ダーク・ファンタジー小説
- Re: 叛逆の燈火 ( No.69 )
- 日時: 2022/10/09 14:52
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
イルミナル領は滅びた。という報告を受け、私はただ、「そうですか」と一言だけ返事をした後、報告に来たバーバラに退室するよう命じた。
あの日、奴につけられた傷は意外に重く、私はまたベッドの上で療養しなければならなかった。ネクも私の傍を離れず、ずっと私の顔を覗き込んだり、頭を撫でてくれたり、ずっとせわしなく動いている。
私は窓の外にある景色、それを見つめていた。今日はしとしとと雨が降っている。灰色の空から、無数の雫が落ちてきて、窓を含めて全てを濡らしていた。
「……ネク」
「なあに?」
私の呼びかけに、すぐネクは駆けつけてくる。こうして一人ベッドで寝込んでいても、ネクだけは私の呼びかけに応えてくれるから、すごく安心する。
「雨って私は好き。嫌なものとか、全部洗い流してくれる気がするし」
私が自分に言い聞かせるようにそう言うと、ネクがまた私の額に手を当てて、そのまま優しく撫でてくれた。
「わたしも~。あめはいいよね。ソフィアちゃんがきらいなもの、つぎのひになったらぜーんぶながして、けしてくれるもん。だいすき!」
満面の笑み。私の言った事とほぼ同じことだけど、いいの。ネクだけでも同意してくれる人がいるなら、それで。
私はふと真上を見上げる。私のベッドは天蓋があり、それを見つめた。何の理由があるわけでもないけど。まあ、それ以外見るものがないっていのもあるんだけどね。
イルミナル領は消えた。「ラケル・イルミナル」が放ったあの光によって。文字通り、光と消えた。その後、イルミナル領の領民達は、他所へ逃げて行ったらしい。バーバラがそう言ってくれた。バーバラが観測してくれた通り、イルミナル領にはあいつがいた。だから、ビスク――エレノアとルゥの試運転を兼ねて、あいつとあの二人を会わせれば、どんな反応してくれるか楽しみでもあった。予想通り、あいつは動きを止めて、成す術なく瀕死に追い込めた。……本当はラケルを捕らえて、お母さまの事や父上の事、それに有益な情報を彼の口から聞こうとしたし、マギリエルに任せて強制的に私に従わせようとも考えてたんだけど。奴のせいで全部ダメになってしまった。本当に、肝心なところをいつも邪魔される。腹が立つ。あんな奴……死んでしまえば清々するのに! どうしてあの時死んでくれなかったのッ!
「ああ、本当に。あんな奴、この世からいなくなればいいのに」
私は無意識に憎悪が口から出てしまった。でも、別にいい。ネク以外誰もいないんだから。
「失礼いたします」
誰もいないと思って安心しきっていたところに……嫌な奴がきた。ネクも警戒している。私もこいつの事は好きじゃない。むしろ、嫌いで仕方ない。
「アストリア・ベルフォーダー」。
フルフェイスの兜を被って素顔は見た事ない。鎧を常に着てて、腹を見せないようにしている。最初は男かと思ってたけど、声は中性的で、多分女だと思う。
こいつは7年前のあの日以降に突然姿を現して、私の前にアイツらの残党の首を手土産に跪いてきた。で、開口一番「私はあなたに従います」なんて言う。信用できるはずもない。アイツらの仲間ってだけで本当はすぐに首を刎ね飛ばしたかった。……でも彼女は堂々とし、しかも首元に剣を突き立てられてもその態度を崩さなかった。だから気持ち悪くて、適当にあしらった。だけど、それがいけなかったのかも。今では何かと私に取り入ろうと近づいてくる。私の影に忍び寄り、今じゃ喉元近くまで這いよって来てる。まるで蛇。
だけど。こいつのおかげで私の最終的な目的に確実に近づいているのは事実。イルミナル領を襲う計画も、こいつが立てたんだ。「ラケル・イルミナル」を引き込むと考えたのもこいつ。最近は、こいつの言いなりになってるんじゃないかってくらい、何かとこいつの提案を飲んでいる気がする。本当はもっと早くに有無を言わさず首を刎ね飛ばすべきだったわ。……本当に。
私の嫌悪感丸出しの表情を見たのか、それとも見ていないのか。はたまた無視したのか。わからないけど、アストリアは私の様子を見て口を開いた。……のかも。
「陛下。お加減はいかがです?」
無難な質問。見ればわかるでしょう。
「何の用ですか? 手短にお願いします」
こいつのせいで、心も休まらない。イライラする。でも、それを顔に出すと相手の思うつぼね。
「いえ、ただのお見舞いなのですが。配下が上の様子を見に来るのは、おかしなことですかな?」
と、彼女は小馬鹿にするように言う。……私の被害妄想かもしれないけど、でも……こいつが私を心から心配なんかするはずもない。意味のない事をするような奴じゃない事はわかってるのよ。
「なら、早く立ち去りなさい。あなたと同じ部屋に、1秒でもいたくないんです」
