ダーク・ファンタジー小説
- Re: 叛逆の燈火 ( No.89 )
- 日時: 2022/10/31 20:22
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
そいつは血のような赤い髪と赤い瞳を持つ、背の高い男だった。俺達を馬鹿にするような嘲笑を浮かべ、右手には月光を反射する真っ赤な剣、左手には白い剣を握っている。「どうぞどこからでも斬ってください」と言わんばかりの軽装で、元々黒だったんだろうシャツが、赤く染まっていた。
……あの時とほぼ同じ姿。同じ目。同じ表情。やっと会えた。こいつに会いたくて仕方なかった。
「てめえはァッ!」
口から出た怒号と、奴に向かって行くのが、ほぼ同時だった。でも奴は俺の突撃に特に気にする様子もなく、軽く足払いを食らった。俺はバランスを崩しその場に転がる。奴は転がっている俺に対し、まるでボールを蹴り上げるように俺の横っ腹に靴をめり込ませたんだ。また転がり落ちる。何とも言えない痛みが身体を襲い、俺は階段から無抵抗に落ちて行く。
「なんだ、ちっとは成長したかと思ったが……この程度かよ、ヒャハハハハハッ!」
こいつ、俺の事を知ってる……いや、覚えてる。胸糞悪い。だったらシスターを殺したことを後悔させてやる。俺の視界がまた黒く染まり始めるのに気づいた。
『アレン、呑まれるな――』
「ちょっと黙ってくれ。こいつを殺すのに、他の感情は要らない」
『……』
エルの言葉を遮り、俺は階段から降りてくるあいつをキッと睨んだ。7年前と同じ。人をとことん見下した目と嘲笑の表情。俺、こいつを許せそうにない。許せる訳がない。
殺してやる。魔王を殺す前に、こいつの内臓を引き摺り出して、こいつの首をシスターの前に出して、踏みつけながら懺悔させなきゃあ。こいつは絶対許さない。
「ハハハ、いいねえその目。そういう目をする奴のプライドをへし折って、命乞いさせんの、すっげえ好きなんだよ、俺」
馬鹿笑いする赤髪。けど、その馬鹿笑いを遮るように、俺は刃を奴の身に切り込んだ。奴の胸に食い入る刃。確かに切り裂いた。鮮血が舞い飛ぶ。致命傷――じゃない。奴は零れていく自分の血を見て、表情一つ変えない。
……こいつ、なんだ? 心臓ごと斬ったはずだ。なんで、そんな余裕そうな笑みを浮かべてこっちを見てるんだ!?
「今の一撃、殺意が籠ってて、致命傷を与えて動かなくしてやろうって感情。それを込めたカンジか? いいねえ……そういうの。そういう奴を――」
奴が零れ落ちる多量の血を掬い上げ、俺に浴びせた。俺の服や肌に奴の血が付着する。……何のつもりなんだ?
「泣き喚くまで苛めるの、たまんなく気持ちイイんだよなア!」
言い放たれた声、奴が指をはじいて鳴らした音。それと同時に、俺に付着していた血が鋭い結晶となって、俺の身体を貫いた。腕が、身体が、足が、赤い結晶が貫通している。針の山みたいに。貫かれた腕や身体からは、異物が入り込んでくる感触。それに伴う多量の出血。それに激痛。当然立っていられなくなった。その場に崩れ落ちて、奴を睨む事しかできなくなった俺に近づく赤髪。
「もう終わりか? ヒヒッ、威勢がいいのは最初だけだったな」
今までもこうやって、敵を蹂躙してきたんだろう。慣れた作業のように、足先で頭が持ち上げ、俺の顔を笑いながら覗き込んでくる赤髪。
「仇、討たねーの? お前の話を魔女から聞いたから期待してたんだが、この程度なんかァ?」
「ギャハハハ」と笑いながら、俺の頭を蹴り上げる。ボールのように跳ね上がり、背後の階段に落ちて穴が開く。土埃も上がり、飛び散る階段の破片。
「こ、の……ォ」
身体の痛みなんか耐えればいい。今、反撃しなきゃ、死ぬ。絶対。俺は右腕を変形させ、手のひらに炎を溜め込んで、射出する。炎の弾丸が赤髪を襲うが、奴の剣が炎を両断した。俺は二弾目、三弾目の氷の弾丸、風の刃を射出するけど、身軽に容易く避けてしまい、欠伸までしている始末。歯を食いしばりながら、剣を突風を切り裂く様に飛び掛かる。奴はそれに動じる事もなく、両手の剣を交差させて、俺の剣を受け止めた。金属音が響き、衝撃が走る。
「手品ショーはいいからさ、さっさとお前の中のソレ、解放しろよ」
「……何の話だ!?」
「魔女から聞いたぜ。お前の中に神竜ってのがいるんだろ? ヒヒッ、そいつがつえぇってからさ。おもしれえから、俺が直々に来てやったんだよなァ」
一層笑みを深くしている奴の顔。その瞬間、俺は横から来た衝撃と共に、身が投げ出された。階段の横にある鳥居に背中が叩きつけられ、俺はまたその場に倒れた。……身体が動かない。視界が黒く染まってくる。奴の姿が、見えない。そう思って顔を上げると、背中から衝撃を感じた。
靴底の感触。赤髪が俺を踏みつけているんだ。そう思った後、その感触に重みを感じた。念入りに、何度も何度も踏みつけられ、俺はその度に体中の傷が悲鳴を上げるように、痛みが走った。
「ぐ、あぁ……がっ……!」
「おいおい、あんま失望させんじゃねえよ~クソガキ。その程度じゃねえんだろォ?」
「ぐっ、あぐっ……」
赤髪は俺が声を出す度に、楽しそうに何度も俺の横っ腹を蹴る。俺の身体が転がり、腹に奴の靴がめり込む。何度も、何度も。その度に声を出すもんだから、奴は面白がっていた。どんどん視界が黒く染まる。俺が穴に落ちて行って、暗闇にどんどん沈んでいく。そんな浮遊感すら感じた。必死に手を伸ばすが、外に出るどころか、どんどん離れて光すら入らなくなる。
まだ……まだ終わってない。まだ俺は……!
