ダーク・ファンタジー小説
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.10 )
- 日時: 2023/03/26 18:57
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)
《この世界、ディアペイズ》
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入学式後の休憩時間が終わりを迎えようとしていた。
休憩時間の後は教室集合。今後のオリエンテーションが行われる予定だ。
今頃、外の家族達は記念撮影のラストスパートに差しかかっていることだろう。
そういう俺達──ビャクダリリー、アブラナルカミ、ユウキは、一足先に教室へ来ていた。
校舎と寮は〈縹〉〈代々〉〈翠〉〈黄〉の四学年ごとに分けられている。
ここは俺達学年〈縹〉専用の校舎──〈縹校舎〉だ。
縹校舎内には約五十のクラスがあり、俺は〈一クラス〉らしい。他三人も同じクラスだった。
偶然にしては出来すぎてないかと多少怪訝に思うが、そういうこともあるんだろう。
「入学早々右ストレート食らうなんて……」
と、四人しか居ない伽藍堂な教室に愚痴が溶けた。
俺の席の前にしゃがむビャクダリリーは、俺の机で勝手に頬杖をついている。
俺はムスッとして反論してやった。
「ちょっと赤くなった位で煩いんだよ」
「そりゃ日光よりマシだけど! もっと言うことあるでしょー」
俺はビャクダリリーの意図を汲み取った上で、悪びれなく言った。
「謝ったろ」
「まさかあの、『強くてすまなかった』が謝罪とか言わないよね?」
「それ以外の何があるんだよ。お前脳みそ無いのか?」
俺の毒舌にビャクダリリーはきょとんとする。と思ったら何故か笑い始めてしまった。
イマイチ笑いどころが分からない俺はバカにされた気がして腹が立った。
「ヨウ攻撃的過ぎ。やめなよそういうの」
俺の椅子の横で立つアブラナルカミが、ジトッと俺を見た。
「俺だけ悪者扱いかよ」
「そういうのじゃなくて! 幼稚じゃないんだから──」
どっちが悪者かではなく、ビャクダリリーに悪態をつくのを辞めろ。という意味なのは俺だって分かってる。
けどやっぱり、俺が悪いみたいに言われるのは嫌だった。
黙ってアブラナルカミを軽く睨む。
「待てって、空気が悪くなってる!」
ビャクダリリーの後ろに立っていたユウキが、慌てて会話に割って入った。
「三人共言い方が少し悪いぞ。口は災いの元だ。人が嫌がると思ったことは言っちゃいけねぇぜ。な?」
幼い子に言い聞かせるようなユウキの口調にも俺はイラッとする。
けどユウキの言うことは正しい。
俺は「わかった」とぶっきらぼうに返事した。アブラナルカミは黙って別の話題になるのを待つ。
「はーい。ヨウ、ごめんね?」
唯一謝ったのはビャクダリリーだった。悪びれを感じられないが。
謝られると自分の行いは悪かった気がして、俺は「おう……」と返事した。
「そういえばヒラギセッチューカさんって英名だよね」
唐突にアブラナルカミが言った。
コイツ、居心地悪くなったから話変えたな?
「そーそー。アブラナルカミも英名だね」
ビャクダリリーは袖から出した黒い狐面を被る。
俺は急に出てきた狐面が気になって、それは何だと聞──
「英名ってことは、二人は〈白銀ノ大陸〉出身か?」
──く前に、ユウキが言った。
先を越されたが、特別狐面に関心がある訳では無いから口を閉じる。
この"世界"は、二つの大陸に分かれている。
人口が多くて和文化が色濃い〈呂色ノ大陸〉
開拓がされておらず、遺跡やダンジョンが多いロマンある〈白銀ノ大陸〉
呂色ノ大陸出身は和名が多く、白銀ノ大陸出身は英名が多いのだ。
因みにこの学院都市は、呂色ノ大陸にある。
「私は呂色ノ大陸にある〈エルフの里〉出身だよ。里は和文化がないからね」
アブラナルカミが手を顔の前で軽く振る。
"エルフの里"という言葉に、俺は驚いて息を漏らした。
「エルフの里って、存在したのか」
「エルフがいるんだからそりゃあね」
アブラナルカミは当然というような顔をして言った。
エルフ──基本外の世界には姿を見せない、謎に包まれた種族だ。
特徴と言えば尖った耳。それ以外は普通の人間と何ら変わらない。
そのエルフが居住する里。
通称〈エルフの里〉は特殊な結界に覆われていて、特定の者しか辿り着けない仕様となっている。