私はそう嫌悪感丸出しで彼女に、吐き捨てるように言った。ネクも「そーだそーだ!」と言って、アストリアを追い出そうとしている。だが、彼女は動こうとしない。
「随分嫌われたものです。私は、あなたに全てを賭して尽くしているというのに」
へえ。そうだったんだ。
「ふうん。あなたにとってはどうかと思いますが、一応仲間であった宰相達の残党の首を斬り落とし、私の前に出したり、私を煽るような事を言って発破をかけたり、私を言葉巧みに動かそうとしたり。あれがあなたの忠誠とでも? 正直言って、あなたが私を操ろうとするあの宰相一派とやってる事は変わらないし、信用できるはずもない。なんせ、あいつらと同じような目をしているんだもの」
私は思っていることを全部とは言わないけど、言ってやった。まあ、こいつがどんな反応するかなんて予想通りだ。その予想通りの表情と反応。やっぱりこいつ嫌い。こいつは何か言おうと口を開く。……だけど、私は今この通り、まともに話せる状態じゃない。だから遮った。
「出ていきなさい。今はあなたとは話したくもない」
私はそう言ってシーツの中に顔をうずめた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.70 )
- 日時: 2022/10/10 15:25
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
アストリアが「失礼します」と言い残し、素直に部屋を出たようだ。私は彼女が出て行ったことを確認する為にシーツから顔を出す。ネク以外は誰もいない、私の自室。……やっと心が休まる。私はため息をつくと、心配そうにネクが近づいてきて私の頭をまた優しく撫でてくれた。
ふと自分につけられた傷を見る。奴も力の使い方に慣れてきているようで、動きや力量、戦術は精度を上げてきているようだ。7年前よりも手強かった。私も……なんとか強くなってきていると思っていたけれど、それは自分の手駒に比べれば。その程度ってワケだわ。慢心は良くないわね。勉強になった。
「早速修行……とはいかないわね」
毒や身体の病は、ネクと繋がっている御蔭で瞬時に浄化されるからいいんだけど、傷はどうしようもない。自分の身体の治癒力が何とかしてくれるのを待つのみだ。
だけど、私が動けない分、バーバラが私の代わりに軍を動かしてくれている。
今の目的は、エクエス傭兵団を潰す事。奴らの存在は目の上のたん瘤というべきだろう。今は小さくとも、必ず近々私の邪魔になる。これは確信できる。……だから、バーバラに追跡してもらい、何としてでも葬り去ろうと指示を仰いでいるのだけれど。
「アレン・ミーティア」。アレの存在のせいで、今一歩順調に計画が進まない。本当に鬱陶しい。どうにかしてアイツを消してしまわないと。……とはいえ、奴のしぶとさも相当の物。今までも消してしまおうと考えはするものの、うまくいかなかった。
……手駒をうまく使わないと。奴らが本格的に私に牙を向ける前に、その牙をへし折ってあげないと。
私は、身体を起こす。身体全体を覆う軋む痛み。いや、この程度の痛み……完全に毒が全身に回って苦しくて死んじゃう思いをした7年前に比べれば、全然苦しくないし辛くない。そう思いながら、部屋の片隅にあるパンテレグラフに近づく。……バーバラに次の指示を送らないと。
[ブラッドを動かしなさい]
それだけ打ち込んで送信した。……多分、これで伝わると思う。
まだやるべきことがある。ブラッドが失敗した時の保険の為に、"彼"も動かさないとね。ちょうどいい、最近暇を持て余して遊ばせていたから、こういう処理も、彼なら十分やり遂げるでしょう。
「……っ」
身体に軋んだ痛みが走って、思わずその場に座り込む。ネクが心配そうに私に寄り添って、背中を摩ってくれた。
「大丈夫よ、ネク」
「ほんと?」
「うん。ネクのおかげで、少し痛みが和らいだ」
私はネクに向かって微笑みを作って見せた。
最近は、ネクとバーバラ以外にこんな顔は見せてない。人形のように振舞うのは別に慣れてるけど、意外に体力を使うのよね。……でも、そんな弱音なんか吐いてられない。計画を進める為に、障害を排除しなくては。
私は身体を引き摺りながら、ベッドまで歩み寄り、倒れ込む。そして、ある物に視線をやった。それを見る度に、私は自分の計画を再確認する。
……「全ての人間に死を」。私の意志はとうに固まっている。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.71 )
- 日時: 2022/10/12 18:31
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
