体ができあがった。それからは目まぐるしく事が運び、今は初の人型も完成間近なんだとか。
 あれの欠点をあえて挙げるなら、開発者であるマギリエルかバーバラが近くにいないと勝手に動き回ってしまう事ね。まあ、元の人格が子供達だから、言う事をなかなか聞いてくれないのもあるけど。それは及第点かしら。

 「マギリエル・ダスピルクエット」か。度々私に対する視線に嫉妬が混じっている事以外は、非常に優秀で、今後の働きに期待ができる"駒"だ。


 私は彼女との出会いを思い出す。

 まず私はこの帝国の遥か西。なんでも、昔は「魂の流刑地」と呼ばれる島に、バーバラとネクを引き連れて訪れた。絶海の孤島だけあって、人の気配はない。……でも、今はただ一人、この島に幽閉されている一族。「人」の形、無機質で完全な人形(ヒト)を創造する目的で、禁忌とされていた人体実験を繰り返して、祖父の代でこの島に送られたという、「狂気の錬金術師」の子である「死の魔女」が研鑽を積み続けている、らしい。なんでも、魔女が父の思いを汲んで、一族を父を含めて人形に変えてしまった。なんて噂もあるらしい。ま、それならそれで会ってみたいものだわ。
 その話は父の手記にあったから、興味本位もあったけど、何よりバーバラの手が足りていないというので、その魔女に会って従わせようと彼女が言い出した。
 それは57年も前の話で、もう既に息絶えている可能性もあるけど。魔女と呼ばれる者が、そう簡単に死ぬはずがない。らしい。

 島は手入れも管理もされていない木々に囲まれている。……でもおかしい。獣や魔物の気配もない。骨は転がっているけど、鳥一匹すらいないなんて。「魂の流刑地」だからって、動物や魔物の一匹すらいない事なんてある? そう考えながら進んでいく。
 森の奥には、一族が幽閉されているという洞窟を発見した。女神「エターナル」と調停者「エンブリオ」の――ってバーバラから聞いた。とにかくそのレリーフが描かれた重い扉を見上げる私達。

「変ね。この扉、何もついていない」

 私は呟く。一族は幽閉されていたのでしょう? なら、鎖が巻き付いていたり、厳重に閉ざしているはずだわ。だけど、この扉は……何もない。むしろ、扉の周辺に、無理やりちぎったかのように変形している鎖の残骸や、折れてしまった鉄の閂が落ちている。

「どうやら、中にいる者は、この扉を出入りしているようね」

 バーバラがふっと笑いながら扉を見上げる。そして、扉に描かれた女神と調停者を眺めていた。

「女神が世界を創り、調停者は命を創った。でも、女神に創られた調停者は、創った命に世界から追放されたそうよ」

 彼女が腕を組みながら、扉を見上げて続ける。

「かつて、調停者は命を創造し、世界を文字通り調停して、善悪の天秤を均等に保って、世界に安寧をもたらしていた。だけど、時間が経つにつれ、人々は弱き者を蹂躙し、争いが絶えなくなり、次第に悪意が満ちる混沌の世界へと変貌していった。それでも、調停者は天秤を均等に保とうとしていたけれど……天秤は悪に傾き続け、次第に人々は調停者こそ"争いの元凶"であると言い始め、調停者に憎悪の矛先を向けたそうよ」

 調停者エンブリオ……女神エターナルに創られた人形は、自身が作った人形に憎悪を向けられ最期を迎える。ってオチだったかしら。まるで、今の大陸の愚かな人間達みたい。調停者も、人形の管理ができないなんて、愚かね。

「人間は何度でも繰り返す。創造主に感謝するどころか、牙を向けるなんて。愚かだわ」
「……むずかしいことわかんないよ、ソフィアちゃん」

 ネクが私達の話をずっと聞いていたが、そろそろじれったくなったようで、私の服の裾を引っ張った。

「ごめんね、ネク。早く済ませて帰りましょう」
「うんっ!」

 ネクの笑顔を見て、私は重い扉に触れ、体重を乗せた。扉は重い音を立てながら開いていく。

Re: 叛逆の燈火 ( No.39 )
日時: 2022/09/08 23:45
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 扉の奥は予想通り暗がりが広がっていた。中は普段は閉め切っているせいか、臭いがこもっている。カビと土と湿った臭い、そして腐敗臭が充満しているんだわ。一歩前に出ると、バーバラが「足元に気を付けて」と一言。私は彼女に向かって頷くと、再びその暗がりを進む。
 バーバラの光魔法であたりを照らしているので、一本道を光が示すまま歩いていく。湿った空気が漂い、陽光が入らないせいかひやりとしている。足元も水を含んだコケが生えているのか、歩くたびにべちょべちょと深いな音を鳴らしていた。私の服、白いから、帰ったら漂白しないとね。なんて我ながらくだらない事を考えながら、道が続く限り前へと進む。
 洞窟なのだから、コウモリの一匹や魔物なんかがいるかと思ったけれど、やはりいない。どんどん進んでいくと、壁に異変があった。赤い液体がべっとりと広がっているんだ。

