ダーク・ファンタジー小説
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.31 )
- 日時: 2023/04/04 18:24
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: cvsyGb8i)
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◇◇◇
「軟派……軟派?」
話を聞く限り、とても軟派とは思えない険悪さにユウキは困った顔をする。事実あれは軟派では無かった。詰問だ。
学院長はそれを分かった上でふざけている。と分かるユウキとルカは頭を抱えた。ブレッシブも苦労するな、とユウキは思う。
「で、二人は何故この喫茶店へ? 唯のデート?」
「でぇっ?!」
思わぬ学院長の言葉にルカは声を裏返す。ルカにそんなつもりは無いが、そう言われると嫌でも意識してしまうのが思春期だ。
意図せず頬が赤らんでしまって、それが恥ずかしくて余計顔が赤くなる。悪あがきでルカはイーッと嫌な顔をした。
「いえ、人間関係のいざこざで。ルカと相談をしようと──」
一方のユウキは全く意識しておらず、普通に返事をした。
(バカみたい)
ルカは自分だけ変に意識しすぎている事に、また恥ずかしくなった。横を向いて手で顔を仰ぐ。
それを微笑ましく思いながら、学院長はメニューを開いて二人に差し出した。
「なら、学院長がアドバイスしてあげよう。その前にほら、ご注文。早くしないと何も買わない嫌な客になっちゃう」
ユウキとルカはハッと我に返り、じわじわと罪悪感を感じた。早く注文を決めようと、メニューをまじまじと見る。
二人をニコニコと眺めながら、学院長は店員を呼んだ。
「あ、すみません、店員さーん!」
「待っ、私達まだ決まってません!」
「知ってる。だから早く決めよう!」
学院長はしょうもないイタズラを仕掛けて楽しんでいた。学院長ともあろうお方が、と忌まわしく思いながら二人は必死でメニューに視線を走らせる。
焦れば焦るほどアレは違う、これも気分じゃない、と悩んで中々決められない。
と、店員が足早にやってきて聞く。
「ご注文はお決まりですか?」
「あぁ、オススメある?」
学院長の問いかけに、店員は緊張気味に答えた。
「オススメは店長が淹れたコーヒーですね! あとこのフルーツケーキと相性抜群っ!」
「じゃ、じゃあその二つで!」
どっちつかずで決められなかったルカは言う。学院長もルカに続いて「俺も同じのを」と頼んだ。
「俺は甘いもの苦手だからコーヒーと、ビターチョコクッキーで」
「お客さん大人〜! ご注文は以上で宜しいですか?」
ルカとユウキが頷くと、店員は受けた注文を復唱して厨房へ向かった。学院長はメニューを元の場所に戻して二人に聞く。
「そういえば、相談って?」
ルカとユウキは顔を見合わせる。まだ学院長に相談するかどうか悩んでいるのだ。でも二人で話しても解決策は出そうに無い。
数秒躊躇ってルカは口を開いた。
「えっと、ヨウとヒラギが──」
入学式でのこと、選択授業説明会の前に起きた事を大体伝える。何とか和解させたい。そうじゃないと恩人であるヒラギセッチューカに会えない。と、ルカ自身の意思も話した。
あらかた聞き終わって、学院長はうーんと軽く唸って聞く。
「玫瑰秋 桜と、ヒラギセッチューカ・ビャクダリリーは和解を望んでいるのかい?」
ルカは罰が悪そうに学院長から視線を逸らした。
ヨウはヒラギセッチューカとの和解を望んでいないし、ヒラギセッチューカの意思も知らない。
ルカは自分勝手に二人を仲直りさせようとしていて、本人達の意思は汲んでいないのだ。
しかし、ルカはどうしても二人を和解させたかった。
エルフの彼女はどうしてもクラスの輪から外れてしまう。その前に、友達すら出来ないだろう。恩があるというのは都合の良い建前で、本音は幸運に掴んだ友人であるヒラギセッチューカを離したく無いのだ。
それに、ヨウの高慢さを見たルカは、ヨウと仲違いするのは時間の問題、と考えていた。だから余計、ヒラギセッチューカと仲を深めるために会いたい。
ヨウが邪魔なのだ。
「ヨウは望んでないです」
と、ユウキがハッキリ言った。ルカは自分の非が増えた気がして顔を青くする。
「白の魔女という存在がヨウの色眼鏡にどれほど影響してるかは分かりません。ただ、ヒラギの中身が好きでないのは本当、だと思います」
