ダーク・ファンタジー小説

Re: 叛逆の燈火 ( No.95 )
日時: 2022/11/07 23:53
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 俺、死んだのか。
 ……周りは濁っている水の中みたいに白い。その空間を頭から落ちているような。死んだら何もないとは思ってたけど、本当に何もないんだな。俺はそう考えながらぼうっと虚空を眺めている。沈んでいるのか、浮かんでいるのかわからないけど、その空間を漂っているみたいだ。音も感覚も無い。
 俺は瞼を閉じると、突然何かが額に覆いかぶさる。誰かの手だ。それを掴むと、多分大人の女性の手だろう。結構細いし年齢を重ねているのか、意外としわがある。でも、とても小さい。

「お、おい」

 聞き覚えのない声。突然腕を掴まれたもんだから、きっと驚いているんだろう。そう思いながら瞼を開けると、あの白い空間はない。代わりに知らない人の顔がそこにある。隣にはエルが俺の顔を覗き込んでいた。エルはお決まりのあの台詞を口にした。

「……五度目か」
「ああ、数えなくて――いっ!」

 俺は起き上がろうにも、体中に走る痛みでままならず、指を動かすにも激痛が走った。俺……いや、クラテルは確か、ブラッドスパイクにやられて。で、魔女があいつを連れ帰って。確か最後に、「目的は達成された」って――。

「エル、皆は?」

 俺は麓にいたはずの皆の安否を尋ねる。確か、あいつが襲ってきたと同時に、麓で戦闘の音とか声が聞こえたんだ。でも俺達は見知らぬ場所にいる。どういうことかわかんねえけど、俺がここにいるってなら多分、皆は無事かもしれない。

「麓は帝国軍の襲撃を受け、傭兵団の数名は死んだらしい。……なんだったか。赤いバンダナで口を隠した男がいたそうだが、その男がアルテアに深手を負わせたようだ。ついでに、人質として、チサトが連れ去られた」
「は――ってえ!」

 大声を出そうとすると身体に痛みが走って、叫ぶ事もできない。……つうか、姫さんさらわれたって……絵本に魔王が姫をさらうって話があったが、まるでそれだ。それが魔王の命令なのか、それとも別の誰かの目論みか。
 いや、それも大事だけど、団長が深手を負ったって……マジかよ。団長程の人が――いや、団長の事だ。きっと姫さんを人質に取られている間に、深手を負わされたんだ。7年前にも同じことがあった。それに、数名が死んだ、って! クソッ、早く動かないと。俺は痛みに耐えながら起き上がろうとするも、上半身を起こすだけでも、身体に軋むような激痛が走った。
 すると、頭にごつんと衝撃が走る。その衝撃のせいで俺は再びベッドの枕の上に倒れてしまった。

「これ、わしの事を無視するでないわ」

 あれ、こんな人いたっけ。なんて思いながら、声を出した人物の顔を見る。ああ、さっき見てた白い三角帽子を被った知らない白い人。一瞬、魔王かと思ったけど、目の色が違う。銀色? ……いや、灰色だ。エルより小さくて幼い女の子か? だけど、肌は幼い少女にしてはしわがある。耳は尖ってるから竜人かと思ったけど、多分妖精族かな。モーゼス兄ちゃんもそうだけど、妖精族は見た目は若いまま年を重ねるんだとか。だけど、人間である以上はどうしても年齢に勝てないらしく、毎日朝晩に肌のケアをしないとしわや染みが気になって~みたいな愚痴を聞かされたことがあったな。この人の場合、白髪が気になるなぁ。白く長い髪がまるでおばあちゃんみた――

「うぉい、年寄扱いするでない!」
「我は世間一般では90歳は所謂老婆であると認識する」

 エルはいつもの調子で指摘すると、目の前の女の子は「ぐぬぬ」と声を出す。エル、なんでお前はこの人の年齢を知って……って、あれ、三角帽……こいつ、魔女の手下か!?

「お前、魔女の手下か――あだだだだっ!」
「だーれーがー魔女の手下じゃい!」
「ちょ、待って待って、マジいてえんだって!」

 俺の耳を引っ張ってくる女の子。いや、冗談抜きで痛い! マジもんの魔女じゃねえか!!

「ぷん。かわゆい儂があの残虐非道の魔女ゴーテルの手下なわけないじゃろ。しかも、魔女の手下じゃったら、お主なぞ木っ端みじんの粉微塵の粉吹き芋になっとるじゃろい」

 まあ、冷静に考えりゃそうだが……。じゃあ――

「ばあちゃんはいった――いギャアッ!」
「お・ね・え・ちゃ・ん、な。リピートアフタープリーズ!」
「おねえ、いや、まず名前を名乗れよ!」

 俺がそう叫ぶと、心底面倒くさそうに肩をすくめる。……既視感かなぁ。ラケルも同じような感じなんだよなぁ。あいつも小うるさいし、よくしゃべるし、やたらとテンションたけーし。

「儂の名はシビル。「シビル=アストロロギア」。「偉大なる占星術師シビル」とは儂の事じゃ」

 シビルはそう言い放って、腰に手を当て、「どうだ」と言わんばかりのどや顔で俺を見下ろしていた。……けど、俺達は真顔のまま薄い反応を示してしまう。

「……ふーん、シビル・あすとろろろ……? 長いな」
「我は知らぬ、どこでどう偉大なのだ?」
「世間知らずの小僧らが。新聞にも載ったことあるっちゅーに」

 新聞にも、って。俺、新聞なんか7年前のあれ以来呼んだ事ねえや、そういや。というか、最近は世間の事もゆっくり調べてなかったな。……うん、知らない人だ。

「で、その偉大なるナントカって人が、俺達を助けてくれたの?」
「そうじゃ。たまたーま。ほんっと~~~にたまたま! 通りがかったら、麓じゃ血みどろフィーバーになっとったし、上の方じゃお主が血みどろフィーバーになっとったし。仕方な~~~~~くわしが手を貸した訳じゃよ」

 ……こいつ、多分俺達を尾行してたな。そうでなきゃ、あの辺境に現れるはずもない。しかも、俺達がヤマタノオロチと戦っていた時は、静観していたんだろうな。しかも、姫さんをみすみす連れ去られるのも、指をくわえてみてたって事だ。