「血?」

 近づこうとする私を制して、バーバラが人差し指でそれを撫でる。

「血液ね。しかも、新鮮な」

 と言う事は、最近ついたものか。
 そういえば、私達の前に使者を向かわせたんだっけ。それがこれか。魔女は人嫌いの様子。なら、話は簡単……さらに力で捻じ伏せるまで。バーバラの魔法と、ネクの力さえあればすぐに終わるわ。今までもそうやって来たんだから。
 私達は奥へと向かう。すると、すぐに洞窟の開けた場所にたどり着いた。どうやら最奥地のようね。もう道が無い。代わりに、何かの研究施設のようなところに来てしまったようだわ。
 大きな魔法陣の描かれた床、何やら見ていて不安になる不気味な瓶詰に、散らばった分厚い本、そして目を引くのは、洞窟内だというのに、緑の液体の中で眠らされている、"化け物"の入った機材。よく見ると、動物の一部や魔物が継ぎ接ぎの人形みたいになっていた。形はとても不格好だけど。
 私が一歩前へ出ると、突如ネクが私の服の裾を思いっきり引っ張る。

「あぶない、ソフィアちゃん!」

 その刹那。私の目の前に天井高く紫色の火柱が、竜が昇るように立った。奥から、ひたひたという裸足で歩み寄ってくるような、そんな音がする。
 奥からは、本を抱えた、艶が無くボサボサの白銀の長い髪を揺らした、顔色の悪い女がこちらの光魔法に照らされて、姿を現した。服はボロボロで、ただの布きれを巻いているんじゃないかと言うくらいに薄く、所々破れて白い肌が露出している。

「誰だ、私の研究所ラボを荒らす不届き者は?」

 光魔法を反射する金色の目がこちらを捉えた。警戒しているようね。当たり前だけど。
 私は恐れずに一歩前へ出ると、彼女に向かって口を開いた。

「「マギリエル・ダスピルクエット」、死の魔女。狂気の錬金術師の娘であり、父とその一族と共にこの「魂の流刑地」に送り込まれた。そうね?」

 私の問いに、小馬鹿にしたように鼻を鳴らして、肩をすくめるマギリエル。

「よく知っているな。一体何年経っているのかはわからんが、そうだ。私こそ、狂気の錬金術師にして完璧な人形ヒトを造る事に人生を捧げた男「ファウスト=ザ・ワン・ダスピルクエット」の子。名を「マギリエル・ダスピルクエット」と言う」

 彼女の名乗りにバーバラは少々驚いたのか、目を見開いた。

「「ザ・ワン」。懐かしい名前ね。かつて帝国を支えていた9人の統制機関「ナインズヴァルプルギス」の頂点だった男。私も9番目として所属していたけど、顔を見るのは1度だけ。当時の皇帝陛下に告発された時だけだったわ」

 バーバラ、そんなすごい人だったのか。だけど、「ナインズヴァルプルギス」は既に解体された。宰相一派が一枚噛んでいるとは聞いていたけど、まあ……あいつらにとっちゃ、そんな組織がいても邪魔なだけよね。

「それはそうと、何用だ? あいにく、茶は出せんよ。代わりに――」

 マギリエルが手を仰ぐ。手の先から青い炎が集まっていく。表情は殺意に満ちている。……なんだ。意外に話が分かるじゃない。

「貴様らにくれてやれるのは――」
「ああ、そういうのいいですよ」

 私はバーバラに視線を送る。バーバラは視線に応じるように、彼女に集まる炎に向かって手を握り締める。すると、炎がはじけ飛び、マギリエルは驚いて、自分の手を広げて目をぱちくりとさせていた。面白い反応するわね、この子。

「何をした!?」

 マギリエルの叫びと共に、バーバラは彼女に向かって拘束魔法をしかける。金色の鎖が四方八方から飛び出し、彼女を捻じ伏せてギリギリと縛り上げる。状況が読めないようで、彼女は目を剥いている。

「これは、この光にしろ、先ほどの風、それに……この拘束術。ありえん……一人の人間が複数のドライブの行使など見た事ない……一体何なのだ!?」

 マギリエルの問いに、バーバラが答える。

「魔法よ。私はこの大陸でも稀な、真の魔法使い。……まあ知らなくて当然ね。私達、初対面だもの。一応名乗るけど、「バーバラ・ゴーテル=ヤーガ」。それが私の名よ」
「ご……ゴーテルだとぅ!?」

