ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.33 )
日時: 2023/04/05 16:15
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: 2jjt.8Ji)


 6

《ヨウ》

 ぽつぽつと無数の雫が跳ねる音が室内に木霊している。ページをめくろうとして、俺は顔を上げた。
 視界の端に映る窓の外には絹糸の様な五月雨がしとしと、と単調に降っている。いつの間に降っていたんだ。
 驚いて時計を見て、図書室に来てから数時間経っていた事に気付く。

 俺は動揺を隠すように背伸びして、持っていた本を棚に戻した。
 背表紙をなぞって名残惜しくも手を離す。『夜刀 歴史記録』と書かれた厚い本が巻数順に並ぶ様子を眺めたあと、俺は絶望を一つ吐いた。

 学院に入学したは良いものの、親父の手がかりは0に等しい。
 かと言って有効な情報収集方法案も浮かばず、ダメ元で学院都市にある図書を片っ端から読むことにした。
 学院都市には学院内のを省いても図書館が幾つもある。それらを虱潰しに回って、この学院の図書室が最後だ。
 エルザ先輩が言ってた通り、白蛇教の資料は公にされていなかった。そもそも“白蛇教”という単語すら一回も見なかった。
 情報管理が徹底され過ぎていて、白蛇教は俺の妄想じゃないかと一瞬思いかけたぐらいだ。ダメ元で図書館を調べていたから然程落胆はしないが、情報収集の方法がもう無い。
 どうしたものか──

 俺は意味もなく、しまった本をもう一度取り出した。『夜刀歴史記録』は名の通り歴史の本だ。
 しかし、史実と共に神話からエルフのような幻に近い生物に出来事まで、時系列順に記録されている。
 だからこそ白蛇教の手がかりもあると思ったんだが。

「そこに目当てのものはないと思うよ? 少年」

 気付かぬ間に俺の両肩には誰かが手を添えていて、少し体重をかけられていた。
 耳元から悪寒が身体中を駆け抜ける。吐息がこしょばくて変な声が出てしまって恥ずかしい。反射的に口に手を当て素早くその場から離れ、後ろの人物と目を合した。

「『ふはひぁっ!』だってさ! 案外愛くるしいね少年って」

 真っ黒い狐面から零れ落ちた白髪の隙間から見えたのは、俺を嘲笑う白皙の顔だっだ。認識阻害の狐面で俺に近付いたビャクダリリーは、俺の吃驚を真似てクスクスと笑う。
 怒りと恥ずかしさで血液が沸騰したように熱くなって、顔が赤くなってると嫌でもわかった。息をかけられた耳を抑えて歯ぎしりし、ビャクダリリーをキッと睨む。

「何の用だビャクダリリー」

 ビャクダリリーを見るだけでも嫌気がさすのに、嘲笑されるなんて今日の俺はとてもツイてるらしい。反吐が出る。
 俺はバタンとわざとらしく大きな音を出して本を閉じ、棚にしまう。

「愛しの玫瑰秋 桜に会いに来たっ」

 ビャクダリリーが余りにも朗らかな笑顔で気色悪い事を言うもので、俺は雨音をかき消す勢いで大きな舌打ちを打ってやった。
 ビャクダリリーは肩を竦めて苦笑いする。

「てのは半分冗談で──」

 十割冗談であって欲しかったよ。

「話したい事があって、ヨウを探してた」

 話したいこと? 気まずい空気に耐えられず、ビャクダリリーがしっぽ巻いて逃げてから早半月経っている。
 今更俺を探してた──だなんて、滑稽で笑いが出ちまうよ。
 
「愛の告白でもしに来たか?」

 ビャクダリリーをバカにするつもりで言った。
 
「して欲しいなら“愛してる”って毎分でも言ってあげるよ?」

 思ってもみなかった回答が悪寒となって、足元から電流の様に駆け抜ける。
  
「なら俺は毎分受ける恐怖と憎悪を乗せた拳をぶち込んでやる」
「そんなに私嫌い?」
「生理的に無理」

 ビャクダリリーは「結構ショック」と肩をすくめるも、せせら笑いを浮かべていてショックを受けている様に見えない。
 俺はビャクダリリーから顰蹙を買おうと必死なのに、全く効果がないのがイラつく。

「用が無いなら俺の視界に入るな綿ホコリ」

 素直に苛立ちをぶつけて、クルリとビャクダリリーに背を向ける。
 司書さんですら不在で誰もいない図書室に、俺の冷たい足音がカツカツと響く。

「極力少年と関わる気は無い。ただ──」

 俺の背を押すビャクダリリーの声は冷たかった。
 さっきとの余りの温度差に、思わず俺はビャクダリリーの方を向く。

「無駄に首を突っ込むな、とだけ」

 と言われても。
 俺は自らビャクダリリーと関わろうとした記憶なんてない。コイツは何を言いたいんだ?