「なあ、お前、姫さんがさらわれるのをぼーっと見てたのかよ」
「ああ、そうなってしまうな」

 軽くそう言うと、近くにあった椅子にどかりと座り始めるシビル。

「団長が傷つくのも、団員が何人か死ぬのも、黙って見てたのかよ」
「そうじゃなぁ、そうにもなるのかの~」

 悪びれた様子もなく、罪悪の色もない。なんだか無性に腹が立ってきた。俺は舌打ちをした後、シビルに吐き捨てるように言った。

「お前、信用できないな」
「そりゃあな。初対面の人間は信用せん方がええぞ。儂も信用せえへんもん」

 俺の悪態を軽々と躱すシビル。……こいつ、一体何なんだ。その疑問は早くも解消する。

<こいつ、奴の――昔、俺を封印した「メラムプース」が拾ったって言う、奴の養子か>

 クラテルの声が突然頭に響く。……エルが目の前にいるのに、こいつも喋れるんだ。と思いつつ、俺はため息をついた。

「あんた、通りすがりとかじゃないだろ。はぐらかさないで、真実だけ言えよ」

 俺はそう静かに、シビルの奴に言ってやると、欠伸をしながら椅子をガタガタと揺らしていた。呆けた表情でそっぽまで向きやがる。

「さーて。なんのことかの」
「俺さ、お前みたいな胡散臭い奴は信用しない主義なんだよ。隠し事も嫌いだ」
「そうか。ならば、儂をどうしたいんじゃ?」

 挑発するように奴は言い放つ。俺の顔を見ず、前髪をくるくると回し始めた。……なんだか無性に腹が立ってくる。

「どうもしねえよ。だけど、あんたが通りすがりじゃなくて、俺達が被害を被るのを、意図的に見ていたってのが許せない。今こうしてお前がここにいて、同じ空気を吸ってるのも嫌で嫌で仕方ない。反吐が出る」

 痛みに耐えながら、部屋の扉を腕を持ち上げ、指をさす。……俯いて、表情を見せないようにした。すると、シビルは「ふん」と鼻を鳴らしているようだ。ため息交じりに呆れるような声で、俺に向かって口を開いたと思う。

「感謝はされても、拒絶される謂れはないんじゃが?」
「はぐらかして真実を言わない、あんたの顔を見てると腹が立って仕方ない。早くでてけよ」
「随分嫌われたもんじゃ。儂、なんかやっちゃいましたのかのう?」
「早く出てけつってんだろっ!」

 俺の怒声が部屋に響き渡ると、奴は「ふむ」と一言、立ち上がって部屋から出て行った。

Re: 叛逆の燈火 ( No.96 )
日時: 2022/11/07 19:12
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 俺はふうっとため息を吐いて、ボスっと音と共に枕に倒れ込んだ。天井を見上げる。……見た事のない天井。ここは一体どこなんだろう。あいつに聞けばよかったけど、あいつとは顔を合わせたくない。平気で人が死ぬところや、斬られるところをぼーっと見てるような奴、信用できるはずがない。あいつも言ってた。「初対面を信用しない方がいい」ってさ。そりゃそうだ。あんな胡散臭いが服を着たような女なんか――。
 俺の様子にエルは首を傾げる。

「……信用に値しないか?」

 俺はエルの顔を見ないでそっぽを向いた。

「できねえよ。あんな奴」
「そうか、我もあの女の意図は読めない。迂闊に信用せぬ方が、賢明であろうな」
「お前もそう思うのか?」
「……我には何とも言えぬ。しかし、お前が信用しないと決めたのなら、異論はない」

 そう言った後、エルは俺に近づいて、俺の腕に触れてきた。

「かなり深い傷とひどい失血だった。……生きているのが不思議なくらいだ」
「クラテルが、俺の代わりに全部受け止めてくれたからな」
「……名前を付けたのか」
「ラケルがな。俺一人だったら、多分、クラテルを拒否して死んでたと思う」

 エルは頷くと、俺の腕を徐に撫でた。

「和解したのなら、我からは特段言うべき事は皆無だ。これでお前は憎悪に苦しむことは無くなるだろう」
「どうして、そう言い切れる?」
「右目と右腕から、憎悪を感じない。それどころか、お前の魂の波長に同調しているのか? とにかく、うまく混ざり合っている」

 よくわかんねえけど、エルがそう言うなら、そうなんだろう。なんとか、クラテルと手を組む事で、クラテルからも憎悪が消えたんだろうか。……こいつの事はまだ嫌いだけど、互いが生き残る為だったら、協力してやらなくもない。

「お前は不思議な奴だな」
「……な、なんだよ、急に」

 突然、エルがつぶやいたもんだから、俺は驚いて目を見開き、エルを見つめる。

「自分を食らおうとする存在とまで和解するとは、なかなかできぬ事だ」
「……俺だけの力じゃないよ。ラケルと母さんのおかげでもあるし……」

 俺は最後らへんは小声になり、エルが首を傾げて、俺に顔を近づける。

「ラケルと、もう一人いるのか?」
「いるよ。お前の中にも」
「我に?」
「ああ。「アシュレイ」って人」

 エルが胸に手を当てて瞳を閉じる。何か考えているのか、それとも何かを感じ取っているのか。よくわからんが、しばし静かになっていた。そして、突然目を開いて俺の方を見る。

「我にも理解はできぬが、我はその「アシュレイ」という者のおかげで存在が成り立っているようだ」

 なんだか嬉しそうに声が上擦っていた。

「俺の母さんなんだ、その人。その人がいなかったら、きっと俺達は出会わず、俺は7年前に死んでただろうな」

 俺の言葉に、エルは首を振る。

「お前だけではない、あのソフィアも同時に死んでいた。……きっと、全てが始まらず、このような悲劇が起きる事も無かった。もちろん、誰もが平穏に生きていた事だろう」

 そういえば、そうか。母さんが生きていたら、きっと俺はあいつと仲良く暮らしてて。きっと二人で国を支えようと努力したはずだ。ま、そんなのは幻想にすぎない。現在いま、その二人は憎しみあってるんだから。

「エル、もうやめようこんな話。幻想を語り合ったって、時間を戻さない限りは、犠牲者を無かった事にできない」
「……それもそうだな」

 エルはそう言うと、あの女が座っていた椅子にちょこんと座る。

「お前は休め。どちらにせよ、動けぬがな」
「俺的には今すぐ姫さんを助けに行きたいんだけど」
「ダメだ。動けぬお前がいても足手まといだ」

 ぴしゃりと俺に言い放つ。……そこまではっきり言われると、なんかショックだな。でも、エルの言う通りだ。今の俺じゃ何もできない。俺はシーツの中に潜り込むと、見かねたエルが首を傾げた。

