ダーク・ファンタジー小説

Re: 共犯おにいさんといっしょ ( No.3 )
日時: 2022/11/14 22:07
名前: 暗 海津波 (ID: yL5wamFf)

■2話

 山を降りて、公園の水飲み場で土に汚れた手を洗い流す。爪の間まで入り込んだ汚れは落ち難い。血も土もそこは共通している。

「あの遺体は何処の誰なの」

 私の質問に、高校生は答えなかった。冷たい目でこちらを見上げて「関係ないじゃないですか」と言い放つ。殺し屋相手に怯むこともなくそう言えるのは、彼が既に死に携わる人間になってしまったからなのか。

「そうか。なら、君の名前くらい教えてくれてもいいだろう?」
「名前を聞くときは自分から名乗るものですよ」
「そうだね。私はトキワ──ああ、これは殺し屋としてのコードネームのようなものだけどね」
 高校生は小さく首を傾げている。

「偽名ってこと?」
「まあ、そういう呼び方もあるんじゃないかな」
「この自己紹介は本名じゃなくてもいいってことですね。じゃあ俺、じゃなくて僕はイヅチです」
「イヅチくんね。それは名字と名前どっち……そもそも本名なの?」
「さあ?」

 くす、と薄く笑む表情はいたずらっぽく、歳相応の子供らしさを感じる。こんな子が、死体遺棄。嫌な事実である。
 イヅチくんの格好は白いワイシャツにスラックスという、おそらく近所の高校の制服姿である。所々に泥の汚れがついてしまっていた。特に履いているスニーカーが泥まみれ。死体遺棄とは、50kg近い肉を運搬し、180cm近い物が十分隠れるほどの穴を掘らなければならない。結構な重労働だ。制服は死体遺棄作業に適しているとは言い難いだろう。

 どうしてこんな格好で。ブルーシートとロープに遺体を詰め込めるくらいのボストンバッグ。それにスコップまで用意した人間が、服装だけ失敗する理由はなんだろうか。

「そういえばイヅチくん。高校生ならそろそろ学校の時間なんじゃないかい?」
「……そうですね。でも、そういう気分になれないので、今日はサボっちゃおうかな」

 暗い表情で言う。殺し屋と平然と話すため、人の心がないのかと思っていたが、しっかり心身へのダメージは蓄積されていたらしい。
 当然か。死体に携わって平気でいられたら、殺し屋への就職を勧めていたところだ。

「あまり学校を休むのはおすすめしないね。あの遺体とどのような関係かは知らないけど、学校を休むってことは、何かあったということになる。アリバイを作るためにも登校は必要なことだよ」
「さ、流石殺し屋。でも服が泥だらけな時点で怪しまれるんじゃ……」
「通学路に派手に転べそうな場所はあるかい。おっちょこちょいな君はそこで転んでしまった、そして応急手当するために一度帰宅したため、学校に遅れたってことにしたらいい」

 イヅチくんは目を丸くしている。
「本当に、本職の人はそれらしい口実を考えるのが得意なんですね。助かります」
「まあね。家まで送るよ。色々あって疲れただろうからね」

 言いながら、スコップとボストンバッグを持ってあげて歩き出す。
 公園から家までの道中、イヅチくんは家のことを少しだけ話してくれた。両親は共働きだから、帰宅しても家には誰もいないだろう、とか。学校では優等生してるから、遅刻してくるだけでも珍しがられてしまいそうだとか。

「優等生は人殺しなんてしないと思うけどね」
 私の軽口に、彼は笑みを引きつらせた。

「そういうトキワさんは、学生時代どんな子でした?」
「君みたいな優等生だったよ」
「はは。今は殺し屋なのに?」
「そう。初めての仕事は中学生くらいのときだったから、本当に“君のような優等生”だったんだよ」

 優等生が何か後ろ暗いことをするわけがない。だから、汚れた手を隠すためには何処までも普通のいい子でいなければならなかった。
 イヅチくんの表情からついに笑顔が消え失せる。

「トキワさんは、どうして人を……」
「殺意を聞くときは自分から教えるものだよ、イヅチくん」
「……あの死骸、は…………」

 言いかけて、黙り込む。道中の会話のなかで、彼は頑なに遺体の正体や関係性、殺した理由について話そうとしなかった。
 そこまで隠されると、興味が湧いてくる。既に共犯者になってしまった男にさえ隠し通したい関わりがある、ということになるのだから。

