ダーク・ファンタジー小説
- Re: 叛逆の燈火 ( No.76 )
- 日時: 2022/10/17 20:04
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
各村を転々として、カグツチを目指す俺達。
……ここまで、生きている人に一人も会う事はできなかった。どこかで息をひそめているのか。それとも、皆死んじまってるのか……。それは俺にも、皆にもわからないし、事実生きている人は見つからない。シャオ兄ちゃんの言う通り、この国には未来は無さそうだ。
ただ、シャオ兄ちゃんの言う、「お姫さん」という人物が生きているのなら……。その人がこの国の未来を左右するんだろう。生きていればいいんだけど……。
俺達は王都に一番近いという村にたどり着いた。そこは今までとは違って、争った形跡がのこっていて、地面には穴やくぼみ、鞭で叩きつけたような傷。そして剣が地面に刺さったまま朽ちていた。だけど、不思議な事に骨は残っていなかった。……おかしい。こんだけ争った形跡が深く残ってるのに、亡骸が無いって事はねえだろう。俺はそう思いながら、歩き出す。もちろん、エルもついてきていた。
「……帝国に、死霊術師がいる事は知ってるよね?」
「ああ。それがどうした?」
エルの服の中にいたデコイさんが俺に話しかけてくる。
死霊術師。多分、数年前に戦ったマギリエルの事だよな。あいつの姿も声も、武器も戦い方も全部覚えてる。エルが言うには、「死者を操る」。敵味方関係なく、死者を使役することができる。……って、まさか。
デコイさんが大きく頷いた。
「まさかのまさかじゃないかな。ラケルは一度だけ会った事があるらしいけど、死者を操るだけじゃなく、力の使い方もラケルより上手で、自分の中の魂が取られないように敵前逃亡したくらいの相手さ」
「ラケルが逃げ出す程の相手か……」
俺も昔戦った事はある。だけど、副長と二人がかりで倒せたし、俺一人だったらどうだったんだろうか。
……とりあえず、王都に近いこの村なら、あいつがここに来ていても別におかしくないか。それとも、死体を回収して何かに使うとかしてるかもな。あのマギリエル。目がヤバかったし。
「アレン、我は喉が渇いた」
そのまま歩いていると、エルが唐突に声をかけてくる。……あれ、こいつ昔、「人間が必要なものは別に必要じゃない」的な事言ってなかったっけ。
「お前、水が無くても問題ないとか言ってなかったか?」
「……」
エルは珍しく黙り込み、何か考え込んでいる。あれ、こんな奴だったっけ?
「具合悪いのか?」
「違う」
「おいおい、俺はエスパーじゃねえぞ。口に出してもらわないと――」
「さっきから殺気を感じて落ち着かないのだ」
エルは突然俺のフードを強く引っ張り、俺の耳に顔を近づけて小声で囁いた。
……一瞬ダジャレかと思ったが、こいつがダジャレを言うような奴でもない。それに、デコイさんもなんだか落ち着かないようで。
「アレン、僕も川に行きたいな。いいでしょ?」
なんて言いやがる。
……俺は少し集中した。周囲には傭兵団の皆が生存者を探している。――ってあれ? なんか、傭兵団の皆やシャオ兄ちゃんとは違う何かを感じる。近くの木の陰からだ。……いや、ここじゃ分が悪い。エルやデコイさんの言うように、近くの川まで行ってみるか。
俺が川に向かおうとすると、背後から師匠が「アレン」と声をかけてきた。
「どうしたの? 何かあった?」
「ん、師匠。水が切れたから川に行こうと思ってさ」
「じゃあ私の水筒あげるけど――」
「生理現象だ、レベッカ」
エルがそう口を挟む。……いや、そう言う事にしよう。
「そう言う事だから、あとでね」
「あ、うん。それなら仕方ないわね」
師匠が困ったように笑うと、俺は踵を返してとりあえずいつも通りを装いながら歩きだした。近くの川は本当に近くて、すぐについた。だけど、村からは多少は離れているから、何が起きようと村の方には音は響かないだろうと思う。俺は村からずっとついてきている何かの気配を感じ取っていた。こっちに来てるって事は、やはり俺が狙いだろう。……他人に恨みを買うようなことは、帝国の連中以外にはしてないはずなんだけどな。
俺はたどりついた川を見る。川は穏やかな渓流。意外と浅く、かなり広い。ごつごつした岩があって、水面から顔を出していて。流れる水は岩にぶつかりながら、下流へと身を任せている。奥の方は結構深そうだ。水浴びができるかも。あとで皆も呼ぶか。なんて思いながら、とりあえず水筒の中に水を入れる。綺麗な水だなぁ。冷たくて、ずっと歩きっぱなしだったから、かなり気持ちいいや。
――その刹那、俺の背後から感じていた殺気が近づいてきて、俺に向かって持っている武器を振り下ろした。
「覚悟ッ!」
その叫びと共に白く閃く武器が俺に襲い掛かる。……いや、俺はそれを読んでいた。俺は影に手を当て、白い刃を伸びた影の腕で受け止めた。影の腕が剣を掴んで離さず、奴の動きを止めている。
「何!?」
「お前……不意打ちとか。恥ずかしくねーのかよ!?」
俺は苛立ちながらそう言い、俺を襲ってきたそいつの顔に向かって蹴りを入れてやった。奴の顔に俺の蹴りがクリーンヒット。奴は予想外の攻撃に怯んでいるようだった。
「エル!」
「承知した」
エルは返事をすると同時に俺に握られる。俺は奴に向かって突進し、剣を振った。奴は俺の攻撃に気が付くと、持っている剣で俺の攻撃を受け止める。もう少しフラついてくれると思ったんだけどな……!
