ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.27 )
日時: 2023/04/04 18:01
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: cvsyGb8i)

 12

 学院都市には学年別に四つ寮が建設されている。ここはその中の一つ、縹寮の中庭。
 木陰に座るヒラギセッチューカと、気絶するユウキが居た。
 
 さぁっと爽やかな風が吹いて芝生が素直に傾むく。
 夕暮れの空では、侵食を試みる漆黒を必死で橙黄色が抑えていた。
 狐面越しに空を見上げるヒラギセッチューカは、感嘆の息を一つ吐いた。

「妖怪、妖怪かぁ……」

 魔素逆流の痛みを思い出して自分の腕を握る。当たり前だが今は全く痛くない。
(アホらし……)
 ヒラギセッチューカは自分を鼻で笑って、腕から手を離す。
 と、ユウキが唸り声を上げて目を擦り始めた。
 
 頭がぼーっとして視界もぼやけている。
 そんな中、誰かが居ることに気付いてユウキは問いかける。
 
「ここ、どこ、だ……」

 ヒラギセッチューカは無視して空を見る。
 魔素逆流を受けると痛みの余り気が狂う。
 軽い症状でもトラウマを植え付けられ、引きこもる者が大半だ。
 妖怪を倒し終わった後、ユウキは激痛のショックで気絶。白目のまま泡を吹いて足も微かに痙攣していた。
 どうせ起きてもまともじゃないだろう。ヒラギセッチューカはユウキを相手にする気が無いのだ。
 
 そんな事より、起床後叫ぶであろうユウキをどう処理するか考える方が大切だ。
 ヒラギセッチューカは模索する。

「ヒラギ、ここ、どこだ?」

 覚醒したユウキのハッキリとした声が耳に入る。
 驚いたヒラギセッチューカはユウキの顔を見て、数秒固まってしまった。
 顔色は微妙によくないが、燃えるような赤い焦点があった目。口元には吹いた泡の跡があるものの叫ぶ様子は無い。

「あ、え、ユウキ無事なの……?」

 ユウキがまともな状態と思って無かったヒラギセッチューカは、口をポカンとさせて呟く。
 ユウキは状況を理解出来ていない。ヒラギセッチューカが驚く理由が分からず首を傾げた。
 と、不思議な感触がする地面にユウキは気付く。

「ああ、膝枕。なんかごめんな」

 ヒラギセッチューカは中庭の木にもたれかかって、ユウキに膝枕をやっていた。
 ユウキは体をゆっくりと起こす。
 
「謝らなくても良いけど、私的にはもっと慌てて欲しかったなぁーとか思ったり?」

 残念そうに言うヒラギセッチューカに、ユウキは「この歳になって流石にない」と苦笑いした。

「あの後どうなった」

 ヒラギセッチューカの隣に腰掛けて、ユウキは聞いた。
 
「私が妖怪を倒して気絶してるユウキをここまで運んだ。部屋まで運びたかったけど、ユウキの部屋知らなかったからさ。中庭で目が覚めるのを待とうかなぁ、と。ユウキは無事なの?」

 聞かれたユウキは体を捻る。怪我がないか確認するが、無かったから笑って答えた。

「ああ、無事だ」

 けれどヒラギセッチューカが案じているのは別のことだ。
 
「そぉーじゃなくて! 精神の方!」

 魔素逆流を受けたのにも関わらず、常人のように振る舞うユウキ。
 それは麻酔無しの手術でも平然としている様なもの。ユウキの異常性にヒラギセッチューカは慌てた。
 そんな事など知らないユウキは微笑む。

