ダーク・ファンタジー小説

Re: 叛逆の燈火 ( No.54 )
日時: 2022/09/25 16:12
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 翌日の朝、師匠とエルと一緒に「ラケル・イルミナル」の邸宅へと向かった。その途中で、師匠と少しだけ話をしていた。昨日の事とか、俺の最近考えてる事とか。とは言っても、昨日もちょっとだけそれは話してたから、昨日……どころか前々から話してなかった、7年前から記憶が曖昧だって事も、少しだけ話した。

「そうか。……お前自身が誰も傷つけたくないって考えてる事は、普段の言動でわかるが。やはり、その腕と目は危険だな。だからと言って、俺達にはどうしようもないんだが」
「だよな……」
「だが、どうしようもないが、お前自身が怒りに身を任せず、常に冷静でいる事が唯一の対処法なんだろう? だったら簡単だ。お前がお前自身を支配すればいい」
「いや、だからそれが難しいってのに」

 俺はそうぼやくと、団長はため息をついた。

「難しいのは重々わかってる。でも、お前自身を制御できるのはお前だけだぞ。俺達はいざという時にお前の動きを止めることくらいしかできねえ」
「確かに」

 俺はそれだけ言うと、また腕を組んで考え始める。俺だって中にいる「俺じゃない俺」を何とかしねえと、本気でまずい事は知ってる。自我っていうものがどんどん無くなっていけば、俺は誰かを殺すだけじゃない。怪物ケモノになって、敵だろうが味方だろうが、目に入った人間の命を片っ端から奪っていくだろう。見境なく。そうなったら、きっと……俺も魔王あいつと同じ穴の狢だろうな。団長が昔俺に言っていたような気がする。そんな事にならない為に、気を強くしっかり持たねえと。
 俺は自分の両頬を平手で叩いた。パンっと心地いい音が鳴り響き、鈍い痛みが手と頬に広がってくる。

「頑張らねえとな」

 俺は一言、それだけ口に出した。別に誰かに聞いてもらいたいわけじゃないけど、声に出す事で、俺自身に激励するようなもんだ。




 しばらくして、俺も見た事のない立派な邸宅にたどり着く。昔見たクルーガー公の居城や、エスティア公の邸宅に比べるとまあ、ちょっと小さいかなと記憶を手繰り寄せながら眺めていると、団長が正門の見張りの騎士に向かって歩み寄る。
 正門には男女の騎士。
 女性騎士が、「昨日の。お待ちしておりました」と一言言ってから、キビキビとした動きで会釈。師匠くらいのお姉さんかな。きっちりした印象だなぁなんて思いながら見てると、団長が軽く会釈を返した。

「イルミナル公にお会いしたい。通して頂けないだろうか」

 と団長が言うと、女性騎士が男性騎士に「しばしここを離れます」と言い、俺達に入るように促した。男性騎士の方を見ると、顔は若い。でも頬に竜の鱗みたいな線がある。竜人かな。と思っていると、エルが「置いて行かれるぞ」と言うんで、慌てて俺は団長を追った。
 中は……いたってシンプルなもんだ。壁は単色だし、廊下も最低限の厚みの絨毯。無機質なもので、バルコニーや壁などには何もない。照明は明かりがついておらず、外の光だけが中に入って集まっている。天井はシャンデリアではなく、飾り気のない簡素な照明。それでも、一般の家庭では取り扱わないような大きな照明なんだけど。それに、ところどころ天井に穴が開いていて、ガラスが張ってある。これで明るいんだなぁと感心しながら見ていた。
 だけど、イルミナル公は、何かを飾ったりしないのかな? 金持ちとか貴族サマ連中ってなんか、そういう美術品? 芸術品? そういったものを飾ってる印象が強かったから、そういうもんだと思ってたけど。それとも、イルミナル公が特別ケチなのか。なんて大分失礼な事を考えていると、奥の部屋まで案内してもらった。

「失礼します、閣下。エクエス殿と、部下2人が――」
「あぁっと、そんな時間なの!? ごめん、まだ準備してなかったよ!」

 中からは、俺と同い年くらいの声が響く。……あれ、子供の声? なんで?
 と首を傾げていると、団長が俺の肩を掴む。

「まあ、会えばわかる」

 と一言添えて。

「と、とりあえず入ってもらって! あと、執事の「フラクタ」とメイドの「フリジア」にお茶を4人分出してって伝えておいて!」

 中から慌てた様子の声と、ガチャガチャとバタバタという、なんとも騒がしくて慌ただしい音が喧しく響き渡っている。……大丈夫なんか? その声を聴いた騎士が、敬礼をした後に団長に向かって訳を話した後、慌ただしくその場を去る。

 しばらくした後、扉が少し開いて、手だけがひらひらと手招きしてくる。団長は、扉を開け、俺達にも入るように言った。
 中に入ると、俺と同い年くらいの、薄桃色の短髪の子供が俺達を出迎えた。青い真ん丸な瞳をこちらに向けて、俺とエルを、髪の先から足の先まで嘗め回す様にじっくりと見回している。子供っぽいのは顔だけで、服装はシャツにネクタイをしっかり巻き、ケープを羽織る、しっかりとした印象だった。

「ごめんね~。約束の時間は覚えてたんだけど。僕ってばすっごいそそっかしいからさ」

 と、ニコニコしながら頭を掻きまわして笑う彼。

「じゃ、まず。君達ははじめましてだよね。じゃあ、はじめまして! 僕は「ラケル・イルミナル」。君たちの考えてる事を当ててあげよっか。「子供みたい」「若い」そんな声が聞こえるね」
「……!?」

 俺は驚いて思わず立ち上がった。

「な、なんで!?」
「僕、エスパーだし」

 と真顔で言うもんだから、俺が魚みたいにぱくぱくと口を動かしていると、その顔のマヌケさが面白かったのか、ラケルは吹き出していた。

「なーんちゃって。あははは、おっかし~……冗談だよ。僕の姿を見た人って皆総じてそう思うだけだから、気にしないでね」

 とラケルが腹を抱えて笑うもんだから、俺も釣られて口が綻びる。不思議だ……。
 俺はそこで座り、冷静になって考えた。「魔人」。身体が年頃になると成長が止まる不思議な種族だ。見た目は子供でも、中身は大人であり、体の成長が止まるせいか身体も弱く、それに短命。60歳以上の魔人の生存記録はまだない……って聞いたことがある。身体は小さくとも、ドライブの扱いは一級で、他種族よりも扱いに長けてる。って、シスターが持ってた本に書いてあった気がする。弟のルゥが確か魔人だった気がするし、傭兵団員で言えば、ヘクトがそれだ。ヘクトの場合、まだ成長が止まってないから、身長はまだ伸びてるし、彼自身も毎日走ったり、牛乳飲んだりして大きくなろうと必死だ。
 そんなことを思い出してると、ラケルと目が合う。