イルミナル領が消えたあの日。あの後。俺の身体には傷一つない……というか、綺麗さっぱり消えていた。立てなくなるほどの失血だったはずなのに、それも嘘のようになくなっている。これも、ラケルのおかげなのか。よくわかんねえけど……でもこれだけはわかる。ラケルは、俺に命をくれたんだって。……これは師匠が言ってた言葉なんだけどさ。
で、イルミナル領が消え去った後、俺達は一先ず拠点へ戻る事にした。その拠点って言うのは、スティライア王国の辺境の廃村……だったのを、そこを拠点にしていた「クーゴ・フェイカー」というお兄さんと彼が束ねる義賊の集団「ユートピア」、そしてクルーガー公の友人でもある剣士の「シャオ・ウーロン」というお兄さんがクルーガー公と協力して、快適に住めるよう改造した場所なんだってさ。もちろん、俺達も一応帰る場所として使わせてもらってる。
イルミナル領の領民達は、クルーガー公やエスティア公、その他協力者の皆が匿ってくれて、なんとか無事だ。ラケルが予め根回しをしてくれていたから、皆無事で済んだってワケ。……それでも、ラケルを失ったのはかなりデカいようだ。ラケルは彼ら同盟の司令塔のような存在。それを失った今、帝国との戦いは苦戦を強いられるだろう。……と、エスティア公が言っていた。それがどう意味するのかは、まだわからないけど、いずれにせよ。今後は今まで以上に慎重にならなくては。って団長も言ってた。
「さて、堅苦しい話はこれくらいにしようか」
団長が要人を集めての軍議――最も、軍と言う程人はまだいない。でも、着々と革命の日が近づいている。それは、味方が増えていっているという事だ。今は村の大きな天幕の中で大事な話し合い。エスティア公、クルーガー公、クーゴ兄ちゃん、シャオ兄ちゃん、それぞれの側近。それに団長と副長と俺。皆が丸テーブルに世界地図を広げ、チェスの駒を使って各国の情勢を皆で意見交換、計画を練りつつ、今後の動きについて話している。
「ちょいと質問だよ、エクエスさん」
軍議に参加していた背の高い兄さん。黒髪のボッサボサの短髪で、右頬になんかよくわかんない模様の入れ墨? がある。ぼんやりしてる風貌で、割とズボラそうな割に、結構綺麗目のシャツとかジャケットとか着てるし。意外と綺麗好きなのかもな。
そんなクーゴ兄ちゃんが手を挙げた。
「クーゴ、なんだ?」
「そこの金髪のガキんちょは、どうしてこの軍議に参加してるんだ?」
うん。兄ちゃんの言いたい事もわかる。俺もなぜ今日ここにいるのかよくわかんねえ。っていうか、今までは外で聞いていたから。俺もなんで? と言いたげに目線を団長に送る。団長は頷くと、皆に目を配った。
「彼、「アレン・ミーティア」は……この同盟にとっての星だ。希望の星となって瞬くか、死兆星となって消えるのか。それは俺にもわからん。だが、間違いなく。この革命において、アレンという存在は確実に意味を持つ。ラケルもそう言っていた」
「ほぉう」
クーゴ兄ちゃんが腕を組んで感心するような声を出す。
「そりゃええなぁ。うちら同盟に瞬く極星ってワケかいな。ウンウン、確かにごっつい強そうなんね」
なんだか独特の喋り方で、ニコニコしながら俺の頭を、くしゃくしゃと掻きまわすシャオ兄ちゃん。シャオ兄ちゃんもかなり背が高く、腰近くまである深緑の長髪と、ニッコニコの満面の笑みが特徴的だ。この辺じゃ見た事ない変な服着てて、腰には剣をぶら下げている。そんな兄ちゃんなんだが、結構ガタイがいい。しかも力も強いから、割とぐしゃぐしゃと掻きまわされて、髪がボッサボサになっちまった。
なんで俺、背の高い人に高確率で頭を掻きまわされんだよ……!
「アレンクンはもう少し、おまんま食いな~? 男らしくおっきなりいよ~?」
よくわからんけど、小馬鹿にされている事はよくわかる。超腹立つ……。だけど気にしないでおこう。俺が成長すればいいだけだもんな。うん。
そんな様子を見かねて、団長が咳払いをした。
「で、だ。それはさておき。次に向かう場所は――」
「ン。ル・フェアリオ王国はどーかな?」
団長を遮ってシャオ兄ちゃんが提案する。結構マイペースな人だと思ったが、団長は慣れているのか、それをスルーして首を振った。
「いや、あそこは今どういう状況か不明だ。迂闊に入れない。なんせ、エクエス傭兵団は指名手配されている。帝国の隣国であるあそこは、まだ触れない方がいいだろう」
それを聞いて、エスティア公が頭を抱えてため息をついた。
「そうも言ってられぬだろう、アルテア。確かにフォートレス、スティライアの協力はなんとか秘密裏に得ることはできた。だが、残りル・フェアリオにも協力を仰がねば……帝国のあの魔王に勝つなどできぬだろうに。魔王は強い。しかも着実に力をつけている。それに魔女や人体兵器である「合成魔物」、それに最近各地で騒がせている狂犬、死人を操る死霊術師、他にも問題は山積みだ。それらに勝とうと思うのなら……少しでも仲間を増やさねばならぬだろう?」