<だっせえな、お前>
突如くつくつ笑う声が、俺の頭上から降ってくる。見上げると、俺を見下ろす俺の顔。にたりと笑っていた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.90 )
- 日時: 2022/11/01 22:18
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
「またお前かよ」
俺はうんざりするように言ってやった。何度も何度も出てきやがって。俺の頭上でこいつは、黒衣のポケットに手を突っ込んで、歯を見せて笑っている。こういったニタニタした笑顔。俺の姿ですんなよな。
<そんな冷たくしなくたっていいだろ。俺達は誰よりもお互いを知ってる、謂わば……一蓮托生の仲って奴なんだからさ>
「誰がお前なんかと。俺はお前なんか嫌いだし、お前なんか消えろ」
俺は奴の声を無視して顔を背けた。だけど、奴は両手で俺の顔をぐいっと持ち上げ、無理やり目を合わせようと覗き込んでくる。俺と同じ顔がそこにある。だけど一つだけ違うのは、右目が鮮血のように真っ赤だって事。白目も黒く染まってるし。気持ち悪いな、こいつ。
<まあいいや。しかしお前もだっせえよなあ。散々俺に消えろだのなんだとか叫んで拒絶して。あんなザリガニ野郎に一方的にやられてさあ>
「まだ負けてない」
俺はひたすらに奴を拒絶した。
だけど表情を崩さない奴は、前にも吐いてた台詞をまた口にする。
<俺に委ねろ。そうすりゃ、あいつに勝てる>
いい加減うんざりだ。……答えはもちろん。
「いやだ」
この三文字だ。だが奴はその答えは想定済みと言わんばかりに、俺に質問攻めをしてきた。
<じゃあお前、このまま死ぬのか?>
「俺は死なない」
<意地を張るなよ。俺の力がねえと、奴には勝てねえよ>
「お前なんか必要ない」
<どう勝つってんだよ?>
「とにかく、お前に委ねたりしない。何度も言うが、俺はお前じゃない。俺は俺だ。だから、お前なんかいらないし、拒絶し続ける」
俺は奴に拒絶の言葉を叩きつけた。こいつは涼しい顔のまま、ニタニタ笑っている。……なにがそんなにおかしいんだ?
<一つ言っておくぞ。「お前は必ず俺を欲する」。なぜなら、お前はもうすぐ死ぬからだ>
「……お前に身体を渡すくらいなら、死んだほうがマシだ」
こんな奴に好き勝手暴れられるくらいなら……俺は死んだほうがいい。心残り? そんなものより、こんな奴の言う事を聞くくらいなら、文字通り「死んだ方がマシ」だ。
<まあ、そりゃあそれでいいんだが。シスターの仇も取れず、エレノアとルゥも救えない。バロンやラケルの死を無駄にする。そして……魔王を殺す事も諦める。お前はアレだ。とんだ「ロクデナシ」って奴だな>
奴の声が低くなっていく。死んでいった皆の名前を口にするたび、どんどん怒りが混じってきているようにも聞こえた。……こいつには関係のない話だろ。なんでシスターやエレノアとルゥ、それにバロンやラケルの話をしだすと、こいつはこんなにも怒り出すんだ? 関係のない話だろ?
「お前には関係ないはずだ」
<ねえよ、関係なんか>
「じゃあ、ほっとけよ。俺は俺で何とかする」
<できるわけねえじゃん。脆弱なお前じゃ――>
「とにかくあっちに行けよ、お前なんかいらねえ!」
奴が苛立っていることが、奴が手で触れている頬から伝わってくる。顔に陰りが入って、怒りで震えている。……こいつ、なんでこんなにも怒ってんだよ。こいつは、俺の身体を乗っ取って、悪さをしたいんじゃないのか? なんで、そんなにも泣きそうな顔してんだよ。意味わからん。こいつは俺じゃない。それはこいつ自身だってわかってるはずなのに。
……なんで、そんな顔するんだよ?
