ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.36 )
日時: 2023/04/05 16:37
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: 2jjt.8Ji)


 9

 ◇◇◇

 医療室で治療し終えた俺らは、一クラスに戻って掃除を始めた。
 びしょ濡れの床とぐちゃぐちゃな机と椅子に、窓から入った桜の花弁。思った以上に酷い状態だった。
 今はぼうっとして、床に雑巾を当てている。
 
「もう帰っていいよ、少年」

 溶けた雹で水浸しの床を拭くビャクダリリーが言った。
 俺は、何も言わない。

「もう掃除は終わるから、少年は邪魔。さ、帰った帰った」

 コイツは何言ってるんだ。
 床はまだびちょ濡れだし、机や椅子も倒れっぱなし。まだ掃除は終われない。
 ああ、また情けをかけられてるのか。

「何か言ってよー。憂さ晴らしがそんな効いた?」

 煽りにも応じない。
 ビャクダリリーは「ま、そーだったなら好都合なんだけど」と笑いながら俺の雑巾を奪い取る。
 効いたかと言われると、とても効いた。復讐の歩みを進めるのを、少し躊躇ったぐらい。
 持ち上げられた雑巾の角から、汚い雨水がポトポトと床に落ちた。

「俺は、弱いか」

 ポロっと、言葉が零れた。
 俺は強さには余り興味が無い。目的を達成するための、手段の一つに過ぎないからだ。
 拘りがあるとするならば、その目的。
 
 ──そんな弱い奴が、玫瑰秋 晟大に会えるわけ無いじゃん?
 
 心臓を鷲掴みにされた気分だ。
 悲しみか、悔しみか。それとも憤怒か。どれも当てはまらなくて。
 この衝撃をどう形容したら良いのか、ずっと分からない。

「めっっちゃ弱い!」

 白皙の手が、俺の心臓を、ぐしゃりと潰した。 
 俺の心情を知ってか知らでか、ビャクダリリーは怒涛の勢いで言葉を連ねる。

「引くほど弱い! そこら辺の羽虫みたいに──いや、簡単に潰せる分羽虫より弱い!!」

 真剣すぎて寧ろふざけてる様に見えたし、実際ふざけてるのだろう。
 頭がぼうっとして手足に力が入らない。視界の真ん中で仁王立ちするビャクダリリーは、俺を嘲笑していた。

 ああ、分かってたよ。俺が弱いってのは、ずっと前から分かってた。
 分かっていた筈だった。
 認めたく無かったんだ。
 弱い俺じゃ親父に近付けないって思うと、今までの歩みも憎悪もなんだったんだって。腸が、煮えくり返って。
 あまり、考えないようにしてた、俺の地雷だ。
 ビャクダリリーはそれを堂々と踏み抜いて見せた。

 場を沈黙が支配して、いつの間にか視界には床板がいっぱいに広がっていた。
 目頭が熱くなって、ドス黒いものが喉から込み上げてくる。
 俺と反比例した、爽やかな風が教室に入った。

「ああ、身の程知らずってのはもう分かってたんだ。弱いから晟大に近付く事なんて出来ない、て。現実逃避お疲れ様、もう何もし無くて良いんだよ」

 何を言えば良いか、もう分かんない。
 とうの昔から分かっていた。だからって歩み続けて来た道を、今になって捨てたくない。
 弱いなんて認めたくない。

「てか復讐って本当にしたい訳? 今までにも沢山、危険な目に会って来たんじゃないの? 何故、歩みを進めようとする」

 親父が憎いから。
 それ以上でも以下でも無い。けどそれは説得力に欠ける感情論で、俺は何も言えなかった。

「本当は復讐なんてやりたくないんじゃない? 今更引き返せないだけでさ」

 そうなのだろうか。
 外の世界に出ても尚、身を危機に晒してまで痛い目に会うなんて馬鹿げてる。復讐を終えられたとしても、得られるものは何も無いだろう。
 デメリットしかない俺の復讐。
 何故、俺は復讐に執着するのだろうか。

「──強欲に生きようぜぇ? 少年」

 白銀の声が脳に染みて、反射的に顔を上げた。
 曇天から差し込む光を白が反射して眩しい。瞬きしたら消えてしまいそうな雪のように儚い白皙の肌は、うざったい笑みを浮かべてそこに存在していた。

 強欲に。
 ああ、そうだった。
 気付くのが遅かった。
 自分が、情けない。

 息を吸って、吐く。
 陽の光が当たる頭が熱い。おもむろに立ち上がった俺は、黙ってビャクダリリーの目の前まで歩を進めた。
 加護を使ったからか。動く度に筋肉がビキビキと鳴って、痛みが稲妻のように全身を駆ける。

