ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.30 )
日時: 2023/04/04 18:23
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: cvsyGb8i)

 3

 学院都市の外れにある小高い丘。
 赤髪の青年──ユウキは息を切らしながら、坂をゆっくりと登った。
 結構登っただろう、とユウキは息を吐いて来た道を見回す。
 ここは学院都市を一望できた。幾数もの黒瓦が光を反射して、白く鈍く輝いている。和風の建物が多い事もあり景色の色彩は低い。
 けれど背景の清々しい勿忘草色で、不思議と暗く見えなかった。とても綺麗だ。
 
「ここか……」 

 坂道の脇にある、小さな建物の前でユウキは立ち止まった。
 洒落た木造建築に、モダンでありながらも落ち着いたデザインの店構え。
 手入れが行き届いたステンドガラスと、庭の植木鉢に植えられた天然総色の花々が風にたなびいている。
 和風な建物が並ぶこの街では少し異質と言える、喫茶店があった。
 それでもあまり目立つようでは無く、遠目から見たら民家と間違えてしまいそうだ。
 ユウキは息を整えて扉を開けた。カランカランッ、とドアベルが鳴る。
 
「へらっしゃぁい! あっ……」

 店の奥から、白銀のように透き通った声が飛んで来た。
(挨拶が雰囲気ぶち壊しだな)
 ユウキは心の中で苦笑いする。
 
 奥から洋風のエプロンを来た、声の主であろう店員が出てきた。パッと見女性か男性か分からない。
 バンダナキャップを被っていて髪は見えないが、赤い目をしてるから炎系統適正者だろうか。

「あっ、あぁー! 初来店のお客さんかな?」

 店員はハイテンションで朗らかだ。

「問題ないか?」
「全然無い無い! こちらの席へどうぞー!」

 席へと案内される。そこでユウキはとある違和感を覚えた。
(店員が虚言を吐いた様な──いや、気の所為か)
 ユウキは軽く首を振る。
 案内された席は外の様子が見えるテーブル席。小高い丘にあるため都市の街並みが一望できた。

「ご注文はお決まりですか?」

 店員は座ったユウキにメニューを差し出す。
 
「待ち合わせしてるんだ。友人が来てからでいいか?」
「かしこまりました〜!」
 
 厨房へ向かう店員を見送って、ユウキは軽くメニューに目を通した。
 選択授業説明会から数週間経った皐月の月。入学式から1ヶ月が経っていた。今日、ユウキはルカとこの喫茶店で話す約束をしていた。議題はヒラギセッチューカとヨウについてだ。
 ルカとユウキは、嫌厭の対象であるヒラギセッチューカを気にかけていた。片方は恩から。もう片方は親近感から。
 しかし二人共、ヒラギセッチューカとは選択授業説明会の日から会えずじまいだ。ユウキとルカの傍には大体ヨウが居るから、ヒラギセッチューカは近付かないのだ。自分を嫌う人物の傍に理由もなく寄る事などないから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
 
 ユウキは煩わしいとまでは行かないが困っていた。
 仲直りをさせるさせない以前に、気にかけている相手と会えない、と。それはルカも同じで、恩人に何も出来ないまま会えないのは嫌だった。
 二人は一度、ヨウにヒラギセッチューカとの和解を持ちかけたが、ヨウは笑顔で「魔女と穏やかに解く仲なんてねぇよ。それより──」と、話を逸らすのだ。
 一度作戦会議をしよう。ルカはユウキにそう言った。

 カランカランッとまたドアベルが鳴る。
 ルカが来たのだろうか、とユウキは反射的に扉に視線を移し、絶句した。

「えっ……」
「いらっしゃ……えっ」

 店員も絶句した。
 そこには長身に褐色と金髪。尖った耳を持ったエルフの少女、ルカと。

「こーんにーちはっ。赤髪の青年──ユウキってここに来てる?」

 漆黒の長髪を1つに縛る、暗赤色の瞳を持つ長身のニコニコした男性。いや、女性──無性が居た。
 夜刀やつの 月季げっか、学院長だ。

「なんで、学院長が?!」

 信じられない光景にユウキは驚きの声を上げる。
 ユウキに気付いた学院長は「おー、いた!」と笑って手を振った。

「俺もアオハル参加していい?」
「ユウキ、ごめん。捕まった……」

 ゲッソリとした顔で謝るルカ。ユウキは困惑しながらも「ど、どうぞ……」と言葉を絞り出した。
 店員に案内されて、ユウキの隣にルカは座る。学院長は二人の向かい側に座った。手作り感があるメニュー表を眺める学院長を前に、二人は石像のように動けないままでいる。
 店員も同じだった。水入りコップを三つ置いて、「ご注文がお決まりになられましたらお呼びください」と逃げるように去ってしまった。

