ダーク・ファンタジー小説
- Re: 叛逆の燈火 ( No.48 )
- 日時: 2022/09/24 19:10
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
フォートレス王国の国内にある領地。「イルミナル領」。
ここはフォートレス王国の北西端にあり、王都からかなりの距離がある。……つっても、元クルーガー領からは山を一つ越えて、森を抜けりゃあ、行けるんだけどな。道中、氷の洞窟を抜けたり、雪山、雪森を通ったり。フォートレス王国は大陸の北にあるから、年中雪降ってるし、気温も低い。なんて聞いたけど、本当に寒くて凍え死んじまうかと思った。途中、「細氷現象」? なんてものも見れたから、別にいいんだけどな。
で、イルミナル領に来たわけで。団長はここの領主とは知り合いらしく、副長だけ連れて行けば大丈夫。なんて言ってた。だけど――
「酒場ルミエールって場所で「ジェニー」と「ディルク」を待たせているから、スカイ、それにアレンとヘクト。合流して拾ってこい」
「え、なんで俺も?」
団長の指示なんだから聞かなきゃなんねえけど、正直あの二人苦手なんだよなぁ。いつまで経っても子ども扱いするしよ。別に俺が行くことないじゃん。嫌だなあ。
「アレン君は嫌なんスか? でもでも、団長の指示ッスよ。目上の人の言う事は聞かなきゃッスよ~」
「そうですよ。モーゼスさんもレベッカさんも他の皆さんも、今は買い出しや宿の手配に行ってますし。手が空いてるのは僕らだけなんですから」
「そうは言ってもよ~……」
俺は半目でジェニー姉ちゃんとディルク兄ちゃんの事を思い出す。
つっても二人とも俺の頭をわしゃわしゃ掻き混ぜるし、二人ともバッタリ会うと、師匠曰く「痴話喧嘩」? みたいなのしてるしよ。あと、子ども扱いしてきてムカつくし。というか、そもそもジェニー姉ちゃんとディルク兄ちゃんとはそんなに話したこともねえし。会って何話せばいいんだよ。……別に、仲良くしたいとか思ってないし、なんとなーく避けてる感じするし。で、でも。団長とか傭兵団の皆とか、何よりエルとは一瞬で打ち解けたし。なんとか仲良くなってみたりしてみたり……あー、モヤモヤしやがる! 畜生、もう会って連れてきたらいいんだろ!
「くっ、わかったよ。団長を困らせたくねえし、行くよ」
「お、やけに素直だな。いつもそんなんだったら、レベッカも俺も苦労せずに済むんだが」
「全くですね」
「ッス」
団長に同調するヘクトとスカイ兄ちゃん。トドメにエルも俺を指し示す。
「アレン。お前は普段から素直になれば面倒が無くて済む。間違いなくアルテアもモーゼスもレベッカも皆、同じことを思っているぞ」
「……だーっ! うるせえなお前は!」
「お前の方がうるさいぞ」
「……ばーか」
「莫迦という言葉は単純なお前の方がお似合いだぞアレン」
ああ、ダメだ。エルにはいつまで経っても口喧嘩で勝てる気がしねえ。俺は頭を抱えながらそう思った。
「スカイ。さっさと行くぞ。ヘクトもいいな? どうした、アレン。早く来い」
と、エルはさっさとまとめあげて、俺達に早く酒場へ向かうよう促した。
―――
俺達3人は酒場へとやってきた。木製の扉を開けると、そこには昼だと言うのに人がたくさんいた。落ち着いた感じの床や壁や天井。フォートレス王国だけあって、「照明」が天井から垂れ下がっている。
アレってたしか、「アルバス・イデア」って学者が「電術式」を発明してそれの応用で世界初の「部屋を照らす照明器具」を開発して普及させた。とかって聞いたな。電術式での照明って言うのは、今じゃ当たり前だけど、数十年前まではほとんど蝋燭とか火を使ってたって言うから、技術の進歩ってのは、本当にすげえなぁって思う。フォートレス王国の技術である「蒸気機関」。それのおかげで、ここ数十年で劇的に大陸の技術力、文明が発展した……全部シスターから聞いたんだけど。
落ち着いた雰囲気の酒場内は、その雰囲気に反して傭兵や騎士が飲んで笑って喧嘩して。と、かなり騒がしい場所だ。俺の後ろを歩くヘクトは、こういう場所が苦手なようで、顔をしかめている。なんつーか、ガラの悪いオッサンオバサンが昼間から集まってて暇そうだなぁなんて、結構失礼な事も考えている。多分、ヘクトも思っているのか、ちょっと苛立った表情をしていた。その後ろを歩くエルは、普段入らない場所だからか、周りをキョロキョロと見回していた。
スカイ兄ちゃんがにっこり笑いながら、俺達の方に振り向くと、
「いたッスよ、ジェーちゃんとディル君」
と言った。
カウンターの前で、談笑している男女二人が目に入る。俺が声をかけようと手を挙げようとすると――
ドンッと衝撃が走る。俺の横から何かがのしかかってきた。いや、ぶつかったのか? よくわかんねえけど、なんか巨体が俺の身体を押しのける。
「いてっ」
「おい!」
俺は倒れ込んで、上を見上げる。俺はそれをようやく認識する。巨漢だ。団長くらいの巨人かと思うくらい、デカい大男。傭兵なのか、傷だらけのハゲ頭。それに髭面。剃れよ。団長とモーゼス兄ちゃんなんか毎日毎日気にして髭を剃ってるっていうのに。しかも酒くせえ。副長ほどじゃないけど。
――なんて暢気な事を考えていると、目の前の巨漢が俺の胸ぐらをつかんで引っ張り上げた。身長差があるから、俺は宙づり状態。足がぶらーんってなってら。しかも、オッサンの顔が目の前にあるもんだから、奴の息が俺の鼻に付きまとって刺激する。息くせえなぁ。顔も真っ赤だし。まるで前に見た魔物……ああ、思い出した。「レッド・オーガ」。あれはすげえデカかったぜ。なんせ、森の倍くらいの身長なもんだから、森の中からでもその姿が見えたんだぜ。ありゃあ、きっと森の主だな。
……って冷静に分析してる場合じゃねえだろ。俺、なんでこのオッサンに胸ぐら掴まれて、なんで睨まれてんだよ!?
