ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.34 )
日時: 2023/04/05 16:29
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: 2jjt.8Ji)


 7


 俺達の日常にありふれる魔法に必要な要素は3つ。
 
 一つは、万物の源と言われる〈魔素〉
 何処にでも漂っていて、俺達の体中にも血流の様に決まった流れを作って巡っている。
 魔素が尽きても死ぬことは無く、体にとっては薬にも毒にもならない。
 
 二つは〈ゲート〉と呼ばれる器官。
 全生物に備わっている概念に近い器官で、魔素の出入口となっている。ゲートを介さない魔素の放出、吸収は大変危険だ。最悪、魔素逆流を起こす。
 
 三つは構築。
 魔素をゲートから通すと任意で発動する魔法は、上手く魔素を体内で練って構築しないと発動しない。
 この“練る”が難しい。例えるなら、脳内のミルクパズルを組み立てる様なもので、一瞬で魔法を発動出来る者はほんのひと握りだ。
 それを助けるのが詠唱。
 細かいピースのミルクパズルから、色付きの大きいピースのパズルの様に、難易度がグッと下がる。

 それでも慣れていないと使うのは難しく、魔法、というのは一朝一夕で使えるものじゃない。
 ただ、初級魔法は万人向けに作られていて──

「〈いち暗槍やみやり〉」

 俺でも、使うことが出来る。

「っ?!」

 ビャクダリリーが声にならない声を零し俺を見やる。と同時に俺の魔法が発動。
 手元にバット程の、鈍く光る黒紫色の結晶が現れる。
 ビャクダリリー脳天目掛けて思いっきり振り上げた。

参氷塊さんひょうかい!」

 一回の瞬きよりも速くビャクダリリーが唱えた。
 反応が早い。
 ビャクダリリーを守る氷が床から生えた。
 暗槍がぶつかってカンッと軽い音が鳴る。
 黒紫の結晶の破片が飛び散って、暗槍は魔素である光となって消えてしまった。

 暗槍は所詮、魔素を実体化させただけの初級魔法。
 耐久性は無いと分かっていてもチッと舌打ちを鳴らしてしまう。

「交渉がダメなら力ずく、って事?」
「理解が早くて助かるよ魔女」
「冗談だったんだけどなぁ、目がマジじゃん……」

 氷塊を盾にして俺の顔を覗くビャクダリリーの表情には、困惑が見えた。
 「壱・暗槍」とゆっくりと唱えて、俺は強度な魔素の結晶を作る。

「お前が簡単に吐くとは更々思ってない」
「内容が内容だしね。下手吐いたら私も身が危ないからさ。少年の身も危うくなるし、大人しく手を引いた方が──」
「教室がダメなら別の密室で。魔法がダメなら道具で。道具がダメなら拳で。拳がダメなら爪で、歯で。お前の肉を抉って、吐き出させる」
「わーお下手吐いたから現在進行形でピンチだったよ私」

 魔法が完成してさっきよりも硬い結晶が現れる。
 それを力任せに氷塊へぶつけた。
 氷塊がバリンッ! と音立てて砕ける。氷の飛沫が顔にかかってちょっと冷たい。

「教室で暴れるのは流石に不味いよ?」

 ビャクダリリーは氷の破片をかわす。余りに自然な動きで、俺は暗槍を持つ手を掴まれてしまった。
 布越しでも分かる冷たさと、恐ろしい程の白い手が不気味でゾッとする。恐怖をかき消すようにビャクダリリーをキッと睨んで言った。

「なら大人しく吐くか、捕まれ」
「どっちも気持ちだけ受け取っとくよ」
「意味が分からないっ!」

 白皙の手を振りほどこうと力を思いっきりいれた。が、全く動かない。石に掴まれてるみたいだ。
 ビャクダリリーの力が思いの外強い。
 細くて弱々しい腕のどこからそんな力が湧いてるんだ!
 けどこっちだって策はある。

 ──指を折るように。呼吸をするように。思考を働かせるように。
 形容出来ないほど自然すぎる感覚が体を駆け巡って、体が熱くなる。力が湧き出る。
 もう一度、俺は腕を振り上げた。

「お、わぁっ!」

 さっきの力の差が嘘のよう。
 ビャクダリリーは俺の力に負けて手を離し、バランスを崩して後退る。
 馬鹿だな。その先には机があるのに。
 ガシャンと机にぶつかったビャクダリリーの怯みを、俺は見逃さなかった。