だからエルフ達は謎に包まれ、近年では半分幻と化してきていた。
半分エルフは御伽噺だと思っていた俺はちょっと驚く。世界は広いものだ。
「あ、ヒラギセッチューカさんは? 白銀ノ大陸出身?」
アブラナルカミが聞く。
ビャクダリリーは、せせら笑いを微笑みに変えて「あー」と言葉を濁した。
外から見たら彼女の表情なんてそう変わらない。
しかし、ビャクダリリーのせせら笑いに人一倍敏感になっていた俺は分かった。
何故かビャクダリリーはユウキを一瞥する。
「そのヒラギセッチューカ"さん"って辞めない? 距離感がある」
が、そんな事無かったかのようにアブラナルカミに言った。
先程の挙動が気になってしまう。けど本当に些細なものだったし、深読みのしすぎかもしれない。
「あっ、ごめんっ。つい"さん"付けしてた」
「じゃ、長い名前の私とアブラナルカミは短縮して呼んで貰おう。自己紹介の時にも役立つでしょ?」
狐面越しにヒラギセッチューカは、濁った紅い目に弧を描かせ笑った。
俺は何気なく言う。
「愛称か」
「お、おーおー。そんな感じ?」
ビャクダリリーは戸惑い、照れながらも肯定する。
なんでここで急に照れるんだ、と俺は胸の中でツッコミを入れた。
通常の雰囲気が雰囲気だけに、彼女の戸惑いは狐面越しでもすぐ分かる。
俺が他よりビャクダリリーをよく見ているだけかもしれないが。粗探しのために。
「名前長いんだし、故郷では愛称で呼ばれてたんじゃないか?」
と言いながら、俺は少し高い椅子を引いて座り直す。
アブラナルカミは故郷での不満を漏らした。
「それがさぁ。全く名前で呼ばれなかったの」
「じゃあなんて呼ばれてたんだ?」
俺は反射的に聞いた。
そういえば、さっきからビャクダリリーとユウキが静かだ。
「んー? 王女様。私はアブラナルカミだっての。あ、ヒラギセッチューカさ──ヒラギセッチューカは?」
俺は言葉を詰まらせ、黙る。
何かしら悪い対応を受けていたのではないか。
二人はそう思ってあれ以上の詮索は辞めていたんだ、と今更理解した。
「なんか、すまない。アブラナルカミ」
「私が勝手に言っただけじゃん。何でヨウが謝るの?」
ルカは優しさで俺を見下す。
それが余計申し訳なく感じて口を閉じた。場を沈黙が支配する。
「あ、愛称が無いなら今付けたらいいんじゃないか?」
俺はせめてもの償いとして沈黙を破った。
ビャクダリリーは辛気臭い顔から一変、パッと明るくなる。
「じゃあルカ。アブラナ"ルカ"ミのルカっ」
話題が出る前から考えていたのか、ビャクダリリーは即答した。
命名の速さに驚いたようで本人は難しそうな顔をする。
多少考える仕草をした後、ゆっくりと顔を上げた。
「うん、ありがとう」
アブラナルカミ──ルカはぶっきらぼうに言う。
嬉しそうだし、一見照れ隠しに見える。けど表情に少し憂いが帯びていた。
「ヒラギ」
さっきから思案していたユウキが呟く。
と、ビャクダリリーは恐ろしい反応速度で振り返り、ユウキの手を握った。
「ヒラギ、ヒラギだってさクフフッ!」
下品な笑い声で、喜んでるのか馬鹿にしてるのかよく分からない。馬鹿にしていたらもう一度殴ろう、と俺は軽く拳を握った。
ユウキは申し訳なさそうな顔をする。
「お、可笑しいか?」
「違う違う、嬉しいんだよっ。ありがとう!」
どうやら拳は要らない様だ。
予想以上にはしゃぐビャクダリリーと、それを見てはにかむユウキ。ルカは満更でもない顔でそれを見ている。
俺は三人を見て胸がムズムズする。
同年代と話すどころか、気を許せる人も余り居なかった俺にとっては、この場の空気は新鮮で逆に落ち着かない。
俺も輪に入ろうか。
素直にビャクダリリーに謝ろうか。
きっと、楽しいだろうな。
そんな想いが脳裏を過る。ただ、それは俺のプライドが許さなかった。
それにビャクダリリーとは仲良くしたくない。
アイツが視界に映るだけで腸が煮えくり返る──というのもあるが、もう一つ理由が。
ビャクダリリーは、臭い。
不潔という意味ではない。多分。
嗅いだだけで頭がぽーっとする、癖のあるハーブの臭い。それが嫌いなんだ。
忌々しい、親父と同じ──
「ヨウ? 怖い顔してどした?」
ビャクダリリーは俺の席に手をついた。
若干俯いている視界に白皙の指が十本見える。
俺は考えすぎだ、と自分を抑えてゆっくりと顔を上げた。
「元気だなぁと思って」
ビャクダリリーを見上げる俺は、貼り付け慣れた笑顔でそう言った。
2.>>11