「絵本でも読み聞かせるか?」
「い、いいよ」

 エルはどこから持ってきたのか、絵本を取り出して開き始める。器用に片腕で。俺が断ると、「うーん」と唸り、再び俺に尋ねてきた。

「退屈ではないか?」
「……じゃあ、絵本。「騎士と水の精霊の話」。それでいいや、それ読んでくれ」

 俺はそれだけ言って顔を出すと、エルは心なしか嬉しそうに絵本を手に取って開き始めた。

Re: 叛逆の燈火 ( No.97 )
日時: 2022/11/07 21:18
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)



 「どういうつもり?」

 私は彼女を睨みつけながら腕を組む。
 私の傷は1週間ほどですっかり良くなった。……きっとネクのおかげでもあるんだろうけど、傷の治りが早いのは何よりではある。いや、それはそれとして。
 私達は会議室にいる。目の前にいる女、アストリアはまた私の意に反する事をしでかした。会議室に呼ばれたので、仕方なく彼女の口から報告を受けていた。だけど、私は「傭兵団を殺せ」と言ったはずなのに、数人死に追いやり、アルテアとアレンを瀕死に追い込んだとはいえ、まだ奴らは再起することができる。しかも、別に命じてもいないのに、あの甘ちゃんの姫を持ち帰ってきたとまで言ってくる始末。私はそれを報告に来たアストリアを思いっきり睨んでやった。

「私の意に反するなんて。死にたいのでしたら先に言えばいいのです」

 私は奴の首元にネクを突きつける。ああ、早くこうすればよかった。こいつを生かしておいても、百害あって一利ない。腐った果物は、周りをも腐敗させ、どんどんダメになる。私の判断は正しかったんだ。
 だけど、やはりというか。アストリアは首が刎ねられそうだというのに全く動じていない。それどころか、私を小馬鹿にするように、にやりと口角を上げて笑っている。

「おや、私は常に陛下の御為に行動しています。陛下の障害を確実に排除する為に、必要な事なのです」
「詭弁を。あの女に利用価値はない。捨て置いても勝手に自滅しますよ」

 地べたを這いつくばって、何もできなかった「お姫様」に、一体どのような価値があるのか。つまらない理由なら、即座に首を刎ねてあげる。私はそう考えながら、首筋を刃で撫でた。一筋の赤い線ができたというのに、やはり顔色一つ変えない。……こいつ、本当に気持ち悪い。

「陛下、無意味な駒など存在しませぬよ」

 私はぴたりと手を止める。
 面白い事を言うのね、こいつ。「無意味な駒は無い」……昔宰相一派の誰かが同じような事を言っていた。そいつはもう死んだけど、その言葉だけはよく覚えてる。

「あのお姫様が価値のある駒だと?」
「はい。私がゴーテルとダスピルクエットの協力を経て、「傀儡術」なるものを開発致しました。これは、他者の心を奪い、文字通り傀儡にして意のままに操る事ができる」

 ふぅん、意のままに操る、ね。まさに傀儡のように使えるってわけか。こいつにしては機転が利くモノを作るわね。

「これを使い、姫君にアレン・ミーティアを始末させるのです」

 予想通りの言葉。傀儡術を使い、エレノアとルゥも動かせば、あの悪魔アレンといえど攻撃する暇もなく、無抵抗に崩れ去る。あいつが大事な大事な弟妹と、一度は救おうとした姫君に牙を向けられ、お優しい勇者のお兄ちゃんは、剣と牙をへし折られて首を垂れる。最高のシナリオね。あいつが地面に額を擦り付けて、無残に殺される。まさに私が望んでいる事だわ。


 ――だけど。

「勝手な真似を。私はそんなモノを作れと命じた覚えはありません」

 こいつの思い通りに動くのは癪だわ。
 それにバーバラから報告を受けた。奴の中にいる神竜をアレンは飼いならして、ブラッドスパイクと相打ちとなった。ということを。このまま素直にこいつの言う事を聞いて、さらにアレンに力を付けさせるのはかなりまずい。
 そう考えると、この蛇女は、きっと私をも喰らおうとしてる。私達を相打ちにさせようとしているのかもしれない。だって、こいつは元宰相あいつらの中の一人だったのだから。こいつの思い通りに動くのは、私の目的に反する。

「次の指示があるまで、動くことは許しません」

 私はそう言うと、出ていくよう顎でしゃくる。ここで殺してもいいが、殺意よりもこいつが汚らわしく気持ち悪いと、私の中の何かが拒否反応を示している。一刻も早くこの場から消えてほしいという気持ちが勝ってしまった。

「申し訳ございません。陛下のご気分を損ねてしまい――」
「私の目の前から消えろ」

 私が一睨みすると、肩をすくめてアストリアは素直に会議室から出ていく。扉が閉まる前に、彼女の言葉が反響した。

「陛下、よくよく考える事ですな。この戦に勝つためには、全ての駒を有効活用するべきであると、私は思います」

 よくしゃべる蛇女。首を刎ねても、また生えてきそうだわ。
 私は舌打ちをした。

Re: 叛逆の燈火 ( No.98 )
日時: 2022/11/09 19:09
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 私はため息をついて窓の外を見る。今日は雨。ガラスが雨粒で濡れている。そして、雷も伴う悪天候。雨は好き。嫌な気持ちを流してくれるもの。

<行ったね、彼女>

 「彼」の声が聞こえる。「セイリオ」だ。私と二人きりの時に語り掛けてくれる、父上によく似た声の……私のもう一人の味方。
 窓に反射した彼の姿が映る。灰色の髪と青い瞳……まるで父のような容姿。なぜ彼がそのような姿なのか、彼がしゃべっている間はネクは黙り込んで動かなくなったりするのか。不明だけど……ネクやバーバラと同じで私を否定する事はなく、味方でいてくれる。父のようで、父ではない。彼が何者かはわからないけど、でも。彼は私を否定せず、私に助言をしてくれるわ。ネクの包むような優しさとは違って、彼は導いてくれて、間違っても咎めたりしない。まるで父のような優しさで、私に接してくれる。
 そんな彼はイルミナル領が消えたあの日から後、唐突に現れて私に語り掛けてくる。どうやら他の人には声も姿も見えないみたいで、私の疑問を全て答えてくれた。彼は、「神竜グラディウス」と母の魂が混じり合い、私が強く記憶に残っている人の姿を模しているんだと。そして、私と悪魔アレンは、作り物で人間のマガイモノだって事も教えてくれた。案外私はすぐにそれを受け入れた。バーバラもそれを知っていて、私に隠していたんだろうけど、気持ちだけでとても嬉しい。全てを受け入れると彼女に伝えると、バーバラは全てを教えてくれた。知った真実に驚きも衝撃も、ショックすら感じない。むしろ、人類にんぎょうを全て消すという目的に躊躇も柵も、全く無くなった事は、とてもありがたい。
 彼――「セイリオ」は、私が名付けた名前だ。バーバラから古代語で「光輝くもの」という意味があると聞いたことがある。彼は私にとって光そのもの。なぜかそう感じる。根拠はないけど、きっと彼が私の道を照らしてくれていると、そう感じる。
 眉をひそめ、心配そうに私を見る彼に、私は笑みを浮かべた。

