ダーク・ファンタジー小説
- Re: 叛逆の燈火 ( No.61 )
- 日時: 2022/10/01 22:42
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
「気安く私の名を口にしないでください。不愉快です」
表情は無く、俺を見下すように俺に言い放つ。白い髪、赤い瞳の女。手には白い剣。……俺の中のもう一人の俺が――いや、神竜が。俺に「この女を殺せ」と叫んでいる。ぐつぐつと音を立てながら、体内の血液が高速で流れるような感覚すらする。
だけど、突然俺の服のフードを掴まれて、引っ張られた。ぐいっと引き寄せられ、俺は床に尻もちをつく。見上げると、銀色の棒……いや、棒じゃない。杖だ。杖の先端を目の前にいる敵に向けていたラケルの後ろ姿が目に入る。
「はじめまして、陛下。お久しぶり、「バーバラ」」
「ラケル……」
ラケルの名を呼ぶ魔女。ゴーテルだっけ。なんだか表情が堅い。躊躇っている様子だ。
「はじめまして、「ラケル・イルミナル」。容姿は子供に見えますが、魔人だからでしょうか。それはそうと、ゴーテルから聞きました。私が生まれる前から、大層帝国に尽くしてくれたと」
ソフィアは表情を変えずにラケルに声をかけている。相変わらず表情と感情の無い声。人形がしゃべったらこんな感じなのかもしれねえな。
「ええ。ですから、非常に遺憾であります。あなたは、御父上のような思想を持っていらっしゃったとお聞きしましたが、このように皇帝とはいえ、礼儀知らずのならず者のように壁を壊してまで侵入してくるとは」
ラケルの声から、普段の軽口を叩くお調子者からかけ離れ、静かな怒りを感じる。
「それは失礼いたしました。……ですが、皇帝たる私に対し、武器を突きつけるとは。そちらの方が無礼……いいえ。不敬ではありませんか?」
「申し訳ありません。ですが、私の部下二人をそのような姿にされた以上、私も自分の憤りを抑えることはできません」
ソフィアは「ああ」と言い、口角が吊り上がった。
「これは、皇帝たる私に無礼にも剣を向けたから。当然の報いですよ。私は今回、あなたに用があって来たというのに」
「……部下を殺すに値する用件とは?」
ラケルの声が震えている。後ろ姿だけど、怒りを抑え込んでいるんだ。
「「ラケル・イルミナル」。私に下りなさい」
……は? 何言ってんだこいつ。
俺は突然の奴の言葉に戸惑った。多分、メイドも執事も団長も同じことを思ったのか、背後から声が出ているのが聞こえる。だけどラケルは微動だにしない。
「それは嬉しいお申し出……お言葉ですが。なぜ、今、ここで、このタイミングで。なのですか?」
「質問は受け付けません。あなたの答えは「はい」か「いいえ」。どちらかを私に示せばいいのです」
「時間はいただけないでしょうか」
「時間など与えません。皇帝の命令ですよ」
勝手な事ばかり言いやがって――
「あなたが、仕えるに値する御方であれば、私は涙を流しながら即答したでしょう。「この身は陛下、御身の為に捧げましょう」と。……ですが、今の答えは――」
ラケルは突きつけていた杖を握り締め、振り上げる。光が集まって、鎌の刃となって杖が振り下ろされる。以前に見た「マギリエル」とかいう奴の大鎌みたいな形だ!
「エレノア、ルゥ! 私を守りなさい!」
ソフィアが叫ぶと、振り下ろされるはずだった鎌の刃を受け止める二人。
なんで!? なんで、あの二人……ソフィアの命令に従ってんだよ!?
