ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.23 )
日時: 2023/03/27 21:49
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: rOrGMTNP)

 
 8

『シロッ! ヨコセエエエ!』

 妖怪が体から幾つもの黒い腕を生やしてヒラギセッチューカに掴みかかる。
 ヒラギセッチューカは簡単にかわした。
 
(あの勇者の剣術の方がよっぽど速いから躱すのはカンタン。
 けど、油断して触れたら不味いし余裕はこけない──)
 
 腕を躱すのは簡単だ。しかし、連続する単純な動きほど起こりやすいミスは無い。
 ヒラギセッチューカは手に汗を握りながら慎重に、黒い手に触れないよう心がける。
 だが、いつまでも避け続ける訳にも行かない。そう考えたヒラギセッチューカは一旦動きを止めた。

 (なにかしら反撃しないと)

「〈参・氷塊〉」
 
 初級である氷魔法の詠唱。
 ヒラギセッチューカが唱えると、宙に手のひらサイズの氷が数多現れる。
 それらは一直線に妖怪へ飛んだ。

 危機を感じたのか妖怪は、体からまた何本も腕を生やして胴体をガード。
 氷が妖怪に命中したのは同時だった。

「あれっ、効いてない?」

 鳴った音はパリンでも無ければガシャンでも無い。ボトンッ。片栗粉水に落とした様な音だ。
 黒い霧の集合体の様な腕に氷がゆっくりと飲み込まれて、消えた。

「まさかっ……」

 ──妖怪は触れた物の〈魔素〉を吸収する特性があるのです。

 ヒラギセッチューカは陰陽師コースの体験授業を思い出す。
 そう。妖怪は魔法を魔素として吸収している。
 魔法が効かない上に魔素を吸収して強化もするのだ。

 それに気付いたヒラギセッチューカは、絶望をため息として吐き出して呟いた。

「ファンタジーにそれアリ?」

 ”魔法”という攻撃手段を全て奪われた。ヒラギセッチューカを無力感が襲った。

(いや、悲観しても絶望しても、状況は変わらない)

 ヒラギセッチューカは、手元にある木刀を力いっぱい握って自身を鼓舞する。木刀が落ちない程度の軽い力で握り直す。
 と共に、向かってくる黒い手を睨んだ。

「ふんっ!」

 掛け声を漏らして腕を振り上げる。
 木刀は空気抵抗をほぼ受けず空を切り、妖怪の腕を叩いた。

「当たった?!」

 ユウキを持ち上げられる程の強度があることは分かっていた。
 けれど、物理攻撃がまともに効くとは思わなかった。
 妖怪の正体が不明すぎるが故に警戒を強めていたヒラギセッチューカは驚く。
 
 感触はあるが、人の肉ほど固く無い。
 軽く木刀を振り上げて妖怪の腕に食い込ませる。と、紙粘土を切る様な感覚がした。
 
(もしかしてこれ、斬れるんじゃ?)

 ヒラギセッチューカは更に力を加える。とても簡単とは言えないが斬れた。
 黒く半透明な霧の塊。それが木刀の軌道に沿って、綺麗に散ってく。
 斬られた腕は放物線を描いて地面にベチャッと落ちた。
 形が崩れ溶けて魔素となり、蒸発するように消えて行く。

「……」

 ヒラギセッチューカはその様子を憂い顔で眺める。
 しかしそんな事をしてる暇など無い。隙をついて、また腕がやってくる。
 ウゾウゾとしなる不気味な腕に、ヒラギセッチューカは背筋をゾッとさせた。

「うわっ!」

 と驚きながら、反射神経が腕を斬る。

 妖怪の体は紙粘土のようで、感覚的には斬ると言うよりちぎるという方が正しいかもしれない。
 奇妙な肉体を斬り続けるヒラギセッチューカは、その感覚を噛み締めながら考える。

(学院長と体の作りは同じ? ますます”妖怪”の正体が分からない)

『シロ……シロヨコセ!』

 妖怪に感情があるのか、痛覚があるのかは分からない。ただ妖怪は怒るように叫んだ。

 ヒラギセッチューカは怯え、身構える。
 雄叫びを上げた妖怪は、間髪容れず複数の腕をヒラギセッチューカに伸ばした。
 遠心力で動かない体を力任せに動かして、またヒラギセッチューカはかわし始める。

「はぁ、はぁっ……」

 呼吸が荒く、動きが鈍くなり、動く度に汗が地面に落ちる。

 別にヒラギセッチューカは物理戦闘が苦手という訳では無い。
 むしろ体質上、今の彼女には魔法より物理の方が得意まであるだろう。
 しかしヒラギセッチューカの視界は元々悪く、その上結界内に漂う白い霧のせいで、視界情報が0と言っても過言で無いのだ。
 
(更に魔法無効とお触りNGって。キッツ……)

 絞ったスポンジの様に汗が湧き出てくる。
 狐面も蒸れて呼吸もし辛い。物理的に視界も塞いでるから邪魔だ。ただ狐面を外せる余裕がない。

 9.>>24