奴の姿を捕らえる。黒い長い髪を一本に結わえた、深紅の瞳を持つ男。……俺より背が高いし、かなり体格もいい。変な帽子と変な服は、多分この国特有の民族衣装って奴かもな。年齢は何歳かわかんねえけど、多分副長と同じくらいだろ。奴は殺気立った瞳で俺を睨んでいる。
「貴様……よくも我が国を。我らが首長の首を……! 何が恥であるか。貴様の蛮行こそ、貴様にとって恥ではござらぬか!?」
「……はあ」
俺はあからさまな態度で、あからさまにため息をつく。まあ、わざとなんだけどさ。……予想通り、奴が激昂して俺に怒声を浴びせる。
「なんだその態度は! 拙者を愚弄しているのか!?」
「それもあるよ。……ただ」
俺は静かに奴を睨んだ。
「魔王と勘違いされたことにムカついてんだよ、こっちは」
- Re: 叛逆の燈火 ( No.77 )
- 日時: 2022/10/18 20:09
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
ラケルが死んだあの日以来だと思う。俺は自分でもわかるくらい怒っていた。……あいつと勘違いされたからじゃない。いきなり背後から不意打ちしてきて、挙句によく見もしないくせに決めつける事に腹が立ってる。……こいつもあの王女様と一緒だ。顔だけ見て判断しやがって!
「お前みたいなのは嫌いだ。話も聞かねえ、見かけだけで判断する奴なんか、ぶっ潰してやる!」
影から数本の黒い槍を射出して、目の前の奴を狙い撃つ。だけど、奴は全部見切ったように剣で斬り落とす。なら、これなら……! と、俺は影を蛇のように伸ばして奴の手足を狙った。やっぱり斬り落とされる。その隙をついて剣を構えて突進するが、やはりそれもいとも簡単に薙ぎ払われた。
一度膝をつき、下から剣を振り上げたが、やっぱり素早く回避された。……なんだよこいつ! 動きがまるでトカゲみたいにチョロチョロしやがる! 捕らえられねえ……。俺はうざったくてイライラしていた。……なんだか周囲が黒く染まっている気がする。気のせいかな。
「こちらの番でござるな!」
奴がそう叫ぶと、目の前まで迫ってきて納刀していた剣を、素早く抜刀。俺の腕の服に切り傷と、肌がぱっくりと割れて血が噴き出した。その後すぐに2回目の斬撃……いや、刺突だ。俺は握っている剣でなんとか軌道を逸らす。まだ続く。3回目がくる!
俺は集中し、その3連撃目の斬撃を見る。
――今朝、師匠も5連撃を俺に与えてきた。昨日も、一昨日も。……見切ってやる。
俺は素早く体を翻し、3連撃目の斬撃を見切って回避した。
「――ッ!?」
奴は、まさか避けられるとは。という顔で目を剥く。その隙は絶対に逃さねえ。俺は剣を振り上げた。両手剣の振りは大きい。奴の剣で受け止められるのは目に見えていた。
……こいつは殺す気でやらなきゃ、俺が死ぬ。だったら、殺す気でいるなら、殺されても文句はねえよな? 俺は奴を睨み、右腕を変形させた。
「死ね……!」
俺は右腕で奴の頭を掴み、そのまま地面へ叩きつける。小さく悲鳴を上げた。……なんだ、いい声で鳴くんだ、これ。俺は右腕に力を込める。その度に奴から声が漏れるので、なんだか面白かった。
……こいつ、俺を殺そうとしてるみたいだし。いいよな、死んだって。「誰かを殺すのはいつだって殺される覚悟がある奴だけ」。殺される覚悟のねー奴が、奇襲をかけたりしねえもんな。このまま握りつぶしてやるか。まだ虫みたいに動いてるし。この世界を穢す、人間に生きてる価値なんか
――はっ!?
「ち、違う! 俺の意思じゃねえ、こんなの!」
思わず右腕を戻して俺は頭を抱えながら後退した。
違う。これは神竜の意思であって、俺の意思じゃない。俺は誰かを殺そうなんて考えたくない! ……くそっ、俺、結局……!