「で、君は? 君と君」

 彼は俺とエルを示している。ああ、名前か。

「俺は「アレン・ミーティア」。それから、こっちは「エル」」

 俺に紹介されて、エルは軽く頭を下げる。
 ラケルはと言うと、俺とエルを眺めながら、少し渋い顔をしながら団長の方を見た。

「……この子が、「アシュレイ」の子供か。ソフィアと確かにそっくりだね」

 ラケルが腕を組みながら俺に顔を近づけていく。

「君、自分の出生の秘密とか、アルテアから何か聞いてる?」
「え?」

 俺は間抜けた声を出して、目を丸くしてラケルを見ていると思う。
 ……出生の秘密って、なんだ? 魔王ソフィアの双子の弟だって事、俺は死んだことになってる事、あとは――
 って考えていると、ラケルは口を開く。

「君は――」

 そう言いかけた瞬間、空気を呼んでか読まないのかわからんが、部屋の扉が開く。紺色の髪をした執事とメイドが入ってきたからだ。白く綺麗な茶器とポット。それとちょっとした茶菓子を乗せたワゴンを押しながら、俺達が囲うテーブルの目の前までやってくる。

「お、お待たせいたしましたぁ!」

 執事の方がそう言うと、メイドの方が冷静にポットを持って、これまた綺麗にカップに赤色の茶を注ぐ。……うん、師匠や副長に比べてすごく清楚で綺麗だ。彼女が淹れ終わると、カップを俺達の前に出す。

「どうぞ」

 メイドが一言。
 執事もメイドも顔が似ていて、双子なのだろうか。それに俺くらいの年齢っぽい。執事の方はそそっかしそうで、ぽわーんっとして気が抜けてそうだけど、メイドの方はとても冷静で、動きもシャキッとしててなんというか、とても仕事ができそうな印象。二人は目の色が違うだけで、それ以外は身長も顔も容姿もそっくりだっていうのに、見た目の印象が全然違う。まあ、双子だからって全部同じじゃあないってことは、俺自身がよく知ってるんだけどな。

「ありがとね、フラクタ、フリジア。そこで控えてて」
「か、かしこまりましたぁ!」
「承知しました」

 二人がそれぞれ返事すると、部屋の隅に言われた通り控える。
 ラケルが咳ばらいをすると、「まあ、とりあえず飲んでから」と俺達にお茶を勧めてくる。赤色の、ほんのり甘い香り。……絶対副長の雑味たっぷりの茶モドキよりうまい。そう思いながら、俺はそれを口にする。
 ……やっぱりうまい。雑味だらけの茶っぽい液体よりうまい。あとで淹れ方を習っておこうかなとか考えていると、ラケルがカップをテーブルに置いた。

「アレン。それにエル。君達の事を言っておかないとね」

 ラケルがそう言うと、顔つきが突如変わった。少年の顔じゃない。目つきは真剣そのものだった。

Re: 叛逆の燈火 ( No.55 )
日時: 2022/09/26 22:27
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 物々しい雰囲気に圧されているが、それは俺だけのようだ。団長とエルは別になんてことなく、いつも通りの表情だ。俺はごくりと喉を鳴らし、ラケルの言葉を待つ。

「とはいえ、どこから話せばいいものか。君達の出生の秘密……とはいえ、君達姉弟が引き裂かれた原因は、僕達宰相一派にあるんだよ」

 宰相一派? ラケルも宰相一派だったのか? 俺が首を傾げていると、ラケルは再びカップの中身を口にする。

「まずどこから話したらいいかな。……「宰相一派」とは呼ばれてはいるけど、元々そんな名前じゃなかった。元々、元老院「ナインズヴァルプルギス」。帝国を支えていた9人の統制機関っていうのかな。僕はその一人だったワケ。序列含めての名前は「ラケル=ザ・スリイ・イルミナル」っていう名前だったかな。第3位で、その組織じゃ3番目に偉かったんだよ。すごいでしょ」

 ドヤァという声が聞こえてきそうなくらいの顔でこっちを見るけど、こっちからすりゃ「?」マークが頭に浮かぶくらい、わけわからん話でイマイチピンとこない。

「なんだそりゃ。それと俺とエルが何の関係があるんだよ」

 げんろーいん、ナインズヴァルプルギス、とーせーきかん。よくわかんねえ言葉が並んでて意味わかんねえや。

「まあちょっと前提が長くなるけど。最後まで聞いてほしいかな」

 と、ラケルは笑いながら、「お茶のおかわりはいくらでもあるから付き合ってよ」と言い、その旨を控えている二人に伝えるた後、またカップの中身を飲み干す。まるで、副長が長話をつまみに酒を飲んでいるような、そんな感じだ。
 ……まあ、最後まで聞くか。まだ太陽も昇り始めて間もないし。

「「ナインズヴァルプルギス」は、皇帝の掲げる「平等主義」に賛同する「民主派」と、それに反対して国民を支配して、皇帝と元老院、宰相、その他権限を持つ貴族が権力を持つ「独裁主義」を掲げた「支配派」に分かれててね。僕は民主派だったよ。皇帝陛下の思想に賛同してたからさ」

 確かに、そんな感じする。自分の部下の扱い方とか、俺達の出迎え方からして、貴族にしては全然高圧的じゃないしな。

「その争いは数十年前に遡るかな。多分30年くらいかも。その頃に先代皇帝が即位されてね。先代の「平等主義」に賛同する人、反対する人。その派閥で荒れに荒れたものだよ。その頃、僕も若造ながら、家督を継いで領主となったばかりだったんだけど。ああ、それは関係ないかな」

 ラケルは大笑いしながら手を叩く。なんか酔ってきてないか? 