「あの、学院長。なぜこちらへ?」

 厨房へ入る店員を横目に、ユウキはおずおずと聞く。

「あー、アブラナルカミがナンパされてたから華麗に助けたんだよ。そんで目的地同じだったから、一緒に来ちゃった!」

 ニマッと学院長は笑う。学院長という自身の立場を弁えないふざけた態度である。
 彼は様々な職や肩書きの持ち主だ。なのに呑気に生徒と喫茶店に来ることに、ユウキは驚きを隠せなかった。

「いや、軟派というか何と言うか……。ちょっとちがうというか……」

 と、ルカは青い顔して額を抑える。どうやら学院長の説明には語弊があるらしい。ユウキは聞いた。

「えっと、何があったんだ?」
「それがさぁ、ここへ来る途中──」

 ◇◇◇

 エルフというのは、この世界にとっては異質な存在であった。
 それは単に珍しいからだけでは無い。しかし、それを知るのは一部の者だけ。過半数の人々は、珍しいからという理由でルカを白い目で見ていた。
 ディアペイズの人々は無意識に、珍しい存在と白の魔女を結びつけて考えてしまう。エルフも白の魔女と何かあるのでは──と思わずにはいられないのだ。

「アブラナルカミ・エルフ・ガベーラ。外界との接触を絶っているエルフにも拘わらず、何故わざわざ故郷を出て夜刀学院に入学したのだ」

 ブレッシブ・ディアペイズ・エメラルダも、その一人であった。
 共通授業が終わったばかりのお昼時。人通りが多い繁華街のど真ん中で、ルカはブレッシブに通せんぼされていた。
 通り過ぎる人々の視線が痛く、ルカは表情を歪ませる。

「関係無いでしょ」
「やましい事があるのならば、アブラナルカミの志望動機に俺は関係がある」

 ブレッシブはガタイが良く、身長も175cmと同年代では大きい方である。しかしルカも177cmと長身だ。
 睨み合う二人が放つ強い威圧感で、周辺はすっかり静かになっていた。

「やましい事って何」
「白の魔女──とか」
「珍しいからって、すぐソーユー架空の存在と結びつけるのはどーなの?」

 外界との繋がりがシャットアウトされたエルフの里で育ったルカは、ディアペイズの人々とは価値観が違った。
 白の魔女を十割型架空の存在と思っている。
 
「エルフも半分、幻の存在だ。疑わしきは罰する──とまでは行かないが、相応の事はする」
「ヒラギの時もそーだったけど、なんでそう極端な訳? あなた、友達居ないでしょ」

 仏頂面だったブレッシブは、顔を引き攣らせた。歯をギリっと擦らせるも、態度は変えない。

「話を逸らすな。質問に答えろ」
「入学理由にやましい事は無い!」
「それを判断するのは俺だ。答えろ」

 一向に引かないブレッシブにルカは恐怖を覚える。
(これ、私が答えるまで引かない奴だ)
 とは思うが、ルカは素直に答えられる理由で、夜刀学院に入学した訳じゃ無かった。
 即興の嘘でも吐こうか。いや、王族の前で下手に嘘を吐いても、調べられたら簡単にバレてしまうかもしれない。
 ルカはブレッシブから目を逸らし、両手を握りしめた。