俺は脱力感からか、その場に腰から地面に落ちる。頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。心臓も鼓動を激しく脈打ってきていた。息も乱れる。目の前が歪んでくる。
俺の様子を怪訝そうに見ていた奴が、俺に近づいてくる。……しまった、殺される。こいつ、俺を殺そうと――
「やめろ、俺は――」
俺は身体が震え、必死に声高に。叫ぼうと口を開いた。「俺は殺しも殺されたくもない」と。
だけど、そう叫ぼうとしたその時。目の前に波打った黒髪の女の人が、俺を庇うように割って入る。……師匠だ。
「誰、あなた? 私のかわいい弟子に何をしているの!?」
師匠は奴に剣を向けて、普段の温厚な彼女からは想像もつかない、威圧感のある声で叫ぶ。怒っているようだった。師匠の肩にはラケルが乗っている。……多分、デコイさんが師匠を呼んできてくれたんだろうな。俺は師匠の姿を見て安堵のため息をついた。
「……貴様こそ、その女の仲間でござるか?」
「えっ?」
師匠は思わず腑抜けた声を出して剣を落としそうになる。俺をあの女と勘違いしてるんだから、まあ女だと思ってるよな。そこで、肩に乗っているデコイさんが訂正することにした。
「いや、彼は男だ。「アレン・ミーティア」。それが彼の名だよ」
それを聞いて今度は奴が「はっ?」と同じく腑抜けた声を出して、ぽかんとした表情になっている。……まあ、双子だし、体格も似たようなもんだから、勘違いするのは無理もねえけどさ。
「……だ、だがっ! その禍々しくも面妖な巫術、それにその右腕! それにお主のその肩に乗ってる小鬼! 我らが首長の首をとった魔王とそっくりな顔が何よりの証明だろうに!」
「……はあ」
またわざとらしくため息をつく俺。……訳が分からんという顔で俺達を見るけど、小鬼呼ばわりされてカチンと来たようであるデコイさんが、なるべく落ち着いている風を装って説明した。
「僕は小鬼じゃないよ。むしろ、妖精さん扱いしてほしいな。名前は「ラケル・デコイ」。あとこっちの女の人は「レベッカ・リジア」。そして彼はさっきも言ったけど、「アレン・ミーティア」。魔王じゃない。むしろ、魔王を倒す為の極星だよ。顔は似てるけど、違う人だからね」
説明を最後まで聞き、奴は俺をまじまじと見る。……そして、はっとした顔をしたかと思うと、地に手をついて頭を地面にこすりつけながら大声で叫んだ。
「も、申し訳ありません、拙者の勘違いでござったぁっ!!」
- Re: 叛逆の燈火 ( No.78 )
- 日時: 2022/10/20 00:06
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: 9igayva7)
その後、師匠の提案で奴――さっき名乗ってた「カズマサ」を縛り上げておくことにした。それには文句がないみたいで、カズマサは何も言わずにされるがままだった。ずぅんっと暗い顔をしてやがる。……さっきまでの殺気立った表情や気配は完全に消え失せて、意気消沈して俯いたままだ。なんかかわいそうになってきた。
縛り上げたカズマサを連れて団長達の前に彼を出すと、シャオ兄ちゃんが彼の姿を見て驚いていた。
「げっ、カズ!」
すごく嫌そうな顔をしている。カズマサも同様に嫌なものを見たという顔していた。
「なんスか、お二人。お知り合い?」
スカイ兄ちゃんがそう尋ねると、シャオ兄ちゃんが首を振った。
「知り合い言うんか、苦手言うんか、敵言うんか、なんやろなあ」
シャオ兄ちゃんが腕を組んでうんうん唸る。
「奴は皮肉嫌味陰湿たっぷり「西京」出身の雨龍小でござるよ! なぜこんなところにいるんでござるか!?」
さいきょー? なんだそりゃ。
シャオ兄ちゃんはそれを聞くと、はあっとデカいため息をついて、半目でカズマサを一瞥した。
「あんなぁ、西やら東やら細かい事言うとんの、「東賀」出身のあんたらだけやで。気にするだけはよう歳食うよ~?」
「なんだと貴様ぁ! 東賀を愚弄するか!?」
「せえへんせえへん」
なんだか知り合いのようだ。……というか、詳しく話が聞きたいのに、二人がこの状態じゃできないよなぁ。とりあえず落ち着いてもらうために、互いをなんとか宥める俺達。しばらく経って、二人は苛立ってはいるものの、平静を装っているようだった。
ようやく話ができると思い、俺はカズマサについて聞いてみた。
「なあ、カズマサ。俺を狙った理由はまあ察しはつくけど……。それはそれとして、あんたは一体何者なんだ?」
服装はシャオ兄ちゃんも似たようなもんだし、別にそこは突っ込まないでおくか。とりあえず、この人が何者なのか。それだけははっきりしたい。
「改めて名を名乗らせていただく。拙者の名は阿頼耶一雅と申す。この国の幕府の馬廻衆の一員でござる」
「うままわりしゅー?」
俺が首を傾げると、シャオ兄ちゃんがにっこりと笑う。
「所謂親衛隊。アレン君達側やったら騎馬兵や、騎士言うたらわかるやろ?」
「ああ!」
俺はやっと理解できて手をポンっと叩いた。カズマサは続ける。
「我が国は突如として魔王軍……あの白き魔王が、この先の幕府の天領である加具土命の居城を攻め入り、圧倒的な巫術にて我らが首長を始め、次々に要人達の首をとったのだ。……我らは指揮官を失い、すぐに烏合の衆へと成り下がってしまった。統率の取れぬ烏合の衆は、さらに追い詰められ、再起を図ろうにも不可能であった。……魔王の手下の「鬼女」。さらには血を操る「妖怪」に不気味な姿の「魑魅魍魎」達。奴らに蹂躙され、我が国は既に虫の息。……姫様を逃がすので精いっぱいでござった」
「……魔王、あの子も結構徹底的にやるのねぇ」
モーゼス兄ちゃんがため息交じりにそう言うと、皆神妙な面持ちで俯いた。
魔王ソフィア。人間という生き物が相当嫌いで、徹底的に蹂躙してやるという強い意思を感じる。……いや、多分そうなんだろう。俺ならわかる。神竜に侵食されてきている俺なら……。