「な、なんだよ……」
「なんだよじゃねえだろ、ぶつかってきて謝罪もねえのか?」
「え?」
ぶつかってきて? ぶつかってきたのはそっちじゃね?
「いや、俺別に何もしてないでしょうが」
「うるせえ、俺の身体にテメエの身体が当たってきたんだから、テメエが悪いに決まってるだろこのガキが!」
「意味わからん、わかるように言えよ!」
このオッサン……酔ってやがる。顔も真っ赤で判断力も鈍ってるし、言ってることも支離滅裂。……面倒だなぁ。俺、こういうのの相手って初めてだから、どうしたらいいかわかんねえ。師匠だったらこういう時どうするんだろう。
「テメエみてえなガキは、痛い目見ねえとわかんねえよなぁ……」
ああ、そうか。オッサンは悪酔いするタイプか。まあ、スカイ兄ちゃんとヘクト、それにエルに言いがかりつけられなくて良かったかな。
――その瞬間に俺の頬に衝撃が走る。その後すぐに激痛に変わった。……ああ、でも、このくらいの痛みなら耐えられるか。腕が斬られたり、目を潰される痛みに比べたら、屁でもねえや。俺は吹き飛ばされて、食事中のお客さんのテーブルに突っ込む。ああ、服がベタついてしょうがねえ。
……そういや、さっきから俺、嫌に冷静だな。というか、最近は帝国の連中に憎悪を抱いても、それ以外にはほとんど何かの感情っつーか。何も感じなくなったっていうか。こんな風にされても、「別にあの魔王が関わってるわけじゃねえし」とか考えて流しちまうような気がしてる。
なんて考えてると、されるがままの俺を見てオッサンは調子に乗ったのか、俺に馬乗りになって一方的に拳を振り上げた。
――その光景が突然自分の姿に重なる。なんでだろう。オッサンが突然、自分の姿に見えた。幻覚か? ……わからねえ。なんなんだこれは。
だけど、その光景は何か、覚えがある。
魔王ソフィアの頭を掴んで、何度も何度も奴の頭を床や壁に叩きつけて、笑いながら目を見開き、奴を弄んでいた時の俺の姿。右目は真っ赤に染まり、顔右半分が黒く染まり、雷のような赤い模様が浮かんで、まるでその姿は悪魔のよう。そんな俺が高笑いしながら、奴を殺してしまおうと、蹂躙していた。
突然のその光景に、俺は恐怖を感じた。楽しかったわけねえ。楽しいはずがねえよ、こんなの! でも……俺は、あの時の俺じゃない俺は。目の前の「俺」は、楽しそうに声を上げて笑っていた。俺じゃないのに、俺の声で、俺の顔で、俺の姿で……それは蹂躙されるソフィアが傷ついて、血を吹き出して、玩具のように振り回されるのを、心から楽しんでいる。
それに、あの時――森の中で帝国の連中を毒で、身体が溶けてなくなるまで見下ろし、それを見て笑っていた光景。苛立ちで王女様を責めて、その後一瞬だけでも毒で殺してしまおうかという考えがよぎった事。自分がそんな考えを持っていたなんて……怖い。俺は、俺自身が怖くて仕方なくなった。
「俺、そんな悍ましい姿でそんな事していたのか? 俺……あの時自分じゃない自分に委ねて、憎悪だけで奴を殺そうとしていたのは、間違いだったのか!? 俺は、そんな恐ろしい事を考えて、誰かを傷つけようとしてたのかよ!? 誰か教えてくれよ! 俺は、復讐がしたいんじゃねえんっだよ、ただ。……ただ、奪われたものを取り戻したいだけなんだよッ!!」
俺はそう、虚空に向かって声を上げた。腹の底から、ずっと思ってきた心の声を。きっと、目の前の幻覚も、オッサンも聞こえてねえかもしれねえけど。口に出さずにはいられなかった。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.49 )
- 日時: 2022/09/20 20:08
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
だが、その後すぐに俺への攻撃が止んだ。
俺へ馬乗りになっていたそれも離れる。身体が軽くなったんだ。俺は身体を起こして見上げると、心配そうに顔を覗き込むスカイ兄ちゃんとヘクト。何か声をかけて来てくれてたけど、俺はもっと気になる方へ意識が向いてた。奥には黒い変な帽子を被った黒髪の姉ちゃんが、さっきのオッサンに武器を向けている。
「オジサン。子供をいじめちゃダメじゃない。いい年した大人がやる事じゃあないわ」
「そうそう。大人気ないぜ。八つ当たりなんてさ」
オッサンは武器――拳銃を向けられて、両腕を挙げて脂汗をかいている。酔いも覚めている様子だった。その様子を見た後、兄ちゃんの方がこちらをちらりと見て、すぐに俺を指し示しながら、苛立った様子で低い声を出した。
「この時世じゃ仕方ねえとはいえ、反撃してこない子に対してこの仕打ち。何か言う事あるんじゃないか? なあ?」
「あ……は、はは……」