「見ての通り平気だ。そういうヒラギこそ大丈夫なのか?」
「え? あ、うん。平気」

 ヒラギセッチューカはユウキの倍、魔素逆流を受けている。なのに彼女もケロッとしていた。
 あの妖怪が弱いのでは無く、この二人が異常なだけだ。

「それは良かった。というか、陰陽師は来なかったのか?」
「いんや? 私が妖怪倒した後に来たよ。けど、見つからないように逃げてきた」

 ヒラギセッチューカは勝手にユウキを連れて逃げたことに対して「ごめんね?」と謝罪する。
 ユウキはそんなことは気にしていなかった。
 
「それまたなんで。新入生が単独で妖怪を撃破したと知られりゃあ、表彰される上に〈ランク〉も上がるだろうに」

 自分が妖怪を倒せたのはユウキの魔法のお陰だ、とヒラギセッチューカは思う。
 彼女は「単独じゃないけど」と訂正しながら、胸にある若草色のリボンを握った。

 この世界──ディアペイズには、個人の強さを示すためのランク制度がある。
 学院都市の外には様々な危険があって、自衛がある程度必要だ。強さを示すランクは大変重要な役割を果たす。
 ランクは〈10(チェーン)〉から〈1(アインス)〉まであり、数が少ない程上級だ。それを証明するバッジもある。
 学院では分かりやすいよう、制服のリボンとネクタイの色でランクを証明するのだ。
 彼らは一番下のランク、10(チェーン)であり、若草色のリボンとネクタイを持っている。

 ヒラギセッチューカは狐面から漏れる白髪を指で弄って、自嘲気味に言う。
 
「怒られるの嫌じゃん? それに、妖怪倒した程度で白髪が賞賛を貰えるほど、学院を甘く見てないよ。それが仮に、不可抗力だったとしてもね」

 白髪は差別以前に、生まれること自体がおかしいという認識だ。それがどれほど美しかろうと、良い感情を得られることは無い。
(まあ、目の前の少年は白髪に恐れて無いっぽいけど)
 と、ヒラギセッチューカはユウキをジトッと見つめる。

「じゃあ、なんで俺も連れてきた?」
「……」

 ヒラギセッチューカは言葉に迷い、視線を泳がせながら黙った。
 ユウキは慌てたように訂正する。

「あ、責めてるわけじゃないぞ? ただ、俺を連れてきてもヒラギに得は無いから」
「えっと、なんというか。ユウキは、目立ちたく無いだろうなぁって……」

 首に手を当てて罰が悪そうに言うヒラギセッチューカに、ユウキは目を細める。
 ヒラギセッチューカの言う通り、ユウキは余り目立ちたくない。ただの好みではなく、一身上の都合でだ。
 しかし、それを出会って数週間のヒラギセッチューカが把握しているのはおかしい、とユウキは不信感を持って唸った。

「それは、どういう意味だ?」
「怖いよユウキぃ」

 ヒラギセッチューカは言葉を間延びさせて、緊張感無く笑う。と、次は困った顔をしながら話した。
 ふざけているヒラギセッチューカは百面相だ。

「妖怪に効く魔法を放てたり、魔素逆流を受けても正気だったり。どう考えても普通の人じゃないじゃん? 訳ありかと思って、私なりの気遣い」

 ヒラギセッチューカは両手を合わせて頬に付け「お節介だったらごめんね?」と苦笑いした。
 ふざけてあざとい態度を取るヒラギセッチューカを気に止めること無く、ユウキは難しい顔をする。  
 
「お前らの種族も普通じゃないけどな」

 罪悪感を抱きながらユウキは言った。
 ヒラギセッチューカも魔素逆流を受けて平然としている。
 更に勇者であるブレッシブに生腰で負けず、第一白髪。彼女も彼女で普通で無い。
 ヒラギセッチューカの表情から色が消える。ユウキも冷たい笑みでヒラギセッチューカを見つめ、場の空気が凍った。
 
「はは、これは下手なこと言えないなぁ」

 ヒラギセッチューカは焦りを隠しながら笑う。
 ユウキの発言は「お前の弱みを握っている」と遠回しに伝えるものであった。
 相手の秘密を口外すると、自分の秘密も口外されるかもしれない。俗に言うメキシカンスタンドオフと呼ばれる状態を、ユウキは作り上げた。