それを聞いたクルーガー公はうんうんと頷く。確かに、帝国には強力な力を持つ奴、兵器や軍事力……それらは圧倒的で。あいつらがその気になれば、俺達の居場所を割り出してさっさと潰しに来るだろう。それでも今こうしてこうやって軍議なんかを開けるのは、単純に魔王ソフィアが俺達を泳がせているだけなんだろうさ。それとも、他になんか理由でもあんのかね。まあ、今考えても答えなんか出ねえんだけどさ。
「それだったらよ。オレがル・フェアリオに行くってのはど~かな?」
クーゴ兄ちゃんはそっと手を挙げて、「ちょっと近くの河原に釣りに行ってくる」的軽い感じでそう言うので、俺は「えっ、大丈夫なのか?」と思った。それを見て、クルーガー公も挙手をする。
「……正直クーゴだけじゃ心配だ。俺もついていこう」
「む……いいんだけどさ」
クルーガー公が頭を抱えながらついていくと言った後、クーゴ兄ちゃんは明らかに不服そうだ。……うん、俺も多分クルーガー公の立場なら、ついて行くと思う。まあ、それはさておき。
「で、俺達はどうすんだ?」
副長がぐびぐびと、手に持っている水筒の中身を口に入れながら、団長に尋ねる。団長が「そうだな」と一言言った後。
「ン。じゃあさ、東郷武国に行くってのはどうや?」
シャオ兄ちゃんがそう言った。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.72 )
- 日時: 2022/10/14 18:39
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
俺達エクエス傭兵団は、シャオ兄ちゃんの案内で東郷武国へ向かっている。馬車を使おうって提案してみたが、東郷武国に行くには、雪の山脈を抜けなくてはいけないらしく……。
なんとか数日を使って山を越え谷を越え、洞窟を抜けて、東郷武国の近辺までやってきたというわけである。
シャオ兄ちゃんは東郷武国の近辺の村に住んでいたらしく、元々名前は「霧龍小」なんだってさ。よくわかんねえけど、あの国では名前が後ろに来るみたいだ。兄ちゃんは彼の国について詳しく教えてくれた。
あの国は元々他国と干渉したがらず、篭国を始めたのは7年前。あいつが動き始めた直後らしい。今は国のトップである「幕府」? の首長が魔王に討たれたから、各自治領の領主も、国民も、皆混乱しているようで。その間にも奴らの残党処理があって、それで東郷武国は壊滅状態なんだって。……もう国として機能してないけど、もしかしたら、どこかに機会を伺っている人がいるかもしれない。
って兄ちゃんは言うんだけど、その「どこか」ってどこなんだよ一体。
「あん国の王都……みたいなんがあってな。カグツチっちゅー国一番のでっけえ街があんのよ。あそこならなんか情報とかありそうなんよね。ありそうってだけなんやが」
兄ちゃんがそう言うと、遠くの方を指さす。そういえば、景色も変わってる。なんか細い枝みたいな葉っぱ? が生えたぐねぐねしてる木が生えてる。なんだろうこれ。そう思って近づいて見ると、なんか茶色の実が生ってる?
「あ、それは松や。別にこの辺だけの木っちゅーわけやないで。多分帝国とか、ル・フェアリオとかにも生えとると思うわ」
「思う?」
「ん、実際には見た事ないんや。そっちに行った事ないねんなぁ」
兄ちゃんが遠い目をしながらそういう。
今日は雨が降っている。風はないし、小雨だから特に支障なく俺達は歩いているけど、やっぱりこの中で一番体力のないヘクトは、小雨に打たれて唇を紫色に変色させていた。俺が自分の黒衣を渡そうとするも、強がって「結構です」と言う。でも震え声。
「何言ってんだよ、お前は体弱いんだから、素直に被っとけ」
「……いいです」
「なんでお前はそう強情なんだか」
ヘクトを無視して、俺は自分の黒衣を脱いでヘクトに被せた。まあ俺が小雨に打たれる事になるわけだが、別に構わない。なんというか、あの日。修道院が襲われたあの日から、なんとなく身体が軽く感じるし、滅多な事では病気もしなくなった。元々健康優良体が自慢だし、あの日からじゃないかもしんねえけどさ。
「あ、ありがとございます……」
ヘクトは小声で言うと、素直にフードを深く被った。サイズは合ってないけど、しばらく雨宿りはできるだろう。
その様子を見ていた師匠とスカイ兄ちゃん、モーゼス兄ちゃん――いや、傭兵団の皆が生温かい目で俺達を見ていた。……なんだよ!?
「いやあ、んふふ~」
師匠はもはや気持ち悪いくらいに笑みを浮かべてこちらを見ている。
「ヘクト君も素直になったわねぇ。お兄さん、嬉しいわよ~」
「べ、別に。アレンさんが無理やり着せるからです」
「素直じゃないッスねぇ」
くそっ、居心地悪いな……。とは思うものの。なんだか悪い気はしなかった。不思議だ。
「あ、ははっ」
俺は無意識だと思う。思わず笑った。顔も口も緩んで……心から楽しいと思えた。
そんな俺を見て、皆驚いたような神妙な顔をする。……なんで!?