「不敬ですよ、ラケル」
「承知しています。――フラクタ、フリジア!」
メイドと執事は瞬時に武器を手に取り、エレノアとルゥに向かって斬りつける。でも、斬りつけたはずなのに、傷はない。いや、傷がすぐに塞がってるんだ。
「ラケル……!」
団長も同時に動き出す。――けど、魔女が団長の前に立ちふさがった。
「アルテア、私の相手をしなさい。この二人みたいにしてあげるわ!」
「この魔女め……! 邪魔をするな!」
魔女が炎の壁を作り、団長は手に持った槍でそれを薙ぎ払う。
俺はソフィアの方を見た。ラケルの鎌を持っている白い剣で薙ぐ。ラケルの持つ鎌が杖に戻り、その瞬間を狙ってソフィアは剣を手に彼の身体を貫こうと突いてきた。
『何をしている、アレン!』
エルの叫びと同時に、俺はラケルとソフィアの間に入り、ソフィアの剣を受け止めた。ガキンと鋭い音が鳴り響く。
「邪魔をするな、片割れ」
俺を赤い瞳が見下す。無表情なのに、氷のように冷たいようで、瞳の中は憎悪が燃えていた。
……うるせえよ、また奪うつもりか。
俺の頭にそんな言葉が浮かんでくる。いや、俺もそう考えていると思う。
「喰らえ……!」
俺は自分の影を伸ばし、蛇の顎のように奴を飲み込もうと影で覆わせる。だけどそんなの、奴の光で打ち消される。奴が剣を振り回して影を切り裂いた。その瞬間を待っていた!
俺は剣を握り締て奴に向かって、剣から黒い毒液を発射させる。発射した毒が奴の身体に命中した。ソフィアは初めて表情を歪ませて、目を見開き、自分の身体に侵食してくる黒い毒の存在を見る。
「貴様――」
自分にされた事を理解し、ソフィアは怒っていた。だけど、即座にその毒は浄化されたのか、奴の肌に広がっていた黒い毒が消え去る。……それは予想外だった。
ソフィアは剣を振って光の弾を周囲に浮かび上がらせ、俺に向けて銃弾のように発射した。光の自弾丸が俺に降り注ぎ、俺は身体にそれを何発か受ける。身体の端々が弾丸による傷で、赤く滲んでいた。いってぇな、畜生! 俺はそう思いながらも、奴に肉薄する。傷なんかあとで塞がる、どうとでもなる! 俺はそう思いながら、自分の影を槍のように奴に向かって突き出した。
ソフィアの身体に槍が命中し、身体から血液がぼたりと滴っている。
だけど、そんなことは奴にとって些細なことのようだ。奴は好機とばかりに、隙だらけの俺に剣を突き出した。
「死ね……!」
奴は静かに。だけど、俺に向かってはっきりとそう言った。
「うるせえよ」
俺も同じように、剣を握り直して、奴の身体に向かって剣を突き出した。互いの剣が互いの身体を貫く。血が迸る。俺の物なのか、奴の物なのか。そんなのはわかっらないし、知ったこっちゃない。
俺は脇腹に受けた白い剣を握って固定し、自分の影を長く鋭いトゲのように無数に突出させた。まるで、剣山のように。奴も同時に、自分の下半身を貫いた黒い剣を手に取り、光の剣を三本突出させ、俺に向けて刺突する。
俺達の身体は、光の剣と影の剣山で、血の華を咲かせた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.62 )
- 日時: 2022/10/02 21:27
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
お互い、致命的とはいかなくても、かなりの失血のはず。……なのに、目の前のこの女は表情を全く変えない。そういうところも気持ち悪い!
「さっさと死ねよ……魔王。さっさと死ねよ、死ねよおおおおぉぉぉっ!!!」
俺は怒りのあまり、獣のような咆哮を上げる。右腕を変形させ、奴に傷をつけようと手を振り上げた。そんな時でもこいつは、涼しい顔で俺を見ている。右手を剣で受け止め、俺の目を見据えている。
「お前が死ねばいいじゃない。生まれるべきでなかった、お前が」
ソフィアは空いている手に光を集めて剣を作り、俺の心臓目掛けて剣を振り下ろした。
――生まれるべきじゃなかったのは、お前の方だよ!
俺は光の剣に影を伸ばし、影の腕を作って光の剣を握り消す。奴は表情は変わらないものの、追撃を受けないように退く。俺も、咄嗟に後ろへと転がって、すぐさま起き上がろうと立ち上がろうとした。――けど、目の前がくらりと回る。世界が歪んで見える。
……失血のせいか!? クソッ、あいつを追い詰めてる。今がチャンスだっつーのに!
