ダーク・ファンタジー小説
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.29 )
- 日時: 2023/04/04 18:20
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: cvsyGb8i)
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夜刀学院の端にある木造建築の旧校舎。
長年使われていないからか隙間風が強く、ギシギシと建物が軋む不気味な音がする。
構造は共通授業を受ける縹校舎と同じで、50もの教室がある。
〈司教同好会〉と呼ばれる師団は、その中の一室を使っていた。
少ない人数に不相応な広い教室で、俺は一つ息を吸う。
「俺の親父はディアペイズ第十軍騎士団長。
そして、白蛇教メシア大司教〈強欲務〉玫瑰秋 晟大だ」
ボロボロの椅子に座って俺は、話を〆た。
この場には俺を含めて4人も居る筈なのに、場には重い沈黙が落ちていた。
「すみません、出会い拍子にこんな話をして」
罪悪感に耐えられなくなった俺は沈黙を破った。
選択授業説明会が終わったあと、俺は一直線にここへ来た。
先に活動を始めていた先輩方との挨拶も程々に、俺は「白蛇教。余程のことがない限り──」と話し始めて、今に至る。
初対面の相手、しかも先輩に自分語りをするなんて大変失礼だったとは思うが、後悔はしていない。
「いいえ、聞いたのは私だから。こっちこそ、辛いこと聞いてごめんなさい」
鏡のように景色を反射してもおかしくない、キラキラと艶めく金色の長髪を持つ女性──大黒 聖夏先輩は申し訳なさそうに言った。
彼女が羽織る白いマントは俺と違い、翠色のラインが入っている。
俺ら縹の2つ上の学年、翠である証拠だ。
俺はヒナツ先輩にどう返せば良いか分からず口篭る。と、もう一人の先輩が口を開いた。
「サクラの目的は分かったが──」
「ヨウです。男です」
俺の名前は“桜”と書いて“ヨウ”と読む。初見でヨウと読める人は少ないだろう。
それでも口頭で名乗ったのに読みを間違う先輩にイラッとして、俺は訂正した。
「ワザとじゃ。何故お主は夜刀学院に来た。復讐に必要なかろう」
もう一人の先輩──エルザ・ツェッチェ先輩はクツクツと笑う。
ライトグリーンの宝石のような長髪と、同じ色をしたツリ目。パッと見普通の女性だ。上半身だけを見れば。
先輩の下半身は、黄緑色のフサフサな毛が生えた八本足の昆虫──蜘蛛だった。
巨大な蜘蛛の背中に、女性の上半身が生えている。
彼女の様な種族をアラクネ、と言う。
アラクネは150年前の〈人魔戦争〉をきっかけに、人間社会に溶け込むようになった魔族の一種だ。
それでも余り見かけないのだが。
先輩は橙色のラインが入ったマントを羽織っていて、俺の一つ上の学年、代々である。
「親父の最終目撃場所は都市ラゐテラ、夜刀学院──との情報を掴みまして」
俺以外の三人の吐く息が重なった。
裏付ける資料は持っていない。人から聞いただけだから。でも他に有力な情報は無いから、真偽不明でもこれに頼るしかない。
途端に自分が情けなくなって、俺は俯いた。
「俺はそれを追いに来た。先輩方、何かご存知ですか?」
親父の最終目撃場である夜刀学院で、メシア大司教を追う司教同好会。
もしかしたら何か知ってるかもしれない、と俺は淡い希望を抱く。
「……何も、知らない」
ヒナツ先輩はプイッと顔を逸らして、俺の希望を一瞬で焼き尽くした。
さっきまで優しかったのに何故、急に冷たくなったんだ?
少しだけ胸がモヤッとした。そんなこと知る由もないエルザ先輩は言う。
「部費目当てで師団の申請して同好会が出来たのが今年。
それまでに色々調べてはいたが当然、白蛇教関連の資料は公にされてなくてな。見つからんかった。
童らが知ってるのはメシア大司教の存在までじゃ。サクラと同じ地点にたっておる」
「ヨウです」
俺の即答にエルザ先輩は笑った。
こちらは全く笑えないが、流石に先輩は殴れない。せめてもの抵抗でキッとエルザ先輩を睨みつけた。
そういえば、白蛇教の資料は見つからなかったんだよな? 何故先輩達は白蛇教のことを、メシア大司教のことを知っている?