「話が見えてこないよ、領主様」

 俺は思わず声に出してしまう。ラケルもそれを聞いてうんうんと頷き始めた。

「まだ前提の話なんだって。あともうちょっと話あるから、最後まで聞いてチョコレート。なーんちゃって」
「このお茶。酒入ってないよな?」

 俺がメイドのフリジアに顔を向けてそう聞くと、フリジアは首を振った。

「いえ、閣下はお茶を飲むたびにこのようになります。お気になさらず」

 隣にいるフラクタも頷くばかりだ。
 これが領主だったら、毎日騒がしくしてるんだろうなぁと思いながら、彼を見る。

「派閥争いは激化していってさ、支配派は恐ろしいものを作ったんだ。確か、ナインズヴァルプルギスの第2位「カティーア=ザ・トウ・ラミアス」が、第1位の「ザ・ワン」の研究成果を盗んで改造して、「グラディ・アニムス」という2本の剣を生み出したんだよ。一つは「影毒のアニムス」、もう一つは「光念のアニムス」。どちらもこの世界の地下深くにいたという「神竜グラディウス」の血液と皮、骨や角、翼や組織遺伝子に至るまで竜の存在そのものを、剣に作り替えたと言っても過言じゃない。そんな代物を作ったんだ」

 そんなすげえものを作る人がいるなんて……。俺は驚きが隠せず、ぽかーんと口を開けていたかもしれない。エルも少々驚いているという感じで、目を見開いた後、何事もなく出されたお茶を口にしている。

「その2本の剣を手にした「支配派」は本格的に動き出した。……そうだな。僕達「民主派」を襲い、「命が惜しければこの城を出ろ」って脅されて……いや、見せしめに。ああ、「マリアフィールド・フォン・エスティア」って名前、聞いたことある? 彼女の祖母がね殺されたわけだよ」

 エスティア公。あの人のばあちゃんが殺されたのか。……俺達に協力してくれたのは、この事もあるんだろうか。

「当時のエスティア公が死亡した事で、「民主派」は解散、「ナインズヴァルプルギス」も同時に解体された。もう機能してないから、自然とね。で、「支配派」はどんどん力をつけて、身勝手で狡猾になっていった。でも同時に事件が起きちゃって。その数年後に「グラディ・アニムス」が忽然と消えたらしくって。行方知れずになっちゃったんだよね。それ、どこにあると思う?」

 ラケルは俺に向かってあからさまに、わざとらしく首を傾げて俺を見る。
 俺は察しがついたが、黙っていた。

「ま、それはさておき。16年前。君達が生まれた時にも事件が起きたんだ。まあ、それはアルテアから聞いてるよね。宰相一派が君を連れ去った話。その話はちょっと重要だから最後まで聞いてほしいな」

 ラケルはカップに注がれたお茶を飲み干して、テーブルに置くと、フリジアがすかさず注いでいく。ラケルの表情も少し重たく、さっきまで大笑いしていた態度とは打って変わっていた。



「アレン君。君は宰相一派に殺されそうになったって話はもう聞いたよね? 実はね、君だけじゃないんだ。君だけが殺されそうになったわけじゃなかったんだ。……君達姉弟が、殺されそうになったんだよ」

 ……は? 俺だけじゃなくて、アイツも?
 どういう事かと続きを聞きだそうと思っていたが、ラケルが何か勿体ぶって視線を逸らしたり、頬をかいたりと、なんだか言いづらそうにしているので、俺もちょっと苛立って思わず声を上げてしまった。

「な、なんだよ。はっきり言えよ」
「う、うん……君はね」

 


 彼は覚悟を決めたように頷いた後、静かに口を開いた。

「君達姉弟はね、人体実験の被検体だったんだ。君も知ってるでしょ……「合成魔物キマイラ」。あれの第1被検体が、君達姉弟だってこと」

Re: 叛逆の燈火 ( No.56 )
日時: 2022/09/27 18:54
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 ……?
 ラケルの言葉の意味がわからないというか。聞き間違いか? 俺は言われた言葉の意味を理解できなかった。というより、俺自身が拒否していたのかもしれない。理解することを……。
 だけど、時間が経つにつれ、身体が震えだしてきて、得体のしれない恐怖と悪寒が全身を揺るがす様に、身体がさーっと冷えて行くのを感じた。感覚すらなくなっていくみたいだ。

「……俺が、あんな……「バケモノ」と、同じだって言うのか? それの、第一被検体!?」

 言葉にしていく毎にようやく理解が追い付き、冷えていた身体が突然熱を持ったみたいに火照ってきて、最終的に爆発する。俺はテーブルを力の限り蹴り上げた。吹っ飛ぶテーブルを避け、真顔で俺を見続けるラケル。そんなこいつに腹が立って仕方なかった。メイドと執事が隠し持っていた武器を取り出し、俺に向かって襲い掛かろうとするが、それをラケルが制止する。
 涼しい顔をしてやがる。……俺は、頭に浮かんだ言葉をそのまま奴にぶつけた。

「ふざけんな! 俺は人間ヒトだ。あんな化け物共と一緒にすんじゃねえ!」
「もちろん。君は人間ヒトだよ。半分はね」
「違う……俺は、怪物あんなのじゃない……俺は、シスターの子供で、エレノアとルゥの兄ちゃんで! 違う……俺は……!」

 言葉に詰まる。鼓動が早まる。目の前が黒く染まり始める。顔に手を当てる。感触はある。だけど、目の前がどんどん黒くなっていく気がする。胸が痛い。右目も右腕も痛い。声が聞こえる。痛い。なんなんだよこれ……!?
 ドクンドクンって音が耳の中でループして止まらない!

 俺は人間ヒトだ。俺は……

「落ち着いて、アレン」

 ラケルが何か言ってる。ダメだ、何か言ってるけど、認識できない。

「……アルテア、武器をしまって。フラクタ、フリジアも。ここでの流血沙汰はご法度だよ。手出しはしないように」




―――



 やはり、少し早かったか。彼の半身が黒く染まっていき、右腕は赤い稲妻が走ったような紋様が脈打ちながら蠢く異形のモノ。黒い翼と尻尾のような影が背中に見える。これが、ロンドが言っていた、7年前に見たアレンの姿。話は聞いていたけど、実際に目にすると、身震いが止まらないや。
 だけど、遅かれ早かれ、彼は知らなくてはいけない。知る事で人間ヒトは選択肢を得られる。彼はきっと、僕を恨むだろう。だけどそれでもいい。知らないままだったら、彼は大切なものをすべて失って、本当に化け物に身を堕としてしまうだろうから。
 彼は、いや……ソフィアとアレンはあの時。生後間もなくカティーアに拉致され、「呪われた聖魔の双剣」を扱うための兵器として、「神竜グラディウス」の魂とつなぎ合わされたんだ。まるで継ぎ接ぎの人形のように。それでも、彼らの姿がヒトのままでいられたのは、カティーアが天才だからだろう。……いや、それとも。双子の母であり、皇后でもある「アシュレイ」……君の身体を半分使ったおかげか。
 母の身体を分割して双子の身体につなぎ合わせ、それを器にして魂を入れる。これで、「グラディ・アニムス」を扱うための人体兵器の完成だ。あとは子供達を自分たちの良い様に洗脳すればいい。
 ここまでの恐ろしい計画を皇帝に知られないように。ましてや、情報が漏れないように奴らは僕達を追いやった。しかも、口外できないように情報も操作して。
 その末路がこれか。
 奴らは、自分の育てていた飼い犬に手を噛まれるどころか食い殺され、飼い犬がそのまま狂犬となり、世界をも喰らおうとしている。
 彼も……。

「アレン。君は知らなくてはいけなかった。知らないままでは進めないからね」

 聞こえてはいないだろう。
 まあいい。今は聞こえてなくても、認識できてなくても。

「恨んでくれていい。その為に僕は今日ここに、「君達」を呼んだんだから」

 僕は空間に裂け目を作り、その中から「純白の聖剣」を取り出す。光り輝く剣は光を纏い、僕に力を与えてくれる。
 黒く染まったアレンは僕を敵と認識し、僕に向かって獣のような唸り声をあげた。これじゃあ本当に怪物じゃないか。アレン。君は人間ヒトなんだろう?