ソフィア――神竜の目的は、多分「自分という存在を蹂躙し、道具にしようとした人間達への復讐」だろう。……でなきゃ、逃げていった残党を、普通は放置しておくものだ。どうせ烏合の衆なんだから、放置したって構わないと、奴だったらそう思うはず。実際、俺達同盟はそれで生かされてるんだから。
「それと、多分。ソフィアはこの国が嫌いなのかもね」
デコイさんがエルの服から顔を出してそう言った。その言葉に皆がデコイさんに注目する。
「この国が嫌い……? 小鬼よ、それはどういうことでござ――」
「小鬼じゃないよ、もう! いい、言わないっ!」
2回目は流石に許容できなかったのか、デコイさんはプリプリ怒って服の中に引っ込んでしまった。皆が各々呆れた様子でカズマサを見る。……状況が飲み込めないでいるカズマサに、シャオ兄ちゃんが静かに肩を叩いた。
「相変わらず空気が読めへんなあ、「東賀」の連中は」
「き、貴様っ! 斬るっ!!」
「やあねえ、怖い怖い~」
再び二人の喧嘩が勃発しそうなので、二人を宥める俺達。……なんかだんだん面倒になってきたな。と、俺は肩をすくめた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.79 )
- 日時: 2022/10/20 20:43
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
とりあえず、シャオ兄ちゃんが言うには、「東賀」と「西京」は東郷武国の地方の名前であり、東半分が東賀、西半分は西京と呼ばれてるらしく、東と西では方言や衣食住なども違うらしい。卵焼きで例えるなら東賀は甘じょっぱく、西京はしょっ辛い。基本的に東賀は濃く力強い味付けが、西京では薄く繊細な味付けが好まれてるんだと。で、東西の出身者は互いにいがみ合ってるんだと。……まあ、確かに。文化の違いや価値観の違いで争う事はあるだろうから、なんらおかしい事はないはずだ。
ちなみにシャオ兄ちゃんの喋り方は、西京での方言で、カズマサのは、別に方言ではないそうだ。ただ、東賀のモノノフはカズマサの喋り方で話す人が多いそう。
シャオ兄ちゃんとカズマサは、同じ所属の戦友らしい。だけど、顔を合わせる度にいがみ合っているんだと。この二人は別に仲が悪いってわけではないらしいが、ちょっと馬が合わないだけなんだって。俺は、友達でも知り合いでもない二人が、なんだか面白い関係ではあるなあと感心した。ただ、お互いがお互いを苦手としているのは事実らしく、あまり顔を合わせていないんだってさ。
シャオ兄ちゃんがカズマサの事を「カズ」と呼ぶのは、子ども扱いしているからなんだと。年齢はカズマサの方が上らしいけどな、一応。
「……で、カズ。姫サンはどこにおるん?」
シャオ兄ちゃんが腰に手を当てて、カズマサを見下ろしていると、彼は目を逸らした。
「わからへんのん?」
「いや、そうではない」
カズマサは傭兵団の皆を、俺を見る。
「まず……お主らが信用に値するかどうか判断してからでござる。我らが最後の希望の姫は、この国を再興させる鍵で在らせられる。……正直、魔王に顔がそっくりなお主は――」
俺を睨むように指し示すカズマサ。……ああ、わかってるさ。俺が魔王にそっくりだから、信用できねえってことだろう。だったら会いに行かない。それで解決だ。俺は彼の言葉を遮り、吐き捨てるように口を開いた。
「じゃあ、俺、姫には会わねえよ。俺、姫様が特に嫌いだし」
「アレンさん」
そんな俺に向かって、ヘクトが珍しく語気を強める。……本当に珍しい。ヘクトの奴が、俺を真っ直ぐ見つめてくる。いつもはため息交じりに横目で追うだけなのに。俺はたじろいだ。
「なんだよ、ヘクト。俺が信用できねえなら、俺がいなきゃいいだろ」
「子供みたいなことを言わないでください。今のアレンさんは"不本意"ですが、仮にも同盟を導く人。いつまでもそんな態度では困ります」
珍しくヘクトが俺に突っかかってくる。……こいつの言う通りとも思うけど、納得いかない。つーか、不本意ですがってなんだよ! 俺は苛立って拳を握り締める。こいつまで何言ってやがるんだ。
「子供とか大人の問題じゃないんだよ。俺、姫っていう人種が嫌いなんだよ」
「嫌いだから会わないんですか? そういうのが子供だっていうんですよ」
「お前も子供じゃねえか!」
「確かに。僕はアレンさんより年下のずっと子供です。ですが、物分かりは良い方ですよ。アレンさんとは違って」
「んぐっ……てめ……はあ」
――はー。やめだ。こんなやり取り、子供っぽくていやだ。俺も「嫌われるのが怖い」って考えてるんだ。こんなんじゃダメなんだよ。相手に拒否されそうだからって、自分から離れようとすんの、俺の悪い癖だ。ラケルもこんな俺を見てたら、指さして大げさに大笑いするかもしんねえし、シスターだってこつんと俺に拳骨を食らわせるだろうな。こんな俺、今すぐやめて変わろう。……俺は握り拳を開いて、胸をぽんぽんと掌で叩いた。
「ごめん。……俺、まだ大人になり切れてねえ。簡単に引き下がるのは、大人のする事じゃねえよな」
「――うわ、気持ち悪いくらい素直になりましたね。どうしたんですか?」
「お・ま・え・なあっ!」
ヘクトの冗談交じりの返答に、俺はつい声を荒げた後、ヘクトが珍しく吹き出して笑っていた。それに釣られたみたいで、俺も声を上げて笑う。珍しいことだらけだ。素直になるとすごく楽だ。初めて知った。
「……アレン殿」
そんなやり取りを見て、カズマサが突然頭を下げた。俺はびっくりして顔が引きつる。……突然の事で驚いた。だって、さっきまでこいつ、俺を信用してなかったんだぞ? それが――
