ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.10 )
日時: 2023/03/26 18:57
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)

 《この世界、ディアペイズ》

 1

 入学式後の休憩時間が終わりを迎えようとしていた。

 休憩時間の後は教室集合。今後のオリエンテーションが行われる予定だ。
 今頃、外の家族達は記念撮影のラストスパートに差しかかっていることだろう。

 そういう俺達──ビャクダリリー、アブラナルカミ、ユウキは、一足先に教室へ来ていた。
 
 校舎と寮は〈はなだ〉〈代々だいだい〉〈すい〉〈あかし〉の四学年ごとに分けられている。
 ここは俺達学年〈はなだ〉専用の校舎──〈縹校舎はなだこうしゃ〉だ。
 縹校舎内には約五十のクラスがあり、俺は〈一クラス〉らしい。他三人も同じクラスだった。
 
 偶然にしては出来すぎてないかと多少怪訝に思うが、そういうこともあるんだろう。

「入学早々右ストレート食らうなんて……」

 と、四人しか居ない伽藍堂な教室に愚痴が溶けた。
 俺の席の前にしゃがむビャクダリリーは、俺の机で勝手に頬杖をついている。
 俺はムスッとして反論してやった。

「ちょっと赤くなった位で煩いんだよ」
「そりゃ日光よりマシだけど! もっと言うことあるでしょー」

 俺はビャクダリリーの意図を汲み取った上で、悪びれなく言った。
 
「謝ったろ」
「まさかあの、『強くてすまなかった』が謝罪とか言わないよね?」
「それ以外の何があるんだよ。お前脳みそ無いのか?」

 俺の毒舌にビャクダリリーはきょとんとする。と思ったら何故か笑い始めてしまった。
 イマイチ笑いどころが分からない俺はバカにされた気がして腹が立った。

「ヨウ攻撃的過ぎ。やめなよそういうの」

 俺の椅子の横で立つアブラナルカミが、ジトッと俺を見た。

「俺だけ悪者扱いかよ」
「そういうのじゃなくて! 幼稚ようちじゃないんだから──」

 どっちが悪者かではなく、ビャクダリリーに悪態をつくのを辞めろ。という意味なのは俺だって分かってる。
 けどやっぱり、俺が悪いみたいに言われるのは嫌だった。
 黙ってアブラナルカミを軽く睨む。
 
「待てって、空気が悪くなってる!」

 ビャクダリリーの後ろに立っていたユウキが、慌てて会話に割って入った。

「三人共言い方が少し悪いぞ。口は災いの元だ。人が嫌がると思ったことは言っちゃいけねぇぜ。な?」

 幼い子に言い聞かせるようなユウキの口調にも俺はイラッとする。
 けどユウキの言うことは正しい。
 俺は「わかった」とぶっきらぼうに返事した。アブラナルカミは黙って別の話題になるのを待つ。

「はーい。ヨウ、ごめんね?」

 唯一謝ったのはビャクダリリーだった。悪びれを感じられないが。
 謝られると自分の行いは悪かった気がして、俺は「おう……」と返事した。
 
「そういえばヒラギセッチューカさんって英名だよね」

 唐突にアブラナルカミが言った。
 コイツ、居心地悪くなったから話変えたな?
 
「そーそー。アブラナルカミも英名だね」

 ビャクダリリーは袖から出した黒い狐面を被る。
 俺は急に出てきた狐面が気になって、それは何だと聞──

「英名ってことは、二人は〈白銀はくぎんノ大陸〉出身か?」

 ──く前に、ユウキが言った。
 先を越されたが、特別狐面に関心がある訳では無いから口を閉じる。
 
 この"世界"は、二つの大陸に分かれている。
 人口が多くて和文化が色濃い〈呂色ろいろノ大陸〉
 開拓がされておらず、遺跡やダンジョンが多いロマンある〈白銀はくぎんノ大陸〉
 