だけど、あっちも同じように失血のせいか、膝をついて肩で息をしている。動かねえと……! 今動かないで、いつあいつをやるんだ!? 俺は歯を食いしばり、ふらふらと立ち上がる。
『アレン、これ以上の失血は命に係わる。最悪死ぬぞ、いいのか?』
「じゃあ最悪にならなきゃいい。エル、今やらなきゃ。今がチャンスなんだ」
『……承知した』
エルはそれ以上何も言わなかった。
俺は手の剣を強く握りしめる。傷で裂けている肌から、赤く滴り落ちる血液。力むことでその血液がどぼっと噴き出てくる。身体が少しずつ冷えてくるような気がするけど……いい。奴を殺せるチャンスは今しかない。俺は奴に向かって駆け出した。力強く、バネが飛び出す様に、早く!
「エレノア、ルゥ。私を守りなさい」
奴がそう静かに、つぶやくように口にすると、俺の横から強い衝撃が走った。俺は吹き飛ばされて、壁に叩きつけられる。ようやく衝撃が痛みに変わった。何が起きたんだ!?
「いい子ね、エレノア、ルゥ。その男をやっつけなさい。その男は悪者に憑りつかれているの。痛めつけて、動かなくすれば、きっと"元のお兄ちゃん"に戻るわ」
「うん、兄さん。エレゥがもどしてあげなきゃ」
俺は立ち上がろうとする。……ダメだ、身体が動かねえ。
エレノアとルゥはメイドと執事とラケルが相手してたと思ってたのに……。俺はエレノアとルゥが近づいてくるのを、ただ無防備に待つしかない。二人が俺の髪を掴んで自分の目で顔が確認できるように近づける。全身がいてえ……身体も宙にぶら下がって、血がぼたぼたと、地面に赤い水たまりを作りながら、広がっていく。身体も動かねえ……。
俺の顔をじっとみつめる、無邪気な表情。二人の顔と、俺の目が俺の顔を捉える。二人の目に、俺の顔が映り込んで、自分の血で汚れて、ぐちゃぐちゃになっているそれが、反射して俺の目にも映っている。
「にーちゃ。今、助けるよ」
声も、二人が混ざり合ってるような、無邪気だけどおどおどしている。そんな声だ。
その瞬間、俺の腹に拳が叩き込まれる。サンドバッグに拳を入れたら、多分こんな風になるんだろうか? 俺は「ごぼっ」と音を立てながら、血と胃の中身を吐きだす。
2回目。今度は別の場所だが、同じ腹に拳が入る。衝撃の後の痛み。そして、吐き出される血。
それを何度も繰り返されているのに、俺はまだ死んでいない。……もういっそ殺してほしいくらいの苦痛。もう何も考えられない。痛みで、何もかも考えたくない。身体の感覚も、少しずつ消えて行ってる気がする。
俺は、二人の顔を見上げる。
……あれ? 幻覚なんだろうか。目の前の二人が、俺の姿になった。俺が俺の髪を掴んで、俺に顔を近づけて、口角を吊り上げ、三日月のように口元が歪み、歯を見せて笑っていた。邪悪で、慈悲の欠片も感じられないその笑み。容姿も声も全部俺の物だ。……前に見た、幻覚。右目が見せていたっていう、あの幻覚か。
幻覚まで見えちまうなんて、もういよいよ、俺もダメだな。
<なあ、もう死んじまうけどいいのか?>
目の前の奴が、ニヤニヤ笑いながら、俺に問いかけてくる。
<死んじまうなら、"俺"がまた全部ぶっ壊してやるけど。いいよな? お前、弱虫だし。俺が代わりにお前の憎い奴全部ぶっ壊してやるよ。いいだろ? なあ?>
……それも悪くないかもしれない。もう何の感覚もないし。
――そういや俺、なんでこんな目に遭ってるんだっけ。ああ、でも、考えるのももう面倒だなあ。
<そうそう。全部俺に委ねりゃいい。そしたら楽になれる。あとは俺に任せろ、お前はもう休んでるといいさ>
周囲が黒く染まっていく。目の前にいる俺以外、黒に染まって何も見えなくなっていく。指先からずっと感覚がなくなっていってる。
……疲れたな、休みたい。
「俺――」
『アレン、目を覚ませ!』
突如聞きなれたしわがれた声がする。それが黒の中で響き渡ってきた。
『アレン、お前は……奪われたものを取り戻すのではないのか?』
その声が大きくなっていく。その度に、黒く染まっていた周囲が晴れていっていた。呼びかけられるたび、俺は自分の感覚を取り戻していくような、そんな気になってくる。
<……>
目の前の俺の姿も消えてなくなっていく。
ああ、そうだ。呑まれちゃいけない。エル、ごめん。また俺……!