「おま――」
「アレン」
聞き覚えのある声がする。声のする方を見ると、そこには――
「ら、ラケル!?」
驚いて心臓が口から飛び出るかと思った。だって、ラケルは死んだんだ。でも、なぜかそこに、「ラケル・イルミナル」その人が立っていた。生きていた頃と同じ姿、同じ目の色、同じ声。腰に両手をやって、ニコニコ笑っていたんだ。
……汚え! 俺は怒りで体の底から熱がこみあげるのを感じた。
「この野郎、ラケルの姿まで作って、何がしてえんだよ、てめえはッ!」
俺は奴に向かって怒声を浴びせた。こいつ、俺の身体を手に入れたいからって、こんな真似迄しやがって! だけど、奴が返答する前に、ラケルが遮った。
「バカ。僕は僕さ。君の中に魂の欠片が入り込んで、それが形になってるだけさ。時間はかかったけど、ようやく君の中でこの姿になることができた。だからここにいるんだ」
「は、はあ?」
魂の欠片が? 意味わかんねえ。俺は思いのまま、彼に疑問をぶつけた。
「どういうことだよ、いつの間にそんな」
「僕が死んだ時、一番近くにいた君の中に、魂の欠片が入り込んだんだよ。僕が「コード:ルーメン・ザッハィシオ」を放った時に、さ。ほら、身体が軽くなったり、ちょっと変わったなあとか。そういった事をよく言われてたでしょ」
確かに、ラケルに会ってから変わったって、言われてた気がする。事実、気持ちも身体も軽くなって、ほとんど後ろ向きの考え方をしなくなったかもしれない。……まあ、この国に来てからも、こいつが俺の中に入り込んできてうざかったけど。
「ま、そういうわけで。僕のおかげで多少は君の浸食は、抑え込められてたんだよ。それに、時間をかけて君の中のこの空間に姿を作ってたってワケ。僕の力様様だねえ」
生きていた頃のラケルの調子で、明るく歌い出しそうな声で、俺と奴の手を握った。
「こんな暗い場所じゃダメだね。話し合いもまともにできやしないや。てことで、ちょっとリフォームしちゃおっか♪」
ラケルがそう言うと、足元をトントン、トトンとリズミカルに踏み弾む。すると、ラケルの足元を中心に、暗闇が晴れて行った。薄暗い印象の空間へと変わり、赤と黒を基調としたワンルームへと変貌。赤と黒のチェック柄が入った家具が一通りその空間にあり、中心には、4人分のソファと丸テーブル。そしてその上には、嗅いだことのある香りの液体の入った、4つのティーカップと、見た事のある俺の頭より一回り大きなポット……。多分中身はラケルの屋敷で散々嗅いでいたあのお茶だ。
……あれ、よく考えたらティーカップもソファも4つだ。俺達は3人なのに。と、考えていると、彼は俺と奴の手を離して、迷いなくそのソファにどっかり座る。
「さあさ、座って座って。お話はやっぱりお茶を飲まなきゃね」
その場に似合わない明るい口調と声。俺達は無言のまま、言われるままにソファに座った。向かい合わせで。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.91 )
- 日時: 2022/11/01 19:43
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
俺達が大人しく座ると、ラケルは俺達の顔を見まわしてニッコニコ笑う。
「さて、アレン……と。君の名前、なんて言うの?」
<別に。グラディウスでいいよ>
奴がそう言うと、ラケルは首を振った。
「そーゆーのダメ。名前長いもん」
ラケルの言葉に奴は苦虫を噛み潰したような顔をする。その後、考え込むようにこめかみに手を当て、唸る。……あれ、こんな奴だったっけ。
<じゃあお前が決めてくれよ>
「ん。じゃあグッディ」
<却下に決まってんだろうが!>
そう叫びながら、テーブルを思いっきり叩く。ポットやティーカップが踊る――事もなく、テーブルだけが大きな音を出して、部屋に反響して消えていく。うん、グッディは流石に笑う。よくない。ラケルは「えぇ~」といい、腕を組んで頭をぐらりぐらりと振り回していた。
「……じゃあ「エル」ね。「エル・グラディウス」」
「……えっ」
ラケルが奴を指さしてそう言い、「やっとお茶が飲める~」などとのんきな事を言いながら、目の前のカップを手に取った。
いやいやいやいや……今、さらりとなんつった!?
