ダーク・ファンタジー小説

Re: 叛逆の燈火 ( No.41 )
日時: 2022/09/10 22:57
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 私は過去の事を思い出しながら、バーバラが入れてくれたお茶を飲む。隣では、ネクがバーバラの焼いてくれたクッキーをもりもりと食べていた。頬を膨らませている顔は、まるでリスのようだわ。

 ま、それはさておき……
 マギリエルが加わった技術参謀の技術の進化は目に見えて変わった。まあ、生体兵器はもちろんの事、武器の生産効率の向上、そして何より。まさに痒い所に手が届くといったところか。バーバラの助手として存分な働きを見せてくれた。長年、あの絶海の孤島で術式、生命力、魂。それらの研究を続けていたと聞く。やはり、あの時彼女を連れ帰ってきてよかった。正直言うと、彼女の代わりを探すのは難しい。

「あとは……」

 配下の動向か。元々信用なんかしてないし、恐怖だけではやはり士気に限界が来る。それは、数年前から考えていた。だから、私は彼らにある提案をした。

「粛清対象の街や人間モノは、自由にしていい。好きになさい」

 その一言だけで、兵士達は目の色が変わった。それからというもの、兵士たちの士気が向上したおかげか、反発勢力は徐々に、確実に減っていってる。やはり、ご褒美や見返りがあると人間ってやる気が出るものね。本当に愚かな生き物ばかりだわ。

 ああ、そういえば、見返りが必要のない男もいたわね。私はおもむろに、机の引き出しから翠色のファイルを取り出し、開く。

 ――「ブラッドスパイク」。
 通称、「狂犬」。本名が不明なので、彼の言うドライブ名で呼ばせてもらってる。彼自身もそれでいいと言ってたしね。長いから「ブラッド」って呼んでるけど。
 ブラッドは、確か7年前に初めて動かしたときに「エレノア」と「ルゥ」という子供を連れてきた。二人は私の少し下のようで、まあ一言でいえば頭が悪そうな感じだったわね。ぎゃーぎゃーうるさかったから、女の子の方の目を潰してしまおうとしたら、男の子の方が庇うように前に割って入ってきて、うっかり彼の両目を潰しちゃったけど。
 ……今はどこにいるのかしら? ま、いいか。どうせ私には関係のない事だし。
 あと、彼の持ち帰った、綺麗な青色の目玉。あれも悪趣味だからバーバラに預けたけど、今どうなっているのかしらね。

 ブラッドはとても気性が激しく、戦う事に身を投じていると言った感じ。確か、過去に何十人、何百人の命を奪った、殺戮者で。恐らく倫理観はとっくに壊れてる。
 初めて会った時は、「皇帝たる私に牙を向けなければ、全てを許す」とだけ言ったら、あいつ餌をもらった犬みたいな顔で喜んでいたわね。殺人者の気持ちはわからないけど、未だに好きにやらせてあげている。バーバラの監視下で、だけどね。

 ……ああ、噂をすればなんとやら。
 バーバラの姿とブラッドの姿が見えた。迎えに行かないとね。

「ネク、行きましょう。時間よ」
「ん!」

 ネクは手を挙げて短く返事をする。

Re: 叛逆の燈火 ( No.42 )
日時: 2022/09/13 18:49
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 私がバーバラとブラッドを出迎える。
 バーバラは外出用のローブを脱ぐと、私に向かって頭を垂れた。ブラッドはというと……別になんてことない。私の顔を見てチッと舌打ちをした。聞こえるように。
 赤い髪、ボサボサの頭、瞳も赤くて、鎧も着ていない薄着の男。一応、鎧は支給してあげたけど、彼には速度が落ちるという理由で受け取ってもらえなかった。
 私は彼の態度を無視して、バーバラに近づく。

「おかえりなさい、ゴーテル。帰還したばかりですが、早速報告をお願いします」

 バーバラは頷いた。

「なア、ゴーテル卿よォ」

 彼女が口を開こうとすると、ブラッドが口を挟む。バーバラは少しイラっとしたのか眉をひそめるが、毅然とした態度でブラッドの方を見た。

「何かしら」
「俺はもうこの後何もしなくていいだろォ? 1日働いて疲れたからもう寝るわ」
「ええ、好きにしなさい」

 その返事だけ聞いたブラッドは、すぐに私の隣を通り過ぎ、赤い髪を掻き上げながら、あくびをして、のっそりのっそりと奥へ姿を消していく。気まぐれで、何考えているかよくわからないけど、バーバラの監視下だし、犬は犬らしく尻尾を振っているなら、それでいい……。仮に、私に牙を向けた時は、容赦はしないけどね。
 ああ、そういえば。バーバラから報告を受けないとね。