「そうね。でも、やっと視界から消えてくれて、あなたとこうしてじっくり話す事もできるようになった」
<……いいのかい? 「傀儡術」を使えば、君の目的も早く達成できる>
「いいのよ。……あいつはどうせ、私の言う事なんか無視して、こそこそ行動を始めると思うわ」
<それを放置しても大丈夫なのかい?>

 セイリオは困惑したように首を傾げる。

「ええ。私は「指示」を出しただけで、「命令」は出していない。命令さえ出さない限り、奴は止まる事はない。ここはね、敢えてあいつが傀儡術を使ってあの忌々しいお姫様を使って、アレンの首を持ち帰ってくれるのを待つのよ。失敗したら、その時は切り捨てればいいだけ」
<そうか。だが、君はアレンを自分の手で殺したいと、そう考えているのに。彼女に任せてしまってもいいのかい?>

 私は肩をすくめ、鼻を鳴らした。

「あいつ程度に負けるような奴じゃない。やつは悪魔なのだから」

 外では稲妻が走り、一瞬だけ部屋に閃光で部屋が光に包まれる。その後、雷鳴がとどろいた。
 お姫様が相手だからって、その程度で死ぬような奴なら、今まで煮え湯を飲まされた私は、それ以下になってしまう。そんなはずはない。
 ……とはいえ、お姫様の手で終わるのなら、それでよし。障害はなくなる。失敗したら、もちろんアストリアは捨てる。どっちに転んでも私の得にしかならないわ。
 といった説明をセイリオにすると、彼はふむふむと言いながら顎を撫でた。

<君が望むなら、きっとその通りになるだろう>

 彼の言葉に頷きながら、私は背後にある椅子にもたれかかる。

<ソフィア、君はその間にどうするつもりなんだい?>
「ああ、ル・フェアリオにムシが紛れ込んだみたいだから、それの駆除でもしようと思ってね」
<ムシ? それなら、ル・オーエン王に任せればいいのに>

 彼がきょとんとした顔で私を見ているので、私は「ふふっ」と笑った。

「そのムシはル・オーエン王じゃ手に余るのよ。なんせ、父上ですらそいつに手を焼いたそうだから」
<あ……もしかして、「クーゴ・フェイカー」の事かい?>
「そう。三千近い人数のならず者集団。面倒だから放置していたけど、そろそろ目障りになってきたし、ここいらで消えてもらおうと思ってね」

 私はくつくつと声を出しながら笑う。こんなに笑ったのは久しぶり。……きっと、セイリオが傍にいてくれてる御蔭ね。

<なるほどね。だけど、彼は強いはずだ。くれぐれも気を付けてくれよ>
「……ええ、どんなに小さなムシの群れでも、烏合の衆でも。油断は禁物だって、アレンが教えてくれたわ。死んでくれと望んだけど、今は彼に感謝してる。……油断なんてしない、彼らは確実に根絶やしにするわ」

 私は言葉を重ねる毎に声が低くなっていくのを自覚した。憎悪が混じってきて、自分でも腹の底から、憎しみで黒い炎が灯って、ごうごうと音を立てながら大きくなっていく、そんな気分。油断をしてるつもりはなくったって、どこかで慢心してしまうかもしれない。あいつらは時に予想外の行動を起こす。だから、確実に間引かないといけない。確実にね。
 そんな私に、セイリオはいつも言ってくれる「魔法の言葉」をかけてくれた。

<ソフィア、僕がついている。だから、君は君の望むとおりに動けばいいさ>

 不思議と、セイリオの声を聴くと、憎悪がすっと消えていくような感覚になる。私は彼の方を見て微笑みを浮かべた。

「ありがとう、セイリオ」

 私の感謝の言葉に、セイリオはただにっこり笑っていた。

Re: 叛逆の燈火 ( No.99 )
日時: 2022/11/10 19:56
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 今、私達はチサト姫をどう救うか会議中であった。
 私達、エクエス傭兵団は団員を数名失うという痛手、泣きっ面に蜂が刺すように、チサト姫までさらわれた。シャオの提案で、一度東郷武国を離れ、隣の国のスティライア王国のある領主の居城のいくつかの部屋を借りている。
 団長とアレンが生死を彷徨うな深手を負い、二人まで同時に失うかと不安に思ったけれど、唐突に現れた「シビル=アストロロギア」という、なんとも胡散臭いを体現したような人物が、珍妙な武器を使って負傷者を応急処置をしてくれた。助かったけれど、なぜタイミングを見計らったように現れたのか。そう聞いても、「偶然偶然」などと言い、はぐらかす。目的は不明だけど、とりあえず、私達の敵ではない事はわかる。悪意を感じないからね。
 ……まあ、でもあの性格はきっと、アレンも嫌悪感を示して、彼女を拒絶するかもしれない。ああいう嘘は言わないけど本当の事も言わないってタイプ、アレンが一番嫌いな人だもの。
 さて、私達は団長の回復を待ちながら、今後の動きをどうするか考えていた。チサト姫を救うべきだと、カズマサは声を上げ、今にも一人でも行ってしまいかねない勢いなんだけど。副長が首を振った。

「俺達の目的は、チサト姫を救う事じゃない。魔王を討ち、この大陸の自由を取り戻す事。チサト姫はあくまで協力を得るだけに過ぎん。一国の姫とはいえ……女一人を助けに行く事に、余計な時間を割くなどできない」