「なんでその名前!? エルとこいつは関係ねえだろ!」
「ん」
ラケルは面倒くさそうに俺に目だけを向けている。一気に中身を飲み干すと、カタンとテーブルに置いて、ポットに手を伸ばしながら口を開く。
「ああ。彼は「エル」だよ。正しくは、「エル」だったもの。エルであってエルじゃない。だけど「エル」だ」
「わけわからん。わかるように言ってくれ」
俺が頭を抱えてそう返すと、奴が代わりに口を開いた。
<俺はお前がエルと呼んでる奴の一部だ。元々記憶はなかったけど、お前の一部になった事で、記憶が蘇った。理由はわかるよな?>
「ああ。俺の身体が半分お前ので、半分は母さんの。それで記憶が戻ったんだろ。エルの方は戻らなかったけど」
<ラケル、その名前も却下だ。俺はエルじゃない>
「俺も、不本意ながら同意」
俺達がそう言うと、ラケルがさらに面倒くさそうに眉をひそめる。眉間にしわがくっきり入っていた。
「あれもダメ、これもダメ。もう面倒だな君達は」
「もうちょっとなんかあるだろ……」
「しょうがないにゃあ……」
と、ラケルがそう言うと、またティーカップの中身を口にした。しばらくして飲み干して、またカタンとテーブルに置く。
「「クラテル」ね。これでいいでしょ」
「いいでしょ……ってどういう意味なんだよそれ」
ラケルが「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりの顔でにやりと笑った。
「古代語で「混ざり合う者」って意味があるんだ。ピッタリでしょ。よし、君はクラテルね。決まり!」
ラケルが奴に向かってビシリと、突き刺さりそうな勢いで指をさす。当人はと言うと、満足げに笑っていた。
<悪くねえな。それでいいよ。俺は「クラテル」な>
クラテルは頷きながら、自分の名前を連呼している。なんか名前をもらった犬みたいだ……あれ。エルも同じような反応してたような……ま、いっか。
「というわけで、本題行きましょうか」
咳ばらいをしながら、話題を変えようとするラケル。……そういや、ラケルはどうして俺達の間に割って入ったんだろう。
「君達にはこれから仲良くなってもらいます」
「は?」
俺は聞き間違いかと思って声を出した。
「ラケル、冗談が過ぎるぜ。こいつと仲良くなってどうしろってんだ? こいつは俺の身体を奪おうとしてるんだ。エルだって、こいつに呑まれるなって。お前だって――」
「そういうと思ってね。訳を教えてあげる」
思わず立ち上がって怒鳴る俺なんかどこ吹く風。ラケルは相変わらずティーカップの中身を飲み干しながら、どんどんおかわりを入れていく。
「とりあえず座りなよ」
ラケルが、俺の座っていたソファを指さし、素直に座ると満足げに頷いていた。
「君達は例えるなら水と油。互いに混ざり合う事はないし、混ざり合うなら食い合うしかない。だって、元々別々の魂なんだから、混ざり合うなんてありえないでしょ。だから仲良くなってお互い協力し合ってほしいんだよね」
……そんなのできるわけねえって。
俺がそう言おうとすると、クラテルが先に口を開いた。
<んなもん、こいつが仲良くなろうとしてねえから、無理だろうが>
そりゃ俺の台詞だ。だけど、ラケルは首を振る。
「互いにそう思ってるから反発し合う。反発し合って、どちらかが一つの日溜まりを奪おうとして、相手を蹴落とすしかない。……そう言う事かな?」
<そうだ。日溜まりは一つしかねえ。俺が表に出る為には、こいつの居場所を奪い取るしかねえんだ>
「それも一つの真理かな」
ラケルはため息交じりにティーカップを置く。
「それじゃダメだ。君達はあの赤髪――「ブラッドスパイク」に殺されておしまい。死にたくなかったら、今すぐ仲良くなりなさい。これが唯一の解決方法だよ」
ラケルはそう静かに言い放った。
「こいつは、あらゆる手で俺の身体を奪おうとしてんだぞ! 俺の身体は、俺のもんだ。こんな憎悪で好き勝手するような奴に、渡したら絶対皆死んじまう!」
<俺は、こいつがいつまで経っても弱いから、俺が代わりに魔王を殺してやろうってんだよ。その為の犠牲なんか、知ったこっちゃねえ>
「なんだよそれ、お前やっぱり皆を殺すつもりだったのかよ! ますます信じられるか。お前なんか消えろっつの!」
<てめえがいつまでも煮え切らねえから、俺が手を貸してやるってんだろうが! 弱いお前が悪いんだよ、悔しかったらさっさと――>
「あーハイハイ。お互いの言いたい事はよくわかったよ」
俺達の言い合いを遮るように割って入るラケル。心底面倒くさそうに、眉間のしわをくっきりと刻み込んでいた。そして、その場を立ち上がり、ポットを徐に持ち上げて、指でクルクル回す。空っぽのようだ。
「お茶が無くなっちゃった。おかわりちょーだーい」