『そんな事はどうだっていい。早く我を握れ!』
俺は我に返り、エレノアとルゥに掴まれている腕を足で蹴飛ばした。腕の力が緩み、俺は床に落ちて、そのまま倒れ込む。ダメだ、ダメージが大きすぎて立ち上がれねえ……! だけど、目の前に転がっているエルを握りしめた。今立ち上がらねえと、二度と立ち上がれない気がする。俺は剣を握り締め、自分の足に力を込めてしっかりと踏みしめ、立ち上がって握った剣を大きく振りかぶった。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.63 )
- 日時: 2022/10/03 23:28
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
振りかぶった剣は振り下ろせなかった。
俺は、エレノアとルゥの悲しむ顔を目の当たりにして、手が止まってしまったんだ。
――どうしてそんな顔するんだよ。
そんな顔されたら、俺はお前達を斬るなんて……俺にはできない。シスターに言われたんだ。「あなたはお兄ちゃんなんだから、二人を守らなきゃ」って。お兄ちゃんの俺が……俺が、二人に剣を振り下ろすのか? 俺が躊躇っている間に、二人の反撃の拳が俺の横っ腹に入る。また俺は吹き飛ばされて床を滑った。
……限界だ。意識も朦朧としてきやがった。せっかくのチャンスだったのに……。
立ち上がろうにも、四肢に力が入らず、立ち上がるなんてできっこない。情けねえ。エルに叱咤してもらっても、身体が言う事聞かなきゃ意味がない。
ラケルと団長の呼ぶ声が聞こえる気がする……いや、空耳かも。耳もキーンって鳴り続けてて、雑音がよく聞こえない。だけど、憎くて仕方ないあいつの声だけは、なぜか鮮明に聞こえる。
「貴様は所詮その程度だ、アレン。それが貴様の限界だった。それだけの事だ」
……否定できない。俺の限界はここなんだろう。もう、動けない……。
多分俺、ボロ雑巾みたいになってる。実際、傷だらけで、失血でもう頭痛どころか、全身が痛くて寒くて、さっき動けたのが本当に奇跡だったみたいだ。
「兄さん。今元に戻してあげる」
エレノア、ルゥ……。言いたい事とか聞きたい事が山ほどありすぎる。山ほどあるけど、声も出せない。言葉にできない気持ちは目に溜まっていく。涙はこんなにも溢れているってのに、声は出せないのかよ……っ!