「おっ、なんだアレン。そんな顔見たの初めてだぜ」
副長が俺に近づいて、肩を組んでくる。結構体重かけてくるので重い。
「な、なんだよ……悪いかよ」
「ううん。あなた、ラケルに会ってから変わったわね」
師匠もそう言いながら近づいてきて、俺の頬を人差し指でつつく。
「……そんなに変わったか?」
「そうですね。お兄ちゃん面する鬱陶しさは変わってませんが」
ヘクトの余計な一言でちょっと怒りたくなった。……が、ただの挑発。戯言。うん。あんなのでいちいち怒ってられん。団長は腕を組みながらヘクトを叱りつける。
「お前は余計なこと言うんじゃない、ヘクト」
「あら、すみません」
叱られたヘクトが素直に謝ってきた。……ヘクトもちょっと変わったかもしれない。昔なら、もっと突っかかってきてたけど。張り合いが無くなったもんだ。
「だんちょ~。エクエス傭兵団は仲いいんやねぇ~」
「まあな。ガキ共が精神的に大人になってきたってのもあるが。良いだろう?」
「せやねぇ。うちもあんたらに会うのがもっと早かったら、傭兵団に入っとったなぁ~」
シャオ兄ちゃんがそんなことをこぼす。
「兄ちゃん、傭兵団に入らねえの?」
俺が何気なく聞いてみる。すると、兄ちゃんは困ったように笑い、頬を指で掻き始めた。
「うち、もう所属してるとこがあんねんなぁ。せやから、お誘いは嬉しいんやが、堪忍ね~」
ふぅん。兄ちゃん、クーゴ兄ちゃんのとこにでも所属してんのかな? まあいいか。そういうのはあんまり詮索しない方がいいって、師匠も言ってたしな。
俺達がそうこう話しているうちに、雨は強くなっていく。ちょうどその頃、村にたどり着いた。
その村は、既に焼き焦げていて、人の死体で埋め尽くされていたんだけど。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.73 )
- 日時: 2022/10/13 21:00
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
この7年で何度も見てきた光景だけど、やっぱり慣れるなんてことは絶対にない。俺達は村に足を踏み入れる。生きている人間なんか一人もいない。野晒しになっている亡骸。……結構時間が経っているからか、ほとんどの人間が白骨化していた。
「こりゃあ、ひどい。残党狩りがこんな辺境まで及んでたのか」
副長が崩れ落ちた家屋の前で、炭になっている柱を持ちあげながらつぶやく。柱の下は骨が柱の下敷きになって、虫が群がっていた。……不思議とそれを見て嫌悪感とかは特に湧かなかった。代わりに、悲しいという感情が渦巻いて、俺の目に溜まってきていた。
「アレン、泣いているのか?」
いつの間にか隣にいたエルが、俺を見上げて首を傾げる。
「……わかんねえけど、この人たち、まだ生きたいって思ってたはずなのに。残党狩りなんて理由で殺されるなんて」
俺はぽつりとつぶやいた。
不思議だ。悲しみは湧き出てくるのに、いつものように魔王への怒りや憎しみと言ったものは何も浮かんでこなかった。ただ、目の前で無念にも倒れてしまった人たちへの、哀れみ。もっと生きたかったんだろうな、という憐み。そう言った感情がどんどん俺の瞳から零れて落ちて行く。
……俺、意外と感傷的だったのかも。不思議だ、自分の事なのに。
「君は優しい子だね、アレン」
唐突にエルの方から、ラケルの声が響く。エルの方を見ると、エルの胸元からひょっこりと顔を出した、ラケルの姿にそっくりなぬいぐるみ。だけど不思議と生物感があって、まるで命を持った人形だ。彼は「ラケル・デコイ」。――いや、「デコイさん」。ラケルの魂の一部がぬいぐるみに宿っている、囮役だった。今は俺達についてきているが、普段はエルの服にしがみついているようだ。
「……優しくないよ、別に」
「いや。死者を慈しむ心は、優しい人間にしかない。死者の為に涙を流すのは、優しい人間にしかできない。君は、優しくて温かい子だよ」
デコイさんはそう笑い、天を見上げる。彼は天候を見て慌てだした。
「ふぎゃっ! 雨降ってんじゃんか、エル、早く言いなよ!」
「知らぬ。雨が苦手なのか?」
「濡れると、乾くまで時間かかるし、最悪体の中にカビ生えちゃうんだよ」
へえ、ぬいぐるみだから、水なんか平気だと思ってた。
「びしょ濡れになったら絞ればいいじゃん」
俺が何気なく言ってみると、デコイさんはぷんすか怒り始めた。
「ぬいぐるみ絞るとか人でなし! 君らだって絞られたら痛いでしょ!」
そ、そういうものなのか。
村を見て回ったが、やはり生きている人間なんかいなかった。……他の村も、こんな惨状なんだろうと、シャオ兄ちゃんは言う。
俺達はとりあえず、雨宿りを作って、その中で雨を凌ぐことにした。即興の小屋の中で火を焚き、冷えた体を温めている俺達。しかも、陽も沈んで周囲は真っ暗になった。雨が降っているから、余計に真っ暗だ。
火を囲んで、とりあえず食事をする俺達。その後は次の目的地や補給の場所、それから、この国について。シャオ兄ちゃんが話してくれた。