ラケルがこの空間に唯一存在する扉に向かって声をかけると、扉がラケルの言葉に呼応するようにガチャリと開いた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.92 )
- 日時: 2022/11/03 22:08
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
扉を開いたのは波打った金髪を揺らした、強気そうな女の人が手にデカいポットを持って入ってきた。白のブラウスと黒いスカート。それに、澄んだ青色の瞳。ラケルより年上だけど、意外と背が高いな。誰だろう、この人。
と、思って彼女を見ていたら、ズカズカとテーブルの前まで歩み寄ると、デカいポットを乱暴に置く。そして、ラケルの手からポットを奪うと、それを扉の外にど真ん中ストレートに投げてしまった。
「私は家政婦か、久しぶりに顔出したと思ったらこんな事させて! 聖女チョーップ!」
女の人はラケルに怒鳴りつけた後、彼の脳天にチョップを入れた。ドゴォという鈍い音が響き渡り、ラケルはソファから崩れ落ちる。お、おい。大丈夫なのか……? と思っていたらたんこぶを作っていたラケルが起き上がって、彼女に抗議する。
「ひっどいな。君は結婚して子供産んでそんなになっても妖怪暴力鬼聖女なんだ!」
「あなたねぇ!」
火に油を注ぐような発言をすると、彼女は激昂しながらラケルの服の襟をつかんで頬を引っ張る。「あぎゃぎゃぎゃぎゃ」という声で悶絶するラケルの目には、うっすら涙が溜まっていた。……一体何を見せられてるんだ……。
女の人がこっちの視線に気づくと、慌ててラケルを離して咳払いをする。
「おっとごめんなさい。お行儀が悪かったわね」
といい、涼しい顔で空いているソファに座り、何事もなかったかのようにポットの中身をカップに注いでいた。……うん、清楚な見た目なんだけど、素は多分アレなんだろうな。そう考えながら、俺も静かにカップを手に取って中身の香りをたしなむ。ラケルがヨロヨロと起き上がり、再びどっかりと座ると、何事も無かったかのように流れを進めた。
「で、彼女が何者か。クラテルはもうご存知だと思うけど」
ラケルがポットからお茶をカップに注ぎながら、クラテルの方を見て尋ねる。クラテル間髪入れずに頷いた。
<この身体を繋ぎ合わせてる、アレンの母。「アシュレイ・ルーギウス・アルゼリオン」。なぜここにいる>
「はあ!? 母さん!?」
驚いて思わずカップを床に落とした。……この綺麗な人が俺の母さん!?
アシュレイ――母さんは涼しい顔でカップの中身を一口飲むと、テーブルに置いて、指を組んだ。
「グラディウス……ああ、今は「クラテル」よね。ここにいる理由は、あなたが一番よく知ってるでしょう」
<お前の魂は既に消えたものだと思ってた。この16年、一度も顔を出さなかったじゃねえか>
「そりゃあね。私はエルとしてアレンの前に現れたの。私の魂とあなたの魂が混ざり合って、「精霊」として顕現した。アレン、エルの事はもう聞いたわよね」
突然名前を呼ばれて、俺は「お、おう」と返す。
「確か、「グラディ・アニムス」って双剣だったっけ」
「そう。よく覚えてるわね」
母さんは満足げに笑った。
「エルはね、私の魂と、私の魔法のおかげで顕現できた「精霊」なの。「精錬された霊」って書いて「精霊」ね。あとはラケルが説明したから省略」
「ふーん、だからなんかエルって、無表情なのに感情が豊かだったり、俺に対して優しかったりするのか」
「え。なんでそう思うの?」
ラケルが首を傾げながら聞いてくる。
「え、そりゃ。なんかよく俺の事を心配してきたりさ。あと、あいつ……尊大だけど嫌味ったらしくないし、なんとなく懐かしい感じするしさ」
母さんが「ふぅん」と言いながら笑みを浮かべる。満足げな笑みだ。
<で、今更なんでお前がここにいるんだ>
クラテルが頬杖をついて、母さんを睨む。だけど、当の本人はそんな視線を涼し気に受け止めていた。
「そりゃあ、あんたとアレンに協力させるために、ラケルに呼ばれたからよ。安心しなさい、あんた達が仲良くなったら、私はすぐ消えるからね」
……俺もクラテルも苦虫を噛み潰したような顔をして互いを睨む。……無理だ、こいつと仲良くとか。絶対無理だって。
「俺はこいつを認めたくない。こいつは危険なんだ。野放しにしたら、絶対――」
<そりゃ俺も同意見だ。お前みたいな弱い奴と仲良しになれねえっつーの>
「もうそれはさっき聞いたんだからもういいわ」
母さんが呆れて肩をすくめる。……話は平行線。そりゃそうだ。互いに互いを認めないから、交じり合う事もない。だけど、こいつは絶対認めたくない。こいつのせいで、今まで嫌な思いをしてきたんだ。
「じゃあさ、互いが生き残るために互いを利用し合えばいいんじゃない?」
ラケルがお茶を飲み干す様に、カップの中身をぐびぐび飲み干した。