俺は呆然とエレノアとルゥを見上げる。巨腕が作った握りこぶし。それを俺に振り下ろして止めを刺すつもりか。……抵抗したくてもできない。
「アレンッ!」
少年の声が俺の耳に届く。……ラケル? 俺は目の前にラケルが割って入り、エレノアとルゥの握りこぶしを光の鎖で巻き付けて、動きを止めていた。ギリギリと音を立てながら二人は何とか腕を動かそうと抵抗するが、動けば動くほど鎖が絡みつく。その隙に、ラケルはメイドと執事がいるであろう方に顔を向ける。
「フラクタ、フリジア! アレンを安全な場所まで、早く!」
ラケルの焦りの混じった怒号。それを聞いたメイドと執事が俺の肩に腕を入れ、担ぎ上げた。ボロボロの俺の両肩に二人が支え合っている。俺を引き摺っているので、動きは遅いが二人は必死にこの場から離れようとしていた。
「アレン様。少々お待ちください」
「あ、安全な場所まで運びます」
「……お、い」
俺の口から出た言葉は、それがやっとだ。「俺はいいから、ラケルを助けてやってくれ」って言いたいのに、言えないし、その気持ちに反して俺はラケルから離れていく。だけど、そんなの、皇帝が許すはずもない。ソフィアが俺達の前に立ちふさがる。まるで獲物を追い詰めた猛獣。そんな構図だ。
「逃がすと思いますか?」
「ひっ……!」
執事が思わず声を漏らし、怯えたように奴の顔を見る。だが、メイドは素早く俺達の前に出る。
「……兄さまはアレン様を――」
メイドが武器を取ろうと前に出ようとしたが、メイドの身体は切り裂かれる。突然の出来事に、執事は動揺を隠せず、多分無意識にソフィアに向かっていったんだろう。執事は武器を手にソフィアに飛び掛かった。
「この愚兄にして愚妹あり、ね」
だけど、呆気なく執事も剣で体を貫かれる。二人とも流れ出る血が床に広がっていく。ソフィアは倒れている執事の身体を踏みつけ、念入りにぐりぐりと足を回していた。
「ラケル。あなたが私に逆らうからこうなったんですよ。あなたが、私の意に反しなければ、こんな事にはならなかった」
ああ、ダメだ。もう無理だ。こいつが憎くて仕方ないはずなのに、今は完全に恐怖を感じてる。
……こんな状況でどうやって奴に勝てるんだよ。そんな風に頭の中でグルグルと回りながら、俺は傷を受けた二人をただ眺める事しかできない。
ソフィアは俺の前に立つ。俺を見下ろし、剣を振り上げていた。
「さようなら、永遠にね」
奴の振り下ろされた剣は俺を切り裂くはず……いや、俺は無傷だった。
俺の前にラケルが立ちふさがり、杖で剣を――杖ごと切り裂かれていた。だが、まだ彼に生気はあり、瞼をカッと見開いてソフィアに向かって手をかざした。
「光輪術式解放、「コード:ルーメン・ザッハィシオ」!」
周囲が白に染まる。目を開けていられない程の光。轟音と浮き上がる身体。何が起きているんだ? 瞼を閉じていても光が目に入ってくる程の眩い光に包まれる。その中で、魔女とソフィアの声が聞こえる。それに遠く離れて行ってる。その間にも、周りはガラガラとか、バラバラとか。そういった音が耳障りに聞こえてくる。まだ光がなくならない。眩しくて多分目を開けてられない。
やがて静かになる。俺の目の前でどさっという何かが床に倒れる音が聞こえたので、目を開けると、目の前に仰向けに倒れているラケルがいた。
「ラケルッ!」
俺はさっきまで声も出なくなるまで弱っていたはず。だけど、不思議と身体が軽く、声も出た。俺はラケルの身体を抱えて瞳を閉じた彼に呼びかける。弱弱しく瞼を開けると、俺を見上げて微笑んでいる。
「……ああ、アレン。よかった……」
よかった? 何が良かったってんだよ!
俺は反射的に叫んだ。
「何が良かったんだよ――」
「お前からはもう魂をほとんど感じることはできない。何をした?」
俺の叫びを遮ったのは、いつの間にか隣で俺と一緒にラケルを見下ろしていたエルが、俺の聞きたい事を代わりに尋ねる。ラケルがふふっと笑っていた。
「僕の身体は特殊でね。力は「クレイドル・リインカーネイション」。まあ、簡単に言えば、周囲の魂を自分の中に集めて、それを行使することができるんだ。魂がある限り、僕は死なない。寿命を迎えるまではね……」
「寿命……?」
俺が繰り返すと、背後から団長も歩み寄ってくる。剣で真っ二つに切り裂かれたメイドと執事を、両腕に抱えて。
「寿命を迎えるまでは、中にいる魂が身代わりになってくれるから、死ぬ寸前になっても死ぬことは無かった。だが今回は、その魂を解放してしまった。つまりは――」
「ラケルはじきに死ぬ」
団長を遮ってエルがそう宣告すると、ラケルも受け入れるように頷く。
「「コード:ルーメン・ザッハィシオ」。僕の先祖から伝わる、禁忌の術式……なのかな。多分術式っぽいかも。うん術式でいいや。まあ、それはね、自分の中の魂を全部解放して、周囲一帯を焼け野原にするようなモノだったんだよ」
周囲を焼け野原に……!?