 呂色ろいろノ大陸出身は和名が多く、白銀ノ大陸出身は英名が多いのだ。
 因みにこの学院都市は、呂色ろいろノ大陸にある。

「私は呂色ろいろノ大陸にある〈エルフの里〉出身だよ。里は和文化がないからね」

 アブラナルカミが手を顔の前で軽く振る。
 "エルフの里"という言葉に、俺は驚いて息を漏らした。

「エルフの里って、存在したのか」
「エルフがいるんだからそりゃあね」

 アブラナルカミは当然というような顔をして言った。

 エルフ──基本外の世界には姿を見せない、謎に包まれた種族だ。
 特徴と言えば尖った耳。それ以外は普通の人間と何ら変わらない。
 
 そのエルフが居住する里。
 通称〈エルフの里〉は特殊な結界に覆われていて、特定の者しか辿り着けない仕様となっている。
 だからエルフ達は謎に包まれ、近年では半分幻と化してきていた。
 
 半分エルフは御伽噺おとぎばなしだと思っていた俺はちょっと驚く。世界は広いものだ。

「あ、ヒラギセッチューカさんは? 白銀ノ大陸出身?」

 アブラナルカミが聞く。
 ビャクダリリーは、せせら笑いを微笑みに変えて「あー」と言葉を濁した。
 外から見たら彼女の表情なんてそう変わらない。
 しかし、ビャクダリリーのせせら笑いに人一倍敏感になっていた俺は分かった。

 何故かビャクダリリーはユウキを一瞥いちべつする。
 
「そのヒラギセッチューカ"さん"って辞めない? 距離感がある」

 が、そんな事無かったかのようにアブラナルカミに言った。
 先程の挙動が気になってしまう。けど本当に些細なものだったし、深読みのしすぎかもしれない。 
 
「あっ、ごめんっ。つい"さん"付けしてた」
「じゃ、長い名前の私とアブラナルカミは短縮して呼んで貰おう。自己紹介の時にも役立つでしょ?」

 狐面越しにヒラギセッチューカは、濁った紅い目に弧を描かせ笑った。
 俺は何気なく言う。
 
「愛称か」
「お、おーおー。そんな感じ?」

 ビャクダリリーは戸惑い、照れながらも肯定する。
 なんでここで急に照れるんだ、と俺は胸の中でツッコミを入れた。
 
 通常の雰囲気が雰囲気だけに、彼女の戸惑いは狐面越しでもすぐ分かる。
 俺が他よりビャクダリリーをよく見ているだけかもしれないが。粗探しのために。 

「名前長いんだし、故郷では愛称で呼ばれてたんじゃないか?」

 と言いながら、俺は少し高い椅子を引いて座り直す。 
 アブラナルカミは故郷での不満を漏らした。

「それがさぁ。全く名前で呼ばれなかったの」
「じゃあなんて呼ばれてたんだ?」

 俺は反射的に聞いた。
 そういえば、さっきからビャクダリリーとユウキが静かだ。

「んー? 王女様。私はアブラナルカミだっての。あ、ヒラギセッチューカさ──ヒラギセッチューカは?」
 
 俺は言葉を詰まらせ、黙る。
 何かしら悪い対応を受けていたのではないか。
 二人はそう思ってあれ以上の詮索は辞めていたんだ、と今更理解した。

「なんか、すまない。アブラナルカミ」
「私が勝手に言っただけじゃん。何でヨウが謝るの?」

 ルカは優しさで俺を見下す。
 それが余計申し訳なく感じて口を閉じた。場を沈黙が支配する。

「あ、愛称が無いなら今付けたらいいんじゃないか?」

 俺はせめてもの償いとして沈黙を破った。
 ビャクダリリーは辛気臭い顔から一変、パッと明るくなる。

「じゃあルカ。アブラナ"ルカ"ミのルカっ」

 話題が出る前から考えていたのか、ビャクダリリーは即答した。
 命名の速さに驚いたようで本人は難しそうな顔をする。
 多少考える仕草をした後、ゆっくりと顔を上げた。

