ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.18 )
日時: 2023/03/26 19:00
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)


 4

 ヒラギセッチューカは腕を何者かにガシッと掴まれ、真っ黒い大口を開ける路地裏に引っ張られる。
 彼女は抵抗することを諦め、流されるまま暗闇に飲み込まれた。

「いたっ」

 おもむろに引っ張られ、ヒラギセッチューカはまたもや転んでしまった。

 火に炙られている様なヒリヒリとした痛みと、疲労で動かない筋肉。今すぐ痛みを消し去りたいが、今の自分には出来ないと分かっていた。
 ヒラギセッチューカはこの後襲うかもしれない苦痛を想像し、諦めた様に仰向けになる。

 太鼓のような音が高速で鼓膜を叩き、徐々に大きくなっていく。
 それが“謎の物体”の足音なのか、自身の鼓動の音なのかは判別がつかなかった。
 音量が最高潮に達した時、ヒラギセッチューカは無意識に息を大きく吸って、止めた。

(花見がしたいな)

 恐怖と緊張で頭は真っ白。
 唯一ヒラギセッチューカの頭に浮かんだ言葉は、そんなどうでも良い事だった。
 
 地面からの振動を感じながら息を止め続ける。
 指、腕、太ももから湧き出る熱湯が落ち、それが鮮明に感じるようになる。
 左胸にある異物が、何回も内側の肉を押し出す。
 
 “謎の物体”の足音が徐々に小さくなってく──

「あ、れ?」

 その事に気付いたヒラギセッチューカは、安堵と戸惑いの声を吐き、呼吸を再開した。

 体から熱気が漏れ、走ったことで不足していた酸素を必死で取り込む。
 思考を回せるほどの余裕が無い彼女は、ただ呆然とすることしか出来なかった。

「大丈夫か?」

 溢れ出る恐怖を包み込み、それを全て安堵に塗り替えてしまうような低く優しい声。
 ヒラギセッチューカはそれに聞き覚えがあり、酸素を取り込む事を無理やり辞めて、名前を発する。

狐百合きつねゆり 癒輝ゆうき……」

 ヒラギセッチューカを路地裏に連れ込み、助けた人物。
 それは、光の反射なのか元々の色なのか判断が難しい白がかった赤い髪と、それと同じ色の瞳を持つ長身の男性。
 入学式、ヒラギセッチューカとブレッシブの喧嘩の間に割って入った、ユウキだった。

 また助けられたな、とヒラギセッチューカは意味もなく息を吐く。

「あ、あぁ。俺はユウキ。君は?」

 ヒラギセッチューカは認識阻害魔法がかけられた狐面を被っている。そのため、ユウキはヒラギセッチューカを認識出来ていない。
 初対面の誰かと思っているのだ。
 ユウキは、自身の名前を当てられたことに焦りを見せる。

 ヒラギセッチューカは鉄のように重い腕を動かして狐面を外した。

「ヒラギセッチューカ・ビャクダリリー」

 暗闇の中、微かな光を反射する白髪が現れる。
 ユウキはそれに目を見開き、罰が悪そうに謝罪をした。

「ヒラギ?! すまん気付けなかった」
「いーのいーの。仕方ないって」

 ヒラギセッチューカは笑いながら言うが、未だ落ち着いていないのか息を切らしている。
 ユウキはせめてもの償いとして、ヒラギセッチューカの上半身を起こし、背中を擦った。

 一定のリズムでヒラギセッチューカの背中を、丁度いい力加減で摩る暖かい手。
 死人のように冷たく白い彼女の肌に、その暖かみが染みていく。

 それに安心を覚えながら、彼女は再度狐面を被る。
 しかし、ユウキはヒラギセッチューカを認識したまま。既に認識されている相手だと、認識阻害の効果は薄くなるのだ。

 呼吸が落ち着き、声を出せる余裕が出てきたヒラギセッチューカは笑って言った。

「ユウキって、背中摩るの上手いね」
「言ってる場合か!」
「ごめんごめん」

 と言いながらも、ヒラギセッチューカは楽しそうに笑っていた。ユウキは「真面目にしろ」とそれを咎める。
 それを無視して、ヒラギセッチューカはため息のように言葉を吐いた。

「それでぇ、何あれ」
「俺も初めて見るから分からないが、多分、噂の“妖怪”じゃないのか?
 陰陽師コースの体験授業で聞いた程度でしか知らないが」
「あぁ、〈都市ラゐテラ〉にだけ出るっていうアレ?」
「そうそれ」

 ヒラギセッチューカはまず“妖怪”の見た目以前に、それが現象なのか生物なのかも知らない。
 その為、あの“謎の物体”を妖怪と断言は出来なかった。
 
 しかし、それ以外の可能性は思いつかない。
 ヒラギセッチューカは消去法で、“謎の物体”は“妖怪”だと確信することにした。

「てことは、私達結構危ない状況だなぁ」
「もっと危機感を持て! 入学式の時もお前は……」
「ごめんって。危機感持つからお説教は勘弁よ?」

 ヒラギセッチューカが悪びれない笑顔であしらう。
 ユウキは不服に思うが、今は説教している場合でも無い。そう思った彼は、仕方なくその場で言葉を飲み込んだ。



 ここまで読んでくださった方へ重大なお知らせ。>>19

 5.>>20