「ゲボッ!」

 俺の拳がビャクダリリーの顔面に入った。
 机がビャクダリリーの体重で倒れて、椅子や隣の席も巻き添えにする。
 ガラガラと積み木が倒れる様な音が室内を叩く。

「いっつ、何で、急に力が強く……」

 鼻から垂れた血を拭ったビャクダリリーの頬に、赤い爪痕が残る。
 吃驚香るビャクダリリーの表情に、堪らず気分が良くなった俺は自慢気に言った。
 
「〈加護〉って存在ぐらいは、お前も知ってるだろ?」
「えーっと。特定の種族とか個人が持つ体質──だよね?」
「模範解答は“世界からの祝福”だ」

 おもむろに立ち上がって机を直すビャクダリリーを冷笑する。
 世界から選ばれた種族、或いは個人が生まれつき持つ力を〈加護〉と呼ぶ。
 力の内容は様々だが俺の場合──

「魔素量と筋力を大幅アップさせる、て解釈でおーけー?」

 さっきビャクダリリーを突き飛ばした所で察せられたか。
 それでも魔素量の増幅まで言い当てるなんて。

「その通りだ」
 
 ビャクダリリーに加護を見透かされてドキッとするも平静は保てた。でも調子に乗って余計なこと言ってしまったな。と、後悔して口に手を当てる。
 俺の加護は“魔素量と筋力を一時的に増幅させる”ものだ。生まれが特殊だから、個人的なものか種族的なものかは不明だが。
 机を直し終わったビャクダリリーは、両袖に腕を入れてヘラっと笑う。

「待ってくれてあんがとさん。少年って根は優しい方?」
「ふざけるな」

 反射的に言葉が零れた。ビャクダリリーは苦笑いする。
 加護と魔法で十分脅せたと思ったから待っただけであって、ビャクダリリーに情をかけた記憶は一切無い。反吐が出るから勘違いしないで欲しい。

「戦闘は気が乗らないなぁ。こう見えて私、今は体調がすこぶる悪いからさ。今回は見逃してくれない?」

 ビャクダリリーはあざとく小首を傾げる。こんな状況でもふざけるなんて、俺を煽ってるのか。 
 発言的に俺の力に恐怖したようだが、素直になる程じゃ無かったらしい。
 
「無理、と言ったら?」

 暗槍を構える。応えるようにビャクダリリーも袖から木刀を取り出す。
 袖に木刀何て簡単に入らないだろう?!
 物理法則を無視したその様子に、俺の脳が不具合を起こして思考が止まる。
 いや、よくよく考えればおかしい事ではなかった。アレは制服についてる機能の一つだ。
 
 制服には、かけられた魔法による機能がいくつかある。その内の一つである袖の収納を使ったんだろう。
 使い手が限られる大変希少な空間魔法によるもので、限度はあるものの、多くを収納することが可能だ。
 全生徒の制服にそんな機能が備わっているだなんて滅茶苦茶だが、それをも可能とするのが学院長である。
 といっても、貴重な機能であることには変わらず簡単には慣れない。

「ちょっと痛くする」

 木刀で俺を指して、ビャクダリリーは返事した。
 ちょっとやそっとの脅しや誘惑は彼女には効かない、ということはもう理解した。
 ならば、俺が何をしてもビャクダリリーは文句を言えまい。だって、答えないコイツが悪いんだから。

「ちょっとで済むかな!」

 咆哮と共にビャクダリリーの顔面目掛けて暗槍を下ろす。
 人は顔面に無駄に気を使う。きっと一種の弱点だ。

 カンッとまた乾いた音が鳴る。木刀で防がれた。
 けれど俺の力に耐えられず、木刀が震えている。力は俺の方が圧倒的だ。
 このまま鍔迫り合いに持って行けさえすれば、勝てる!

 しかしビャクダリリーも馬鹿じゃなかった。
 素早く俺の力を受け流した。思いっきり力を入れていた暗槍がガンッと床に落ちる。衝撃が静電気の様に腕を駆け巡って思わず顔をしかめた。
 
 ビャクダリリーも同じ事に気付いたらしい。俺に力では勝てない、と。
 もしかしたら、何かしら対策をしてくるかも知れない。けど俺は思考を停止させた。
 だって力で押し切れるんだから。小細工何て俺には効かないだろうし考えるだけ無駄だ。

「俺が首を突っ込むとビャクダリリーの都合が悪くなる、か。何でわざわざそれを俺に言う? 忠告にしても、直接言う以外にもっと方法があったはず、だろ! 」

 もう1回暗槍を振るう。
 ビュンッ! と通常の俺では鳴らせない、大きな風きり音が気持ち良い。ただ、それは空振りの証拠でもある。
 ビャクダリリーは紙一重で俺の攻撃をかわした。ゆらゆらと蛇のような動きが気持ち悪い。攻撃が当たりそうで当たらないから余計だ。