 副長は冷たく言い放つと、カズマサは顔を真っ赤にして、今にも腰の刀――って言うんだって。それを抜こうとする。

「貴様ァ! 姫を見捨てるというのかっ!」
「ああ。姫さんには悪いがな。俺は一国の重鎮より、仲間を守る方が大事だ」
「斬る!」

 カズマサが副長に飛び掛かろうとするのを、私、モーゼス、シャオで取り押さえる。

「私も、チサト姫を救うべき……だとは思うけど、人質にされてしまうくらいなら、見捨てるという道もありとは思うわ」
「レベッカ殿! お主はもう少し賢明だと思っていたが……姫君一人を救えずして何が自由を取り戻すか!?」

 私に向かって唾を吐く勢いで喚くカズマサ。……あなたの言う通りだとは思うけど、私達傭兵団はまだ、そこまでお姫様とは親しくもないし、助けたいと思う程情も湧いてない。団長もこの場にいたら、きっと副長と同じく……いや、もしかしたら、助けに行こうと言い出すかもしれない。「弱きを守り、強きを挫く」が、私達傭兵団の信念みたいなものだもの。でも、今は本当に余裕がないから……だから、たった一人の女の子を助ける為に動くわけにはいかない。

「カズ、気持ちはわかるんやが……うちらかて、姫様一人の為に戦力を割く余裕はないねん」
「シャオ! 貴様、それでも馬廻衆か!?」
「元や。うちはもう滅びた国に忠誠の欠片もねえんやわ」
「やはり西京の人間はこうだ! 貫き通す仁義もないのかぁ!」
「……ちゃうで、仕えるべき人間はもうおれへんっちゅー話や。東賀の人間は、死人に仕えるような連中なんか? 目を覚ましいな。あの国は首長の死と共に終わったんや。姫さんかて、もう姫と呼べるかどうかもわからん。ただわかるんは、あの子はたった一人の女の子に戻ったっちゅー事くらいやなあ」
「き、き、き、貴様ァッ!!」

 ますます興奮するカズマサに、モーゼスは「落ち着きなさい」と連呼しするも、ますますヒートアップする。

「おのれ、もうこんな連中には頼れん! 拙者だけでも姫様をお救いに――」
「ストップ。落ち着きなさい、カズマサ君。冷静に」
「これが落ち着いて――」

 カズマサの首筋にモーゼスが素早く手刀を入れる。ゴッという音と共にカズマサは糸の切れた人形のようにだらりと崩れ落ち、モーゼスがそれを受け止めてあげると、彼はにっこり笑った。

「あらあら、カズマサ君ったら。こんなところで寝ちゃったら風邪ひいちゃうわよ~。とりあえず、休憩室で寝かせましょうね」

 と、まるで彼が勝手に寝ちゃったみたいに扱い、彼の肩に腕を回して部屋から出て行った。

「おお、こわ」

 とシャオがそれを見守りながら、引きつったような笑みでこちらにも目配せする。

「しかし、実際問題。姫サンはどうすんねん? 本当に見捨てるんか?」

 その問いに、副長は腕を組んで唸った。

「少なくとも俺は、姫を助けようとは思わん。帝国軍に連れ去られたってなら、放置するしかないな。なんせ、傭兵団は姫の家来でも従者でもない。さっきも言ったが、俺は仲間が大事なんだ。冷たいと思ってくれても構わんぞ」
「冷たいとは思った事もないわ。ただ……チサト姫の戦力は惜しいけれど、今帝国軍と事を構えるのは得策でもない。むしろ、人質を盾に無茶苦茶な要求とか、敵の庭に飛び込むのは愚行よ。こっちだって、害を被って何人か失ったんだから、今、たった一人の為に戦力を割くわけにはいかないわね」

 私も本当は、チサト姫を助けに行きたいのは山々。だけど、その為にまた犠牲者が出たら、目も当てられない。私達は慈善団体じゃない。むしろ傭兵の集団なんだから、助けに行くにも見返りがないとね……。良心が痛むけれど、今の私達じゃ、彼女を救うどころか、逆に犠牲者を増やしてしまいかねない。
 ……あら? そう考えると彼女が攫われたのは、何か別の理由でもあるのかしら。だって、私達と彼女の接点は協力する直前でヤマタノオロチと帝国軍の襲撃を受けたんだから。まあ、ヤマタノオロチと帝国軍の襲撃が重なったのは、ただの出来すぎた偶然か、魔女の仕業だと考えるも。チサト姫を誘拐ところで、私達が動くわけもないのに……いいえ、もしかしたら、元々帝国側がチサト姫を回収しようとしてたのかもしれないわね。
 何にせよ、チサト姫を助けに行くのは、諦めた方がいい。私はそう考えると、副長に向かって自分の考えを伝えた。

「――というわけで、チサト姫を助けに行くのはやめた方がいいわ。やるべきことが他にあるんだもの」
「……そうだな。まあ、姫さんには悪いが――」

 タイミングを見計らったかのように、会議室の扉が勢いよく開く。

「邪魔するぞ~」

 扉の向こう側から会議室に入ってきた人物。「シビル=アストロロギア」はそう言いながら、軽快な足取りで私達の目の前に現れた。

Re: 叛逆の燈火 ( No.100 )
日時: 2022/11/10 21:44
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


 私達は驚く事もなく、彼女がどうどうと入ってくるのを見守っている。副長は腕を組むと、ふうっとため息をついた。

「部外者が何の用だ?」
「部外者とは。命の恩人に対して冷たい態度じゃの~」

 副長が睨みつけるも、口笛を吹きながらそっぽを向くシビル。何をしにここへ来たのかと思っていると、彼女はその疑問に回答してくれるように口を開いた。

「先ほどの話、ちとひどくはないかえ?」
「……何の話だ?」
「とぼけるでなぁい。チサトとやらの救出をせぬっちゅー話じゃよ」

 ニヤニヤと笑いながら副長を見上げる彼女は、副長に近づいて顔を覗き込む。本当に食えない人だわ。私はふうっとため息をついて、彼女に向かって口を開いた。

「命の恩人とはいえ、あなたは部外者でしょう。お客様であって、この件に関しては無関係のはず」
「そりゃそうじゃ。儂はお主らの仲間になった覚えもないし、入れてくれともいっとらんわな」
「じゃあ口出ししないで頂戴」
「第三者の話も聞くべきじゃと思うがな」

 尚も食い下がる。……正直、助けてくれたことは感謝しているけれど、老人一人がこの件に加わったところで、何か変わる事もないだろうと思う。事は単純な事じゃない。

「まあ、老婆心で一つ提案してやろうと思っておるんじゃから、とりあえず聞くだけ聞いてみい。老人の戯言か、おばあちゃんの知恵袋か。判断するのは聞いた後でもええじゃろう」