「多分、東郷武国は滅びたんやろね。首長の死と共に」
「……そうか」
団長が表情を一切変えず、頷く。
元々この国は他国との干渉を嫌がり、帝国との最後の交流が数百年前単位らしい。まあ、この国の海域は年中嵐なんかで荒れているし、隣の国であるフォートレス王国、ル・フェアリオ王国も厳しい環境の山脈を超えなくてはいけない。あとは、独自の技術で「結界」? ってのを張って他国の人間を完全に拒絶していたんだとか。その独自の技術も、俺達の知っている「術式」にそっくりらしい。よくわかんねえ。でも、術式を作った奴って多分、この国の技術を参考にしたのかもしれない。……って、デコイさんがこっそり耳打ちしてくれた。
「これはうちの予想やけど、この国は多分再建されないやろうね」
「どうして?」
師匠が首を傾げた。
「正直、この国の政治って結構複雑なんよ。国のトップは毎年の投票で決まっとったんや。幕府も国民が選んで、選ばれた人が国の在り方を決めとった。……この国を再建しようと思ったら、相当な人間やないとむずいやろね」
相当な人間……所謂、上に立つに相応しい人。そう言う事かな。
「ん。でもッスよ。首長さんのお子さんとかおるんやないの?」
スカイ兄ちゃんは顎を撫でながらシャオ兄ちゃんの方を見る。その問いにシャオ兄ちゃんは首を振った。
「うちはあの子が上に立つに相応しいかはちと疑問やね」
「なんでッスか?」
「なんちゅーか、心優しいで有名なお姫サンなんやけど。物を切り捨てる事ができへん。ホラ、王様とか、上に立つ人間は、心優しくて抱え込むだけじゃあできへんやろ? ……甘いだけの人間なら、アレンクンでも王様とか将軍とかできるがな」
「……ちっ」
俺はそう言われて舌打ちをした。いや、確かに。上に立つ人間ってのは責任を伴う。抱え込むだけじゃいずれ破綻する。だから切り捨てる必要がある。その判断も、上に立つ人間がしなくてはいけない。優しいだけなら、誰にだってできる。ってのは、そう言う事なんだろ。
「篭国も反対しとったらしいけど、国を守る為に他国との交流を切り捨てるっちゅー判断ができんのは、うちは今後。姫サンが国を再建する時、破綻せえへんか心配や。あん人が「お姫サン」である限り」
優しいだけの人間っていうのは付け込まれる。副長が言っていた事がある。裏切られても怒る事は出来ない。攻撃されても怒れない。それは「優しい」のではなく、「他人に嫌われることを恐れる弱さ」。
……上に立つ人も大変だなぁ。と、俺はそう思いながら、メラメラと揺らめく火を見つめる。火は静かに、だけどめらめら。ゆらゆらと燃え続けていた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.74 )
- 日時: 2022/10/15 16:31
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
翌朝、目を覚ますとエルが既に小屋の外に出ていた。デコイさんと何か話していたようだ。会話の内容は多分他愛のないものだと思うけど。デコイさんが俺に気が付いて、こちらに振り向き、手を振って満面の笑みを見せた。エルは相変わらず無表情。
「ん、おはよ、アレン」
「お前は起きるのが遅いな。皆もう起きて出立の準備をしているぞ」
……起きて早々お小言かよ。
「べ、別にいいだろ。寝坊したわけじゃねえし」
「そうだな。寝坊していたら、またレベッカに頬を叩かれるか、フィリドラに吹っ飛ばされていただろう」
そう聞くと、この傭兵団の女ってこえぇ奴しかいねえな。……つっても、傭兵団に所属している女の人は、副長と師匠だけだ。副長は女を捨てている感じだし、完全に男みたいな言動だ。この前風呂上がりの裸の副長を見て、俺が慌てても副長は「なんでそんなに顔を赤らめてんだよ」と首を傾げている始末。俺だけが一人騒いでて、損してる気分だ。つっても、俺は……ん。そういや、そういう事考えた事ねえな。年上のねーちゃんは、あれだよな。シスターが一番だったから、何とも思えないし、年下もエレノアがちらついてる。かといって同年代。同い年なんか何にも魅力的に感じられない。……つーか。こんな不毛な事考えてる自体無駄な気がしてきた。やめるか。
そう考えながら俯いていると、背後から師匠ががばっと抱き着いてきた。俺は思わず驚いて声を上げるが、師匠はお構いなし。
「うおあっ!?」
「おはようアレン。あ、エルにデコイさんも。おはよ♪」
「おはよ、レベッカ」
デコイさんは手を挙げて挨拶、エルも同じように手を挙げた。いつものように挨拶が済むと、師匠は俺の肩を叩く。……ああ、いつものか。
「今日もやりましょ」
「ああ、お願いします」
俺は頷くと、エルを見た。
今日は昨日の強雨と打って変わって雲一つない快晴。訓練には打ってつけの天候だ。俺達は広い場所へ向かう。ちょうどいい場所に開けた場所があったので、俺達はそこで剣の訓練を始める事にした。毎日朝起きると、朝食ができあがるまで剣の打ち合いと言う名の準備運動。師匠や俺が朝食当番の時は、どっちかがどっちかの当番を手伝う事にしている。
