ダーク・ファンタジー小説
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.25 )
- 日時: 2023/04/04 17:47
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: eOcocrd4)
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「ひらぎぃっ!」
薄れかけたヒラギセッチューカの頭に、稲妻のように声が走る。
刹那、前触れもなくヒラギセッチューカを包む腕の一部が抉れる。真っ暗な視界に外部の光が乱入した。
激痛で頭が働かない。それでも状況を理解しようと、ヒラギセッチューカは狐面越しに外を見た。
「あぁ、狐百合 癒輝──」
腕の向こうに映るのは、震えた足で立つユウキだった。
ユウキは何故か、片手を銃の形にして妖怪を指している。
ユウキが放った魔法が腕の一部を抉った。そうとしか考えられない状況にヒラギセッチューカは疑問を持つ。
(妖怪に魔法は効かない筈じゃ? まず魔素逆流を受けたのに何故立ってられる? 何故魔法を打てる?)
「ヒラギ出て来いっ!」
ユウキの怒鳴りに近い叫びに疑問が全て吹っ飛んだ。
恐怖と痛みから開放されるチャンス。それをみすみす逃しそうになった自分にヒラギセッチューカは怒りを覚える。
縛りが緩んでいる妖怪の腕。
ヒラギセッチューカは激痛を受けながらも、空いた穴に手を伸ばす。それを阻止するように、妖怪は新たな腕で穴を塞ぎ始めた。
徐々に消えゆく外界からの光。ヒラギセッチューカの腕は、力無く落ちようとしていた。
(別に、このまま陰陽師を待てば良い話だし──)
自身が妖怪に捕まっていればユウキに危険は無い。死ぬわけでも無さそうだし、無理に抵抗する必要は無いんじゃ。
何故必要に抵抗しようとするのだろう。
何故必要に痛みから逃れようとするのだろう。
ヒラギセッチューカは自分に言い聞かせて、諦め始める。
(違う、そうじゃない。なぜ私は夜刀学院に入学した。なぜ、自身の危険を顧みずに、皆を置いて、夜刀の傍に来た!)
効率とか、非効率とか、そんなの関係ない。
これは、ヒラギセッチューカという“人格”の。アイデンティティの問題だ。
「必ず貴方を救って見せるって! 晟大っ!!」
彼女は入学前、何があったのか。“晟大”とは誰のことなのか。
ヒラギセッチューカ以外、知る由もない。
ブチブチブチ
ゴムをちぎる爽快な音が鳴る。それは一向に止まることなく、連鎖する様に音が重なる。
黒い腕を蹴り、殴り、掴み、噛みちぎり。
ヒラギセッチューカは必死で脱出を試みる。
「いだい、いだいいだいいたい痛い痛い痛い!!!」
ヒラギセッチューカは喉という機能を上手く使わず。元々の白銀のような美しい声が出る喉で力任せに発声し、汚い声で叫ぶ。
考えていることは『痛い』
ただそれだけ。
さっきの決意が考えられない。過去も因縁も入る隙が無い程の激痛が襲っている。
それでも、体は自然と光に向かいもがいていた。
「あ゙ああぁぁっ!」
叫び声が発せられたのと、ヒラギセッチューカが解放されたのはほぼ同時だった。
腕から解放されたヒラギセッチューカは、重力に従って地面に落ちていく。
それを見逃すまいとヒラギセッチューカに伸びる黒い腕。
薄れゆく意識の中、必死でヒラギセッチューカは妖怪を見やって、木刀を強く握りしめた。
「くぅっ……」
空気を噛み砕くような声を出す。ヒラギセッチューカは落ちながらも、滑稽にもがき体勢を変えた。
伸びてくる腕に無理やり足を付けて、乗った。
さっきまで絶望感に苛まれていたはずなのに、今のヒラギセッチューカは微笑んでいた。
まるで、自身の恐怖を相手から隠すように。
夜刀学院制服のブーツは魔素を通さない。妖怪に魔素を吸収されない。
魔素逆流に苦しむことはないのだ。
ヒラギセッチューカは一切の痛みを感じないまま、妖怪の目玉に向かって走り出す。
目の前からやってくる黒い手。ヒラギセッチューカは微かに顔を動かす。ビュンッと風きり音が耳を撫でる。
でも、狐面越しに見える紅目の視線は妖怪の目玉から離れない。
『シロハ、シロハ、キレイ、ハカナイ、ダイキライ』
支離滅裂な妖怪の言葉。
怒りとも憂いとも思える声色、とヒラギセッチューカは感じた。
先程よりも早く、複数の腕はヒラギセッチューカを掴もうとする。
それを丁寧にかわす。斬る。足場を変える。
ヒラギセッチューカは目を細めて叫んだ。
「じゃあ、なんで欲しがるの!」
妖怪に返事をするほどの知能があるのかは分からない。
しかし、ヒラギセッチューカは問う。
ヒラギセッチューカは呼びかける。
妖怪は、返事をしなかった。
「──目玉」
ヒラギセッチューカの視界が、白い目玉で埋められる。
手元の木刀を足元に伸ばす。
そして、振り上げた。
11.>>26