ダーク・ファンタジー小説

Re: 共犯おにいさんといっしょ ( No.4 )
日時: 2022/11/20 20:13
名前: 暗 海津波 (ID: hBEV.0Z4)

□3話

「イヅチが遅刻なんて珍しいな。イタチも来てないから、双子揃って学校サボったのかと思ったよ」
 クラスメイトに言われて、色々とバレてしまわないかヒヤヒヤしながらも、なんでもないことみたいに微笑む。

「あの辺、急勾配の坂あるでしょ。あそこでぼーっと歩いたら凄い転んじゃって、擦りむいたから一旦家帰って手当してきたんだ」
 そう言って膝や掌に貼ったバンソーコーを見せる。
 誰もそれを疑う様子は無かったし、僕はその日一日をまるで何事もなかったかのように過ごす事ができた。
 人が死んだ日でも、誰も何も知らずに、誰も追悼を捧げることもなく時間は過ぎていく。僕自身も普通に振る舞うことができてしまっているのだから、物悲しい。

 トキワさんはあのあと、「また会えるといいね」と言って何処かへ行ってしまった。本気で殺す勢いだったあの男のことを思うと、少し怖くなる。僕はもう会いたくなかった。
 あんなことされるくらいなら、彼を殺す方を選んでおけばよかったのだろうか。断らずに、せめて振りだけでも。
 一瞬頭の中でトキワさんの首を絞める妄想をして、気持ち悪いし怖くなる。死体遺棄した人間なら、人を殺すことに嫌悪感を抱かないと思っているのも頭がおかしいと思うし、なにより殺されたいとか殺したいを、本気の意味で使う人がいることが受け入れ難かった。

 放課後、金髪のクラスメイトが話しかけてきた。校則違反の長くて明るい髪。顔を見なくても誰かわかる。不良のニシキだった。
「ああ、ニシキくん。どうかしたの」
「今日、トカゲもイタチも来なかった。お前何か知らねえのかよ。メッセージ送っても既読がつかないし」

 トカゲというのは、ニシキと同じく耳にピアスを開けまくっていて、学校も平気でサボるヤンキー生徒なので、僕もあまり話したことがない。でも、イタチの方は僕の双子の弟だ。彼もトカゲやニシキとつるんで学校をサボることがあったから、今日いないことも然程気にしていなかった。

「二人でサボったのかと思ってたけど、違いそうなの?」
「サボんならおれも誘えよってなるだろーがよ。ったく、マジ今日退屈だったわ。クソが」
 吐き捨てながらニシキは教室のゴミ箱を蹴り倒して、見かねた僕がそっと直す。
「お前、イタチと同じ顔してるから苛つくなァ」
「……でも中身は同じじゃないから、同一視しないでね」

 困ったように笑いかけると、ニシキは舌打ちして、教室を出て行った。
 イタチは彼やトカゲに絡まれていたのに、イヅチには絡まない。ほとんど容姿が同じなのに、彼らは何処で僕らを区別しているのだろうか。

 疑問に思いつつ帰ろうとしたとき、先生に雑用を任されてしまった。少し面倒に思いつつも断りきれなかった。人使いが荒いなと肩を竦め、その肩にスクールバッグをかけて職員室へ向かう。
 任されたのは、授業で使ったプリントを運んでおいてほしい、ということだった。それくらい自分でやれと思う。これも、イタチは雑用を任されていることはなかったのに、僕には任せるのだから何が違うのか。

 無事に職員室にプリントを届けて、今度こそ帰ろうとしたときに、「イヅチくん」と呼び止められた。誰だ、と思って振り返って息を呑む。

 スーツ姿なので、教師だということはわかった。でも見覚えのある長身と髪型に、心臓が跳ねた。顔まで凝視して、どう見たってそれが今朝の殺し屋なのだから、状況を飲み込めなかった。

「と、トキワさん?」
「うん。トキワさんです。その後変わりないかい?」
「なんでいるんですか」
「驚いた? 副業で美術の教師始めて見た。いや、この場合あっちの仕事が副業なのかな。ところでイヅチくん、今から私は美術室でお仕事があるんだけど、今日来たばかりだから場所がわからなくてね。案内お願いできるかい?」

 僕の色々言いたげな表情を見て、あえて無視してるらしかった。
 しかし、校内で今朝のことを話題にするわけにもいかず、せめて人気の少ない美術室で話すことにする。

 廊下を一緒に歩く際、トキワさんは「美術のおじいちゃん先生が腰が悪くて、授業ができないことが多いとかでね、代わりが必要になったんだって」等とペラペラ話しかけてきた。僕は内容がほとんど入ってこなくて聞き流すしかなかった。