……最近じゃ、俺も手先が器用になって、芋の皮めくりなんか簡単にできるようになったんだ。――ってそりゃ今関係ねえか。
俺達は互いに向かい合う。周囲はいつものように暇そうな団員が、俺達の様子を眺めていた。シャオ兄ちゃんも既に準備を終わらせたのか、俺達の打ち合いを見ている。
「師匠、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
いつものように互いに挨拶を交わし、俺は手にエルを握る。師匠も木刀を握っていた。
師匠は鞘から剣を抜くと、瞬時に目の前まで肉薄してきた。今日はいつもと違って、師匠からの先制攻撃。予想外だったけど、俺は冷静に両手で剣を握り、師匠の斬撃をはじく。……重い! 俺は一歩後退った。それがいけない。師匠は続けて、二連撃目。三、四、五と。上から、横から、下から。目にも止まらぬ速さっていうのか? 目では追いつけない速度で俺に木刀の斬撃を加えてくる。これでも師匠は力を使用していないってんだから、本当に尊敬するよ。
俺だって成長している! ……と同時に、師匠だって成長してるんだ。師匠は訓練だろうがなんだろうが、手は抜かない。だから、俺もそれに応えなくっちゃ。
「でやあっ!」
俺の反撃。師匠の連撃が終わった事を見越して、俺は師匠の肩に剣を振る。手応えはない。師匠は瞬時に身体を捻らせ、俺の背後までくるくると回ってきた。そして、背中に木刀の柄を強く打ち付けてくる。
「がはっ」
「今ので死んだわよ」
師匠の言葉通り、俺は膝をついた。
『連撃を見抜いたまでは良かった。だが、昨日と全く同じミスだな』
エルが俺を見上げ、呆れるようにそうお小言を零す。……ちっくしょう……まだ終わってねえし!
「うっせえ!」
俺はそう言いながらも、冷えた頭で狙いを定める。師匠の腹に向かって剣を刺突。師匠は当然それを身体を翻して回避した。また俺の背後に回ってくる。俺は二度も同じミスはしまいと、肘を振り上げて、師匠の腕に打ち付ける。師匠は読み通り、俺の攻撃に対して怯んだようで、動きを止めた。そのまま俺は剣を持って横へ回転する。
「せぇいっ!」
怯んでいた師匠に剣が当たる。剣の刃はないけど、それでも結構な力で当てたもんだから、師匠が倒れてしまった。
「師匠!?」
俺は慌てて倒れた師匠に近づくと、師匠はにこりと笑う。
「はい、隙あり」
師匠は俺の胸に向かって木刀を突き刺した。……やられた! また師匠の演技に騙された……。
「今のはいい感じね。まだやる?」
師匠が起き上がって、服についた土を払って落としている。余裕の笑みだ。……くそっ、まだやるかって!?
「とーぜん! 今日こそ一本は絶対とってやる」
今まで一度も師匠に勝てた事はない。だから、今日こそは絶対師匠に「参った」って言わせてやるよ!
「参った」
と、俺は降参した。
ち、畜生! 師匠速すぎて追いつけねえ……。俺はその場に座り込んで、肩で息をしながら空を仰ぐ。全然時間は経ってないはずなのに、疲れたぜ。
そんな俺に、師匠は手を伸ばした。
「うふっ、今日は今までで一番良かったかもね。私ももう少しで負けちゃってたかも」
それ、いつも言ってるだろ。
俺はそう思いながらも、差し伸べられた手を握り、師匠に引っ張られて立ち上がる。でも……多分。俺も成長できているかも。昔は剣に振り回されていたけど、今は物になってきているかもしれない。実感はあるのかないのかわかんねえけど、昔よりは筋肉もついて、剣を振りまわせるようにはなってきたはずだ。……もっと強くならなきゃいけない。もっと。
「よし、今日はここまで。朝ごはん食べましょ。私、お腹ペコペコ~」
師匠は腹が減ったと言わんばかりに、腹を摩っている。俺も同時に、「グゥ~」と大きな音を鳴らし、恥ずかしくて俯く。
「朝から元気ね、男の子。お腹空いた分、いっぱい食べましょう♪」
と、師匠は俺の隣まで来て、背中をバンっと叩いた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.75 )
- 日時: 2022/10/15 18:49
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
出立の時間になり、俺達はシャオ兄ちゃんの案内でカグツチへと向かう。道中、俺達の国では見ないような植物を見かけ、それを見る度に、俺とヘクトは「この植物はなんだ」と質問攻めしていた。シャオ兄ちゃんは困った顔なんて一つもせず、丁寧に答えてくれる。
「サクラ」とか、「スイレン」、「レンゲソウ」だったり、「ヤマユリ」なんてのもあった。昨日の雨に濡れて、花弁が散っている花なんかもあったが、それでも残っている花びらの色は綺麗だったな。
そういったものが珍しいもんだから、話に夢中になっていると、いつの間にか次の目的地へとたどりついたようだ。