そんな危険なモノを使うなんて。だけど、それなら俺達も死んでるはず。なんで生きているんだ?
俺は頭に浮かんだ疑問をラケルにぶつけた。
「じゃあ、なんで……俺達は生きてるんだよ?」
「わかんない……だけど、君達を守りたいと強く願ったから、きっと女神エターナル様が守ってくれたのかもね。ほら、僕って信心深いからさ」
あははと力なく笑うラケル。……理由はわかんないけど、きっとラケルの言う通りかもしれない。神様は信じてないけど……それは俺が信じてないから手を貸さなかっただけの事。神を信じているっていうラケルが言うように、神様が奇跡を与えてくれたのなら、ラケルは普段から神様を崇拝していて……きっとラケルは間違いなく、神の御許へ逝けるのだろう。シスターが昔言っていたように。
やがて、ラケルの瞳から光が無くなって、虚空を見つめるようになった。
「アレン、もう君の顔は見えないけど、最期にいいかな?」
「なんだよ?」
俺が聞くと、ラケルは微笑みを絶やさず、子供に言い聞かせる大人のように、優しく。……だけど厳しく。うまく言えないけど、そんな風な顔で、俺に向かって。
「……君は人形ではないけど、君は間違いなく心を持った人間だよ。それを忘れないように。いいね?」
そう言い聞かせた。ラケルは手探りで俺を探す。その手を握り締め、俺は強く頷いた。
「ああ。ありがとう、ラケル……本当に」
俺の言葉が届いたのか届いていないのか、ラケルは突然俺の顔に向かって手を伸ばした。突然の事に動揺するが、ラケルは子供のような無邪気な笑顔を見せていた。満面の笑みで、俺の顔の頬に触れる。そして優しく撫でながら、一筋の涙を流していた。
「アシュレイ? ……そうか、君はそこにいたのか。ずっと会いたかったよ。もう離れないで。寂しくて僕みたいなウサギは死んじゃうんだから、さ……」
ラケルはそう言い残して、静かに瞼を閉じて、二度と開く事はなかった。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.64 )
- 日時: 2022/10/05 20:54
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
俺はラケル、それとメイドのフリジアと執事のフラクタ達が眠る墓の前にいた。
結論から言えば、イルミナル領は滅びた。ラケルの最期の光によって。……周囲一帯っていうから、範囲はどれくらいかと思っていたけど、イルミナル領全域を包むほどの威力だったとは。だけど、死人はどこを探してもいなかった。亡骸ごと消し飛ばしたのか、それとも、逃げているのか。いずれにしてもわからない。風がびゅうっと吹いて髪がなびく。
陽はてっぺんまで昇って傾く最中。もうじき空は茜色に染まるだろう。眼前の墓を照らす光で溢れている……。今日はまだ半日しか経っていないはずなのに、幾日も経ったような気分だ。これは現実なんだろうか。……まだ夢の中じゃないかって思いもするけど……ああ、なんというか。俺ってこんな感傷的になるほど弱かったっけ。
「まったく、こんなお洗濯日和に辛気臭い顔して」
幻聴かな。ラケルの声が背後から聞こえる。俺は思わず俯いた。
「ごめん」
「キミは気負いすぎるんだよ。もっとリラックスしなきゃ。ハゲるよ」
……ハゲるは言い過ぎだろうが。俺は苛立ったが、我慢した。……いや、我慢できねえ。ちょっと言い返そう。
「誰がハゲだ」
「誰もハゲなんて言ってないでしょうが。あ、自覚でもあるのかな!?」
嘲笑するように「うぷぷ~」とか言い出す。……畜生、すげえムカつく!
