ダーク・ファンタジー小説

Re: 【々・貴方の為の俺の呟き】 ( No.37 )
日時: 2023/04/16 13:45
名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: XOD8NPcM)


 10

 ◇◇◇

《ヨウ》

「別にヒラギセッチューカとは仲直りした訳じゃないって! 寒気するから辞めろ!」

 必須授業が終わったお昼時。そんな俺の懇願に近い叫びが、カフェオークを基調とした喫茶店に響く。
 向かいに座るルカは動揺すること無くコーヒーを飲んで、言った。

「でも、最近二人良く一緒に居るじゃん」

 それは一緒に居た方が情報を引き出す機会が多くて虐め易いからであって、断じて好意的な理由で行動を共にしてる訳じゃないんだよ!
 なんて言えないしな。自然と左手を額に当てて、俺は唸った。

「ヒラギセッチューカが着いて来るんだよ……」

 嘘は言ってない。実際、俺がヒラギセッチューカを探す前にはもう背後に立っている場合が多い。気に入られた──と言うより、監視されている。と言った所だろう。
 甘くない、とメニューで紹介されていた抹茶のマフィンを齧ってユウキが話に入る。

「今日はヒラギ、着いて来なかったのか?」
「流石に四六時中一緒に居る訳じゃ無いからな。ただ、前より行動を共にする時間が増えたってだけだから」
「ククッ。そうか」

 何故か嬉しそうにユウキは笑う。悪い目つきと鋭い八重歯から生まれた暖かな笑みが逆に不気味だ。
 何故ユウキはそんな嬉しそうなんだ、と怪訝に思いつつも俺は聞く必要も無いか、と自己解決する。
 
 ヒラギセッチューカと喧嘩してから数日が経った。今日は誘われて、ユウキとルカと丘の上の喫茶店でくつろいでいる。何の用かと思って来てみれば、ただヒラギセッチューカとの仲を気にされていただけだったが。 
 二人はヒラギセッチューカを厭に気にしてるが、あの性悪に考える時間を割く価値なんてあるのだろうか。同情されているのか。境遇は悲劇のヒロインだからな。
 それだけで他人に気を使って貰えるってのは羨ましい限りだよ。勿論皮肉だ。

 カランカラン

 心地よい鐘の音が唐突に鳴った。

「狐百合 癒輝、アブラナルカミ、玫瑰秋 桜。やっほ!」

 二メートル近い長身から放たれた言葉に、俺達は視線が引き寄せられた。黒髪に紅色の目に白皙の肌。特別な機会にしかお目にかかれないであろう、大物が扉の前に立っていた。

「学院、長……?!」

 余りの衝撃に、それだけしか言葉を絞り出せなかった。
 何故、学院長ともあろうお方がこんな小さな喫茶店に現れるんだ。俺達の名前を呼んだということは、何か用事があるのか? そう思うと、途端に背筋が凍った。

「心臓に悪いので『やっほ』なんてカジュアルな言葉で話しかけないでくださいっ!」

 青い顔で左胸を鷲掴みにしてルカが言った。

「めんごめんご」

 と学院長は笑いながら謝って「失礼」と俺の隣に座った。驚いて思わず

「へあっ……」

 と声が出てしまう。俺、最近情けない声出しすぎだ。自分を戒めつつ、頬をつねって赤面を解こうと頑張る。
 
「あ、俺がここに座っちゃ悪かった?」

 悪い悪くない以前に、雲の上のお方にカジュアルに接せられると誰でもこうなるだろう! 心臓に悪いっ!
 
「とんでもない」

 何とか無礼にならないであろう言葉を絞り出せて、ほっとする。

「アハハ。やっぱり近い距離で接して慌てる生徒って面白──じゃなくて、可愛らしいね」

 学院長、今面白いって言わなかったか? わざとやってるのかよ!
 学院長はヒラギセッチューカ並にタチが悪い性格してるらしい。というか仕草や顔立ち、使う剽軽な言葉もヒラギセッチューカと似ているような気がする。それは学院長に失礼か。