「他の方法って?」

 ビャクダリリーの表情から笑みが消えて真顔になる。

「不意打ちで俺を倒すとか、遠ざけるよう誘導するとか。攻撃されるリスクも考えず直接コンタクトをとって、更に情報まで与えるなんて。笑いが出る程のバカだなお前!」
「それ、は──」
「それとも、俺を黙らせる程の力を持ってると慢心でもしてたか? ああ常に慢心してたなお前は。自分より圧倒的に強い相手を、入学当初から嘲笑してたんだからなぁ!」

 腕を振り上げる。風きり音。また振り上げる。空を切る。もう一回、もう一度、今度こそ。
 何回やってもビャクダリリーに暗槍が当たらない。
 けど手応えは十分にある。
 焦りの表情が見えているのだから。あの俺を嘲笑ったビャクダリリーの表情から 、だ。

 自分の口角が自然と上がる。いい機会だ。
 ビャクダリリーの吠え面でも拝んでやる。

「傍観者が作った正義ヅラ? 白髪が他人の正義ヅラ拝めただけ感謝しろよっ!」

 入学式にビャクダリリーに言われた言葉を思い出す。あの時、俺は殿下に喧嘩を押し付けられたビャクダリリーを心配していただけなのに。
 思い返しただけでも腸が煮えくり返る!!
 
「俺がブレッシブ殿下に加勢して、お前をボコボコにしてやっても良かったんだぞ? 一回の拳で抑えてやったんだぞ! それだけでもありがたいと思えよ魔女風情がっ!!」

 徐々にビャクダリリーの動きが鈍くなる。と、微かながら暗槍が木刀に触れる。
 もう攻撃が当たるのも時間の問題だ。
 
 いい加減白状しろビャクダリリー。無駄な抵抗なんて辞めて、懇願しろ。
 こんなことはもう辞めて、と。床にめり込む勢いで土下座し、吠え面をかけ。
 お前の醜態を俺の目に焼きつかせろっ!
 
「少年の為──と言ったら、信じてくれる?」

 俺の悪態にビャクダリリーはそう答えた。
 無理に口角を上げて俺を睨む白皙の顔。それが心底気色悪い。
 
「どちらにしろ、お前への嫌悪が濃くなるだけだ」

 カンッ!
 何回も聞いた軽い音と共に、腕に重みがかかる。当たった──いや、正確には当てられたと言うべきか。

 窓際の机に追い詰められたビャクダリリーは、避けきれず暗槍を木刀で防いだ。
 でも都合が良い。鍔迫り合いに持っていけたんだから。

「うっ、ぐぅ……!」

 必死で暗槍を押し返そうとビャクダリリーが唸る。この状態だと受け流す事も出来まい。
 いい気味だ。俺は無慈悲に力を込めた。

「〈弐・氷花〉! 」

 初級魔法の詠唱?! 危機感を覚えて俺は下がった。
 ビャクダリリーの詠唱から魔法が発生。
 薄藍色の幾枚の花弁が、ビャクダリリー周辺に現れた。風がふわっと花弁と白髪を撫でる。
 
 ビャクダリリーが「いけっ」と極小の息を吐いた。
 触ってしまえば溶けて消えてしまいそうな儚さの花弁が、全て俺に向かった。

 避けきれない。数が多すぎる!

 俺は袖で顔を覆う。と同時に花弁が服を叩いた。
 攻撃を軽減する様に作られている制服の前では、初級魔法など無力だ。しかし肌に当たると一溜りも無いだろう。
 花弁が床に落ちてバリンバリンと音を立てる。

「痛っ……」

 頬に花弁がかすった。火傷したように熱くなる。鉄の匂いがする。
 初級魔法なのに、切れ味が思った以上に良い。これじゃあ近付けない。
 けど魔法も無限に出せるわけじゃない。いつか攻撃は止む。
 その時に──!

 ガラッ

 窓が開く音を鼓膜がキャッチした。ビャクダリリーが窓を開けたのか。でもなんで?
 丁度花弁が止んだこともあって、反射的に顔を上げた。

「なに、やってんだ?」

 理解が出来ないビャクダリリーの行動に、そう俺は声を漏らす。
 窓枠に座るビャクダリリーが、俺を見下してた。 

 大雨粒がビャクダリリーを叩くのに。ボタボタと不規則に音を鳴らすのに。当然の様に沈み込んだ静寂に溺れそうになる。
 水を孕んだ衣類に纏わりつかれてるビャクダリリーは、澄ました顔で息を吸う。
 雨で淡雪の様に溶けてしまいそうな。瞬きの間に消えてしまいそうな、儚いビャクダリリーに釘付けになる。
 
 曇天を背にしてる癖に。
 その様子は。
 呼吸を忘れるほど、美しかった。

 
 8.>>35