ダーク・ファンタジー小説
- Re: 共犯おにいさんといっしょ ( No.2 )
- 日時: 2022/11/13 17:41
- 名前: 暗 海津波 (ID: yL5wamFf)
□1話
夏の早朝は比較的涼しい。日中のベタつきが嘘のような透明の空気の中。
僕が必死に運ぶのは人の死骸だった。
この山には底なし沼がある。深泥池(しんでいいけ)なんて呼び名を聞いた覚えがある。
そこに落としてしまえば楽だったかもしれない。でも、そうしなかった。
死体は埋めようと思ったから家から大きなスコップを持ってきて、少し明るくなってから埋める場所を探した。
山道から少し外れたところなら人通りも少ないはず。石が多くない山の斜面を見つけると、スコップで穴を開ける。
繰り返していると、息が切れた。重たい土をどけていく。木漏れ日が差し込む中。汗ばんできて暑かった。
「そこ、あんまりオススメしないよ」
突如人の声がして、僕は大きく肩を跳ねさせた。
思わず顔を上げると、若い男がビニール袋を片手にこちらを見ていた。
誰だ。なんでこんな早朝に人が。夜中のうちに埋めておくべきだったか。
思案しつつ、傍らにおいてあったボストンバッグを横目に見る。チャックを全開にしていたから、青いビニールシートとロープが、男の位置からでも確認できただろう。
「あ、え、」
心臓がバクバクと煩かった。死体を埋めることがバレただろうか。でも、ビニールシートとロープだけ見て、それが死体だとわかるだろうか。否、何をしているかなんてわからないはずだ。
「な、なにか用ですか?」
とりあえず発しただけの声すら震えた。スコップを握る手も震えてしまっている。これでは怪しまれても仕方がないかもしれない。
「埋めるんでしょ。それ」
男は特になんてこと無いような口調で、傍らのボストンバッグを指差した。血の気が引く。僕はどもって「あ、あ、いや、」とか変な声しか出ない。
「埋めるとしたら、このへんじゃ雨が降ったときに土が流れて中身が見えちゃうと思うよ。オススメの場所を教えるから、私についてくるといい」
彼は今度は後方を指差しながらそう言った。
埋めることがバレている。冷や汗が止まらなくて指先が冷たくなっていた。
「……」
僕が押し黙っていると、男は首を傾げてる。
「もしかして重くてしんどいかい? 持ってあげようか、それ」
「も、持つって。結構です」
「無理しなくていい。遺体一つ運ぶのも骨が折れるだろう?」
息を呑んだ。心臓が口から出そうなほど緊張する。この人は、これの中身が人間だと理解している。
「あ、け、警察に……」
「あはは。通報しないから安心してくれよ。それに私も警察は怖くてね。多分君と同業者だからさ」
「どうぎょう……?」
「そう。私は殺し屋だよ。人を殺して給料を貰って生活している。今日は仕事で出た廃棄物を捨てに来たんだ」
言いながら、彼はビニール袋の中に手を突っ込んで摘むと、何かを取り出した。
薄っぺらいそれが、最初はなんだかよくわからなかった。というよりは、理解することを脳が拒んでいただけかもしれない。
彼の指と同じ色のそれは、紛れもなく人間の耳だった。
ひ、と息を呑んで後ずさる。殺し屋、というのは冗談ではないらしい。
彼は僕の行動に目を丸くした。
「なんで怯えてるんだ。君は死体一つ分で、僕はただ切れ端一つ見せただけなのに。……ああ、もしかして、同業者ではなかったかな。一般の方の死体遺棄かな?」
「そもそも、どうしてあなたは僕が死体を所持してんなんて思うんですか、これはただのビニールシートです、よ」
「挙動不審すぎる。もう少しマシな言い訳を考えなよ。そんなの、見たら一目瞭然だろう? と、言いたいところだけど、真面目な回答をするならにおい、かな。死臭だよ。慣れていると、鼻が効くようになるからね」
再び僕は黙り込んでしまった。
「それで話を戻すけどね。そんな適当なところに死体遺棄されたら殺し屋として困っちゃうんだ。そこじゃすぐ見つかる。それで山自体が全体的に捜査されて、私の隠してる死体まで暴かれてしまう可能性だってあるんだよ。だからもっとマシなところに隠してほしい。私も手伝うから。さ、足側持ってあげるよ」
「え、ちょっと」
僕がスコップ片手にワタワタしていると、彼は近づいてきてボストンバッグに触れる。
「おい勝手に触るな!」
近くまで来てようやく彼の容姿をしっかり見て、思わずたじろぐ。細身で背が高く、流行りのおしゃれな髪型の、どこにでもいる普通の男に見える。顔立ちだって普通の大学生か、もう少し年上くらいに見えるのだ。街ですれ違ったり、電車の中で出会っても違和感の無いようか容姿。それが殺し屋だとか、ビニール袋の中に人の耳を入れているのが酷く異質だったから。
「“勝手に”はこっちの台詞だな。私の殺し屋家業の邪魔をしないでほしいよ」
不満げに眉をひそめる。職業は美容師です、と自己紹介されたほうがしっくり来そうだから、やはり信じられない。
とはいえ、ビニールシートの中身を言い当てられたことも、僕のしようとしてることを暴いた上で動揺しないところも、本当に慣れているのだろう。
「君、早く頭側持ってくれるかい。……ああ、今気付いたけど君、若そうだね。高校生?」
「まあ」
「そう。君のような若い子が犯罪者なんて、嘆かわしいねえ」
「……あんただって、若いじゃないですか」
「あはは。10歳くらい上だよ、多分」
せーの、と掛け声にあわせて死体を持ち上げる。死後硬直もすんだ死体は、二人掛かりといえどもずっしり重い。
おも、と思わず声を漏らすと、男は薄く微笑んで、
「それが命の重さだね」
なんて言ってきた。