ダーク・ファンタジー小説
- Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.35 )
- 日時: 2023/04/05 16:31
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: 2jjt.8Ji)
8
「〈ドゥ・ジェル〉」
世界に割り込んだ憎たらしい声で、我に返った。けど、体が筋肉痛の様に動かない。
窓枠をくぐった大雨粒が凍った。
宙に止まって、ビャクダリリーの周辺に氷の粒々が漂う。
七つの系統全てに用意されている初級魔法。
威力で分けられるアン・ドゥ・ロゥワの魔法と、効果で分けられる参・弐・壱の魔法、合計六種類ある。
ドゥ・ジェルは氷の初級魔法だが、威力で分けられた初級魔法は汎用性が高く、何をしてくるか予想が出来ない。
その氷を、どうするつもりなんだ。
そんな疑問はすぐ消えた。
凍らされた雨粒、いや、雹は、俺に一点集中して向かった。
雹が空を切って肌を刺す。思わずまた、顔を袖で覆った。
痛い、痛い、ちょっと痛い。
ちょっと、ちょっとだけだ。
氷が当たってるだけなのに、火に炙られる様な痛みが不規則に襲う。
外の雨音より酷く重い轟音も相まって身動きが取れない。
怖い訳じゃない。
怖いもんか。
おもむろに顔を上げてビャクダリリーを見やる。稀に肌に雹がゴツッと当たるのが怖い。
いや、怖くない。
ビャクダリリーは全ての窓を全開にしていた。
教室に入る雨粒全てが凶器になる。天気が酷くなればなるほど威力が増す。
〈弐・氷花〉で氷を生成するよりも〈ドゥ・ジェル〉で雨を凍らした方がコスパが良いから攻撃は長く続くだろうし、当たると痛い。
思った以上にとても厄介だ。
どうすれば良い。どうやればこの状況を打開できる。
もう分かんない!!
「うがああぁっ!」
全てのしがらみを吹き飛ばして、自身を鼓舞するように俺は叫んだ。
雹を消そうと腕をブンブンと振るう。けど無くなんない。
もういいや。雹がなんだ。痛いからなんだ!
俺は雹を全身で受けながら、暗槍を構えてビャクダリリーに突進する。
「まじでっ?! 参ひょうかっ──」
させるか。
ビャクダリリーが詠唱を言い終えるより先に俺の暗槍が届いた。
「ぐっ!」
暗槍に肩を叩かれビャクダリリーが怯んだ。
俺はチャンスとばかりに、今度は間髪入れず追撃する。ビャクダリリーの動きは早い。また木刀で防がれる。
だがさっきよりも動きがとても遅い。
「端から気に食わなかった」
振り上げて下ろす。防がれる。
「二度と感じたくなかったお前の薬の臭いが」
振りかぶって叩く。木刀と当たる。
「気色悪い白色が」
雹が肌に溶ける。でもまた振り上げた。
「飄々として、いつもふざけるお前の態度が」
カンッと音が鳴る。ちょっと手が痺れた。
「上っ面ばかり作る自分に酔う強欲なお前らがぁッ!!」
カランッ
とても気持ちが良い。乾いた希望の音が、雨音の合間を縫った。
木刀がリバウンドする様子がスローで見える。
白髪1本1本がゆっくり舞って、ビャクダリリーが白い息を吐く。
「〈参・氷塊〉」
刹那、鞠程の氷が俺のみぞおちを突いた。
腹筋と氷が反発し合う。肉が割れるような痛みが走った。
「う、がぁっ……」
衝撃が強くて発声が上手くできない。
全身の力が抜けて後ろに倒れる。内蔵がフワッと浮いた感覚がして──と思った次の瞬間。
着地点にあったらしい机と共にガシャンと倒れた。
「痛っ、いったぁ……!」
衝撃を受けた箇所が熱くなる。力が入らない。筋肉痛みたいに、全身がジンジンする。
きっと紫斑がそこら中にできてるんだろうな。なんて考えが脳裏を過ぎる。
そんな事どうでもいいだろう。今に集中しろ俺!
「〈参・氷塊〉」
氷が俺の手足を床に張り付けた。
冷たい。痛い。熱い。冷たい。痛い。熱い、熱い。
もう、何が何だか分からない。
「少年、幾つか反論をさせてもらおう」
ビャクダリリーがのっそりと、仰向けの俺に馬乗りになる。呼吸が荒くて服もびしょびしょだ。
コイツもかなり疲弊しているらしい。
「私にとって、少年から嫌われるのは大した問題じゃない。そこ思い上がらないで欲しいな」
「っざけん──」
「〈参・氷塊〉」
やにわに口に氷をギュウギュウに詰められた。
顎が痛いし冷たいし喋れない。吐き出そうにも両手が塞がれていて吐き出せない。
ちょっと静かにしててね、とビャクダリリーが話を続ける。
「次に。君が白蛇の巣に踏み込もうとすること自体、いけないことなんだよ。それを棚に上げて文句を連ねられても、ね」
俺の気持ちも、憎悪も、境遇も知らないくせに。
いけないこと? なら俺は何をしたら正解なんだ。牙狼族と汚い人間のハーフは、どう生きれば良いんだ!