「ここが美術室です……けど」
 画材のにおいがする美術室で二人きりになって、やっと話を切り出すことができる。
「何で態々僕の学校に。まだ何か用が?」
「そうだよ。まだ話し足りなかったからね」
 言いながら僕の首元に手を伸ばしてきて、その冷たい指先の温度に、少し体が強張った。
「痕、残ってないね。よかった」
「……僕はもう、話すことなんてないですよ」
「私にはあるよ。ねえ、あの遺体ってやっぱりこの学校の生徒なのかい? だとしたら、私は教え子が死んでるわけなんだけど。どうして、どうやって殺したんだい?」

 思わず目を逸らす。
「関係ないでしょ」
「無いね。でも、気になる。君の担任から何となく生徒の話を聞いておいたけど、イヅチくんは本当に良い子で、さっきも嫌な顔一つせずにプリントを運んでくれた、とか。他の生徒との目立ったトラブルだってなかったって。そんな子がどうして人を殺したのか。興味がある」

「話すつもりなんか無いです」
 冷たく言い放って、僕が美術室を出ようとすると、腕を掴まれた。

「君の手はもう、汚れている。そんな状態で何日も逃げ延びることができると、本気で思うのかい?」
「……!」
「一般的には人を殺して、そのまま生活するなんて無理なんだよ。それがまともな人間であれば尚更。罪の意識に怯え苦しみ続けることになる。まともじゃない奴は、私みたいに殺し屋になるか、何度も人を殺すシリアルキラーになるよ。……きみはどっちかな、イヅチくん」

 トキワさんの顔をじっと見つめた。殺し屋のくせにまっすぐ僕を見る。多分、良心で言っている。優しい人なんだと思う。
「僕は、あなたみたいにはならないし、この罪も、手の汚れも、俺だけのものだ。いつか死体が見つかって、俺が咎められるならそれでもいい。見つからなくてあんた以外誰も知らないで、罪悪感に苛まれる日々が来たってそれでもいい。だから、あんたには関係無い」

 ほとんど睨みつけるような目でトキワさんを見て、言いきって、途端に苦しくなる。
 今日、確かに人は死んだ。俺はもう。いや、僕はもう戻れない。指先が震える。覚悟していたのに、事実を受け止めようとすると恐怖が全身に広がっていく。
 でも、確かにこの罪は俺だけのものだ。

「そっか。面白いね。うん、凄く面白い。決めたよイヅチくん。私はあの遺体と君のことを、全ての真相を暴くよ」
「は?」
 トキワさんは、真剣な目をしていた。真剣におかしなことを言う人なんだ。

「それに、やっぱり君に殺されたいな」
「……本当に気持ち悪い人ですね」
 僕がそう言うと、トキワさんは笑いかけて来て、そっと僕の頬に触れる。

「殺す真似でもいいんだよ。君がいい。そんな暗くてドロッとした目をする、君の殺意を向けられてみたいし、君の殺意の真相を知ってみたいんだ」
「だから、殺してなんかやらないって。僕はあんたに殺意なんかないんだから」
「だったら」

 不意に首元にトキワさんの両手が伸びてきて、避ける暇もなく掴まれていた。
「私は君を殺す。だから、足掻いて?」
 朝やられたときよりも手加減されていない。骨が軋むほど強く絞められて、声を上げることすらままならなかった。殺す気は無いのだと言われても、死ぬんじゃないかと思うくらい。
 ほとんど呻くような声を上げながら、トキワさんの手を振りほどこうとした。抵抗するたびにもっと強い力が加わっている気がする。
 視界が明滅し、意識が遠のく。体の力が抜けてきたとき、やっと開放された。

「げほ、て、めぇ、ゲホッ、教師のくせに、こんなことして!」
 座り込んだまま怒鳴りつけたが、トキワさんはニコニコと笑っているだけだ。
「ああ、そうだったね。教員が生徒に暴力なんて、懲戒免職かも。君が死体遺棄なんてしてなければ、素直に私のこと告げ口できたのにね?」
「…………」
 半分脅しだった。告げ口したら、僕の罪も告げ口するという。

「卑怯! 変態! 犯罪者! いい年した大人が高校生を玩具にして、気持ちわりーんだよ!」
「あっはは。稚拙な罵倒だ。それに……担任に聞いた君の印象とは随分違うような気がするけど。もしかして、猫被ってたの?」
「教師なんてのは所詮表面上のことしか見てないし、見ようともしないんだよ。俺、僕のことだってそうだ」

 だから、わかった気になって何も分からない。分からないまま取り返しのつかないことになる。あの死体がそうじゃないか。

「トキワさん。やれんもんならやってみて下さい」
「え?」
「真相。暴いて下さい。少なくともあんたは、僕達のことを知ろうとしてくれてるから。全部わかったら、お望み通り殺してやるから」

 僕が猫被りの優しげな笑みを浮かべると、トキワさんは愉快そうに目を細めた。

「あはは。いいね。ゲームみたいだ」