「アレ、クズだもんね」
学院長はケラケラと笑った。
生徒であるヒラギセッチューカを“クズ” “アレ”呼ばわりなんて、学院長も人の事を言えない。
ユウキは不快感の黒霧に胸を包まれてモヤッとするも、話を続けた。
「それでも、俺はヒラギとヨウに仲直りして欲しいと思います。からかうヒラギも悪いが手を出すヨウも悪い。俺らの都合がどうであろうと、お互いに謝るべきなのは変わらないでしょう」
学院長は水を一口飲んで「一理ある」と言葉を零した。
「それで、ヒラギセッチューカはそれを望んでいるのかい?」
「『去る者は追わず来る者は拒まず、なの私は。仲を取り持つなら“ユウキが”精々頑張って』と、ヒラギは言っていました」
ルカはそれが初耳であった。
いつの間にヒラギセッチューカと会って聞き出したのだと驚き、目を見開く。
「なるほど、好きにしろと……」
学院長はそう彫刻の様な綺麗な微笑みを浮かべる。
それがあまりにも不気味だったため、ユウキはゾッとして聞いた。
「えっと、お気を悪くさせてしまったら申し訳ございません」
「いや、そんなことないよ? 怖がらせてごめんね」
さっきの石像の様な硬い微笑みから一変、申し訳なさそうに苦笑した。
ユウキは視線を鋭くさせる。
飄々とする学院長への怒りではなく、微かに湧き出る恐怖からで。
学院長は態度がふざけている事もあり親しみ易いが、ふとした時にゾッとするような、恐ろしい雰囲気を放つ事がある。
ユウキはそれが怖かった。
「玫瑰秋とヒラギセッチューカか……」
学院長は手を顎に添え、窓の外を眺めて考える。ユウキとルカにとって居心地が悪い沈黙が生まれた。
生徒同士の仲は良いに越したことはない。ただ学院長にとってヒラギセッチューカは別だった。
白髪のせいで人々が恐怖するのは良くない。目立つ行動をとって無駄に人々の神経が張り詰められる事となると、余計だ。ヒラギセッチューカがそんな事をするとは思えないが、玫瑰秋が関わると断言は出来ない。
このままの状態でいてくれれば好ましく思うが──
(ヒラギセッチューカと玫瑰秋が和解しないと、アブラナルカミがクラスで浮いちゃうんだろうね)
学院長は無意識にルカを一瞥する。ルカは怯えて身体を震わせた。ルカはエルフであるため、嫌でもクラスで浮くだろう。それでも友人が居ると居ないとでは雲泥の差である。
ルカの友人が多い──居場所があると、他生徒と関わる機会が減る。生徒達が無駄にエルフを怪しみ、怯えることも無くなるのだ。
学院長にとっても、ヒラギセッチューカとヨウには和解して欲しい所である。しかし──
「はぁっい! おっまちどーさま!」
と、明るい店員の声が手榴弾の如く学院長の思考と場の沈黙を破った。
声をかけられるまで店員の存在に気付けなかった学院長は、驚いてバッと店員の顔を覗く。暗赤色の瞳に映ったのは、そこら辺に居るような存在感の無い普通の顔だった。
「店長のオリジナルブレンドコーヒー二つとフルーツケーキ二つ! ビターチョコクッキーでーす!」
店員はハイテンションで、お盆の品を机に乗せてゆく。コトンッと、机に陶器が擦れる音が不規則に鳴る。
目の前に置かれたコーヒーから出る湯気が、ユウキの頬を撫でた。スンッと一息吸ってみると、香ばしくもフルーティーと、矛盾した温かいアロマが顔面の内側全体に広がった。
美味しそうなコーヒーだ、とユウキは自然と口角があがる。
と、注文した記憶のないスイーツが一種類。
ルカは怪訝そうに聞く。
「店員さん、ナニコレ?」
白い皿に乗った無地の枡が三人の前に置かれた。枡の中には鶯色の豆腐が入っていて、上から濃い緑の粉末がかけられている。
匂いを嗅いでみると抹茶の香りがする。初めて見る食べ物にユウキとルカは首を傾げた。
「抹茶の粉末を入れた蒸しプリン。抹茶プリンです!」
「ネーミングまんま何ですね。でも、私達頼んで無──」
「店長がサービスと。是非召し上がってください!」
店員が白皙の手を広げて、どうぞとジェスチャーを行った。サービス──学院長が居らっしゃるからか。とユウキは納得する。
学院長は枡を両手で軽く覆い、笑って言った。
「ありがたく受け取らせてもらうよ。あの頑固者店長にお礼言っといて?」
「会計際に店長を呼びます。その時にご自身でお礼してくださいっ。では、ごゆっくり」
店員はお盆を胸に、綺麗な一礼をして空気に溶け込むように去っていった。
5.>>32