「でも、まあ。ユウキの秘密を独り占めできるなんて嬉しいなぁ」

 シリアスに欠けるヒラギセッチューカの間抜けた言葉。
 ユウキは少しの不快感を覚え、咎める様に言った。

「真面目にしろ」
「至って真面目じゃん?」
「嘘つけ」

 ユウキの複雑そうな表情を見て、ヒラギセッチューカはクヒヒッと笑う。

「やっぱり“ユウキの前では嘘は吐けない”」
「……そうだな」

 そこまで知られているのか、とユウキは口を一の字に結ぶ。
 しかし、これ以上相手の秘密に干渉すると、二人の間に亀裂を入れるかもしれない。それは気持ち的にも良くない。
 ユウキは別の話を振る。

「お前、あの時逃げたろ」
「あの時って?」
「選択授業説明会の前。教室で」
「あぁー、なんというか、あれは……」

 保体授業後の休み時間、ヒラギセッチューカは黙ってその場から消えた。
 それっきりと思っていた彼女は、焦りを隠すように狐面に手を当てる。

「あっ、この狐面便利なんだよ。魔素を狐面に送る量で相手からの認識レベルを調整できて──」
「ヒラギ。話を逸らすな」

 ヒラギセッチューカは罰が悪くなってそっぽ向いた。ムッとして口を閉じるも、手に入るのは沈黙だ。その場から逃げれるわけじゃない。
 ヒラギセッチューカはおもむろに言う。

「まあ、逃げたけど、それが悪いって訳でもないしさ? 玫瑰秋 桜の言う通り白髪と関わらないに越したことはないし。はいこの話おしまーい!」
「終わらせねぇ。ヒラギはそれでいいのかよ」

 執拗に食い下がるユウキをヒラギセッチューカは冷笑する。
 
「しつこい男はモテないよ?」

 ユウキは返事をしなかった。ただ真顔でヒラギセッチューカを睨んでいる。
 ヒラギセッチューカは難しい顔をして、ぶっきらぼうに言った。

「いや、白髪ってソーユーもんですしぃ、おすしぃ……」

 言葉を濁らせて場を乗り切ろうとするも、ユウキは一向に表情を変えない。
 ヒラギセッチューカはその圧に耐えられなかった。「もぉー!」と拗ねた子供の様なことを言う。

「良いとは思わないよ? 嫌われるのって誰でも嫌でしょ」
「じゃあ、仲直りしないとな」

 幼稚園児に言い聞かせるような言葉に、ヒラギセッチューカはムッとした。

「どーやって? 私白髪だよ? ヨウは話もしてくれないって」

 と言ってはいるが、ヒラギセッチューカはヨウと仲を戻す気など無かった。端から戻す仲など無かったが。
 ヨウは自分が嫌いで、その感情に対してヒラギセッチューカはどうこう言うつもりは無い。
 嫌われるのは確かに悲しいが、ヨウを無理やり変えたいとは思わなかった。勝手に嫌えば良いという認識である。
 無理に関係を築こうとするのはお互いにとって良くない──とヒラギセッチューカは考える。
 
「ヨウがお前を嫌う原因は白髪──もあるだろうが、第一は態度の悪さだ」

 態度の悪さ。ヒラギセッチューカは多少なりとも自覚があった。
 けれど辞めるつもりは無い。
 だってヨウの反応面白いんだもん、とヒラギセッチューカは胸の内で不貞腐れる。 
 
「やっぱ仲良くするのナシ。勝手に嫌っときゃーいーのよ、私も勝手にするから 」

 ヒラギセッチューカは胡座のままバンッと音を立てて、木にもたれかかった。それでもユウキは腑に落ちた顔をしない。
 
(何でそんなにしつこいんだ? ユウキは)
 彼女らは出会って1週間ほど。
 仲違いに寂しさこそ覚えるだろうが、わざわざ自分を説得させる程の物じゃ無いだろう。

 ヒラギセッチューカが怪訝に思うと同時に、ユウキも悩んでいた。

(どうすればヒラギとヨウの仲を取りもてんだ──)
 くどいようだが、彼らは出会って1週間ほどである。
 それでもユウキが彼女を気にかけるのには訳があった。
 詳しくは分からないが、ヒラギセッチューカはワケありだ。それは薄々分かる。
 ユウキはそれに親近感を覚えて、世話を焼きたかったのだ。
(せめて、友達は作って欲しいよな──)