「うん、ありがとう」

 アブラナルカミ──ルカはぶっきらぼうに言う。
 嬉しそうだし、一見照れ隠しに見える。けど表情に少し憂いが帯びていた。

「ヒラギ」

 さっきから思案していたユウキが呟く。
 と、ビャクダリリーは恐ろしい反応速度で振り返り、ユウキの手を握った。

「ヒラギ、ヒラギだってさクフフッ!」

 下品な笑い声で、喜んでるのか馬鹿にしてるのかよく分からない。馬鹿にしていたらもう一度殴ろう、と俺は軽く拳を握った。
 ユウキは申し訳なさそうな顔をする。
 
「お、可笑しいか?」
「違う違う、嬉しいんだよっ。ありがとう!」
 
 どうやら拳は要らない様だ。
 予想以上にはしゃぐビャクダリリーと、それを見てはにかむユウキ。ルカは満更でもない顔でそれを見ている。

 俺は三人を見て胸がムズムズする。
 同年代と話すどころか、気を許せる人も余り居なかった俺にとっては、この場の空気は新鮮で逆に落ち着かない。

 俺も輪に入ろうか。 
 素直にビャクダリリーに謝ろうか。
 きっと、楽しいだろうな。
 そんな想いが脳裏を過る。ただ、それは俺のプライドが許さなかった。
 
 それにビャクダリリーとは仲良くしたくない。
 アイツが視界に映るだけで腸が煮えくり返る──というのもあるが、もう一つ理由が。
 
 ビャクダリリーは、臭い。
 不潔という意味ではない。多分。
 嗅いだだけで頭がぽーっとする、癖のあるハーブの臭い。それが嫌いなんだ。
 忌々しい、親父と同じ──

「ヨウ? 怖い顔してどした?」

 ビャクダリリーは俺の席に手をついた。
 若干俯いている視界に白皙はくせきの指が十本見える。

 俺は考えすぎだ、と自分を抑えてゆっくりと顔を上げた。

「元気だなぁと思って」

 ビャクダリリーを見上げる俺は、貼り付け慣れた笑顔でそう言った。

 2.>>11

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.11 )
日時: 2023/03/26 18:58
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)

 
 2

 入学式から早一週間経とうとしていた。
 
 教室の窓から満開の桜が見える。
 微かな風で大量の花弁を撒き散らし、透明で何も無い宙を華やかに彩っていた。

 授業内容をノートに書き写していた俺は、息抜きとして窓の外を一瞥する。
 ほうっ、と感嘆の息をもらす。

 現在は保体の授業だ。内容は一般常識に近いものばかり。保体の授業についてのオリエンテーションらしい。
 退屈だが、入学直後の授業なんてこんなもんだろう。
 
「魔法というのは様々な種類があるが、大まかに分けると七系統ある。これらは〈八大魔法はちだいまほう〉と呼ばれている」

 魔法は七種類あるのに"八大"魔法と呼ばれている。
 可笑しい話だが、俺はリアクションせず鉛筆を指に絡ませた。
 昔から知っていることだから、今更何とも思わないのだ。

「八大魔法に含まれるのは、炎系統ほのおけいとう地系統ちけいとう嵐系統あらしけいとう雷系統らいけいとう氷系統ひょうけいとう岬系統みさきけいとう闇系統やみけいとう
 まあ、説明するまでも無いだろうな」

 基本的に適性系統は一人につき一つ。二つの場合もあるがかなりのレアケースだ。
 俺は特殊な生まれではあるが、闇系統一つが適性とごく平凡。
 俺が黒髪なのも適性系統が影響している。
 
 軽く自分の髪を弄ってみる。ジャリジャリと音がしただけだった。

「魔法"系統"と呼ばれる理由は、同系統と定義付けられた魔法が──というと面白くないな。
 噛み砕いて言うと、炎ぽい魔法同士とか氷ぽい魔法同士とか、仲間っぽい魔法が集まってできたのが"系統"だ」

 授業に飽きた俺は机の中で別教科の教科書を開いた。先生から見えないよう、内職を始める。 

「あー、話すこと無くなった。もう一度同じ話をするか。魔素というのは──」

 間抜けた先生の声が教室を包む。それに生徒は騒めくが、先生は気にしなかった。
 
 こんな適当な先生の授業に出るぐらいなら自室で勉強をしたかった。
 けどそういう訳にもいかない。
 夜刀学院には午前の共通授業と午後の選択授業の2種類があって、保体は前者。
 嫌でも出席しておかないと、最悪退学になってしまうのだ。