「すまぬ、申し訳ない! まだお主の事を疑っていたようだ。……あの魔王がお主に成りすまして、拙者を騙そうなどと、警戒していた。だが、お主の満面の笑みを見て確信したのだ。あの悪逆非道の白い魔王が演技だろうと笑顔で仲間と仲良くするなどと、考えられぬ。……拙者は、大変な思い違いをしていたようだ」
「うん、アホやなカズは。こんな子疑うとかマジないわー」
「き、き、貴様ッ!」
必死に頭を地面にこすりつけて謝罪するカズマサに追い打ちをかけるように、シャオ兄ちゃんは「ぷくく~」と口元に手を当てて笑っている。カズマサはというと、シャオ兄ちゃんを睨んでいるが、今は手が縛られているので動けない。……かわいそうになってきた。
その後、カズマサは咳払いした後、俺達を見上げる。
「……姫様の居場所を申す前に、主らの事を教えてはくれぬだろうか? それで信用することにしよう」
そりゃそうだ。俺達は俺達の事をまだカズマサに話してねえし。そう思った俺達は、各々自分達の事を語り出した。
魔王と敵対し、魔王に反旗を翻す為に仲間を集めている事。仲間達と共に機会を伺っている事。……そして俺の事。俺の出生の秘密なんかは言わなかったが、カズマサは察したようで、うんうん頷いて、涙をどばどば滝のように流し始めた。
「む、ぅ……姉弟で殺し合うなどと、そんな残酷な事を……! アレン殿ぉ、お主は苦労したのでござるなぁぁ!!」
「……」
俺はそれには反応しなかった。
そりゃ、「姉弟が殺し合う」なんてこと、傍から見たら残酷で悲しい事なんだろう。でも、俺はそうは思わない。アレが姉だとは思った事もないし、アレは最初から会った時から、殺すべき敵だ。
……っ、また俺……ラケルが死んだあの日から、右腕や右目の疼きが収まってきている気がしてきたけど、今までよりマシってだけだ。まだ神竜の奴、俺を侵食してこようと隙を狙って来てやがる……!
俺が右目に手を当てて俯いているのを、カズマサは心配そうに覗き込んできた。
「アレン殿?」
「……ごめん、あいつは姉弟なんかじゃない。ただ血が繋がってるだけの他人だ。それ以上でもそれ以下でもない。この話はこれで終わりにしてくれ」
「え、あ……んん?」
彼は首を傾げるが、俺は顔を伏せて何も見えないように……いや、見ないように。両目に手を当てていた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.80 )
- 日時: 2022/10/22 00:58
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: ZZRB/2hW)
カズマサの案内で、俺達はそこから近場の廃村まで来ていた。……もう何十年も放置されている事だけはわかるその廃村に、首長の一人娘である、「渕舞千智」が隠れているんだって。……正直、廃村に身を隠すなんて意味のない事を。って思った。
帝国には「魔女ゴーテル」って、魔法使いがいる。奴がその気になれば、姫さんを捕らえたり、なんだったら殺す事だってできる。簡単だ。……なんせ、俺達がイルミナル領にいた事すら見えてたんだ。あいつらの掌の上で踊らされてる感じがして嫌だけど、こちらから何かを仕掛けたって、今は勝てるはずがない。……そう団長も副長も言ってた。せめて、魔法に対する対抗策、もしくは、それに匹敵する程の軍事力。手札が揃っていない以上、今動く事は愚行に等しい。らしい。
だけど、魔女が姫さんを狙わない理由は……考えられるのは恐らく「泳がせている」。もしかしたら、「利用するだけの価値はない」と判断したのかも。
「その線が大きいかもしれないわね。魔王の事だし、「一人じゃ何もできない」と切り捨てて放置してるんじゃないかしら」
「あの女ならありえそうだな」
師匠の言葉に俺は同意する。
すると、カズマサが振り向いた。
「アレン殿は魔王に会ったんでござるか?」
俺は頷く。
「ああ。何度か殺し合った。まあ、でも。引き分けばっかで終わってるけどな」
「……やはり、姉弟が殺し合うなど――」
「カズマサ、喉が大事なら、それ以上口にするな」
低い声でカズマサを威嚇すると、カズマサは慌てて道案内に戻った。……今のは俺の意思か? クソッ、だんだん自分の意思なのか、神竜の意思なのかよくわかんなくなってきた。頭がおかしくなりそうだ。
しばらく歩くと、なんだか仰々しい赤い建物? ……いや、なんかのオブジェか? 門のようなものが道を示す様に並んで立っている。それに、石の階段が山の方へと続いている。
モーゼス兄ちゃんが、赤い物を見上げながら首を傾げた。
「シャオ君、この赤い物はなんていうの?」
「これは鳥居。なんや、神サンと人間の世界を分け隔てる門らしいで」
「神様……エターナル神の事ですか?」
ヘクトがそう聞くと、シャオは首を振る。
「いや、東郷武国では一つの神を信じとらんねん。「八百万」言うてな。全ての物事には神が宿っているっちゅー考え方や。だからどんなもんも、どんな事も、感謝して大切にせえへんといかんのよ。それが、東郷武国の一種の信心やね」
面白い考え方だ。……俺達の国じゃ、神を信じる人はエターナル神を唯一神だって決めつけてるのにな。国も違えば文化も考え方も違うのは、本当に面白い。ヘクトの方を見ると、嬉々としてメモを取り、必死に読み返している。ヘクトの奴もこの国の考え方を面白いと感じてるみたいだ。
山頂の方を見上げると、鳥居が続いているのか、赤色の線がぐんにゃりぐにゃぐにゃと曲がり曲がってひねくれながら、てっぺんまで伸びていた。カズマサが、その山頂を指さした。
「この階段の上にある「神社」に姫様や護衛達を隠してござる。かなりあるが、頑張って登ってくれ」
ジンジャー? あれか? 食べると身体が温かくなる奴。
「それはショウガでござる。神社とは、神を祀る社。文字通りでござるよ」