 アレンは俊敏な動きで僕を捉える。右手に身体を掴まれ、壁に叩きつけ、壁にめり込む。なんて速さだ……めり込んだ壁にどんどん圧し潰されて、僕の全身の骨が悲鳴を上げている。暴走状態で、しかも理性が無いはずなのに、僕を殺そうとする意志。強い殺意は感じる。

「……アレン、僕を殺したところで、事実は変わらないぞ」

 意外に声が普通に出て良かった。

「うるせえよ、スカした顔しやがって、ムカつくんだよてめえはッ!」

 獣の咆哮に似た怒号。アルテアから「憎悪に呑まれてる」と聞いたけど、確かにそうだ。これはきっと、グラディウスの魂が浸食して、アレンにそうさせているんだ。

「ムカつくなら殺せ。君ならそれができる」
「言われなくても、今すぐぶっ殺して――」

 さらに力が加わる。息も苦しくなってくる。胸が、全身が、骨が、悲鳴を上げて赤く滴ってきた。本当に死んじゃうかもね、僕。死ぬなら死ぬでいいけれど。「この身体」ももういつ壊れるか……。
 だけど――

「悪いけど……「君」には僕を殺す事は出来ない」

 僕が静かにつぶやき、握り締めていた剣を彼の心臓に突き刺す。
 一瞬。一瞬だったけど、アレンの右手の力が緩んだ。まだ完全に呑まれてはいない。だから、アレンが憎悪に一瞬だけ打ち勝つことができたんだ。その隙間を狙えばこの通り。

 聖剣が彼の心臓に突き刺さると、彼は突如動きを止め、その場に倒れる。背後から崩れ落ち、気を失ったようだ。彼を取り巻いていた憎悪が完全に消え去った。
 あー、死ぬかと思ったよ、意外と早く片が付いてよかった。

「アルテア、それにフラクタにフリジア。手出しせず、静観してくれてありがとう」

 僕は聖剣を彼から抜き、空間の裂け目にそれをしまう。
 アルテアが僕に近づいてくる。

「……真実を知れば、アレンが取り乱すことは想像に難くない。なぜ――」
「知らなければ、訳も分からないまま暴走するだけだよ」

 僕はエルの方を見る。エルはしゃがみこんでアレンの様子を伺っていた。
 アレンが暴走している時は、なぜか動きを止め、何も言わなくなる。多分、彼女……いや、彼か? まあ、エル……違うな。「影毒のアニムス」は、グラディウスの魂が何らかの形で具現化して意思を持った、「精霊」。
 詳細は不明だが、アレンに対して助言をしたり、暴走しないように事前に止めていたり。という話を聞いていた。彼の存在も詳しく解明したいが……いや。今のアレンにはエルの力が必要だ。解明なんて野暮なことはせず、ここは静観していた方がいい。何かあれば、またこうやって鎮めてあげればいい。まだ、彼らの繋がりは完全じゃないんだから。

「フラクタ、フリジア。アレンを客室に寝かせてあげて」

 僕は笑顔で二人にそう伝えると、僕の姿を見たフラクタが心配そうにあわあわと言っていた。

「あ、あのあの。大丈夫ですか、閣下……お身体は……」
「ああ、平気平気。ツバでもつけておくよ。それより、はやく。閣下の命令ですよ」
「は、はひぃ!」

 フラクタが慌てて叫ぶと、フリジアと共にアレンを連れて部屋を出て行った。


「ゴホッ」

 二人が出て行ったと同時に、僕は口から赤い血を吐きだす。やっぱ、そろそろガタがきちゃってるな、「この身体」も。

「ラケル、お前の身体は、もう――」
「アルテア、心配しないで。もうそろそろ「時間」がくるだけの話。だけど……それまで、やる事は山積み。できる事はしないとね」

 僕は口を袖で拭う。フリジアが見たらいつまではしたない事をしているんだ。……なんて言われそうだな。まあいいか。

「着替えてくる。アルテアはアレンところへ行ったらいいさ」
「あ、ああ……」

 アルテアが渋い顔をしながら部屋を出る。僕も部屋を出ようとしたけど、身体が動かない。結構ダメージが大きくてびっくりだ。
 だけど、僕は周りに恵まれてるな。嬉しいよ、アルテア。君のような友達がいて、僕は本当に、嬉しい。
 僕はその場に崩れ落ちて、床に腰を掛け、天井を見ながらため息をつく。
 ああ、アレンが起きたら話の続きをしなきゃね。いつ起きるかはわからないけど。

Re: 叛逆の燈火 ( No.57 )
日時: 2022/09/27 19:52
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 目を覚ますと、天井。
 木製の天井だ。
 暖炉の火がパチパチと音を鳴らしながら、燃えている。見るだけで安心する、そんな赤色だ。あれ、俺……どうしたんだっけ。起き上がろうとするが、痛みが走って動けなかった。だけど、ベッドのシーツがこすれる音がする。
 ……ベッドの上。俺、怪我したっけ。なんて考えていると、誰かが俺に話しかけてくる。

「あら、アレン。起きたの?」

 黒い服とベールに身を包み、ベールから緑色の前髪が覗くお姉さん。……ああ、シスターだ。なんか久しぶりに見るなぁ。

「おれ……」
「待って。今、リンゴの皮を剥いていたの。もう少しで終わるからね」
「ああ、そうか。思い出した」

 記憶が朧げに蘇ってくる。……確か、魔物に襲われてたエレノアを守る為に、俺が前に出て、そこから痛みが全身を覆って、どんどん身体が冷たくなっていく感覚になったんだ。
 そこからの記憶はないけど、確か、温かい光に包まれた気がする。気がするだけだけど。

「エレノアは? 無事か?」

 俺はシスターの方を見て、弱弱しく尋ねる。自分の声がこんなにも弱弱しい事に、かなり驚いた。でも、今は大きな声は出せねえや。
 シスターはふふっと微笑み、俺の頭を優しく撫でてくれる。