「ぷはっ。仲良くしたくなきゃ、生き残るために互いを利用しなよ。それなら無問題でしょ」
ラケルはにやりと笑うと、飲み干した後のカップを手の中で躍らせていた。
「……」
俺は無言でクラテルを見つめる。奴も同じ考えなのか、こっちを見ていた。
「互いに「生き残る」という目的が合致している以上、今生き残るならその方法しかないと思うけどね~僕は」
ラケルはそう言いながら頬杖をついて、カップを弾いて宙に投げ出した。投げ出されたカップが落ちてきて、それを受け止めてまた指で躍らせる。表情はニヤニヤと笑っている。
「君達は互いに死にたくないんでしょ。だったらそれが一番いい方法だ」
<……チッ>
クラテルが舌打ちをして俺に指さした。
<俺も死にたくねえ。今は手を組もうぜ。普段は面倒クセエからお前に身体を譲る。だけど、お前が死にそうになったら俺が出て、ウザい野郎共をぶっ殺す。それでいいだろ?>
「……仲間に手を出さねえな?」
そこが一番の重要なポイント。そこが守れないなら、俺はもう死んでやる。仲間を認識できない野郎に、俺の身体を好き勝手させねえ。
<……わかったよ、お前の記憶から探って、仲間っぽい人間には手を出さねえ。それでいいだろ!>
「それならいい」
俺達がそう顔を見合わせると、母さんが手を叩いた。
「よし、この話はこれで解決ね。じゃあ、部屋から出ていきなさい、あなた達。この部屋はアレン。謂わばあなたの脳内会議みたいなもんだから、外の時間は一切動いてない。あなた達が表に戻ったところで、また時間が動き出すでしょう。しっかりあの赤い奴にあんた達の力を見せつけてあげなさいな」
<不本意だが、生き残るためだ。"アレン"、俺が出る。奴の相手は任せとけ>
クラテルが先に出ようとするので、俺は慌てて追いかけた。部屋を出る前に、俺は振り向く。
「聞き忘れてたけど、なんで俺の中にこんな部屋と、ラケルと母さんがいるんだ?」
「ああ。ここは僕の力で生み出した、名付けて「ラケルーム」! なーんちゃって」
「だっさ」
母さんが笑いながら言うと、ラケルも「へへ」っと笑う。
「僕がいるおかげで、こういった魂が集まる空間が生まれた。謂わば精神空間ってとこかな。君の中にいる複数の魂が存在できる空間で……とりあえず、魂のお家ってかんじかな!」
「……またここに来れるのか?」
「できればもう来ない方がいい。僕達は魂の欠片がここにいるってだけで、死者だから」
ラケルが真顔でそういいながら、またポットの中身をカップに注ぐ。すると、また空っぽになってしまった。ラケルは肩をすくめ、俺を見る。
「僕らがいるってだけで、心強いって思わない? そういう事だから」
「……わかった」
俺は次に母さんを見る。
「母さん……はじめまして」
「そうね、アレン。私もあなたと面と向かって話すのは初めてだわ。言いたい事はたくさんあるけど……ま。あなたが元気ならそれでいいわ。ソフィアにもよろしくね」
「……それは」
「できない?」
母さんは悲し気に眉をひそめた。……そんな顔見たくないのに。
「ソフィアだって、今あなたと同じように苦しんでいるの。そうね……グラディウスの魂の浸食を受けて、「人類を全て殺す」事があの子自身の意思だと思い込んでいる。だけど、本当はそんな事をしたくない。ソフィアだって、アレンと同じように苦しんで苦しんで――」
母さんがそこまで言うと、顔を伏せた。
「ごめんなさい。私が生きていれば、二人にこんな事絶対させなかった。私が弱いせいで、あなた達にこんな――」
「長くなりそうだから、もういいよ、母さん」
俺は母さんの言葉を遮った。……そしてため息をついた後、俺は部屋を出る。
「次来る時は、楽しい話でもしよう」
- Re: 叛逆の燈火 ( No.93 )
- 日時: 2022/11/04 22:40
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
チッ――
こんな弱い奴の子守りをしなきゃなんねえんだ。あの時、俺は変な女と黒い鎧の野郎共の拘束術を受けて、倒された。……魔物は人間に狩られる運命。それだけならまだしも、奴らは俺の身体を二つに分けて、存在全てを使って双剣を作り、赤子の身体に組み込みやがった。
今思い出すだけでも奴らをぶっ殺したくてしょうがねえ。俺は俺を玩具みてえにしやがった人間共を絶対許さねえ、全員皆殺しにしてやる。……と、思ってたんだが。だけど、ラケルが死んでからかな。俺もなんだか心変わりしたかもしれない。アレンの失った物に対して、悲しいと感じるし。アレンが触れてきた物に対して、愛おしいと感じ始めた。……だからか。アレンに拒絶されたことがとても悲しくて仕方なかった。こんな弱い奴に拒絶されたところで、何も感じなかったはずなのに。