違和感を覚えた俺は先輩に聞く。
「先輩達は──」
「あと、ずっと気になってたんだけど」
ヒナツ先輩が遮ってしまった。
けれど時間は幾らでもあるだろう。今聞かなくても良いか。
それに、俺もずっと気になっていたことがある。
「なぜ、ブレッシブ殿下がこちらへ……?」
と、ヒナツ先輩が質問する。反射的に俺は、ヒナツ先輩の視線の先を見た。
名前を呼ばれた青年は動じずに言う。
「入団希望です」
エメラルドグリーンの短髪に、縹色のラインが入ったマントを羽織る体格の良い同級生。入学式にヒラギセッチューカと喧嘩をした、ブレッシブ・ディアペイズ・エメラルダ殿下がいらっしゃった。
彼がここにいる理由は俺にも分からない。
だって俺がここに来た時には、既に先輩二人と居たんだから。
聞きたいことが沢山あるが相手は王族。彼の逆鱗に触れたらとんでもない事になるだろう。入学式、ヒラギセッチューカがそうであったように。だから余り関わりたくない。
エルザ先輩も俺と同じ考えなのか、難しい顔をして黙る。
そんな中、ヒナツ先輩がおずおずと聞いた。
「え、えっと、大変恐縮なのですが、志望動機をお聞きしても?」
「俺はこの場では後輩。言葉は崩して頂いて構いませんよ。エルザ先輩も、玫瑰秋も」
軍人の様な威圧がある声で名前を呼ばれて、怯えて背筋を伸ばした。
まだ春だと言うのに汗が一粒滲み出る。恐る恐る殿下と目を合わせてみるも、仏頂面でいて怖かった。しかし、相手の気分を害してはならない。
数十秒の沈黙を挟んでよくやく、俺は「ああ」と返事する事が出来た。
と言っても、殿下の前で言葉を崩せる自信が無い。まず関わりたくも無い。
めんどくさい事になった、と胸の中でため息を吐いた。
「入団の動機は、えっと──」
殿下がチラチラっとエルザ先輩を見る。
これまで黙っていたエルザ先輩は「これ以上だんまりは出来んか」と残念そうに笑った。
「学院で道に迷ってたから、童がスカウトした」
「は?」「えっ……」
俺とヒナツ先輩の言葉が重なる。
道に迷っていた殿下をスカウトした?! エルザ先輩の行動に俺は驚愕して口をぽかんと開けた。
ヒナツ先輩は顔を青くする。
「エルザっ、何やってるの?! 不敬にあたるんじゃ──」
「王族なら白蛇教の事を何かしら知ってると思ってな。話してみたらビンゴじゃった。持ってる情報は童らと変わらんかったがな。褒めてくれても構わんぞ? ヒナツ先輩」
殿下も白蛇教のことを知っているのか?! と、思ってもいなかったことに驚く。
でも、考えてみたら腑に落ちるかもしれない。入学式、執拗に白髪のヒラギセッチューカに突っかかってたのは、白蛇教の存在を知っていたからか。
白蛇教と白の魔女と白髪には繋がりがある、という話はあるがあくまで噂だ。それでも“白”蛇教と名前に白が入っていて、魔女との関係を勘ぐってしまう。
殿下もその一人だったのだろう。
「ばっ、ばかぁっ!」
エルザ先輩が悪い意味で突飛で、ヒナツ先輩はそう声を絞り出した。
しかし、育ちが良いからか仕草が愛らしかった。本人は必死なんだろうが。
「でも、ブレッシブも入団希望なのじゃろ?」
「はい」
サラッと殿下を呼び捨てにするエルザ先輩。
「お待ち下さい。私達は事情があるから、危険を承知で活動してる。殿下──ブレッシブは違うでしょう 」
ヒナツ先輩もぎこちないながらも殿下を呼び捨てにした。殿下は気にしなかったが、仏頂面なのは変わらない。
「俺は勇者です。あの話を聞いて、退く事はできない」
殿下は義理堅かった。そして頑固だ。
ヒナツ先輩は困った顔をする。
「でも──」
「ヒナツ先輩。まだ縹に入れ込む時じゃない」
「えっ」
エルザ先輩の氷のように冷たい言葉が刺さって、俺は思わず声を漏らした。
縹に入れ込む時じゃないって、どういう意味なんだ?