「安心して。エレノアは無事よ、あなたのおかげでね」

 よかった。……エレノアが死んじまってたら、俺……。

「あなたも無事でよかった。もう、無茶して」

 シスターが口をとがらせ、普段は悪戯しなきゃ温厚な彼女が、語気を強めて俺の額に、人差し指を押し付ける。……シスターは怒ると、いつも額に人差し指を当ててくる。
 「心配かけてごめん」とつぶやくと、シスターは満足げに頷き、再びナイフを手に取ってリンゴの皮をめくる。シスターは料理上手で、手先も器用なんだよな。俺はベッドの脇の大きな窓の外を見る。雪が降ってる。昼は寒かったけど積もってなかったけどな。

「雪、積もるかな」

 俺がつぶやく。

「積もったら、雪だるまを作りましょう。ああ、でも、薪を半年分くらい作らないとね」
「半年分!?」

 俺が驚いてシスターの方を見る。リンゴの皮がむけたのか、皿に盛りつけてこちらに持ってきていた。リンゴの皮がウサギの耳みたいに切れてるな。

「ええ。雪が積もったら森に行けなくなっちゃうからね。まだこれくらいなら森に行っても大丈夫よ。だから、手伝って頂戴ね」

 シスターが悪戯っぽく笑ってる。……やだなぁ。

「もう、露骨に嫌そうな顔しなくてもいいじゃない。大丈夫よ、木を伐るのは私だし、皆は木を修道院に運ぶだけでいいからね」
「べ、別に嫌じゃねえよ。そんなん。俺だってできらぁ!」

 俺はぷいっとそっぽを向く。木なんか俺でも伐れるっつーの。
 シスターはそんな俺を見てまた笑っていた。なんだか、俺も釣られて笑ってしまう。シスターの笑い声って、なんだかその場が明るくなる魔法なのかな。俺達は笑いあっていた。
 その笑い声を聞いてか、部屋に二つの影が入ってくる。エレノアとルゥだ。ピンクの髪を揺らしながら、エレノアは俺に抱き着くために突撃してきた。俺にしがみつくと、エレノアは泣き始めた。

「うえぇぇえええ! にーちゃ、にーちゃよかったああぁぁぁ!」

 玉のような大粒の涙を流し、俺の着ている服に顔を押し付ける。ルゥもとてとてと歩み寄ってきて、俺に抱き着いた。

「兄さん、よかった。無事で……ふえぇぇぇん」

 ルゥまで泣き出す。
 しょうがねえ奴らだなぁ。俺はそう口に出しながら、二人の頭を撫でる。シスターがやってくれたみたいに。

「ごめんな、心配かけて。俺――」


 その瞬間、目の前が音を立てながら崩れ落ちていく光景が目に入った。
 エレノアとルゥがガラスのように砕け散っていき、そこに立っていたシスターの首が斬れて地面に落ちる。俺は周りを見る。燃え盛る修道院、俺の腕と右目に痛みが走り、俺はその場に蹲って地に伏せる。激痛に苦しみながら、顔を上げると、赤い髪のあの男が目の前にいた。赤い三日月のように口を歪めて笑いながら、俺を見下ろしている。
 突然の出来事、急展開に理解が追い付かない。

「な、なんだよこれ……一体どうなってんだよ!?」

 俺はそう叫ぶしかなかった。


<お前の大切なものを奪った奴らを滅ぼせ>

 俺の頭の中に低く、ずんと体中を駆け巡るような重い声が響き渡る。……聞き覚えがある。7年前からずっと、俺の中で叫んでいる声だ。恐怖で身体が震えてくる。怖い……!

<憎め、殺せ、滅ぼせ>

 絶え間なく俺の頭の中で響き続けて止まらない。

「……いやだ、俺……そんなことしたくない……!」

 耳を塞いだ。聞こえないように。
 顔を伏せた。何も見えないように、瞼も強く閉じて。
 だけど、声は止まない。重い声が、響いて止まらない。

「やめてくれ……俺、誰かを傷つけたいわけじゃないんだよ、取り戻したいだけなんだ!」

 苦しい。息ができない。瞼を閉じているのに、熱いものがこぼれる。
 暗くて冷たい。聞きたくない声が響いて止まらない。
 ……誰か。



 俺が無我夢中で手を伸ばすと、誰かが俺の手を握りしめた気がした。
 温かい。その握られた手を見ると、光があふれていた。眩しくないのに、強く感じる。光が俺を包んで、俺を抱きしめてくれた。温かくて、懐かしい香りがして……。



「あったかい……」

 俺はそう声がこぼれた。

Re: 叛逆の燈火 ( No.58 )
日時: 2022/09/29 20:20
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 誰かが俺の手を握ってる。
 そんな温かさを感じて、俺は目をゆっくりと開ける。やっぱり見覚えのない天井……いや、見覚えは少しある。多分、ラケルの邸宅の天井だと思う。白い天井が光を反射して、目に光が入ってくる。結構眩しいな……。
 俺が起き上がると、俺の手を握っていた人物が目に入った。赤い髪、竜の角、真っ赤な瞳の女の子のような男の子のような容姿の――
 エルだ。

 エルは俺の手を握り、こちらを真顔で見ている。そして口を開いて、老人のようなしわがれた声を出した。

「4度目だな」
「うん……もういいよ、数えなくても」
「数えているつもりはない」

 エルの手は意外にも温かい。なんだか、シスターが握ってくれてるみたいに、穏やかな気持ちになれる。そんな気がするんだ。……安心するっていうか。
 ふと、エルの反対側を見ると、団長が椅子に座ってこっちを見てた。

「起きたな、アレン」
「えぇーっと、俺……またなんか――」
「やっちまったぞ」

 団長がそんなことを言って、腕を組む。難しい顔をしているが、怒っているわけじゃなさそうだ。……難しい顔をしてるってことは機嫌が悪いって事かも。うん……これはやらかした。きっととんでもない事をやったんだろうなぁ。
 でもあれ、つーか俺……何やってたんだっけ。確か、ラケルと話してたら急に――

「おはようございまーっす!」

 俺が額に手を当てて思い出そうとすると同時に、突然部屋のドアが蹴破られる勢いで開いた。俺は驚いて飛び跳ねてしまった。
 部屋に入ってきたのは、ラケル。それとメイドと執事だ。後ろで控えている。俺は声が上擦りながらラケルに怒鳴った。

「びっくりするだろうが!」
「おほほ、ごめんごめーん。それより、身体は大丈夫かな?」

 ラケルは悪びれもなく何事も無かったように、にっこりと笑みを張りつけながら、俺に尋ねてくる。俺は「ああ、なんとか」と胸をぽんぽん叩きながら答えた。
 すると、エルが一歩前に出てラケルに顔を近づける。そして、いつもの調子で彼に質問をぶつけた。

