ダーク・ファンタジー小説

Re: アクマコスモ ( No.1 )
日時: 2022/08/06 18:31
名前: 乙瀬 衣夜 (ID: hDVRZYXV)

 夏、それは太陽が湿った熱を放つ季節。
 柄杓ひしゃくの雨をかぶった若葉たちが汗をてんてんと、だらしなく垂らしている。 
 人間だって若葉と同じ。アスファルトから上る湯気にみな意識を朦朧とさせるのだ。

 朝、それは若き少年少女が学校に向かう時間。
 日本のどこかにある、かつどこにでもあるような都市、永留えいる街の中心にそびえ立つは清紅きよく学園。そこには数百の高校生たちがいっせいに集う。

 彼らの制服は白。上も下も、さらにその下のくつ下も、みんなみんな白。
 学ランだって白。スカートだって白。髪の色とて例外ではない。

 清紅学園の華々しき校則五ヶ条の一つ、『清く正しく美しく、白くまっさらに人間らしく』をしっかり守って高校生たちは今日もいつも通り、普通に楽しく生きていく。

 だがしかし、その美しき若者たちの中に醜い少年が一人。

「ひそひそ。彼、今日も黒いわね」
「ひそひそ。当たり前よ、だってアクマだもの」
「ひそひそ。しっ、聞こえるわよ」

 少年、闇風やみかぜ 亜黒あくろは黒かった。髪もくつ下も、おまけに制服も。唯一の例外はその透き通った他の誰よりも白く白く白い肌。
 暗闇を身にまとった天使。それはまさしくアクマ。
 亜黒は歯をきしませ、舌打ちをかますと、肩に下げた黒の鞄を大袈裟に揺らす。

「は~たるいたるい。聞こえないとでも思ってんのかよ。お前らみたいなうぜぇ天使のささやきはよく聞こえるこったこった。本当にたるいねぇ」

「こそこそ。まあ今日もこわい」
「こそこそ。アクマのとどろきも大概よ」
「こそこそ。ほらっ、早く行きましょ」

 白髪の少女たちは亜黒から離れ、小走りで学園へ駆けていった。
 亜黒はまた大きく舌打ちをし、のろのろと道のど真ん中を歩んでいく。その光景を見ていた周りの生徒たちも彼に近付くまいと、体を道路わきへと傾けた。

 誰にも邪魔されず歩を進められるのを爽快に感じたのか、亜黒はコンクリートのカーペットを鼻歌まじりに踏みつけていく。

「おっと、そろそろか」

 彼は視界の右側に見えはじめた白い清紅学園を見て、陽気に口笛を吹く。

「相変わらずの漂白っぷりだねぇ。ヘドが出るぜ」

 そのまま白い並木の十字路を右に曲がり、学園を視界のど真ん中に映す。
 学園は彼を拒絶するように逆風を飛ばした。
 漆黒の前髪を押さえつけながら、彼は一歩、また一歩と前に進む。

 ──そのときだった。

「きゃ~~。たいへんたいへ~ん。遅刻遅刻~!」
「……は?」

 あまりにも古典的なセリフを吐く少女の声がどこからか聞こえ、亜黒は気になって辺りを見渡す。

 そして、声の主の居場所は……。

「まさか……うし、ってうぉ!」
「きゃ!」

 彼の後ろであった。
 これがアクマとトースト少女の出逢いである。