ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.21 )
日時: 2023/03/26 19:01
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)


 6

「お前って奴は……」

 ヒラギセッチューカに見放された筈なのにユウキは失望しなかった。
 それどころか、無邪気な子を見る祖父のような優しい目で彼女を見る。
 ユウキは疲れ果て、その場で立ち止まった。

 迫る黒い手。不気味な五本指がゆっくりと開いて、ユウキの革ブーツを掴む。

「いっ……」

 ユウキは恐怖で声をもらす。
 
 しかし、痛みは襲ってこなかった。
 彼はそれを不思議に思うと同時に、安心して体の緊張が解れる。
 また別の手がユウキの胴体を鷲掴みにした。
 その時。

「ぐあぁっ!!」

 肉を、骨を。
 いや、もっと繊維な部分。
 血管一つ一つに人喰い蛆虫が這い回る様な激痛が、彼を襲った。

「いぁっ! あ゙あ゙ぁっ!」

 痛みの原因はユウキを掴む黒い腕。それは彼も簡単に分かった。
 ユウキは痛みを消したいがために必死でもがく。
 声を枯らし、足裏で煉瓦を擦り、黒い腕を引っ掻く。

「だぁっ! だずげてぇっ!!」

 しかし、藻掻く為に妖怪に触れると、魔素を吸われ、痛みは増える。
 逃げたくても逃げられない。
 逃げる術は無いと分かっていながらもユウキは暴れた。そして、暴れる力が徐々に減っていく。
 遂には痛みに抵抗する精神力が無くなり、ユウキは脱力してしまった。

「あっ、あぁ……」

 それでも激痛は無くならない。
 
 脳を「痛い」という言葉が支配し、ユウキはもう何も考えられなくなっていた。
 手足がピクピクと痙攣して目は充血する。
 彼の肺から放出される空気は、嗚咽という名の音を出し続けた。

 妖怪はユウキを持ち上げる。力無く宙にブラブラと揺れる両足。
 ユウキは思考が停止し、自身の口から漏れ出す唾液をどうにかしようとも思えなかった。

 もう終わりだとか、死ぬ実感だとか、絶望だとか。
 そんな感情すらも与えてくれない激痛が遅う。
 それが、〈魔素逆流〉であった。

「かっ、カァッ……」

 ユウキが放つ言葉は最早ただの音だ。
 それを妖怪は興味深そうに見つめて言う。

『シロダケド、チガウ?』

 “妖怪かれら”が探しているシロ。
 “妖怪かれら”が求めなければならないシロ。
 それとは、全く違ったシロだった。

「──白って200色あるらしい、ねっ!!」

 その声と共に何かがユウキを掴む腕に飛ぶ。
 それは薄茶で、光を反射する程に綺麗に削られた木刀だった。

 木刀は回転しながら一直線に飛び、黒い手首に刺さる。それでも木刀は勢いを止めず、遂には貫通して手首を斬った。
 斬っても尚木刀は回り、弧を描いて元の場所へブーメランのように戻る。

「ぁ──」

 手首が斬られた事により落ちるユウキ。
 痛みから解放されたはずなのに、全身が麻痺したように体は動かない。
 まず、状況が理解出来るほどの余裕もなかった。

(あぁ、落ちてる)

 そう思った頃には遅く、地面は間近にまで迫っていた。
 宙に突き出す自身の掌。何かに縋るように、それは揺れていた。しかし、何かを掴める気配もしない。

 今出来ることは無い。
 彼はそう悟った。

 ユウキは腰から墜落する。

「ぐふっ!」

 ──と、誰かの汚い唸り声がユウキの世界に割って入った。
 地面に落ちたとは思えない柔らかな痛みと、平らな道とは思えない凸凹した地面。
 ユウキを迎えたのは歓迎下手の地面ではなく、ヒラギセッチューカだった。

「腰、腰がぁ……」

 ヒラギセッチューカは喉から絞り出した様な掠れ声を出す。

 ユウキは男性の中でも長身な方で、その分体重も重い。対してヒラギセッチューカは女性の平均的な身長だがガリガリにやせ細っている。
 そのため彼女のダメージは測り知れなかった。

(痛いのは、嫌だ。痛かった。もう痛いのは──!)

 解放されたと言うのにユウキは未だ恐怖で震えていて、意識が飛びかけていた。
 痛がるヒラギセッチューカを見ても尚、ユウキは状況が理解できない。
 それでも考えることを諦めはしない。

「らぁん、で……」

 ユウキは『何故ここに居るのか』という疑問を投げかけたが、呂律が上手く回らない。

 7.>>22