「ラケル。お前には光が何重にも重なって見える。空間から細剣を取り出して、暴走したアレンの心臓に向かって、細剣を突き刺していたようだが。あれはお前のドライブなのか?」
「え゛っ!? 俺、何ともないけど!?」

 俺は慌てて上半身を脱いで胸を覗き込む。何ともないというか、何事もないというか。無傷だった。ラケルはそんな様子が面白おかしかったのか、「あはははっ」と腹を抱えて笑い出した。

「ああ、じゃあ答え合わせね。アレンを突き刺したアレは僕のドライブじゃなくて、僕とゴーテルとで作った合作。「スイッチ・ルーン」だよ」

 ラケルは続ける。

「「スイッチ・ルーン」。言わば君と神竜の繋がりを一時的に切り離す為の武器でね。いや、武器じゃないな。装置とかみたいなものだね。これは、万が一神竜が君達双子を飲み込もうとした時に、隙間に差し込んであげると、神竜の憎悪を鎮める事ができるんだ。まあ、一時的にだけど。これは2本あってね。もう1本はゴーテルが持ってるはずだよ」

 武器じゃねえんだ。不思議だな……剣って言うより、なんというか……中に閉じ込めておくみたいで、鍵みたいな役割だなぁって感心する。
 いや、それよりも――

「俺、また暴走しちまったのか」
「うん。そうだね。真実を受け入れられずにね」
「受け入れられなくて、か」

 俺……そうか。

「アレン、君にもさっき言ったけど、君は宰相一派が作り出した人体兵器だ。それは、受け入れてくれ。隠しようのない、真実だ」
「……俺、人間ヒトじゃねえんだな」


 ――人間ヒトだと思い込んでた化け物だったんだ、俺。人間のフリしてた化け物だったって事だ。俺はそう考えながら俯く。
 だけど、そんな俺に対して、ラケルは「ううん」と否定した。

「いや。君はアレンだ。人間ではないかもしれないけどさ。でも、今まで生きていた君は、間違いなく人間でも、兵器でも、魔物でもない。「君」である事はわかってほしい」
「意味わかんねえ」
「じゃあさ、君が人間じゃないとしよう。それで、アルテアや君の仲間たちはどう思うかな?」

 どう思うか……。俺が人間じゃないって事は、団長も、多分副長も知ってたはずだ。多分、モーゼス兄ちゃんも。となると、シスターも知っていたのかもしれない。もう確認できねえけど。
 そんな俺をどう思っているんだろう、皆……。
 俺の思いを汲み取るように、ラケルは頷いて団長の方に顔を向けた。

「じゃあ実際……アルテア、どう思う?」
「いや、いきなり振ってくんな」

 いきなりの質問に流石に団長も戸惑っていたが、迷いの欠片もなく、即答した。

「俺は少なくとも、お前自身がどうであれ、俺の仲間で、俺の傭兵団の一員だって事は思ってる。働きさえすりゃ、追い出したりもしないし、待遇だって良くしてる方だぞ」

 団長の答えに、エルは首を傾げた。

「お前は、自分が人間でなくてはいけない理由でもあるのか? お前を信じる仲間は、家族は、お前が人間でないだけで蔑んだり、詰ってくるような、そんな器の小さい者達なのか?」

 ……そんな事はない、と思う。
 だけど、すぐにそんなに切り替えらんねえ。自分が人間じゃなかっただなんて、今でも想像が追い付かねえのに。――ああ、でも。俺の中のもう一人の俺の正体がわかって良かったかもしれない。知らないままだったら、何もわからないまま、「アレン」は死んでたかもしれない。知らないままじゃダメなんだ。知らなきゃ、いけない事だったのかもしれない。
 そう考えると、俺はもっと知らなければいけないんだ。という気になってきた。

「ラケル、お前の知ってる事を全部教えてくれ。でないと、進めない。俺がアレンでいる為に……お願いします」

 俺は頭を下げた。今すぐ切り替えるのは無理でも、知らないままでいたくない。そう考えながら。

「ん、そりゃもちろん。その為に君達を呼んだようなものだし」

 と、ラケルはあっさりと即答したもんだから、俺は拍子抜けして思わずラケルを見上げる。彼は満面の笑みで、俺の肩を掴んだ。

「長くてキツい話になるかもだけど、とりあえず。お茶の続きしよっか♪」

 満面の笑み。なのになんだか不穏な感じもする。そんな笑顔だ。ってかどんだけ飲むつもりだよ!? なんて思っていると、ラケルはその不穏な笑顔を団長に向ける。ニッコリニコニコ。ニコーっと無邪気でもあり邪悪な笑顔だ。

「あ、アルテア。アレンが壊してくれた壁代は、あとで請求するから。フリジア、請求書作っといて」
「承知しました。アルテア様、あて先は?」

 メイドが了承して団長を見る。
 団長は苦虫を噛み潰したような顔をして、フリジアの耳元まで顔を近づけて、小声でひっそりとささやきかける。その会話が耳に入ってきた。

「あ、うん……「ロンディーネ・クルーガー」にツケておいてくれ」
「承知しました」

 クルーガー公にツケるつもりか……。

Re: 叛逆の燈火 ( No.59 )
日時: 2022/09/29 21:40
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 俺と団長、そしてエルはとりあえず別室を案内され、そこで話の続きをすることにした。長くなるとのことで、大きめのポット――多分俺の頭の二回りくらい大きい。それが乗っているワゴンを運んでくるメイドと執事。……全部飲むつもりかよ。
 テーブルにカップが丁寧に並べられて、俺達は話ができる万全の準備ができた。
 ラケルは「じゃ、語るわよ~」なんて言いながら、表情は真剣そのものとなり、改めて全てを語り出す。