「今回はどのようなご用件でこちらに?」 
  
 机を隔てて向こうの席に座るユウキが聞いた。

「ああ、前に二人から相談受けたじゃん? ちょっと様子を見に来ようと思ってさ」

 二人──ユウキとルカのことか。学院長に相談するほど重大な事、と考えると深堀するのは危なそうだな。
 俺は疑問が湧き出る前にそう結論付けて、学院長の言葉を流した。
 
「良く私達の居場所が分かりましたね」
「学院長を舐めちゃダメだよアブラナルカミ君? やろうと思えば君達の居場所のみならず、何をして何を言ってるのかも分かるよ!」
「ひっ……」

 ルカが真面目に引いている。気持ちは分かるが、一応学院長が相手なのだから隠すとかしたらどうなんだ?
 学院長はルカの反応を楽しむ様に笑って「余程の事がないとしないって」と手をヒラヒラ振る。

「さて、様子を見に来たは良いものの肝心なヒラギセッチューカが居ないな……」

 話が俺の知らない“相談”とやらが話の中心になりそうだ。早くも疎外感を覚えながら、俺は澄ました顔をしてコーヒーを啜った。

「やろうと思えば私達の居場所なんて、すぐ分かるんじゃ?」
「ここぞとばかりにカウンター入れてくるね君は。あの狐面を被られたら、流石の俺も分からなくなっちゃうの。あ、アブラナルカミの居場所は分かるから安心してね!」
「聞いてません。今ちょっと悪寒が走りましたよ」
「やった!」
「何で喜んでんのこの人……」

 ルカが思いの外学院長に当たりが強く、コーヒーを吹き出しそうになる。学院長は気に止めてない様だが、見ててヒヤヒヤする。

「店員さーん! 居るー?」

 学院長が店員を呼んだ。そんな大きくないのに声が店内に響いて、このお方は“夜刀”何だなと改めて圧倒される。
 
 それにしても、学院長も市民の様に食事する事に驚きだ。俺が見てきた貴族達は市民の飯を犬の餌と形容する程に嫌っていたから、意外だ。
 俺が会ってきたのは一部の汚れた貴族だし、学院長──夜刀様は“貴族”という枠で考えるのなら特殊な立場だから、この行動は当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが。
 特殊な枠というのは、学院長専用に設けられた“夜刀伯”という爵位で──ここまで考えを膨らますのは蛇足だな。

「はいこんにちは夜刀様。御来店頂きありがとうございます」

 頭上から声? と疑問に思って顔を上げてみると、濃い緑のバンダナをした店員が立っていた。
 耳が良い俺が人の接近を察知できなかった何て。そんなに俺はぼーっとしていただろうか。
 ヒラギセッチューカと交戦してから、どうも自分の能力に自信を持てない。正当な評価ができるようになったとも言えるが──
 強くなるにはどうしたら良いんだろうか。
 
「俺並に美麗な店員さんに用事があるんだけどさ」
「如何致しました?」

 店員が小首をあざとく傾げる。あれ、この仕草、凄く見覚えが──

「失礼?」

 学院長が立ち上がった──と瞬きの刹那。ガタン、と何かが倒れる音がしたと思ったら、学院長が店員の顔面を掴んで床に押し倒していた。
 目で追えない所か瞬間移動にも見える動きに、「何してるんだ!」なんて言葉は易々と喉を通らなかった。逆にそれが喉につっかえてる感覚さえ覚えて、自分の吐く息が認識できない。

「いったっ、速、いっ……」
 
 と、学院長が伸ばす手の先から聞きなれた声が聞こえる。脳が思考を巡らすより早く、俺はその人物が分かる。
 いや、分かりたくなかったな。

「ヒラギ、セッチューカ……」

 学院長に顔面を抑えられたさっきの店員──の格好をしたヒラギセッチューカが、ジタバタと暴れていた。
 またなんで、喫茶店で店員やってるんだコイツは。

「ヒラギっ?! ちょ、えっ?!」

 ルカが一番慌てふためく。ユウキも驚いた顔して固まっている。
 驚きと言えば驚きだが、そんな慌てるほどか? 特にユウキなんて、驚いて固まるなんて柄じゃない気がするのだが──

「行雲流水 温厚篤実で目立たない地味子店員の正体はなんと! 羊頭狗肉なヒラギセッチューカ・ビャクダリリーでしたー!」

 パッと手を離して、ヒラギセッチューカに手をヒラヒラと向けて学院長は笑う。辛辣な内容で俺は兎も角、ヒラギセッチューカを気にかけている様なルカとユウキは笑え無いだろう。予想通り場は沈黙が落ちた。
 と、解せないという表情をしながらヒラギセッチューカが沈黙を溶かした。