「誰が――」
俺は声のする方へ振り返ると……あれ、エルしかいない。エルは黙って俺を見ている。……ってか、ラケルの声がするから生き返ったのかと――
「何バカな事言ってんのさ。ここだよ、ここ!」
声がする方を見てみる。エルの肩に何か乗っていた。桃色の髪と、ラケルの服にそっくりなものを着たぬいぐるみ。……あ、でも瞬きしてやがる。この国が蒸気機関で動いているのは知ってるけど、こんなものまで。全自動のぬいぐるみなんかも作られてんのか。すげえな。
「なんだこれ。ラケルのぬいぐるみか? エル、趣味が悪いな」
「お前にはこれがぬいぐるみに見えるのか」
「えぇ?」
俺はぬいぐるみに顔を近づける。
「デコイさんキック!」
「ぐあぁ!?」
突然頬を蹴り上げてくるぬいぐるみ。いや、ぬいぐるみのくせになんか、堅いもので殴られたような衝撃と痛みが走る。なんなんだこれ!?
「趣味が悪いとは失敬だぞ、アレン。ボクがわからないのか!?」
ぬいぐるみが叫ぶ。……うん、ぬいぐるみが動いてる。
「俺……もしかしたら疲れてるのかも」
「キミ、どうしてもボクを認めたくないのかな……」
―――
とりあえず時間は要したけど、目の前にラケルっぽいぬいぐるみが人間みたいに動いて、喋ってる。これはどういう事だろうか。つーか、術とか力の一種なんだろうか。しかも、さっき蹴られた時、生き物のような質量っていうか。そういうのがあった。……マジなんなんだよこれ。
「お前、ラケルか? 同じ声だし、それっぽい見た目だし」
「いや、「ラケル・イルミナル」は死んだよ。君が一番よくわかってるはずでしょ」
「……」
じゃあ、こいつは一体何なんだ? ラケルじゃないなら、なんで同じ声と似たような挙動で、喋ったり動いたりできるんだよ。……という疑問を即座に答えてくれた。
「じゃあ、改めて自己紹介ね。ボクは「ラケル・デコイ」。「デコイさん」とでも呼んでよ」
デコイ――
「さんをつけろよデコスケ」
デコイさんは「えへん」と言いながら胸を叩いて、腰に手を当てる。「ドヤァ」と言いたげに鼻も鳴らしている。ラケルっぽいけど、ラケルではないのか。
「デコイさん。お前はラケルと同じ魂の色を持っているようだが、一体何なのだ?」
エルが俺の聞きたい事を代弁してくれた。デコイさんは「ん」と一言だけ言って頷く。
「ボクはそうだな。「ラケル・イルミナル」の魂の欠片が宿ったぬいぐるみ。彼が死んだ時とかとにかくなんらかの理由で動けない時の為に、ラケルの代わりに動けるようにって、魂の一部をぬいぐるみに入れて、動いてるんだ」
「へえ……ってそんな事できんのかよ!?」
「できてるから今ここにボクがいるんでしょうが」
デコイさんは肩をすくめ、呆れたような声を出す。挙動が自然で、ぬいぐるみがヌルヌル動いているその光景は、本当に現実感がない。まあ、これはすぐに慣れそうだ。
「「クレイドル・リインカーネイション」は、魂を貯蔵するだけでなく、自分の魂の一部を空っぽの器に入れて、分身を造る事もできる。ボクは、その"最後の分身"ってワケ」
「最後?」
どういう事だ? 最後って……デコイさん以外にも分身はあったのか?