そう怒りの炎を燃やしても、もがもがと無様なハミングしか出てこなくて目頭が熱くなる。
「だって君は弱いんだから。その上、無駄にプライドが高くて自分が間違ってるとは思わないし、都合が悪くなると暴力で解決しようとする、幼稚な精神。
そんな弱い奴が、玫瑰秋 晟大に会えるわけ無いじゃん? 自分の実力を見誤ってるんだよ」
ふざけるな。ふざけるなふざけるな黙れ黙れ!
俺はビャクダリリーが思ってるよりも強いし幼稚でもない! ただお前らの方が下にいるからそれ相応の態度を取ってるだけであって、ビャクダリリーが言ってる事は見当外れだ!
俺の方が優れていて──優れ、て?
なら、何故俺は今、ビャクダリリーに馬乗りにされている?
なんで。何で。なんで?
俺が弱いから。
そんな筈がない。だって、だって!!
「うがぁああっ! ふがぁああっ!!」
無我夢中でもがく。
もう自分が何をやりたいのか。何をしたかったのか分からない。どーでも良い!!
ただ今はコイツをぐしゃぐしゃにへし折りたい!
「うん。今のは私の憂さ晴らしだ。ごめんね」
謝るなら俺の腹からどけ!
「とゆーわけで、謝ったから憂さ晴らし続行。〈壱・氷雪〉」
疲れが見えながらも笑うビャクダリリーが詠唱すると、石ころ程の雪が現れる。
ビャクダリリーは片手でそれをギュッと掴んで、俺の目の前で少し溶かした。雪汁が鼻下の溝をなぞる。
待て待てまてまて!! 何をするつもりだ!
と、それを俺の鼻に、詰め込んだ。
雪が鼻の骨にゴリッと当たって。と思うと一瞬で雪が解け、容赦なく雪汁が奥へ這う。
それが嫌に鮮明に覚えた。
神経を鷲掴みにされたようなツンとした痛みが襲って、目と目の間、その奥が燃えるように熱い。
「んんがぁぁっ!」
「拷問をしてるようでこっちも心が痛いよ」
ビャクダリリーが一度握ったから溶けやすくなってはいるものの、新たな氷雪が投入される頻度の方が多くて、固まったままの雪が鼻の管を押す。
ゆっくりと芋虫のように這う雪汁は口に達して、喉を落ちて行く。
「けど、少年が進もうとしてる先はもーっと痛い事が、沢山あるから。それよりは、マシ、何だよ?」
俯く彼女の髪が頬にかかってこそばゆい。痛い。
「白の魔女は恐ろしい。軽い気持ち──いや、どんな心緒でも、少年が近付くことは許されない。私が、許さな──」
「ヒラギセッチューカ・ビャクダリリー」
白皙の腕を誰かが掴んだ。
握られた氷雪がポトポトと落ちる音で肌に氷が落ちたと分かって、痛みと冷たさで感覚が無くなってきてることに気付かされる。
「──どちら様で?」
さっきまでは人間味が垣間見えたのに。何時もの様にヘラヘラとしてビャクダリリーが言った。
流石にこの状況を第三者に見られるのは不味いと思ったのか、さりげなく俺の上から退く。
と共に、手足の氷も溶けた。
「むがぁっ!」
バネの様に勢いよく起き上がる。
まずこの痛みを消し去りたい! 溶けかけた口内の氷をバリバリと砕く。歯茎が染みて涙が出てきてもお構い無しに、暴れた。
「ゲホッ! ガァッカアァッ!」
口と鼻から氷の欠片がボトボトと落ちる。まだ鼻の奥が痛くて、俺は吐き続ける。
「玫瑰秋、これを使え」
ビャクダリリーじゃない。金属音の様な声が横から入って、俺の顔をタオルが包む。
ありがたい。俺はただ痛みを消すために、チーンと鼻をかんだ。
ある程度落ち着いて、俺は顔を上げる。
「えっ、と」
俺とビャクダリリーに割って入った目の前の人物は、一言で表すなら“黒い人”だった。
眼球はしっかりと目の前の人物を認識してる筈なのに、脳がそれを受け付けてくれない。
ただ“黒い人”としか言えなくて、不気味だ。
誰だ、この人。
「生徒指導 兼 寮長。縹〈五十クラス〉担当の、ユリウス・アフォルターだ」
あ、入学式で学院長を引きずった先生じゃないか。
◇◇◇
「喧嘩、か。今年度に入ってもう二回だぞ、ヒラギセッチューカ」
ユリウス先生に連れられて来た、縹校舎の医療室。養護教諭が不在で、俺とビャクダリリーはユリウス先生に怪我の手当をされている。
「入学式は殿下に吹っかけられたけど、今回は私から。だからノーカンになりません? ユリウス先生」
「ならない」
「えー。頭硬いよ、ばーさん」
ユリウス先生がビャクダリリーにチョップ。痛っ、とビャクダリリーは声を挙げるも、笑っていて反省の色が見えない。
本当に、ふざけたヤツで気に入らないな。