「で、バーバラ。報告を」
「は……では、まずは会議室へ。ここでは兵士の目を引きます」

 彼女はそう言うと、私は頷いた後に会議室へ向かって歩みだす。



―――



 バーバラ達には、東郷武国の残党処理をしてもらっていた。先日――もう2週間も前にもなる話だけど。私自身が東郷武国に攻め入り、その国の王……いやあの国では「幕府」と呼んでいたらしいけど。まあ、それはどうでもいいか。
 そいつの首を取り、あの国の兵士達、そしてバーバラにその光景を拡散してもらい、国中の人間に見せつける事で、事はすんなりと運んだ。私の思惑通り、彼らは私にひれ伏したわけだ。
 まあ、全員が全員そうでもないわけで。もちろん、残党がいるのはわかっているから、バーバラに任せておくことにした。兵士達にも「反抗する者がいたら好きにしていい」とだけ伝え、私はバーバラの転移魔法を使って一足先に帰ってきた。
 バーバラは魔法でいつでも帰ってこれるし、実際2週間の間に何回か戻ってきてはいたわ。
 その最中、アスラという女傭兵を拾って、私と契約を結んだ。最初は反抗的だったから、死なない程度には痛めつけて。でも、それでも私に刃を向けるもんだから……まあ、私もそれが面白いと思ったから、「私の命が欲しければ、私に従いなさい。隙があれば、私の命などいつでも取れるんじゃないですか」と言った。一方的な口約束で、何の効力もないモノだけど。あっちは喜んでたみたいだし、別にいいか。
 ……魔王と呼ばれる私も、約束はちゃんと守る。それがバーバラから教わった礼儀の一つだし。別に、あいつの動きはもう読めてる。ネクが奴のドライブの内容を事細かに教えてくれたしね。

 あと、一人――いや、二人。バーバラが東郷の辺境の村で生き残りを拾ってきた。らしい。……らしいというのは、まだ会っていないからわからないのよね。
 なんでも、一人は村を守る為に果敢に立ち向かってきたから、返り討ちにしたら、もう一人がそれを守って死んでしまったんだってさ。でも、バーバラは「その子を生き返らせることができる」と言うと、目の色を変えて彼女に縋りついてきたとか。……生き返ると言っても、所詮は屍人ゾンビ。術式を刻んでおいて、魂の無い人形に成り下がるだけ。
 そういや名前は、その生きている方が「シラベ・ホウライ」。死んだ子が「ユキ・アマネ」だって。別に興味はないけど、これから存分に働いてくれるのなら、何も言う事はないわ。
 今はユキ・アマネの方をマギリエルに預けて、式神の術式を刻んでいる最中らしい。

 以上の報告を受けて、私は頷いてバーバラから受け取った紙束を机にそっと置く。

「後処理、ご苦労様です。これで全ての国が帝国に屈服し、我々が大陸を支配したも同然……といいたいところですが」

 私は腕を組み、窓の外の景色を見やる。時はもう夕刻。空は茜色に染まっていた。

「「アレン・ミーティア」とエクエス傭兵団が目障りですね。彼らの処理はまだ進んでいませんか?」
「は……申し訳ありません。何度も彼らを罠へと誘い込み、殲滅しようとはしていましたが――」
「言い訳は聞きません。結果が全てなのですから」
「は」

 バーバラは深々と頭を垂れる。
 まあ、でも……バーバラが手古摺るのも頷ける。あちらには私の元近衛騎士、「アルテア・エクエス」に「フィリドラ・ソレイズ」の二人に加え、元教団騎士「モーゼス・クレイセント」までいる。
 それに、あの忌々しい……黒い腕を持つ「アレン・ミーティア」。奴につけられた傷は、見た目は治っていても、彼の名前を思い出すだけで全身が疼いて仕方ない。奴だけは私の手で殺さなくてはいけない。
 奴が私の弟……? 本当に虫唾が走る。あんな男、何もかも失って絶望していけばいいわ。

 私がアレン・ミーティアの事を考え、内心腹を立てていると、バーバラが私の顔を心配そうに覗き込んできた。

「陛下……お顔が優れませんわ。もう休まれますか?」
「……いえ。嫌な事を思い出しただけです。気にしないでください」

 私は「それより」と言って、その場から歩み始める。

「シラベとユキ。その二人を一度見てみたいです。行きましょう」
「仰せのままに」

Re: 叛逆の燈火 ( No.43 )
日時: 2022/09/13 19:22
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 なぜ僕は……僕だけが生き残ってしまったんだろう。
 暗く狭い空間の中で、膝を抱えてそう考える。

 僕は「鳳来ホウライシラベ」。故郷の村で親友と毎日を平和に過ごしていたんだ。村を妖魔から守る自警団に所属する、祓魔師だった僕らは、皆と一緒に日々戦い、日々精進していた。脅威もなく、このままずっと何事もなく村で過ごしていくのだろうと思っていた……けど。
 ある日、村に鬼女が現れて、そいつは引き連れた大軍で村を蹂躙した。僕と親友が果敢に立ち向かうものの敵わず、親友を失った。
 僕は、その事実を受け止め切れずもうどうでもよくなって、思わず武器を手放してしまった。……これで僕の生は終わるんだと思っていたけれど。鬼女が僕に囁く。

「その子を生き返らせることができるわ」

 僕は、その時迷う事はなく、「この子を生き返らせてくれ!」と縋りついた。
 親友が、彼女が、「ユキ」が。ユキにもう一度会えるなら、僕の命すら捧げたっていい。その思いでいっぱいだったんだ。後悔とか、罪悪感は一切なかった。その時は。

 だけど……僕の元に戻ってきたのは、ユキじゃなかったんだ。


 僕は鬼女……ゴーテル様に案内され、まず帝国皇帝である「ソフィア」様の紹介を受けた。僕も名を名乗り、まず僕は彼女に膝をつき、頭を垂れた。僕は村から出た事が無かったし、ましてや、篭国していた東郷武国の外の世界なんか知る由もなかった。そんな僕だけど、これだけはわかる。彼女は上に立つ資格があるんだと。僕の直感がそう囁いたんだ。

