ダーク・ファンタジー小説
- Re: メランコリック・レイニー ( No.4 )
- 日時: 2012/08/19 11:15
- 名前: ベルクシュアテン ◆ulufrlRV4E (ID: Vgvn23wn)
【不幸中の幸い】
意識がはっきりしてきた。
ゆっくりと辺りを見回し、ゆっくりと身体を起こし、そしてまた辺りを見回す。
砂の感触と湿った空気、辺り一面に転がっている死体。
見知った顔、あまり知らないが見たことはある顔。
どれも、目を見開いたり、苦しそうに表情を歪めたり、中には安心したような顔だったり。
一体何が起こったのか、記憶が定かではない。
私は一度頭の中を整理し、記憶の糸を辿ってみることにした。
1944年——そうだ、ノルマンディー。
ここはフランス、ノルマンディーのオマハビーチではないか。
確か私はこの上陸作戦で揚陸艇の側面から飛び出した後、なんとか砂浜に辿り着いて、そこからヒトラーの電動ノコギリ(MG42汎用機関銃のこと。連射能力の高さからこう呼ばれた)やアハトアハト(88mm高射砲のこと。ドイツ語の“acht”から)の砲撃を潜り抜けて走っている真っ最中だったはずだ。
では何故銃声も砲声も爆音も聞こえないのか。
周りは死体だらけなのか。
私は手元に落ちていたガーランドライフルを手に取ると、それを杖代わりにして立ち上がった。
丘の上で味方がうろうろしているのが見える。
まさか、ドイツ軍の陣地を制圧し、橋頭堡を確保することに成功したのか。
私はヘルメットを拾い上げて被り、重い足を引き摺りながら、陣地に向かって砂浜を歩き始める。
しかし何故私はあんなところで倒れていたのだろうか。
最後に頭に強い衝撃を受けたような気もするが、はっきりとした記憶ではない。
もしかしたらもっと前のことかもしれないし、私の単なる勘違いかもしれない。
「軍曹!」
友軍兵が一人、駆け寄ってくる。
彼には見覚えがある。
同じ小隊にいた、カーソン二等兵だ。
「ご無事だったんですね、てっきり死んだものとばかり……」
まだ20歳にならないという彼に、私は随分懐かれていた。
彼なら、知っているかもしれない。
「……カーソン。私はどうなった? それと、作戦は成功か?」
私が問うと、カーソンは少し怪訝そうな顔をして、
「作戦は成功ですよ。あー……軍曹の方は、多分ヘルメット見たら分かります」
カーソンに言われ、私はヘルメットを外して確かめる。
驚いた。
ヘルメットには弾丸によって凹んだ跡があり、私はなんとなく寒気に似たものを感じた。
まさか、弾丸が頭に当たったが、ヘルメットによって弾かれ、一命を取り留めたとでもいうのか。
強い衝撃の正体はこれだったらしい。
「あ、タグまだ残ってますか?」
私は自分の胸元を確認した。
軍隊では、識別のために認識票を各兵士に配る。
アメリカの場合は二枚式の認識票で、細いチェーンで首から提げており、戦死者の確認のために回収する(余談だが、犬の檻につける札と似ており“ドッグタグ”という俗称で親しまれている。場合によってはタグという名称しか知らない者もいるだろう)。
確認のために歩き回った誰かが、倒れている私を見て戦死者と勘違いする可能性も否定できない。
チェーンは服の中に入っている。
そっと揺すると、タグ同士が擦れ合う、金属音がした。
それを確認して私はほっと一安心した。
「残っているな。これでまだ死んでいないと報告に走らなくて済みそうだ」
安心すると、すぐに多少のジョークを言う余裕も出てきた。
カーソンは苦笑いした。
私は友軍が確保した橋頭堡の丘に登り、オマハビーチを一望した。
後方部隊が安全になった砂浜に上陸してきている。
一方で砂浜にはまだ死体が残っており、こうして見るととんでもない数の人間がここで死んだのだと実感した。
この後は生存者を集めて部隊を再編成し、カーンを目指して進撃するという。
私も当然その部隊に入って内陸へと進む。
カーソンに案内され、小隊の生き残りと再会した。
私とカーソンを含め、半分も生き残っていないというのだから恐ろしい。
小隊長のローランド少尉とその副官ターナーも戦死したとのことで、他は二等兵か上等兵ばかり、実質生き残った下士官は私だけだった。
この段階で指揮を執ることの出来る士官もいなかったこともあり、この小隊は暫く私が引き受けることになった。
再び丘の上から砂浜を一望する。
ドーヴァー海峡には多数の味方艦船が並び、そして揚陸艇が続々と砂浜に上がってきている。
このドーヴァー海峡を挟んで向こう側にはイギリスがあり、今はぼんやりと霧がかかっていた。
——ふと、霧が私に笑いかけてきたような気がしたのは、きっと気のせいだろう。
—後書き—
ノルマンディー作戦において最も悲惨な場所ともいわれたオマハビーチ。
一説には4000人もの死傷者が出たとのことです。
続きません。