ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.20 )
日時: 2023/03/26 19:01
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: k8mjuVMN)


 5

「危機感を持ったヒラギセッチューカは思い出しました。
 妖怪に遭遇した時は、隠れて陰陽師の助けを待つべきだということを。
 あと、学院都市には何かあった時の避難場所があるということを」

 ヒラギセッチューカは、陰陽師コースの体験授業で習った事を、真面目とは思えない態度で言う。
 
 ヒラギセッチューカに自身の言葉が全然響かず、ユウキは「ふざけるな……」と微かな抵抗しかできなかった。
 それと共に、彼も体験授業の記憶を必死に掘り起こす。

「確か、妖怪は出現時に結界を張るんだったか」
「あぁ、だから同じ道が繰り返されるの」

 ヒラギセッチューカは妖怪から逃げていた時の事を思い出す。
 ユウキはその事を知らなかったのか「逃げ道ねぇじゃん」と苦い顔をした。

「そう言う時の為の避難場所でしょ!」

 ヒラギセッチューカは笑顔でパチンと指鳴らす。しかし、ユウキの顔は晴れない。

「お前、どこに避難場所あるのか覚えてるのか?」
「覚えられる訳無いじゃん。学院都市どんだけ広いと思ってんの?
 あっ……」
「そういうことだ」

 ユウキもヒラギセッチューカも学院都市に来たばかり。一回の授業程度で避難場所を覚えられる訳が無かった。
 それを理解したヒラギセッチューカは先程の明るい顔は何処へやら、神妙な容貌になる。

「ヒラギ、どうする?」
「もう陰陽師が来るまでひたすらに待つしか無いでしょ」
「妖怪に触れると魔素逆流を起こして、最悪廃人と化すんだぞ?」

 ユウキの言葉に、ヒラギセッチューカは片手を口に当てる。そして、初めて真剣な声色で言った。

「本気でヤバくなってきたな」
「気付くのが遅せぇよ」

 ヒラギセッチューカはムッとした顔をするが、考えることを辞めない。
 
(このまま路地裏にいても良いけど、妖怪に見つかるリスクは高いし、もっと安全な場所に移りたいんだよね。けど、そんな場所思いつかないし──)
 
 ユウキもヒラギセッチューカと似たような事を考えていた。
 しかし、幾ら考えを巡らせても良い案は思い付かない。

「一周回ってここで隠れ続ける方が良いかも」

 ヒラギセッチューカは良い案が思い付かず、そう呟く。ユウキもそうだった様で「それしかないな」と、その案に乗った。
 そして、二人は路地裏の壁に背中を着けて黙り始める。

 激痛故に廃人と化し、軽いものでもトラウマになると言われる〈魔素逆流〉
 妖怪に触れただけでそれを経験すると思うと、ユウキに悪寒が走った。
 死ぬことは無いだろうが、最悪、死よりも恐ろしい経験をするかもしれない。
 
(考えるな。考えるな俺!)
 
 そんなこと考えても、恐怖を膨らませる事にしかならない。ユウキは必死で自己暗示をした。

「〈魔素逆流〉かぁ。結界から出た頃には二人仲良く廃人になって、まともな考え出来なかったりして!」

 ヒラギセッチューカはユウキのように恐れていないのか、それともバカなのか。能天気に笑って言った。
 
(なんで今その話をするんだよっ!)
 