「頭をあげなさい」

 彼女がそう言うと、僕は言われた通り頭を上げる。彼女は満足げだ。

「あなた、報告によると、ユキという少女を蘇生させてほしいと、そう願ってここまで来たそうね」

 僕はそれを聞いて、大きく頷いた。

「はい。ユキは僕にとって、大切な人です」
「それは、あなたの故郷よりも?」

 その問いに僕は間髪入れずに「はい」と答えた。

「ふぅん」

 ソフィア様の表情は変わらない。無表情のまま。まるで、能の面を被ったように、表情が動いていない。白い髪、赤い瞳……村に伝わる、天神様の御使い「白蛇はくじゃ」のような容姿だ。
 彼女はゴーテル様に「例の場所へ」と一言だけ言うと、ゴーテル様は頷いた。

「シラベ、ついてきなさい」
「はい」

 僕はまた短く返事をする。例の場所とは一体何なのか? とも思ったけど、行けばわかるか。ユキさえ戻ってくれば、僕はなんだっていい。その思いだけが頭をぐるぐる回っている。
 恐らく、この城の地下へ続く階段を先導するゴーテル様。僕は慌ててそれについて行く。冷たく暗い石造りの階段。ずっと、ずっと降りていく。その間に会話も特になく、地下へたどり着くまで、僕は胸をバクバクと音を鳴らしていた。その音が外にも響いているんじゃないかと思うくらい、本当に緊張していた。
 もうすぐ、ユキに会えるんだ。ユキに会えれば、それでいい。
 その時の僕は、ユキ以外の事はほとんど考えてなかったのかもしれない。

 地下へとたどりつく。村では見た事のない、銀色の箱、緑色の箱みたいなものがたくさんあった。地下だというのに、そこは明るく、周りがはっきりとよく見える。緑色の箱の中には、なんだか嫌悪感すら感じる、ぐじゅぐじゅになった魑魅ちみが入っていた。たくさんあるから魑魅魍魎だな。
 しかし、なんだこれ……よく見ると子供の顔みたいなものがべったりと張り付いている。気持ち悪い……本当になんなんだこれ……? でも眠っているのか、動いていない。強烈な印象を与えられて、僕は一歩後ろへ下がる。
 僕の様子なんかお構いなしに、ゴーテル様は奥へと歩いていった。
 あれ、奥に誰かいる。……白銀色の髪。それに変な帽子を被っているなあ。身体は僕より小さい。ゴーテル様は彼女に声をかけた。

「「マギー」。例のアレはできたかしら?」
「ん」

 「マギー」と呼ばれた彼女は、機嫌が悪そうに返事した後、こちらを振り返る。かわいらしい顔。書にあった「座敷童」のような小さな子。そんな子がこんなところで何をしていたんだろう?

「おお、バーバラじゃないか。例のアレとは、先日寄越したアレだな?」

 ゴーテル様の顔を見た彼女は、パァっと明るい表情を見せ、目の前の銀色の箱をいじくりまわしていた。何をしているんだろう?

「もちろん、完成した。身体に大きな傷があったから、再生組織を組み込み、さらに前拾ってきた「鬼」の組織をちょちょいと、元あった遺伝子を組み替えたら、すーんごい事になったぞ」

 マギーさんはそう楽しそうに言うと、ガチャガチャと音を立てる。一体何が始まるんだろうか? なんて暢気な事を考えた。

「ほれ、「雪鬼嶽丸ユキタケマル」。それが彼女の名だ」

 ガチャガチャと音を立てながら何かをしていたかと思うと、天井から緑色の箱がガラガラと音を立てながら落ちてくる。中に入っているのは……「ユキ」!? 間違いない、服装も髪型も変わっているし、額から2本の角が生えているが……この子はユキだ!

「ユキ!」

 思わず僕が叫んで彼女の名を呼ぶと、マギー様は肩をすくめて呆れていた。

「そう慌てるな。今、出してやろう」

 彼女がそう言い放ち、何か棒をガコンという音を鳴らしながら下ろした。箱の中にある緑色の液体がどんどん減っていき、ユキの身体が露になる。ユキと同じ顔、髪色、体格。全てユキと一致してる! よかった、ユキは本当に生き返ったんだ!
 箱が開き、ゆっくりと瞳を開けるユキ。紫色の瞳がこちらを見据える。

「……シラ、ベ」

 生気のない声で僕の名を呼んでくれている。僕は思わず彼女に駆け寄り、強く抱きしめた。

「ユキ! 本当に、ユキなんだ! ユキ!」

 僕は子供のようにはしゃぎながら、彼女に声をかけた。彼女の二言目を口にする。



「はじめ、まして……シラベ」
「……」

 僕は聞き間違いかと思った。今、「はじめまして」と言った? まぎれもなく、ユキだ。ユキが戻ってきたんだと僕は思った。だけど……彼女からは何の反応もない。それどころか、僕に向かってユキは……膝をついたんだ。

「シラ、ベ……私は、「雪鬼嶽丸ユキタケマル」。あなたを主人であると、認識します」

 僕は彼女の行動、言葉に驚きが隠せず、背後にいるゴーテル様を見た。彼女はつまらなさそうに腕を組み、こちらの様子をずっと眺めていたようだ。
 違う……ユキは、もっと優しい笑顔で、雪のように儚い印象で、でも……僕と一緒に――

「ど、ういうことなんですか、ゴーテル様。僕は、僕は……僕はユキを生き返らせてくださいと。ユキを取り戻せると思って、あなたに――」

 僕の表情を見たゴーテル様は、鼻を鳴らし、僕を冷たい瞳で見下ろしていた。

「ちゃんと返してあげたでしょう。まあ……魂は元に戻らなかったから、記憶が少しだけ残っているだけの人形になってしまったけれど」

 ……人形? 違う。この子はユキだ。ユキなんだよ。人形じゃない。でも、ユキはいつものように笑ってくれない。僕を叱ってくれない。僕をからかってくれない。……じゃあ、目の前のこれは一体?