上の神社では「雨照霊狐尊」という、天候を司るとされる狐の神様が祀られてるんだと。……名前長いな。この辺りでは天領であるカグツチを守る神様だと崇められている。神社も高い場所にあるのは、天に一番近いこの山に建てるのが最適だから……って言う事らしいけど、実際はどういう理由かは不明なんだってさ。
「たけえな。何段あるんだ?」
副長が山頂まで続く鳥居を見ながら一言。
「3000段前後って「神主」が言うてたよ」
「さ、さんぜん……」
段数を聞いてヘクトが呆然としていた。うん、多分絶望しちゃったのかもしれない。なんだかショックを受けて、目を見開いて口をぽっかり開けている。……こんなヘクトの顔は見た事ない。俺はかわいそうに感じて、ヘクトに声をかけた。
「きつくなったら言えよ、ヘクト。俺がおぶってやるから」
「……必要ありません」
ヘクトは我先にと階段を上り始める。……素直になりゃいいのにな、あいつも。
この長い長い階段を登った感想……うん、俺はもう階段というものを登りたくない。そう思った。
俺達傭兵団はやっと神社なる場所へとたどりついた。古ぼけた木製の建物、狐のような形の像が建物の前に対になって置かれている。お世辞にも綺麗な建物とは言えないけど、掃除が行き届いているのか、かなり古ぼけている割には綺麗だった。
カズマサが靴を脱いで、神社の中へと入っていく。そして、扉? の前に立つと、ノックを3回鳴らした。
「姫。ただいま戻り申した。……報告がございます故、入室の許可を願いたい」
扉が、木をこすりつけながら開く音がして、音と共に扉も開いた。中からは、壮年の男の人が顔だけ出してカズマサと、周囲にいる俺達を見回した。
「……姫を今お呼びいたします。しばしここでお待ちください」
男性がそう言うと、再び扉が閉まった。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.81 )
- 日時: 2022/10/22 21:12
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: ZIg4kuY4)
それは青天の霹靂。突如として起こった出来事だった。
それは私の脳裏に焼き付いて、離れるどころか、闇から這い出て来ては私に手を伸ばしていた。
私は……それに臆して、閉じこもっていた。
本当に、昨日まで何もない、前兆すらなかったというのに。どうしてこんな事になってしまったのか。
その日は私は城下町で警邏をしていたところだった。
私は、幕府首長の娘という肩書はあるけれど、そういった立場だからこそ、皆に恥ずかしくない……闘病の末、亡くなった母にも顔向けできる、上に立つに相応しい人間でありたいと願い、日々行動していた。城下町だけじゃない、近隣の町や村にも顔を出し、病に苦しむ人に寄り添い、貧しくも強く生きる人たちに激励を。感謝の言葉を何度ももらったけれど、それは当然の事。私は、当たり前の事をしているつもりだ。母ならそう言っていただろうし、「罪を憎んで人を憎まず」は、母の口癖のようなものだった。
逆に、父は厳格な人で、責任感が強い。……それ故、「自分の事は自分で責任をとれ」と何度も教わった。何事にも責任感を持って行動し、慎重に選択する。私と母が「個」を尊重するならば、父は「衆」を尊重する人だ。
7年前。魔王が世界への叛逆を宣言したあの日。魔王の無機質な声で世界の敵となると言ったあの日から。父は東郷武国を守る為に「篭国」の儀を行った。柳営達との話し合いの結果だそうだ。「篭国」とは、この加具土命を中心に東郷武国全域に結界を張って、文字通り国に篭って他国との交流を断つという事。
まだ幼かった私は父の背を追う。
「父上。我々だけ国に引きこもるというの事は、他国を見捨てるおつもりですか!?」
「……そうだ」
私の問いに、重々しく口を開き、肯定する。
……今こそ、他国と協力し、魔王を討つべきではないのか。私はその考えを父に伝えると、父は首を振った。
「お前はまだ若い。それに幼い」
「私は今年で9歳です」
「守られる年齢だ。それに、お前も私の立場になればわかる事だよ。国を守るという事は、「個」を守る為に、「個」を捨てなければならないという事が。そして、それを決断するのは、いつだって、上に立つ者の役目であり、責任なのだ」
その時はわからなかった。
守る為には引きこもるより、皆で協力した方がいいと、そう思った。
正直、今でもわからない。確かに、大衆を守る為には「個」を捨てるしかないんだろう。でも、切り捨てられた者を守れないで、上に立つ資格があるのだろうか? やはり、父の考え方は間違っているのかもしれない。だったら、私が次の首長となり、誰もが幸福でいられる、理想の国を作る。それで、父とは違うやり方で、皆が笑う事の出来る国を――。
そんな父が、突如現れた白い魔王によって討たれた。
私は城が襲われたと聞いて、急いで父の元へと向かった。その道中はまさに地獄絵図。赤と黒が混じり合い、人々から流れ出る血が海となっていて、そこにいた大勢の黒い鎧が赤色を吸っているかのようにまだら模様を作っていた。
黒い鎧の人達が民を切り捨てている。民を守る為に対処しても、別の人が狙われて呆気なく命を落としていく。私の、母譲りの巫術で応戦するも、守れた民は一握りだった。
だけど、赤に染まる城を駆け抜け、やっとの思いで父の元へと辿りつき、ふすまをはしたなく蹴破る。そこで見た光景は――。
「あら、遅かったのね。お姫様」
「――!?」
父上の首をぶら下げて、私の方をみる白の女。瞳は赤く、無表情。白い姿に赤い瞳。その無機質な声がその部屋に響いた。この部屋は城で一番高い場所にある。外の様子も見えた。城下町は燃えている。……もちろん、この城もごうごうと音を立てて。
状況が読めてきた私は、無意識に女につかみかかろうと飛び出していたみたいだ。だけど、女がひらりとそれを躱し、私の髪を掴んで床に叩きつけた。泥のついた畳に顔を押し付けられる。痛みなんかどうだっていい。……この女が、父を……!