「玫瑰秋」

 俺は教科書のページをめくる手を止めた。と同時に、体をビクッと震わせる。
 頭上から俺を押し潰す様な低い声が落ちた。
 全身が凍りついて、俺はゆっくりと見上げる。

 2メートルの学院長ぐらいの長身男性が俺を見ていた。
 茶色の左目を除いて全身包帯で覆われており、上から一枚黒い着物を崩して着ている、化け物と勘違いしそうな男性。

 さっきから適当な授業をしている保体担当の、〈秋野あきの 花霞かすむ〉先生だ。
 見た目が恐ろしいため、生徒には敬遠されている。俺もその中の一人だ。

「内職ならもっと上手くやれ」

 もっと別に言うことがあるんじゃないのか? 
 思っても口に出す勇気は毛頭無かった。
 俺は「すみません」と萎らしく謝って教科書を閉じる。
 それを確認したカスム先生は、黙って俺の席から去った。

 凍っていた体が瞬時に溶けて俺はホッと息を吐く。
 それでも退屈なのは変わらず、前を向いてぼーっとしていた。
 前の席は狐面を被る白髪の少女、ビャクダリリーが居た。だから教台を見ると嫌でも白髪が視界に入る。
 それが鬱陶しくて仕方がなかった。

 リンリンリン

 授業の終わりを知らせる鐘が鳴った。
 やっとか、と俺は軽く背伸びする。

「今日はこれで終わりだ。次からは実技が主体になる。心の準備をしていてくれ」

 そう言って、カスム先生は手ぶらで教室を去る。
 不気味な怪物だったカスム先生が去って、教室の雰囲気が柔らかくなったのを感じた。

  3.>>12

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.12 )
日時: 2023/03/26 18:58
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)

 
 3
 
 共通授業最後の保体を終えた後は何があったっけ。そうだ、選択授業だ。
 俺達の学年〈はなだ〉は未だ選択授業を受けられない。受ける授業を決めていないからだ。
 そういう訳で、次は選択授業についての説明が行わるんだったな。
 
 俺は軽く教科書を机から出して整えた。
 それを抱えて教室の外にある自分ロッカーへ向かおうとする。

「ヒラギー、ヨウー!」

 ルカが金髪のツインテールを軽く弾ませてやって来た。
 目付きが悪いユウキも一緒だ。

「あぁ、ルカ、ユウキ。どうした?」

 俺はロッカーにしまうつもりの教科書を胸に抱え、聞いた。

「次、選択授業の説明会だろ? 一緒に行こうかと思って」

 ユウキがニカッと笑った。

 俺は友達と思っているが、客観視俺らは特段、仲が良い訳では無い。
 けど入学式の事もあってか、俺らは共に行動することが多くなっていた。
 他の仲良い級友が居ないこともあるんだろう。

 どっち道、ユウキとルカは大歓迎だから嬉しいんだが。
 
「あと、ヒラギは?」

 ルカがビャクダリリーの愛称を呼んで教室を見渡した。ユウキも釣られて視線を教室に巡らす。

 ビャクダリリーなら俺の席の前に居るじゃないか。
 怪訝に思いながらも、ビャクダリリーの場所を伝えようと口を開く。

「あっ、ヒラギ居たんだ」

 その前にルカがビャクダリリーの存在に気付いて、俺は口を閉じた。
 ユウキが申し訳なさそうにビャクダリリーに言った。

「ヒラギずっとそこに居たのか? 気付かなかったんだが……」
「あぁ、気に触ることはないよ。この〈認識阻害にんしきそがい〉の魔具まぐのせいだと思うから」

 ヒラギセッチューカは軽く笑いながら、自身の狐面を指して言った。
 
 〈認識阻害にんしきそがい〉というのは闇系統の魔法で、その名の通り認識を阻害する事が出来る。
 そして魔法道具まほうどうぐ──魔具まぐというのは名の通り、魔法がかけられた道具。
 かけられた魔法の効果を発揮するのだ。