「ああ、そうだ。言い忘れていたが、そいつは生命維持の為の術式を定期的に刻まなければ、数日で動かなくなり――」

 マギー様が背後で何か言っている。大事そうだ。
 だけど、僕はその場で崩れ落ちて膝をつく。
 ……僕は、ユキさえ取り戻せればそれでよかった。だけど、違う。ユキはもういない。僕は本当に何もかも失ってしまったんだ……。村の皆と一緒に死んでしまえば良かったのに、僕はこうして生き残ってしまった。ユキを生き返らせてほしいと願ったからなのか? それは、僕を生と言う地獄に縛り付ける罰なのだろうか? 僕が、あの時、皆と一緒に死なずに生き残ってしまったから……だから、天神様は僕に罰をお与えになったのだろうか。


 僕は気が付けば、目の前で正座して僕を見つめるユキだったものと一緒に、暗く冷たい牢の中にいた。
 彼女は僕が膝を抱えて涙を静かに流している様子を見て、僕に顔を近づける。光を映さないその紫の瞳に、涙を流してくしゃくしゃになった僕の顔が映っている。

「シラベ……なぜ泣いているのですか? 泣かないで」

 彼女の声は虚ろだ。まるで生気を感じない。だけど、彼女は僕の涙を掬い上げた。

「私は、ずっとあなたの傍にいます。だから、泣かないで」

 虚ろだけど、優しい言葉。人形のような顔だけど、僕を心配してくれている様子。ユキだけど、彼女はユキじゃない。
 ……ユキじゃないけれど、僕は無意識に彼女を抱きしめた。

「僕……ひとりぼっちだ……」

 僕は、涙を必死にこらえて、喉からそんな言葉を放り出す。
 彼女の身体は冷たい。人形なんだ、本当に……。そうは思いながらも、彼女から離れることはできなかった。

Re: 叛逆の燈火 ( No.44 )
日時: 2022/09/13 20:15
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 私は、みっともなく大泣きするシラベと、それに寄り添い彼を慰めるユキタケマル――長いからユキにしましょう。とにかく、彼らの様子をそっと物陰から覗いている。
 別に興味があったわけじゃない。けれど、様子を見に来ただけ。
 ――親友、か。私には昔、友達がたくさんいた。でも、それって、結局私の立場に縋りついていただけで、本当の友達ではなかったわ。親友と名乗っていたエイリスも、私が苦しんでいる時に助けてもくれなかった。
 彼女の言葉を思い出す。

 ――そ、フィア! なぜこんなことをするの!? 私達、親友でしょ!?

 反吐が出る! 私は拳を握り締めて、力の限り壁に叩きつけた。
 「友」という言葉を平気で使って、這い寄ってきて。本当に腹が立つ……!

 だから私は、各国にいる「お友達」さん達に直接会い、あれらが確実に苦しむようにしてあげた。ある人は両腕を斬り落として触れる事を許さず、ある人は両目で世界を真っ暗にし、ある人は耳を斬り落として静寂の世界に突き落とした。
 エイリスも本当は四肢を斬り落としてやろうと思ったけれど、彼女の顔が歪み、涙で顔を濡らしながら私に向かって「親友」という言葉を連呼するものだから……綺麗だった顔を焼いた。
 ネクから聞いたけど、あれのドライブは、自分の自信が強く作用し、周りの人間の士気を高めるものらしい。だから、あれのプライドをへし折る為に、あえて顔を潰してあげたのよ。だけど、顔程度で引きこもっているようじゃ、私の脅威になりえない。

 ……その程度で折れるくらいなら、生涯安全な場所で、耳や目を塞いで生きてなさい。邪魔だから。

 私の様子に、ネクが顔を覗き込んでくる。

「どおしたの? ぐあい、わるい?」
「……いえ。ちょっと嫌な事を思い出しただけ」

 ネクが階段を上り、私の頭を撫でる。優しく、子供をあやすように。

「いやなことはわたしがぜんぶせおってあげる。だから、ソフィアちゃんはなにもきにしなくていいんだよ」

 ……驚いた。ネクがそんなことを言うなんて。見た目は幼い少女だけど、私以上に大人かもしれない。

「立派な事を言うのね」
「えへへ。だってソフィアちゃんのためだもんね。わたし、ソフィアちゃんのためならなんだってするよ。ソフィアちゃんのおねがいをかなえるのが、わたしのおねがいだもん」
「……そう、ありがとう」

 ネク、か。私が召喚した悪魔……のはずなんだけど、7年経った今も彼女の事はよくわからないことだらけだ。一度、聞いてみた事がある。「あなたは何なの?」と。

「わたしはソフィアちゃんのおねがいでうまれたんだよ」

 って返されたけど。
 悪魔と言う割には、彼女は見返りを求めてこない。……まあ、この7年間でネクは「自分は悪魔だ」なんて名乗った事はないけど。それに、離れていても私が呼べば瞬時にどこからともなく現れる。ネク曰く、「ひかりがあればすぐソフィアちゃんのそばにいけるよ」だとか。ネクの事はバーバラだけには言った。マギリエルに言えばすぐに調べてくれるだろうが、ネクがマギリエルを苦手としてて近づこうとしない。まあ、私も苦手だから彼女の事はバーバラに丸投げしてるんだけどね。
 まあ、でも、7年彼女の力を使ってきてわかった事は。ネクの力は、「光と念動力」のようだ。手に触れなくても物質を変形、暴発させる事ができ、闇の中でより光り輝くことができる。不思議ね、闇の中なら光は輝く事も出来なさそうなのに。まるで、闇を喰らって燃料にしているようだわ。
 ネクは私に使われる事を望んでいる。それは彼女自身の口から何度も聞いた。だから、何の情も抱かないようにしていたけど……