 肩をすくめながらシビルが言うと、シャオが「う~ん」と唸りながら腕を組み始める。

「フィリドラサン。とりま話だけでも聞くっちゅーんはどうや? うちら、今は猫の手かて借りとう状況やし」

 シャオの言葉に副長は渋い顔をし始める。青筋を立てて、何か言おうと口を開こうとしたけど、私が遮ってシャオの援護をした。

「……シャオに賛成するわ。話だけ聞いて、判断するのはどうかしら」

 私の言葉を皮切りに、他の皆も私に賛成する旨を発言し始める。今は藁にも縋る思い。こんなところで燻っていたって、何も変わらないんだから。きっと皆もそう思っているんでしょうね。私達の言葉に、「あ~もうわかったわかった」と頭を掻き上げながら副長が叫ぶ。

「ったく、俺一人が悪者わるもんじゃねえか。……で、シビルさんよ。提案とは一体何なんだ?」
「よかろう、耳をかっぽじってよく聞くがいい」


 ――シビルは咳払いをした後、提案を語り出した。

「儂とアレンで姫を助けに行く。なんせ、ル・フェアリオ王国では今とんでもない事が起きそうだと、儂のゴーストがそう囁くんじゃ」
「とんでもない事?」

 私は首を傾げる。

「今、「クーゴ・フェイカー」じゃったか。彼の者が「ユートピア」を引き連れて王国に向かっておるじゃろ。そこで魔王は待ち構えており、クーゴを残して全滅する。残されたクーゴも深手を負い……ああ、その先は儂のゴーストも見えないのう。とりあえず、お主らが今向かう事で、何人かは確実に助かる、はずじゃ」
「確かなんか?」
「儂がこの事を口にしたことで、未来は変わってしまったかもしれんし、変わらずその男一人を残して壊滅するかもしれん。女神エターナルすらわからぬ未来を、儂が知る由もない」

 シビルはまた肩をすくめて、ため息をついた。……彼女、確か占星術師だとか言っていたけど、そんなにはっきりと見えるなら、彼女は占い師程度のものじゃない。予言者じゃない。

「で、姫をどうするかって話じゃが。儂とアレンの二人で助けに行けば問題なかろ。儂はまあ……強いとは言えぬが、帝国軍の雑兵を蹴散らすくらいの実力はあると自負しておる。アレンも、儂の超特急応急処置で、痛みに耐えれば多少は動けるようになるし。姫の事は儂とアレンで任せればよい。ル・フェアリオに向かうのであれば、今すぐ出た方がいい。1秒も惜しいくらいに切羽詰まっておるからな」
「……アレンを無理に動かすのは――」
「アレンなら先程話しておったが、まあ反抗的な態度じゃが何とか協力できそうじゃぞ。ああいうたん――おっと、元気な童程扱いやす――んんっ! 協力できる奴はそういない」

 副長は今までで一番大きなため息をつくと、また頭を掻き上げた。

「……わかった、姫さんの方はあんたとアレンに任せる。……ただ、俺の大切な仲間を預けるからには、死なせたりしたらお前を絶対許さん」
「承知仕った。任せよ、子守りは師匠といた頃からやっとったからの」

 シビルがにっこり笑いながら体をメトロノームのように揺らした。

「師匠?」
「気にするな。では、早速アレンにも話してこよう――おっと」

 私の質問を華麗に回避すると、彼女は何かを思い出したかのように、手をポンっと音を立てて叩く。

「これをやろう」
「なんだこりゃ」

 シビルから3枚の紙を受け取る副長。首を傾げた。

「名付けて、「三枚符トリニティシュテルン」。1枚につき、1回願いを叶えてくれる不思議なお札じゃ。本当は師匠の形見じゃが、うぬらにやる」
「そんな大事なものを?」

 私がきくと、シビルはふっと笑う。

「物は使うために存在する。使われない物は、形見だろうが日用品だろうがお宝だろうが、劣化して朽ちていく。だったら使うべき時に使える人間が使うべきじゃありゃせんか?」

 よくわかんないけど、まあ使える物は使える時に使うべきっていうのは、おおむね同意ね。

「わかった。感謝するよ。お前も気を付けろよ」

 副長が礼を言うと、シビルはにこりと笑って、ブイサインを私達に突き付けた。

Re: 叛逆の燈火 ( No.101 )
日時: 2022/11/12 16:10
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)

 ……というわけで、俺と目の前にいる、シビルばあさんと一緒に姫さんの救出に向かう事となった。
 よりによってこいつとかよ……。俺は深いため息をついて項垂れる。さっきこいつを追い出したのに、またのこのこやってきて「儂と協力しろ」、だあ!? こいつには恥じらいとか躊躇いとかないのか? 嫌われてる相手に対して普通に接してくるのは一体何なんだ。本当にこいつの事がよくわかんねえや。

「まあ、そんな嫌がらんでもええじゃろ。儂とのおデートがそんなに嫌なのかや?」
「嫌に決まってんだろ。俺はお前の事が嫌いだっつってんだろうが!」
「けーっ、アレン坊やはお年寄りをもっと丁重に扱えよ。介護は若者の義務じゃぞ」
「介護されるくらい身体が弱ってるなら、戦場に出てくんじゃねえよ!」
「あ、手が滑った」

 と、ばあさんが間の抜けた声でそう言った瞬間、俺の全身に電気が走ったような衝撃と痛みが駆け抜ける。言葉にならない叫び声を上げて、俺はそのままベッドに倒れてしまった。

「おーっと。これで大人しくなったか」

 意識がある。ばあさんの声が聞こえる。……俺、死んでねえや。

「何をした?」

 エルが俺の代わりに尋ねると、ばあさんはふっふっふと笑っていた。

「いや、つい手が滑って電撃を坊やに食らわせちゃった。……えへへへへへっ!」

 珍妙な笑い方をする奴に、俺はもう呆れて声も出ない。……いや、それ以前に、なんか全身が痺れて声が出ない。エルは慌てる様子でもなく、ただいつもの調子で「早く戻せ」と言っている。ごもっともだ。

「しゃーねえのう。ほい、"スイヘイリーベボクノフネ・ナナマガルシップスクラークカ"っとな」

 謎の呪文を唱えると同時に、今までの全身の痛みと痺れが嘘のように消えた。……いや、身体を動かしていない時だけの話だ。身体を起こそうとすると、鈍い痛みが全身を支配する。