 きっとヒラギセッチューカの狐面は、認識阻害の魔法がかけられた道具なのだろう。

「認識阻害? あ、そっか。白髪だから──」

 ルカは口に手を当てて申し訳なさそうな顔をする。
 それをビャクダリリーは「気にしてないって」と笑って、ルカのフォローをした。

「なんで入学式の時にそれ、使わなかったんだ」

 俺は責めるようにビャクダリリーに聞いた。
 その狐面を使っていれば、ブレッシブ殿下に目をつけられることも無かっただろうに。

「装身具は禁止だったじゃん。少年〜プリント見たかい?」

 ビャクダリリーにからかわれた俺は罰が悪くなって「チッ」と舌打ちをし、目を逸らす。
 
 しかし、おかしい。
 〈認識阻害〉の魔具は、対象の人物が何者か認識出来なくなるだけ。
 存在が認識できなくなる様な効果は無いのだ。
 それに、俺は最初からヒラギセッチューカを認識できていた。
 
 違和感はあるが、さっきからかわれたこともあって質問したくなかった。

「それで、選択授業の話だっけ?」

 ビャクダリリーは話を戻す。
 
「そうそう!」

 ルカは白髪に触れてしまって申し訳なさそうにしてたが、切り替えて明るく言った。

 何故か四人で行く空気になっている。俺はそれが嫌だった。
 できる限り敵意を見せないよう、俺は自然に口を開いた。

「わざわざ〈白の魔女〉に近づくことは無いんじゃないか?」

 場の空気が凍った。
 ルカは呼吸と共に「え?」と声を漏らし、ユウキは少し眉を歪めている。
 けれど俺だって、悪いことを言ったつもりは無い。

「〈白の魔女〉じゃなかったとしても、それと近い物だろ? こんな気色悪い奴と過ごすのは危険だろ」
「何言ってんだよ……」

 ユウキが困った様な顔をする。俺は「何がだ?」と首を傾げた。
 ユウキは俺とビャクダリリーの顔を交互に見て、顔を歪める。どちらに何を言うべきか悩んでいるのだろう。

 予想通りの反応である。ルカとユウキの顔を見ると心が痛む。
 しかし、ビャクダリリーと行動を共にする方が嫌だ。

「そういうのは良くないでしょ。ほら、私たち友達だし?」

 ルカが冷たい声で言った。
 
「ビャクダリリーとは友達じゃない。だって白髪だぜ?」

 三人は黙った。
 これでは俺が悪者みたいじゃないか。 

「大丈夫。ルカとユウキは俺にとって大切な友達だ」

 余計、ルカとユウキが顔を歪めた。
 俺は軽く首を傾げる。そこまでビャクダリリーを気にかける理由が分からないんだ。

 白髪というだけで嫌厭の対処なのに、更にビャクダリリーは嫌な奴だ。
 俺程では無くとも、少しはビャクダリリーを嫌ってると思っていたんだが……。
 
「あ、ヒラギが居ない……」

 ルカがハッとした。
 俺の前の席に座っていたビャクダリリーが、いつの間にか居なくなっているのだ。
 認識阻害の狐面のせいで誰も気付かなかったらしい。
 
 ルカがビャクダリリーが座っていた椅子に手を伸ばす。
 けどそこには誰も居なくて、何にも触れられ無かった。

「なあ、ヨウ。ヒラギの事嫌いなのか?」

 ユウキが申し訳なさそうに聞く。
 
「逆に、白髪が好きな奴なんて居るのか?」

 ビャクダリリーへの嫌味と、素直な疑問を込めて俺は言った。
 
 4.>>13

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.13 )
日時: 2023/03/26 18:58
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)