 たまに。本当にたまに、こうして頭を撫でてもらったり、彼女が抱き着いてくると。なぜか会った事もないはずのお母さまが思い浮かぶ。ネクからもらうぬくもりは、バーバラとは違う。でも、同じような愛情を感じる……気のせいかもしれないけど。

「ネク、ありがとう。もういいわ」
「ん」

 ネクはそっと手を下ろし、にっこりと笑った。

「げんきになった?」

 彼女の問いに、私は「うん」と頷く。
 そして、後ろを振り向いて、シラベとユキを見やる。

 ……親友という言葉は一種の呪い。その言葉を使って相手を縛る。あれは、親友とは言っているけど、単に一方的に依存してるだけだわ。だから、屍になるまで使ってあげる。シラベ。あなたはユキを裏切り、見捨てる事はできないんだから。

Re: 叛逆の燈火 ( No.45 )
日時: 2022/09/16 21:26
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 私が自室へと戻ると、事務机の上には束になった報告書の山。その隣には恐らくバーバラが淹れてくれた、私の好きな「アプリコットティー」が白いカップに入って、湯気を立たせていた。
 紙束のきっちりした感じ……恐らくあの子。「サリア・エルメルス」が置いたものだろう。……あの子は前任の審問官が使い物にならなくなったから、とりあえず任命した子だけど。昔からあの子の様子は見ていたし、知っていた。厳しいご両親に育てられた、籠の中の小鳥。というのが今思えばそういう印象。直接対面した事もないけど、見かける度に正直思っていた事は、表情がないから何を考えているかわからない。って事。それは自分自身にも言えるんだけど、まあいいか。
 私は、椅子を引いて座り、ネクには大人しく待っているように言う。そして、報告書をとりあえず一枚手に取って、肘をついてそれを眺めた。
 今日、私が命じた処理した人間。それらのリスト。正直どうでもいいから最初に「いらない」と言っておいたけれど、皇帝としての職務だと言われてからずっと、毎日夕方頃に届くようになってしまった。
 罪状なんか適当。本当は何の罪もないモノたちの処刑リスト。

 そういや、サリアのドライブは面白い物だったわね。「罪を視る事ができる」だったっけ。……だから一度私は聞いてみた事がある。

「私の罪はどれくらい重いのですか?」

 とね。
 あれはそうね。初めて彼女と面と向かってお話した頃だったっけ。


 その日、彼女を呼び出す。普段から何を考えてるかよくわからない顔。夜の湖のような深い青色の髪と瞳。審問官の制服である黒いローブで身を包む、私と同じような体格の女の子だ。確か、私よりは年上だろうけれど……。第一印象としては、駒としては役に立ちそう。くらいだと思う。
 私は用件だけ伝え、「審問官に任命する」と告げた後、私は彼女に興味本位でそれを尋ねてみた。
 ネクが彼女のドライブについて事細やかに教えてくれたから、つい面白そうだったから聞いてしまった。当然の反応だけど、サリアの顔はとても引きつり、普段の無表情が嘘のように目を剥いて、冷や汗を流していた。必死に言葉を選んだのか、私にこう言った。

「陛下が罪深き人である筈がありません……!」

 その答えを聞いて、私はネクを手に取り、彼女の顔目掛けて剣を突き出した。いいえ、実際は当たらないようにわざと外したんだけど。だけど彼女は驚いて剣を凝視していた。突然の行動に本気で驚いたその表情も、普段見せないから面白かった。

「「サリア・エルメルス」。私に見えていた罪、その重さ、その深さ。誰が裁くというの? あなた? それとも「女神エターナル」?」

 私の言葉に、びくりと体を震わせる。

「動揺しているんですね。普段からそうやって怯えて逃げていれば、きっと私に関わらずに済んだものを。まあいいでしょう。一つ教えてあげますよ、番犬ドギー

 私は彼女の耳元で囁いた。

「この世界に神などいません。故に、人間の罪を決めるのも、裁くのも、自分勝手な人間なんですよ」

 私の囁きに、サリアは振り向いて、叫ぶ。

「陛下……! 法と言うのは国の形を作る物であり――」
「国を作るのが法であり、秩序である。って、あなたのお母様も仰っていたわね」

 「フォーン・エルメルス」。彼女が私に教えてくれたことがある。「人々が健やかに暮らす為、国を作るのが法であり、秩序である」と言う言葉。私もそれを聞いて、皇族たる者は人々が健やかに暮らせるように、法を作り、管理する責任がある。と。
 フォーンは、私が気づかないうちに暗殺された。宰相一派によって。
 奴らは言っていた。「フォーン・エルメルスは、法を破った。よって処分した」と。……奴らが勝手に決めた法で裁かれるなら……法に何の意味があるの?