「動かん方が良い。ドライブでの治療はあくまで治癒能力の促進。外傷はなんとか傷跡が残ってしまうが治りはする。だが、内臓へのダメージは医者に見せるか、治癒魔法でないと治すことはできん。あくまで応急処置と言う事は、肝に銘じておけ」
「魔女っぽい見た目なのに、魔法使えないのかよ」

 俺は皮肉っぽく言ってやると、ばあさんは機嫌を損ねたように腕を組んで頬を膨らませる。

「魔法なんぞ、調停者の死と共に消えたと神話にある。魔法なんて使えるのは、数百万人に一人いるかどうかじゃぞ? 儂はありふれた哀れな一般ピーポーじゃもん。使えるわけがないじゃろ。考えろよ!」

 ばあさんは仕返しとばかりに俺の額に指を当てる。

「儂の機嫌はとっといた方が良い。儂が応急処置とはいえ治療せんかったら、お主なんか血抜きされた鶏みたいに御馳走チキンになっとったかもしれんからのう~。今現在進行形で、お主なんぞ水風船みたいにできん事もないからなぁ」

 それを聞いたクラテルが、俺の頭の中で声を出す。

<おもしれえ、こいつが言葉通りに俺を水風船にできるか、試してやろうぜ>

 余計な事すんな。俺は冷静に突っ込んだ。
 ああ、そういや、肝心な事を聞くのを忘れてた。

「そういや、ばあさんは――」
「お姉ちゃん、な」
「もういいだろ。ババア呼ばわりよりはマシだろうが。俺はあんたが嫌いだし、俺の好きに呼ばせてもらう」
「……ぷん。ええわい、好きに呼べ」

 不服そうだ。……当然だけど、俺はこの人に対して好意を見せたくない。こいつは、なんか信用できないから。

「じゃあ、ばあさん。姫さんの所在を解ってんだろうな?」
「ん、解らんと思うのかえ?」
「質問で質問を返すんじゃねえよ。俺が聞いてるんだから、はいかいいえで答えろよ」
「……ふん、最近の若いもんは礼儀を知らんな」

 ばあさんは肩をすくめて、半目で俺を睨む。

「解っておる。当たり前じゃろ。解らんかったらお主と協力して姫を助けに行こう! なぁんて言うわけないじゃろ」
「じゃあ、聞くけど。具体的にどこなんだ?」
「よかろ」

 ばあさんがそう言って、腰から下げていた水晶玉を手に取って、俺の目の前に見せる。

「この甲冑女をご存じ、ないのですか!?」
「いや、見た事――ん?」

 黒い鎧、黒い兜。しかもフルフェイスなので顔は全く見えない。もちろん、俺は知らない。……だけど、俺の中でこの女を見たクラテルが、明らかに憎悪の眼差しでこいつを見ていた。身体が彼の憤りでじわじわと熱くなるのを感じる。クラテルは独り言のようにぶつぶつと声を響かせてる。

<……こいつ、まさかカティ――いや、今は「アストリア・ベルフォーダー」とか名乗ってたっけか。この甲冑、見覚えがあるな。こいつ、魔王に殺されたと思ってたら、生きてやがったのか……>
「クラテル?」

 思わず声を出すと、ばあさんは真顔になった。

「お主の中のグラディウス……いや、「クラテル」と呼んだ方がいいか。そいつは知ってて当然じゃろうな。なんせ、こいつの正体は……」

 そこまで言うと、何か躊躇うように明後日の方向を見始めるばあさん。……そ、そこまで言ったならその先を言えよ! と思っていたら、俺の服の首元をぐいっと引っ張りよせ、俺の耳元で囁くように彼女は小声で言った。

「こいつの正体は、我が師である「メラムプース=ザ・セヴン・メガリ・アルクトス」の身体を何らかの理由で乗っ取り、若返った「カティーア=ザ・トウ・ラミアス」なんじゃ」


 ……へ~。と俺はそう思いながらばあさんからの次の言葉を待っていた。
 
 ………

 ……………


 …………………えっ。
 しばし黙ってよくよく考えると。……え、それ、ちょっと。どういう事? と疑問が脳裏を支配する。なんというか、突然言われた事を理解するのに時間がかかってしまったっていうか。
 あれ、ばあさん、今なんてった? カティーアが別の人の身体を乗っ取って、今も生きているって――


「はああぁぁぁぁぁっっ!!!?」

 俺は思わず外に漏れるぐらいの部屋全体に反響する叫び声を上げて、飛び上がった。
 か、カティーアって仲間に殺されたって聞いたけど、奴がまだ生きてるんだって!? それも他人の身体を乗っ取って、しかも名前まで変えて!? つーか、その前に、メラムプースって確か……あれ、その人誰だったっけ?

<メラムプースはナインズヴァルプルギスの一人だよ。ラケルの友人でもある>

 クラテルが補足すると、「はえ~」と感心する俺。

「でも、メラムプースって確か処刑された人なんだろ? それも大昔に。デコイさんからそう聞いたぞ」
「カティーアの奴、師匠の身体を何らかの方法で冷凍保存しとったらしい。それで、カティーアは何らかの方法を使って身体に魂を入れた。ラケルのようなドライブを持たない限り、成功する確率なんて皆無だったはずじゃが、奴は鬼才だったのかもしれぬ。驚くほど簡単に成功させてしもうたわ」
「じゃあ、若返ったってどうやって?」

 俺がそう聞くと、ばあさんはふぅっとあからさまなため息をつく。

「儂が知るワケないじゃろ。若返りなんぞ、魔人のメカニズムを利用した新たな技術を編み出したか、禁忌を犯したか。それくらいしか思い浮かばん。なんせ、若返りというモノ自体が、技師どころか、人類の夢であるからの」

 確かに。それをホイホイやってのけてしまうカティーアは、ばあさんの言う通り「鬼才」だったわけだ。……まあ、それはそれとして。

「で、肝心のカティーア……じゃなかった。今はアストリアか。どこにいるんだよ?」
「慌てるでなぁい」

 ねっとりとした声で水晶玉を指さす。水晶玉の中に、どこかの城が浮かび上がる。

「あ、ちなみにこの城、ここな」
「えっ」

 ここなっつ?

「アホンダラ。んなわけないじゃろがい!」
「えーっと。つまりは……」
「アストリア・ベルフォーダー様は、こちらに向かっておいでです」

 ……言葉も出ず、俺は口をあんぐりと開けていた。もっと危機感を持ってくれよ……!