オッサンは向けられた銃口と、兄ちゃんの様子に怯えたのか、声を張り上げて「すみませんでしたッ!」と一言。その後は脱兎の如く酒場を逃げ出した。周囲はオッサンが逃げ出したのを確認すると、何事もなかったように騒がしくなった。
俺はその様子を呆然と眺めていると、姉ちゃんが銃をくるりと回して、腰元のホルスターにしまう。
「アレン、久しぶりね」
姉ちゃんが振り向いて笑顔で俺に手を差し伸べる。俺は頭が整理しきれなくて、この二人の名前をど忘れしてしまった。えーっと、黒髪の姉ちゃん。顔は覚えてるんだけどなあ。全身はなんか変な帽子と黒髪と、ああ、なんか下着見せつけてるタイヘンな変態姉ちゃん。名前なんだっけ……顔は覚えてるんだけど。
「あー、うん。久しぶり。モロパンの姉ちゃ――」
俺はそこで右頬に衝撃を受けて意識が途切れたようだ。そこからの記憶が全くない。
―――
目を覚ますと、やっぱりどこかの部屋の天井だった。
何度目だ、これ……と思いながら、思考を巡らせる。身体を起こすと、ベッドの脇にエルがいた。
「これで三度目か」
「俺、どうなったんだ?」
俺は即座に状況を整理する為に、エルに尋ねる。なるべく、冷静に。
「ジェニファーがお前を殴った。で、その後スカイとヘクトがお前を運んで宿屋に帰ってきた」
「あ、そうなんだ。そうか……」
俺、結構気を失ってばっかりだな。なんでだ。日頃の行いは悪くはないはずなんだけど。
「ところでお前、あの大男に対して無抵抗だったな。どうしたのだ?」
間髪入れずに俺にそう尋ねてくるエル。ああ、俺もそれが気になっていた。変な感覚にも襲われていたし。なんか……急にいろんな思考が巡りに巡って、どす黒い感情が俺に纏わりついて暴れていた。そんな記憶が蘇って、俺自身がとてつもなく怖く感じて動けなくなった。
という話と、今の俺の気持ちを包み隠さずエルに話した。
エルは俺の話を聞いて笑いも怒りもしなかったけど、俺の目をじーっと見つめてきやがる。
「な、なんだよ」
「……我はお前に何度も言っているはずだ。憎悪に呑まれてはいけないと」
「……ああ」
エルは俺の右腕を指し示す。
「お前は、7年前のクルーガー領で、暴走した時の事を覚えているか?」
「……正直、ほとんど覚えてない」
「それは初耳だ。それは、ずっと前からか?」
「いや。バロンが死んだあの時から、かな。あの時の記憶もほとんどないし、誰にも言った事ないんだけど、俺……突然変になるんだよ。俺自身が動いているのに、動いていないっていうか……ああ、よくわかんねえ。自分でも何言ってんだって感じだ。とにかくさ、こう、自分じゃない自分が代わりに身体を動かしているような、そんな感覚。それに、自分が傷を受けても、無気力でどうでもいいと思ってたら、突然イライラしたり怒りたくなったり、突然悲しくて涙があふれたり。なんつーか、自分なのに自分が制御できてねーっつうの?」
「それは、お前の憎悪がお前に成り代わっているんだよ」
「はあ?」
エルの言葉に俺は思わず声を上げる。
だけど否定はできなかった。その感覚は7年前のあの日。そう、バロンが殺された時からあったんだ。だから俺は気を付けてはいた。クルーガー領でのアレ以降もそう。俺がもう一人の俺に呑まれないように気を張って、誰かを傷つけないようにしていた。
でも、無意識に俺の憎悪が俺に成り代わっていたんだ。記憶が曖昧なのはきっと、そう言う事なんだろうな。
「お前の話を聞く限り、曖昧だった記憶が蘇ったと。それは、右目の影響だろう。その右目はお前の心に呼応してお前にそれを見せていた」
「なんで?」
「それは我にわかるはずがない。それは今はお前のものだ。右目がいつ何時にそれを見せるのは、それ自身の意思か、お前を弱らせて浸食しようというのか。いずれにせよ、お前自身が憎悪を制御できぬ限りは、いい影響を与える事はしないだろう。ずっと隙を伺い、お前を喰らおうと常に狙っている」
じゃあ、俺はどうしたらいいんだろう
「じゃあ、さ。俺は黙って浸食されるしかねえのか?」
「何度も言っている。心を強く持て。負の感情の隙間から入り込む、お前の憎悪に心を決して許すな。認めず、拒め。それが、お前がお前であり続ける為の唯一の方法だ」
「……難しい事言いやがる」
「よくわかんねえ」……なんていつも思うけど、それだけで終わらせちゃいけないよな。とはいっても、俺もまだ16歳。団長よりずっと年下だし、ましてや成人にもなれてない。だけど、「わからない」で終わらせちゃいけない。すぐに諦めるのは子供だからだ。大人にならなきゃ。
「難しい事を言いやがるけど、お前がそう言うなら、間違いないんだろうな。わかった、ありがとう。教えてくれて」
俺がエルに向かってそう言ってにっと笑うと、エルは俺の顔をまじまじと見つめてきた。
「なっ……なんだよ」
「お前が礼を……この後、光の槍でも降ってくるのか?」
……真顔で失礼な事言うんじゃねえよ!