……ああ、もう、アレンの野郎がいつまでも弱いから、俺が守ってやんねえといけねえじゃねえか! あんな奴、どうだっていいはずなのに! だが、今ここで死ぬのはもっと嫌だ。だから、特別だ。特別に手を貸すだけ。利害の一致。ラケルの野郎の思い通り動くのは癪だが、仕方ねえ。
目を開ける。ザリガニ野郎が俺を何度も蹴っている最中だった。俺は手を伸ばし、奴の足首を握りしめた。
「――あ?」
「調子に乗んなよ、ザリガニ野郎」
俺が睨んでやると、奴は一層口角を吊り上げて笑う。俺に会いたいとか言ってたなこいつ。きめえ。お望み通り、俺が遊んでやるよ。クソッタレが。俺は掴んだ足首を強く握りしめ、奴を振り回し、地面に叩きつけた。つっても階段の角に叩きつけてやったから、多少のダメージは――ねえな。期待してたんだが。
「ヒャハッ! お前がグラディウスかよ!」
「俺は……アレンだ。二度と間違えんな」
俺はアレンを名乗る。「クラテル」って名前は、あいつらとの間での名前にしておこう。俺はもう「グラディウス」なんて名前じゃない。
そういや、ヤマタノオロチを食ったおかげで、8つの力が使えるようになったんだった。アレンは振り回されてたみたいだが、しゃーねえ。俺がお手本を見せてやるか。
俺は倒れている奴に向かって、剣を振り下ろす。素早く下ろしたはずなのに、奴はゴキブリ並の瞬発力で剣を避けた。無言で俺は追撃する。火炎を纏わせた剣を振り、奴に向かって火炎の斬撃を飛ばしてやる。炎の刃が奴を襲うが、奴はアレンに斬られた胸の傷口から、血の結晶を射出させて斬撃を消し貫く。
ああ、こいつの力。血を結晶化、射出、操作ができるみたいだ。しかも、自分の血だけじゃない。多分他人の血液も。力の名前は「ブラッドスパイク」。……血トゲ野郎って呼ぶか。
「ハハハッ、なんだよそりゃあ。面白えじゃん!」
「お前は気色悪いな。さっさと斬られて死ね」
俺は顔をしかめながらそう吐き捨てると、血トゲ野郎はさらに笑う。狂ってるみてえに笑うなこいつ。
「もっと見せろよ、例えば、魔王陛下をやった時のヤツとかさァ!」
奴が笑っている顔がムカついたから、俺は奴を黙らせる為に掌で奴の顔をつかむと、そのまま地面に叩きつけた。流石にこれなら痛がって悶え苦しむはず――これもダメだ。奴はヒャハハと笑い続けて、後頭部からの流血を利用して、俺の身体に血の槍を打ち込んでくる。咄嗟に交わしたが、右肩と右の横っ腹を貫いたようだ。……左肩だったら腕が使い物にならなくなってたな。
「俺を斬ったって、出血する限り無駄だぜ。俺は血を武器にできる」
「そうみたいだな。だがお前が人間である限り、それも有限だ」
「無駄だって。俺は痛覚がぶっこ抜かれてんだからさあ!」
血トゲ野郎がそう言い終わる前に、俺に向かって指を鳴らす。ジャキンという鋭い音と共に、右肩と横っ腹から血の槍が射出し、貫いた。結構いてえな。こりゃアレンも激痛で立てなくなるか。……ま、こんなのは俺の力でなんとでもなる。俺は血の槍を引っこ抜くと、引っこ抜いたところから多量の血が噴き出した。
「返すぜ」
俺はそう奴に向かって血の槍を投げつけた。奴の頭を狙ったが、奴は怯むこともなく、それを頭を逸らして軽々と避ける。その隙を逃さず、俺は剣を構えて奴に向かって突撃した。まあ、隙なんてなかったわけだけど。血トゲ野郎は涼しい顔で両手の剣で剣の軌道を逸らす。俺はすかさず、自分の足元に意識を集中させ、影から数匹の影蛇を伸ばした。蛇たちが顎を開いて奴の四肢に噛みつく。
噛みつかれても尚、奴は笑みを崩さない。……こいつのムカつくニタニタ顔を、どうやったら歪められんのか。そう考えるくらいには腹が立つ。痛覚がないからこいつは怯むことも動じる事も、怯える事もない。痛覚が無いのは便利だ、死に恐怖する事もない。
「無駄だって。俺は魔女のせいで痛覚がねえ。だから、こんなのどうって事ねえんだよ」
「じゃあ、血を全部抜き取ればお前は確実に死ぬな」
俺がそう言うと、噛みついていた蛇達を勢いよくひっこめた。蛇達が奴の腕を食いちぎる勢いで引っ込んでいき、食いちぎられた奴の腕からは大量の出血。……やっぱり奴の笑みは崩れない。
「できるもんならな!」
血トゲ野郎がそう言い放つと、右腕を振り上げた。血が水滴のように舞い散り、トゲだらけの結晶の柱が立ち上る。俺は避けたはずだったが、足元まで血液が広がっていたのか、足が結晶に飲み込まれて動きが封じられる。その間にも、血がどんどん結晶化していき、俺の周囲を固めて俺の身体を拘束した。まるで血の格子に捕らわれたようだ。抜け出そうとしていると、正面から奴が双剣を構えて迫ってきた。
- Re: 叛逆の燈火 ( No.94 )
- 日時: 2022/11/04 23:33
- 名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)
