ダーク・ファンタジー小説
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.32 )
- 日時: 2023/04/04 18:24
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: cvsyGb8i)
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ルカは枡をチョイチョイと突っついて顔を顰める。
「あの抹茶の粉末を入れたプリン……。美味しいのかな?」
ルカが想像するのは、ミルクで柔らかくなった卵黄色に、キャラメルをとろりとのせたプリン。
あんな甘いデザートに苦い抹茶を混ぜるだなんて、想像力が一歩道を間違えればゲテモノ料理認定してしまいそうだ。
ユウキも、ルカと同じように、密かに抹茶プリンに嫌悪感を抱いていた。
抹茶プリンの前に葛藤するルカを見て、クスッと笑う学院長は言う。
「百聞は一見にしかずだ。一口だけでも食べてみない?」
学院長が言うなら──と、二人は木のスプーンを手に取った。
粉末越しと言えど、光を反射する妖艶な鶯色。それを一すくいした。粉末が升の受け皿に少し零れ、ぷるんっとゲルが分裂する。
雨上がりの若草の様にキラキラと輝くソレを近づけると、濃縮感ある抹茶のいい香りがした。
ルカは香りに引き寄せられて、抹茶プリンを口に運ぶ。軽い力でプリンが崩れ始めた。口の中でほろっほろっ、と。普通のプリンより柔らかくは無いが固すぎず、自然と口と一体化してく。
抹茶だから苦いと身構えていたが、ルカは肩透かしを食らった。それも良い意味での。抹茶は苦味を楽しむとモノと思っていた。けど違った。
プリンの甘みで苦味が消えて、抹茶の旨みしか喉を包まないのだ。かと言って完全に苦味が消えたわけじゃない。甘みと上手く溶け合っている。とてもおいしい。
(でも、もっと柔らかいプリンが好きなのよね。これはこれで美味しいけど合わないかも)
口の中に広がるほろ苦味を感じながらルカは思った。と、異変が起こる。プリンがトロトロに溶けてきた頃、全ての苦味を包み込む様な甘みが広がった。
私は考えが浅かったかもしれない、とルカはハッとする。このプリンはこの固さでいいのだ。逆にこの固さでないとダメだ。
柔らかいプリンは口に入れた瞬間、溶けるように消えてしまう。そしたら、後に広がる抹茶プリンの甘さを感じられない。
甘味を噛み締めるためにわざと口の中に残りやすい、硬いプリンになっているのだ。
「プリンおいひぉ……」
ルカはつい声を出した。しかし、パクパクとプリンを口に運んでいて発音が出来なかった。
プリンを平らげてしまったルカは、フルーツケーキに手を出す。
白いクリームを身にまとい堂々と佇む三角形のケーキ。イチゴやオレンジ、ビワやメロン、野いちご、旬の宝石が溢れんばかりに乗せてある。こういうケーキはどこから切ったらいいのか分からない。
取り敢えず、と野いちごが乗る三角形の先端にフォークを刺して口に運んだ。野いちご独特の酸味がパチパチっと弾け、生クリームがそれを優しく包み込む。
酸味と甘みのバランスの良さで口角が上がった。
今度はイチゴとメロンを一気に食べよう。ルカは大口を開けてケーキを頬張る。イチゴとメロン。一緒に食べることなんて基本ないけれど、彼女は美味しいと確信していた。
実際、美味しかった。ジューシーな二つの果物。
どちらも糖度が高く舌触りも良い。それらを包み込む甘い濃厚なクリームとスポンジ。甘みが口のなかいっぱいに広がって幸せな気分だった。
甘いのが苦手なユウキは、ルカのフルーツケーキを見て顔を顰める。手元のビタークッキーに手を伸ばし、サクッと音をたてて食べる。うん、おいしい。ユウキは思った。