- Re: 叛逆の燈火 ( No.50 )
- 日時: 2022/09/21 09:57
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: xlcSC1ua)
俺はベッドから起き上がって、脇に置いてあったブーツを履く。ブーツに足を突っ込んで、紐を結びながら、俺は記憶が鮮明に思い出してきたので、エルに尋ねた。
「あ、そういや……俺、ジェニー姉ちゃんとディルク兄ちゃんを迎えに行ってたんだっけ。俺が倒れた後、どうしたんだ?」
「ああ、今それを話している。二人にも協力するようにと、モーゼスとレベッカが仰いでいる最中だ。協力するだけなら今まで通りでいいだろう。と、ジェニファーとディルクは言っている。我は、戦力を分散し、野放しにして自由にするよりは、共に行動すれば効率も良くなり、目を離した隙に屍になっていたという事態も回避できると思うのだがな」
「俺もそう思うけど」
なんで二人とも傭兵団から離れてるんだろ。でも、さ。あの二人、あんまり好きじゃないんだよな。茶化すばっかりだし、俺が真面目な話をしてるのに子ども扱いしてまともに聞いてくれない……ってところが苦手で嫌になったからだと思う。だから俺から話しかける事もなくなり、溝が生まれたんだ、きっと。
傭兵団の皆は比較的俺の意見も取り入れてくれる。もちろん、ヘクトの話もちゃんと聞くし、聞いた上でその考えを取り入れて、柔軟に話が進む。
だけど、傭兵団外の大人は、子供だからって切り捨てて、まともに取り合ってくれない。
傭兵団に協力してくれなかった大人がそうだ。皆、保身の為になかなか首を縦に振りたがらないし、帝国にひれ伏している。一人でも多く協力すれば、あの魔王を倒せるはずなのに。皆怖がって、事を荒立てないように腰を低くしている。大人のくせに。お前ら大人がそんなんだから、子供が調子に乗って暴れてるんだろ。そのせいで犠牲者が今も増えてる。自分さえ助かれば、良ければいいって本質は、魔王と何も変わんねえじゃねえか。
どうせ、ジェニー姉ちゃんもディルク兄ちゃんも似たような考えなんだろうな。
俺はそう考えながら腹を立てながら、「どうせ大人は子供のやる事だからって真面目に取り合ってくれねえんだよ」と足を入れたブーツを、大きな音が響くようににわざと踏み鳴らした。
「お前の気持ちもわかる」
俺の声とブーツの音が鳴り響いた後、部屋の扉をキィっと軋ませながら、誰かが入ってきた。
噂のディルク兄ちゃん。「ディルク・ヴェア・シュトゥンプ」。黄昏色のボサボサ髪の、顔が整った所謂「イケメン」って感じの兄ちゃん。俺より身長が高い、狼の獣人。カウボーイみたいな見た目だ。
俺は兄ちゃんの顔を見るなり、舌打ちした。
「……聞いてたのかよ」
「大体な。そんな風に思われてたのはちょいショックだけどな」
「俺、正直あんたが苦手だよ。子供扱いしてくるところが嫌いだ」
包み隠さず、俺の気持ちをぶつける。聞かれてたんなら、隠す必要もねえしな。
「俺はお前の事、気に入ってんだけどな。子供だけど、面と向かって大人や大きな敵に立ち向かおうとするところとかさ」
「そういうところだよ」
俺はそっぽを向いて兄ちゃんの顔を見ないようにする。
「そういう子供扱いしてくるところが嫌いつってんだろ」
「だけど、お前は子供だ。16歳の。戦いに参加する事自体、子供達には無縁の話なんだぜ」
「……じゃあさ」
俺は勢いよく振り向き、兄ちゃんを思いっきり、鋭く睨んだ。
「じゃあ俺が大人になるまで、魔王は待っててくれると思ってんのかよ! 大人になるまでに、この大陸全土の人間が死に絶えたら、「大人」のあんたは責任取れんのかよ!? 大人が子供がなんて次元の話じゃねえ。生き残る為には、取り戻す為には、なりふり構っていられねえんだよ!」
「それは、責任が取れない子供の考えだ」
俺の言葉を聞いた上で、兄ちゃんはピシャリと言い放つ。
……俺は苛立ちを隠せなかった。目の前の大人にムカついて仕方ない。
「そうやって苛立っている間は、ごねて我儘を貫こうとする「子供」だって事だ。冷静になれ」
「うるせえよ!」
俺の苛立ちは、憎悪のようなものへと変わり始める。
俺は右腕が疼き始め、左手で右腕を握る。……こんな奴と話はしたくない。なんなんだよ、他人の意見を聞かないで、最もらしい事言いやがって。苦手だと思ってたけど、こいつ……嫌いだ。
嫌い。嫌いだ。キライ、キライ……
右腕が脈を打っている気がする。声も強くなっていく気がする。ああ、答えは簡単だ。
「俺、あんたの事嫌いだ。顔も見たくねえよ」
……俺、一瞬でも兄ちゃんを殺そうなんて考えたのか?
畜生、気をしっかり持たないと。兄ちゃんは俺の為を思って叱ってくれてるはず……なんだ。
……でも、ムカつく。ズタズタにしてやらないと。まずは指をへし折って、悲鳴を奏でながら足も――
「アレン」
俺を呼ぶ声。エルだ。彼女のしわがれた声で、黒く染まっていた周囲が晴れた気がする。いつの間にか外に出ていたようだった。
「感情を制御できなければ、お前はやがて仲間をも殺してしまうぞ」
「……」
俺は反論できなかった。兄ちゃんと言い合いを始めてから、俺は記憶が曖昧だ。
エルの言う通り……俺はこのままじゃきっと、守りたいものを俺自身の手で傷つけてしまうかもしれない。――怖い。
「どうすりゃいいんだよ……俺。「自分」なのに、自分の事もままならねえよ……」
俯き、地面を見つめながら、俺はそうつぶやくように、言葉を口にした。自分の影が蠢いて笑っている。そんな錯覚さえも覚える。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.51 )
- 日時: 2022/09/21 21:36
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
俺はふと周りを見る。街の路地裏に来ていたようだ。しかも、周りは建物で、俺は陽の当たる場所にたまたま来ていたようだ。ああ、どうしようか。まあ、表通りに出れば宿屋くらい見つかるだろ。そう思って表通りへと歩き出す。
ああ、でも……肝心な事を忘れてた。俺、宿屋の場所を知らない。俺はたった1歩前に進むだけで止まって頭を抱える。
「ふぅ」