 お互いが悩んで会話が止まる。
 訪れた沈黙に責められた気がしたヒラギセッチューカは口を開いた。
 
「というか、白髪なんて気持ち悪いからヨウの反応は正しいの!」

 だからお節介を焼くな、という意味も込められていた。
 ユウキは何気なく呟く。
 
「綺麗だろ、白髪もヒラギも」
「クッ……ん、んー! 知ってるしぃっ! 私美人だもんっ!」

 ヒラギセッチューカは歯を噛み締めて、顔を俯かせて唸った。
 照れ臭さかったらしい。
 失言したつもりはユウキに無かった。ヒラギセッチューカの反応にギョッとする。
 
 こんなキザなセリフを自然と出すユウキには恐れ入った、とヒラギセッチューカは悔しそうに顔を上げた。
 
「前言撤回、少年はモテるよ」
「何の話だ?」

 ユウキは首を傾げる。
 ヒラギセッチューカはそれ以上何も言わなかった。

「兎にも角にも、ヨウと仲直りしろよ?」

 そう話を終わらせてユウキは立ち上がる。
 と、ユウキの視界が途端に暗くなった。ぼーっと、頭にある一本の線が引きちぎれそうな感覚を覚える。
 立ちくらみだ。
 ユウキはフラフラと情けなく千鳥足でいる。
 チカチカ黒く点滅する世界の中で、倒れまいと必死だった。

 一方ヒラギセッチューカはそれに気付かない。
 
「去る者は追わず来る者は拒まず、なの私は。仲を取り持つなら“ユウキが”精々頑張っ──
 ちょ、ちょっとっユウキさん?!」

 ようやくユウキの異変に気付く。
 嫌な予感がしたヒラギセッチューカは立ち上がる、と同時にユウキが後ろに倒れた。 
 焦りの息を漏らしながら、ヒラギセッチューカはそれを受け止める。
 しかし180センチの男性はかなり重かった。ヒラギセッチューカはユウキを胸に転倒する。

 尾てい骨を打ったヒラギセッチューカは、痛ぁっ、と弱音を吐きながらも、ユウキの顔色を伺う。

「やっぱり、魔素逆流に当てられて無事なわけないよねぇ……」

 ユウキは青い顔をして唸っていた。
 
 ユウキが魔素逆流で受けた精神的ダメージは相当のものだった。
 ヒラギセッチューカとの会話で気を紛らわしていた様だが、立ちくらみで耐えられなくなったらしい。

「保健室──は無理だもんね。魔素逆流を受けた何て知られたら、妖怪と会ったこともバレちゃうし」

 ヒラギセッチューカはユウキの治療法を模索するが、良い案は思いつかない。
 ユウキは薄い意識の中で無理やり口を開いた。

「だ、大丈夫。時間が経てば治る……」
「確かにトラウマの特効薬は時間だけど──」
「おえっ」

 と、ユウキが嘔吐いた。
 ヒラギセッチューカは最悪の場合を想像して、思わずユウキを突き飛ばしたくなった。
 でも病人を突き飛ばすなんて、と流石のヒラギセッチューカでも気が引ける。
(かと言って私が嫌な思いしたくないし──!)

 そんな彼女の葛藤に、ユウキの嘔吐が終止符を打った。

 吐瀉物が彼女の胸に盛大に撒き散る。
 ユウキの大きな嗚咽が中庭に響いた。が、ヒラギセッチューカが狐面を使ったから、それに気付く者は居ない。

「……貸しだからね」

 ヒラギセッチューカは苦い顔をしながら、ユウキの背中をさすった。
 ユウキは申し訳なさで胸がいっぱいになりながら吐き続ける。せめて制服の弁償はしよう、と彼は決意した。

 布越しに伝わる生温かさがヒラギセッチューカの思考意欲を奪う。

「あー、木刀どーしよ」

 唯一浮かんだのは、店からパクった木刀のことだった。

   【終】