「結局、法なんていうのはただのお飾り。罪は人間の匙加減。裁くのはいつだって人間……」

 私は、サリアの顔を、瞳を睨み据える。まるで、蛇に睨まれて動けないカエルみたい。普段は無表情で何考えているかわからないけど、本性はこんなものか。取り繕っても鳥籠から抜けられない小鳥、首輪に繋がれた犬のよう。
 昔の私を見ているようで……意地悪したくなるじゃない。

「ところでお話は変わるけど、サリア。……あなたはこれまで何回食事をしたの?」
「えっ」

 唐突の私の問いに、すぐには答えられなかったようだ。まあ、その答えが聞きたいわけじゃあないんだけど。

「食事はしていますよね。しないわけないですよ。しなかったらあなた、生きてないですからね」

 それは即ち――

「あなたの一回の食事で、多くの動物、植物の命が失われたわ。……それは、罪ではないの? 人が人を殺すのが罪ならば、人が食事の為に命を奪うのは罪ではないの? では、動物は? 動物が動物の命を奪うのは罪かしら?」
「そ、それは……生きる為には栓無き事です」
「そうね別に、私はそれが悪い事だと言うつもりはない。生きる為に命を奪う行為は、命あるモノ全てに共通する、「生存本能」なのだから。だけど、あなたは罪人を処分していますよね。自分の手で」

 サリアは無言で頷く。

「それは、罪ではないのですか? 生きる為に殺しているわけでもなく、ましてや感情も込めず、淡々と人の首を刎ねる。……それは、罪ではないのですか?」

 私は、サリアに向けて突き刺した剣を引き抜く。と、同時にネクが元の姿に戻り、私の隣に立った。私はというと、彼女に背を向け、部屋を出る為に扉に近づいた。

「罪人同士、仲良くしましょうね。番犬サリア

 と、言い残して、部屋を出る。


―――


 その事を思い出しながら、報告書を一枚一枚内容を読み、一枚一枚めくる。まあ、眺めてるだけで、全然読んではいないんだけど。……ああ、サリアとの出会いを思い出してたら、また嫌な事を思い浮かべちゃった。
 私は、審問官がすごく嫌い。法は父上もバーバラも守ってくれないし、私も守らなかった。私を守ってくれたのは、私自身の願いとエゴだけだった。あいつらは何もかも平等で、自分を持たず仮面を被って感情を消す。それだけならいい。でも、何かと神の御意思だの皇帝の御意思だの、法だのなんだのと免罪符を振りかざして、自分自身に責任を持とうともしない。だから嫌い。

 ……だから、審問官は用が済んだら解体し、皆殺しにしてやろうと思う。
 あの日のサリアへの質問は、法に尻尾振って媚びるだけの彼女あれに対しての当てつけのようなものだ。あの子も結局、私ではなく、皇帝という立場を崇拝しているだけの木偶の棒なんだから。

Re: 叛逆の燈火 ( No.46 )
日時: 2022/09/16 22:26
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 私は全ての書類に目を通した後、すくっと立ち上がる。私が立ち上がると、お菓子を食べていたネクも立ち上がって、とてとてと擬音が付きそうな足取りで私についてきた。

「どこいくの?」

 ネクが尋ねてくるので、私は彼女の顔を見ながら自室の部屋の扉を開く。

「バルコニー。気分転換に中庭に行くのよ」



―――



 茜色の空、薄暗く影を作る中庭。中庭はそこそこ広いので、兵士達が訓練をしている姿が見えた。木刀を素振りをしている。そういえば昔、私は女の子だからと訓練をさせてくれなかったなぁ。
 今はネクのおかげか身体が軽く、人間相手であれば確実に勝てる。訓練も一応はしている。バーバラが手取り足取り教えてくれて、なんとかネクの力の制御もできるようになってきたし。
 それに、他国の連中を黙らせるために、私自身が出向き、指揮官や将軍、王を討つ為に、圧倒的な力の誇示が必要だった。圧倒的力を見せ、反抗勢力の士気を削ぎ落し、返り討ちにする。指揮がいない軍勢なんか、所詮は烏合の衆でしかない。それに、ネクが私の味方でいる限り、私は負ける事もない。だって、人間なんて所詮魂の顕現である「ドライブ」さえなければ、簡単に踏みつぶせる蟻同然だもの。
 ……アレン。あの黒い影を除いては、だけど。

 私は中庭を見下ろす。
 大きな体つきの、鎧を着た黒髪の男――彼は確か、「スペルビア・ストルティーティア」だっけ。長い名前はバーバラ以外は覚えにくいのよね、正直。
 彼は確か農村出身の平民で、実力で小隊長とはいえ、その地位までのし上がった男だった。私も7年前のあの日以降に初めて対面して話したけれど、度々私のやる事なす事に口出ししてきてたわね。
 「なぜ蹂躙する必要のない市民まで巻き込むのか」とか、「殺戮に愉悦を見いだしてはならない」とか。その度に彼に教えてあげた。

「見てみぬふりと知らないふりで、我関せずの愚民だって、この美しい大地で生きる価値はない」

 と。
 まあ、その内私にとやかく言う事はなくなってしまった。

 自覚しているわ。私は暴君であり、狂っているのは私だと。東郷武国の幕府首長……だったっけ。あの人。名前は確か、渕舞エンブ明史アキヒトだったはず。最初に名乗ってきたから、なんだか印象に残っちゃってた。その人も私を否定していたっけか。

「この世に悪の枢軸がいるとすれば、それは貴様の事だ」

 ……だったら私を殺せばいい。悪を斬って正義を示せばいい。だけどできなかったじゃない。
 私は、「この世に悪など存在しない。悪は何も知らずのうのうと生きる全ての人間にんぎょうだ」と。彼とその娘に教えてあげて、娘の目の前で首を斬り落とした。