「答えろアブラナル──」
「やぁ、元気?」

 と、場の雰囲気を壊す飄逸な声がブレッシブの背後からした。
 気付かぬ内に背後を取られていた事に驚いて、ブレッシブはバッと振り向く。

「が、学院長……?」

 ルカは驚きの声を上げた。
 瞬きする前は居なかったはずの学院長が、目の前に堂々と立っているのだ。学院長はニッコリと笑って、ルカにヒラヒラと手を振る。

「偶々通りかかったんだ。
 まぁたブレッシブ、喧嘩のバーゲンセールやってるの? ソーユーのはここぞと言う時にぼって売った方が儲かるよ?」
「貴方という人は……! まさか白髪に留まらず、エルフの入学まで黙認しているのですか!!」
「黙認なんて失礼な。公認だよ?」
「なおタチが悪いです!」

 ブレッシブの言葉に学院長はうーんと軽く唸る。
 不安そうな顔をしているルカを一瞥して、学院長は苦笑した。

「白髪はともかく、エルフに害が無いのは確実だからさ。ここは見逃してあげてくれない?」

 それではまるで、白髪には害があると言っているようなものじゃないか。
 聡いブレッシブは眉をひそめるが、今は白髪の話では無い。彼は思ったことを胸の奥にしまい込んでもう一度口を開く。

「信用できません!」

 ブレッシブの声が辺りの空気を叩いて、ルカは思わずビクッと体を震わす。
 うーん、と学院長は唸った。
  
「ブレッシブ。ナンパはもっと紳士的にしよう?」
「軟、派?!」

 ブレッシブはその場で固まった。そんな気など全くなかったからである。それを面白そうに眺めた学院長は、流れるようにルカの手を取った。
 ルカはその自然すぎる動きに驚いて「えっ?」と思わず声をあげる。

「例えば、こうやって」

 と、学院長は軽くジャンプした。足に入れたであろう力と見合わない勢いで学院長は上空へ飛ぶ。
 手を取られていたルカも共に昇った。

「え? えっえ?!」

 ルカは状況が飲み込めない。ブレッシブも同じで、口をポカンと開けて見上げていた。
 唐突に地上十数メートルへ連れてこられたルカは、恐怖で足をバタバタ──出来なかった。
 何故なら、地に足が着いてたからだ。宙に浮いてるはずなのに。まるで透明な地面を踏んでいるかの様。

「足を前に出そうか。そうそう、歩けるでしょ?」

 学院長に手を引かれ、ルカは見えない地面をゆっくりと蹴る。と、たった一歩で数メートル先まで簡単に飛ぶ。
 重力が仕事をしていない。ルカはドッドッドッと鼓動を鳴らしながらそう思った。

「学院長! それでは軟派ではなく誘拐です!」

 小さくなるブレッシブが叫んだ。
 学院長は「はははっ!」と高笑いをして叫び返す。

「なら守って見せてよ勇者サマ!」

 そんなこと出来るわけがない。ブレッシブは遠ざかる学院長とルカを眺め、怒りで拳を握りしめた。
 底が見えない蒼を溜め込んだ空の元、ルカと学院長はゆっくりと歩く。
 マントがバタバタと音をたてる程強い向かい風が吹いて、ルカはそのスピードの速さをヒシヒシと感じた。
 新鮮な感覚に動揺しながらも、彼女は頭上の学院長に言った。

「あ、ありがとう、ございます……」
「どういたしまして! どちらへ向かわれるおつもりで?」
「丘の上の、喫茶店の──狐百合きつねゆり 癒輝ゆうきとの用事があるんです」
「あー、あそこ? 俺も行くところだったからさ、折角だから一緒に行こうか!」
「え、ええっ?!」

 ルカは学院長の言葉にギョッとした。
 学院長が良く言う冗談なんじゃないか、と思ったが、喫茶店が近付くにつれて学院長が本気であることが分かる。

(この人、自分を安売りしすぎじゃない?!)

 一応学院長こと夜刀 月季は、この世界の君主と同等か、それ以上の権力を持つ。今回のようにカジュアルに接せられると心臓にとても悪い。ありがた迷惑であった。
 喫茶店に近付くにつれ、高度も自然と下がっていく。
 学院長の魔法なのは一目瞭然だが、その仕組みはルカも全く分からなかった。
 羽毛のようにゆっくりと落ちる。ルカと学院長は静かに店の前に着地した。学院長は扉を開けて、カランカランッとドアベルを鳴らす。

「こーんにーちはっ。赤髪の青年──ユウキってここに来てる?」
 
 そのまま喫茶店に入って、今に至る。


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