ダーク・ファンタジー小説
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.17 )
- 日時: 2023/03/26 19:00
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)
3
ヒラギセッチューカは瞬時に踵を返して先程よりも勢いよく地を蹴り、走り出した。
それに反応した“黒い物体”は、全ての足で、ヒラギセッチューカの鼓動と同じテンポで地を蹴る。
二階建ての民家と同じぐらいの高さにある、巨大な胴体を太い五本以上の足が支える。
それらは絡まることなく動き、ヒラギセッチューカの元へ胴体を運んでいた。
「ハッ、ハッ、くっ……」
ヒラギセッチューカは顔を顰め、吐く息を噛み砕く。
土踏まずのツリ、関節がズレているのでは無いかと錯覚する違和感、太ももの痛み。
それらに襲われながらも、陸上選手顔負けの美しいフォームで彼女は走る。
しかし体の動かし方が上手くとも、痛みと元の力の無さはカバー出来なかった。
「はっや……」
ヒラギセッチューカは息を切らしながら、ズレている狐面を片手で直す。
一向に消えない複数の足音への焦燥感に耐えきれず、後ろを一瞥した。
彼女は知ってしまう。”黒い物体”がすぐそこまで迫ってきていることに。
「追いっ……つかれる……」
心の底から危険だと判断したヒラギセッチューカは両手を強く握り締め、胸に手を当てる。
魔法が発動する。
ヒラギセッチューカが地面を蹴った。
彼女は先程よりも走るスピードを上げ、“黒い物体”からジリジリと距離を離し始めた。
重心が前方向に引っ張らる。自身でも止められない速さと感じる。
ヒラギセッチューカは逆行する風に当てられながら、先程よりも安定したリズムで呼吸を行った。
苦しい事には変わらないが“黒い物体”から距離を取ることが出来たと確信した。
しかし、とある違和感に気付く。
「はぁ、はぁ。あれ? ここさっきも通らなかった?」
そう呟きながらヒラギセッチューカは道の角を曲がった。
陶器や木彫りが置いてある土産屋の数々。偶に子供向けの絵本や、玩具が置いてある店。
延々と続いていく気がする煉瓦の道。
ヒラギセッチューカは嫌な予感がしながらも、もう一度前の角を曲がった。
「うっそぉ……」
陶器や木彫りが置いてある土産屋の数々。偶に子供向けの絵本や、玩具が置いてある店。
先程と全く同じ街並みが彼女の周りを取り囲んでいた。
ヒラギセッチューカは絶望しながらも、必死に打開策を練るため頭を働かせる。
がしかし、同じ景色が続く原因どころか、”黒い物体”の正体も分からない。
策を練ろうにも情報が少なすぎるのだ。
かと言って、無策のまま走り続けたら確実に”黒い物体”に追いつかれる。
(どうしろっての、この状況……!)
ヒラギセッチューカは奥歯を噛み締め、強く思った。
腕を勢いに任せ振り、大きく足を前に踏み出し続ける。
もう、無駄なことなど考えずに戦った方が良いんじゃないか。
そう思ってヒラギセッチューカは首を捻り、”黒い物体”の様子を見た。
自身に伸びる黒い腕が視界に入る。
豪速球のように不気味な手のひらが、ヒラギセッチューカの足元目掛けて飛んでくる。
「伸びんの?! どういう体してんだっ!」
ヒラギセッチューカは怒りと恐怖が混ざった絶叫を上げ、前方に視線を移した。
そこには、もう何回通ったか忘れてしまった曲がり角があった。
足元に伸びてくる手を躱すことぐらい今のヒラギセッチューカにならできる。しかしタイミングが悪かった。
アスリートでもない彼女は、角を曲がるタイミング丁度に起こる妨害を躱す事は出来ない。
それでも曲がり角は迫ってくる。
(怪我はしたく無いんだよなぁ)
ヒラギセッチューカはそんな自身の我儘を胸の奥にしまい、歯を食いしばる。
角の所に前足を勢いよく出した。
ズザッと、煉瓦と靴裏が擦れる大きな音がする。
彼女はこの後起こりうるであろう事を想像し、一つ大きな息を吐いた。
出した前足を重心に体の方向を変える。
あとは前に踏み出すだけだ。
ヒラギセッチューカは重心だった足に精一杯力を入れて駆け出した。
と同時に、妖怪の腕が角を曲がり切れず壁にぶつかる。
バシャッと、水風船が割れたような音がした。
しかし、それを気にする余裕はヒラギセッチューカになかった。
「うあぁっ!」
ヒラギセッチューカは清々しいほどに勢いよく、前方へ転んだ。
重心として使った足には全体重を乗せるため、勢いが最高潮に達する。
それをスピードに上乗せ出来れば良いのだがそうはいかない。
その勢いよりも早く、もう片方の足を前に出さないと転けてしまうのだ。
そんなこと出来るわけないと確信していたヒラギセッチューカは素直に転ぶ。
「いっつ……」
地面は接待が下手で全身に痛みが走る。腕や頬にジャリっと食い込む小さな砂の感覚。
ヒラギセッチューカはそれを味わいながら立ち上がった。
この場で転けたら”黒い物体”に確実に追いつかれる。
そんなこと彼女も分かっていた。
立ち上がるのは無駄に近い行為だ。
それでも、上半身を起こして駆けだそうとする。
と、ヒラギセッチューカの真隣から謎の手が伸びてきた。
その先は影で奥が見えない裏路地。
彼女はすぐさま別の手の存在に気付き、乾いた笑いを出た。
「あー。死んだわコレ」
4.>>18