 
 4

 選択授業の説明会。
 授業開始の合図がなる前に大講義室に着くことが出来た。
 ギリギリ間に合った、と俺はホッとする。

 選択授業はクラス行動では無い。だから席は自由である。
 俺はルカと共に教壇が見えやすい席に座る。
 ユウキはビャクダリリーを探すとか何とか言って共に来なかった。
 
 ユウキもビャクダリリーに結構言われていたのに、物好きな奴だ。
 今まで友達が居なかった俺は、ルカとユウキから離れたくなかった。だからビャクダリリーが邪魔なのだが……。
 まあ、二人がビャクダリリーを嫌いになるのも時間の問題だろう。

「生徒諸君、良くぞ集まってくれた! 只今より選択授業説明会を開始する!」

 学院長が教壇に立ってる。説明会が始まるようだ。
 相変わらずマイクを使ってないのに、心に染み渡る不思議な声をしてる。
 大講義室内に『おぉっ』と生徒たちの籠った声が木霊した。
 
「学院長がいらっしゃるんだ」

 横のルカがボソッと呟いた。
 確かに、選択授業の説明会を学院のトップが行うのは怪訝に思うが、害がある訳でも無いだろう。
 俺は「意外だな」と軽く返事をする。

「選択授業。自分の意思で学びの道を選び、自分の意思で技術を高めることができる。素晴らしいとは思わないか!」

 学院長が身振り手振りを付けながら、聞き取りやすい声で言う。
 生徒達の高鳴る胸の鼓動を更に巻き上げ興奮させる。早鐘を鳴らす俺の心臓と興奮に酔いそうになった。
 
『うおおおぉ!』

 俺と同じ状態であろう生徒達が各々声をあげる。
 バラバラの筈の呟きが一つの音となり大講義室に響いた。
 俺も叫びはしないが興奮を煽られて視線が学院長から離れない。
 ルカも大声では無いが興奮を口にしていた。

「本日から選択授業の見学が始まる。自分の体で経験を得て、様々な意見に耳を傾けつつ、自身のやりたいことを貫いてくれ!」

 俺たちは現在最高のモチベーションを持っている。
 これが〈夜刀教〉教祖、夜刀月季か、と感嘆の息を漏らす。
 入学式に抱いた学院長への嫌悪感は、いつの間にかどっか行っていた。

「では本題に入ろう」

 瞬間、空気が講義室内が凍りついたように静かになる。
 全身にピリピリと静電気が流れるような感覚。
 それに俺達の興奮は冷め、興味とモチベーションだけが残っていた。
 
「選択授業の殆どは専門の知識と技術を身につける事が目的であり、世界の発展に関わる重要な分野となっている。その中から二つ、君たちには選んでもらう」

 学院長は身振り手振りを加え、文節に間を置き、聞き取りやすい声で説明を始めた。

「選択授業は八大魔法コース、精霊術師コース、憑依術士コース、召喚術師コース、魔素研究コース、陰陽師コース、魔法研究コース、魔具研究コース、加護研究コース、夜刀コース。この十種類がある」

 学院長は何も見ずに板書を初め、ルカや他の生徒達はノートにメモを取り始める。
 精勤なこった。
 
 選択授業については入学案内書に大体書いてあった。保護者向けだから、生徒で読んだ者は余り居ないだろう。
 しかし保護者不在の俺はそれを読んで、軽く暗記もしている。
 今更説明を聞く必要も無い。
 けど何かしら指示があったら困る。
 俺は退屈とまでは行かなかったが、ぼーっとして学院長の説明を聞いた。

 選択授業は別に強制では無いから選ぶコースは一つでも良いし、逆に受けなくても良い。
 ただ、夜刀学院の目玉は選択授業の内容の濃密さだ。
 受けないと勿体ない。
 
「次は憑依術士コースだ。このコースは全コースの中で一番入るメリットが高く、卒業後も夜刀である俺が全力で支援を──」

 卒業後も学院長が支援? そんなの入学式案内書に書いていなかった筈だが──。
 聞いたことがない憑依術士コースの内容に興味を惹かれた俺は、学院長の声に意識を集中させる。