「バーバラに灰にされちゃったんだよ。本当は本体であるラケルが殺されない為の囮だったんだけど。ボク以外全滅しちゃった」
デコイさんはニコニコ笑いながらそういう。
「お前はなぜここにいる? お前だけが生き残っているのだ?」
エルの質問にデコイさんは頷いた。
「そりゃ、ちょっと一仕事してたんだよ。ボクは朝からね」
「一仕事?」
「ロンド君とマリアちゃんに協力を仰いで、イルミナル領の皆を昨日から避難させてたんだ。ラケル自身がさ」
デコイさんが腕を組んで「大変だったよぉ」と言いながらうんうん頷いている。
彼の話によると……昨日の昼頃に、しかも団長と会談中にパンテレグラフにとあるメッセージが来たらしい。知り合いの占星術師が、「この後、悪魔と魔王がそちらに来る」という短い文章が来て、ただ事じゃないと悟ったラケルは、一足早く領民達への避難通達。そしてクルーガー公とエスティア公、他友人の領主にイルミナル領の領民達を受け入れるよう促していた。俺とあいつが交戦を始めた頃には、皆領の外に出られていた。……団長も一枚噛んでたようで、団員の皆も手伝っていた。
だから、俺と団長とエル以外は誰も来なかったし、なんか邸宅が殺風景だったのか。と納得する。
「正直、一晩でなんとかなるもんだね。ラケルのお友達は皆いい人で良かったよ」
「だから心置きなくあんなすごい術式を使う事が出来たのか」
「うん。だけど、本当はキミ達も領内から出てほしかったと思うよ。奇跡が起きなかったら、ボク達も消し炭になってたわけだし。不幸中の幸いだね」
デコイさんは腕を組んで、うんうん頷いていた。
「ラケルは、どうしてそんな時に俺を呼んで……」
俺はそうつぶやく。ラケルはそんな大変な時に、俺に真実を教えてくれた。どうしてなんだろう。……俺をほっぽって逃げればよかったのに。無関係なんだから。
「ん、そりゃあ。キミがキミの母である「アシュレイ」の子供だからだよ」
「……いや、だから、なんで母さんと俺が親子だから何の関係が――」
俺がそう吐き捨てようとすると、デコイさんは「ん~」っと声を出して、俺を見つめた。
「アシュレイとラケルは親友だったんだ。親友の子であるアレン。キミには前に進んでほしかったんじゃないかなぁ。キミはずっと前に進めなかったって、アルテアも言ってたしね」
前に? ……前にか。そういや、真実を知るまでは下と後ろばかり見ていた気がするな。言われてそう気づく。ラケルがいなかったら、俺……多分ずっと怯えて苦しんでるだけだったかもしれねえ。そう思うと、今日はラケルに会えて良かったかもしれないな。うん。良かった。
「ん。今日で一番最高の顔だね。ラケルもその顔が見たかったと思うよ」
「そ、そうかな? ……へへっ」
俺は照れ隠しに鼻を指でこする。昨日はディルク兄ちゃんとジェニー姉ちゃん、それに師匠にも背中を押してもらったし、今日はラケルに手を引いてもらった。……これでいいんだ。皆が必死になって俺を助けてくれている。俺も、いつか助けてもらった分、返していかなきゃな。
よし。
「デコイ、さんは、これからどうするんだよ?」
「ん……」
デコイさんは周りを見ながら困ったように笑う。
「ボクの役目はもう終わったからね。囮としての役目を終えた今、どうすれば……どうしようかな……」
寂しそうにそうぽつりと言うと、俺は彼に手を伸ばした。何気なく。デコイさんは俺の手を見て首を傾げた。
「……アレン?」
「行くとこがないなら俺達についてこいよ。ラケルの分身なら、ラケルの事も知ってるだろ? お前とラケルの事も知りたいし。いいだろ?」
デコイさんは驚いたようで、おろおろとし始めた。
「い、いや。ボクは分身ってだけで、戦う力も力もない。足手まといになっちゃうかも」
「一人増えたところで関係ないだろ。団長もいるし、うちの傭兵団は面白おかしい連中ばっかだ。毎日退屈しねえと思うぜ」
デコイさんはしばらく頭を抱えて悩み、周りをキョロキョロを見回した後、やっと決意したように頷いて、俺の伸ばしていた手に触れた。ぬいぐるみなのに、ヒトの肌のような質量を感じる。こいつも生きてるんだな……俺はそう思う。
「ありがとう、アレン……ありがとう」
デコイさんは涙ぐんだような声を出し、震えていた。