 生きる価値なんてないのよ、「悪」にはね。


 風が私の髪と肌を撫でる。中庭の様子は実践訓練中なのか、打ち合いをしていた。
 私がそれをぼうっと眺めていると、背後から気配がする。振り返ると、そこには黒い毛並みの、鎧を着こんだ狼男が立っていた。
 見上げる程の巨体を持つ男。狼の獣人で、金色の瞳を持つ将軍「カイゼル・アクセリオン」。そういや私がまだ無知だった頃に、慈悲深くて愚かだったソフィアが拾ってあげた忠犬ね。昔は信頼していたけど、やっぱりこいつも私を助けてくれはしなかった。所詮は獣。国に尻尾を振るしか能がないって事か。私は彼の顔を見ないように再び中庭を眺めた。

「どうしたんですか、カイゼル」
「陛下、伝令があり――」
「手短にお願いします」

 私は彼の顔を見たくないし、声も聴きたくないので、伝令なんて要点だけ聞ければいい。

「では、マギリエル卿より、伝令を。人型合成魔物キマイラがついに完成したとのこと。至急、ゴーテル卿と共に来られたし。だそうです」
「……わかったわ」

 私は彼の顔を見ずにその場を離れた。……が、バルコニーを出る前に立ち止まり、振り返らずに彼に問う。

「カイゼル。将軍であるあなたがなぜ伝令などを? 部下にやらせればいいじゃないですか」
「……いえ、私自身が志願しました故」
「将軍って暇なんですね。初めて知りました」
「……」

 カイゼルは何も反論してこない。こういうところもつまらない。文句があるなら言い返してくればいいのに。……アルテアやフィリドラ、バーバラだったら。こんな子供みたいな事をしている私に対して叱りつけてきたけれど。こいつは私に物申したことは一度もなかった。今まで、私が拾ってきたあの日から、ただの一度も。……本当に、顔も見たくない。声も聴きたくない。

 私は再び歩き出した。

Re: 叛逆の燈火 ( No.47 )
日時: 2022/09/17 15:39
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 マギリエルの地下研究所へ向かっていると、途中でバーバラと会う。彼女もちょうどマギリエルに呼ばれていたらしい。良かった。1対1で対面するだなんて、気まずくてしょうがないから。……別に嫌いと言うわけでもなくて、彼女が私に対する目がどうも苦手で。いつもは毅然とした態度で彼女に接しているけど、苦手なものは好きになれない。

「陛下がマギーを好きになれない理由は、まあなんとなくわかるんだけれどね。あの子は意外と竹を割ったような性格で、好き嫌いもはっきりしていますし、何より嫉妬深いですから」

 と、バーバラはフォローしている。
 嫉妬深い――まさか、私とバーバラが仲良くしていることに嫉妬している……? な、わけないか。そんな子供みたいな理由で。

「下らない私情で仕事に支障を出されてもらっても困ります」

 私はそう切り捨てた。バーバラも苦笑いしつつ、「そうですね」と頷いていた。
 人間というのは扱いに困るわ。私は、今までに会ってきた人間の顔や声、発した言葉を一つ一つ思い出す。感情を剥き出しにして、私を恨み、憎しみ、殺意を向け、媚びへつらう。綺麗な事を言っていた人間もいたけど、数秒で命乞いをしてきた。そんな醜い感情ものを持つ人間達。……感情なんてものを持ち合わせているから、苦しんだり、怒り狂ったり、涙を流して良心を押し殺さないといけない。人間かれらが「神の創りし人形」ならば。人形は人形らしく、何も考えずそこに立っていればいいのに。人形にんげんを操るのは、上に立つ皇帝にんぎょうしでいい。
 ま、そんな都合よくいかないのも、世界の理よね。面倒だわ。

 私が考え事をしていると、バーバラが私の顔を覗き込む。

「陛下……やはり私だけで向かいましょうか?」
「いえ、マギリエルは私も呼んだのです。行くのが道理ですよ」
「申し訳ありません、出過ぎた真似を」
「いいえ、謝罪は不要です」

 そういった会話をしつつ、地下研究所へと向かう。最近は週に1回程度は足を運ぶようになってきたので、もうこのカビ臭いにおいと、湿った空気には慣れてきていた。最初はなぜこんな場所に、大事な機材を持ち運び、こんな場所を作業場にするのか。など、考えていたのだが。なんでも、扱う菌類や術式は暗い場所で作業をした方がいいと、バーバラが教えてくれた。だから好きにさせる事にしたわけだ。
 だけど、地下へ行くのに毎回毎回階段を使うのは億劫ね。フォートレス王国の蒸気機関の技術を持ち帰ったのだから、そろそろあの王城についてる「昇降機」みたいなものを作ればいいと思うのだけど。……という旨をバーバラに伝えると、彼女ははっとしたように目を見開いて。

「そうですわね! 折角の高度な技術なのに、作らないのはもったいないですわ。次の会議の議題にいたしましょう! 気づかなくってすみません、確かに長い階段を上り下りするのは大変ですわね……」

 慌てた様子でそんな事を言っている彼女を見ていると、私は思わず吹き出した。……こうして笑うのはいつぶりくらいかしら。ずっと、感情を押し殺してきたもんだから、自分自身も人形になりつつあったんだと思う。……別にいいか。

 地下研究所へとたどりついた。相変わらず薄暗くて陰気なところ。私とバーバラが近づくと、マギリエルは振り返ってパアっと明るい顔を見せた――のは一瞬で、私の顔を見るなり眉をひそめるんだけど。……これは今後、なるべく会わない方がお互いの為になりそうな気がする。