 ユウキは泣きたくなるが、そんな情けない事は出来ないと必死で抑える。

「お前、怖くないのかよ」
「めっちゃ怖いよ?」
「全然そうには見えねぇ」

 恐怖でヒラギセッチューカのテンションに付いて行けなくなったユウキは、萎れた花のように呟いた。
 それを見たヒラギセッチューカは苦笑いする。

「ごめんからかいすぎた」
「こんな状況で……。性格悪いぞヒラギ」
「否定はしないよ」

 悪びれも無いヒラギセッチューカに、ユウキは何を言っても無駄だと理解する。
 そして、三角座りをして膝に顔を埋めた。
 
 相手を怒らせて楽しむ悪趣味があるヒラギセッチューカ。彼女は怒らず、自身を嫌う様子も見せないユウキに驚いていた。
 
(ユウキは懐が広いな。何かの主人公みたい)
 
 そんなどうでも良い事を思いながら、ヒラギセッチューカも黙り始める。

 妖怪の足音はあれっきり聞こえていない。
 何処かしらに留まっているのか、消えたのか、陰陽師と交戦中なのか。
 考えても仕方がないが、緊張感が走る空間で二人は何かしら考えずにはいられなかった。
 視界には向かい側の建物の壁しか映っていないが、不満に思わず見つめ続ける。
 
 すると、不意に自分とユウキ以外の物体が空を切り、近づいてくる感覚がヒラギセッチューカにした。
 肌を芋虫が這いずり回るような悪寒が走る。
 
(何かいる?! 妖怪? 嫌、そんな訳ない! あんな巨体が路地裏に入り込めるわけ無いし)
 
 先程まで熱湯のような熱さだった汗が冷水に早変わりする。彼女はその冷水を浴びながらゆっくりと顔を横に向けた。

『シ ロ だ』

 ヒラギセッチューカの体温が無くなる。

「うわあぁっ!!」

 ユウキの絶叫が木霊した。
 路地裏の隙間から首だけを伸ばし近づいてきた妖怪。そして、二人を見つめる巨大な目玉。それが、ヒラギセッチューカの至近距離にあった。
 
 彼女は、言葉と呼吸の中間のような音を口から出す。

「ぁっ、はっ……」

 なんでここに? 死ぬのかもしれない。逃げなきゃ。ここで終わりだ。何故見つかった? ちょっと騒ぎすぎたかな。怖い。逃げるのめんどくさい。ユウキだけは。嫌だ逃げたい。面白! 痛いのは嫌だ。首だけ伸ばすとか頭良いなコイツ。体動かない。

 ヒラギセッチューカの頭に、矛盾した感情と想いが溢れ出す。そして、何に従えば良いのかと混乱した体はそこでショートしてしまった。

「逃げるぞっ!!」

 入学前は冒険者だったユウキは、判断が早かった。

 自分の頭に溢れかえる沢山の指示よりも、外からの指示を信用したヒラギセッチューカの体はすぐさま立ち上がり、駆けた。
 それに続きユウキも走り出す。

『シィィィロオォォ!!!』

 不気味な金切り声を背に、二人は妖怪がいる方向と反対側の出口を目指す。そして、土産屋が並ぶ通りに出た。

「おいおいどーするこの状況!」

 ヒラギセッチューカの後ろを一生懸命走るユウキが叫んだ。
 
「逃げる以外無いでしょ!」
「じゃあ、お前だけ逃げろ!」

 迷いない、弓矢のように真っ直ぐな言葉がヒラギセッチューカを射抜く。
 それに嫌な予感を覚えながらも、ふざけながら彼女は言った。
 
「は、図りかねる言葉が聞こえたんですが」

 ヒラギセッチューカは後ろを振り向く。
 いつの間にか、ユウキは自身の後ろの後ろを千鳥足で走っていた。

 そして、そのすぐ後ろにいるのは先程の”謎の物体”──妖怪。

「俺は、ちょっと休んどくよ」

 ユウキは「走るのが苦手だ」とは言わなかった。ヒラギセッチューカを不安にさせないようにしているのだ。
 しかし、誰でもその青白い恐怖の顔を見るだけで、彼の心情は手に取るように分かる。
 
(めちゃくちゃ怖がってんじゃん)
 
 そう思うと、ヒラギセッチューカは少し笑い声が出てしまった。そして言った。

「ゆっくり休んで!」

 彼女は、クズと言われても仕方ない言葉を元気よく放った。

 6.>>21