ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.22 )
日時: 2023/03/26 19:01
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: LOQQC9rM)


 7

 それでも、ヒラギセッチューカはユウキの言いたいことを察していた。

「あのまま逃げてもユウキと同じ轍を踏むだろうし。戦う準備してきた」

 ヒラギセッチューカは先程投げた木刀を見せながら、ゆっくりと起き上がる。

 ユウキを見放しても自分が捕まるのは時間の問題。ならば戦うしかない。あの時、ヒラギセッチューカはそう即決した。だからユウキを囮にして武器を探しに行ったのだ。
 その決断に躊躇いが無い点は、彼女の性根の腐り具合が窺える。

(まさか、買ったら後悔する土産トップ3に入るであろう、木刀があるとは思わなかったけどね)

 ヒラギセッチューカはユウキの上半身を起こし、数回肩を叩く。

「というか、青年大丈夫? おーい」

 焦点が合わず、口を開いて唾液を垂れ流すユウキ。脱力してヒラギセッチューカに全体重をかけて「あ゙あ゙あ゙」と唸っている。
 それを見て流石のヒラギセッチューカも動揺し、おちゃらけた言葉に焦りが見えた。

『シロォ……?』

 そんな二人を妖怪は興味深そうに見下げる。
 そして、虫取りする子供のように、ゆっくりと二人に腕を伸ばした。
 ヒラギセッチューカは危機感を覚え、必死で頭を回す。

(どうしよう。またユウキを見放す? けどこれ以上苦しまれると、流石に気分が悪い。
 かと言って守りながら戦えるほど私も強くないし……)

 刻一刻と迫る巨大な黒い掌。
 ヒラギセッチューカの胸の音が決断を急かすように早鐘を鳴らす。
 それを鳴り止ませたいがために、ヒラギセッチューカは自身の胸を鷲掴みにした。

『ヤット、シロ……』

 妖怪の呟きに近い言葉が、その意味が、微かにヒラギセッチューカの脳裏を掠めた。
 出会ってからずっと『シロ』を連呼するのに、ユウキを『チガウ』と妖怪は言う。

(相手の狙いは十中八九私だ。ということは、ユウキには興味無い?)

 妖怪の掌の影が二人を覆う程までに近づくが、ヒラギセッチューカはもう次にやることを決めていた。

「こっち……。ほらほらこっちこっち!」

 ヒラギセッチューカはユウキを寝かし、挑発しながら木刀を持って走り出した。

 またもやユウキは置いてきぼりにされる。しかしユウキは置いてきぼりにされたことすら理解出来ていない。
 ただ、ヒラギセッチューカが危険だと言うことは何となく分かった。

「あ、ぁっ」

 ユウキが嗚咽を漏らしたと同時に、視線がヒラギセッチューカに釘付けの妖怪も動き出す。
 長く太く多い腕を器用に動かし、妖怪は走り出した。
 
 彼女の予想通り、妖怪の狙いはヒラギセッチューカだったようだ。

『シイィィッロォッ!』

 妖怪の金切り声を背に受けて、ヒラギセッチューカの体に電流が走って震える。けど走ることは辞めない。
 それどころかヒラギセッチューカは生意気に、威勢よく言った。

「妖怪さぁん! 正々堂々の一騎打ちしましょうよ!」
『マッテエェェッッ!』

 妖怪は、まるではしゃぐ幼子のように叫び、スピードを上げた。
 ダダダッと、リズム良く地面を叩く妖怪の腕々に焦燥感を煽られる。
 それがもどかしくて、ヒラギセッチューカは落ち着つこうと胸を摩った。

 ある程度ユウキと距離が開いたと判断すると、急ブレーキかけてその場で止まる。
 止まらない妖怪。止まらない心音。

 恐怖を、苛立ちを、興奮を、不安を。
 右足をタンタンと鳴らし外に出す。

(妖怪ってなんの攻撃が効くんだろう。というか倒せるのかな。私の攻撃が全て無効になるかも──)

 それでも彼女の不安は止まらない。しかし、これ以上感情を発散させる方法も余裕もない。
 ヒラギセッチューカは想いの全てを自身の内側に押しこんだ。

 勢いよく木刀を振り上げ、妖怪に向ける。

「“怖い”ってこういうことだったね。もう経験したくないな」

 木刀を持つ彼女の手が、微かに震える。
 
 体や脳の奥の奥。核に近い部分が叫び暴れる。逃げたい、怖い、行きたくないと。
 しかし、逃げた方が苦しい目に合うだろう。
 
(どっちも嫌だな──)
 
 ヒラギセッチューカは、妖怪に向かって走り出した。

 8.>>23