「貴様が、父上をッ!」
「ああ、あなたがこの人の娘さん? マヌケ面がよく似ていると思いました」
無機質な声なのに、私を挑発している事はよくわかる。だから余計に許せない!
「殺す……殺してやる……っ!」
「……ネク、この子のドライブを教えて?」
女が誰かに何かを問いかけている。その答えはすぐに帰ってきた。幼い女の子の声だ。
「ん、このこ。いろんないろをもっててきれいだよ。5にんのせーれーさんをもってる! あと、くろいひと……ちがうや。8このくびをもってるね。「やま」「おろち」? そんななまえ! なんだかこのこじしんをたべようとしてるのかな。でもなんかふういんされてる。でもそれ、ソフィアちゃんならこわせるし、べつにソフィアちゃんのてきじゃないよ。さっさところしちゃおう」
女の子の声に私は血の気が引いた。さっきまで熱を持っていた意思が、「ころしちゃおう」という言葉一つで、一気に氷点下まで下がって、身体が震える。
……殺される。私、死を覚悟できてなかった。このまま父と同じように――
「……いいえ、いい事を考えたわ。この子は放置しましょう」
女が何か面白い遊びを思いついたと言わんばかりに、そう言った。そして、私から手を離す。
この好機を逃さまいと、私は手に持っていた刀を振りあげた。――だが、女の指先から光弾が放たれ、私の刀ははじかれ、そのまま背後の畳に深く突き刺さる。
「鬼ごっこしましょう、お姫様。今から、あなたの中の「鬼さん」を解放してあげる。無事に逃げきれたら、ご褒美を差し上げましょう」
初めて目の前の女が笑ったようだ。口角を吊り上げて、邪悪に。
彼女が私に向かって剣を振り上げて、その剣は私の真上にあったから、振り下ろされて。剣が私を真っ二つに切り裂いた。最後に見えたのは、白い女が私を見下ろして、何かを言っていた光景。
<逃げ惑え、お姫様>
と、言っていたのかもしれない。
――私は東郷武国が滅びた後に目を覚ましたようだ。加具土命の近くにある、雨照様の神社へと、生き残り達が私を運んで看病してくれていたようだった。本当に感謝しかない。私は、あの女に殺されたものだと思っていたのだから。……あの女、一体私に何を? 私の身体はすっかり傷が消えている。あの時、一体何が起きていたのだろうか。――という疑問を抱きつつ、私は元気に立ち上がる事が出来た。
その時からか、脳裏で声が聞こえるようになる。重々しくて、全てをひれ伏せるという意思すら感じる、低い声。その声は絶えず聞こえてくるので、頭がおかしくなりそうだ。
同時に、夢を見るようにもなった。黒い影が私に手を伸ばして捕まえようとする夢。それが毎日。黒い影は私を追いかける度にこういう。
『逃げても無駄。諦めろ』
日が経つに連れて、それが大きくなっていて、終いには夢から飛び出して幻覚と言う形で見えるようになった。私は、外に出る事が怖くなり、ある日を境に引きこもっていた。当然、上に立つ者が。国を再興するべき人間が、こんな事ではきっと、部下に示しがつかない……。
黒い影は私を嘲笑うように、闇の中から這い出てくる。そして、「諦めろ」と連呼してきていた。
……突如、私の部屋の扉が少し開き、この神社の神主が顔を出す。
「姫、カズマサが客人を連れて戻りました」
この部屋に一人でいるのは恐ろしい。そう思った私は、
「そ、その方々をこちらへ」
と、震える声を出した。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.82 )
- 日時: 2022/10/22 22:19
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
神社を案内してくれたこのオジサンが「神主」って人らしく、この人とこの人の部下、あと姫さんの従者の人とかがこの神社で身を隠しているんだって、俺達を案内してくれた神主が言ってた。俺達は神社の中を歩く。団長、副長、それとモーゼス兄ちゃんと俺……ついでにエルとデコイさん。あとはカズマサとシャオ兄ちゃんも姫さんに会うために、靴を脱いで中へと入った。神社の中は意外と広く、屋敷の中みたいだ。木製の床が俺達の体重を感じる度に、ギシギシと音を立てる。廊下は外の光を招き入れてるおかげで明るく、庭には緑色の葉をつけた大木が、そよ風を受けてさらさらと流れていた。
とある部屋の前で神主が座り込んで、扉を引く。スーッと音を立て扉が開くと、中に入るよう促された。俺達は姫さんと対面する。
「はじめまして、私は「アルテア・エクエス」。傭兵団を束ね、指揮する者です」
団長は代表して俺達の紹介をしながら、自分たちの目的を伝えると、姫さんは俺達に座るよう許可をくれた。