「玫瑰秋、少し染みるぞ」
俺の頬の傷に、水を含んだ綿が触れる。
「痛っ」
不味い。つい声を出してしまった。この歳になって不甲斐ない。
罰が悪くなるもユリウス先生は特に言及せず、俺の頬にガーゼを貼った。
「あと、加護のせいで筋肉痛になってるな。按摩をすれば治りが早くなるだろうが、激しい動きは控えるように」
「はい。ありがとうございます」
急増する力に体が追いつけないのか、俺の加護は発動すると筋肉痛になる。火事場のバカ力を任意で発動できる様なものだ。晩に唸ることになって辛いが、もう慣れた。
道具が入った箱をパタンと閉じたユリウス先生は、ビャクダリリーに視線を移す。
「さて、ヒラギセッチューカ。何故、玫瑰秋に噛み付いた」
「だって。コイツ、罵詈雑言をトッピングして私を魔女魔女言うんですよー。動機は十分でしょ?」
ユリウス先生が俺に視線をやった。無言の圧力にゾッとするも言い返せない。
俺の戯言程度で胸を痛めたビャクダリリーを鼻で笑いたいが、本当に喧嘩を吹っかけたのは俺の方。
それぐらい理解できるから、何も言えなかった。
……あれ、魔女?
そういえば、何故ユリウス先生は白髪のビャクダリリーを見て平静で居られるんだ?
そんな疑問を浮かべるのが遅くなるぐらい、俺も白髪に慣れてきたらしい。
虫唾が走る。
白の魔女、か。と呟いたユリウス先生は、もう一度ビャクダリリーを見やる。
「白髪は忌むべき存在。玫瑰秋の反応が正しく、それに反発したヒラギセッチューカが悪い。謝れ」
ユリウス先生の言う通り。白髪は存在がおかしく、白の魔女は忌むべきだ。
でもその扱いは、理不尽じゃないか?
──いや、俺は何を考えてるんだ。
何も理不尽なことなんて無くて、全部ビャクダリリーが悪いんじゃないか。
一瞬真顔になって固まるも、ビャクダリリーはすぐ笑って言った。
「玫瑰秋、ごめんね?」
「ふざけるな」
ユリウス先生の叱責に、ビャクダリリーは肩を竦めながらも立ち上がった。
反省の色が見えず、飄々と笑いながら目の前までやってくる。座ってる俺はビャクダリリーを見上げる。
何をするつもりだ。せめてもの報復に殴るつもりか? それとも、また憂さ晴らしか──
寒気がして、俺は軽く身構えた。
「玫瑰秋 桜。すみませんでした」
──は?
目の前の光景に、俺は口をポカンと開けた。
待て、ビャクダリリーにはプライドが無いのか?
入学式の後だって俺とルカの三人で、唯一素直に謝ったのはビャクダリリーだ。
それだけなら腑抜けと罵る材料になるのだが。
前回も今回も、ビャクダリリーに非は“余り”無かった。それなのに、素直に謝るなんて理解出来ない。
綺麗に腰を45°に折ったビャクダリリーを前に、俺の両手がワナワナと震える。
「どういう、つもりだよ」
「誠心誠意の謝罪のつもりだよ」
──違う
「私のような白髪が身の程を弁えず」
──違う、違う
「申し訳なかった」
──違う違う違うッ!!
ビャクダリリーを殴った前回も、ビャクダリリーに喧嘩を吹っかけた今回も、悪いのは俺だ。原因も俺だ!
そうだ認めよう。認めてやるよっ!!
なのに反論もせず謝るなんて。
情けを、かけられた。俺の責任を追われないように。
それが自分の行いにも向き合えない、ビャクダリリー以上の腑抜けだと言われてるようで──
「気に食わない!」
「玫瑰秋」
振り上げた腕を、ユリウス先生が掴んだ。
「──なら貴様は、ヒラギセッチューカが何をしたら気に入るんだ」
時間が、止まった。
本当に止まったわけじゃない。
けどそう錯覚してもおかしくない位の沈黙と冷寒が襲った。
いつの間にか雨は止んだらしく、潤んだ青が曇天から見え隠れしている。
雨の残滓がポツっポツっ、と落ちる音は、これで幾つ目だろうか。
ユリウス先生のはぁ、というため息が、止まった世界を動かした。
「散らかした教室の掃除。罰はそれだけにしておいてやる。再発防止に努めろ」
それだけで済むのか? てっきり反省文でも書かされると思っていた俺は、肩の荷が降りる。
パタン。医療室の戸が閉まって、ビャクダリリーも黙って立ち上がる。
「罰、だってさ〜」
ケラケラと笑った白皙の顔を前に、俺は何を思ってるのか。
何を思いたいのか。
良く、分からなかった。
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