ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.3 )
日時: 2023/01/28 15:41
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: qbtrVkiA)

─ある王都のお話─ 


 昔々のお話だ。

 と言っても五年程前で、昔話の導入を使うほど昔でもない。ただ、俺にとっては、昔の話だ。

 聞くだけで落ち着く声と、ごわごわでも安心する毛に包まれて、ソレは御伽噺を聞いていた。
 大昔、世界を滅ぼそうとする〈白の魔女〉を倒そうとする英雄たちの物語。
 最終的に〈夜刀ヤツノ〉が白の魔女を三つに分けて世界に封印させるお話。

「もっと! もっとヤーノ! ヤーノ!」

 ヤツノと、ソレは言いたかったのであろう。しかし、言語を理解していない幼いソレは、しっかり発音できていなかった。
 
「"夜刀ヤツノ"な。短い話なのに好だなぁ」

 俺の十数倍はある大きさの男性は、鉄格子の向こうで、柔らかい声で言った。
 床は汚れていて、一面赤黒く汚れている。
 嗅ぐだけで吐くほどの腐敗臭は日に増して強くなるが、慣れたソレは全く気にならない。
 男性の元へ行くために動かない"兄弟"から離れて鉄格子へ走る。

 一歩踏む事にベチャッと音が鳴る。
 溶けかけてカビが生えているドロドロの肉。いや、"兄弟" それを悪気もなく踏んでいく。
 液体を踏む感覚では無い。液体になりかけている個体、ゼリーを踏むような感覚。

「とぉっ、がぁ!」

 目の前の男性をソレは呼ぶ。しかし、何を言っていたのか未だに分からない。
 男性はソレを微笑んで見た後に、鉄格子からお粥のようなものを流し込んだ。
 美味しそうな匂いを嗅いだソレは、嬉々としてそれを口にする。それと共に、"兄弟"も食した。

 生臭い吐き気をもよおす味と匂い、味がない粥。

 とても、美味しかった。

 飢えていたソレはガツガツと食べている。前足を汚して、しっぽをふって。
 自身に生えている毛に汚れがついても気にせずに食べていた。

「いい子にしてろよ」

 今思い出すと、理性を失ってしまうほど憎たらしい声。
 男性は、鉄格子の向こうにある扉を閉めてしまった。

 真っ暗な部屋、冷たい鉄の床。
 犬とも人とも言えない、気色悪い形をした、溶けた肉塊が床いっぱいに広がっている。
 
 そこで十年間暮らしたソレは、今どうなっているのだろう?
 不清潔な部屋で過ごしたため、病気で死んでいるのか。精神が壊れて廃人になっているのか。まだその部屋に監禁されているのか。

 全部、不正解だ。

 ──白蛇桜しろへびさくら夜刀学院やつのがくいん 合格通知書

 現代のソレは、いや、俺は。
 その紙を手にして笑っていた。胸の中のくすぐりを抑えきれずに、爆発するように。傍から見たら狂っていると勘違いするのでは無いだろうか。

 監禁されていたソレは、復讐を望んでいた。
 
 クソッタレた、燃えてくれない生ゴミのようなクソ親父に。