「そう──よね。これ、名前書いて」
憂い顔を見せたヒナツ先輩は机から二枚の紙を取り出し、俺と殿下に渡した。
入団届と書かれた用紙である。一応入団は認める、ということだろうか。
「でも、形だけの入団。私もエルザも認めないから」
認められないらしい。
「なんでですか?」
俺は玫瑰秋 晟大──メシア大司教の息子だ。
どこに不満があると言うんだ。認められない要素がどこにあるというんだっ。フツフツと怒りが湧き出てくる。
エルザ先輩は微かに目を細めて、俺と殿下を一瞥する。
そして一つ溜息を吐いて、教室の隅にある革製のフラットタイプリュックを手に取った。
「水無の月にある縹学年行事、〈強制遠足〉を乗り越えてこい」
「二ヶ月後の行事? わざわざ何で!」
「でないと何も始まらんからのぉ」
俺の怒声を軽くいなして「童は帰る」と、エルザ先輩は教室から出ていってしまった。
状況が全く呑み込めない俺はその場で固まってしまう。
と、ヒナツ先輩もエルザ先輩と同じ、学校指定のリュックを背負った。
「──そういう事だから。次来る時は強制遠足の後で、お願い」
「なんで、勝手すぎる! 俺達を認める気がないなら、殿下をスカウトする必要なんて無いだろっ!」
「私達だってっ──! 縹は、あなた達は……」
ヒナツ先輩はそこで言葉を濁した。その言葉が意味深で、俺は首を傾げる。
と、何故か泣きそうな顔をしてる先輩に、殿下は聞いた。
「その、強制遠足というのは?」
「……」
ヒナツ先輩は扉に手をかけて止まる。俯いて何かしら悩んだあと首を軽く振る。
泣きそうな顔を凍らせて、先輩は無表情で言った。
「夜刀学院、最初で最期の鬼門。これ以上、話したくない」
パシッと扉を閉めて、ヒナツ先輩は行ってしまった。
本当に意味がわからない。と、俺は先輩が出ていった扉を唖然として見つめていた。
先輩達は何がしたいのだろう。俺達に入団して欲しくない、という訳でも無さそうなんだよな。その〈強制遠足〉とやらに何かあるのだろうか。
こればかりは実際に経験してみないと分からない。なら、ここに居ても仕方がないだろう。
それに、殿下と二人っきりなんて心臓が幾つあっても足りない。
俺も学院指定のバックを背負って扉に手をかけた。一言殿下に挨拶しようと、一旦止まる。
「俺も行くます」
ブレッシブ殿下は同級生だし、本人が言葉を崩して良いと言った。
しかし王族であることは変わらない。対応に迷った俺は敬語とタメ口が混ざってしまった。
恥ずかしくなって口に手を添える。殿下はぽかんと口を開けて、戸惑い気味に言った。
「お、お疲れ様ですます」
真似しなくていいんだよ。殿下は変なところで真面目だ。
余計恥ずかしくなった俺は、ヒナツ先輩と同じようにパシッと音を立てて扉を閉めた。
後ろを振り向かずに、踏む度にギシギシ鳴る床を歩く。
早く親父の情報が欲しい。早く親父を見つけたい。
その気持ちだけが先走って独りでに手足が震えてしまう。
もう同好会なんて入ら無くていいんじゃないか。なんて考えが脳裏をよぎる。
けれど、複数人で調査した方が親父に早く辿り着けるだろう。俺は司教同好会に入団したい。まずはその〈強制遠足〉とやらを乗り越えなければ。
同時並行して、ダメ元で白蛇教の資料を図書館で漁ってみよう。
窓の外から見える橙色の夕空を漆黒が侵食している。春特有の暖かい隙間風に当てられて深呼吸する。
旧校舎から出ると桜の花弁がヒラヒラと散っていた。
さっき自分の過去を振り返ったこともあり、ノスタルジックな気分に浸る。
「──桜」
俺、なんで“桜”なんだろう。
今まで一ミリも気にしなかった筈の疑問がふと浮かぶ。
けど考えても答えに辿り着くわけが無いから、すぐに脳内から消した。
どうせ、分かんないんだから。
◇◇◇
──閑話
親父は5年前、夜刀警団に捕獲された後に脱走したらしく行方不明だ。
自由を手に入れた俺は、その時間を使って親父を追っていた。
色んな人に聞きこみをして、現場に行って、時には危ない目に会ったりして。
そんな中で掴んだのが白蛇教、メシア大司教という存在。
逆に言うとそれ以外何も分からなかった。
親父の手がかりはゼロ。俺は行き場のない怒りを溜め込んで、泣きじゃくっていた。そんな時だった。
「少年──お困りかな? お兄さんが助けてあげようか」
一年ほど前だろうか。王都ネニュファールにあるスラム街をフラフラと歩いていると、誰かに声をかけられた。
俺よりも少し身長が高いが大人と呼べる程大きくも無い。むしろ小柄な男で、ローブを羽織って顔が良く見えない。明らかに怪しい人物だ。
気がたっていた俺は「チッ」と舌打ちで悪態をつき、無視しようと背を向けた。
と、男がぽんっと俺の肩に手を乗せたて、くっつきそうなぐらいの距離で囁く。
「君の探す男の最終目撃場所は都市ラゐテラ──蛇白桜夜刀学院だ」
初対面なのに俺の目的を知る男が、怪しい人物から危険な人物へと昇格した。
悪寒がビリビリっと足元から全身に駆ける。怖い。今すぐにでも逃げたい。
しかし、当時の俺は切羽詰まっていた。
「本当か……? 嘘じゃないだろうな!!」
飢えた犬のように吠え、目の前の大きな釣り針にがっついた。
「ホーントっ♪ けど、白蛇桜夜刀学院に入んなきゃなんない。少年じゃあ無理だから諦め──ちょ、ちょっと?!」
俺は走った。危険な男なんてほっぽって我武者羅に走った。
今思えば、怪しくても彼からもっと詳細を聞くべきだった。けれど、行動力の強さは昔からの俺の良いところだ。
その後はひたすらに勉強をした。タイムリミットは一年未満。俺は4年前外に出たばかりで、勉強するのはそれが初めてだった。
そして志望校は世界一の難関校と名高い夜刀学院だ。
合格は絶望的だった──が、合格したから俺は今ここにいる。
そんなわけで、俺は夜刀学院に入学した。
復讐の為に、この憎悪をぶつけるために。
首洗って待ってろ玫瑰秋 晟大。俺が必ず
──殺てみせる
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