 「神竜グラディウス」。それは帝国の皇城の地下深くに封じ込められていた、ひかりやみを司る魔物で、初代皇帝が封印したらしく、代々皇帝のみがその地下へと行くための鍵を受け継いで、その封印を守っていたらしい。その入り口は、城が蓋をするように建てられていて、少なくとも50年前までは塞がれていたらしい。……だけど、ナインズヴァルプルギス第2位「カティーア」は何らかの理由でその鍵を盗み、第1位「ザ・ワン」の技術をも盗んで、グラディウスを生きたまま捕縛することに成功。グラディウスの魂に至るまで、その存在を2本の剣へと作り替えた。
 それだけにとどまらず、魂を二分して、俺とソフィアの身体に組み込んだんだと。そして、身体は母さん……その時の皇后である「アシュレイ・ルーギウス・アルゼリオン」を二分して、俺達の身体に組み込んで、ヒトの形にしたんだと。あとは奴らが情報操作して、母さんは病死したという事にすればいい。その事実を知っているのは、ナインズヴァルプルギスの面々と、一部の宰相達、そして当時の近衛騎士だった者達。団長とか、副長、それにモーゼス兄ちゃん、それからクルーガー公と東郷武国を除く各国の王様達も知っているんだと。だけど、その事を口外しないように、カティーアは口封じの為に彼ら全員に術式を刻んだ。「口外すれば体の内側にいる蛇がお前達を喰らうぞ」と彼女はせせら笑ったそうだ。今は、カティーア自身が死んでいるので、その術式は効果を失っているそうだが、時間が経ちすぎた今では、それを公表したところで、世界も人々も今更変わる事はないだろう。
 ラケルはカップの中身を口にしながら、諦めたように言う。

「君達を赤ん坊の頃から育てれば、将来必ず帝国、そして世界を良い様に支配できる。と、考えた。だから実行されたんだ。その恐ろしい計画が」

 ラケルの表情に陰りが見える。

「カティーアは、真実を知り、陛下を守る為につきっきりになったゴーテルも、いずれ自分の邪魔になる僕達もあらかじめ封じておき、僕らは辺境に追いやられた。国王たちにも同じように術式を刻んでおき、陛下を飼い殺しに……とはいかなかったね」

 力なく笑いながら、再びカップの中身を口にするラケル。飲み干した後、「おかわり~」と気の抜けた声でカップを指で躍らせながら、メイドを呼んでいた。

「まあ、アルテアも知ってると思うけど、カティーアは野心に溺れた宰相共に闇に葬られちゃった」

 ラケルは肩をすくめ、ケラケラ笑った。……もう笑うしかない。という脱力感すら感じる。

「宰相共はなんで陛下を殺そうと思ったと思う?」

 ついでと言わんばかりに、ラケルは俺を見て尋ねてきた。……そういやなんでだ? ソフィアを傀儡にして、操って、気に入らない奴はあいつに処理させりゃいい。でもそうしなかった理由ってなんだ?
 俺は首を傾げると、それまで静かに腕を組んで話を聞いていた団長が口を開いた。

「神竜の憎悪の影響……とかか」

 また非現実的な事を……と俺は鼻で笑っていたが、エルもラケルもその言葉を聞いて、真顔で俯いてしまった。

「僕はそう考える。「憎悪の連鎖」って奴かな。憎悪はまた憎悪を呼ぶ。しかも、神竜と呼ばれるくらいの魔物だ。何かしらの影響力はあっても不思議じゃない。……とはいえ、こんなの机上の空論だし、その辺の真実は僕にも、ましてやゴーテルにもわからない。もしかしたら何も関係なくて、頭の弱い奴らが勝手な行動を起こして、陛下の恨みを買っただけかもしれない。そのおかげで今大陸はとんでもない事になってるっていうのに、無責任に死んじゃうんだから……」

 ラケルは頭を抱えてため息をつく。
 俺は気になっていることがあるので、ラケルに質問をしようとした。

「なあ、ラケル」
「……アレン君。僕、一応君の一回りも二回りも年上なんだよ。年上に向かって呼び捨てはないかなぁ」

 笑顔なのだが、邪悪すぎる何かを感じるその表情に、俺はぎょっとして咳払いをする。

「か、閣下」
「はい、なんでしょう。閣下です」

 ダメだ、もう疲れる。ツッコまないでおこう。

「エルと、あいつの傍にいるあの小さい子……って一体なんだ?」
「ああ、エルとその子が「呪われた聖魔の双剣」そのものだよ。名前は「影毒のアニムス」と「光念のアニムス」。武器としての名前は「影毒の竜剣「アジ・ダハーカ」」と「光輪の聖剣「アルトリウス」」ってゴーテルが教えてくれた気がするなあ。ややこしいから僕はどっちも「グラディ・アニムス」って呼んでるんだけど」

 確かにややこしい。もうエルでいいよ。
 エルはというと、器用に片手でカップを持って、中身を口にしてる。俺はもう一つ気になる事があるので、ラケ……閣下に顔を向けた。

「もう一つ気になる事があるんだけど」
「なんだい?」

 ラケルが笑みを浮かべ、お茶のおかわりを口にする。

「エルとあの子はなんで人の姿をしているんだ?」
「お、いいところに気づいたね」

 ラケルはにっこりと笑い、とりあえずカップの中身をまた飲み干して、一滴も残さない。そして、カップをテーブルに置くと、エルを指さした。

「アレン、君が強く願ったから、エルがここにいるんだ。エルは君の望みに呼応して、君の手助けをしている。……陛下の傍にいるあの子も同じさ。君達の望んだ通りに力を与え、望んだ通りの容姿もしている。なぜなら、グラディウスの魂が双剣を呼び出して、君達の願いを叶えたから。分かれていた魂が強い願いで呼び寄せて、アレンとエルを引き合わせたってワケ」

 ……エルは俺が望んできてくれたのか。
 俺はエルを見るが、エルはその話を聞いても涼しい顔で、テーブルのビスケットを、さくさくと音を立てながら口に入れていく。だんだんリスみたいに口の中が膨らんでいった。

「エル、話を聞いて思う事は――」
「あいあ(ないな)」
「ああ、うん……お前はいつも通りでよかった」

 エルは口に含んだビスケットを飲み込むと、俺を見る。

「我は、お前に望まれて生まれたが、お前ではない。我は我だ。グラディウスがなんだとか、アレンがどうとか、お前の正体がなんだとか、我には関係ない。我は我の考えでこれからも動く。それだけだ」
「なんでエルは俺を助けてくれるんだよ」
「我がそうしたいからだ。問題か?」

 こいつは……

「いや」
「なら、今まで通りでいいだろう」

 エルはそう言うと、またビスケットを口に含む作業を始めた。……確かこいつ、別に食べなくても大丈夫とか言ってなかったっけ。なんて考えているが、こいつも少しずつ変わってるのかもしれない。
 俺達のやり取りをラケルはじっと静観していた。

「エルがいる限りは、アレン、君は大丈夫かもしれないね」

 ラケルがそうつぶやくと、にっこりと笑った。

「え、どういう意味だよそれ」

 俺がそう聞くと、ラケルは笑うだけで何も答えない。よくわかんねえや……。
 ラケルはその後、一息置いてカップをテーブルに置くと、顔を上げて俺達を見た。

「アルテア、イルミナル家は同盟は結ぶ。アレンとエルは、世界を変える為の鍵になりそうだ。ま、変わらず世界は滅ぶかもしれない。どちらにせよ、彼らの存在はターニングパーソンって奴かな」