Re: 叛逆の燈火 ( No.102 )
日時: 2022/11/12 17:10
名前: 0801 ◆zFM5dOWfkI (ID: Xi0rnEhO)


「な、なんか対策とか無いのか!?」
「ない事はない。まあ、姫と「混ざり者」がこっちに来ている以上、ちょーいと苦戦するが、お主と儂さえおったら何とかなるはずじゃ……うぅん、多分な」

 誰が誰と来てるなんて、簡単に予想できるもんなのか? 元知り合いだからってさ。……こいつ、予言者か何かじゃないか? だって、この人、偉大な占い師ってたって、占いなんかで未来が解るわけがない。師匠やモーゼス兄ちゃんが言ってた。「占いは所謂相談に乗って悩みを解決してあげる職業」だって。第六感の鋭い獣人だって、未来が見える程じゃない。情報を照らし合わせて、何が起こるかある程度予測する程度だ。

「このばあさん、一体何者なのか。と、考えておるのか?」

 ばあさんは、俺の今考えた事をズバッと言い当てる。

「な、なんで?」
「ああ、主は単純じゃからな。うぷぷ」

 とりあえず、変な笑い方をする変なばあさんだってことはよくわかる。

「まあ、儂、あやつとふっかーーーーーい因縁がある故、あやつの考える事など、ある程度予測できるわ。その間、魔王がどこに向かうか、も含めてな。お主らは姫を人質に攫ったと考えておるようじゃが、もち、それが目的ではありゃせんわ」

 ばあさんはそう言って、腕を組み始める。

「アストリアの目的は、エルじゃよ」
「我か?」
「うむ」

 奴の目的がエルって事は、姫さんを持ち帰るのを命じたのも奴って事になる。
 あれ? ……じゃあ。

「じゃあ、魔女はなんであの時エルを手放したんだ?」
「ああ、お主は気づいとらんのか」

 ばあさんがそう言うと、エルの肩を組んで、エルの頬を指でつんつんと突き始める。エルは嫌そうな顔はしていないが、暑苦しそうにしている。

「「アジ・ダハーカ」はお主か、こやつの影毒に耐えられる人間。はたまた、影毒に耐性、もしくは浄化ができる者でないと握る事は出来ぬ。ああ、ちなみに人間の姿の時はこうしてぶっちゅーってしても全然平気なんじゃがな。ふしぎ、ふしぎ」

 カカカカッと笑うばあさん。だんだんうんざりしてきたのか、エルはばあさんを押しのけた。

「確かに、我は剣の姿だと、影毒を持ち主に少なからず与えている。アレンは右腕と右目のおかげで何事もない。ついでだが、ソフィアが手にとっても平気だ。だが、常人が我を握ろうものなら、手から影毒が浸食し、やがて魂まで蝕むだろう。だから魔女は持ち帰る事が出来なかったと推測する」
「……そういや、師匠が前に拾おうとした時、なんか変な顔して拾わなかったな。そう言う事だったか」

 そう、前の訓練の時俺が思わずエルを手放した時、拾おうと手を近づけると、怪訝そうな顔で「ごめん」と一言謝って俺が結局拾う事になったんだよな。これが原因か。

「まあ、アストリア……いや、カティーアは毒系統のドライブを行使できる。まあ、お主程ではないが、確実に人間を毒漬けにして殺してしまう程の威力はあるぞ。普段は隠しておるが」
「じゃあ、俺はそいつに負けないな。俺は毒に耐性があるし」
「バカモン!」

 俺の軽口をばあさんは一喝して黙らせる。

「お主なんぞ雛鳥みたいなもん。何十年も経験を積んだ人間に勝てるはずもないじゃろうが。わかれよ!」
「じゃあ、どうすんだよ!?」
「そう慌てるでない。奴はできるだけ自分の手を汚さないという信念みたいなものを持っとる」
「……嫌な信念」

 俺が冷静にぼそりというと、ばあさんもそれには頷いた。

「儂もそう思います。まあそれはさておき」

 ばあさんは水晶玉を手に取ると、「テクマクマヤコン テクマクマヤコン」と変な呪文を唱えると、水晶玉に手をかざす。だけど、エルが俺も気になっていたことを尋ねる。

「その呪文のようなものは必要なのか?」
「ないに決まっとるじゃろ。道具を使うのに、何か必要な事があるかえ?」
「ないな」

 エルは納得すると、それ以上は口出ししなかった。簡単に引き下がるのも、こいつの良いところでもあり悪いところでもあるんだが……ああ、いいか。そんなこと言ってる間に、宙に青い光が広がって何か形を作っていく。地図のようなものみたいだ。

「さて。こちらをご覧になってください」

 ばあさんが青い地図に向かって指をさす。

「この地図はこの城の全体図となります。ちなみに、城の者には話を付けておるから、あとはお主だけ説明を受けておりませんのでご清聴くださいませ」

 突然の敬語に俺は驚くが、「まあ、いいか」と腕を組んで大人しく話を聞く。

「ここを――」

 ばあさんが話を進めていく。地図を指さしつつ、敵の動き。そしてこの城の主がどう動くか。俺達はどう動けばいいのか。この戦いの指揮はばあさんが務めている事とか。……このばあさん、一体何者なんだろうか。かのメラムプースってナインズヴァルプルギスの一人の弟子っていうのは聞いたけど、その弟子ってだけで、この城の主である領主様が、ホイホイ信用するとかあるのか?
 ある程度の説明を終えると、ばあさんは「よし」と一言。

「説明は以上じゃ。ちなみに、奴の目的はもちろんエルを持っていく事じゃが、ついでにお主らの大将であるアルテアを亡き者にする事ってのもあるから、アルテアを守る事も忘れるんじゃないぞ」
「……まあ、ある程度予想はしてたよ。団長はこの同盟の要みたいなもんだし……」

 俺は頷いた。
 ――その瞬間、城門の方から爆発音が響き渡る。俺は慌てて窓の外を見ると、城門のある方向から、黒い煙がもくもくと上がっていた。

「お、おい! もう来たのか!?」
「お客様の御来店じゃぞ。安心せい、儂の張った罠術にまんまとかかった。城を抜けて、敵の懐に行くぞ。ついてこい」
「め、命令すんなよな!」

 俺はエルを握り、蹴り破る勢いで扉を蹴飛ばすばあさんの後をついて行った。