「ん?」

 にっこりと笑って、小首を傾げるビャクダリリー。
 俺は、その顔から視線を離さず──

「オラァッ!!」

 殴った。

「あ゙っ痛っ」

 殴られた右頬を抑えて後退るビャクダリリーを、追撃として蹴ってやった。
 ビャクダリリーは机にぶつかって、ガシャンと音が鳴るも倒れはしなかった。
 チッと胸の中で舌打ちをしつつ、背筋を伸ばし、堂々とビャクダリリーを見やる。

「本当は復讐がやりたくない、だって? 笑わせるなよ」

 知ったような口を効いたビャクダリリーに、フツフツと怒りが込み上げてくる。
 でも、ここで怒るのは負けな気がする。

「だったらとっくの昔に俺は死んでるよ。俺はこの憎悪と執着で危機を乗り切ってきたんだ!!」

 入学前の出来事が脳内を駆け巡る。
 白蛇教を追うために片足突っ込んだ裏社会は想像通り危険な場所で、何回も痛い目に会ってきた。命を賭けた大勝負だってやった。
 それでも俺がここに居るのは、親父に何としてでも会うためだ!

「知ったような口を効くなよビャクダリリー。お前が思ってる以上に俺は厄介だ!」

 ビャクダリリーの雑巾を奪い取る。

「強欲に生きろ? 上等だ! 俺は俺の強欲に忠実に、お前らの世界に踏み込んでぶっ壊してやる!」

 怒りはしないが真似はする。飄々としたビャクダリリーのように、俺は言い放った。
 ビャクダリリーの表情が歪む。
 
「話聞いてたかなぁ? 君は弱い。ぶっ壊すどころか、こっちの世界に踏み込む前に、ぽっくり逝っちゃうよ?」

 俺は弱い。分かってる。けど俺が止まる理由にはならない!
 コイツの言いなりになるのは負けた気がして嫌だ! 誰が思惑通りになってやるかよ!

「ならそこで見とけ。俺が玫瑰秋 晟大をぶっ潰す所を!」
「少年がこっちに来るのなら、私も容赦出来ないんだって。私に勝つ気? さっき雪詰められたのに?」

 挑戦的にビャクダリリーは言う。
 痛みが駆け抜ける筋肉を動かして、ビシッとソレに指さした。
 

「ああ、そうだ。俺が勝った暁には、お前の無様な吠え面、この目に焼き付けて嘲笑ってやる!
 ──勝負だ。ヒラギセッチューカ・ビャクダリリー!」

 
 外の桜はもう緑色。風で桜の絨毯が舞って、教室を彩った。
 コイツの〈弐・氷花〉には遠く及ばない威力の桜が、白皙の頬に掠めて落ちる。

「──勝負だ、玫瑰秋 桜」

 トーンが落ちた白銀の声は、黒く重く沈み込む。
 
 絶対お前を泣かせてやる。
 首洗って待ってろよ。ヒラギセッチューカ。


 
──────────



「質問の答え、未だ諦めてないからなヒラギセッチューカ」

 ガラッと戸が閉まる。
 頬についた花弁を取って、ゆっくりと窓の外に落とす。掃除が終わった教室には、自分しか居ない。
 ヨウが帰った扉をぼうっと眺めた後、ヒラギセッチューカは絞った雑巾を窓枠にかける。

(ノリで啖呵切っちゃったけど、この先どうしよう)

 ヒラギセッチューカはため息を吐いた。
 玫瑰秋 桜を白蛇教に近付ける訳には行かないが、実力行使にも出たくない。
 だから、ちょっと痛ぶって諦めさせようと思ったのに、逆に決意を固めさせてしまった。
 これ以上の説得は逆効果だろう。失敗だ。
 元々、自分が実力行使をしたくないが為の足掻きで、説得に無理があったのだから当然なのだが。

 特殊な体質のヒラギセッチューカは、前に妖怪に魔素を吸われてこの上なく弱っている。
 だから荒事は避けたいし、ヨウには特に手を出したくないんだけどな。と、ヒラギセッチューカは憂い顔をしながら、自分のロッカーから鞄を取り出す。
 ヒラギセッチューカは何となく、戸の枠をなぞって教室を見渡した。

 ──俺が勝った暁には、お前の無様な吠え面、この目に焼き付けて嘲笑ってやる!

 そう堂々と言い放った幼稚な少年を思い出して、紫色の右頬に手をやる。
 自体が悪い方向に向かった悲しみ。
 いや、それよりも。

「──おもしれー男。なんてね」

 斯くして。魔女と夜刀を中心に起こる、最期が動き始めた。彼女らが会わなければ、あんな事にはならなかったのだろうか。
 いや、もう考えても無駄だろう。
 ワタシは、名付きを傍観するだけなのだから。

 10.>>37