ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.16 )
日時: 2023/03/26 19:00
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)


 2

 ◇◇◇

 演歌や童謡が店から流れ、土産を売る店が大通りを囲んでいる。
 ヒラギセッチューカは寝殿造を出て、学院へ向かう一本道を歩いていた。

「上を向いて、歩こう〜」

 ヒラギセッチューカは何となく知っている曲を呟き始めた。
 彼女の狐面は便利で、声すらも周りの人は認識出来ない。
 それを分かっているヒラギセッチューカは少し声量を上げ始めた。

「涙が、零れ、無いように」

 人々の頭上には白と水色のマーブル柄が広がっていた。
 ヒラギセッチューカはそれを見上げながら、高くか細い声を出す。
 しかし雑音によってかき消される。

 ヒラギセッチューカが履く革ブーツが、舗装された道を一定のリズムで叩く。
 様々な音がひしめき合う中、何故か彼女の足音だけが鮮明に聞こえていた。
 少しずつそれが大きくなる。ついには雑音が聞こえなくなった。

「ひとりぼっちの──あれ」

 違和感を覚えたヒラギセッチューカは、一旦止まって前を見た。
 そして彼女は気が付く。足音が大きくなっていたのではなく、雑音が無くなっていただけだと。

「誰も、居ない」

 通りにはヒラギセッチューカしか居なかった。
 流れていた民謡も、楽しそうに騒いでいた人々の声も、店員さんの声も。
 まるで最初から無かったかのように、辺りはシンと静まり返っていた。

「人気の無い所まで来ちゃった? いや、そんな訳無い。こんなに店があるのに人気がないのはおかしいし」

 ヒラギセッチューカは自身に言い聞かせるような独り言を吐いた。

 街並みの彩度が低く見え、深海の様な暗い雰囲気が大通りを包む。
 一つ息を吸うと生暖かい空気が口に入った。それが喉をヌルッと通過し、不安な気持ちになる。
 ヒラギセッチューカは全身に鳥肌が立つも、何かが起きている訳でもないためか、無駄に冷静であった。

 どぷんっ

 沼から何かが勢いよく出てきたような音がした。
 しかしここら一帯に沼は無く、ヒラギセッチューカは焦り、周りを見渡す。
 すると彼女の後ろ、十メートル先の道のど真ん中にソレは居た。

「わぁお……」

 彼女の視線の先には、直径5メートル程の謎の”黒い物体”が地面からゆっくりと出てきていた。
 
 物理的に地面から出てきているのではない。
 煉瓦道を液体の様に扱い、地面に波紋を作り、下からすり抜けて出てきている。
 ヒラギセッチューカは目の前の光景に目を疑った。未知への恐怖で、ジリジリと”黒い物体”から離れる。

『シ……』

 ギリギリ脳が音声と認識できる金属音のようなものが微かに響いた。
 ヒラギセッチューカは下がるのを辞めてその場に止まる。
 
 (何が、起こってくれるの?)
 
 ”黒い物体”が地上に出てくる様子をジッと見ていた。
 もちろん、彼女はその様子に恐怖を覚えている。が、それよりも好奇心が勝ってしまったのだ。
 
 ”黒い物体”は全容を現す。
 それは、直径6メートル程の黒く、モヤがかかった物で生物とは思えない。
 その”黒い物体”は独りでに震え始めた。ズシャッという効果音と共に一つ、細長い何かを体から生やす。
 
 ヒラギセッチューカはそれを興味深く見つめる。しかし、彼女は様子がボケてでしか見えていなかった。
 
 白眼は元々視力が悪い。古血のように黒く霞んだ紅目は、視界が黒く霞んでいる。
 更に彼女の狐面は、紅目の方だけにしか穴が開いていない。だから両目で確認することが出来ないのだ。
 
 ヒラギセッチューカは必死で目を擦り、細め、前のめりになりながらそれを見つめていた。

「あれは、何だ? 細長くて、節が一つあって。
 生えた棒先には五本の細長い棒が付いていて……。もしかして、腕?」

 彼女が結論にたどり着いた瞬間、それに答えるようにズシャッと、何かが複数生える音がした。
 墓から出てくるゾンビの様な不気味さと共に、”黒い物体”から何本もの腕が生える。
 
 そして、その腕を使って”黒い物体”は立ち上がる。最後にもう一度ズシャッと、何かが出てくる音が出た。

『シ、ロ……』

 最後に出た”ソレ”は、他の腕のように関節も指も無かった。
 蛇のようにしなやかに動く”ソレ”は、宙で不規則な線を描いてヒラギセッチューカの目の前まで来る。
 
(何何何何っ?! 何故私に近づくの!)

 ヒラギセッチューカはそう心の中で慌てながらも、ソレを見つめていた。

 ヒラギセッチューカの目の前に来た黒い”ソレ”は、その場でピタリと止まる。
 何かしら起こると思ったヒラギセッチューカは安心し、怪訝そうに”ソレ”を見つめた。

 近くで見ると物体ではなく、微かに透けているように見える。黒い霧の集合体。と言った方が正しかった。

 全く動かない”ソレ”に油断していたヒラギセッチューカは「ちょっと近くに行って見てこようかな」なんて呑気な事を考えていた。
 ──次の瞬間。

『シロオオォォッ!』

 棍棒の先のようにのっぺりとして何も無かった”ソレ”。
 その先が、冷凍ラーメンが沸騰した時のように、急に膨らみ始めた。
 
 瞬きをする暇も与えずソレは、人の顔二倍ぐらいの大きさになる。
 ソレの先端に現れた顔のような円球。その中心に割れ目が生まれ、ゆっくりと広がる。
 現れたのは、手のひら二つ分の巨大な目玉。

 それが、ヒラギセッチューカの顔を、見つめていた。

「すっごいねぇ……。こりゃお化け屋敷に使ったら大儲けだよ」

 喉から飛び出るのでは、と錯覚するほど大きな心臓の鼓動。
 その鼓動と共に、いつ吸っているかわ分からないテンポで繰り返される呼吸。
 
 彼女の慌てっぷりは外から見ても明らかであった。
 しかし、ヒラギセッチューカはそれを隠すように、ハハッと乾いた笑いを出した。

『……シロ? シロだ。シロだシロだシロシロシロシロシロシロ──』

 先程の不気味な静寂が嘘のように、沢山の声帯を重ねたような音がヒラギセッチューカを叩く。

「逃げなきゃヤバいやつ……」

 本来なら心に留めておくべき声が、震えた彼女の口から漏れる。
 
 3.>>17