「学院長。詰問の許可をください」
「却下」
「何故、わざわざ私の認識阻害を解いたんだ。しかも結構ガチな動きで。必要無くないですか?!」

 彼女の手元には認識阻害の狐面がある。店員の姿で認識阻害をかけて、常人のように振舞ってたんだろう。

「それぐらい出来るなら、今の状態で授業に出れば良いものの」

 つい、言葉をこぼしてしまった。でも仕方ないじゃないか。
 狐面を被るヒラギセッチューカは、基本俺以外に認識されてない。午前の共通授業に出席する時もだ。それを良い事にサボる事もあって、出席確認の時だけ教室に来る。
 
 授業終わりに人によって形が違うと言われる〈ゲート〉を通じて魔道具で出席確認をする。誰かに代わりを頼むことは不可能なんだが、単位の取り方がズルくて気に食わない。 

「ヒラギセッチューカは基本体内の魔素が安定してないから、あの狐面で常人の様に振る舞うにはちょっと頑張らなきゃ行けない。ただ、このお店は特殊でね。魔素が安定して使えるから彼女はああやって接客してるんだ」

 俺のぼやきが聞こえていたようで学院長が答えてくれる。
 まさか聞こえてたなんて、と、別に悪い事はやってないのに罰が悪くなる。というか、ヒラギセッチューカの狐面は魔素で認識度合いを調整出来るのか。店員姿の時は俺でも認識出来なかったから、ヒラギセッチューカは本気を出せば──
 いや、普段は本気なんて出せない様だし、考えるだけ無駄だろ。

「学院長、私の質問にも答えてくださいよ」
「そんなカッカしないで。俺似の綺麗な顔が台無しだからさ」

 なんて言って、学院長はヒラギセッチューカの額をピンッと叩く。いたっ、と言うも氷の様に冷たい表情のヒラギセッチューカ。学院長の事を良く思ってないことは明らかだ。

「心配されてるって事を盗み聞きするなんて良い事じゃないじゃん?」
「学院長の仰る通りだ。ちょっと趣味悪いぞ、ヒラギ」

 学院長とユウキ二人に責められて、ヒラギセッチューカは「だってぇ」と不貞腐れながら床にうつ伏せになる。
 行儀が悪いからすぐ立ち上がれば良いのに。学院長の前なのに、ヒラギセッチューカは本当に図太くて呆れてしまう。

「あの空気で私はどうしろと……!」
「いや、まあ、そうだが」

 ユウキが言葉を濁す。学院長はその場をケラケラと笑いながら、ルカを指さした。
 
「ルカがいたたまれない余りうつ伏せになってるから、取り敢えずヒラギセッチューカは謝ろうか」
「なんで私が謝る事になるんですか!」

 勢い良く起き上がったヒラギセッチューカ。

「私はバイトしてたら偶々友達の相談会に出くわしただけだっての! 寧ろあの場で正体を明かさなかっただけマシだと──」 

「なあ」

 ヒラギセッチューカの言葉を遮って会話に割り込んだ者が居た。
 会話に置いてきぼりで気まずくいた、俺だ。

「一体、何の話をしてるんだ?」

 学院長、ユウキ、ヒラギセッチューカ、ルカ、四人の視線が俺に集まる。誰も何も言わないまま時間が過ぎていって、俺もいたたまれなくなってきた。
 でも、だって。周りが盛り上がってたら自分も輪に入りたいと思うのは当然だろう。俺はちょっとしか悪くない。自分に言い訳して、ポーカーフェイスを保ったまま立ち尽くす。
 何となく気まずい空気。

「ぶふっ」

 それをぶち壊すのは、いつもヒラギセッチューカだ。

「ぶはははっ!! 当事者が一番何も知らないとか! ぶはははっ!!」

 いまいち笑い所が分からないし、馬鹿にされてる気がする。ヒラギセッチューカ曰く俺は当事者らしいが、全く身に覚えがない。

「ど、どういうことだよ」
「ヨウは知らなくていいんじゃない?」

 心做し、いつもより柔らかくルカが言った。
 消化不良だがユウキも学院長も説明する気は無いようだし、仕方なく飲み込むことにするか。

 夏間近の皐の月。陽の光を優雅に浴びる喫茶店内ではヒラギセッチューカの笑い声が響いていた。


         【完】