俺は奴の双剣を右腕で受け止めた。右腕は双剣に貫かれ、血液がブシュリと噴き出す。普通の人間なら、これだけで何らかのショックで気を失うか、最悪死んでしまいかねない。だが、それは生身の人間だったらの話だ。俺の腕は、この程度の刺し傷でどうにかなるような代物じゃない。
足元の影に意識を集中させる。影から「アジ・ダハーカ」を射出させ、血トゲ野郎の心臓に向けて剣を突き刺した。流石の奴も驚いて目を見開いていた。奴の胸に剣が刺さると、そのまま地面に縫い付けた。
アジ・ダハーカも俺の一部だ。影に解け込ませて自由に操る事だってできる。アレン、せいぜい俺の戦い方を参考に、死なない事だ。俺に身体を奪われたくないなら、猶更な。
<……お前の戦い方、センスがあるのは認める>
アレンの声が頭に響く。ちゃんと見てたんだな。
さて、目の前に縫い付けられている血トゲ野郎は、先ほどの驚愕の表情から一変、ニタニタ顔で笑っていた。心臓を狙ったつもりだったが、こいつ、急所を逸らしたようだな。ただの狂犬かと思ってたが、認識を改めた方がいい。
「オイオイ、これで勝ったつもりかよ」
「いや、まだ首を潰してない」
俺は右腕を変形させる。双剣が突き刺さったままだったので、とりあえず抜いた。抜いた瞬間、血液が噴水のように飛び出るが、大した傷じゃない。首を潰すって言ってるのに、こいつはやはりニタニタ笑ってる。……こいつ、死を恐れていないみたいだ。
「お前、俺ばっかに構ってて大丈夫か?」
奴はニタニタ笑いながらそう言うと、後ろの方を指さす。つられて振り返ると、山の麓の方が見えた。……交戦中なのか、ざわざわと声が。怒号や悲鳴、様々な負の感情が伝わってくる。
<おい、皆が――>
アレンの声が聞こえるが、今はこいつを野放しには――そう思っていると、背後から鋭利なモノが俺の身体を貫いた。両肩、両足を縫い付けるそれは、血の槍。
「敵に背後を見せるなんざ、殺してくださいと言ってるようなもんだぞォ?」
……ああ、こいつクソウゼエ。こいつから殺してやらねえと。
「ああ、そうだな。まずお前からなぶり殺しにしてやる」
俺はそう言い、右腕で槍をへし折って奴を影から伸びた蛇で奴を拘束しようとする。だけど、ニタニタ笑いながら奴は、地面の血だまりから風車のような刃を射出し、回転しながら俺の右肩を切り裂いた。幸い、斬り落とされる程深い傷ではなかったが、右腕から感覚がなくなり、右腕が元に戻る。こいつ、縫い付けられてもまだ動けるのか。思わず俺は膝をつく。
「ヒャハッ、俺の隠し玉の味はどーよ!?」
「……」
俺は無言でその場に崩れ落ちた。……くそっ、身体が動かない。指先から冷えてくる感覚がする。失血がひどいのかもな。アレンにお手本を見せるとか言って、このザマか。こいつの底が見えない。……どうすりゃこいつは――。
俺は意識を保とうと、必死に目を閉じないようにしていると、奴の笑い声が弱弱しくなってきていた。……奴も限界に近いみたいだな。相打ちか……こいつもだいぶ失血したんだ。
そう思っていると、びゅわぁという音と共に、風魔法の気配を感じた。俺は顔を上げ、気配のする方を見る。青い髪の女。青い帽子と両腕が黒くて、左目が竜のように鋭い。ピンクのマントを羽織り、デカい帽子を被ってる。……誰だこいつ?
「……ご苦労様、目的は達成されたわ、狂犬」
腕を組みながら女は俺達を見下ろし、血トゲ野郎に向かって言い放つ。
「あ……ああ……。魔女か……」
弱弱しく呟く血トゲ野郎は、意識が朦朧しているようだ。
「……「アジ・ダハーカ」、持ち帰りたいのは山々だけど、グラディウス。あなたに返すわ」
魔女がそう言うと、アジ・ダハーカに近づいて奴の胸から抜き去ると、俺の目の前に投げ捨てた。そして、奴らの足元が光輝いて、魔女は腕を組みながら俺を見下ろす。
「それじゃあ、これで死んだと思うけど。生きていたらまた会いましょう、アレン・ミーティア。それとグラディウス」
そう言い残し、奴らは光に包まれて空高く飛び去ってしまった。転移魔法か。……奴は万能魔法の使い手だって聞いたな。目的は達成された……ってどういう事だろうか。ま、いいか。
<クラテル>
アレンの声が聞こえる。
<このままじゃ死んじまうぞ。情けないな>
「うるせえな……」
俺はまともに反論もできなくなっていた。
<……ごめん>
アレンの突然の謝罪。
「なん……」
<ごめん……>
2度目の謝罪。よくわかんねえけど、こいつ。また泣いてるのか。しょうがねえ野郎だ。お前はエレノアとルゥの兄ちゃんだろうが。泣いてばっかで情けないのはお前の方だな。そう笑いたいと思いつつ、身体は冷えていく。……そろそろ終わりか。ラケルとアシュレイに協力してもらったってのに、情けねえ話だ……。
俺は最後になんて思ったんだろうな。わからない。……静かに眠るように。瞼を閉じた。