エルの呆れたと言いたげなため息が聞こえた。全く、情けねえ。こんなところで迷子とか冗談じゃねえや。俺はエルの方を見る。
「お前……宿屋の場所まで――」
「断る」
「なんで!」
エルが即答して、思わず俺も声を上げてしまった。エルは俺の答えに肩をすくめ、俺に顔を近づける。
「少し街を歩けば頭も冷えるだろう。今日のお前は不安定だからな。冷静になる為に、何も考えず存分に迷えばいい。夕食前になったら道案内でもしよう。それまでは我は何もしない事にする」
……納得はできねえ。できねえけど、エルの言う通りか。確かに、俺も今日は頭がぐるぐる回転してるようにしゃっきりしない。それに、このまま帰ってディルク兄ちゃんになんていえばいいかわかんねえしな……。そう考えると、しばらく歩き回るのも悪くねえかな。
俺は踵を返して路地裏の中へと入る。エルは俺の後ろにぴったりとついてきた。
周囲は陽の光を覆う程の建物が連なっていて、昼間だというのに薄暗い。それに当たり前だけど人もいない。表通りからの人の声、蒸気機関車の音、馬車の音。それらが耳に入る。
蒸気機関車か。俺はまだ乗った事ねえけど、フォートレス王国では一般的なんだってさ。それに乗ってこっちまで来ればよかったのにと思ったけど……。
実は俺達エクエス傭兵団は指名手配されてて、「国共機構」と呼ばれる、王国指定の共同交通機関には乗車することができない。7年前のあの日。俺が奴に重傷を負わせてから、帝国の魔女が俺達エクエス傭兵団の正式な手配書を発行。賞金もかけられて、表立った行動ができなくなってしまった。……普通に考えれば、皇帝を傷つけた賊扱いされてもしょうがないんだけどな。だけど、傭兵団に協力してくれる貴族や勢力のおかげで、なんとか表は歩けてる。それに、皇帝を良く思わない人間なんかたくさんいる。金目当ての汚い大人でもない限りは、俺達を見ても素知らぬフリ。我関せず。俺の顔を見て、手配書を見比べて、俺の顔を見て、無視して素通りする子供や大人とたくさん会ってきたし。
……ただ、俺は7年前のあの日から、フードを深く被って顔を隠す事が多くなった。原因は、皇帝にそっくりな顔。俺の顔を見て襲ってくる人間はかなりの数いる。その度に蹴散らして、お灸ならぬ、麻痺毒を据えてやる。しつこく襲ってくる奴もいて、本当に面倒くさい。だから、顔を隠したり、表に立たずに陰に隠れながら行動することが増えた。
「なぁんで俺って、皇族に……しかもあの女の双子の弟として生まれちまったんだぁ?」
俺は大きなため息をつきながらそうぼやく。ぼやきたくもなるぜ、だってあいつのせいで追いかけまわされたり、嫌な思いをしたり、俺の中の別の俺に侵食されそうになってるし。本当に疫病神だ。死んじまえば――って、また俺……何を考えてんだよ。
それを振り払うように首を振った。
「お前はまだ子供から抜け切れていない。だから認めろ、お前は子供で、守られる立場である事をな」
「俺だって自分が大人だなんてマセた事、思ってねえよ。……大人になりてえけど、大人になったところで「こいつ」は、俺の中から消えるのか?」
「消えない。お前がその右腕と右目を摘出しない限りは」
だろうな。俺はエルの方に顔を向ける。相変わらず無表情で俺を見てるな。
「だが、何事にも動じず、感情に振り回されぬように、冷静に物事を見れるようになれば。お前が憎悪を御せるようになれば。きっとそれらを完全に物にできよう。……多分」
「多分かよ」
「我の物ではもうないからな。管轄外だ」
無責任だけど、でも俺はこいつに命を救われてる。
冷静に、か。冷静に、冷静に。俺は頭の中で何度も連呼する。
しばらく歩き回っていると、目の前にカウガールの恰好をしたスタイルの良い姉ちゃんが立っているのが見えた。エルはその姿を見て、「ジェニファーか」と声を出した。
確かにあれは、ディルク兄ちゃんとは仲がいいんだか悪いんだかわかんねえけど、結局一緒にいたんだから仲はいいんだろうな。って感じの姉ちゃん。「ジェニファー・ドゥ・ルシャトリエライト」。長い上に噛みそうな名前で、とりあえず俺はジェニー姉ちゃんと呼んでる。
変な帽子と黒髪。それになんつーか、よくそんな恰好でいられるなって感じの服装。カウガールってあんなもんなのか? という表情をしていると、あっちから声をかけてきた。
「アレン、迎えに来たわよ。アイツに何言われたの? 俯きながら宿を出て行ったなんて皆言ってたけど」
金色の瞳が俺を憐れむように捉える。
「別に、姉ちゃんには関係ないだろ」
俺は視線を逸らした。
「あ、もしかして、私が殴っちゃったこと、怒ってる?」
「いや、それは確かに怒りてえけど、もういいにする」
「じゃあ今日はなんでそんな態度なのよ?」
「姉ちゃんに言わなきゃいけない事かよ」
「もう、本当にガキね。アイツと喧嘩したくらいで飛び出すなんて。もう16歳なんだから、ちょっとは大人になったら?」
「うるせえな。キーキー喚くなよ」
「うるさいって何よ。こっちはあんたを思って――」
若干苛立っているのか、語気が強く感じる。……相変わらず短気だな。会うたびに思う。それに、勝気で負けず嫌いで、ああいえばこういうっていう性格も正直苦手だなぁ。それに、こいつうぜえ。腹を裂いたら何が出てくるんだ? こういう気の強い女の心臓も、性格通りに強いんだろうな。踏みつぶして――
……また、俺は何を考えてるんだ!? 俺は振り払うように首を振って、慌てて姉ちゃんに向かって声を張り上げる。
「とにかく、姉ちゃんには関係ねえよ。ちょっと頭冷やす為に出てきただけだ。もうちょっとしたら戻るつもりだったんだよ!」
姉ちゃんは少し驚いた様子だったが、「あ、そう」と言うだけできょとんとした顔をしていた。
「ごめん、つい踏み込んじゃって。私の悪い癖だわ」
「こ、っちこそ。ごめん。じゃあ俺、もうちょっとぶらつくよ。後で戻るから、心配しないでくれ」
俺は姉ちゃんの顔も見たくないから、路地裏に向かって駆け出した。姉ちゃんの呼ぶ声が背中から聞こえるが、俺は内心恐怖でいっぱいだった。
震える右腕を握りながら、俺はぎゅっと唇を噛む。
「くそっ、喧嘩になったらこれだ。くそ……!」
たかだかちょっと喧嘩するだけでも、どす黒い何かが俺を侵食してくる。俺はそれが怖くてたまらない。仲間を殺したくなんかねえよ。あの二人だって、苦手なだけで嫌いじゃねえ。俺自身が殺したいなんて一瞬でも思った事もねえ!