 なんかスカしたような表情とか態度は、最初は気に入らなかったけど、「俺はこいつの事好きかも」。俺はそう思った。



 俺達の話が終わると、ラケルは立ち上がり、窓の外を見る。俺はそんなラケルを見上げると、彼の表情の変化に不穏な物を感じ取った。ラケルの表情が一変し、怒りと焦りが混じったように歪めていたからだ。

「――フラクタ、フリジア!」

 ラケルが叫ぶと同時に、部屋が爆散した。

Re: 叛逆の燈火 ( No.60 )
日時: 2022/10/01 18:45
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 部屋の壁が、ガラガラと音を立てながら爆散して、大穴がぽっかりと開く。土埃が舞い、俺達は臨戦態勢に入った。何の前触れもなく、突然の奇襲。一体何が起こってやがる!? エルはすぐさま剣となって俺の手に握られた。

『アレン。土埃の中に誰かがいる』
「……だろうな。でなきゃ、壁が勝手に爆発するはずもねえ」
『気をしっかり持てよ』

 エルの言葉の意味はわからなかったが、土埃が晴れる前に先制攻撃を仕掛けりゃ、案外勝てるんじゃね? 俺は剣を強く握りしめ、足に力を込めて、土埃の中へと駆け出す。

「いけない、アレン!」

 ラケルの叫びが聞こえた気がしたが、問題ない。お互いの顔がまだ認識できていない今がチャンスだ! 俺は剣を振り上げて、土埃の中にいる敵に向かって刃を振り下ろす。
 だが、その剣は振り下ろされる事なく、奴が剣を受け止めた。……しかも、素手で。

「――ッ!?」

 俺は声にならず、咄嗟に後退する。土埃が晴れていき、黒い影が露になっていく。身体は俺くらいなのに、両腕は歪で、魔物の物じゃないかってくらい、人間にふさわしくない大きさ。だけど、身体はツギハギ。まるで布を掛け合わせた、修繕した後のぬいぐるみのように、様々な肉を繋ぎ合わせている。肌の色もてんでバラバラ。
 ……顔が見える。俺はその顔を見て、目を見開き、硬直した。

「え……る……」

 声に出せない。鼓動が早まって止まらない。指先から腕にかけて震えて、握っている力が乱れてくる。変な汗も額から流れ、俺は一歩、また一歩後退した。その目の前の奴は、俺を認識すると、ニマァっと笑う。全身のあらゆる毛が逆立ち、全身が震える。恐怖なんだろうか。それとも、怒り? わからない。
 目の前の奴の顔……7年前に消息不明だった、妹の「エレノア」と弟の「ルゥ」。見間違えるはずもない。だけど、二人の顔が半分ずつ繋ぎ合わされて、身もよだつ笑みを浮かべてて……。
 叫びたくなった。どういう感情で、目の前のそれにどう接すればいいのか。頭が真っ白になって、何も考えられない。

『アレン、避けろ!』

 エルが叫んでいるが、耳に入ってこない。だからか、奴が俺の腹に向かって拳を振りかぶった事に全く気付かなかった。重く、ずしっとくる衝撃。そして、内臓全部に重圧が加わって、喉から胃の中の物がこみあげてくる。揺れる世界。
 俺はあえなく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。壁を貫いて、隣の部屋まで吹っ飛んだようだ。

「アレン!」

 団長がそう叫んだ直後に、団長の悲鳴も耳に入った。奴が、団長も攻撃したんだ! その直後、ラケルの怒声と、メイドと執事の声も聞こえる。交戦の音が響き渡っていた。
 いや、それよりも……あれは一体何なんだ……!?
 

『あれの正体。お前もわかっているだろう?』
「……」

 俺は剣を杖代わりにしながら、よろよろと立ち上がり、壁の向こう側にいるアレを見据える。髪の色もエレノアとルゥを繋ぎ合わせたような継ぎ接ぎ。顔も、髪も、肌の色も……目の色は多分、片方は俺の目の色だ。なんなんだよ、あれ。わけわかんねえ!

合成魔物キマイラだろう。……でなければ、あんな醜い姿になっている理由が見つからない。仮に自然にああなったとすれば、神という生き物は、人間の存在が嫌いなのだろうな』

 エルが答え合わせをしてくれる。……そんなの、頭ではわかってるんだ。わかってるけど……俺自身が拒絶反応を起こしているのか? 身体が動かない。動かないと。皆が戦ってるのに。だけど、身体が震えるだけで、力が入らない。

 ――俺が、武器を取って、エレノアとルゥを傷つけるのか?

 俺の脳裏にそう浮かんでくる。

『アレン』

 エルの言葉に俺は現実へと引き戻された。ハッとして俺は隣の部屋を見る。エレノアとルゥ、あの二人の攻撃は一撃一撃が重く、団長も投げ飛ばされたり、ラケルも武器を手に取ってメイドと執事と連携をとっているが、全然歯が立たない。
 エレノア……ルゥ……なんで、なんでそんな姿になってるんだ……。7年後に、久しぶりに会ったと思ったら、そんな姿になって。皆を傷つけてる。その顔に表情はなく、淡々と作業をこなす様に、団長達を殺そうと追い詰めていく。
 やめろ……そんなことしたら、シスターが悲しむだろうが!
 やっと、脳が冷静な判断ができる程鮮明になり、俺の身体が動き出した。

「エレノア、ルゥ!」

 俺は無我夢中で二人の前に飛び出し、投げ飛ばされたラケルの前で仁王立ちした。

「やめろ、二人とも!」

 俺はもう一度叫ぶと、二人の動きがぴたりと止まる。俺の顔を認識したようで、目を見開いた。

「にーちゃ? 兄さん。どうしてとめるの?」

 拙い言葉遣いとすこしおどおどとした口調が混ざり合っている。二人は、二人のままみたいだ。7年前と何も変わらない。元気で無邪気なエレノアと、控えめだけど芯は通ってるルゥ。……ずっと探している二人が目の前にいる。二人が一人になって。

「こんな事はやめてくれ、二人とも。こんな事に意味はない――」
「意味はあるわ」

 突然、声が二人の背後から響き渡る。魔女の帽子とマント。それを翻しながら、壁の外から姿を現した人物。その人物の手には、見覚えがある……。門番をやっていた男女の騎士。その二人が首だけになっている、無残な姿があった。そしてもう一人……忘れもしない。俺の中のどす黒いモノが、それを目にした瞬間、マグマが流れるような熱を帯び、脈動を始める。


 俺はその人物の、忌むべき名を口に出した。

「ソフィアァァァッ!」