喉が渇いたからと、ルカはコーヒーに手を出す。苦いのは嫌いな彼女はミルクと砂糖をたっぷり入れた。口に僅かに含み、香りを楽しんで喉に通す。じんわりと広がる苦味と共に甘味が喉元を覆う。いつも飲むコーヒーと変わらない。ルカは、コーヒーの違いなんてよく分からなかった。
しかし、口内にベットリとついた甘さの残滓をコーヒーで優しく拭いとる感覚は癖になりそうだ。
「そんなに美味しいかい? ここの食べ物は」
ルカを微笑ましく眺める学院長が聞いた。
自分が満面の笑みだった事に気付いたルカは恥ずかしくなる。
「はふっ 学院長せんせへぇ」
「アブラナルカミ君。口のものは飲み込んでから話そうね」
指摘されたルカは急いで口の中の物を飲み込む。
「学院長って何処にでも居ますよね」
「よく言われるよ。でも学院の外にはあまり行かないかな。君たちはラッキーだ」
学院長は肩を竦めた。
(確かに学院長を外で見ることは無いかも)
でもそれは、学院都市が広いからだろうとルカは思っていた。学院長は思ったより忙しそうである。
「そろそろ話に戻ろうか」
学院長の言葉で、ユウキとルカは動きをピタッと止めた。学院長は「いや、食事は続けてていいよ」と苦笑いする。
「まず前提として、他人の関係にとやかく言うのは大変無粋な事だ。それを理解した上で、俺の話を聞いて欲しい」
この場に居るユウキ以外は利他的な感情ではなく、立場の都合でヒラギセッチューカとヨウを和解させようとしている。
ルカはそれを責められるかもしれない、という恐怖を抱きながら頷いた。ユウキは学院長の言葉に罪悪感を覚えながら、ルカと共に静かに頷く。
「二人を真の意味で和解させる方法はあるにはある。しかし、性格の相性を考えると効果は薄いだろう。ここは二人の和解を諦めた方が早いかもしれない」
「和解を……?」
意味は分からないが、不穏に感じたユウキは復唱する。学院長はコクリと頷いた。
「要は、ヒラギセッチューカと玫瑰秋が文句言わず共に行動出来ればいいわけだ。ヒラギセッチューカに君達との行動を強制させとくよ。
玫瑰秋は嫌な顔するだろうが、アブラナルカミとユウキから離れるような事はしない。彼は義理堅いからね。時が経てば二人共諦めて大人しくなるだろう。これで解──」
「ちょっと待て!!」
バンッと机を叩いてユウキは立ち上がる。荒々しい怒声が店内に響くが、客が居ないのは幸いであった。
ユウキは自分の行動にハッとして「すみません」と一言謝る。が、意思は変えない。
「それではヒラギとヨウの意思が反映されません。強制なんて、やめてください」
「でもそれが一番良くない? 取り敢えず同伴させときゃ自然と和解するかもしれないよ?」
「ヒラギが、可哀想だ」
学院長とユウキの雰囲気が悪くなってルカはビクビクする。しかしユウキと同意見ではあった。ヒラギセッチューカとヨウが可哀想だ。
でも、エルフである自分がクラスで浮かないための、一番確実な方法。ルカは何も言えなかった。
「はは、ヒラギセッチューカが可哀想、ねぇ」
「感情論では、いけませんか」
顔をしかめるユウキに、学院長はケラケラと笑って「違うよ」と言った。
「君達の都合で、嫌いな人と和解しなきゃならないヨウも可哀想とは思わない? いや、寧ろヨウの方が精神的に苦しいだろう」
ユウキとルカが望む和解も、ヨウの意思が反映されていない。学院長がやろうとしてる事と変わらない。
気付いたユウキを罪悪感の大津波が襲った。ワナワナと震えて俯くユウキに、学院長は追い打ちをかけた。
「最初にも言ったが、まず人の関係をとやかく言うこと自体が無粋だ。罪悪感を覚えるのが遅いよ狐百合 癒輝」
一音一音が弾丸となってユウキの胸を貫き、蜂の巣にする。その感情への処理が追いつかずユウキは動けなかった。