「嫌だ……あっちいけよ! 俺から出て行けよ!」
俺はそう叫びながら、黒く渦巻くそれから逃れようと、必死に走り続けた。躓こうとも、転ぼうとも、決して止まらず。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.52 )
- 日時: 2022/09/23 18:00
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
日が暮れてきたのか、薄暗い路地裏の闇が深くなってくる。俺は昔、暗い場所が苦手で、よくエレノアとルゥと一緒にシスターの部屋で寝かせてもらっていた。だけど、今はこの深い闇がむしろ心地いいくらいに、安心する。不思議だよな。闇の中にいると、俺の存在が溶けて誰にも認識されない。そういうのがいいのかもしれない。俺は路地裏をあてもなく彷徨い続けた。
俺の後をついてきていたエルが、「もうそろそろ夕食時だ」と声をかけてくる。
「……いい。戻りたくない」
「そうか。お前がそう思うならそれでいいのだろう」
「戻れ、とか言わねえのかよ」
「戻れと言って素直に聞いてくれるのなら、我もそう言っただろう」
「お前ってホント、他人の気持ちに寄り添いもしないんだな」
「我はヒトではない。他人の気持ちなど、わかるはずもないし、そんな意味のない事はしない」
「……」
意味がない、か。……こいつは人間じゃないから、気の利いた一言も言えない。
「ただ――」
エルが続ける。俺は思わず振り向いてエルの方を見た。
「ただ、お前を思う者は多くいる。傭兵団の皆がそうだ。その者達の為に、お前は戻るべきではないか?」
珍しいな。こいつがこんな事言うなんて。……本当に、驚いた。
「お前――」
「ああ、いたいた」
そんな俺とエルに近づく人影が一人。誰かと思ってそっちの方を見てみると、師匠だった。波打つ黒髪を揺らしながら俺達に向かって手を振っていた。
「もう、アレン。ジェニーとディルクが心配してたわよ。もう夕食時だし、帰りましょう。あそこの宿屋さんのディナーはね、超美味しいのよ。特製ポタージュ。この辺は夜、冷えるし」
屈託のない笑顔。師匠は俺の手を取る。俺は咄嗟に師匠の手を振り払った。
「い、いや。ちょっと待って」
「どうしたの、アレン。ポタージュは嫌いだっけ?」
「そうじゃなくって……」
煮え切らない俺の様子に、何かを察したようで、師匠は「場所移そうか」と一言だけ言うと、俺の手を引いた。振り払おうにも、師匠の力強く握りしめる手を払う事は出来なかった。路地裏から出て、少し歩いた場所に、中央にこんこんと水を吹き出している噴水のある広場。そこの長椅子に俺とエルが座らされると、師匠は「ちょっと待ってね」と一言。
しばらくして、3人分の串焼きを手に持ってくる師匠。顔はニコニコ笑っていた。
「夕食前だけど、皆には内緒ね。あ、私のポケットマネーだから大丈夫よ、心配しないでね」
「え、あ……うん」
師匠は俺の隣に座る。エルは串焼きを受け取ると、師匠に「串は食べないでね」と言われた後に、串焼きを口に入れた。そして師匠は俺の顔を覗き込む。
……思い出すな。俺がルゥと喧嘩した時も、シスターが少し離れた平原まで来て、俺の隣に座って。俺の話を聞いてくれた。その時、シスターは黙って俺の言い分を聞いてくれて、聞いた上でどうすればいいかを教えてくれた。
その時の事を思い出すと、つい師匠とシスターを重ねて、俺は口を開く。
「師匠、俺さ……」
俺は、今考えている全てを師匠に吐露した。7年前、バロンが死んでから記憶が曖昧になっている事、別の自分が悪さをしている感覚に陥る事、ちょっとでも怒ったり泣いたり、とにかくイライラするだけで俺じゃない俺が顔を出してきて。それが正直怖い。と考えている事。
師匠は黙ってそれを最後まで聞いてくれて、うんうんと頷いていた。
「喧嘩の原因は、それ?」
「……いや、一方的に俺が拒否してた。俺、誰かを傷つけたいなんて思いたくもないし、考えたくもない」
「以前、皇帝を生かしておけないって言ったじゃない。あれは――」
確かに言った。あの魔王は生きてちゃダメだ。皆が不幸になる。確かにそう思ってる。
だけど……
「あれも……俺の意思なのかな。今思うと、わからねえ。憎いのはもちろんそうなんだけど、でも……俺さ。自分が死にかけて、あんな痛くて苦しい思いを誰かにさせるのが怖いんだ。それは、俺自身そう思ってる。たくさんの人を傷つけて、その血をたくさん浴びて、もう戻れない場所にいるのも理解してるつもりだけどさ。でも、それでも。自分がひどい事をしていたって、誰かを傷つけて平気になれねえ。理由にもならないしよ。死体を踏みつけて嘲笑うなんて、そんな事、恐ろしくて出来ねえ……」