「なんの事だよ」

 ビャクダリリーが、俺を指差す。

「ディアペイズ第十軍騎士団長 玫瑰秋 晟大」

 何故、ビャクダリリーがその名を呼ぶ。
 
 裏側まで見えてしまいそうな程透き通る透明な瞳の中で、目をカッと開いて、刺すように前を睨む黒髪の少年が立っていた。
 室内に十、百、嫌、千以上の雫が破裂する音がガラス越しに響く。 
 黙っているビャクダリリーは息を吸って、吐いて。表情の氷を溶かして、ニヘラと笑う。

「白蛇の巣穴に手を出すと、後ろから首を噛まれるよ。かぷっ、て」

 ビャクダリリーはパクっと、あざとく虚空を口に孕んだ。
 俺は、どんな表情でそれを見ているのだろう。この燃え上がる感情を、何と呼ぶのだろう。
 玫瑰秋 晟大、白蛇、噛まれる。それらがようやく頭の中で一つに繋がった。白蛇教と関わるな。そう、ビャクダリリーは言っているんだ。

「なんでお前が、白蛇教の事を、俺の目的を、知ってるんだ」

 ビャクダリリーはハッキリ“白蛇教”と言ったわけじゃないし、もしかしたら全く別の事を指していたのかもしれない。
 それでも、俺は焦燥感に耐えられず早合点した。
 
「その言葉、余り声に出さない方が良いよ?」

 ビャクダリリーの発言で俺は確信する。コイツは、白蛇教の事を言っている、と。

「質問に答えろ! ヒラギセッチューカ・ビャクダリリーッ!!」
「そう、なるよね」

 苦笑いして肩を竦めるビャクダリリーは「用事はこれだけ」と、クルリと背を向ける。
 お前の用事が終わっても、俺の用事が終わってない。いや、元々そんなの無かったが。今出来たんだ。
 コイツから何としてでも情報を引き出さないとッ──!

「待てビャクダリリー!」

 手を伸ばした先に居るビャクダリリーは振り向かないまま狐面を被った。途端、彼女の気配が薄くなって姿が見えにくくなる。
 認識阻害は厄介だ。一瞬でもビャクダリリーの姿形を見失うと、再認識するのは難しい。ビャクダリリーを見失わぬよう必死で目を凝らして追いかけるも、段々ビャクダリリーの存在が消えていって、認識出来なくなる。ただ、彼女特有の薬臭さは健在だ。姿が見えなくとも何となく存在が分かる。

 図書室を出て、廊下を走って、何度も転移陣を踏む。先生に廊下を走るな、と注意されてもスピードは緩めなかった。
 さっきよりも強くなった雨がボトボトと屋根を叩く。
 誰かが閉め忘れたのだろう窓から入る生臭い雨の臭いと、湿気が手足を這って気持ちが悪い。生暖かい息を何回も吐いて思った俺は、気付くと縹校舎に辿り着いていた。

 ビャクダリリーの臭いがしない。多分、雨で消えてしまったんだろう。けど、ビャクダリリーはこの縹校舎に居る。さっきまでは微かに薬の臭いがしたんだから。
 俺が間違うはずがない。
 思いながら廊下を彷徨く。
 午前の必須授業以外では使われない午後の校舎は伽藍堂で、少し怖い。
 雨で天気が悪いことも相まって、何かの拍子にふと、俺自身が溶けて消えてしまいそうだ。いや、何を考えてるんだ俺は。そんな事起こるわけが無いだろう。

 気持ちを切り替えよう。
 ビャクダリリーはこの校舎にいると仮定して、アイツが向かいそうな場所。考えてみれば簡単に分かるだろう。俺達の所属クラスである〈一クラス〉の教室だ。
 ガラッと教室の戸を開ける。灰色の光で飽和した教室は誰もいなくて、沈黙に満ちていた。
 俺は躊躇いなく歩を進める。

「ビャクダリリー、居るんだろ!」

 俺の席。の前にある席に向かって叫んだ。滲み出る汗を拭い呼吸を整えて、虚空を睨みつける。

「なんで分かるかなぁ」

 と、思いの外早く観念したビャクダリリーが姿を現した。椅子に座って苦笑いするソイツは、狐面を袖にしまって立ち上がる。

「聞きたい事がある。大量にな」
「だろうね。けど答える気は無いよ。なんか思わせぶりなこと言っちゃってごめんね?」

 端からビャクダリリーが俺の質問に答えるとは思って無かった。なら無理にでも答えを引き出すしか無い。
 どんな手を使ってでも──

「お前も知ってるだろうが、俺は玫瑰秋 晟大の息子だ。金なら、いくらでもある」

 汚いが故に誰も触れる事が出来ない親父の財産や、死亡確認が取れてないからと未だディアペイズ軍から振り込まれる親父の給料が、俺の懐にそのまま入ってくる。そこら辺の貴族など鼻息で飛ばせる程の金を、俺は持っているのだ。
 普段は金で物を言わせる様な汚い事などしないが、今回はそんな事言ってられない。

「お金、か。ちょっと揺らぐなぁ……」

 ビャクダリリーの言葉を俺は逃さなかった。
 
「金だけじゃない。物品も知識も地位も。欲しい物なら俺のコネを使ってなんでもくれてやる!」
「必死すぎて怖いよ少年。言えることは何も無いよ。幾ら積まれても、ね」

 唯一俺がビャクダリリーに与えられる物だったのだが、やんわりと拒否されてしまった。
 ならば──

「私は忠告──というか、お願いをしに来ただけで。要するに、少年に首を突っ込まれるとこっちの都合が悪くなるんだ。危険地帯に踏み込むかどうかは君の自由だけど、踏み込むからには私も容赦できないし──」

 俺を必死で丸め込もうとビャクダリリーは言葉を連ねるが、何一つ響かない。

 この教室──嫌、校舎には俺達意外 人が居ない。
 今、俺がコイツに何をしようがバレるリスクは少ないと言うわけだ。殺しまでするつもりは無いが、誘拐しても、殴り倒しても。
 証拠隠滅を測ればリスクをゼロに等しくさせることも可能だ。
 

 情報を吐くまで、嬲り倒してやる。


 
 7.>>34