「で、人型の合成魔物キマイラが完成したって聞いたけど?」
「おお、そうだ。陛下、それに卿も。とりあえずこちらへ」

 彼女は私とバーバラを奥へと招き入れる。いつ来ても箱の中の化け物を見るのは吐き気がするわね。慣れない。毎日見ているマギリエルは、きっと何も感じないようだけど。
 奥の部屋へ招き入れられ、足を踏み入れる。他の部屋とは違い、かなり大掛かりな装置がいくつもあった。太い管が、中央の箱に何本も繋がれていて、箱の中身には、緑色の液体の中で、細い管に繋がれたヒト……のようなものが眠っている。継ぎ接ぎの顔や身体。腕は太く禍々しい。足は人間の物のようだけど。
 人ならざるものがその箱の中で眠り、時折口元の管から泡が噴き出ている。これが、件のモノかしら?

「マギリエル。これが?」
「はい。数年はかかりましたが、二つの子供の魂と身体をベースに。顔は二つの子供のものを欠陥を補いつつ繋ぎ合わせました。少年の方は目を陛下が潰してしまったので、あの血剣士ブラッドが持ち帰ったという青い瞳を組み込みました。そして、身体ではありますが、あの水棲魔物ハイドルサリカの希少種であるスカーレット・ハイドルサリカの両腕を移植し、さらに海蛇竜魔物リヴァイアサンの遺伝子を組み込んでみたり、戯れに吸血魔物ステワルトゥの――」
「手短にお願いします」

 バーバラが耐えかねて彼女の長くなりそうであろう説明を遮った。私もその方がいい。
 マギリエルはというと、「こっからが本番だというのに」などとぼやきながら口をとがらせるものの、咳払いをした後、改めて中央のそれを示した。

「とりあえず、陛下が気に入ればよいのですが。何せ、二つの無垢な魂ですから、人格は混ざり合っております。故に、常に不安定でありまして。陛下に対して無礼な態度で取ってしまう可能性があります。そこは、私の管轄外ですので、ご容赦願いますね」
「そう、直接話がしてみたい。起動させてください」

 私は彼女の話を聞いた上で、目の前のそれと直接話す事にした。
 言う事を聞けなければ、聞かせればいい。今までもそうしてきたんだから。

 箱の液体がごぼごぼと音を立てながら徐々に減っていき、完全になくなってから箱が管ごと天井へと昇って行った。眠っていた目の前の合成魔物キマイラがゆっくりと瞼を開ける。
 髪も継ぎ接ぎで、半分は桃色の髪、半分は灰色の髪で、身体も顔も、半分の肌の色が違うし、目の色も右は澄んだ青色、左は赤色と……何もかもが継ぎ接ぎだらけの怪物だ。合成魔物キマイラという名前がぴったり合うし、しっくりくる容姿ね。
 それが口を開く。

「あ、う……っと。にー、ちゃ?」

 私の顔を見たそれが発した言葉は、よくわからなかった。

「私はソフィア。わかる?」

 気にせず、私はそれに向かって聞いてみるも、首を傾げていた。

「兄さん、ではないのですか? にーちゃはどこなの?」
「兄さん……とは一体誰の事ですか?」

 私は、まずはそれの話を聞いてみる事にした。そうしなければ、会話ができないと思ったからだ。

「"あれん・みーてぃあ"」
「……っ」

 驚いた。奴の名前がここで出るなんて。
 ……そういや、この子達の髪色に肌の色、それに顔。7年前にも見た、あの二人の孤児にもそっくりだけれど。ああ、それに瞳の色も、あの憎い男――アレン・ミーティアと同じ色の瞳ね。
 私はそう考えながら、内心怒りで自分の腹が燃え上がって熱くなるのを感じた。
 ……だけど、同時に一つ考えが浮かんだ。奴にはぴったりであり、二度と立ち上がらなくなるまで叩きのめすチャンスでもある。あいつが絶望して泣き喚く姿が目に浮かぶようだ。無抵抗の奴を声を上げなくなるまで切り刻んでやる。私は口元を三日月のように歪ませながら、それに問うた。

「あなた達、お兄さんに会いたいの?」
「うん。僕、にーちゃに会いたい」
「いいわ。お願いを聞いてあげる。次に彼に会えば、きっとお兄さんは永遠にあなたの物にできるわ」

 私の言葉にピンとこなかったそれが首を傾げた。

「むずかしいこと、エレゥにはわかんないよ。どういうこと?」
「そうね……だけど簡単な事よ。あなたはずっとずっと。ずーっと。お兄さんと一緒にいられる。ずーっとね」

 「ずっと兄といられる」という言葉を聞いて、それが途端に目を輝かせて笑みを浮かべた。

「ほんと!? 僕、ずっとにーちゃといっしょ!?」
「ええ。だから、私の言う事は絶対聞けば何もかもうまくいくわ」
「わかった。おねーちゃのいうこと、エレゥきく!」

 無邪気な笑みだ。だから子供って言うのは扱いやすい。単純で、他人の悪意を知る由もない。でも、ちゃんと、あなた達のお願いを叶えてあげるわ。

「マギリエル。この子達の名前は?」
「は。被検体コード「ビスク=μ-00B3」といいます。まあ、「ビスク」と呼んでも反応はありませんでしたので、それ自身の名前を呼べばいいと思われますよ」
「そう」

 私は彼女の言葉にうなずくと、二人に向き直った。


「あなた達、お名前は?」
「エレノア・シャムロック、ルゥ・ハンナ」