……やっぱり、そこも焼き焦げていた。生きている人間はいないけど、代わりに白骨が転がっていた。
「一応生きている人間を探してくれ、皆」
団長がそう言った後、俺とエルも焼けた後の村を回ってみる事にした。誰もいない。いるのは……骨。白骨死体だけだ。俺は白骨死体に近づく。
「また、埋葬してやるのか?」
エルがそう聞いてくる。
「ああ、野晒しじゃあ、浮かばれないだろ」
……幽霊なんて信じてないけど、浮遊して行き場のない魂が魔物化するとか、そういう話は聞いたことがある。というか、俺達の身体に魂が宿っているってことも知ってるし、その魂を可視化する技術もある。デコイさんがその技術はフォートレス王国が保有している。って言ってた。事実、その可視化できる技術をさらに進化させた、「魂の具現化」なんてのも、帝国側が保有してるらしい。詳しい事はよくわかんねえけど、「具現化」させて「合成魔物」が生まれたのも、納得できる。人間ってそんな不確かなものを確かなものにできるっていうのは、正直すごいなぁって感心するぜ。
まあ、そういうわけで、亡骸を埋葬するのは意味がある。こっからは不確かな話ではあるけど、魂はどんなに罪を犯していようが、無関係に浄化される。女神エターナルによって。行き場がないっていうのは、魂が女神の御許に行くのを拒否しているか、魂が何らかの理由で留まっているせい。
ラケルの力は、そんな行き場のない魂を自分の中に溜め込んでいたそうだ。本人に聞かなきゃならんけど……。でも、魂を体内に宿して、魂が身代わりになって死を受け入れたり。謎は多いけど、ラケルの意思に応えてくれる程に、ラケルの中にいた大勢の魂は、彼を信頼していたのかもしれない。あるいは別の理由か。それはもう知る事は出来ない。
俺は手当たり次第に白骨死体を拾い上げて、名も知らない人たちの墓を作った。
俺は、彼らの苦痛も、悲痛も、わかってやる事は出来ないけど……でも、こうして墓を作る事で。彼らに対して無念を鎮めてやる事はできるんじゃないか。って思う。
「死者は死者。そこには何もない。彼らは死んだ時点で、もう既に魂はどこかへ逝ってしまったのだから」
手を合わせて祈っている俺の背後で、エルがぽつりとつぶやく。
「わかってる。でも、意味のない事じゃないとも思う」
「……否定はしていない。ただ、他人からすれば、それはお前の自己満足ともみられよう」
自己満足か……間違っちゃいない。
「いいよ、俺がしたいだけなんだ。他人がどう思ったって、俺は考え方を改めない」
「……君は、ラケルにそっくりだ」
突然、デコイさんがエルの服の胸元から顔を出した。
「ラケルに?」
「彼も遠征に出た時に、見ず知らずの人の亡骸を発見した時は、何も言わずに埋葬していた。そして決まって彼らに向かって、「こんな世の中にして申し訳ありません。僕が生きているうちに必ず、あなた達の無念を晴らす、真の平和な世界を作って見せます」って言ってたんだ。……それは叶わなかったけれど」
「真の平和、か」
正直、「平和」で「いつもと変わらない日常」ってのは、人が一番求めていて、一番嫌っているものだ。俺も、多少はそう考えていたことがあったし。
……そもそも平和に何も起きず、俺とソフィアが何も知らないまま今日まで生きて、一緒に過ごしている未来があったとしても。皇帝の席の争いで、血を流していたに違いない。シスターの持っていた絵本にも、「双子の王様」という話が合った。その話の最後は……「互いの首を掻っ切り、双子の王様は共倒れ」。という何とも言えないものだった。席が一つしかない以上、俺達に戦う意思が無くったって、周りが騒ぎ立てる。どんなに仲良しこよしの人間だって、一つしかないものを二つに分けるなんてできない。
「真の平和」って一体なんなんだろうな。
「アレン。無い頭で必死に考えても結論は出ないぞ」
エルが考え込んでいる俺にそう言い放つ。……ムカつきはするものの、無い頭ってのは間違ってない。正直、頭がよかったら、きっと「真の平和」とは何かなんてすぐに答えられるだろうし。
「……そうだな」
俺は振り向きもせずそうつぶやいた。
「俺達、魔王を倒した後……その後は一体どう行動するんだろうな」
巨悪の根源を倒して、はい平和。なんて、世の中そんなご都合主義でもない。その時に考えるなんて楽観視もできない。あいつを倒したところで、また次の魔王が生まれる。「憎悪の連鎖」は早々断ち切る事はできない。
ないないづくしだな。
「ばっかだな、アレン」
デコイさんが肩をすくめて、呆れたようにため息をつく。
「そういう事こそ、全てが終わった後にみんなで考えればいいでしょ」
「それこそ楽観的だっつーの」
「いいじゃん、今は楽観的に考えたって。だって将来の不安を抱えたままじゃ、この後の事が全く何もできなくなるよ。じゃあ、難しい事は今は後回しでいいんだよ。わかった?」
俺をびしっと指さすデコイさん。……そういうものなんだろうか。まあ、いいか。
「わかった、今はそう言う事にしとく」
俺は煮え切らない思いを抱えつつも、そう返事をした。