平静を装ったって、本心はごまかせない。他人を傷つけるなんて……相手は同じ人間なんだ。平気でいられるはずない。
「それじゃあ、アレンは……逃げたい? 戦う事から」
「それはできねえよ。ここで逃げられるはずもない。逃げるったって、もう俺に逃げられる場所なんかねえし」
「それはそうね」
師匠は表情に曇りを見せつつも微笑む。
「それは皆一緒よ。私も弟を守る為に戦ってるし、団長も副長も、魔王を止める為に今必死に同盟を集めているし、モーゼスもね。妹の仇を取る為に戦っている。ヘクトもスカイも。あの二人はもう戻る場所がないから、居場所を勝ち取る為に戦っている――皆今いる場所を守る為に戦っているのよ。誰かを傷つける為じゃない。それはアレンも一緒じゃない?」
「……俺は、どうかな。俺は、取り戻す為に戦ってる。取り戻した後の事は考えてねえけど……」
俺がそう言いながら、串焼きをくるりと回す。もう既に冷めきっているのが、今の俺みたいで、なんか嫌だなぁと考えていると。師匠は俺の肩を叩いた。バシッという小気味のいい音が響く。
「いって!」
「じゃあ今は取り戻す事だけを考えなさい。その後の事は、そこにたどり着いた時にまた考えればいいのよ。誰だって、目の前の事を解決させた後の事なんか考えちゃいない。先の先がどうなるかなんて、女神エターナルですら知りえないんだから!」
師匠はニカッと笑い、俺の串焼きを奪うとそれを口に放り込んで全部食べてしまった。
「あーっ! 何すんだよ師匠、俺の串焼き!」
「私のお金なんで問題ありませーん。さ、帰りましょうか、エル♪」
「話は終わったか」
師匠とエルは何事もなかったかのように帰ろうとするので、俺は納得がいかないこのモヤモヤをどこにぶつければいいのかわからないまま、項垂れ、二人の後を追った。
夕陽が俺達を照らす。人通りもだんだん少なくなっていく。
「でも、俺が大切な仲間を傷つける前に、何とかしねえと……きっと、「俺」が呑まれて消えてしまう。そうならない為に、なんとかしねえと」
俺は右腕を強く握りしめる。その時、嘲笑うように、右腕が疼いたような気がした。……気のせいか。それとも、俺の意思に反応したのか。わかんねえけど……でもよ。俺は俺なんかに身体を好きにさせてたまるか……!
- Re: 叛逆の燈火 ( No.53 )
- 日時: 2022/09/24 15:37
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
俺達は宿屋へと戻ると、宿屋の前で俺は立ち止った。心の準備ができてない。
「……師匠、やっぱ俺外で寝るから」
「もう、大丈夫よ。あの二人は些細な事で怒るような人じゃないって、知ってるでしょ? あなたもいつも通りにしていれば、誰も何も言わないって」
「そ、そうなんだけど……」
やっぱり足が止まって動かない。別に怒ってるとか思ってるわけじゃねえけど……さ。でも、やっぱり苦手なんだよ。苦手な人を好きになれとか、結構難しい事なんだぜ。
喧嘩した後って本当に気まずい。仲直りとか絶対に無理だぜ。
「まあ、苦手な人を好きになるのは、私もできないけどね。できない事をやれとは言わないし、言うつもりもないけれど。でも、これから円滑な関係になる為には、自分から折れるのもいいんじゃないかなって思うわ」
師匠が俺の頭をぽんぽんと軽く叩きながら、微笑む。
昔、俺が意地を張って修道院に戻れずにうじうじしていると、シスターもこうやって頭を叩いて、微笑んでいた。シスターもその時に……
――仲直りしなくてもいいけれど、元の関係に戻る為には、自分から折れるのもいいんじゃないかな。
と、そんな事を言ってたと思う。俺はその時にはこう返事をした。
「……わかった。とりあえず、やれることはやってみる」
師匠は俺の言葉を聞いて満足げに頷いた。
「おっけ。ま、砕けたらその時は私がフォローするわ」
俺はその言葉を聞いて宿屋の前の扉を開く。中に入ると、ジェニー姉ちゃん、それにディルク兄ちゃん。あと、モーゼス兄ちゃんもいた。二人の顔を見ると、俺は顔をしかめたかもしれない。ちょっと気まずそうな空気が流れる中、モーゼス兄ちゃんが間に割って入って、俺に声をかけてくれた。
「あら、おかえりアレン君」
「た、ただいま」
俺がそれだけ言うと、俺はジェニー姉ちゃんとディルク兄ちゃんに頭を下げた。もう勢いだ、どうにでもなれ!