ヨウとヒラギには仲良くして欲しいし、仲は悪いよりも良い方がいいし、入学式で互いにした酷いことへの謝罪をして欲しくて、ヒラギの友達を増やすことも目的にあって、でも二人の意志を無視するのはいけない事だし──
何をして欲しいとか、人は仲良い方が良いとか、謝罪だとか、ヒラギセッチューカへの押し付けがましい善意だとか。典型的に良いとされる”正義”が彼の情緒をぐちゃぐちゃにしていた。
学院長はフルーツケーキを綺麗に平らげ、コーヒーを優雅に一口飲む。
「そんな悩む必要はないと思うよ。自分の何がしたい、って気持ちを一番にさせるべきじゃないかな」
彫刻のように綺麗な微笑みを作って、学院長は言った。
「俺は十分自分の気持ちを優先させてます。これ以上は、自己中になるだけだっ」
「その、自己中になってみない?」
ブチブチっと自分の堪忍袋の緒がちぎれかける音が大音量で聞こえる。ユウキは、胸の奥のドロドロとした漆黒をゆっくりと吐き出して、ドスの効いた声を出す。
「意味、分かって言ってますか」
「うん」
学院長は見抜いていた。
ユウキの心情も、”ユウキ達”の存在意義も。
が、何も知らない者からしたら二人は何を言ってるのかちんぷんかんぷんだ。ルカは訳の分からない話に恐怖を助長され、ただその場でビクビクすることしか出来なかった。
「欲こそが君の至高でしょ?」
学院長の言葉でユウキは唇を噛む。ギリっと音がして、鉄の味が微かに広がった。火傷したような痛みにハッとしたユウキは力が抜けて、ストンッとその場で座る。
うるさい、うるさい、うるさい。
聞きたくない言葉をストレートに言われたユウキは、子供のように胸の中でごねていた。それを苦い漢方のように飲み込んだユウキは、表情を戻す。
「それは、違います。けど言葉は返せない」
何事も無かったかのように苦い顔をする。
学院長は「そっか」と言って、ユウキと入れ替わるように立ち上がった。
「俺も悪魔じゃない。ああは言ったが、考えてるだけで行動に移す気は更々ないよ。人の関係にとやかく言うのは無粋だしね」
学院長は伝票を一瞥して、財布を開きながら話を続ける。
「俺が言いたいのは唯一つ。他人の意志を蔑ろにしたらいけない。
ま、本人達に任せてればいいと思うよ。勝手に仲直りして、ひょっこり一緒に顔を出すかもだしね」
伝票に書かれた代金とぴったしの硬貨と紙幣を置いて、学院長は席を立った。
ユウキとルカは白昼夢を見ているような気分でそれを眺める。
「あ、店長ー!」
と、学院長は厨房に向かって叫んだ。
ガッシリした体つきに真っ白いエプロンを着た老人がのっそりと出てくる。
「なんだ騒がしい。店では叫ばないでくれ」
「抹茶プリン、サービスしてくれたんだって? 生徒の分まで、ありがとうね」
「それだけならさっさと去れ」
塩対応な店長に学院長は思わず苦笑した。店長の後ろに隠れるように立つ店員に視線を移す。
「店長、店員の調子はどう? 役に立ってる?」
「まあまあ」
「ああ、そう。抹茶プリンとかフルーツケーキとか、考えたの君でしょ? 凄いね」
店長一人の時は、店のメニューのレパートリーは渋い上に少なかった。抹茶プリンの様な風変わりなモノを店長が作るわけない。
学院長はしゃがんで店員と目線を合わせ、そう言った。
「どうも」
「ねぇ店員さん。喧嘩はいけないね」
「急に何です」
「悪いことしたら、謝らなきゃいけないね」
「だーかーらっ! 急になんですかっ!」
店長に隠れて怒る店員を見て満足した学院長は、彫刻の様な微笑みのまま背を向けた。
「ご馳走様でした〜」
カランカランッ
場の空気に似合わない、陽光の様に明るく軽いドアベルの音が店内に波紋を作った。何も考えずぼーっと学院長達のやりとりを眺めていたユウキは、空っぽな言葉を投げた。
「何も、出来ねぇな……」
ルカは頷いて、すっかり冷めたコーヒーを一口飲む。
信じられないほど、甘かった。
6.>>33