「じゃあ、秘密主義なイヅチくんに、少しだけ私の話をしてあげよう。私はね、殺されたいから殺し屋の仕事を続けているんだ」
「え?」
「依頼があるから人を殺す。でも、僕は罪を重ねることが、本当はすごく嫌だ」
「そんな人がなんで、手を貸してくれたんですか。僕を手伝ったんだから、トキワさんはもう共犯者ですよ」

 会話の途中だったが、イヅチくんが一軒の家の前で立ち止まる。表札に「珊瑚」と書かれている。サンゴイヅチくん。それが本名になるのだろうか。
 イヅチくんが家の扉を開けたので、無理矢理家に入り込む。驚いて「な、なにして、」と声を上げようとした彼の口元を手で覆った。

「私みたいな、人を殺して生活してる犯罪者が、無償で高校生の手伝いをすると思ったかい? 共犯の弱みに付け込んで、無理なお願いをしようと思っていただけだよ」
「お金目当てですか……?」
「まさか。ちゃんとした職に就いた大人は高校生から金銭をせびったりなんてしないよ。お金より難しい、君にしかできないお願いをしたかったんだ」
「……流石犯罪者ですね」

 軽蔑するような目でこちらを睨むイヅチくん。犯罪者に関しては君がそれ言うの? という感じであるが。

 玄関で靴も脱がずに、私は話の続きを語る。

「私は殺されたいから人を殺している。つまりね、君に私を殺してほしいんだ」
 イヅチくんは大きく目を見開く。
「死体遺棄をした。死に関わっている君になら、できるよね」

 彼の両手を掴んで、自分の首に手を重ねさせる。夏なのに冷たい指の温度が少し心地よかった。

「む、無理ですよ! 特に恨みもない人を殺すなんて気持ち悪いし、そもそもうちで死のうとしないでくださいよ、あんたの死骸の処理どうすればいいんだよ!」
「あはは。後半についてはごもっともだけど、君は殺し屋の頼みをそんな簡単に断って平気かい?」
「は、脅しですか? 脅されたところで、僕はあんたを殺してなんかやらないからな」
「いいよ。もう一つのお願いを聞いてもらうから」

 そう言って、私はイヅチくんの首を掴むと、床に押し倒した。皮膚の下、呼吸と脈の感触が手に馴染む。

「人に殺されたいから殺し屋になるって、よくわからないでしょ。でもね、自分の命も人の命も同じ重みなんだよ。私は、生命というものそのものを実感したいから殺されたいし、殺したい」
「僕を、殺すんですか」
 強張った表情でこちらを見上げてくる。生き物が死を覚悟した瞬間の顔というのは、何度見ても気分の良いものだ。

「あはは。殺すんだったらあの山でさっさと殺してるよ。私は依頼に無い殺しはしない主義でね。でも、依頼だけじゃ、収まんないんだ」
 自然と、指先に力が篭もる。息苦しそうに顔をしかめるイヅチくんを、じっと見下ろす。

「私のお願いは、生命を実感させてほしいってこと。もっと恐怖して。苦しんで。藻掻いて。……生きようと、足掻いてよ」
「なに、気持ち悪いこと、言って……」

 掠れた声で反論する姿も良かったが、ただ、死に恐怖して必死で抵抗してほしかった。上から体重で潰すようにして、気道を押さえつける。息をしようと首の筋肉がひくつく感触が伝わってくる。

「く……う、ぅ」
 酸素を少しでも取り込もうとして口をパクパクさせる姿は、陸に打ち上げられた魚みたいだった。更に強く締めると数回咳き込んで、苦しげに身を捩った。
 イヅチくんは線が細いから、あまり強くやると骨を折ってしまいそうだ。名残惜しかったが、手を放す。
 首元を労るように手を当て、大きく呼吸を繰り返して、泣きそうな顔をしている。突然殺されかけたら、普通はそういう反応をするだろう。

「あはは。怖かった? 依頼に無い殺しだから、殺さないって言ったのに」
「…………」
「イヅチくん、いい反応するねえ。人の弱みを握るの最高」
「気持ち、悪」

 こちらを睨みつけられる姿が生意気で可愛かったから、もう一度彼の首元に触れた。それだけで怯えた顔を見せるものだから、本当に生命とは脆くて愛おしい。

「イヅチくんと出会えてよかった」

 多分、彼にとっては最悪の出会いだろうけれど。