「ごめん、ディルク兄ちゃん、それにジェニー姉ちゃん。俺、イライラしてたからって、二人にあたり散らすような真似して。俺、どうかしてた。本当にごめん」
俺の行動に驚いたのか、戸惑うような声が聞こえる。きっと、怒るだろうな。怒られて殴られたりするかもしれない。だって、それだけの事をやらかしたんだからな。俺は、そう考えながら、気を張った。
だけど、帰ってくる反応は俺の予想していたものではなかった。
「……いや、俺も大分偉そうに説教しちまってごめんよ。お前が怒って当然だと思う」
「私も、気が立ってたからって、あんたを傷つけたわ」
俺が頭を上げると、二人とも、申し訳なさそうな顔で俺を見下ろしている。俺は予想外の反応に驚いて、何を言えばいいかわからず、その場で固まってしまった。
別に謝ってほしかったわけでも、そういう反応を求めていたわけでもなかったから。……どうしよう。気まずい。
しばしの時間が流れ、間にいたモーゼス兄ちゃんが顎を撫でた後、「よし」と声を出して――
「そうね。今日は喧嘩両成敗って事で」
と言って、俺達3人の頭に拳骨を食らわせた。ゴンッと小気味のいい音が鳴り響き、衝撃と激痛に俺達はその場に崩れ落ちる。
「いってえ、何しやがる!」
ディルク兄ちゃんが当然の反応でモーゼス兄ちゃんを睨むが、兄ちゃんは涼しい顔で微笑んでいた。
「俺、喧嘩する人は基本的にどっちも悪いと思ってるからね。これでチャラって事で。いいでしょ?」
兄ちゃんの満面の笑みに、俺達は反論とか言う事できなかった。笑顔の威圧って奴かもしれねえ。
でもその後、ジェニー姉ちゃんが吹き出し、それに釣られて、俺もディルク兄ちゃんも心の底から大笑いした。笑い声が反響して、伝染して、いつの間にかモーゼス兄ちゃんも師匠も笑っていた。エルはまあ相変わらずの無表情だったけど。心なしか、口元が緩んでいたかもしれない。
「そうだ。ディルク兄ちゃん、ジェニー姉ちゃん。俺さ……あんたらの事は苦手だ。多分、これからもずっと」
俺の発言に二人とも顔色を全く変えない。面と向かって「苦手だ」なんて言ったら誰でも嫌がるはずなのに、二人とも顔を見合わせながら笑い続けていた。
「そりゃ残念だわ。私は嫌いじゃないけどね。ああ、でもすぐ突っかかってはっきりと意見するところは確かに苦手かも」
ジェニー姉ちゃんは俺の頭をポンポン叩きながらそう笑い飛ばしている。
「俺も、大人の言う事を聞かないマセガキ程度に思ってて苦手さ。あ、でも嫌いじゃない。そういう子供もいていい。ヒトの思考というのは自由なんだからさ」
ディルク兄ちゃんがそう言った後、「なんで俺達の事が苦手なんだ?」と俺に聞いてくる。俺はもちろん、今までの考えていたことを、拙いなりに二人にぶつける。なんだか今なら、自分の思いを包み隠さず言える気がした。「大人」だの「子供」だの、見た目や年齢だけで判断して、決めつけるのが嫌で仕方ないってところ。でも、それは子供の俺を思って言ってることはわかっている事。それはわかっているとは理解してる。でも、子供の意見も聞いてほしい。という事を、二人の顔……いや、目を見て。そうはっきりと伝えた。
ジェニー姉ちゃんは俯いて、「ごめん」と一言。ディルク兄ちゃんはと言うと、
「それは本当にすまないと思ってる。だが、お前達子供だって、俺達に守られる立場だってことは理解してほしい。……いや、こういう考えは今日からやめにしようか。大人子供は関係なく、お前を一人の男として扱う事にするよ。それで、今までのいざこざをなんとか、無かった事にはできなくとも、新しく一歩を踏み出せないか?」
と俺に頭を下げてくれた。……俺は「ごめん、ありがとう」と言おうとしたが、うまく言葉にできないので、俺も同じく頭を下げた。――が、思いっきりディルク兄ちゃんの頭にぶつけてしまい、ゴインという鈍い音と共に痛みで二人とも頭を抱えて悶えた。
その様子に、またもやみんなの笑い声が宿屋を包む。……痛いし恥ずかしい。
――でも、悪くない。
「ああ、そうだ。アレン」
ジェニー姉ちゃんがひとしきり笑った後、口を開いた。
「あんたんとこの団長と話し込んだけど、同行の件は残念だけどお断りするわ」
「ああ、残念だけど。俺もね」
ディルク兄ちゃんは頭を抱えつつも、俺を見て姉ちゃんに同意してた。
二人ともやっぱり傭兵団に同行してくれないのか。とそこは俺の予想通りの返しに、俺は首を振った。
「別にいいよ。二人ともぼっちそうだし」
「孤狼と言え」
「でもぼっちだろ?」
ディルク兄ちゃんの訂正に俺が突っ込むと、なんかしょぼくれたように顔を伏せる。でも、俺も似たようなもんだなそういや。
だけど以外にもジェニー姉ちゃんは腕を組んでうんうん頷いていた。
「まあ、それもあるけど」
あるのかよ。
「この男と顔を合わせるのが嫌ってのもあるわね」
「なんで?」
俺が尋ねると、ジェニー姉ちゃんが肩をすくめる。
「理由は……まあ、アレンが私とこいつが苦手な理由と同じかしらね」
「……じゃあいいか」
俺は納得して頷いた。
まあ、結果として言ってしまうと。
ジェニー姉ちゃんとディルク兄ちゃんはその日の内に俺たちと別れた。二人とも普段どこで何をしているかは知らねえけど、元気でやってくれていたらそれでいいと思う。
まあ、二人の関係は今まで通りでいいと団長も言ってたし、それでいいか。
で、その団長が夕食後に召集をかけ、宿の一室に団員全員が集まる。イルミナル領主「ラケル・イルミナル」は同盟を結んでくれると同意したが、条件があった。その条件が、俺とエルの話を聞いて、「一目会ってみたい」と言っていたらしい。つまりはそれが条件なんだと。
「なんで?」
俺は当然聞いた。
団長は腕を組んで顎を撫でている。難しい顔してるな。
「わからん。だが、お前達の話を聞いた瞬間に顔色を変えてな……」
「俺、有名なつもりないんだけど。一般人だぞ?」
「……お前の姉は、魔王その人だろ? 悪い意味でもいい意味でも有名人だろうが」
それはそうだ。だけど、俺の存在は闇に葬られたって話だろ。だったら、俺の事を知っている人間なんか――
「まあ、話だけでも聞きに行くぞ。明朝にな」
「……そいつ、何を知ってるんだ?」
俺がそう尋ねると、団長は首を振る。
「俺からは何とも言えん。だが、明日とりあえず会ってみろ。そしたら、わかるはずだ」
「面倒だなぁ」
「団長命令だ、それなら文句ないだろ」
「……」
ま、いいか。会ってみればわかるって言ってるし。
だけど、どんな人なんだろう……そんな期待と不安が渦巻いていた。