ダーク・ファンタジー小説

Re: アクマコスモ ( No.2 )
日時: 2022/08/08 22:44
名前: 乙瀬 衣夜 (ID: hDVRZYXV)

「いっってぇ……」

 亜黒はコンクリートの熱で赤く腫れた鼻を押さえながら立ち上がると、後方を睨み付ける。
 そこには手をあちこちに動かし、アワアワと半分涙目の少女がいた。

「だ、大丈夫かなぁ?」

 少女は亜黒の蛇よりも鋭く尖った瞳に肩を震わせながら、彼に右手を恐る恐る差し伸べる。

「ったく、何すんだてめぇ」

 亜黒は人に頼るのが嫌いだ。もちろん少女の手など振り払って自分の力で起き上がる、ように思えたが、彼は鼻に続き頬を紅潮させ、向けられた右手を優しく握った。
 亜黒は可愛い女が好きだ。

 少女は丸く水晶のように透き通る白眼を大きく開いて、彼を一心に見つめる。
 そのままう~んと小鳥みたいないじらしい声で、亜黒の身体を持ち上げた。ただ、彼があえて地面の方に体重をかけていたのにだ。

「結構力あんだな」
「……あ、うん! 鍛えてるから!」

 少女は右腕を直角に曲げて、自慢げに鼻息を鳴らした。そのまま嬉しそうに一回転してから、もう一度右腕を曲げる。そのとき揺れた絹のような白髪が日光に包まれ、天使の輪を作り上げていた。

「ったく、これからは気をつけろよ」
「うん! ありがとっ。それじゃ急いでるから」

 少女は地面に落ちたトーストを拾うと、大きく両手を振りながら亜黒のもとを去った。

 天真爛漫という言葉がぴったりと当てはまる可愛らしい少女の後ろ姿を見て、亜黒は緩んだ頬を隠そうともしなかった。
 ちなみに彼は少女の名前を知っている。
 佐倉さくら クララ、清紅学園のマドンナだ。
 
「今日は良い日になりそうだな」

 亜黒は耳横の黒髪を指でつまんでニヒヒと笑う。
 それがしばらく続いていたために、多くの生徒が恐怖をあらわにして彼の横を通っていた。
 それに気づき、徐々に我に返ると、彼は大きな舌打ちをしてまた歩き出す。
 そして、いい加減に学園に着かなければ。そう思っていたときである。
 彼に最速のデジャブが訪れた。

「あーー……いけないいけないちこくちこくー」
「は?」

 亜黒はついさっきのこともあり、すぐに後ろに振り返る。
 そこには、案の定トースト少女二号が。そう感知したときには既に、彼の顔面は二号の蹴りを受けていた。

「ぶぐふぉ!??」

 彼女の蹴りはかなり強く、鼻がねじ曲がった感覚が顔面のみならず、全身の神経を伝う。次第に鼻から赤い滴がポタポタと汗に混じって垂れてきた。
 こんなことするのは一体どんな女だ。亜黒は二号の姿を目に焼きつけるべく、怒りで血走った瞳を彼女に向ける。

「……な」

 亜黒は信じられない光景を目の当たりにする。
 二号少女の異常さはここにいる誰もが一瞬で理解できただろう。
 そこには確かに、全身桃色づくめの少女がいた。

「あらごめんなさい。あなた黒いから人間として認知できなかったわ。でも今あなたはトーストを加えた私とぶつかった。つまり、たった今、あなたと私は運命を共にすることになったわ。これからよろしく」

 二号少女はひきつらせた微笑を亜黒に向けると、彼にまっすぐ手を差し伸べた。