 彼女が今までにない声を張り上げ、完全に戦意を喪失させた。

「まさか、「ナインズヴァルプルギス」の9番目のゴーテル卿か!? く、クククク……」

 驚いたかと思えば急に笑い出して、変な人。

「素晴らしい。逸材ではないか。実験体としてはこれ以上ない……!」

 ああ、そういうこと。

「私の人形よ、こいつを捕らえよ! 白い女と銀色の小娘は殺して構わんッ!」

 マギリエルの叫びがその空間を駆け巡る。その叫びに呼応して、箱の中で眠っていた数体の化け物が全て覚醒を始めた。目をカッと開いて、すぐに目の前の箱を壊しだす。バリンという破裂する音と、液体がじゃばじゃばと流れ出て、あいつらが外へと歩き出す。
 気持ち悪い見た目の化け物。複数の人間の顔が苦悶の表情を浮かべて張り付いて、魔物の腕や足、それに肉が露出して気持ち悪い。人形……って、人の形なんかしていないじゃない。これが人形なのであれば、とんだ失敗作ね。

「くだらないわね」

 私がそうつぶやくと、化け物達は私に向かって口を開け、触手を伸ばしてくる。

「私に触れるな」

 私は瞬時にネクを握り、剣を振り回す。意外ね。化け物を一匹だけでも斬れるかと思ったら、全部斬っちゃったわ。まあ、いいか。
 ぶしゃあという液体が飛び散る音と共に、多量の血液が床を、壁を、その空間を赤で染め上げる。これにはマギリエルも驚いたみたいで、口を開けたままこちらを見ている。

「服が汚れちゃったわ。これは漂白コースね」

 私がそういいながら、顔についた返り血を袖で拭き取りながら、剣に付いた血糊を振り払う。

Re: 叛逆の燈火 ( No.40 )
日時: 2022/09/09 23:25
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


「ば……馬鹿な!? アレを一瞬で斬り伏せただと? オーラ増強の術式を刻み、並大抵のものでは傷をつけることなど――」
「答えは簡単です。私は並大抵ではありません」

 私は冷静に彼女を見下ろし、説明してあげる。その後、彼女に剣を向けて、"いつものように"命令する。

「「マギリエル・ダスピルクエット」。私に従いなさい。でなければ、ここで死んでもらう事にします」

 私はそう言い放った。ま、代わりなんかいくらでもいるし、彼女が従わなくても、別の物を探せばいい。まあ、多少時間がかかるだろうけれど、それは仕方ないわね。許容範囲内だわ。

「……一つ聞く」

 マギリエルは私を見上げ、尋ねてくる。

「なぜ私を必要とする? 私はかつて禁忌を犯した大犯罪者の子。罪人だ。そんな私に、従えと言う?」

 ……簡単な事を。

「この世界は腐っている。様々な人間が、様々な理由で弱者を虐げ、踏みにじり、醜く争う。理由は……例えば、「奪う為」。だったら、誰かが人間を統率し、無理やりにでも従わせるしかない。私が「世界」となり「秩序」となる事で、世界を安寧に導くしかないんですよ。……それが理由」

 私の話を聞いた後、しばしの沈黙が流れる。ま、こんな理由は建前でしかない。本当は、私がやられた事を世界に住む愚かな人間共に仕返すってだけ。従うなら何もしないし、反発すれば死ねばいい。私の苦しみを、痛みを知らない人間モノは、私以上に苦痛に悶えてしまえばいい。
 マギリエルはずっと俯いていたが、突如恍惚の表情で私を見上げてきた。

「……素晴らしい! なんという崇高なる理由なのだ!」

 生気に満ちた、輝かしい表情。と、例えたらいいのだろうか。
 この人のツボがイマイチよく理解できない……。バーバラも同じような考えなのか、半目で見下ろしている。若干引き気味で。

「はわわ、今までの御無礼、失礼いたしました!」

 態度が急変したかと思うと、頭をペコペコと下げたり上げたり。私はバーバラに向かって「解放してもいい」と言うように顎でしゃくる。バーバラは少々戸惑いながらも、マギリエルの拘束を解く。
 拘束が解けたマギリエルは、すぐに膝をつき、私に首を垂れる。

「この「マギリエル・ダスピルクエット」。陛下の御為に、私の知る全ての知力、技術を捧げましょう。どうぞ、陛下の御意のままに、私をお使いください……」

 当初の目的を果たすことができたようね。私は表情を変えず、彼女を見下ろしたまま口を開いた。

「今後の働きに期待します。バーバラ、これを連れて帰りましょう。帰ったらすぐに湯と服の準備をお願いするわ」
「御心のままに」

 私は踵を返し、その場から立ち去る。……あとはバーバラに任せるとしましょう。
 マギリエル……新たな駒として、理想の世界への贄となってもらうわ。血液一滴も残さず、絞り尽くしてあげる。