姫さんの第一印象は、なんというか、痩せていた。俺達傭兵団だって、金もないし今は帝国が何でもかんでも管理している時代。満足に毎日食べられるわけじゃないから、結構痩せてる方なんだけど、姫さんはなんというか、骨と皮しかないんじゃないかってくらい、病的な痩せ方だ。
長い黒髪はぱさついててるし、目の下には隈がある。紅白の見た事のない服。美人なんだけど、見ただけでわかる。ずっと何かに悩まされているって事が。
「……魔王!?」
彼女は俺の顔を見てびくっと体を震わせた。俺は一応フードで顔を隠してはいたんだけど、俺の顔をずっと覗き込んできて、顔を見たんだろう……つか、こいつもあいつらと同じみたいに、俺を魔王と呼んでくる。いい加減うんざりしてくると思って、言い返そうと口を開くと、カズマサがそれを察したように俺を制してきた。
「姫、この方は魔王の双子の弟君でございます。魔王を討つべく、仲間を集めている最中だとか」
カズマサがそう補足すると、姫さんは「そ、そうですか」と一言言うと、俺をじろじろ見る。……ったく、見てくんじゃねえよ。俺は舌打ちをしながら肘をついてそっぽを向いた。
「改めて自己紹介させていただきます。私は、「渕舞千智」。どうぞ、チサトとお呼びくださいませ、傭兵団の皆様」
姫さんと団長達が話を進めるのを見ている中、俺のフードの中にデコイさんがひょいっと入り込む。背後にエルがいた。
俺達は小声で話し合う。
「ねねね、あのお姫様。なんだか内側に黒い何かがいるみたいだよ。で、お姫様を締め付けてる」
「は? なんだよそれ。神竜か?」
「違うね。でも、神竜に匹敵する悍ましい魔物には違いないよ」
「……なんでわかる?」
「エルがそう言えって」
「なんで直接言わねえんだよ、エル」
エルはじっと俺を見ている。なんだかそわそわしていて、落ち着くことができない状態だ。
「エル?」
俺が小声でエルに話しかけると、エルは苦虫を噛み潰したような顔で目を泳がせている。……こんなエルは初めて見た。どうしたんだ、こいつ。だけど、やっと決心したような顔を見せて、俺に顔を近づけた。
「……あのチサトの中の黒い蛇が、我らを狙っているようなのだ。落ち着かん……アレン、なんとかしろ」
「な、なんとかしろつったって……」
「チサトも気づいているのではないのか? あの者の中の蛇が自分を食い殺す事と、アレンを狙っているのを」
「じゃあ、早く離れた方が――」
「アレン、そんなことしたら多分、チサトちゃんって子、死んじゃうよ。誰かが封印を破ったせいで、蛇がどんどん大きくなってるんだから。今はチサトちゃんがなんとかできてるけど、随分時間が経っちゃってるせいか、僕らの手に負えるかどうかもわかんないくらい、肥大化してるし」
「じゃあ、どうすりゃいいってんだよ!?」
「そこをなんとかしろっていってんの」
「無茶言うなっつーの!」
俺とエルとデコイさんが話し合っていると、隣にいたモーゼス兄ちゃんが顔を向けた。
「……どうしたの?」
「あ、いや。足がしびれてきただけだ」
今は大事な話し合いの最中。せめて、話し合いが終わってからじゃないと。俺だって考える時間が欲しいんだって。
俺は瞳を閉じて集中した。確かに、姫さんの中に黒く渦巻くなんかがいる。いや、渦巻くってレベルじゃない。太くて長い黒蛇が何匹も集まって、姫さんに巻き付いて締め付けてるんだ。もしかして、こいつも俺みたいに魂を繋ぎ合わせて――いや、あんな人体兵器が何度も成功できるはずがない。冷静になれ。この国は他国との交流がほとんどないつってたし、帝国や他国が交流を試みようとしたのは云十年前。それ以降は放置していたってデコイさんが言ってた。つーか、さっき誰かが封印を破ったって。つまり、元々姫さんの中に閉じ込めてたって事だからーつまり?
くそっ、俺だけが考えても結論出ねえ。こうなったら、後で皆と話し合う時間を作って、すぐに――
俺はもう一度姫さんの方を見る。
「……!?」
黒い蛇と目が合う。……とぐろを巻いて、俺を狙おうと頭を低くしている。――こいつ、俺を狙っているのか? 俺は悪寒が走って身震いする。
「……どうされましたか、アレン殿?」
姫さんがこちらを見て、心配そうに顔を覗き込んでいた。だけど、その背後では、八匹くらいか? 多数の蛇の頭が、蛇の真っ赤な瞳がこっちを捕らえて、蛇睨みをしてくる。いや、もうやぶれかぶれだ。今なんとかしねえと。事情を話してる間に、黒蛇が姫さんを食い殺すかもしれない。……俺は唇をかみしめた。
「団長、ごめん。俺――」
俺は団長への謝罪を最後まで言い終わる前に立ち上がり、皆が注目する中、俺は素早く姫さんの目の前まで迫り、右腕を変形させ姫さんを掴んで、壁に叩きつけた。