「憑依術は素晴らしい! 生物の進化を助ける有力な研究であり、不老不死も夢では無い。
 失われた技術である“憑依術”の探求をするのが、憑依術士コースだ」

 ヤケに“憑依術”を強調するな。
 憑依術ってそんなに重要な分野だったか?
 まあ、生物の進化とか、不老不死に興味が無いから何でも良いが。
 他にも色んななコースがあったなと、俺は入学案内の内容を思い出す。

  5.>>14

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.14 )
日時: 2023/03/26 18:59
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)


 5

 実用的な魔法について学ぶ〈八大魔法コース〉
 魔法関連の職に就につくなら必須で、大半の生徒が選ぶ。
 精霊について学ぶ〈精霊術師コース〉
 魔物という生物について学ぶ〈召喚術師コース〉
  都市ラゐテラだけに出現する謎の存在、妖怪について学ぶ〈陰陽師コース〉
 魔素について研究する〈魔素研究コース〉
 八大魔法とは違い、魔法の根本を研究する〈魔法研究コース〉
 魔具についての研究をする〈魔具研究コース〉
 特定の種族や個人が持つ〈加護〉について研究する〈加護研究コース〉
 世界ディアペイズの治安を維持する夜刀教の派生団体、夜刀警団への入団に必要な事柄を学び、学院都市の治安維持も担う〈夜刀コース〉
 
 魔法に関する科目が主だが、陰陽師コースと夜刀コースは例外らしい。
 本職と変わらない事をするとか。
 
 俺は八大魔法コースに入ることは決めていて、あと一枠空いている。
 折角入学できたのだから、無理やりにでもこの枠を埋めたい。
 しかし、全て俺の興味をそそらない。

 俺はどのコースを選ぼうかと考えながら、“学院長の授業”よりも“教祖の演説”の方がしっくりくる話を聞いていた。

 選択授業の説明が終わると、次は見学期間についての説明が行われる。
 一定の期間、授業を見学したり体験たりすることが出来るらしい。
 コースを選び悩んでいた俺にはピッタリだった。

「──では、今後とも精進してくれ」
 リンリンリンリン

 学院長がそう言った瞬間、授業終了の鐘が丁度鳴った。あまりにも都合が良すぎて俺は驚く。
 学院長は美しい顔のパーツを微小に動かして笑い、生徒達に手を振りながら去る。
 生徒達は一斉に動き出し、大講義室が騒がしくなった。
 
「ヨウー。選択授業どこ行く?」

 隣に居たルカに問われ、俺は数秒考える仕草をした。
 
「夜刀コース」

 将来のことなどキチンと考えられない。
 "現在の目標"を達成することに精一杯だからだ。
 仮に目標を達成しても、生きているか分からない。
 
 けど、仮に俺が無事に卒業出来たのなら、人を助けたり犯罪を防ぐような治安維持に尽力したい。と思ってしまった。
 夜刀コースにする。今決めた。
 
「夜刀コースかぁ。って事は夜刀師団やつのしだんにも入るの?」

 ルカと俺は荷物をまとめ、大講義室の出口へ向けて歩きながら話す。
 
 師団というのは授業、学年の枠を超えた集まり。簡単に言うと部活動である。
 夜刀師団は夜刀コースの延長の様な物で、やることは大差ない。
 強いて言うなら、師団の方が選択授業よりも楽といった所だろうか。

「嫌、俺は〈司教同好会〉だな」
「司教同好会? 聞いたことないんだけど、師団?」
「去年作られた師団で人数も少ないから『同好会』らしい」

 俺はそう言うと、ルカよりも素早く歩き、追い抜いた。
 大講義室の扉を開ける。
 それを見てルカは焦るように俺を引き止めた。

「ちょ、ちょっと。この後見学でしょ? ヒラギとユウキとも……」
「行きたい所があるんだ。明日、ユウキと一緒に行こう」

 俺はそう言って大講義室の扉を閉め、転移陣の上に乗った。
 足元から黒い煙がゆっくりと出てきて俺を包み込む。ルカの無表情も黒く霞み、俺はその場から消えてしまった。

「面倒くさ……」

 ルカが何か呟くが、内容は聞き取れなかった。
 まあ、いいだろう。
 俺は気にせず、目的の旧校舎へ向かった。

 【終】